「――オイ。総悟」突然の声に、小さな肩がビクリと揺れた。
勢い、手の中の黒い塊が、ゴトリと、重い音を立てて縁に転がる。
振り仰げば、太陽を遮るように、土方が立っていた。
すっきりとした着流し姿の土方は、懐手に咥え煙草で、総悟を見下ろしていた。
総悟は無言のまま、縁に転がった塊を持ち上げ、再びそっと、土方を見上げた。その視線を真っ直ぐ受け止め、土方は、ニヤリと口の端だけで笑う。
総悟は、この男が苦手だった。
大好きな師の、無愛想な親友は、猫のような男で、気配すら感じない。
じっと見上げる少年に、土方は苦笑した。
「挨拶なしかよ?」「・・こんにちは、土方さん」
淡い色の髪に、淡い色の瞳、白磁の肌の少年は、形ばかり頭を下げた。
長い睫毛は陽を弾き、瞬きの度に、光彩を放つ。
「近藤さんなら奥の部屋ですぜ。ちゃんと、玄関から入ってくだせえ」
見惚れた瞬間に、可愛げのない答え。
「愛想のねぇガキ」
不機嫌そうな土方の顔を、総悟は無表情で見つめる。
そんなのは、お互い様だ。
共暮らしの日はまだ浅いが、土方が、大声で笑う顔など見た事が無い。この人は多分、女以外には、絶対に笑顔を見せないのだろう。
そんな事をぼんやりと考えていると、手の中の黒い塊を、土方は、有無を言わさず取り上げた。
「おめぇ・・、何持ってやがる」
「・・玩具」
黒光りするそれは、バラバラに分解された銃だった。
「これは、玩具とは言わねぇだろうよ」
途中まで組み立てられた銃を検分し、それが、部品足らずのガラクタと判じた。
溜息混じりに放って戻せば、小さな手が、器用に受け取る。
「誰だよ、こんなもんで遊ばせてんのは」
「これ位、今は誰でも扱えますぜ」
「九つのガキが、言う事か」
土方は、舌打ち混じりに懐手を解いた。「ほら」
ポンと、小さな膝の上に小箱が放られた。
見れば、ピンク色の、不自然な程に大きな苺がプリントされているチョコレート。
「テメー、また飯残したろ? そんなんじゃ、いつまでもチビのまんまだぜ?」
「・・・九つのガキに、丼で飯喰わせる方が間違ってまさァ」
淡い色の頭が、軽く叩かれる。
「近藤さん困らせるな。てか、出されたモンは男なら残さず喰え」
頭の上から降る説教に、総悟は、チョコレートからの視線を上げた。
「土方さん」
「何だよ」
「俺・・、チョコより饅頭の方が好きでさァ」
長い指が伸び、小さな頬を摘み上げる。
「ホントお前、可愛げがねぇな。目上への口の利き方も知らねぇのか?」
「・・目上の者が、子供を苛めていいんですひゃい?」
頬を引っ張られながらも、減らず口を叩く。
「生意気なガキ」
「土方さんも、大人げありませんぜ」
二人、暫し睨み合い、同時にそっぽを向く。
縁から上がった土方は、ドカドカと近藤の部屋へ向う。「近藤さん、あのチビ、銃いじくってたぜ」
近藤が、豪快に笑う。
「大丈夫だ。人には向けないよう言ってある」
「そーいう問題じゃねぇだろ?」
「トシ。総悟なら、竹刀を持つ方が危ないぞ」
総悟の剣は天稟だと、手放しで褒める近藤の声が、こそばゆい。
大好きな師は、どこまでも懐が深い。
「大体なぁ、トシ。あんなものが手に入る、今の幕府や、天人が悪い」
「イヤ、俺が言いたいのは――」
少しの沈黙の後、二人の大きな笑い声が響いた。
「・・出来た」組み立てた銃が形になり、総悟は、ニコリと微笑んだ。
「・・ネジが一本足りねぇや。・・流石、近藤さん」
それから、縁に放ったままの、チョコレートを食べた。
あの無愛想な男が、どんな顔でこれを買ったのか――。
「ま、いつかはアンタの事も、好きになってやりまさァ」
イチゴのチョコレートは、美味かった。
了
『うっかり銀魂』
2005.03.24
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