台所に片足を踏み入れた土方は、顔を顰め、溜息を吐いた。片隅で、近藤が、正座して泣いている。
「・・・何やってんだよ、近藤さん」
「ト、トシィィィ」
涙目の近藤が、両手を広げ、縋り付こうとするのを、巧みに避ける。
「総悟がっ・・・」
「総悟が、どうした?」
乾いた障子が勢い良く開かれた音に、布団の総悟は、うっすらと目を開けた。ズカズカと部屋に入った懐手の男が、咥え煙草で見下ろしている。
「・・・何でぃ、土方か・・・」
枕辺に胡坐をかいた土方は、小さな額を指で弾いた。
「目上を敬えって、言ってんだろ?『土方さん』、『土方様』、もしくは『十四郎様』と呼べ」
「・・・すいやせん。とーしろーさま」
「テメーの呼び方は、どーも悪意がある」
「具合の悪い子供の前で、煙草を吸う奴ほど、悪意はありませんや」
「夏バテなんぞ、病気の内には入らねぇよ」
言いながら、煙草の火を消した。
総悟は、気だるげに瞳を閉じた。「・・・生憎と、土方さんと遊ぶ気分じゃないんでさァ」
「誰が、誰と遊んで貰うってんだよ」
大きな掌が、淡い色の髪をかき上げ、額に当てられる。
その冷たさに、総悟は小さな溜息を吐いた。
「・・・熱はねぇな。今日は、何か喰ったのか?」
総悟は、首を振った。
「近藤さんが、用意してくれやしたけど・・・」
「聞いた。喰えずに吐いたんだって? 近藤さん、一体何を作ったんだ?」
「・・・ミルク粥のカツ丼」
土方は、「うげっ」と顔を歪めた。
「・・・そりゃ、吐いても仕方ねぇな」
「・・・・・」
総悟は、土方に背を向け、丸まった。
「で、近藤さん泣かせて、落ち込んでるのか?」
「うるせぃ・・・」
土方は、小さく笑った。
懐の深い親友は、こんなひねくれたガキすらも、惚れ込ませてしまうらしい。
「じゃあ、昨日は何を喰った?」「・・・アイス」
「は? 飯だぞ?」
「朝、昼、晩、アイス」
土方は、呆れた。
そんな食生活で、夏バテしない訳が無い。
「・・・近藤さんに、買って貰ったのか?」
「自分の、こづかいで買いやした」
「何で、そんなに金を持ってるんだよ」
「一つ買えば、『当たりくじ』は作れやすからね」
総悟は、ニヤリと笑った。
愛らしい天使の容貌に、悪魔の宿る瞬間である。
「・・・あの駄菓子屋、いつか潰れるな」
土方は、大きな溜息を吐いた。
「何か作ってやる。ご飯とパン、喰えそうなのはどっちだ?」
「どっちもイヤでさァ」
「何なら喰えるんだよ?」
「・・・アイス」
長い指が、額を弾いた。
「んなモンばかり喰ってると、いつまで経ってもチビのままだぜ」
ウトウトしていた総悟は、微かな煙草の匂いに目を覚ました。「――飯、出来たぞ」
土方は、相変わらず咥え煙草をしているが、火は付けていない。
「パスタを作った。喰えるか?」
総悟は、土方を見上げた。
「・・・イヤだと言ったのは、何も喰いたくないって事ですぜ。土方さんは、察しが悪くて困りまさァ」
「うるせえっ」
それでも、ちゃんと話を聞いてくれたのは、少しだけ嬉しい。
どっかりと腰を下ろした土方に、抱き起される。「ツナパスタだ。隠し味はマヨネーズ」
「げ」
「テメー、今、げって言ったな」
「具合が悪いってのに、マヨネーズなんて入れねぇで下せぇ」
抗議の声を聞かず、小さな口にパスタを放り込む。
総悟は、目を丸くした。
「・・・おいしい」
「だろ?」
土方は、ニヤリと笑った。
「ツナパスタ土方スペシャル、お子様仕様だ」総悟は、土方を見上げた。
淡い色の瞳が、何とも形容しがたい色を湛えている。
「見直したか?」
総悟は、口を動かしながらも溜息を吐いた。
「土方さん。マヨネーズ、ちっとも隠れちゃいませんぜ」
了
『うっかり銀魂・2』
2005.07.31
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