熱を吸い取る筈の額の手拭いが、半乾きになった上、逆に熱を押し返してくる。

気持ちの悪さに払おうとしたが、額から少しズレ落ちただけで止まってしまった。

総悟は、持ち上げた手を、力なく畳に転がした。

体が重く、指先すら思い通りに動かせない。


障子越しに射す陽は昼間の光度だが、出動の掛かった屯所は、しんと静まっている。

今日、真選組は隊士総出の大捕物があった。

一人置かれた悔しさ不甲斐なさも、高熱で混濁する意識に呑まれてしまう。

総悟は、乾いた唇を開いた。

(・・・あーあ、たりィや・・・)

声に出したつもりだったが、苦しげな息が零れただけだった。


手を伝う畳の冷たさが、唯一、沈みそうな感覚を引き留める。

総悟は、溜息を吐いた。

それなりに、ではあったが、季節の変り目を前に、体調に気を使ってはいたのだが、脆弱な体は、見事に主を裏切ってくれた。

出動の直前、心配と不機嫌の混ざった顔の土方が、「大人しく寝てろよ」と言いながら、額の手拭いを替えてくれたのを思い出す。

「役に・・・立たねぇな・・・」

総悟は瞳を閉じた。高熱と、込み上げる感情に、目の奥がつんと痛くなる。



「あ、やっぱり居た」

のんびりした声と、まだ少し冷たい春の風が、踊るように部屋に入った。

揺らぐ瞳が像を結ぶより早く、ズレた手拭いが取り除かれ、大きな手が当てられた。

「あっち!アララ、ひどい熱だね」

漸く合った焦点が、自由奔放に流れる銀髪を捉えた。

「・・・万事屋の・・・、旦那・・・?」

「そう」

小さな水音の後、冷たい手拭いが額に乗せられ、手拭いと同じ温度の手が、熱い頬を優しく撫でる。畳に放ったままの細い手も、布団に仕舞われた。


「ターミナルの傍でさ」

銀時は、淡々と話す。

「真選組が大捕物をしてたけど、いつも、先頭切って暴れてる沖田君が居なかったから」

「・・・それで、屯所に・・・忍び込んだんですかィ?」

総悟は、乾いた唇を歪ませた。

「ここ・・・警察ですぜ、旦那」

「不法侵入してでも、会いに来るって、そそるでしょ?」


銀時の手は、頬を滑り、細い喉を冷やしにかかる。

「沖田君は、砂糖菓子みたいだから、あんまり熱が出ると溶けちまいそうだな」

苦しげな表情がふっと和らぐのを見て、銀時は微笑んだ。

「・・・少しは気持ち良い?」

総悟は、微かに頷いた。

「冷たいのが気持ち良いなら、熱も峠を越してるね。もうすぐ良くなる」

憎まれ口が飛び出さないのを良い事に、銀時の手は、隊服を着ている時は隠れている、細く白い首筋を這う。

総悟は、心地良い冷たさに、うっとりしたように瞼を閉じた。


「万事屋は・・・、看病までするんですかィ?」

「バレンタイン」

「・・・・・・?」

「バレンタインに、沖田君からチョコ貰えるの、銀さん、結構期待してたんだけどね」

総悟は、熱で潤む瞳をゆっくりと瞬かせた。

今この状況で、一ヶ月前のバレンタインの恨み言を語られても仕方が無い。それに――

「・・・俺、旦那に告白した事、ありやしたか?」

「いや、返事待ち」

銀時は、にかっと笑った。

「返事待ちだから、自主的にホワイトデーのお返しに来ました」

総悟の頬に、イチゴ牛乳の冷えた紙パックが当てられた。

「俺の気持ちは、風邪にも効くよ」


淡い色の瞳が、ぼんやりとイチゴ牛乳を見つめる。

「・・・飲ませてあげよっか?」

総悟が答える前に、銀時は、いそいそと紙パックにストローを差した。

「すいやせん・・・」

何とか身を起こそうとする総悟を止め、銀時はニヤリと笑った。

「ホワイトデーって言ったでしょ?」

「え・・・?」

「チャンスが少ないんだからさ、押せる時は、押させて」

イチゴ牛乳を口に含むと、伸し掛かり、細い顎を持ち上げる。

高熱で頭の働かない総悟は、そんな銀時を、じっと見つめた。

「・・・旦那?」


唇が触れる寸前、ドカドカと廊下を走る音が響き、凄まじい勢いで障子が開いた。

「総悟、ちゃんと寝て――」

ゴクリと、喉を鳴らした銀時は、深い溜息と共に、ゆっくり振り向いた。

「土方君、お帰りー。お勤めゴクローさん」

「・・・何やってんだ、テメー」

血と硝煙と、何よりも怒気と殺気を纏った土方が、ユラリと部屋に踏み込んだ。





『うっかり銀魂・6』
2007.3.15

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