「肌」
siragiku様より拝領
京の夏は蒸すように暑い。
それなのに相変わらず人々ははんなりと行儀良く、身なりを整え髪を整え、家々の前には塵一つなく掃き清められ、水打ちがされている。
そんな上品に暮らす人々に浪士組の人間がどのように思われているか、想像に余りある。
浪人暮らし、その日暮らしが長かった者もあれば、元々が武士ではない者もある。
もちろん、そのほとんどが都から遠く離れた地の人間である。その上男ばかりの所帯なので、間借りしている八木邸、前川邸も家人が閉口するほどの荒れよう。
しかもこう暑くてはまともに着物を着ている者も少なく、若い男達の熱気で暑苦しいことこの上なかった。
そんな中で、沖田だけはきっちりと襦袢まで着込んで涼しい顔をしている。
「総司ぃ、よく暑くねぇな?」
「え、だって。ちゃんと夏用ですよ?」
「それにしたってよぉ」
夏男・左之助は既に諸肌脱ぎで腹の傷を見せている。
「見てると暑くなるからお前も脱げ!」
「いやですよぅ」
沖田を捕まえようとする左之助に新八が蹴りを入れる。
「馬ァ鹿。そんなことしたら土方さんに殺されるぞ?」
「まあな。じゃあ、あの話は本当なのか?」
奥の方へ逃げて行ってしまった沖田の足音が小さくなって行くのを確認してから、左之助がひそひそと新八に聞く。
「夜な夜な総司が土方さんの寝所に通ってるって話・・」
「どうやらな。なんていうか・・声とか聞こえたりするらしいぞ?」
「こ、声とか?」
「『ああん、止めて土方さん。そんな所に熱い・・』」
「うわ・・俺、俺どうしよう」
「何でお前がうろたえてんだよ?」
「だって・・お前、平気なの?」
「良いんじゃないの? 総司も土方さんも幸せなら。俺はな―んも言うことはないね」
「新八ぃ。お前大人だね、背の割には」
「背のことは言うな! デカブツ!!」
「おうさ! 俺は何でもデカイぜぇ!!」
「うわっ脱ぐな! いいからっ見せなくて!!」
・・暑苦しいふたりのじゃれ合いは続く。
沖田が逃げ込んだのは、土方の部屋。
額を掌で支えながら眼を瞑っているので、書き物をしながら考え込んでいるように見えたが、仕事の疲れか、暑さでの疲れか、どうやらうとうとと寝入ってしまったようだ。
「毎晩お疲れですからね・・」
沖田は置いてあった団扇を手にすると、そよそよと土方に向かって扇いでやる。
本当は寝茣蓙でも敷いて寝かせてやりたいところだが、土方が気付いたら昼寝をするのを嫌がって起きてしまうだろう。
『何で起こさなかった、って怒られちゃうかな・・』
眉間に皺を寄せた土方の横顔を見ながら、沖田はゆったりと団扇を扇ぐ。
ぱさっ・・
そんな音がしたような気がして、土方が眼を覚ます。
『・・いけねぇ。寝ちまったのか・・』
身体を解そうとあちこち動かしているうちに、斜め後ろの壁にもたれて寝入ってしまった沖田を見つける。手元に落ちている団扇が、自分に風を送ってくれていたものだと解る。
口を少し開けてあどけなく眠る沖田。
『そう言えば、こいつも寝が足りなかったかもしれねぇな』
土方は沖田をそっと横にすると、自分もその脇にごろりと寝転がった。
髪を撫で、頬を撫でる。
しっとりとした小さな唇や細い首を撫でる。
沖田の肌は相変わらず気持ちが良い。
出来る事なら、沖田の身体を丁寧に包んでいる着物を解いてしまいたい。
しかしながら陽も高いうちからそんなことをするわけにも行かず、寸分も隙の無い胸元は諦め、足元へと手を伸ばす。するすると手を上にずらすに従って乱れて行く裾。
隠されたものが露わになって、心許無さを感じたのか、沖田は「ん・・」と僅かな声を上げて身じろぎ、擦るように片足を動かす。それによって裾はいよいよ乱れて行く。
沖田の両腿をゆっくりと撫でて行く土方の手。
ついに沖田の瞳が開かれ、土方を見止めて微笑む。
「・・土方さん・・まだ夜じゃないでしょう?」
「今日は暑い。お前の肌が恋しくなった」
「ああっやっぱり俺、気になって仕方ねぇ!」
「なんだよ、左之?」
「総司と土方さんのことだよ!」
「良いじゃん、別に」
「良くねぇよ! 俺、総司に話して来るわ!」
「お前はそういう意味では真っ当だからな」
「ああ! 女が一番だ!」
訳の解らない正義感で左之助は土方の部屋を目指す。
しかし、そこで見たものは。
横になった土方の身体越しに、肌蹴た白い素足。
着物は着ているものの、裾を乱した総司の身体を這う土方の手。
「・・土方さん・・まだ夜じゃないでしょう?」
「今日は暑い。お前ぇの肌が恋しくなった」
ガタンッ。
廊下で固まる左之助。
「ひぃ〜っっ」
撃沈である。
「新八〜〜〜〜!」
先程の勢いはどこへやら。
めそめそと新八に慰められる左之助であった。
「何だか勘違いしちゃったみたいですよ? 左之助さん・・」
「・・みてぇだな」
くすくすと笑う沖田。土方の手が帯に掛かる。
「もう・・そんなことするから」
「言ったろ? お前ぇの肌が恋しい」
「土方さんの台詞は色っぽ過ぎる。それって女の人にも言ったんでしょう?」
にやり、と笑いながら沖田の帯を解く。
晒される白くて華奢な身体。
「土方さん・・熱い」
「お前ぇが冷てぇんだろ?」
「本当にもう・・私で涼んでどうするんです?」
沖田は、自分の胸に頬を寄せる土方の髪を優しく撫でる。
『こう暑くちゃ眠れねぇ』
そう愚痴る土方の寝所に行くようになったのは、水無月の終わる頃から。
子供の頃は抱いて寝てくれた土方と、久しぶりに肌を合わせるように眠ったのは京に上るために歩いた中山道の宿。
『お前ぇ、ずいぶん冷てぇな』
そう言われたのを思い出し、土方に申し入れたのは沖田なのだが。土方は思いのほか気に入ったようで、毎晩来い、と言う。
それ以来、沖田は土方を甘やかしている。
「・・こちらの冬は寒いそうですよ」
「らしいな」
土方は寒いのも苦手である。
「その時は誰で温まるんですか?」
「いや」
「?」
「俺がお前ぇを温めてやるよ」
「・・約束ですよ?」
沖田の肌が冷たいのは始めだけで、土方に触れられて直きに同じ体温になって行く。
それでも互いに互いの肌が心地よい。
もう少し・・。
左之助の心痛も忘れて、至福の時を過ごすふたりであった。
終
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