「・・総司、どうした?」気遣わしげな声に、総司は目を覚ました。
暗闇の中、すぐ目の前に、心配そうな端正な貌がある。
「・・ひじかたさん・・?」
湿った声音で、自分が泣いている事がわかった。
驚き、目元を確かめようとした手を、制される。
「擦るな、腫れるぞ」
土方の唇が、零れ落ちた涙をそっと吸う。
総司は、瞳を巡らせた。障子の外は真っ暗で、たいして眠っていなかった事が知れた。
夜着を羽織っただけの身は、逞しい腕(かいな)に抱かれている。
眠りに落ちる前と少しも変わらぬ様子に、総司は、そっと嘆息した。
「・・どうした、恐い夢でも見たのか?」
優しく、揶揄(からか)うような声音に、総司は、土方の懐深く貌を埋めた。
直裁に伝わる肌のぬくもりに安堵し、規則正しい鼓動に、漸く躰の力が抜ける。
「いえ・・、何でもないのです」
小刻みに震える様子に、土方は眉根を寄せた。
この、稀なる才を持つ剣客を、これ程に脅えさせる夢とは、一体どのようなものなのか。
土方は、震える細い肩をそっと引き寄せた。「こうしていれば、恐くはないか?」
優しい行為に、細い手が土方の背にまわされた。
「土方さん・・」
「うん?」
貌を上げた総司は、震える唇を引き結び、そっと俯いた。
「・・いいえ」
否と応えながらも、背に強く縋り付く。
されるがままの土方の唇に、総司は、そっと唇を重ねた。
土方は、驚いた。
総司の方から、このような行為に及ぶ事は滅多にない。
余程、恐ろしかったのか、小刻みに震える躰は、常より冷たい。
土方は、切れ長の目を細め、静かに躰の位置を入れ替えた。「恐い夢など、忘れさせてやる」
そうして、華奢な躰が悲鳴を上げる程に、強く優しく抱き締める。
大きな掌が、白い肌を弄(まさぐ)り、鎮まった熱を引き出してゆく。
触れる度、火が点いたように熱くなる肌を、唇で丹念になぞる。
「土方さ・・」
快楽の波に飲まれる前、総司は、幾度も土方の髪を撫でた。おずおずと確かめるような仕草に、胸元を食んでいた土方は笑う。
「・・俺の髪が、どうかしたのか?」
総司は、小さく震えた。
与えられた快楽に震えたのか、夢の脅えかはわからない。
細い手が、こめかみから差し込まれ、土方の髪を乱してゆく。
「この髪が・・、・・あっ・・」
次の言葉は、胸に与えられた甘い刺激に封じられた。
強すぎる刺激に、溺れるように髪を乱し、細い指が、とうとう元結を切った。
流れ落ちる土方の髪を、総司は幾度も撫でた。
「夢なぞ、忘れちまえ」土方は、先刻穿つた処より、もっと深部に身を沈めた。
「ああっ・・」
身の内深くに猛るものを受け入れ、悲鳴のような泣き声を零しつつも、総司は土方の髪を撫で続けた。
「総司・・」
情を含んだ土方の声音に、総司は固く瞳を閉じた。
夢の中の愛しい男(ひと)は、見た事の無い姿をしていた。それを、眩しいような思いで見つめる自分も、やはり、見た事の無い場所に居た。
この、艶やかな美しい髪は、驚く程に短く切られ、そして、自分は・・――。
薄闇色の瞳から、涙が零れた。
あれは、夢の世界だったのか。それとも――。
「土方さん・・」震える声は、闇に沈み、土方の耳には届かなかった。
――何処にも、行かないで。
了
五萬打御礼、『余話』
2005. 2.4
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