腕(かいな)の気配がするりと抜け出し、華奢な躰の分だけ、冷たい空気が入り込む。薄く目を開けば、想い人がそろそろと、明かり障子を開けている姿が目に入った。
深更と言うのに、障子の向こうは妙に明るく、音が無かった。
きんと冷えた空気に襲われ、土方は、貌を顰めた。障子の先の暗闇に、ひらひらと舞う白い光が見える。
「・・雪か?」
土方の声に、指先を障子に掛けたまま、総司が嬉しそうに微笑んだ。
「雪です。・・積もりそうですよ」
「面倒だな」
土方は、気だるげに肘枕をした。
「火鉢の世話なら、土方さんの得意でしょう?」
「馬鹿、巡察の事を言っているのだ」
総司は、くすりと笑った。
「雪ならば、浪士の動きも悪いでしょう」「お前のように、雪遊びに忙しいか?」
「ひどい言い様ですね」
総司は、頬を膨らませた。
「本当の事だろう?壬生寺辺りは、明日はさぞ賑やかだろうよ」
「土方さんも、ご一緒しますか?」
「馬鹿を言うな」
土方は、苦笑した。
障子に、ピタリと張り付く想い人は、大きな夜着を羽織っていた。堕ちた後、暗がりで着せ掛けたのは、どうやら自分の夜着だったようだ。
土方は、後ろに放ったままの総司の夜着に、ちらりと視線を向け、黙殺した。
まだ、夜は長い。
(どうせまた、脱がしちまうからな)
肘枕のまま総司を見遣れば、細い首から右の肩に掛けて、夜着は殆ど肌蹴ていた。
闇に舞う白い雪と、想い人の透ける肌えが、青白く輝いている。
あまりに細い躰の線は、淡雪に、溶け入りそうに見えた。
常ならば、儚げな風情を楽しむ処だが、土方の心裡に、激しい焦燥感が生まれた。抱き留めていなければ、何かに攫われてしまうような、底の無い不安。
詮無い事と軽く頭を振り、腕に取り戻そうと声を掛ける。
「総司、・・おいで」
「もう、少し・・」
降りしきる雪に目を止めたまま、総司は、振り向かずに応えた。
「寒い」土方の声に、総司は目を丸くして振り返った。
『お前が』、と言えば、笑って聞き流すだろうが、『土方が』、と受け取れば、総司の行動は何より早い。
案の定、白い指が障子を閉じ、急いた様子で土方の前に座す。
静かな動きだったが、夜着はとうとう両肩を滑り落ち、胸元まで肌蹴てしまった。白い胸元の、淡い色合いのすぐ横に、血の色の所有の印が、鮮やかに浮かぶ。
「これ・・、土方さんの夜着ですね」
困ったように笑い、夜着を整えようとする手を、大きな手が包み込む。
「・・寒くはねぇか?」
止(とど)める手を失った夜着は、腰の辺りまで落ちてしまった。
途端、見事な速さで、総身を桜の色に染め上げる。
じっと見つめる土方に、総司は狼狽(うろたえ)た。
「寒いですよ・・」
土方の耳に、消え入りそうな応えが戻った。
「風邪を引いたら、雪では遊べまい」「・・そう思うなら、手を離して下さい」
平静を装いつつも、声を震わせる想い人に、土方は口元を引く。
「来い、温めてやる」
肘枕のまま、片手で華奢な身を引き寄せ、目覚める前と同じく、腕の檻に封じ込める。
こうして想い人の熱を感じれば、実体の無い不安も消えてゆく。
夜着の隙間に手を差し入れ、細い肩をそっと抱く。「うっかりと、見える場所に跡を付けた。暫くは、気を付けろ」
総司は、土方を軽く睨んだ。
「土方さんが、うっかりする訳が無い・・」
土方は、ゆるりと笑い、甘く優しくくちづけた。
「うっかり、肌に酔った」
絶句した総司を、再び堪能しに掛かる。
想い人が溺れる前に、土方は、甘い睦言を囁きかけた。「春になったら、遠出をするか」
了
イラストは『ingleside』蓉様より拝領致しました。
蓉様、ありがとうございました!「至福」の一言です!!
『余話・2』
2005.3.4
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