夕方から吹き始めた木枯らしは、夜半になって強まった。
強風は、ガタガタと雨戸を鳴らし、古びた建物を軋ませる。
井戸端の桶でも転がったか、カラカラと、乾いた音が庭中を駈け回っている。
この分では、晩秋の木々は、朝にはすっかり葉を落とすだろう。
闇に沈む部屋の中、土方は、小さく息を吐いた。北風の賑やかな悪戯にも、寝静まった屋内に、人の動く気配は無い。
剣呑な気でも感じぬ限り、道場主も食客達も、目覚める事は無いだろう。
二度目に吐いた溜息は、荒ぶる風音に紛れて散った。
目の冴えるのは、腕(かいな)に抱(いだ)く宗次郎ゆえ。微かな物音にも、機敏にすぎる想い人が、いっこう目覚める様子を見せない。
密事(みそかごと)の余韻のまま、指を絡め、絶え入るように眠っている。
それが、己の施した所業と思えば、狂おしい程の愛しさとなる。
土方は、白い額にくちづけた。十七にしては、幼さの残るあどけない寝顔。
その花の如き姿に、口元を綻ばせ、片手でそっと抱き締める。
まだ骨の固まらぬ華奢な身は、片腕に抱いて丁度良い程に細い。
こうして、共寝をするようになって、まだまだ日は浅い。想い人の躰に、少しも負担にならぬよう、若さに任せ、情欲に溺れる事など決してせぬ。
仮令(たとえ)躰を繋げずとも、懐深く抱き締めているだけで、充足する己がいる。
このような恋は、知らなかった。
庭で、行(ゆ)きつ戻りつしていた桶が、裏木戸にぶつかり、盛大な音を立てた。「・・・うるせぇ・・」
低い呟きに、腕の宗次郎が身動いだ。
「ん・・・」
ゆるく絡んでいた指がはずされ、細い手が、土方の夜着の胸元を彷徨った。
その手を、優しく包み込む。
宗次郎は、うっすらと目を開いた。
「・・・土方さ・・ん?」
「起きちまったか」
闇に覆われた部屋を見回し、改めて土方を見つめた。「まだ夜中だ。寝ていろ」
「・・・風が、強いですね」
「朝には、落ち葉が山と積もっているだろうな」
「明日は、早起きをしないと」
「何言ってやがる。いつも、早すぎる程早起きだろうが」
「そうでしょうか?」
宗次郎は、にこりと笑んだ。
「この風なら、かなりの葉が落ちますね」「いっそ、全部落ちるまで待って、まとめて掃け」
ぞんざいな言い様に、宗次郎はくすりと笑った。
「でも・・・、落ちる葉は、毎日違うものですから」
思いがけぬ応えに、胸を突かれた。
土方は、宗次郎を抱き寄せた。何が『始まり』だったのか、土方にはわからない。
この美しい容貌に惚れたのか、清い心ばえに惚れたのか。
――いつ、惚れたのか。
「躰は、辛くはないか?」
宗次郎は、夜目にもわかる程に赤くなった。
「・・・はい」
その頬に、優しくくちづける。
「土方さん?」
うわずった声の宗次郎に、小さく笑った。
「そう怖がるな。一緒に眠るだけだ」
「怖がってなど、いません」
強がる割には、握った手が震えている。
土方は、困ったような笑みを浮かべた。
この愛しさを、どうしたものか。
小さな寝息が聞え始め、土方は、低く呟いた。「・・まいったな・・・」
宗次郎は、沖田の家の総領息子である。
この恋は、叶った時から終わりに向っている。
時を限った秘め事と、重々承知で遂げた想いではあるが――。
土方は、切ない溜息を吐いた。恋い、焦がれ続け、諦め、しかし諦めきれずに告げた想い。
宗次郎は、それを真っ直ぐに受け止め、全てを許してくれた。
積年の想いに、時など限れるはずもない。
もう、手放せない自分がいる。
土方は、眠れる耳元にそっと囁いた。「・・・放さなくとも、良いか?」
了
2005.12.8
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