黎明と共に、鳥の囀(さえず)りが大きくなった。

侮り難い姦(かしま)しさに、土方は眉を顰めた。

賑やかな鳴き声に、短い眠りを妨げられぬよう、腕(かいな)の囲いを密にする。

その動きが仇になったか、想い人の薄闇色の瞳が、ゆっくりと開いた。


「起きちまったか」

土方は、瞼にくちづけた。

「・・・六ツ(午前六時)前、ですか?」

舌足らずの、たどたどしい応えに、口の端を緩ませる。

「いや。六ツ半(午前七時)だな」

「六ツ半・・・?」

「雨が降っているから、外が少し暗い」

「雨・・・」

「どうせ非番だ。寝過ごしちまえ」


総司は、気だるげに頭(かぶり)を振る。

「今日は、一さんと、清水の辺りへ出掛けるのです」

「斎藤と?」

総司は、頷いた。

「久しぶりに、非番が合ったものですから」

「『辺り』とは?」

「古道具屋を回るのです」

総司と同い年の斎藤は、若さに合わぬ、巧者な趣味を持つ。

そして、その眼力は中々のものである。

「古道具など、お前にはつまらぬだろう」

「そうでもありませんよ」

総司は、微笑んだ。

「詳しい人と一緒だと、色々と教えて貰えますし、一さんは、掘り出し物を見つける名人なのです」


土方は、一つ溜息を吐いた。

「・・・そう言う事は、早く言わねぇか」

「え?」

「知っていたら、少しは加減した」

微かに首を傾げた想い人の、細い肩を温めながら、耳元に囁く。

「存分に抱かれては、出歩くには躰が辛いだろう」

触れ合う頬が、瞬時に熱くなった。

その変化に忍び笑いつつ、赤く染まった耳朶を甘噛みする。

「抱かれたくねぇ時は、ちゃんと言え」

「土方さ・・・ん・・・」

想い人の困惑を良い事に、掌を差し込み、整えられた襟を乱す。


「・・・お前を抱き締めて、共寝をするだけでも、一向構わねぇんだぞ?」

ゆっくりと告げられる言葉に、総司は、堪え切れぬように、厚い胸に貌を埋めた。

土方の掌に、熱を帯びた肌が心地良い。

「土方さんは・・・」

「俺は?」

「馬鹿ばかり言う」

土方は、笑った。

「俺は、いつでも本気だぞ? 滅多に本音を言わぬ、お前とは違う」

よく通る声が、胸板から耳殻に、直接響く。

益々貌を上げられぬ総司の、露になった細い首筋に視線を落とした。

眩い程の白い肌は、深雪(みゆき)のように、淡い青みを帯びている。


上体を起こした土方は、肌を楽しんでいた手を抜くと、掌を合わせ、指を絡めてその手を引いた。

力のままに躰を浮かせた想い人の、その首筋に喰らい付く。

「あ・・・」

「動くな」

ちくりとした甘い痛みに、ふるりと総身を震わせる。

土方の胸元を固く握る手が、刺激の強さを物語った。

行儀の良い想い人が、決して着衣を乱さないのを良い事に、際どい場所に印を刻む。


土方は、雪肌に咲かせた鮮やかな血の花に、舌を這わせた。

「・・・迷子札代わりだ。攫われずに戻って来い」

総司は、痛みの残る痕に触れた。

「・・・こんな場所に・・・」

「お前なら、誰にも見られぬさ」

「誰に、攫われると言うのです?」

薄闇色の瞳が、怒っている。

苦笑した土方は、尖らせている花の唇を、甘く啄ばんだ。

「・・・斎藤が共連れなら安心だが、それはそれで、少し妬ける」

信用云々の問題で無い事は、聡い想い人には良く解っているだろう。

絶句した総司に、微笑した。

「・・・許せ。俺の駄々だ」


さあっと、光の零れた障子を、土方は機嫌良く見つめた。

「晴れてきたな」

しらりと呟く男を、総司は、涙目で睨み付けた。





2006. 8.9

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