市ヶ谷牛込柳町、甲良屋敷にある試衛館道場は、静かな初冬の夜を迎えていた。

   道場主である近藤周助の居室では、師匠と幼い内弟子が、向かい合わせに坐っていた。

   周助は、煙管の煙を燻らせながら、難しい貌を見せている。

   「よいか、宗次郎」

   「はい」

   「聞く処によると・・・、メリケン国の、とある農村では、村の者が総出で、
   『お化けカボチャ』なる大カボチャを作るそうだ」

   途端、行儀良く端坐していた宗次郎は、小さな躰を大きく震わせた。

   
   「お化け・・・カボチャ・・・?」

   「そうだ。何でも、その皮は毒々しい程の橙色一色で、味はひどく悪く、
   到底喰える代物ではない。それなのに、何故(なにゆえ)か作らずにはおれぬ。
   これ即ち『お化けカボチャ』の呪いであろう」

   「呪い・・・」

   周助は、大仰に頷いてみせた。

   「知らず知らずに、操られて作ってしまうのだろうな」

   
   煙管を、ポンと叩く高い音に、宗次郎はビクッと肩を揺らせた。

   「『お化けカボチャ』は、掌(たなごころ)に収まる小さなものから、
   九つか十くらいの、子供程の大きさに育つものもあるそうだ。
   但し、丹精すれば大きなカボチャが生る訳では決してなく、
   『お化けカボチャ』の胸三寸で、大きくも小さくも自在に育つそうだ」

   宗次郎は、大きく息を飲んだ。

   
   「そして、十月晦日の前になると、村の皆で、『お化けカボチャ』の中身をくり抜き、
   提灯を作る」

   「・・・提灯?」

   大きな薄闇色の瞳が、不安げに揺らぐ。   

   宗次郎の知っている提灯は、割り竹と紙で出来たものだが、幼い手には、
   それでも重さが辛いものである。

   それに、宗次郎の知っているカボチャは、さほど大きくないものでも、結構重い。

   「そんなに大きなカボチャで作った提灯は、重くはないのですか?」

   「『お化けカボチャ』だからなぁ・・・、重みさえも自在に操れるのやも知れん。
   何しろ、遠いメリケン国の話だからな」

   宗次郎は、全く落ち着きを失くしている。

   大先生から聞く怪談話は大好きで、――聞いた後は、恐くて、井上か土方の布団に
   潜り込むが――、しかし、今日の話は、宗次郎の想像を遥かに超えた、
   得体の知れないものだった。

   
   師匠の話は、淀みなく続く。

   「晦日の晩になると、その提灯を提げた村の子供達が、家々に押しかけ、
   怪しげな念仏を唱えながら、菓子を脅し取るそうだ」

   「脅し取るのですか?」

   「そう。菓子を寄越さねば、その家に害を為すとな」

   「害・・・?」

   「提灯になった『お化けカボチャ』が、夜な夜な家中を暴れまわるそうだ」

   「・・・・・・っ」

   『お化けカボチャ』の理不尽さに、宗次郎は、もう泣きそうである。
   
   「晦日に押しかける子供の中には、鬼の子や幽鬼、妖怪(あやかし)も混ざり、
   その景色は、さながら百鬼夜行の有様に似たりと言う、それは恐ろしいものだそうだ」

   「・・・大先生」

   「何だ?」

   「『お化けカボチャ』は・・・、悪い事をしていなくても出るのですか?」

   周助は、難しい貌のまま、ゆっくりと腕を組んだ。

   「よいか、宗次郎。人とは、生きていれば、・・・生があるだけで、大小に関わらず、
   知らず知らずに悪事を働いてしまうものだ」

   「知らず知らずに・・・?」

   「食の修行が進まぬのも、悪と言えば悪かも知れん・・・」

   宗次郎は、触れれば砕けるかの如く固まった。

   
   
   
   
   廊下の角で、兄弟子二人は、居室の様子を伺っていた。

   障子を通して聞こえる、小さな小さな弟分の声は、どんどん、か細くなってゆく。

   「おーい、勝っちゃん・・・。何だ、あのカボチャの話は」

   問われた近藤は、眉を曇らせた。

   「番町で仕入れて来た不思議話らしい」

   「大先生は、一体何が目当てなんだ?」

   「宗次郎の魚嫌いを直すと言っておられたが・・・」

   土方は、深々と溜息を吐いた。

   「・・・いい加減止めないと、チビの嫌いが増えるぜ?」

   
   
   了
   
      Happy Halloween!!
      2007.
10.30

   
   
   
   幕末でも、やれば出来ました()

   大先生は、愛情いっぱいでチビ宗ちゃんを育てています。

   カボチャ重視の話なので、「ケルト」「イギリス」を外し、「メリケン」にしました。



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