今日も今日とて、行儀良く端坐した宗次郎を前に、大先生の有難い訓示が始まる。
「メリケンでは、師走の二十四日の晩に、義賊が出るそうだ」
「義賊・・・?」
「そうだ。義賊は、西洋の大鹿が引く、橇(そり)に乗って現れる」
宗次郎は、目を丸くした。
「西洋の鹿は、橇(そり)を引ける程大きいのですか?」
「西洋のものは何でも大きく出来ている、鹿も又然り」
師匠の明快な応えに、宗次郎は素直に頷く。
「大鹿は、沢山の鈴を首に付け、それを鳴らしながら賑やかに走るのだそうだ」「賑やかに・・・?」
宗次郎は、困惑した。
義賊とは言え、御上を憚る者がそのように目立って良いのだろうか。
周助の話は淀みなく続く。
「その義賊は、還暦をとうに過ぎた恰幅の良い老人で、白い髭を蓄え、常にニコニコと笑っている。
真っ赤な装束に身を包み、背には大きな白い風呂敷包みを負う。その名も三太黒卯須」「さんた・・・くろうす・・・?」
舌慣れぬ言葉を、宗次郎はゆっくりと復唱した。
夜陰に紛れる生業なのに、三太黒卯須の風体は、大鹿以上に目立つ事この上ない。
「三太黒卯須の狙いは、子供だ」「えっ・・・?」
「子供の居る家の屋根に上り、そこから屋内に入って来るそうだ」
宗次郎は、大きな瞳を不安で揺らせた。
その侵入方法は、どう考えても、夜盗の類としか思えない。
「・・・その家に子供が居るかどうか、どうして分かるのですか?」
「目立つ風体でも捕まらない処をみると、三太黒卯須は、恐らく神通力を使えるのだろう。
得体の知れぬ奴だ」真っ赤な装束を着た、太ったメリケンの老人が、天井からひょいと貌を出し、
笑いながら様子を窺った上、枕元に下り立つ姿を思い浮かべ、宗次郎は震え上がった。
「三太黒卯須は、子供の寝顔を検分し、良い子の枕元には、足袋に入れた菓子を配る」「足袋に、菓子を入れるのですか・・・?」
「そうだ。足袋と菓子をくれるのだ。そして、悪い子には、足袋の中に
七面鳥なるメリケンの鳥を入れて寄越す」「しちめんちょう・・・?」
「七つの頭(かしら)を持つと言う、メリケンの鳥だ。悪い子には、七つの口で説教をする」
宗次郎は真っ青になった。八岐大蛇ばりの、想像するだに恐ろしい光景である。
「・・・・・・大先生」
「何だ?」
「会った事も無い家の・・・、それも眠っている子が良い子でいたかどうか、
どうして分かるのでしょうか?」「よいか、宗次郎」
周助は、ゆっくりと煙管を燻らせた。
「その子が良い子であったか否かは、寝顔を見ただけでも、自ずと知れるものだ」
「寝顔だけで・・・?」
「そうだ。言い付けを守る子であったか、学問、剣術、奉公に励んだか、
人に優しくしたか、人を困らせる事は無かったか、その子の行状は、自然その貌に現れる」「・・・・・・」
宗次郎は、大きな瞳を伏せた。
自分の嫌いが、常に近藤、土方、井上を困らせているのは身に沁みている。
しかし、何とか食べようと思えば思う程、胃の腑も胸もいっぱいになり、
益々喉を通らなくなってしまう。そんな意気地の無さが、誰よりも悔しいのは自分なのに――。
込み上げる涙を必死で堪えた宗次郎は、周助の次の言葉で凍りついた。
「そして、その七面鳥なる鳥は、翌年、再び訪れた三太黒卯須が引き取るまで、
説教をし続けるそうだ」
今日も今日とて、兄弟子二人は廊下の角に張り付いている。「・・・勝っちゃん」
「・・・何だ?」
「どう贔屓目に取っても、俺には脅し話にしか聞こえねぇ」
「・・・俺もだ」
「番町の御隠居と、縁を切る訳にはいかねぇのか?」
「碁の、長年の好敵手だからな・・・。第一、御隠居は、いたく宗次郎を気に入っている」
「気に入っているのに、この仕打ちか?」
「養父上(ちちうえ)も御隠居も、宗次郎の嫌いを減らすのが目当ての筈なんだがな」
「そもそも、メリケンの話は一言一句違う事無く、きちんと伝わっているのか?
そこから怪しいもんだ」
二人が、深く深く嘆息した時、周助の部屋から宗次郎が出て来た。心配顔の兄弟子を見つけると、くしゃりと貌を歪ませて、パタパタと駈け寄る。
「歳三さん」
「うん?」
「今日、一緒に寝てもいい?」
近藤、土方は、思わず目を見合わせた。
大好きな若師匠の前では、常に見栄坊な宗次郎が、すっかり意地を挫けさせている。
「良い子にしているから・・・、足袋も菓子もいらないから、一緒に寝てもいい?」
大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべ、必死に共寝をせがむ宗次郎を、
二人はぎゅっと抱き締めてやった。
了
めりくり2007.12.24
宗教的なアレコレには疎いので、良い子の味方(笑)を登場させました。
大先生は、愛情いっぱいでチビ宗ちゃんを育てています。
これを書きながら、私も心の中で宗ちゃんをハグしました(−−。)
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