第2話エピローグ
〜蛮族領域内(マジノライン以西)〜
「クソったれが!おいワイズマン、セルマが殺されたってのは本当か!?」
足音荒く入ってきたリザードマンは挨拶の言葉も無しに開口一番そう言った。
「シャドウフィールド、君の耳にも入っていたのか」
そう応えたのは、すらりと引き締まった体、深い叡智を宿した瞳を持つトロールだった。
「なんでも、下手人どもは人族の子供を使ってセルマを拐かし、挙句にその子供達ごと
セルマを殺ったって聞いたぞ。なんて酷い外道どもだ!」
ワイズマンと呼ばれたトロールはそれには応えず
「シルヴィオの話を聞いたかね?」
と問い返した。
「シルヴィオ?オルマ・ロッサ氏族のか?
そうかあいつの父親のヴァレンティノはランドのオヤジと義兄弟だったな。
セルマもあいつにとっても姪のようなもの、早速敵討ちに名乗りを上げたのか」
「いやそうではない」
かぶりを振ってワイズマンが答える
「シルヴィオもセルマを殺した犯人共に殺されたという話だ」
「なんだって!?、オルマ・ロッサの中でもやつに敵うのは片手の指も居ないはず、
そのシルヴィオがたかだか人間に殺られたって言うのか?」
「残念ながら、そういう話だ」
ワイズマンは深く静かに答える。
ここに来てシャドゥフィールドも、やや落ち着きを取り戻したのか、
ワイズマンが腰掛けている対面のソファーに腰掛けた。
「やれやれ、人族は蛮族と全面戦争をしたいのか。
マジノラインから向こうに出てる蛮族が多くないのは、
ドレイクを束ねるフォルテンマイヤーの当主のランドと、
蛮族の裏社会の支配者オルマ・ロッサのヴァレンティノが
人間の領地には不干渉を明言して、貫いていたからだっつーのによ。
そこの、血は繋がってないがランドに孫娘も同然に可愛がられていたセルマと
ヴァレンティノの一人息子のシルヴィオを殺すとはな」
心底呆れたようにシャドゥフィールドは言った。
ワイズマンはチラリとシャドウフィールドに目をやり
「君はおかしいと思わないのか?」そう問うた。
「なにがだ?」
「人族の子供がマジノライン奥深くに入り込み、セルマを拐した。
それに子供とセルマをまとめて殺し、シルヴィオまで殺されている」
「人族にしておくには惜しい手練だな、性格と手口は最悪だが。
ん、待てよそう易々とセルマを誘拐できる訳も無いか。
という事は蛮族にも協力者が居たっていう事か?」
「君はセルマやシルヴィオが殺された場所を聞いては居ないのだな」
「あーそういえば、聞いてないな。」
「ファインド自治領の近辺。つまり人の領域だ」
「はー?!なんでそんなトコに行くまで騒ぎになってないんだ!
子供の足でマジノ超えてそんなトコまで行けるかよ、よしんば行けても1ヶ月以上かかるぞ」
「そう、今回の事件そこからしておかしい。
たしかにフォルテンマイヤーの娘が居なくなるなどと言うのはスキャンダルだ。
隠したとしても普通は不思議ではないが、当主はランド殿だ。
君か私に相談くらいはある筈だ」
「あのオヤジが体面憚って、俺らに隠し事なんぞ考えれんな」
「それに少々気になる話もある」
「なんだ?」
「まず1つが、シド殿が人族と接触しているという話」
「1つと断ったって事は悪い話はあと幾つあるんだ?」
「残念ながら、あと一つしかない」
少し笑ってワイズマンは答えた。
「セルマを殺した犯人の中にサングマインが居たという話だ」
「…あいつ、なんで、止めなかったんだ」
深い怒りを押し殺すようにシャドウフィールドは言った。
「あの男がそのような事をする輩だと思いたくはないが、
セルマを信用させおびき出すには、人族にはあいつ程最適の人材はいまい。
それにやつなら、高位の魔法使いの知り合い位居るだろうから短時間での長距離移動も可能だ」
シャドウフィールドは拳を強く握りこみ返事もしなかった。
「私はそちらよりシド殿の動きが気になる。
セルマが殺されたという情報と彼が人族と接触したという情報は、ほぼ同時に入ってきた。
このような事は言いたくないが、彼がセルマを人族の領域に連れて行き、
護れなかったという可能性もある」
そこまで話を聞いたシャドウフィールドは立ち上がった。
「君はどうするつもりなのだ?シャドウフィールド」
「シドとサングマインどっちが怪しいかは俺には分からん。
だが、今回の一件にサングマインが関わっている可能性は高そうだ。
直接ヤツに話を聞きに行く」
「それだけかい?」
「ヤツが関わっていようと、いまいとヤツの情報網をもってすれば
セルマ殺しの下手人位簡単に突き止めるだろう。ヤツから下手人を聞き出し、ブチ殺す!」
それだけ言い残すとシャドウフィールドは去っていった。
残されたワイズマンは大きくため息をつき、誰となくつぶやいた。
「時代の波が来る。大きく荒々しい波だ。だが、そこには悪意を感じる。
此度の事件、ただ下手人をあげ仇を討てばよいなどというものでは収まらんだろうな」
〜ファインド森林自治領内〜其の1〜
虫の鳴く声が聞こえている。
あの屋敷から出て以来、感じていたことだがあれだけ居た魔物たちの気配が感じられない。
どうやら、このあたりの生態系は落ち着きを取り戻したようだ。
時刻は星の動きから、真夜中を少し過ぎたころだろう。
昼間の戦いでレイスの足止め役を勤めてくれた九鬼とサングマイン、
そしてショックの大きかったであろうフィリップとユーカには休むように勧め、
見張りはホルス、フェランド、そしてラスクが買って出た。
もちろん、三人とも消耗していないわけではなかったのだが、特に異存は出なかった。
フレイマルネクスを持つ少女が原因だったのかは分からないが、
現状、それほど差し迫った危険は無いであろうというのが皆の一致した見解だったからだ。
大方の予想通り、敵襲などはなさそうだ。一直目だったフェランドと交代してから、随分経つ。
ラスクは焚き火に薪を加えると、愛刀であるウィングクリスを取り出した。
もとより、魔法剣であるウィングクリスに特別な手入れなどは必要ない。
だが、今回のように、ターゲット以外の人間を巻き込んでしまったとき、
決まってラスクは愛刀に入念な手入れをするようにしていた。
罪を洗い流すためではなく、罪を消さず、刻むために。
刀を研ぐためではなく、心を研ぎ澄ますために。
それは冒険者を始めてから自然と身についた習慣でもあった。
一心に短刀を見つめながらも、彼女の優れた感覚は正確に、あたりの状況を把握していた。
だから、ユーカが眠りについていないことも、テントを抜け出して焚き火の方に歩いてくることも、
背中越しにラスクには分かっていた。
ユーカの方も、特に断りを入れる必要は無いと感じ取ったのか、ラスクから少しはなれたところに、
焚き火を囲むようにして座った。
少しの沈黙。のち、ユーカがおそるおそる、口を開いた。
「あの、ラスカリーナさん」
「うん」
拍子抜けしそうなくらい、いつもの口調で返事をしてきたグラスランナーの少女に、
少し戸惑いを感じながらもユーカは話し始めた。
「お邪魔では無かったですか?」
「ううん、一人で暇してただけだから。…どうしたの?」
「…なんだか眠れなくって」
理由は、聞くまでも無かった。
任務のためとはいえ、同年代の、しかも短い間とはいえ旅を共にした少年少女が目の前で、
それも仲間に惨殺されたのだ。
これでぐっすり眠れる方がどうかしている。
「まあ、あんな事の後じゃあね。」
そう言って、ラスクはコップにお茶を注ぎ、差し出した。礼を言ってそれを受け取ったユーカは、コップの中の水面を見つめつつ、言葉を続けた。
「あれから、フィリップも元気が無くて…ずっと悩んでいるみたいで。
…サラミスの町につくまでの間に、馬車でリック君たちといろんな話をしたんです。
リック君、家で待っている女の子が居るって言ってて。僕も彼女も海を見たことが無いから、
東に行って海に出たいって…」
「…セルマって子の事だったんだね」
東の海に行きたい、か。
今となっては彼の望みだったのか、彼女に宿る蛮族の女王の魂が、東の島に眠るという身体を求めてそうさせたのかは知る由も無いが…
「ヴァレリアさんは、リック君たちが落ち着いたら雪さんと2人で世界を廻って見るって言ってたんです。
雪さんは、ヴァレリアさんの行くところ、何処までも着いて行くって」
ラスクの考えに気づく筈も無く、ユーカは話し続けた。夢を語り合う少年、少女たち。
こんな戦乱の世の中でも、彼らには希望を見出し、未来に向けて旅を続けていたのだろう。
…それを私たちは、壊してしまった。世界という、天秤の先にあるもののために。
「私も、フィリップも、仕方の無いことだったってことはわかってるんです。
そうしなければ、もっと大勢の人が悲しむことになるってことも。
…でも、本当に彼らを犠牲にしなければいけなかったのか、
他にやり方があったんじゃないかって考えてしまって…
王命だから?世界を救わなきゃいけないから?…リックも、あの子も、みんなただ、静かに暮らしたかっただけなのに…
本当にに私たちがしていることって正しいのか、もう、わかんなくなっちゃって…」
話し続けるユーカ。その声が震え、彼女がいつしか、涙を流していることに気づきながらも、
ラスクは黙って彼女の話を聞いていた。彼女は、別にラスクたちを攻めているのではない。
ただ、自分が、自分たちがあまりに無力なことに憤っているのだ。
悔しいのだ。そして、何よりも悲しいのだろう。
そんな彼女の気持ちが、ラスクには痛いほど分かった。
「フェランドも言っていたけど、何が正しいのかなんて私たちには分からないわ。…くやしいけど。
私たちは、今あるべき事実から選ぶべき道を決めて、進んでいかなくちゃいけない。
私は…えーと、グラスランナーだから、王命とかは良く分からないけど、この世界を守りたいという意思はある。」
ふいに、話し始めたラスクの言葉に、ユーカは顔を上げた。
その視線に、居心地の悪さを感じながら、そして、微妙に嘘を交えて話していることに後ろめたさを感じつつ、
(もっとも、話したところで信用されないし、この事件とは無関係な事項だが)ラスクは言葉を慎重に選びながら話し続ける。
「そのために、何かを犠牲にしても仕方ない、なんてことは思わないけど…それでも、そうしなければならなくって、
それが私たちにしかできないなら…私は迷わず剣を振るうわ」
「…なぜ?なぜそんな風に、言い切ることが出来るんですか?」
「私達は迷わない。というか、迷うわけにはいかないよね。もし、私たちが失敗すれば、再び世界に大破局が訪れるかもしれないんだから」
「でも、それだって確証は…」
「うん、確証は無いけど、確信はある。…もっとも、冒険者としての勘、見たいなものだけど」
その辺りのことはラスクはぼかした。彼女がアルシス王からの命ではなく、
独自のルートでたどり着いた蛮族の女王に関しての話は他の仲間には話していない。
そもそも、自分がこの任務に選ばれていないという事実を改めて説明する必要性が無いからだが、
そういった裏事情から、彼女自身は女王の存在には疑いを持ってはいなかった。
「だから、誰かから言われたから、とかじゃなくて、私は自分の意思で剣を振るう。
それが、せめて犠牲になった人たちへの償いだと思うから」
「……」
もちろん、今までの旅の中でも感じていたことであったが、…見た目からは想像できない、
ラスクの強い意志とそれまでにくぐって来たであろう修羅場の数をその言葉に感じ、ユーカは言葉を失った。
しかし、それでも彼女はまっすぐな疑問を小さな大先輩に投げかけた。
「でも…でも、たとえば、もしラスカリーナさんの一番大事な人が…守りたい人が、女王の魂を持っていたとしても、やっぱりそんなふうに割り切れるんですか?」
「無理」
「え?」
「…だから無理。多分そうなったら、寝返っちゃうかな?」
あまりにあまりな返答に、ユーカは今度こそ言葉を失った。
もっとも、『一番大事な人』がこの世界に居ないラスクは、その可能性が無いことを自覚していたが…
『もし彼がそんな状況に追い込まれたら、彼は自ら死を選ぶんだろうな。』とも考えていた。
「…さっきまでと、言ってることが全然違うんですけど?」
「え?同じだよ?私は自分の意思で剣を振るう。
だから、もし私の一番大事なものが壊されるのなら、もちろんそれを守るために戦うよ。
たとえ、それで世界が敵に回ろうともね」
「……」
「だから、リックたちは何も間違っていなかった。もちろん、私達も間違っていない。
なにが間違ってて、何が正しいかなんてそんなの、人それぞれだよ。」
「…それは、そうですけど…」
「私が言いたいのは、もし大事な物を守りたいなら、戦うその時のために、自分を強く持っておきなさいってこと。
…心も、もちろん、身体もね。…フィリップを守りたいんでしょ?」
最後の言葉を聞いて、ユーカはなにかを感じたようだった。しばらく考え込んだあと、コップのお茶を飲み干し、腰を上げた。
「なんだか、はぐらかされた気もしますけど、ちょっとすっきりしました。ありがとうございます。
先に、休ませてもらいますね」
「うん、今度こそゆっくり休みなさい」
「おやすみなさい」
テントに戻るユーカを見送って、ラスクは足元に置いてあったウィングクリスを拾い、鞘に収めた。
今度のことで、ショックを受けているのは何もフィリップやユーカだけではない。
このパーティの歴戦の勇士達でさえ、幼い子供を犠牲にしてまで成し遂げねばならない任務に苦い思いを抱いているはずだ。
ただ、それを表に出したりするほど、彼らは世界の不条理に疎いわけではない。ただ、それだけのことだ。
ふと、森の奥に行く前に出会った少女のことが思い出された。蛮族により親を殺され、遠くの町に居を移すことになった少女。
不思議な歌を歌う少女だった。一方では少女を救い、一方では少女を殺す。
彼女達の生き死にを分けた運命とはなんなのか。生殺与奪の権利を、自分達が握っているとでも言うのだろうか。
そんなどうしようも無い哀愁がラスクを襲った。…少しユーカに影響されたのかな、と自嘲を浮かべる。
いままでだって、こういった自分の意思ではどうしようもない不条理な状況は様々に経験してきた。
それは、これからも続くのだろう。きっと、彼女が戦い続ける限り。
「強く…何事にも負けないように、一心に強く」
そうつぶやくと、ラスクは寝息を立て始めたユーカの気配を背中で感じながら、炎の中に薪を差し入れた。
〜ファインド森林自治領内〜其の2〜
〜ファインド森林自治領内〜其の3〜
はー、参った。ホントどうしよう。
よりにもよってセルマが”魂持ち”とはねぇー。
せめて殺さず保護できれば、よしんば大破局がもう1回来ても
蛮族の力を借りて乗り越えれたかもしれないが、もうその線は無い、ウツだ…。
あげくに屋敷の中庭で死んでたの、あれシルヴィオだったもんなぁ。
蛮族の裏社会を仕切るオルマロッサのカーポ(頭領)の一人息子まで死なせた。
ただの息子ならまだしもヴィーチェ・カーポ(副頭領)の立場にあったんだから
オルマロッサの組織自体が面子を潰されたカタチだからなー。
もう、マジノライン超えて向こう行けないなー。
行ったら速効で殺される、シャドウフィールドか、オルマロッサの名高いグラディアトーレに。
今回の女王封印行ちょっとおかしすぎ!
なんでこんな8英雄の子孫を分断するような事件が起きるんだよ!
って考えたら分断って言っても人族の領域で残ってるのボク一人か…。
屋敷の門で戦ったレイスってやつ、あの出鱈目な再生不死身能力…。
たしかじーちゃんの話に出てきた、人族の英雄スカイウォーカーが同じ能力を持ってた覚えが…。
あーダメダこんな時に考え事してもろくな考えが浮かばない。
そうそう、人間の英雄の末裔なり生まれ変わりが、殺し屋なんて
やってるはずないない。うん。そう、そうだよ。そう思いたいね。
そうだといいよな。うん、そうあってほしい。どうか神様そうであって下さい…orz
と、蹲ってる場合じゃないな。
とりあえず、時間が惜しいから、鳥を飛ばして都のブリティッシュに知らせておかないと。
最悪蛮族との全面戦争だ。最悪というか普通に確実にだけど…。
あー、もうこれで万が一にでも女王封印失敗できない。
女王が目覚める、あーんど蛮族との完全全面戦争?無理無理人族全滅よ。
それこそケレンスキー将軍が「この世の彼方の海」から
援軍でも引き連れて戻ってこないと乗り越えれない。
そんな当てにできない援軍を頼むより、己(達)の任務を達成する事を考えなきゃね。
幸い、人とは思えないほど腕が立つ連中ばっかりだから、力押しで万が一にでも
しくじることはないだろう。
おっと、メールが入ってるな。ナニナニ。
バンゾクノジョオウノミタマウミコエ
神様!悪い知らせは事件は1つだけにして下さい。
イッタイボクがなにしたの!?…
まぁ、とりあえずコッチで合計9つは封印しないといけないって事か…。
コッチ2つ、アッチで2つ封印してて、1つはイチナ。あと4つかー。
できれば後腐れなくさっくり殺っちゃえそうな、残虐で不細工なヤツでありますよーに。