2004年9月〜のバックナンバー


第1刷  高橋保行 「ロシア精神の源」
(中公新書、1989年)



ロシアは不思議な国です。
西欧から見ればアジア的で、アジアから見ればヨーロッパ的。
私もこの国にはソ連時代から興味を持って本を読みましたが、
そのほとんどが政治・経済関係に偏っていました。
これはソ連がきわめて政治的、経済的な国であるからしょうがないのですが、
そのソ連に生きる人々の中に連綿と流れ続けてきたロシア人にとっての母性ともいうべき
「ギリシア正教」という宗教でロシアを描いたのがこの本です。
著者である高橋氏はロシア正教会の一派である日本ハリストス正教会の聖職者としての専門的知識を駆使しつつ、
ビザンチン、西欧とロシアの関わりを深く探っていきます。
最後にはカトリック、プロテスタントなどの西方教会の性格を踏まえた西欧文明批評にまで論が及び、
そのスケールの大きさに読者は圧倒されることでしょう。
宗教に関する視点に乏しい日本人にとって、
カトリックともプロテスタントとも異なる、もう一つのキリスト教の存在は、
地理的にも文明的にもまったく新しいヨーロッパ像を与えてくれます。
表面的な現象にとらわれず、物事の本質に深く踏み込む聖職者らしい、
本源的なロシア案内記とも言えます。
もう一つのキリスト教、もう一つのヨーロッパへ旅立ちたくなるような知的興奮に満ちた1冊です。
ロシアへの入り口として、強くおススメします。


                                           2004年9月18日



第2刷  川田順造 「サバンナの手帳」
(新潮選書、1981年)



これは神戸・三宮の古本屋で見つけたものですが、なかなか面白かったです。
アフリカについての本はアジアや欧米諸国のものほど多くはないので、この手の本は貴重でしょう。
この本の中で著者は自らが旅人となって、
サハラ砂漠とギニア湾岸の間に広がる熱帯の大草原地帯、サバンナを縦横無尽に旅します。
いきなり過去になってその場に立ち会ったかと思えば、
現代に戻って広い見地からの解説が入ったり、と慣れないうちは戸惑いますが、
慣れてくると、この場面移動が実に心地よいアンサンブルをなしてきます。
著者の文化人類学、民族学の豊富な知識と、通算6年余りのアフリカでの現地研究の経験が織り成す
分厚いアフリカ像が読む者を惹きつけて離しません。
アフリカの豊かな文化空間を体験するのに好適な一冊だと言えましょう。
飢餓や内戦といったマイナス・イメージがつきまとうアフリカですが、
植民地化以前に存在していたアフリカ固有の世界に触れうる点でぜひおススメしたい本です。
何より、アフリカに関する基礎知識が足りない状況は20年を経た今でも一向に変わってはいません。
その意味で、出版以来20年以上を経た今でもその内容の新鮮さは失われてはいません。
良書とは、こういうものを言うのでしょう。
これを読めば、あなたもアフリカに行ってみたくなること、間違いなし!?

                                           2004年10月17日



第3刷  種村直己 「極北に駆ける」
(文春文庫、1977年)



グリーンランド、犬ぞり踏破。
これも、旅には違いありません。
私は大体人間が普通に住んでいて、それなりに観光名所のあるところを普通に旅するだけですが、
こういう旅にも強くあこがれます。
一面雪と氷だけの世界に、犬たちとともに挑む。
むき出しの自然と昔ながらの方法で闘いながら行く旅路は、
旅本来の空間征服欲を充分に満足させてくれることでしょう。
ただ、私は彼の旅そのものよりも、グリーンランドに暮らす現地のエスキモーたちの生活ぶりにより興味を惹かれます。
生肉を凍ったまま食べたり、お風呂に入る習慣がなかったり、性的にかなり自由であったり、
と著者もかなりのページを彼らの生活を描写することに割いています。
グリーンランドは現在はデンマーク領ですが、こうしたことを意識する人はあまりないでしょう。
こうした国とはあまり結びつかないいわゆる処女地、
たとえば南極とか、アラスカとか、パタゴニアなどに一度でも行ってみれば、
人間世界の細々としたことがあまり気にならなくなるのかもしれません。
人間の姿を見ることのない処女地への旅は、
自分が今生きてあるという、至極単純な事実を本当の意味で認識するのに格好の舞台でしょう。
それは、「最高の旅のぜいたく」と言えるのかもしれません。

                                                 2004年11月21日