第3部第1章7〜11のバックナンバー


7 旅行社との格闘



ここは、エジプトのピラミッドです。
ピラミッドの周りにはいろんな商売人がいて、あの手この手で観光客からお金を取ってやろうとてぐすね引いて待っています。
発展途上国の観光地ではありふれた光景ですが、何もこうした状況は観光地だけに限られるものではないらしく、
一般の生活圏、特に大都会においても旅人はそうした輩と闘わなければなりません。
イスタンブールやアテネに比べると、カイロには信頼できる旅行社の数が少ないようです。
もっとも、私はイスタンブールでも悪徳業者に引っかかって金を巻き上げられてしまいましたが。
エジプトに来る日本人観光客に対するエジプト人商売人の悪いウワサは後を絶ちません。
おかげで、私はあまりこの国を楽しめませんでした。
エジプトはアラブ圏の中でも最も観光開発が進んでいる関係からか、そうした手合いも多いのでしょう。
しかし日本人が最も訪れるアラブの国となるとまずはエジプトでしょうから、
この国のイメージが即アラブのイメージとなって日本人の心の中に残ってしまうのではないでしょうか。
アラブと日本の双方にとって、こうした行き違いはとても不幸なことだと思います。
ただ、私もこの悪いウワサのおかげで、バスと船のチケットを買うのに旅行社で一悶着を起こしてしまいました。
「げに人のウワサというものも罪作りなものだ」と今の私なら冷静にそう思えますが、
「エジプトだけを訪れた旅人なら、このようなトラブルに遭った時、どんな風に思うのだろうか」と考えると、
「エジプト人もいいかげんにしろ」という気がしないでもありません。



8 従順な羊、日本人



このロバ、ある観光地で見かけたんですが、本当にロバっておとなしいんですよね。
ロバが感情を剥き出しにしているところなんて、今までに見たこともないです。
それでってこともないけど、海外で見る日本人、特に一人でいる日本人なんかは
とても静かっていうか、大人しいっていうか、あまりに紳士的なその態度が
周りの現地の人に囲まれていると異様なほどに浮いているような感じがする、そんな感じの人が少なくありません。
エジプトみたいなツーリスティックな国にいると、現地の人の中にも外国人にちょっかいを出す人も多くなりますが、
それらの人たちの最もいいカモにされているのがわが日本人だというのは、残念ながら本当のようです。
日本人的マナーがどうも一般の外国人との間に誤解というか、ズレを生み、理不尽な思いをすることが多いようです。
もっとも、そうしたことはどの国の人にも起こりえます。
だけど欧米人などはそうした理不尽に対しては徹底的に戦っていますが、日本人は笑ってごまかす人が多いようです。
それが余裕の現われであれば、日本人も大したものだと思うのですが、
宿に帰ってボヤイている人が少なくないところから見れば、どうやらそうではなさそうです。
西洋においては人は個人主張をし、羊はその人間に大人しく従っていますが、
日本においては人は大人しく従い・・・、この後が続きません。
日本で個人主張をするのはいったい誰で、人は何に大人しく従っているのか、というところがイマイチよく分からないのです。
観光地のロバを見てそんなことを思うのは、はたして私だけなのでしょうか・・・。



9 「ただの隣人」の必要性



会う人、会う人みんなと利害関係があったり、それらの人のみんなに気を配っていたりしたら、
普通の人間だったらすぐにパンクしてしまうでしょう。
長旅に出ると日本での日常生活に比べて、より広い地域の、より多くの人に出会うんですが、
旅人は意識しないでも、自分を常にそれらの人とは利害関係のない第三者に仕立てる術を身に着けていきます。
そうしないと、旅人は発狂せざるをえません。
それは、旅人が自らの精神を正常に保つ上で欠かせない自己防衛本能なのです。
でも、たまには行きずりの人たちとの間にも一時的な関係を持ちたいこともある。
その時には声を掛けて見る。
すると、多くの人が写真に見るような素晴らしい笑顔を返してくれます。
旅人はこうして自分で自分の人間関係を取捨選択する自由を、
日常生活より束縛が少ない分、多く手にすることができるのです。
こうして他人との関係を能動的に組み立てていける積極性というか、自律性を自ら育むことができる、
ということを知るだけでも旅に出る甲斐はあるんじゃないか、と思います。
つまり環境は与えられるものが全てではなく、自らが望むようなものに作っていけるものでもあるのだということを、
旅は時として教えてくれるような気がします。


(写真の人たちはモデルさんたちで、アラブの伝統的な服を着て、写真撮影をしていました。
私がカメラを向けると、ニッコリと笑ってポーズまでとってくれました。
気さくな出会いでした。)



10 危険な両替



カジノで両替すれば手数料無しでトラベラーズ・チェックからドル・キャッシュを作れる、と聞きました。
何でも、カジノでは金をコインに換えてゲームをし、残ったコインをまた金に戻すのだが、
そのコインを買うのにトラベラーズ・チェックでの支払いが認められているため、ゲームをしないでごまかして、
もらったコインをそのまま持っていけば、チェックの額面と同額のドル・キャッシュを入手できるらしいのです。
そこで実際にやってみたんですが、やるはずのなかったゲームをやらされるはめになり、
結局500ドルのチェックをくずして463ドルしか戻ってきませんでした。
いうまでもなく、37ドルはゲームに費やされたわけで、何とも惨めな結果となってしまいました。
普通に両替していれば手数料は5ドルか10ドルで済んでいたのに、何ともばかばかしい話です。
こんなことに血道を上げるより、写真のように地元のアラブ人と親交を深めた方がずっと実り多い旅になるでしょうに。
旅の手段を磨き上げるのにかまけて、本当の旅の収穫の方をなおざりにしていたわけです。
カジノは金を使って遊ぶ所であって、金をケチる所ではないのでしょう。
人間、欲を出すとろくな事がない、ということがよ〜く分かりました。


11 海路出国



エジプトのシナイ半島の東側にアカバ湾、西側にはスエズ湾がありますが、
ヨルダンへ向かう船はアカバ湾を通っていきます。
その船に乗り込むんですが、日本のように一列に並んで、などという大人しい乗客はほとんどいません。
みな一目散に、船の入口に向かって駆けていきます。
入口は人一人が通れる位の小さなものが一ヶ所しかありません。そこにみなが一度に群がるのですから、大変な騒ぎです。
みな腕や足はもちろん、体のあらゆる部分を使って他人を押しのけつつ、中へ入ろうとします。
私もこのおしくらまんじゅうに参加せざるをえませんでした。中へ入るには、それしか方法がないからです。
しかしその苦労も報われることなく、船内はすでに人で一杯で、
私は結局、船内に居場所を獲得できず、デッキへと逃れざるをえませんでした。
しかしその疲れた体を引きずった私を迎えてくれたのは、上の写真にあるようなアカバ湾の素晴らしい風景でした。
海路で出国するのは、とても好きです。
別れを告げた国が飛行機ならすぐに視界の彼方に消えますが、船なら船の後方に長い間あり、
それを見つつ、旅人はその国での思い出に浸れる時間的余裕を与えてもらえるからです。
多くの空間(目前の風景と心中の思い出)と長い時間を享受できるこうした旅のあり方は、
これはこれである意味、大変なぜいたくではないかと思ったりもします。
船旅は、いつの時代も優雅でいいものですね。
本当にそう思います。