雨の帳

 音もなく降り注ぐ銀の雨。細い糸のように、鋭い針のように。窓の向こうは、まるで薄いレエスで遮られたみたい。白い帳が緑の樹々を霞ませている。
 物音の無い夜。
 ぼくは、小さく溜息を吐いて窓を閉ざした。きっちりと、隙間のない様に。そして小さな掛け金を下ろした。カチャリ、と広い室内に響く金属音。
 振り返ると、その音に撃たれたかのように、君は睛を見開いてぼくを見つめていた。
 小さく震える瞳。青い青い、空のような睛。
 ぼくはにっこりと微笑んで、窓際から離れた。そしてゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるようにして、椅子に腰掛けた君の前に向かった。
 そぉっと手を差し伸べると、君は弾かれたようにぴくりと震えた。
 きゅっと目を瞑り、身体を強張らせている様子は、なにか小さなイキモノのようで、ぼくは心から君が愛しくて堪らなくなった。
 ゆっくり、ゆっくりと、じりじりと君の頬に指先を近付けてゆく。
 気配が伝わるのだろうか、それとも息を詰めている所為か、ぼくの指先が近付くにつれ、君の頬の薔薇色が濃くなってゆく。
 ああ、なんて愛しいイキモノなのだろう。
 張り詰めた空気が弾ける寸前、ぼくは君の頬に両手を添えて、強く接吻けた。



「・・・ここは、何処?」
「ぼくの部屋さ」
「外、暗いね」
「ああ、雨が降っているから」
「やんでたら、明るい?」
「さてね。なにしろ森の中だから」
「森、」
「そう。この家は、大きな森の真ん中にあるんだよ」
「・・・ぼく、どうしてここにいるの?」
「ぼくが連れて来たのさ」
「どうして?」
「君が森の中にいたからさ」
「だから連れて来たの?」
「そうだよ」
「どうして?」
「・・・さあ、どうしてだろうね」
「・・・あなたは、誰?」
「ぼくはぼくだよ。この家の主さ」
「・・・ぼくは、誰?」
「今は、ぼくのものだよ」



 雨はいつまでも降り続いている。
 森の緑を洗い、空気を清めて、ぼくらを優しく包み込んでいる。
 誰もここへは来ない。
 ぼくらはここから出ない。
 閉ざされた静かな部屋は、なんて居心地がいいものだろう。
「ね?」
 ぼくは、腕の中に抱きしめた柔らかいものに囁きかけた。口唇を、耳朶に触れるほど近づけて。
 君は小さく身を震わせ、ゆっくりとぼくを見上げた。青空の色の睛。
 君がその睛に、本当の青空を映すのは、いつになるだろう。
 もしかしたら、永遠にそんな日は来ないのかもしれないね。
 ぼくは楽しくなって、君を抱きしめたまま、くすくすと笑い声を立てた。



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