手に持っていた小さな箱を机の上に置き、ぼくは椅子に腰掛けた。 箱は、薄くて細長い直方体をしている。 星座盤の模様の紺青の包装紙に包まれ、銀の縁取りをした藍色のリボンがかけられている。 裏返してシールを確かめなくとも、天球堂で買ったものだとわかる。 天球堂は、ちょっと洒落た文房具や画材などを扱う、生徒たちの間では知られた舗だ。 問題は、いったい誰が・・・というコトだ。 つい30分ほど前、ぼくが学校を出る時に、この包みがぼくの下駄箱の中に入れられていたのだ。 リボンには、ぼくの名前が記された、小さな水色のカードが挟まれていた。 見覚えのない筆跡。 裏返してみると、同じ字で『誕生日おめでとう。』とあった。 差出人の署名はない。 いったいこれは、誰の仕業なのだろう。 差出人不明のプレゼントだけれど、不思議と気味が悪いとは思わなかった。 ただ、とにかく気になるだけなのだ。 しばらく頭を捻った後に、ようやくぼくは、取り敢えず開けてみるコトに決めた。 角の近くで結ばれたリボンをほどき、一旦裏返して、包装紙の端を留めた銀色のシールを丁寧に剥がす。 そうして出てきた象牙色の紙箱を開けると、中に入っていたのは1本の青い万年筆だった。 なんだろう、何処かで見覚えのあるような気がする。 天球堂で、売っているところを見たワケではない。 そうではなくて、ずっと昔に、誰かがこれを使っているところを、見たような気がするのだ。 万年筆は、よく見れば鮮やかな群青の中に、小さな小さな銀色の星が散りばめられていて、きらきらと光を反射している。 留め金は銀色。 ぼくは、机の上から適当な紙を探し出し、万年筆の蓋をはずして試し書きをしてみた。 さらさらと滑らかに伸びるインクは、深い青。 その色に魅せられたように、ぼくは無心に手を動かした。 すると、くるくると無意味に描かれてゆく線の中から、やがて文字が浮かび上がって見えてきた。 『お誕生日おめでとう。』 メッセージに続けて描かれた数字は、今日の日付のようで・・・けれどそれは、20年以上も昔のものだ。 ぼくは、万年筆に蓋をして、紙を持ち上げてしげしげと眺めた。 いったい、これはどういうコトなんだろう。 そう思ってもう1度万年筆を持って、驚いた。 ボディの群青はくすんでいて、留め金の銀色は曇っている。 それはついさっきまでの新品の万年筆ではなく、長年使い込まれた物の様子をしていた。 そして、その様子を見て、ぼくはようやく何処でこれを見たのかを思い出した。 ぼくは自室を出て、廊下の反対側にある、父の書斎をノックした。 低く応える声にドアを開け、ぼくは机に向かう父の横へ回った。 「ねえ、父さん。これ、父さんのだよね」 そう言って万年筆を差し出すと、父は一瞬驚いた表情を浮かべてから、目を細めて微笑んだ。 「やあ、懐かしいなあ。そうだよ、それは私が使っていたものだ。でも、お前はいったいこれを何処で見つけたんだい? もう何年も前に失くしたと思っていたんだが・・・」 不思議そうな父に、ぼくは笑って首を振った。 「秘密だよ。ねえ、父さん。この万年筆、ぼくがもらってもいいでしょう?」 父は、大きな手でぼくの頭を撫でると、ゆっくりと頷いた。 「ああ、いいよ。ただし大事に使うコト。それはお父さんが大切な友達にもらった、宝物なんだから」 「うん、わかったよ。ありがとう」 父さんの頬にキスをして、ぼくは書斎を出た。 青い万年筆を握り締めて。 |