玻璃中天

 ふるふると、雪は降り積もる。
 大地は白く閉ざされてゆく。
 ぼくは、厚く積み重なった雪の上に仰向けになり、空を見上げた。
 ぼんやりと光る灰色の空。そこからとめどなく降り注いでくる、儚いほどに小さな雪片。
 どうしてだろう。見上げていると、空はひどく近くに思える。果てしない無限の広がりなど微塵も感じられず、まるでガラスの蓋をかぶせられたかのようだ。
 そう、丁度このスノゥドームと同じに。
 思いついて、ぼくは雪の上に横たわったまま、コートのポケットから小さな容器を取り出した。
 プラスティックとガラスでできた、半円形の置物だ。
 中には水が満たされており、小さな人形と、雪を模した白い欠片が封じ込められている。揺さぶってみれば水の中で白い欠片が舞い上がり、ガラスの中に雪が降るというワケだ。
 ガラスの中の人形は、大きく手を広げ、天を見上げて喜んでいる。
 足元に散らばっていた白い欠片が巻き上げられては舞い降りてくるのを、喜んで待ち構えている。
 嬉しいかい。
 嬉しいのかい。
 ・・・ふと、どこかで聞いた話を思い出した。
 中国の昔話で、物売りが壺の中に住んでいるのだ。ある人が、頼んで共に壺に入ってみると、そこには楽園があったという。
 そこから「壺中天」という言葉が生まれたと。
 この人形も同じだろうか。
 ガラスに閉ざされた小さな世界は、楽園なのだろうか。
 もしそうならば、今、このガラスのような空の下のぼくも、幸せなのだろうか・・・。
 ぐるぐると、深い考えに沈み込んでしまいそうになったところで、さくり、と雪を踏む足音が聞こえた。
 驚いて上体を起こしたぼくの前に立つ、見慣れた姿。
 どうして、と言う前に、彼はしゃがみ込んでぼくの髪や背中の雪を払ってくれた。
「ああ、もう雪まみれじゃないか。これじゃあ風邪ひくぞ。ほら、さっさと帰ろう」
 いつもと変わらない口調で言ってぼくの手を取ると、軽々と引いて立ち上がる。
 そうして、彼はすぐにも歩き出そうとしたのだけれど、ぼくはどうしていいのかわからなくなって、スノゥドームを手に持ったままで立ち尽くしてしまった。
 彼は不思議そうにぼくを見て、手元に目を止めると、あれ、と声をあげた。
「随分と懐かしいものを持って来たんだな。もう・・・何年前になるっけ?」
「・・・8年、だよ」
 自分で答えて、驚いた。
 もうそんなになるんだ。この小さなスノゥドームを、彼からの初めてのクリスマスプレゼントとしてもらってから。
 あの頃は、こんな風にずっと傍にいるようになるとは、思ってもみなかった。
 いや、逆に、ずっとずっと傍にいるのが当たり前だと思っていたのかもしれない。
 当たり前のままに与えられていた関係が変わってきたのはいつのコトだったか。
 気がつけば、ガラスのように壊れやすいものになっていたけれど。
 心を込めてやさしく扱えば、それはダイヤにも負けないほど輝きもするのだ。
 ぼくはいつしか、手に乗せたスノゥドームを見つめて微笑んでいた。そっと揺らして雪を降らせてやれば、ガラスの中の人形は、いっそう嬉しげに見える。
 目を上げれば、彼もぼくを見つめて微笑んでいる。そうして両手を広げて見せるから、ぼくは迷わず彼に抱きついた。
 ふるふると、雪は降り積もる。
 ガラスのように閉ざされた空の下は、2人だけの楽園。
 ぼくらは人形のように幸せだ。


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