動かない部屋
1998.Oct.発行


箱庭

ほんの一瞬 目を逸らしただけなのに
消えてしまった小鳥たち
さっきまで ぼくときみらと
仲良く遊んでいたのに
何気なく辺りを見ただけなのに
ぼくを残していってしまった

飛び立てる翼はいいね
ぼくは この壁の中から出られない
そしてまたきみたちが
気まぐれに訪れるのを待ち続ける




帰れない海

氷づけの人魚姫
動けない
泳げない
あの海へは帰れない

やがて氷は溶け出して
動き出す
泳ぎ出す
でも
あの海へは帰れない




泳ぐ視線

硝子質の瞳が見ていた
水槽の中に踊るサカナは
ゆらゆらと惑わせる
青い水に滲む赤い金魚たちは
無機質な瞳で見つめ返す
なにが見えるの?
なにかみえるの?
きみには ぼくが見えるの?




鑑賞魚

私はずっと待っている

いつかあなたが来てくれて
私の傍に立ち止まり
なにか言葉を紡いでる

水槽の中にいるようで
動きは鈍くゆっくりと
音は低くてぼんやりと
プラスティックの壁の外
あなたの姿も歪みだす

広いようでも狭すぎて
とても酸素が足りなくて
息苦しくてたまらない
あなたの視線が突き刺さる
けれどあなたは見ていない
私の姿を見ていない
ただ水槽を眺めてる

やがてあなたは立ち去って
引き止めることもできなくて
私は漂う水の中
だって届きはしないもの
私の声も眼差しも
姿でさえも歪んでる
待ちつづけるの ただ一人
私の姿を見てくれる
誰かがそこに止まるのを




COOL

真夏のある日
部屋の中
ぼくは一人ペンギンになる




気になるけれど

ぼくはいつでもひとりです
教室にいる休み時間 ふと見回せば
みんな 遠い
はしゃぐ笑い声も
みんな 遠い
一塊の中でもバラバラで
ぼくはいつでもひとりです

あのコもいつでもひとりです
“話シ掛ケレバ イイジャナイ”
けれど勇気が出せません
見回せば
ひとりなのはぼくらだけ
けれど勇気が出せません
だから ぼくらはいつでもひとりです




帰郷

茜の色に染められて
雫はまるで血のようで
ぼくは驚き駆けたけど
きみも慌てて駆け出した

小さな駅の入り口で
久し振りだと笑ったは
遠い昔のようだけど
たった昨日のことでした

ひとり夜汽車に飛び込んで
広い世界に飛び出して
けれど故郷は懐かしく
きみの笑顔が懐かしく

泣かせる為ではなったと
けれど君には届かない
小さな石を握りしめ
とうとう君は帰らない

夜空の藍に染められて
雫は小さな海水晶
きみの身体を抱きしめて
静かに輝く闇の中




硝子細工

硝子になってしまおうか
何も言えない 聞こえない
あなたの姿を映すだけ
脆くて壊れやすいけど
壊れても誰も気に留めない
それはとても簡単そう
だってあなたも言ったでしょう?
「きみハ がらすノ 様ダ」って
ずっと昔に言ったでしょう?

硝子になってしまおうか
何も言えない 聞こえない
あなたの姿を映すだけ
脆くて壊れやすいけど
本当は もう 壊れない
だって硝子は聞こえない
あなたの声が聞こえない
――――聞こえなければ 壊れない




小鳥

夏の檻に囚われて
君は小さな青い鳥
透きとおった声で
囀る・囀る・囀る……ぼくに

抜け出せないね 夏の檻
逃がしはしないよ 青い鳥
透きとおった涙
流れる・流れる・流れる……頬に

この部屋はいつも夏
たとえ外が冬だとしても
君とぼくが出会った
ぼくが君を失くした
あの夏のまま――――

冷たい床に横たわり
腐乱していく君のこと
青い小鳥が見つめてる
囚われている君自身
透きとおった瞳で
見つめる・見つめる・見つめる……そしてぼくを、




動かない部屋

何も彼もが止まったまま
こころも
からだも
空気も
そして時間も
何も彼もが変わらずに
まるで永遠の如くそこにある

けれどそこでさえも
何かが静かに変化してゆく
百年後なら百年後
一秒後なら一秒後
何も彼もが違ってしまう

けれどきみはそれに気付こうとしないね
きみ自身 既に変わってしまったというのに
ほら 目の前にある鏡をごらん
変わらないように見えるのは
鏡が変わってしまったからさ

少しずつ 少しずつ
何も彼もが歪んでゆく
動かずに 変わらずに 止まったまま
そんなのは全てまやかし
素知らぬ振りをしているだけさ

きみが朽ち果ててしまったことに気付くのは
全てが終わってしまった後のことだろう
たぶん



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