■ ひとつの願い ■



「…それは何だ?」
「笹。」
「…これは何だ?」
「タンザク。」
「…何で?」
「タナバタ。」
  …………俺とゴンの間に走る隙間風。何かかみ合ってない…。
そもそもどうなってるんだ?何で俺の前に笹を持ったレオリオが立ってて、ゴンが紙の束を笑顔で差し出してんだ? 今日は俺の誕生日だからってこれがプレゼントか?いや、文句はいわねえがどうしろっつーんじゃ…。
  唐突なこの展開が理解できず、目を白黒させている俺に、相変わらずおっさんの隣に佇んでたクラピカが助け舟を出してくれた。
「ゴンがハンゾーに聞いてきたのだがジパングには7月7日に行う『タナバタ』という伝統行事があるそうだ。どうやらゴンはその『タナバタ』をやる気まんまんらしい…」
「やる気まんまん。」
  ゴンがにっこり笑って堅い決意を示す。こうなると誰にも止められない。 溜息をついて差し出されている紙を一枚手に取る俺。
「…で、どうすりゃいいんだよ…」
「あのね、このタンザクにね、願い事を書いて笹につるすんだよ!それを今夜河に流すと、えっと…『アマノガワ』に届いて願いが叶うんだって!!」
「『アマノガワ』ぁ?それで何で願いが叶うんだよ?」
「伝統行事にリアルさを求めんなよ。願いが叶えばロマンってこった」
「…身も蓋もない…」
  おっさんの回答で余計に頭痛くなってきた…。クラピカがおっさんに伝統行事の何たるかをとうとうと説く声をよそ目に俺はゴンの顔色を窺う。… にっこり笑ってタンザクを差し出している。
やはりマジでやる気まんまんのようだ…。 うう…面倒くさい…。


「…なんて言っときながら…」
  レオリオがじと目で俺を見る。いや、正確には俺の前に重なるタンザク(願い書き込み済)を。
「願うだけはタダだし、いいじゃねえか」
「キルア…やる気まんまんモードが伝染っているぞ…」
「うん!やるからには徹底的に、だよね!キルア!!」
「おお!」
  苦笑するクラピカと嬉しそうなゴン。そのゴンも俺に負けず劣らずタンザクを重ねている。
ちらっと覗き見ると『背がレオリオくらい高くなりますように』とか『ミトさんのご飯お腹いっぱい食べたい』とか…ん…?
「…何だ?ゴン、その『キルアが無駄遣いをやめますように』って…」
「キルアこそ何だよ、その『ゴンが賢くなりますように』って…」
  どうやらゴンも俺のを覗いていたようだ。しっかり見られた。
「お前ら、なに漫才みたいな願い事書いてんだよ」
「レオリオ、お前に2人のことは言えん」
 俺たちを馬鹿にするレオリオにクラピカが冷たい眼差しで当人のタンザクを指差す。
『もてたい。』
「…………」
「…………」
「…………」
「な…何だ!?お前ら、その哀れみの眼差しはッ!!?」
「いや…、痛切な願いだと思って…」
「それこそ神にでも頼らねばどうしようもねえなあと…」
「クラピカ!キルア!何だその言い草は!!」
  何だもかんだも…言葉どおりじゃい…。
「でも、俺はレオリオ好きだからね!キルアだってクラピカだってそうだよね!」
  とりあえずゴンがフォローを入れる。仕方ない、俺も慰めてやるか。
「そうそう、特にクラピカはな」
「な…何だ、キルア!その意味深げな口調は!!」
  …真っ赤になってる…面白い。(笑)続けてしばらくからかってると「早くタンザク書いてしまえ!」と怒鳴られた。…何で俺が怒鳴られるんだ?

 

「…これでよし…っと」
  ポン、とレオリオが手を鳴らす。それが完成の合図。
「やったー!完成!!」
  ゴンも満足げだ。あちこちの角度から目を輝かせながら笹を見上げている。俺もそれに習う。うん、なかなかいいんじゃないか。
  しきりに頷く俺たちの背にクラピカの声がかかる。
「それでは私たちはそろそろパーティの準備を始めるか」
「…あ、うん。…………えぇえッ!!!?料理作んの!?クラピカが!!?」
  さらりと流しかけた爆弾発言を慌てて堰きとめる。
―――― 以前、クラピカの料理を出された時に受けた衝撃は一生忘れることが出来ないだろう。ボウルの中で異様な香りを漂わせていたシチュー(クラピカ談)…らしき液体を…。
解凍されてない肉や茹であがっていない芽つきじゃがいもは問題ではなかった。
…そう、皿の底に沈んでいた生うなぎに比べればもう何だって許される…。
「い…いいよ、クラピカ…。それだけは…」
  過去の惨劇が瞼にちらつき、ひきつる俺。そんな俺の肩にそっと乗るレオリオの手。
「安心しろ、キルア。今日はお前の誕生日。それだけはこの俺が阻止して見せるぜ!」
「…おっさん…!」
  …その日、はじめておっさんの背を大きく感じたのだった…。
―――― クラピカの目線は痛かったけど。


「誕生日おめでとう!キルア!!」
パンパンパァン!!
 俺がケーキに飾られたロウソクの火を消すと、派手なクラッカー音と一緒に皆がお祝いの言葉をくれた。何だか照れくさい…。
  かくして俺の「バースデーパーティ」は幕を開けた。
レオリオがロウソクを取り去ったケーキを切り分けるとそれをクラピカが皿にのせて俺たちの前に並べていく。俺のは一番大きなやつ。
それはイチゴを挟んだふわふわのスポンジがパイ生地に包まれているケーキ。たっぷりと振られた削りチョコとシュガーパウダー、生クリームもふんだんに使ってあってとても甘くて美味しい。
 ゴンがミトさんが送ってくれたんだと教えてくれた。口には絶対出さなかったけどすっげー嬉しかった。
「キルア仕様だってミトさん言ってたよ!」
「…確かにキルア仕様だ」
  そう言いながらクラピカが机の上の料理を俺の皿に盛ってくれてる。
…どうやらおっさんは男同士の約束を守ってくれたらしい。料理は至って平凡でクラピカが作った形跡はどこにも無い。おっさんとゴンが作ったか、出来合いの物を買ってきたかだろう。
 俺は人生で初めて平凡な料理に心底感謝しながらゴンと一緒に次々と料理を平らげていった。
「あー!キルア!それ俺のピザだよ!」
「ぼーっとしてんのが悪いんだよ…ってコラ!今日の主役の俺のポテトを取るな!」
「主役でも手加減はナシだよ!これも修行だ!」
「食事で修行するな。行儀が悪い」
「ちなみに消化にも悪い。」
  俺たちの激しい攻防にレオリオとクラピカが苦笑してる。
今更だけどレオリオとクラピカに会うのは半年ぶりだ。こうやって食卓を囲むのも勿論久しぶりな訳で。
いつもはゴンと2人での食事。それを寂しいと思ったことは一度も無いけれど4人での食事はいつもよりも美味しく感じたんだ。 何でだろ。机の上に並んでた料理は一流の料理屋の作ったものとかじゃなかったんだけど。

 

「キルア!そっち持った?」
「よっと…、OK、ゴン!せーので流すぞ」
「うん、せーの!」
  ちゃぽん…。
    ――― さらさらさら…
 小さな水音と共に、笹が水面に浮かぶ。そのまま涼やかに葉を揺らす音を残して、ゆっくりと俺たちから離れていった。
俺たちの願いを、天に届けるべく……。
 その様子を、言葉も無く見送る俺たち。ゴンの目をもってしても捕らえることが出来なくなっても、ずっとずっと見送っていた。
「…届くといいね、俺たちの笹」
  やがて、沈黙を破ったゴンの声にようやく空気がいつも通り流れ出す。
「くだらねえ願いばっかぶらさがってるけどな」
「そんなことないよ」
俺の言葉に苦笑するゴン。だがクラピカはレオリオに冷ややかな眼差しで一瞥くれる。
「少なくとも『もてたい。』は下らないな」
「…クラピカ…てめえ…」
「そうだよなあ、クラピカとしてはレオリオがもてもてだと困るんだよなあ」
「な…!!」
「何だ、そうならそうと早く言えよ♪」
「ち…違う!断じて!!こら!何だどさくさに紛れてこの手は!!」
「まーまー、照れるな、照れるなv」
――――― ああ、もう勝手にやっててくれ。


いちゃつく2人を置いてゴンと河べりを散歩する。
ふと、ゴンが独言のように呟いた。
「…皆の願い事、叶うといいね」
「こんなんで願い事叶っちまったら世界中大パニックだろ」
「でもさ、一番の願いはみんな書いてなかったんだよね」
「一番の願い?」
「レオリオだったら『医者になりたい』とか、クラピカだったら『仲間の眼が全部集まりますように』とかそういうの」
  言われてみて初めて気付いた。そういえばゴンも『親父を見つけられるように』って願いは書いていなかった。
「…マジでそんなの書いちまったら興ざめするからじゃねえの?」
「うーん、そうかなあ…」
「?、納得いかなげだな」
「…俺はさ、多分だけど、それは自力でやり遂げたいことだからだと思う」
「自力で…?」
「うん、神様には叶えてもらいたくない願い、かな。ごめん、よく解んないよね」
  ゴンがテレ笑いを浮かべている。

   …大丈夫、解る。 何となく、だけど。
  きっと以前の俺には解らなかったと思う。神様が本当に叶えてくれるなら、それにこしたことないじゃないかって言っただろう。
    でも、それじゃ、きっと願いが叶っても嬉しくもなんともないんだろ?
     それって、きっと自分の無力さに気付かされることになるんだろ?
      一番の願いって、多分そういう物なんだよな。

 …俺も、いつか、そんな願いを、見つけることができるだろうか…。

「…ア?…キルア?」
「…あ?ああ、何だ?ゴン」
  ちょっと呆けてたみたいだ。ゴンが心配そうに俺を見てる。
「ぼー、としてたから。」
「悪い、何か言ってたか?」
「うん、そういえばキルアも一番の願いを書いてないねって」
  …その一言に思わず凍りつく身体。
――――――― しばらくの沈黙の後、俺は小さな小さな声で言葉を吐き捨てた。
「…書いてないんじゃない、俺には書く願いが、『一番の願い』ってやつが無いんだよ…。」
  情けない気持ちが一気に胸にこみ上げてくる。こんな俺をまっすぐに見るゴンの視線が痛くて、そっと顔をふせた。
「そんなことないよ!」
  不意に、剛い声。そして感じる剛い視線。その声が言葉を続ける
「キルア、前に言ってたじゃないか。『やりたいことをみつけたい』って」
「だって…あれは…。」
「嘘、だったの?」
「違う!」
  思わず、否定のために上げた顔。
     …そこにはゴンの笑顔があった。
「それじゃ、やっぱり、それはキルアの『願い』だよ」
「………………」
  力強い、言葉。暖かい、笑顔。
   ―――――― 不思議な、感覚。 根拠も確証も無いのに、お前のたった一言をこんなにもあっさりと信じてしまう…。
「そう…かな…?」
「そうだよ!」
凍りついた身体が少しずつ溶かされていくのが解る。ぎこちなくだけど、やっと、笑ってゴンに伝えた。
「…もし…さ、」
「ん?」
「…もしそうなら、やっぱこの『願い』は神様には叶えてもらいたくねえな」
 そう言うとゴンも「だよね。」って、また笑ってくれた。
「だから皆簡単な願いか、自力ではどうしようもない願いを書いてるんだよ」
「自力ではどうしようもない願い?」
 聞き返す俺にゴンは『キルアが無駄遣いをやめますように』と返してきやがった。
「う…。な、何だってそんな願い事書くんだよ!!」
「キルアの為だよ!」
「うう…そうくるとは卑怯な…」
  一気に形成不利。その時、救いの声が!
「おーい、帰るぞ、ガキ共―!」
 おお!なんかむかつくけど助かった!!ゴンも「今行く!」と返事して駆け出していく。
  その背中を見送りながら先刻のゴンの言葉を思い出す。
「『自分では、どうしようもない願い』…か。」
  そっと、星空を仰ぎ見る。あの笹はもうあの星屑の河に届いただろうか。
心の中で、そっと、願う。
もし、もしそのタンザクの願いが本当に叶うのなら、俺はそのタンザクの願いを全部取り消します。
だから、だから変わりに自分ではどうしようもない、この願いを…。
「キルア!早く!!」
呼んでる、ゴンが、俺を。その後ろでレオリオとクラピカも…。

「―――― 今、行く!!」
    俺は、笑顔で駆け出した。

 行くよ、いつだって、お前の傍に。
   お前が俺の名を呼んでくれる限り、いつでも。
       お前が笑いかけてくれる限り、いつまでも。
                 だから―――――――……

「おまたせ!」

  目の前で、ゴンが笑う。その腕をいっぱいに俺に伸ばして。

俺も、笑う。笑ってる。この上ない幸せの中で。

たった、ひとつの「願い」を、何回も繰り返しながら…

 

お前と生きていけますように。明日も、明後日も、その後も、

ずっとずっと…ずっと……

fin

 キルアバースデー話でした。折角の七夕産まれさんなのでその設定を利用させていただきました。
  しかし、うちの4人は胡散臭いほどに信心深いなあ(苦笑)かなり偽者くさい。…いや、偽者なのですが(笑)
  今回はレオリオとクラピカは背景でしたね、ほとんどギャグ役。キルアの中の好きな人ランキングを考えるとどうしてもこうなってしまうんですよね〜…。(私的にはキルアの中の好きな人ランキングはゴン・ゴトーさん・ミトさん・ウイングさん・カナリアちゃん・ズシくん・レオリオ・ピカの順…うわ!かなり低いわ!父母!!頑張れ(笑))
  原作でも未だにキルアとレオクラの間にはゴンがいてなんぼって形ですからね〜…、特にピカとはかなり…。個人的にはもっと仲良くして欲しくて割とこの3人の距離を短く描いているつもりなのですが…。それでもやはりキルアの中で絶対的地位を確立しているゴンには遠く及びませんが。

ゴンとキルアの関係はすごく好きです。私キルアはピカと同等なくらい脆いと思っております。その脆さを支えているのがきっとゴンなんじゃないかと。ゴンが在って初めて今の明るいツッコミ役の(笑)キルアが在れるのではないかと。少なくとも「今」は。
  あくまで私のイメージです。本物のキルアくんは思っているよりずっと強い子かもですね。 とにかく、キルアくん、誕生日おめでとうv

平成13年7月7日up

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