「…………。」
眼前に広がる光景に私はただ絶句することしかできなかった。
「…だから覚悟しとけって言っただろ…。」
隣に立つレオリオがやはりというような目つきで、だが少し申し訳なさそうに呟く。
――――――1ヶ月ほど前だった。
「あのな…なんだ、もしアレだったら…その…俺ん家、来るか?」
突然、レオリオがそう切り出してきたのだ。
当時、私は旅団の件も一段落し、これから地道に同胞の瞳を回収しようと考えていた。闇ルートの情報収集に力を注ぎ、瞳の在りかが判明したならその地へと赴き主無き瞳の奪取を謀る。その予定だった。
話のついでにそのことを告げた時、彼はそれなら何処かに拠点があった方がよいのではないか、と提案してきた。それは確かにもっともな話で私とて叶うならばとっくにそうしていた。だが長期間に渡って家を空ける事が少なくないことを考えると管理問題等厄介なことが多く、結局は諦めざるを得ない状況にあったのだ。
「それは同居人がいれば解決できるよな。」
…それはそうだが、と返す私に彼が頭を掻きながら言ったのが先程の台詞。正直それはとても有難い申し出であったのだが…
「迷惑ではないのか?」
「んな訳ねーだろ。水臭えな」
思った通りの台詞が返された。まったく相変わらずこいつはお人好しが過ぎる。 『ただし』と、
ふいにレオリオの人差し指が私の眼前に突き出された。
「俺が今住んでんのが大学近くの一軒家なんだ。借家なんだがそこいらのアパートより家賃が安くてな。」
「…つまり、古い訳だ」
「ビンゴ。それも並みのボロ屋じゃねえ。そこん所充分覚悟しといてくれ。」
充分、に随分と力が入っていた。まあ一応覚悟はしておくが、現にレオリオが住んでいる訳だし人が住むに不都合はあるまい、そう高をくくっていたのだ。
「…まさか、ここまでとは…」
やっと搾り出した台詞であったそれはレオリオにとって聞き飽きた言葉だったのだろう。彼はこの『趣のある』建物について手馴れた説明を始めた。…半ばヤケ気味にも聞こえたが。
「建築されたのは約60年前・増改築暦なし。木造スレート葺平屋建。部屋は炊事場含めて5部屋。建床面積90uに敷地内面積200u。門は半壊。庭は雑草とでかい木により密林状態。占めて家賃年5万円のところを値切って4万2千3百円也!」
「…値切るか?普通…」
そんなやりとりをかわした後、私達は半壊の門を抜け、密林を渡り、立て付けの悪い扉を開いてようやく建物への侵入を果たしたのだった。
「そっちがお前の部屋,俺の部屋はその隣。奥が炊事場でそこが客間兼リビングで風呂と便所はそっち。ああ、そっちの部屋はまだ片付いてねえんだ。」
「…はあ」
溜息のような返事を返してあてがわれた部屋に少ない荷物を降ろすとその客間兼リビングに腰をおろした。レオリオがほら、と紅茶を差し出す。
「…で、どんなものでしょうか」
「…どうもこうも…。まあとりあえず(本当にとりあえず)人間は住めるようだな…。」
「だろ、屋根も床も補強して外壁も打ち付けたからな。
…つまり、レオリオが入居した当初は人間の居住は不可能だったようだ…。しかも彼は工事費をケチって全部自分で補修したらしい。金の亡者っぷりもここまでくると感服に値すると思う。
しかし仮にも人様の物件にそこまで手を加えてしまって良いものなのだろうか。その疑問への回答は至極簡単なものであった。所有者は一言『好きにしていい』と言ったそうだ。所有者もこの土地にかなり手を焼いていたと見える。相当アバウトなお言葉である。
「だが、それを聞いて安心した。これで思う存分この家を片付けることができる。」
「…は?
意を決してティーカップを置く私を間の抜けた面持ちで見るレオリオ。
「当然だろう。廊下にも部屋にも埃が積もっているし、窓も曇っている。壁も塗り替えるべきだろう。片付けていない部屋も残っている上に庭は雑草が生え放題だ。門も直さねばならないし…そうだ、明日ゴンとキルアも来ると言っていたな。この際手伝ってもらうか
「ク…クラピカさん?」
「…まずは天井の蜘蛛の巣からだが。」
「おーい…」
遠くからレオリオの声が聴こえたような気がしたが今の私はそれどころではない。いかにしてこの家を人家として完璧にするかが最優先事項だ。
2日目。
「…おっさん…何でアパート借りなかったんだよ…」
大学から戻ったレオリオをうらめしげな声でキルアが迎えた。
「おお…し…しばらく見ない間にまた随分とやつれたな、キルア」
「誰のせいじゃああああ!!」
キレ気味にツッコむのキルアを押しのけてゴンがレオリオに飛びつく。
「レオリオ!久しぶりー!!元気そうでよかったよ!!!」
「おお!ゴン!気付かなかったぜ!割烹着に三角巾にマスクなんかしてるから!
…本気で気付かなかったようだ。溜息をついて私は彼に声をかけた。
「一段落したから夕食を作っていた所だ。ちょうどできたからさっさと上がれ。」
「夕食…って…おまえがか!?」
「何だ、その不安極まりない表情は」
「い…いやあ、楽しみだなあ…」
「…おっさん、ダメだ。目が泳いでる。」
「大丈夫だよ。3人で一緒に作ったから」
「そ…そうか!!」
「…何だ、その心底ほっとした表情は」
「な…何言ってんだよ、そんなわけないじゃあないかあ」
「…おっさん、ダメだ。声が上擦ってる。
…確かに私は料理の腕が達者なわけではないがそんなにあからさまに顔に出さずとも良いではないか。私が睨むとレオリオはそそくさと自分の部屋に荷物を置きに行った。
「…しかし、びっくりした。この家がここまで綺麗になるとはな」
レオリオが鶏のから揚げをつまみながら大袈裟に驚いてみせる。これに対してキルア、自分の皿に盛られた酢豚から赤ピーマンを選り分ける手を止めてまで熱弁を振るう。
「アパートを借りないどっかのドけちが大学に行ってる間にな。もう大変だったんだぜ。朝様子を見にきたらさ、いきなりハタキとバケツとゾーキンを手渡されて!もう後は何が何やら屋根裏から天井からはたいて拭いて磨いて!でもって塗って!!これが久しぶりに会った友人に対する仕打ちかと思うと涙出たぜ!なあ、ゴン!」
(私はその隙に選り分けられた赤ピーマンをキルアの皿に戻した。)
「はあ…。な…何はともあれこの家はハンター3人がかりで掃除されたわけだ。そう考えるとケチった割に豪勢なことになったよな…。
レオリオが呆気にとられている。まあ、確かに結果としてこの家はなんとも豪勢な恩恵を賜ったと言えなくも無い。…やや手荒な恩恵だったことは否めないが。(ちなみにキルアも1年前にハンター資格を取得した)
「でも楽しかったし!クラピカ!俺達に手伝えることがあったら何でも言ってね!!
ゴンの温かい言葉にキルアが『バカ…』と呟きながら頭を抱える。
「有難う、ゴン。それじゃあ明日は庭を綺麗にしてしまおう。レオリオも明日は休みだそうだから今日よりは早く済むだろう。な?」
私は我ながら極上の笑顔を撃沈しているレオリオとキルアに送ったのだった。
3日目。
「終わったーーー!!」
歓喜の声をあげ、両手を高々と空に掲げるキルア。そしてそのまま床に転がる。草刈りの達成感としてはかなり派手なリアクションだ。そこまでやってもらえれば刈られた草たちも本望だろう。(?)
キルアの大袈裟なリアクションに騙されそうになるが庭の整備にかけた時間はわずか2時間、ハンター3人がかりがここまで心強いとは流石に予想外だった。そんなこんなで今は貴重な労働力の代償としてテーブルいっぱいのおやつを囲んでいるところだ。
「こっちも終わったぞ〜…っておい!てめえら!俺をおいてお茶しばいてんじゃねえ!」
門を修繕していたレオリオもどすどすと部屋に入ってくる。
「へへーんだ、仕事がのろいのがいけねえんだろ。ま、おっさんも年だしな、仕方ねえか」
「だから!おれはまだ二十歳だっつーの!!」
「いや、そろそろ隠し事はなしにしようぜ。なあ、ゴン…ってこら!そのミルフィーユ俺が目えつけといたんだぞ!!」
「早いもの勝ちだよ」
「ほほ〜う、そう来るか…。
キルアが不敵に笑う。ゴンがその気配を察する。その後、テーブル上は戦場と化したのだった。
「じゃ、俺達そろそろおいとまするよ」
常人の理解を超えるおやつ大戦も一段落し、ひとしきり話し込んだ後、ゴンが名残惜しそうに言った。何でも一ヶ月程前に仕事の依頼を請け負っていたそうだ。もっとゆっくりしていきたかったんだけど、と肩を落とすゴンの髪を乱暴に撫でるのはレオリオ。
「なーに言ってんだよ。また暇になったら来りゃいいじゃねえか。」
「ゴン、私もまだしばらくはここにいるつもりだから」
「…うん、そうだね!またいつでも会いに来ていいよね」
当たり前だろ、とレオリオが笑う。
「キルアもな」
「あ?あ…ああ、ま…まあ仕方ねえからゴンにつきあって来てやるよ」
不意をうたれても強がるあたりがキルアらしい。
「あ、そうだ、忘れてた!」
ゴンが突然大声をあげてその背にからっていた自らの鞄の中を引っ掻き回しだした。しばらくして、あった、と取り出したのは小さな瓶。
「俺達からの引越し祝いだよ」
ゴンが笑って差し出したその小瓶にはキャンディのラベルが貼られていた。おそらく以前キルアが食したものだろう。コルクの栓を抜くとかつての名残の香りがふわっと舞う。甘いその香りに反して中に詰まっていたのは沢山の花の種。それも一種類ではない。
「ゴン…これは…」
「一軒家だって聞いたから。俺達が旅先でみつけた花の種。…どこの何ていう花だったかは覚えてないけど、それは咲いてからのお楽しみってことで!」
「ほとんど野草だけどな。あ、でもそれなりに綺麗だったやつの種だぜ。一応」
確かに、いくつか見知っているそれは野草の種だ。だがほとんどのものは何の種だか解からない。環境が違って咲かないやつもあるかもしれないし、育て方が特殊なのもあるかもしれない。
……でも、
「…ありがとう、二人とも」
何だか、嬉しかった。私のために二人がひとつづつ集めたキャンディ瓶いっぱいの種。二人がああだこうだ言いながら花の種を採ってる姿を想像して、おもわず顔がほころぶ。
「ほら!クラピカ、喜んでくれたよ!」
「安上がりな奴だな。こんなのでいいのかよ。」
私のお礼の言葉にゴンは満面の笑みを浮かべ、キルアは生意気な口を利きながらもちょっと照れていた。
「そのうち、花壇を作って植えてみるよ。今度二人が来る頃までには何か咲いているといいのだが」
「うん!楽しみにしてる!!」
「今度来た時にケンカして別居中なんてことにはなるなよ、お二人さん。夫婦喧嘩までこっちは世話みれねえぜ」
「キッ、キルア!!」
「こっ、子供が余計なこといってんじゃねえ!!」
私達の大声を背にひらひらと手を振り、歩きだすキルア。ゴンがその背を慌てて追いながら振り返って大きく手をあげる。
「二人とも、元気でね!又そのうち来るからね」
「おお!お前らこそ旅先でドジして怪我すんなよ!治療費はもらうからな!!」
「うわ!ケチくさ!!」
「はは、気をつけるよ!じゃあ、行ってきまーーす!」
「おう、行ってこい!」
どんどん小さくなる二人の背に私達はずっと手を振っていた。
「…行ってしまった、な」
「ああ、ったく相変わらず嵐みたいな奴等だぜ」
ぽつり、と漏らした私の言葉に悪態をつきながらもレオリオはまんざらでもない表情を浮かべる。私は二人がくれた瓶をそっと胸に抱いて庭のほうへ視線を移す。
『自然って大切だよな!だから草刈りはどうかと俺はおもうわけよ!』
『はいはい』
『じゃキルア、こんどはそっち刈って』
『てめえら!聞いてねえだろ!!』
つい先程までそこで繰り広げられていたやりとりが瞳をよぎる。だけど、やっぱりそこにあるのはさっぱりとした小さな庭だけ。季節柄の冷たい風のせいだろうか、それとも今更な物寂しさのせいだろうか、感じる寒さに軽く身を震わす。
「…花壇、どこにすっかなあ」
ふいに、レオリオがわざとらしく声を上げる。
「次にあいつらが『帰って』くるまでに花を咲かすんならさっさと作らねえといけねえし、あいつら気まぐれだから1ヵ月後くらいにすーぐツラだすかもしれねえしな」
「…『帰ってくる』というのは不適切だな。ゴンの実家はくじら島なのだから」
…キルアは別として。だがレオリオは私の髪を乱暴に撫でて言った。
「いいんだよ、んな細かいことは。あいつらも言ってたろ『行ってきます』って。迎えてくれる奴がいればそれはどこでも故郷だと思うぜ、俺はな」
…随分と大雑把な解釈だ。こいつらしいというか能天気というか…。
「…お前も、な」
「…え…?」
かけられた台詞の意味が解からない。そんな顔をしていたであろう私に彼は続けた。
「ここが、お前の『家』だって言ってるんだ。たとえお前がどんなに遠くに行っても、たとえお前が長い間留守にしてても、俺はずっとここでお前を待ってるから。」
一言、一言、言い聞かせるようにレオリオは言葉を紡ぐ。
先程と違い、優しく髪を梳く大きな手はたまらなく温かかった。
いつもと違い、真剣さを含んだ言葉はたまらなく心強かった。
でも、私の口から零れた台詞は…
「…私の故郷は、ここでは、ない」
「クラピカ…」
「…だって、ここは借家だろ?」
「………は?」
レオリオの表情が一気に間の抜けたそれになる。
「だからお前が一文無しになってここから出て行ったら私を待っていられないではないか」
「ば…ばか!俺は真剣にだなあ!」
「はいはい、さ、寒いから戻るとするか」
「おい!こら!無視すんじゃねえ!!」
レオリオが私を追って家の中に飛び込んできた。それを茶化しながら、わたしはそっと、心の中で、君に詫びる。
…すまない、今の私にとって故郷はやはりあの山の中なのだ。
たとえ迎える者がいなくても…、
たとえ待ってる者がいなくても…、
「さーてと晩御飯でも作るか」
「な…何!?待て!お前は一人で台所に立つな!!」
…ずっと、ずうっと、夢を、見ていました。
小さな家と、小さな庭、
そこにいるのは笑顔の、家族。
ただ、それだけの、
小さな、ちいさな、夢でした。
・続く・
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