■ 君の声で ■


20年前の今日、

俺はこの世に産まれおちた

そして20年目の今日、

一番欲しいのは、君の声

一番欲しいのは、君の言葉

 

ピルルル……ピッ
「はいっ!!」
 1コール鳴り終わるか否かという速さで携帯を受信する俺。まさに世界新記録を樹立したのではないか、と思わせるスピード。
…そんな記録があれば、の話だが。
『よーお、レオリオ、誕生日おめでとさん!』
「……………おう、有難うよ…」
  携帯の向こうから聞こえてきたのは聞き慣れた悪友の声。ガキの頃から腐れ縁で未だにつるんでる仲間の1人だ。
…ああ、また違った……
俺は奴に礼を言いながらもがっくりと肩を落とす。
 そのあからさまな落胆は相手にも伝わったらしく、返された声には不満の色が乗っていた。
『?、何でえ、折角人が祝ってやってんのに。』
「あ、いや、悪い悪い、何でもねえ。」
  慌てて、取り繕う。
確かにこいつにしてみれば謂れのない落胆なのだ。祝辞を伝えて凹まれたのでは堪ったものではないだろう。
 だが、そこは腐れ縁。何となく察してくれたのだろう、はぐらかされた振りをしてくれた。
『何でもねえ風には聞こえなかったけどな…。ま、いいや。んでさ、お前の10代グッバイフォーエバー飲み会、今日お前の都合が悪いっていったから来週の水曜でいいか?』
「…っと…ああ、その日なら。」
  目の前のカレンダーに指を走らせて確認する。
…それにしても何だか引っかかるパーティ名だな…。
「OK!皆に伝えとくわ。そんじゃ、今夜は恋人とヨロシクやれよー!」
プツ、…ツーツーツー……
  俺の複雑な心境など何処吹く風、 いつもの調子で上手いこと話を仕切って電話を切りやがった。
………最後の最後に、さり気なく痛恨の一撃を食らわせて。
「うっせえ。そいつから電話こねえんだよ。」
  思わず切れてしまっている携帯に悪態を吐いて放り投げる。 ガチャ、と派手な音を立てがテーブルの上に身を躍らせる携帯。
…思わず罪のない携帯に怒りをぶつけてしまった。
…すまない、俺の愛用携帯。

 

 今日は俺のバースデー。
有難いことに朝から俺の携帯は満員御礼フル稼働。 何分かおきに祝辞が届くという酷使っぷり。
悪友、腐れ縁、学校の友人、そして此処から出て行った奴等まで。改めて自分の交友範囲の広さに感心してしまった。
 これだけ広ければ祝辞の内容ももちろん相手様々。純粋なお祝いからほとんどからかいに近いものまで、そのひとつひとつを聞いては笑ってみせたり怒ってみせたり。
 でも、携帯の向こう側から聞こえる声はどれも暖かくて、何だかちょっとくすぐったかった。

  そんなこんなで朝からこちら携帯にかかりきり。気付いたのはつきっぱなしのテレビが23時の時報を奏でた刻だった。こんな時間まで電話が絶えなかったのか…。思わず笑みも零れる。

…これだけの人たちに祝って貰って、俺は心底幸せ者だと思う。

沢山の声と沢山の、言葉。

だけど……

「ったく…あの薄情者が。」
  無造作に投げ出された携帯を前にひとりごちる。
 未だに電話をかけてこないその薄情者、金糸の髪と深翠を持つ見目麗しいかの人。
その繊細な外見を裏切ってその性格は図太く頑固、しかも頭ガチガチの屁理屈人間。付け足すならば我が道を行く、いわゆるゴーイングマイウエイタイプ。更に不器用極まりない殺人料理人。
……怒ってるもんで関係ない悪口までぽんぽん出てくらあ。

  溜息を一つ吐いて、サーバーのコーヒーをカップに注ぎ込む。やや乱暴な動作に派手な飛沫を上げながら揺れる濃褐色の水面。
「…確かに何も言ってねえけどさ…」
  夜の闇に包まれた窓の向こうを、 お前がいる筈の方向を見遣って、 ぽつり、と呟く。

 そう、何も言っていない。
誕生日だから来てくれなんておろか、この間連絡がついた際にもうすぐ誕生日だということすら伝えていないのだ。

何となく、伝えたくなかった。
お前の方から気付いて欲しくて…
そんな、贅沢な願いを以って、

  だが、それは叶いそうにない。
もうすぐ『今日』は終わってしまうのだから。

 考えてみればあの仕事の鬼のことだ。仕事が入っていれば例え俺の誕生日を知っていてもさておいて仕事に没頭するのだろう。挙句『何故電話をくれないんだ』などと言った日には『何故わざわざ電話をしなくてはならないのだ』位豪語しかねない。

もう、いい加減諦めた。
ああ、諦めたさ…。

  俺はぐいっと目の前のコーヒーを呷る。
熱いはずのコーヒーを飲んでも、胸の中に残る一抹のの冷たい物寂しさは拭う事ができなかったけれど。

 その時、 今日何度目になるか知れない携帯の着信音が狭い部屋に鳴り響いた。
ピルルルルル、ピルルルル…ピッ
「はい…」
『レオリオ、ハッピーバースデー!!』
ぱあん、ぱんぱん!!
「ぎゃ!」
  耳に直接叩き込まれた破裂音。思わず情けない悲鳴と共に携帯を耳からひっぺがす。
危ねえ…鼓膜が破れる所だった…。
『誕生日に鼓膜を破られた男』………あまりにも欲しくない称号だ…。
そんな俺の危機を知ってか知らずか、携帯の向こう側から響いてきたのは能天気な笑い声。
『おっさーん?聞こえてっかー?』
  ああ、ああ、もう声を聞かなくてもその所業で誰だか解るわい。 俺は大きく息を吸い込んで……………声を限りに怒鳴った。
「くぉら!ゴン!キルア!!前置きもなしに電話の傍でクラッカー鳴らす奴があるかーーーーッッ!!」
『うわ!!』
『〜〜〜って〜…、おっさん!突然でかい声だすなよな!俺たちの鼓膜破れたらどうすんだよ!!』
「…俺の鼓膜はどうでもええんかい…」
『何だよ、大人げねえなあ。いたいけな子供のバースデーコールを』
「いたいけ…何とお前に似合わねえ形容詞だ…」
  少なくとも携帯の傍でクラッカーを鳴らすような悪戯坊主を世間一般にいたいけと言って良いのか、俺は街頭アンケートでも取ってやりたい。取り敢えず良い子の皆は真似しないように。
  携帯からぶつぶつこぼしているキルアの声とそれを宥めているらしいゴンの声が洩れてくる。それはあまりにもいつも通りのやりとりで、思わず電話の向こうの光景がありありと目に浮かんでくる。それが無性に可笑しくて、いつしか怒る気も、そして先程の物寂しさすらも失せてしまっていた。
やれやれ、と肩を窄めて2人に話し掛ける。
「ま、何はともあれ、2人ともサンキュ」
『ううん、誕生日おめでとう、レオリオ!』
『お、そんならサービスでクラッカーをもう1発……』
「いらん!」
  調子に乗るキルアに一喝飛ばしておく。最初のクラッカーもこいつの差し金に違いない、と改めて確信しながら。
そんな俺の耳にゴンの遠慮がちな声が届く。
『……ごめんね、レオリオ。本当は直接会ってお祝いしたかったんだけど…』
「ああ、どうせ遠出してんだろ?気にすんなって。プレゼントは次会う時でいいから。」
『やるとは言ってねえぞ』
「くれよ。」
『大丈夫だよ!任せといて、レオリオ。何か凄いもの贈るから!!』
「…やっぱ大概でいいから。」
  嬉々とした声を上げるゴンに一抹の不安を感じてしまった…。まさかその善意を疑う訳ではないがゴンの『凄いもの』も何だかそら恐ろしい…。
世界一でかい大王イカ・キングオブイカ(仮名)とか釣り上げてプレゼントされた日には『誕生日にキングオブイカをプレゼントされた男』というあまりにも嬉しくない異名を頂戴することになるだろう…。
そんな想像に意識を飛ばしていた俺の恐怖心も露知らず、ゴンは『遠慮しないで期待してて!』という世にも恐ろしい台詞をおっしゃって下さったのだった…。
 だが次の瞬間、更に俺を凍らせる台詞がキルアの口から飛び出した。
『ああ、そうだ、クラピカに変わってくれよ、いるんだろ?』
ぴきん。
  何気ないキルアの言葉。 だがそれはクリティカルヒットで俺の心臓を凍てつかせた。
やがて、やっとこさで喉から出たのは至極端的な一言。
「………………いねえ。」
『………え?』
「………………いねえ。」
  電話の向こうでゴンが固まったのが解る。
『ま…またまたー。何だぁ?取り込み中だったのか?』
「………………いねえ。」
  今度はキルアが石化。
『…………本当に?』
「………………いねえ。」
しーーーーーーーーーん………
「ついでに言うと電話すら、ねえ。」
『そ…それは〜…』
  沈黙が、走る。
「………………」
『………………』
  どの位経っただろう。
気まずい沈黙が破れた。
『うん、大丈夫だよ、レオリオ。』
  言葉を発したのは、ゴン。
力強い、確信に満ちた言葉を。
『だから、クラピカを信じてあげてよ。』
  その言葉に思わず、はっと頭を上げる。

『信じて』いなかった?
『疑って』…いた?
否定、したかった。
あいつのことを信じてる、と断言したかった。
だが、それは嘘偽だと喉がその言葉を発する事を許さない。
実際に俺は『諦めていた』のだから。

『そーそー、今日もまだあと1時間あるじゃねえか。ひょっとしたらぎりぎりで掛かってくるかもしれねえだろ?だから凹んでんじゃねえって!』
  次に聞こえてきたのはキルアの声。
いつもと変わらない軽い声。
だけど、確かに其処には激励の音が乗っていて…
そして、繰り返されるゴンの言葉。
『大丈夫』
胸全体にわだかまっていた澱みがすっと晴れ渡るような、そんな感覚が在った。
ちくしょう、相変らずこいつらには敵わない。
それに比べて俺はまだまだだ…
爽やかな敗北感に浸りながら、俺はようやく口を開いた。
「…そうだな、サンキュ、ゴン、キルア。」
  自分でも驚くほどの明るい声で。
『どういたしまして』
  ゴンも明るく返してくれる。 きっと電話の向こう側では満面の笑みを浮かべている事だろう。
「…あー、それにしても情けねえ…。ゴンならまだしもキルアに諭されるとは…。」
『どういう意味だよ、おっさん!』
  ツッコむキルアの声にも笑いが含まれている。
『あ、それじゃそろそろ切るね。レオリオ。プレゼント、楽しみにしててね!』
『さっきの仕返しだ。ゴンがとんでもないチョイスしても止めねえからな!』
「げ、止めてくれよ!」
プツ、ツーツーツー…
「うわ!切りやがった!」
  ……『誕生日にキングオブイカをプレゼントされた男』の異名が1歩近づいた気がする…。
「………全く、」
  零れる、溜息。
「ガキのくせに気を使いやがって…」
  妙に気恥ずかしくて、口から零れたのはそんな悪態。
でも、口許に浮かぶ笑みを消す事は、できなかった。
「…そんじゃ、あと…30分か…、気楽に待ってみますかね…」
  残っていたコーヒーをぐいと飲み干す。
とうの昔に冷めていたコーヒーは冷たかったけれど、胸の中はとても暖かかったんだ。

 

0時15分前。
携帯はあの後鳴っていない。
俺は黙ってテレビを見ていた。…だけど内容はまるで上の空。
その時

ピルルルルル…

テーブルの上で、時間的に本日最後と思われるコール音が鳴り響いた。
俺は携帯を掴み取る。受信ボタンを押すのももどかしい。
「はい!?」
『あれー?男の人が出たー…、あ、間違えてた!すみませーん!!』

ガチャ、ツーツーツー…

 お約束だった……
がっくりと肩を落とさずにはいられない俺…。

ピルルルルル…

 そんな俺に追討ちをかけるように再び鳴り響くコール音。
…さっきの娘がまた間違えたのかもしれない。
そんなことを思っていたせいか、電話に出る声もついおざなりになってしまった。
「はいー、もしもーし。」

『レオリオ…か?』

 ………電話の向こうから聞こえてきたのは、戸惑いがちな、声。
だけど、その声はまごうことなき、あいつの声。
俺は思わずがばと携帯にかじりついた。
「クラピカ!?おま…」
…このっバカモノーーーーッ!!!
キーーーーーーーーーーーン……
… きた…クラッカーの百倍は…きた…
金の亡者!女たらし!!すっとこどっこいーーーッ!!
キーーーンキーーーーンキーーーーーーーン…
… す…すっとこどっこいって…
 何かまだ受話器の向こうで叫んでいるようだが…耳鳴りがすごくて何にも聞こえねえ…解るのは俺の悪口をあらんかぎりに叫んでいるということだけ。
…大体何で俺が自分の誕生日にここまで罵倒されなくてはいけないのか…

――――――かくして10分後、

 俺はようやく聴力を回復し、クラピカの奴はようやく悪態のネタが尽きた。
とりあえず10分も謂れのない(と思う)悪口をぶつけられたこちらとしてはその理由を聞く権利くらいあるだろう。そう思って口を開く。
「…で、何で俺がすっとこどっこいなんだよ…」
  電話の向こうから明らかにむっとした雰囲気が伝わってきた。『解らないのか』とでもいいたげな、雰囲気。
……………解りません。身に覚えもございません…。
  やがて、携帯から響いてきたのは怒りを押し殺したような声。
『…朝から私が何度電話したと思っているのだ?』
「は…?」
『何度かけても通じないではないか』
「え…?ちょ…」
  …どういうことだ?俺だって朝からずっと電話にかじりついていたぞ?
頭の中に飛び交う?マーク。
そんな俺の混乱も他所にクラピカは尚も言葉を続ける。
『朝から先程までずっと通話中とはどういう領分だ』
 ……通話中………?

………………………あ゛…

 …あまりにも、心当たりが有り過ぎた…。
何しろ朝からとっかえひっかえ電話がかかってきていたのだ。
おそらく、偶然か運命の悪戯かクラピカがかけた時間全てにブッキングが発生していたのだろう…。
しかし、それを俺に責められてもなあ…。
思わず洩れる苦笑。
それを知ってか知らずか、相変らずぶつぶつと不服を並べているクラピカ。
電話の向こうでお前はどんな顔してるんだろう。
…やっぱ眉を引き上げて怒ってるか…
  呑気にそれを想像していたその時、携帯からともすれば聞き落としてしまいそうな程の小さな呟きが零れ落ちた。

『それが今更通じたとて…っ』

今更……?

その単語が、胸に引っかかる。

まさか…?

俺はぐるん、と玄関に目を向けた。

…まさか…

 期待にはやる気持ちに背中を押されるように、玄関に駆け寄ってノブを回す。
大きく開かれたドアの向こう側には…
『…もう、電話の意味がないではないか。』
目の前で恨めしげな上目遣いで俺を睨む姿。
耳の傍では拗ねた口調の声。

其処には、紛れもなくその声の主が立っていたのだ。

「ごめん…」
思わず、謝罪の言葉が零れる。
電話が通じなかったことではなく、お前を疑ってしまったことに。
一時とはいえ、お前の気持ちを諦めてしまったことに
心の底から、詫びる。

それが通じたのだろうか、クラピカはふ、と頭を横に揺らした。
踊る金糸の髪が月光に反射する。
「私の方こそ…すまない…。感情的になりすぎた…。先程もかなり言い過ぎてしまっただろう。お前の誕生日なのにな…。」
「気にすんな。…10分も罵られるネタがあったことはちょっとショックだったがな」
「…ふん、自覚はなしか」
  その顔を覗き込んで茶化した言葉は相変らずの可愛くない台詞で返された。
だけど、その顔にははにかむような笑顔を、浮かべて。
そのまま、2人で笑った。
  早春の夜風にしては暖かいそれがふわりと俺たちを包み込む。

しばしの沈黙の後、クラピカがそっと言葉を紡いだ。

今日一番最後の、お祝いの言葉を

「…誕生日、おめでとう…」

  その顔(かんばせ)に満面の笑顔を、乗せて
俺は静かにその小さな身体を両腕に閉じ込める。
その笑顔ごと、
その心ごと…

「…ありがとう…」

 俺はそっと携帯の電源を切った。
今は、これ以上に聞きたい言葉がなかったから…。

 

20年前の今日、

俺はこの世に産まれおちた

そして20年目の今日、

一番欲しかったのは、君の声

一番欲しかったのは、君の言葉

それがこの20年の間で一番最高のプレゼント

遅れまくりましたーー!レオリオ、誕生日おめでとうー!!(本当に遅。)
ありがちなネタですみません…。
昨年もレオリオバースデー小説書いていなかったので(寧ろ不幸な話を…)今年こそは!と意気込んでいたのですがこの始末…。
レオリオ…ごめんよ…。レオクラ小説というよりゴンキルに慰められる単身赴任の父だよ…これじゃあ…
ピカのバースデー小説ではもう少しいちゃつかせます…

→ハンター部屋へ