人間と人形の見分け方

俺はまず、ため息をついた。

…ムサイ…

 ここはハンター試験会場へ向かう船の中。つまりここにいるのはほとんどハンター志望者って訳だ。ま、そのハンターになるためには知力は勿論かなりの体力も要求されることから何となくは予感していたが。 見渡す限り野郎ばかり。それもゴツイ・ムサイ・胡散臭いの三重奏ときたものだ。船員も全て野郎。海のアツイ漢達勢ぞろいだ。男子校にだってこんなに濃い空間はないだろうに。
 俺は舳先におわすたった一人の美女に挨拶して船室に潜った。…女神像は船の海路を見守ることに集中していらしたようなので。

 

  …船室はもっとムサかった。狭い分濃度も出血大サービス実施中だったのだ。俺は二度目のため息をつき、せめて開放されている甲板に戻ろうと踵を返しかけたその時、船室の隅で揺れるハンモックが目に入った。
「へえ…」
  思わず俺の口が驚きを含む感嘆の音を漏らす。ハンモックで眠るその主があまりにこの場の雰囲気にそぐわなかったので。
年の頃は14・5歳位だろうか。金色の柔らかな髪と月の様に淡い肌色、閉じられた瞳を覆う長い睫、マントで覆ってはいるがその身体つきの華奢さは想像に難くない。静かに上下する胸だけが精巧な人形のような容姿のその存在が人であることを認識させる。
「旅行者か…。運の悪いこった。こんな船に乗っちまって。」

  …その時はまさかこいつが俺と同じハンター志望者だとは夢にも思わなかったのだ。

 


「よお。」
「…君か。」
  そのまさかのハンター志望者が呼びかけた俺の声に短く言葉を返す。 初めてこいつを見た日からもう5日が経過した。当初の繊細な印象はもう微塵も無い。今こいつについて語る言葉はただひとつ。

  『可愛くない奴』

 マジで裏切られた。とことん騙された。こいつが初めて口を開いた時の衝撃とムカツキは一生忘れないだろう。(あまりにムカついて嵐の中で決闘までやらかした)まあ今は何だかんだで当り障りない会話を交わす位はするようになったが。
「…何か用か?」
「いや、別に」
「そうか」
  そう言って奴は先刻見ていた海に瞳を戻す。俺も声をかけた手前放っておくこともできずその隣に並び、手摺に身体をもたれた。

  …沈黙……。
 ちらりと奴の横顔を窺う。潮風になぶられて緩やかに踊る金の髪から覗く瞳は俺はおろか眼前に拡がる大海原をも無視して何処か遠くを見つめつづける。波が少し腹立たしげに船腹を叩く音以外俺達の耳に入るものは無かった。
  やがてその沈黙に耐えかねたのか、それとも奴の目が捉える物への興味からか俺は口を開いた。
「…何を、見ている?」
「…海」
嘘つけ、とりあえず心の中でツッコミを入れる。(まあ、嘘ではないか)波も船腹に1,2発ツッコんだ。
「じゃあ、何考えてんだ?」
「別に…」
「…この間言ってた復讐についてか?」
「…そうだな」
「殺すのか?敵は」
「…ああ」
「…心に染み入るような暖かいご返事有難うよ」
 簡潔すぎる返事に皮肉を返しておく。やっぱり可愛くねえ。
 俺のぞっとする質問にも奴はその表情を変えることもなく、心ここに在らずって感じで海の向こうを見つめ続けている。動いているのは時折またたくその深緑の瞳のみ。

  『…人形みてえ。』

 ふと、そう思った。初めて見た時もそうだったが今は殊更に思う。 心ここに在らず、どころではなくもともと心を持たない人形。魂の入っていない、復讐というその目的だけを忠実にこなし続ける機械人形。美しく冷たい身体と空白のココロの…

 

  『馬鹿げてる、俺は怪しいポエマーか』
 その考えを払拭しようとするが視界に佇む整った容姿が尚更に想像をを煽り立てる。 その時、す と、奴の身体が動いた。
「冷えてきたな、船室に戻る」
 独り言のようにそう呟き、ゆっくりと翻る身体。
途端、無視されつづけた海がついに怒り心頭きたのか激しく船腹を打った。ふいをつかれ、大きく傾く船体に流石の奴もバランスを崩してよろめいた。俺は反射的に手を伸ばす。

ふ わ り  …

…驚いた。

 降ってきた奴の身体は想像していたよりもずっと軽くて、想像以上にずっと柔らかくて、そして、想像できない程に暖かかったから。
  この手に感じるぬくもりは人形には決してありえないそれで、その小柄な身体から伝わってくる小さな鼓動がなんだか、とても……

「…レオリオ」

抑揚の無い声に我に返ってぎょっとした。俺の腕は奴の身体をしっかりと捕らえたままだったのだ。見ると、向こうの方で何を誤解したのか船員が2、3人こちらを見て、にやにやしている。
  ち…ちょっと待て!変な誤解してんじゃねえ!!誰がこんな可愛くない奴を…。俺は慌ててその身体を拘束していた手を放してまくしたてた。
「ち…違うからな、これは!不可抗力っつーか…そ…そう!条件反射だ!!だいたいてめえがあんな所でよろけるから…ああ!そうじゃなくて!と…とにかくだな!」
  …何を動揺してるんだ、俺は。向こうでは先程の船員達がこちらを指差して何だか大爆笑してやがる。くそう、おぼえてやがれ。心の中で奴等に捨て台詞を放つ俺の耳に礼らしき言葉が届く。
「別に何も咎めるつもりは無い…助かった」
 …?
何か、違う。その違和感に俺は大爆笑中の船員から視線を奴に戻して、再び、驚いた。

…笑って、いた。

 口の端がとか、頬が引きつってるとか、そんな顕著なもんじゃない。目の本当に本当に奥のほうで、でも確かに笑っていた。先刻の遠くを見つめる瞳を見ていなければきっと気が付かなかったであろう小さな、小さな、「感情」。

「何が可笑しいんだよ」
 ばれないとでも思っていたのか、今度は奴が少し驚いた顔を浮かべた。だがすぐに無表情に戻ると、踵を返してぽつりと言った。
「お前が」
  …やっぱり可愛くねえ!!
「おい!こら!一応(本当に一応)助けてやった恩人に対する仕打ちか!それは!!」
 怒鳴る俺に軽く手を振り、船室に消える背中。
「ははは…やっぱり振られたか〜?」
「こら待て!誰があんな可愛くないガキに手を出すか〜ッ!!」

  今度は後方から飛んできた船員の冷やかし声に振り向いて怒鳴る。

 そうさ誰があんな可愛くない奴を好きになるか!もしそんな奴がいたらお目にかかりたいもんだぜ!!っつーか思いっきり同情してやるね!!!

全く、誰があんな「人間」を…

 

 …まさか数日後、鏡を見て同情する羽目になるになろうとは思ってもみなかった訳で。

fin

 …いかがだったでしょうか。(ビクビク)本当に何年かぶりの小説でこれだけのものなのにかなり戸惑ってしまいました。想像以上に情景描写・状況説明能力が劣化していました。ひとつひとつの表現を考えつくのにかなりの時間かかりましたし…。当初、5話連続の話を考えていたのですが。よかった、いきなりそっちを書かないで…。とりあえず少しずつ読める文章にしていこうと思います。

  今回の話は試験会場に向かう船中での話です。なのであんまりいちゃいちゃもせず、ピカもそっけないことこの上なしです。それでも一応当初目指した「明るい話」にはなったかな、と思ってますがいかがでしょうか。

平成12年12月26日up

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