インドネシア北西部に位置するスマトラは、豊富な天然資源でインドネシア経済を支えている重要な島である。スマトラはマラッカ海峡を中心にインドのヒンズー文化、アラビアからのイスラム文化や西洋文化の入り口として栄えてきた。またスマトラは独自の文化を持つ民族の多い島である。代表的なものではスマトラ最北部のアチェ人、北スマトラにあるインドネシア最大の湖、トバ湖を中心としたバタック人、西部のミナンカバウ人(パダン人)、最南端のランポン人など実に多様である。音楽も民族独自の伝統をもとにしたポップスや、インドネシア全域で人気のダンドゥットやポップスを各地方語で歌ったものなど数が多い。

インドネシア語の母体となったムラユ語(マレー語)はマラッカ海峡を中心に、海洋貿易が盛んだった頃から地域全般の共通語として存在していたとされている。その文化圏はカリマンタン、スラウェシなどにも及んでいる。現在ではムラユとは様々な定義があり、ムラユ民族を差すというより文化的なものであるともいわれる。ここではスマトラの沿岸部を中心とした、ムラユ語(マレー語)で歌われたアラブ色の強いポップスを紹介する。デリとは北スマトラ州の東海岸地域のことである。

Melayu Music of Sumatra(CD)
スミソニン・フォークウェイズのスマトラ・ムラユー編。スマトラのムラユ文化圏のリアウ島のイスラム宗教音楽ガンブースやラグ・ムラユのフィールド・レコーディング。ムラユ文化圏の音楽についての詳しいブックレット付。

Asmidar Darwis/
Piru
(CT)
下記のヌル・アイヌンと並びムラユ・デリで有名な歌手が、このアスミダール・ダルウィス。ヌル・アイヌンと同じくメダン出身で後輩にあたる。現地ではカセットの種類が多くかなり幅広い人気のある歌手だ。

Music Tarian Melayu(CT)
メダンを中心に北スマトラで広く親しまれている、ダンス用音楽、タリアン・ムラユの現地製カセット。ジョゲッ、ロンゲン、ザッピンなどの曲目は隣国マレーシアと共通の文化圏であることが伺える。アコーディオンとルバーナ(片面太鼓)を中心とした演奏。
Widiya/ Piru(CT)
上記のアスミダール・ダルウィスの曲をダンドゥット歌手のウィディアが取り上げたカセット。発売当初話題になり、そこそこヒットしている。ハスキーなウィディアの声質がスマトラ・ムラユの曲にピッタリだ。その後この人の他のカセットをあまり見かけなくなったのが残念。

Nur' Ainun/
Pop Melayu Asli
(CT)
ヌル・アイヌンはメダン出身のムラユの大歌手。スマトラ・ムラユ圏一体で人気がある。50年代より活躍し、数多くの録音を行なう。枯れた味わいの歌に、ホーンを生かしたラテン・タッチの曲や、バリバリに割れたアコーディオンの音など、ジャカルタで活躍した50〜70年代のムラユ楽団を彷彿とさせる。

Betaria Sonatha /
Patah Hati
(VCD)
ポップ・インドネシアのベテラン歌手、ベターリア・ソナタが本格的なムラユ・デリに取り組んだ内容のVCD。ベターリアの濃密ハスキー・ヴォイスはムラユーにバッチリ。バックのアコーディオンやパーカッションの演奏も充実。

94年当時のNur Ainunさん。

1936年生まれ。51年よりラグ・ムラユを歌い始める。60〜80年代にかけてOrkes Sukma Murniというムラユ楽団の専属歌手として活躍し、数多くの録音をする。私がメダンのラジオ局を通じて94年に自宅を訪ねた時は、もうプロとしての歌手は引退して、イスラム寺院で地元の子供たちに宗教歌を教えていた。

Iyeth Bustami/Pop Melayu '40-'60(CT)
キャピキャピのダンドゥットでデビューしたイェット・ブスタミが40年〜60年代のスマトラ・ムラユにチェンジしたカセット。ポップな味付けのムラユだが、ゆったりしたノスタルジックなスマトラ独特の風情を感じさせる。もうダンドゥットは歌わないの?

ミナンとは西スマトラの盆地でミナンカバウの略称である。インドネシアのジャワ島に行けば一度は食べるであろう、パダン料理で有名なところだ。母系社会と出稼ぎが多いのでも有名。イララム教徒が90%以上といわれるミナン地方のポップスは、独特の楽器を使った味わい深い伝統的の強いポップスが息づいている。伝統音楽やポップスで使われるサルアンとは竹製の太い笛で約70cmぐらいが平均の長さ。4つの指孔がある。循環呼吸を使った切れ目のない演奏法でビブラートの抑揚が激しく、斜めに構えて吹く独特のスタイル。相当の修練とテクニックを要する楽器だ。タレンポンはインドネシア各地方で色々な呼び名がある、コブ付ゴングでメロディックなリズムを刻む。また時にはチャルメラのようなスルネイという笛も使われる。

Kesenian'Minang-Saiyo"/Jaizar St. Ragari(LP)
ミナンの伝統的な横笛サルアンはダンドゥットなどに使われるスリンより太く、深い音色と抑揚の激しいコブシが特徴的だ。これは70年代のサルアンのLPレコード。

Tiar Ramon/
Badindin
(CT)
70年代より活躍するティアール・ラモンはポップ・ミナンを代表する男性歌手兼俳優。このTANAMAレコードの彼のカセットは数多くの種類が発売されている。
エリー・カシムや他の女性歌手とデュエットしたカセットも数多く録音されている。 艶のある渋い声が魅力だ。

Misramolai
/Saluan Dangdut
(CT)
スリンの替わりに民族楽器サルアンを使った、サルアン・ダンドゥット。タイトル曲はおなじみゴーヤン・インディアのサルアン・バージョン。イスラム色が強くまったく別の曲になっている。地を這うような太い音のサルアンとミスラモイの歌がミステリアス。

Syam Tanjung &
Dewi A./Pop Melayu Minang
(CT)
ミナン語によるポップ・ムラユ。北スマトラのムラユをミナン語で歌っている。サルアン、タレンポンやアコーディオンは打ち込みの音だが、ギターのトレモロを多用したフレーズがエキゾチックで面白い。
Elly Kasim/ Elly Kasim(LP)
ポップ・ミナンの代表的な歌手といえば、エリー・カシムだ。1942年生まれの彼女は61年のデヴュー作以来2000曲以上のレコーディングを行ったとされているが、これはデビューまもない60年代にイラマ・レコードに録音したレア盤。

Yossy Den Has/
Roman Cinto(CT)
ポップ・インドネシアを思わせるゴージャスな作りのポップ・ミナン。ユッタリしたオーケストラをバックに、コブシをちょっと控えめにしたヨッシーの美しい声で情緒豊かに歌われる。タレンポンがモダーンな響きをもって効果的に使われている。

Elly Kasim /
Badindin
(CD)
90年制作の久保田摩琴プロデュースによるエリー・カシムの旧作のリミックスと、日本のミュージシャンを起用した新録6曲の日本編集盤。ニューオリンズ・ブルース風のアレンジやダンドゥットの名曲をミナン語で歌ったものなど楽しい。

Iyeth Bustami/
Pop Minang Kreatif
(CT)
上記でムラユ歌唱集を歌っていた イェット・ブスタミのポップ・ミナン・クリアティフのカセット。ハスキーな声とミナン独特の抑揚の激しいコブシで朗々と歌っている。

 
トバ湖周辺のバタック人はカロ、パクパク、トバ、シマングン、アンコラ、マンディリンの6の部族に分かれ、部族間はお互いに抗争していたという歴史を持っている。原始マレー系の部族といわれ独特の伝統文化がある。ポップ・バタックは雄大なトバ湖の神秘性を感じさせるおおらかな歌声が魅力的だ。右の楽器はクルチャピとよばれる2本弦の琵琶型をしたバタックの楽器。
pop Batak
14 Nahum Situmorang
(VCD)
ポップ・バタックの人気歌手コンビ、ジョエル・ S. とチャールス・S.のヒット曲集VCD。トバ湖の壮大な風景や女性デュエットによるバタック独特のハーモニーが美しい。
Gordon Tobing /
Bersama Lagu2 Rakyat
(LP)
有名なシンシンソーで親しまれているゴードン・トビンの70年代のレコード。バタック民謡というよりブンガワン・ソロなど、インドネシアの代表的な曲を歌い上げている。
Joy Tobin/
Album Pop Batak
(CT)
数々の歌謡コンテストでグランプリを獲得しているジョイ・トビン。顔を見ると若く見えるが、この卓越した歌唱力はたいしたもの。サウンドのクオリティも高くCD発売されてもおかしくない。
Yuni Shara /
Album Pop Tapinui
(CT)
ダゴ・イナン・サルゲの歌で有名な北スマトラのタパヌリのポップ・ソングをポップ・インドネシアの歌姫ユニ・シャラがチャレンジ。心に染みる可憐な歌声がピッタリ・フィット。
 
バタック人の中でもカロ族とトバ族は独特の文化を持っていることで知られている。古くからヨーロッパの宣教師によって、キリスト教の布教が行われたが、伝統文化は外来の影響を受けず色濃く残っているのが興味深い。トバ湖北部のカロ族の伝統色の強いポップス、プル・コロンコロンはダブル・リード笛のスルナイ、1〜2個のクテンクテンとよばれる叩く竹笛琴、陶製の胴をたたくマンクク、2本弦の琵琶クルチャピなど独特の編成である。一方南部のトバ族のゴンダン・トバは5〜6の調律されたドラム・セット、ガムランのゴング、小型の円形太鼓グンダン、シングル・リードのスルネイ。スルネイは音が途切れない超絶技巧の循環奏法を使う。楽器の編成の詳しい説明はミソニアンのCDを参照。

プルコロンコロンの演奏。
Music of Nias & North Sumatra(CD)
スミソニン・フォークウェイズのニアス島と北スマトラの民族音楽編。ニアス島のホホという音楽やカロ属のグンダン・カロ、トバ属のゴンダン・トバなどのフィールド・レコーディング。
Sayang ku Sayang / Mejuah-Juah Taneh Karo Simalem(VCD)
カロ出身者向けのポップ・カロのカラオケVCD。歌詞はまったく分からないが胸キュンのセンチメンタルなメロディは一度聴くと病みつきになる。コロンコロンした音も不思議なムード。
Sarel Group (CT)
カロ属の伝統的なポップス、プル・コロンコロン。の現地カセット。 コン、カンカン、コン とリッズミックなパーカッションとセンチメンタルな歌の対比が面白い。このサレル・グループはプル・コロンコロンの代表的なグループ。
Bunga Rampe /
Gendang Keyboad & Pop Karo
(VCD)
グンダン・キーボードとは打ち込みのバックということ。プル・コロンコロンのポコポコ・サウンドはすべてシンセサーザーのプリセット音で代用。
Sarel Group &
Serbanada Group
(CT)
これもサレル・グループの演奏による現地のカセット。スルネイの笛の音やクルチャピなどのアンサンブルに哀愁のある歌。チープなシンセ・ドラムは韓国のポンチャックを連想させる。
Gondang Bolon Sabangunan/
Gondang Flek-Elek
(VCD)
トバ族のゴンダン・バロンのVCD。調律された、6個の太鼓と循環呼吸奏法のスルネイはまるでフリー・ジャズのインプロビゼーションを思わせる。太鼓とスルネイのリズムがユニゾンになった瞬間など、もう頭クラクラ。
Pop Sumsel/
Cuk Ma'ilang
(CT)
南スマトラのスムセルのポップス。現地語で歌ったダンドゥット、キーボードが奏でるイスラム色の強いポップスや中華風バラードなどなかなか味わい深い内容のカセットだ。
Pop Jambi (CT)
スマトラの古代ムラユ王国発祥の地ともいわれる南スマトラのジャンビのポップス。隣国マレーシアと同じムラユー文化圏であったことが忍ばれるジョゲットや、アスリなどムラユーの伝統色が濃い歌と演奏だ。隣国マレーシアの伝統系と聞き比べてみるのも面白い。
10 Nostalgia (VCD)
混乱で揺れる北スマトラ最北端のノスタルジック・ポップ・アチェのVCD。ちょっと顔のいかつい男性歌手はイスラム色の強いコブシで渋い歌声だ。女性歌手は抜けるような美声の持ち主。アチェの優雅なダンスが見れる。
The Journey of sounds/Sumatra(CD)
ポルトガル文化がインドネシア音楽に及ぼした影響を音で探るシリーズのCD。スマトラのムラユー・デリやネティのクロンチョン・モリツコはたまたヘティ・クース・エンダンのブンガワン・ソロなど。