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宮城県、東北労災病院の高城です。
・放射線感受性を変化させる因子
細胞の放射線感受性は細胞の種類以外にその分裂周期、環境条件、放射線の線質、線量率等により変化する。
細胞分裂周期
細胞が分裂を行うとき、分裂してから次の分裂までを細胞分裂周期という。すなわち、DNAが複製されるDNA合成期(S期)とそれを二つの細胞に振りわける分裂期(M期)、分裂の後S期までの間のG1期、S期からM期までのG2期と呼ぶ。また、分裂を一次中止した時期および分裂を終えた時期を休止期、G0という。一般に、細胞はM期で放射線感受性が高くなり、S期で低くなる。また、G1期がはっきりした長さをもつときにはその早期に抵抗期の時期があり、G2期はM期と同様に放射線感受性が高い場合が多い。
環境条件
酸素の存在下では無酸素下より細胞の放射線生物効果、すなわち細胞の放射線感受性が大きくなり、その生存率が小さくなる。この現象を酸素効果oxy-gen effectという。放射線治療では、酸素効果が放射線抵抗性である腫瘍細胞の放射線感受性を決める重要な因子であると考えられている。腫瘍細胞は栄養と酸素の供給源である毛細腫瘍血管から約150〜200μm離れると壊死に陥り死に至る。容積が大きく増殖速度の速い腫瘍では、毛細腫瘍血管の構築が追いつかずに死に陥る。この壊死に陥った腫瘍細胞は死んでいるか、あるいは死につつある細胞である。このような死につつある細胞は、その酸素濃度が低く低酸素性細胞であり、放射線感受性が低く、その結果照射後に生き残った腫瘍細胞が再増殖して放射線治療成績を落とす原因となると考えられる。すなわち、酸素は死につつある低酸素腫瘍細胞の放射線感受性を高めると考えられる。以前、腫瘍内の低酸素腫瘍細胞の酸素化に有効であると考えて、患者を約3気圧の高圧酸素チェンバー内に入れ放射線照射を施行する方法である高圧酸素療法も試みられたこともあった。しかし、この治療法の臨床成績は期待したほど上昇せず、現在ではほとんど行われていない。すなわち、約3気圧の高圧酸素下でも、毛細血管の少ない低酸素腫瘍細胞には酸素が供給できないためと考えられている。
温度の影響
放射線の影響を調べる細胞は、一般に約37℃の温度で継代培養され、その温度における放射線感受性について長年研究されてきた。しかし、近年、癌の温熱療法が注目され、放射線生物学の一分野としての温熱処理した細胞の放射線感受性についての研究が精力的に行われるようになった。細胞の放射線感受性は温熱処理により高められ、現在、低感受性癌の治療法として放射線治療に温熱療法が併用されている。その増感効果は、放射線照射中が一番強く現れるが、照射前あるいは照射後でもみられる。一般に温熱処理によって、その線量ー生存率曲線において平均致死線量Do値および準しきい線量Dq値が減少する。その増感効果は低線量率、低LET放射線ほど大きい。また、温熱に対する感受性は放射線抵抗性であるS期および低酸素、低PHの細胞ほど高く、放射線治療に温熱療法を併用する1つの理由になっている。また、温熱は放射線照射後に起こる回復を抑える働きがある。なお、温度と同じ環境因子である湿度、気圧の環境変化によっては、細胞の放射線感受性は変化しない。
線質
細胞の放射線感受性は放射線の種類、特にその線エネルギー付与LETにより異なる。これを線質依存性というなお、LETとは、荷電粒子が単位距離を通過する間に付与したエネルギーである。放射線治療では、高LET放射線を使用することにより治療効果の上昇が期待され、その臨床研究がなされている。臨床応用においては、速中性子線治療では正常組織の障害も大きく、あまりその生物学的利点は認められていない。一方、重荷電粒子線は、線量分布上での明らかな物理学的利点があり、その臨床研究が始まった。
・放射線防護剤と放射線低酸素細胞増感剤
放射線治療では、腫瘍細胞の照射効果を上げ、周りの正常組織の効果を下げることが重要である。すなわち、放射線生物学的に何らかの方法で腫瘍細胞の照射効果を増感し、正常組織の照射効果を防護できれば、その放射線治療効果比を上昇できる可能性がある。放射線治療では、放射線照射前に放射線防護剤を投与することにより正常組織の放射線障害を抑えて、その放射線治療効果比をあげようとする試みがなされている。特に、SH化合物は、その有効な化合物であり、多くの放射線防護剤が開発され、臨床試験が行われた。しかし、それらは正常組織のみではなく同時に腫瘍組織にも取り込まれ、さらにいわゆる細胞毒性も強く、現時点では放射線治療に有効に使用できるような放射線防護剤はいまだ開発されていない。放射線治療における放射線増感剤とは主に放射線抵抗性の腫瘍組織の放射線感受性を高めようとする薬剤である。現在、放射線治療における放射線増感剤としてはハロゲン化ピリミジン類と低酸素細胞増感剤の2種類の薬剤が有効であると考えられている。しかし、毛細血管の少ない腫瘍内部にも到達でき、酸素と同じような働きをする多くの低酸素細胞放射線増感剤、特に酸素と同様な電子親和性を示すニトロイミザドール系の化合物が開発され、臨床研究されているが、いまだ有効な低酸素細胞放射線増感剤は開発されていない。その主な理由は、放射線防護剤と同じく、その細胞毒性の存在および目的部位の細胞に選択的に取り込まれる薬剤の開発が困難であるためであると考えられる。
・放射線感受性をきめる4因子
1 細胞の損傷からの修復、あるいは回復
2 細胞分裂周期の再分布、あるいは同調
3 放射線照射後の細胞再増殖、あるいは再生
4 腫瘍内の低酸素細胞の再酸素化
これら4因子を考慮して、放射線治療では分割照射が行われるともいえる。 なお、現在一般に行われている一日約2Gyを約30日で約60Gy照射する通常分割照射(遅延分割照射)は長年の経験によって採用されたものであり、放射線生物学的な裏付けによっているものではない。分割照射によって、一般に組織の亜致死損傷の修復SLDR、細胞数の増加、放射線生物学的効果比RBEの上昇、酸素増感率OERの変化が起こり、その結果、正常組織のSLDR、細胞再増殖、及び低酸素腫瘍細胞の再酸素化に利点があると考えられている。結果として、腫瘍組織と正常組織の間の感受性の差、及び放射線投与線量の差が生じたときに放射線治療が可能となる。
・ベルゴニー・トリボンドの法則
一般に、組織の増殖動態、細胞分裂頻度によりその放射線感受性が異なる。組織の放射線感受性については以下のベルゴニー・トリボンドの法則として知られている。
1細胞分裂頻度の高いものほど、組織の放射線感受性が高い。
2将来、分裂回数の大きいものほど、組織の放射線感受性が高い。
3形態及び機能において未分化のものほど、組織の放射線感受性が高い。
すなわち、各組織の照射後の生存細胞数はその放射線感受性と分割期間中の増殖率等で決まるといえる。さらに、正常及び腫瘍組織の放射線生物学的効果は、細胞、組織の生死、障害の種類、生体の種類、さらにこれらが同じでも照射される放射線の線量域、線量率、線質、分割(線量ー時間間隔)等の条件によって異なる。未分化・低回復力の腫瘍ほど放射線感受性が高い
1 放射線高感受性腫瘍
精上皮腫・Wilms腫瘍・未分化胚腫瘍・悪性リンパ腫・未分化癌・髄芽腫・松果体部・胚芽腫・Ewing肉腫
2 中等度放射線感受性腫瘍
扁平上皮癌・基底細胞癌・一部の線癌
3 放射線低感受性腫瘍
線癌・繊維肉腫・骨肉腫・悪性黒色腫
放射線治療では、正常組織、臓器の放射線障害を起こさずに腫瘍のみを制御する事が理想であり、放射線高感受性の組織への不要な照射を避けなければならない。しかし、現在の照射技術では、まったく正常組織、臓器に照射しないで腫瘍を治癒するのは不可能である場合も生じる。一般に正常組織、臓器ではしきい値以下の線量では障害は発生せず、放射線治療では各正常組織、臓器へは障害発生の耐用線量以下にすべきである。正常組織、臓器の耐用線量はその照射面積、照射期間、照射分割回数等の照射条件に依存する。放射線治療では、放射線感受性の高い正常組織、臓器への照射をなるべく避けるべきであり、特に、皮膚表皮、水晶体、骨髄、腎、腸、及び精原細胞への余分な照射には注意が必要である。放射線治療における放射線皮膚炎は、照射後約3〜4週間から反応が現れ、その程度は使用する線質により異なり、手術創のある部位の反応は強い。また、唾液腺障害、放射線口内炎、白血球減少等にも注意が必要である。しかし、耐用線量内であれば口内炎、皮膚炎、白血球減少、脱毛等の一時的な障害は、放射線照射後に自然回復する。これらの副作用は抗癌剤を併用、照射部位に手術の既往歴があることにより増幅されることがあり、注意が必要である。
放射線治療の対象悪性疾患
1 放射線治療を主とする疾患
精上皮腫・悪性リンパ腫(細網肉腫・リンパ腫・Hodgkin病)・Wilms腫瘍・髄芽腫・松果体腫瘍・扁平上皮癌(舌癌・口腔癌・喉頭癌・上顎癌・皮膚癌・膀胱癌)
2 放射線治療と手術を併用する疾患
乳癌・肺癌・脳腫瘍・耳下腺腫瘍・リンパ節転移・子宮体部癌・外陰部癌
3 放射線治療の効果が限定される疾患
下咽頭癌・甲状腺癌・唾液線癌・消化器癌(食道・胃・腸)・膵臓癌・腎臓癌・前立腺癌・肺、肝への転移
4 放射線治療、手術とも適用の少ない疾患
骨肉腫・筋肉肉腫・繊維肉腫・黒色腫
・放射線治療成績を左右する腫瘍因子
放射線治療では、治療対象となる腫瘍の放射線感受性、種類(病理組織、分化度の違い)、大きさ及び形(発育形成、進展形式)、部位(発生母地等)、酸素分圧等の種々の因子によって、その適用、照射術式(線質、線量、照射範囲、照射方法等の選定)およびその治療成績が異なる。病理組織と放射線感受性放射線治療を含め癌の治療には副作用が発生する可能性がある。そのために、一般にその組織病理学的観察のない症例には放射線治療を施行すべきでない。ただし、例外もある。とくに、病理組織像はその腫瘍の放射線感受性を大きく左右し、治療方針の決定に際して最も重要な情報となる。腫瘍の放射線感受性は病理組織型及びその分化度によって大きく変化する。正常組織として放射線感受性の高い生殖腺や造血組織から発生した悪性腫瘍は放射線感受性が高く、感受性の低い骨、筋、結合組織から発生した腫瘍は放射線感受性が低い。また、分化度の低い腫瘍ほど感受性が高い傾向がある。
発育状態
腫瘍の発育状態には、表在性腫瘤が限局するもの、周囲の組織に深く浸潤するもの、およびその中間型がある。一般に限局性を示す腫瘤の治療成績は良く、浸潤型および潰瘍型の腫瘍は再発を起こしやすく、予後が悪い。また、腫瘍の発育環境によってもその治療成績が大きく異なる。たとえば、同じ扁平上皮癌でも舌癌、子宮癌では治療成績が高く、食道癌では低い。一般に、筋肉や結合組織の豊富な部位に発生した腫瘍は間質反応および修復効果が起こりやすく治療成績が高いと考えられている。このほか、腫瘍まわりの正常重要臓器の存在、血管分布(酸素、栄養)も大きく治療成績を左右する。また、患者の血流、生化学等の栄養状態、日常生活状態等の全身状態もその予後を大きく左右するので、これら放射線治療前の検査が重要になる。
以上 参考にしてください