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たそがれ日記

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11月30日 (土) 榛名で夜空の星を見る筈が


昨夜は寝る前に図書館から借りてきたビデオ

「沙粧妙子――最後の事件1」

を見ました。

確かフジテレビで放映した番組です。

異常犯罪者に挑むプロファイリング専門の女刑事。

イヤー、疲れました。

主人沙粧妙子に扮した浅野温子の演技に。

鳥肌がたつような事件である筈が暑苦しくてかないません。

一人で力み返ってどうするの状態です。

まあ、演出がそうしたかったのでしょうが。

その上長い髪が私をいっそう暑苦しくします(?)

もっと平凡で静かに凄味を出せないのかなあ。

どうして日本のこの手の映画はみんな力みかえるのか。

それにプロファイリングチームの同僚役の佐野史郎。

この人は「へたうま」演技をわざとやっているのかまたは地なのか。

浅野温子がホットで佐野史郎がクールにという役割分担なのか。

それでも二人ともやっぱりどこかずれています。

私の好きな蟹江敬三が浅野温子の上司として出ていました。

こっちの方がよほど野暮な上司の感じを出していた気がします。

話の途中でぶん投げようとしたら妻が興味を持って見始めました。

それで私は妻にバトンタッチしてさっさと布団に入って眠りました。

今朝は起きて新聞を読みました。

民主党は鳩山由紀夫代表が野党の統一会派を作るというニュ―スが掲載されています。

ああ、ここまでくるともう末期症状です。

鳩山由紀夫に政治的センスなんてあるのかね。

とんだ空騒ぎで鳩山の民主党代表辞任とでもなるのでしょうか。

午前11時に頼まれごとで前橋にでかけました。

ところが見事な肩透かし。

骨折り損のくたびれもうけ。

馬鹿馬鹿しい頼まれごとでありました。

帰宅して昼食は雑炊です。


午後は昼寝をしました。

4時半に妻と高崎文化センターに行きました。

妻が榛名山の頂上から星を見るというイベントに申し込んでいたのです。

牛にひかれて善光寺参り。

妻にひかれて夜空の星を見ることになりました。

高崎少年科学館主催の「移動天文教室」です。

私はこういうイベントに参加したことがありません。

到着したのが早すぎてロビーで座っていました。

榛名山の頂上は寒いので参加する人は厚着をしています。

私も今年初めてコートとマフラーを着ました。

押入れから出してきたのでナフタリンの匂いがガンガンします。

文化センターのロビーで妻とぼんやりとバスに乗る時間を待っておりました。

すると
「オッス」「オッス」という声がロビーに響きました。

催し物を見るとリーダー研修会とあります。

学ランの大学生が解散しようとしていました。

大学の応援団の発表会があったのです。

「花の応援団」もいなくなって静かになった時、妻が掲示板を覗いて

「あんた、今日は榛名山は曇空で中止だってよ」

ガックリしたように言いました。

私は思わず笑ってしまいました。

二人で馬鹿面して30分近く待っていたわけです。

次々に厚着でやってくる参加者も中止の掲示を見てガッカリしております。

中止した代わりに参加費1000円を返還してくれました。

その上、プラネタリウムを見せてもらえました。

妻の話によると私は子どもたちと伊勢崎でプラネタリウムを見たことがあるそうです。

私は昔はプラネタリウムは天井に本当の星を見ているものだと思っていました。

こういう恐ろしい錯覚を私はよくします。

衛星放送のNHKBSが日本でスタートした時も同じです。

私はBSアンテナの方向を自分で操作することができる。

そうすれば世界中のテレビ番組が見れるものと思っていたのです。

これは凄いと一人で感動していたものです。


無知ほど恐ろしいものはありませんね。

結局、30人近い参加者と一緒にプラネタリウムを一時間ほど見ました。

白鳥座のイラストが天井に出てきた時、

私が妻に

「ラドンみたいだね」

と言うと妻は

「クスッ」

と笑ってくれました。

ありがとう、妻よ。

帰宅したのが7時前です。

この日記を書いて転送してそれから食事です。

私も妻もひどくくたびれた一日でありました。

11月も今日で終わりです。

明日から師走。

12月になればきっといいことがある。

そう思って生きていかなくては。


11月29日 (金) 皺深き11月の終わり


昨夜は帰宅して遅い夕食をいただいていると妻が

「妹の息子に子供ができたのよ」

と申します。

ウ――――ム。

私より少し若いはずだったが。

義妹も義弟もついにおばあちゃん、おじいちゃんになったのか。

まごまごしていると俺にもまごができる。

昔からのこの日記の読者の皆さん。

同じギャグばかり使ってすいません。

と考えていると案の定、妻が

「うちもどうなることやらね」

も申します。

どうもならへんがな。

と思いつつ三人の子どもの顔を思い浮かべました。

ウ――――ム。

前途多難・前方山峡峻険・後方海原怒涛・駑馬千里(?)

わけのわからぬことを書いておりますが、大丈夫なのか。

それにしても

「私の妻の妹の息子の子供」

というのは私の何に当たるのでありましょうか。

「私の甥の子供」

ここまではわかりますが。

まあ、ええか。

朝起きると7時であります。

トイレに行き顔を洗いました。

妻は仕事にでかけました。

背中に人生の憂いがあります。

昔は背中に青春の輝きがあったというのに。

ほんまかいな(?)

髭を剃りながら鏡に映る自分の顔を見ました。

54年に及ぶ苦難の人生(?)の皺が深く刻まれています。

それにしても見飽きた顔ですなあ。

自分でうんざりします。

職場に出かけました。

空は晴れて暖かい朝でした。

幹線道路に出ると何故か渋滞です。

それでも雨の時の渋滞よりはいい。

職場について授業です。

午後も授業。

校舎を移動してまた授業。

移動中に日がくれてしまいました。

♪たびのつばくろ さみしかないか

 おれもさみしい サーカス暮らし

というセンチメンタルムードです。

帰宅すると妻が元気にしているのでホッとしました。

家庭というものは不思議です。

妻の気分次第でこちらの気分も明るくなったり暗くなったりします。

妻が太陽なら夫は月なのでしょうか。

何を書いているのかわけがわからなくなります。

自分に子供ができることさえ昔は不思議だったのに。

今は孫の心配をするとは。

しかし、我が子三人、結婚する雰囲気が全然ありません。

それも嬉しいというかさみしいというか。

親の心はただ揺れ動くだけであります。


11月28日 (木) 北京で「動物農場」上演中


昨日はこの日記を書き終えて夕食を頂いていると娘から電話があり

「NHKの高村薫のドラマのビデオを録画してくれる?」

と妻に頼んでおります。

「お父さんが12チャンネルの番組を録画しているから駄目よ」

と妻が言いました。

土台、電話がくるのが遅すぎるよと思いました。

高村薫のドラマは9時過ぎにはもう前編が終っていました。

どうして我が家の一族はこうもずれているのか。

先日は次男の誕生日でしたが妻が次男に電話で話をしながら

「お前、もう22歳になったんでしょう」

と訊いています。

私はとなりで何言っているの、あれはまだ21歳だろうと思っていました。

やっぱり電話で

「俺はまだ21歳だよ」

と言われたそうです。

と偉そうに書きながらその後長男に電話した時私が

「お前、もう26歳だろう?」

と言うと

「父さん、何言っているの、俺はまだ25歳だぜ」

と言われました、

まあ、全員いい加減であります。

昨日はその12チャンネルで放映された松本清張没後10年企画「たづたづし」をビデオに録画し寝る前に見ました。

ところが2時間録画をしていると最後の15分ほどが切れてしまいました。

それでビデオが切れたところからテレビで放映している最後の10分近くを見ました。

こんな馬鹿な見方があるのかよ。

夏樹静子翻案・市川森一脚本・松原信吾監督。

主演が中村雅俊・牧瀬理恵・名取裕子。

見終わってウ――――ム状態です。

「たづたづし」というタイトルなので短編の女流俳人のことを書いたものを連想していました。

ところが中味は松本清張の様々な短編を大ブレンドしたような内容です。

それで私の頭も大混乱した次第です。

夏樹静子翻案というクレジットをどうしていれたかよくわかりました。

まあ、面白かったと言えば面白かったのですが。

牧瀬理恵という女優はこういう女優だったのかと初めて分かりました。

それに名取裕子を私が初めて見たのは確かもう十数年前にNHKで同じ松本清張原作「けものみち」だったように記憶しています。

政財界の黒幕の愛人役だったのではないでしょうか。

どうしてこんなによく覚えているかと申しますとその時の名取裕子の演技が下手で下手で見ているほうが赤面してしまうような代物だったからです。

ああ、歳月は確実に過ぎていきます。

このドラマの名取裕子は貞淑でクリスチャンの妻を演じています。

その女性が夫である農林水産省のエリート官僚、中村雅俊の犯罪を中村自身気付かないままに片棒を担ぎ

最後は放火をするというなかなか面白い役です。

この名取裕子の存在でこのドラマは成り立っていたところもあります。

NHK総合の高村薫のドラマは既に私はBSで見ていました。

どちらが面白かったかというとまあ高村薫のほうでしょうが。

その後、1時過ぎに眠りました。

今朝起きて新聞を見ながら驚きました。

外報面に

共産主義風刺に爆笑

というタイトルの囲み記事があったのです。

中国の北京で国立中央戯技学院を卒業した若い俳優・女優達がジョージ・オーウェルの「動物農場」を上演しているということです。

ジョージ・オーウェルは私が好きな作家です。

この動物農場はスターリン主義批判の小説として世界中で翻訳されてベストセラーになった小説です。

中国もこんなに変貌したのかと驚く前に私等心配になってきます。

1950年代に「百家斉放・百家争鳴」という運動が中国でありました。

知識人・労働者・農民・党員・非党員、誰でも言いたいことを言う権利がある。

この毛澤東が支持する運動が盛り上がりましたが、

その直後に今度は「反右派闘争」というものが起こりました。

もちろん毛澤東の指令です。

今度は
共産党に対して言いたいことを言った知識人・労働者・農民・党員・非党員を大弾圧しました。

歴史は繰り返す。

権力のやることはいつも同じです。

歳をとるとこういうことも大丈夫かなと思ってしまいます。

イデオロギーなんてコロコロ変わるものですから恐ろしい。

これも年寄りの冷や水の単なる杞憂なのか。

晴れ上がった一日でした。

しかし、空気は冷たい。

夜間部が終って帰宅しました。

これから夕食です。

風呂に入り炬燵の中で夕食をいただく時が一番幸せなのか。


11月27日 (水) 赤十字精神は難しい


昨夜は昼間の弁当騒動も一件落着。

遅い夕食をいただきながら

「俺もオッチョコチョイで小学生の頃学校にハンカチを持っていったつもりがポケットから出してみると折りたたんだ枕カバーだったこともあるよ」

と妻を慰めるために言いました。

自分の失敗を妻に語る。

これによって妻の心をなごませる。

この犠牲者精神はノーベル平和賞ものです(?)

しかるにこの言葉に対する妻の反応は

「ウハッハッハッ、馬鹿みたいね」

と大口を開けて笑っております。

何かが違う。

他山の石。

人のふりみてわがふりなおせ。


という格言を妻は知らないのでしょうか。

私の崇高な献身的犠牲精神は妻の馬鹿笑いによって深く傷ついてしまったのであります。

私は赤十字的精神の難しさをシミジミと知りました。

その上、妻が

「あんた、このままでいくと生活費が足りなくなるわよ」

とシビアなことを冷静に申します。

「俺を信じていればいいんだよ」

と自分も信じていないことを言うのも辛いものです。

私も午前1時には眠りにつきました。

朝起きてテレビのビデオを録画されているか確認しました。

大丈夫でした。

昨日の昼間、BSの「王将」を録画しそこないました。

それで同じBSの「無法松の一生」を録画しました。

坂東妻三郎主演です。

戦前の映画です。

戦前は軍人の未亡人に対する無法松の愛情が問題にされて検閲を受けました。

戦後は占領軍より封建的内容が検閲を受けました。

どちらもズタズタにカットされて上映されたそうです。

以前に一度見て録画しているはずです。

そのビデオテープがどこにあるかもわからないのでもう一度録画した次第です。

職場に向かいました。

生活の重さというものを感じるようになりました。

夜間部の授業が終って帰宅。

この日記を書いてから夕食です。

我が家も年の瀬を迎えようとしながら家計は火の車であります。

最後にこの日記には似つかわしくないことを書きます。

現在本屋さんに置かれているビジネス雑誌「プレジデント」(
1216日号)のことです。

97ページから99ページの3ページに渡って学費・奨学金のことなどについて私のインタビュー記事が掲載されています。

興味のある方は本屋で立ち読みでもしてください。

宣伝になってすいません。

ではまた明日。


11月26日 (火) 意外な結末


今朝は7時に起床しました。

起きて半畳・寝て一畳。

人生いたるところに青山あり。

なんてことは全然考えませんでした。

妻が出かけるのを見送り朝食です。

サンドイッチ一切れと紅茶です。

この紅茶を沸かすのが面倒くさいものです。

しかし、これがコーヒーでは何故かうまくありません。

やっぱり紅茶ではないとだめです。

新聞を読みました。

事件がありすぎるのか何も覚えられません。

自由党党首の小沢一郎がインタビューを受けています。

一箇所だけ眼に止まりました。

―――ほんとうに、野党戦線は戦えるのかなあ。

「与党が腐り、野党がぐじゃぐじゃになって世の中が深刻になると、日本で出てくるのは料簡の狭いナショナリズム。そこにマスコミが乗る。それが昭和史の悲劇です。それが繰り返されるかどうかの瀬戸際だ」

という意見です。

今が瀬戸際かどうかは全然認識が違います。

しかし、昭和に対する歴史認識は正しいのでしょう。

NHKBSで415分から坂東妻三郎の「王将」が放映されます。

ビデオを撮らないとと思いながら忘れてしまいました。

将棋の天才、坂田三吉を描いた映画ではこれが一番面白いそうです。

私は昔見た記憶があります。

ラスト近くで海から押し寄せる波に打たれながら日蓮宗の太鼓を一人で必死で叩いているシーンは確かこの映画ではなかったのかなあ。

と思いつつ自信がありません。

職場に向かいました。

晴れ上がった冬の空です。

2時間授業を終え、昼休みになりました。

新聞を広げお茶を持ってきて、さあといつも持ち歩いている紙袋の中に手を突っ込みました。

手ごたえがありません。

その時になってやっと気付きました。

「愛妻弁当がない!」

どうしたことでしょう。

妻はこういうことは忘れないのに。

誰かに盗まれたのか。

予備校愛妻弁当強奪事件?


それとも、昨夜、私が何か妻を怒らせることをしたのか。

恐ろしい静かなレジスタンスが始まったのか。

それとも弁当箱を広げた時にもう作ったと思い込んでしまったのか。

これなら何度もあることなのでわかりますが。

ついに弁当を作る金さえなくなったのか。

それともその精神的余裕さえなくしたのか。

この日記には書きたくない究極の疑惑。

弁当を作って違う男のところにもっていったのか。

妄想が次から次に湧いてきます。

結局、昼食をいただかずに午後の授業に突入です。

そのまま何も食べずに仕事が終りました。

帰宅したのが6時近く。

さすがに腹が泣いています。

それに妻が帰ってきません。

どうしたの、どうしたの。

と不安になってきます。

ついに・・・・・。

なんて不吉なことまで考えます。

こういう時の不安は恐ろしいものがあります。

小学生の頃、帰宅すると、誰もいなくて

「自分を見捨てて父さんも母さんもどこかへ行ってしまったのだろうか」

という風に感じた不安と実によく似ています。

てなことを書いていると表に車の音がして妻が帰ってきました。

「お帰りなさい」

と言いながら妻に

「今日、弁当が入ってなかったよ」

と言うと

「そんなことないわよ。確かに私は入れたわよ」

と申します。

もう一度二人で紙袋の中を見ました。

確かにありません。

その時です。

夫婦というものは不思議です。

30年伊達に一緒に生きているわけではありません。

言葉は不要です。

考えていることが一致したのです。

言わず語らず以心伝心。


二人の視線が自然にあるものに向かいました。

私が日頃持ち歩いている紙袋の横にあるもう一つの紙袋にです。

ああああああああ!

出てきました。

失われた時を求めてではなく失われた愛妻弁当が。

妻は哲学者のような表情をして

「私どうしたのかしら。ぼんやりしていたのかしら」

と申します。

ウ―――ム。

妻が朝ぼんやりとしてそちらの紙袋に弁当を入れたのです。

人間はぼんやりとする葦である。

私はある透徹した真理に到達した思いにおちいりました。

しかし、夫はこういう台詞にどういうリアクションをすればいいのでありましょうか。

励ますのか、慰めるのか、怒るのか、はたまた泣き出すのか。

私は黙ってパソコンに向かいました。

私はこれでも妻を愛しているのだ。

と日記に書いておこう。

妻が私の後ろで

「こんなところに紙袋をおくからよ」

と八つ当たりしております。

天気晴朗なれど波高し。

私は原潜ノーチラス号のように深く潜航しなくてはなりません。

しかし、いつもながら我が家で起こる出来事は実に哲学的です(?)

意表をついた結末を迎えます。

私も勉強させてもらっています。

妻よ、ありがとう。


11月25日 (月) 霧雨の一日でした


昨夜の夕食はインスタントの「モツ鍋」。

これに野菜をたくさん入れていただきます。

けっこう美味しいのはよかったのですが、量が多い。

「今日のモツ鍋、ばかに量が多いなあ」

と言いますと妻が

「やっぱり、二人分だものね」

と申します。

妻は体質的に肉は食べません。

それで二人前です。

死ぬかと思うほどいただきました。

夕食を終えました。

そのまま座椅子で1時間以上寝ました。

これは日曜日の夜の最悪パターン。

また眠れぬ夜がきます。

10時ごろに目覚めて図書館から借りてきた本を読みました。

これが結構勉強になりました。

「長州奇兵隊」 一坂太郎 中公新書

副題が「勝者のなかの敗者たち」。

なかなかいい本でした。

山口県の「東行記念館」に著者は勤めています。

その著者が地元である長州での明治維新前後のいろいろな事件を新しい視点から解説した本です。

「東行記念館」とは高杉晋作の号である東行(とうぎょう)からとったのでしょう。

ですから「高杉晋作記念館」のことでしょう。

こういう本を読むと、尊皇攘夷も文明開化もその時その時の単なる政治スローガンでしかないことがわかります。

著者は「志士」「勤皇家」と「プロ政治家」とを分けようと考えています。

また高杉晋作とか吉田松蔭が国策によって偉くなりすぎているところも批判しています。

私は感動したのは維新の元勲であり初代の内閣総理大臣である伊藤博文。

この人が「足軽」の出身であり「士族」ではなく「卒族」だったことです。

維新の高官の多くが伊藤博文のようには皆地元では身分が低く維新後は故郷に帰るのをあまり好まなかったとのことです。

また現在山口県で一番人気がある維新の志士は「高杉晋作」だということです。

ウ―――ム。

どうして木戸孝允(桂小五郎)は人気がないのでしょうか。

大衆受けしないのかなあ。

もう一冊もいい本でした。

「別れても、バカな人」 内藤みか  幻冬舎

これはタイトルにひかれて借りました。

著者は1971年生まれの官能小説の書き手であるプロ作家です。

この女性が結婚し子供が出来ます。

ノイローゼになります。

夫に暴力をふるわれます。

姑にいびられます。

昔から実父にも苛められていました。

離婚します。

再婚しようとします。

そして最後はもう一度最初の夫と再婚します。

このプロセスが実にリアルです。

今は子供さんも二人になり平和な家庭だそうです。

離婚しようかなとなんとなく思っている女性の皆さん。

この本を読んでみる価値はありますよ。

この2冊を読み終わったらもう2時です。

それから寝付かれなくてうとうとしながら眠ったのが3時。

ところが4時ごろに突然居間で大きな人声がして眼を醒ましました。

何があったのか?

もしかしたら子供のどいつかが帰省してきたのか。

と思って居間に入って行くとなんとテレビが勝手についております。

不気味な恐ろしい状況です。

このテレビはもう10数年使っています。

電源を切らないと豆ランプのような点灯している時に時々勝手に映るのです。

とはわかっていてもテレビが勝手につくというのも気持ちの悪いものです。

朝起きると外は雨です。

職場に向かいました。

仕事、会議、仕事です。

帰宅すると9時です。

一日中霧雨が降っていました。

ああ、雨の月曜日は疲れます。


11月24日 (日) 日曜霊疲労記


昨夜は馬鹿まるだし。

テレビを見てビデオを見てパソコンをいじっていました。

そうしているうちにドンドン時間は過ぎていきます。

蔦屋で180円で借りたビデオ「五條霊戦記」

監督は「爆裂都市」の石井聡互。

私は「爆裂都市」も見ていません

この監督の映画を初めてみます。

なんか監督の名前の漢字が違う気がしますが確認のしようなし。

最初はどういう映画かわからず見ていました。

なかなかシャープな画像で面白かったのです。

しかし、途中でさすがにこちらもだれました。

主人公の弁慶役の隆大介が同じ表情の演技ばかりで疲れます。

仲代達矢の無名塾の出身のせいかどこか師匠の演技に似ています。

どうも単調です。

殺陣のシーンは最初はなかなかの物です。

しかし、あまりに大量の血が飛び散るので逆に絵空事になってしまいます。

もっと年寄りのために抑制してよと思います。

昔の映画は血を一滴も見せずにその場を凄惨さをうまく見せていました。

今は画面に映る血の量=凄惨さ。

という等式が成立しているようです。

これは私のような年寄りにはきつい。

またシャナ王になった浅野忠信。

どうみても顔が現代劇向きでピンときません。

シャナ王が平家に憎悪を持っています。

鬼になって平家の武士を斬って斬って斬りまくります。

これじゃ、一人で平家をやっつけられるぞと思ってしまいます。

途中まで観ながら馬鹿な私はやっと気付きました。

これは京都五條の大橋での牛若丸(源義経)と武蔵坊弁慶の戦いだ。

情けないです、本当に。

日本映画界の若手ホープと言われる永瀬正敏。

この落ち武者の刀を集めている男も何か必然性が見えません。

何故この映画に出てきているのかよくわからないのです。

最後に弁慶とシャナ王が五條橋で闘います。

その結末がまたなんといいましょうか・・・・。

この監督はすごく力のある監督のように思えました。

映画自体は私にとっては辛い物がありました。

霊性を生かしたいならもっと血飛沫を少なくしなくては。

まるでシャナ王がジェーソンですがな。

これを見終わって、今度は図書館から借りてきた

「おかしな男 渥美清」 小林信彦 新潮社

を読み出しました。

この本は二度ほど読んでいます。

しかし、また読み出して全然内容を忘れていることに驚きました。

この誰にも負けない忘却力の素晴らしさ。

忘却力においては誰にも負けない自負がだんだん生まれてまいりました(?)

しかし、「男はつらいよ」より「渥美清はつらいよ」というような内容でした。

兄が25歳の時に自殺。

本人は肺結核で片肺の摘出手術を受ける。

著者の小林信彦が読者に昭和20年代、30年代の結核は死病だったとことを二度ほど念押ししています。

そして小学校を卒業しただけの学歴で的屋の一門にも籍をおいたこことがあるという渥美清です。

幼い頃の家族関係のゴタゴタも小林信彦は暗示しています。

体を動かしすぎると覿面に疲れがでます。

対人関係も慎重でなかなか人を寄せ付けない性格になっても仕方がないでしょう。

なんか渥美清に同情したくなります。

当然、この本の内容もこれがまた明るいというか暗いというか。

しかし、この本を詠みながら私は「男はつらいよ」をキチンと一本も見たことがないのでどうもよくわからないところがあります。

渥美清は座談の名手だったそうですが、それを是非見たかったと思います。

私は観劇の習慣もありません。

ただ、今まで生で見た中で一番面白かったものを上げておきます。

一つはもう35年近く前の話しです。

文京公会堂だったと思います。

当時の知識人が登場して学生にアジ演説をぶっていました。

何かの学生集会だったのでしょうか。

竹内好・羽仁五郎・竹中労・安藤次男などなどの人がいました。

この集会のトリになんとというかなぜかというか小沢昭一が出てきました。

落語家風のファッションで演壇に座布団一つです。

別に政治の話は一切しませんでした。

しかし、この小沢昭一の喋りが面白くて面白くて満場笑いの渦でした。

話の内容はまったく覚えていません。

映画の中で怪演する小沢昭一そのままの面白さでした。

もう一つは四・五年前、高崎で聴いたマルセ太郎の講演です。

これも会場は笑いの渦で私も妻も子供も一緒にゲラゲラ笑いました。

こう書きながら、以上上げた6名のうちで現在まだ存命なのは小沢昭一のみというさみしさです。

そう言えば映画俳優のジェームス・コバーンの訃報が新聞に出ていました。

「荒野の七人」と「大脱走」が出世作でありまたもっとも印象に残る作品だったのでしょう。

ユル・ブリンナー、スティーブ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、

ロバート・ボーン、ジェームス・コバーン、ホルスト・ブッフホルツ、

ブラッド・デクスター。

この七人の名前何も調べずに今書けました。

それだけで感動しております。

まだぼけてはいない(!)。

この中で今生きているのは何人いるのでありましょうか。

てなわけのわからぬことを書いておりますが、話を昨夜に戻します。

ついに2時過ぎになり、腹が減ってきました。

冷蔵庫から缶ビールを取り出しこれを飲み、焼き蕎麦を作っていただきました。

昔はこんなことをすると本当に気持ちがよかったのですが。

今は何か気分が悪くなってしまいます。

眠ったのが午前4時。

起きたのが午前10時です。

妻が先に起きていました。

妻は9時に起きたそうです。

眠ったのは昨夜の午後10時。

なんと11時間眠り続けたのです。

「気持ちよく眠れたわよ」

と一人でいっております。

「それだけ眠れりゃ幸せだよ」

と私だって言いたくなります。

昼ご飯は焼き蕎麦だというので

「夜食に焼き蕎麦を食べたから勘弁してくれ」

と言いますと焼き蕎麦の代わりに雑炊が出てきました。

その後、昨日3冊しか本を借りなかったので図書館に行きました。

そして残りの7冊を借りてきました。

それでもう4時。

本を読んでいると5時。

一日がアッという間に終っていきます。

少年老いやすく学成りがたし

とはまた違うのか。

私がこの日記をパソコンに打っていると妻が風呂のスイッチを入れました。

私は不安になり

「そういう時は視認が必要だよ。視認が。風呂の中を見ないと」

と声を掛けました。

すると妻は指で浴室を指差して大声で

「風呂よ湧け!」

と叫びました。

それから一人で笑っております。

この夫を舐めきった態度。

勝手にしろ。

明日からまた仕事です。


11月23日 (土) 寒い一日でした


朝起きて久しぶりに妻と朝食といただきました。

テレビから若い頃の吉永小百合の声で

♪北風吹きぬく寒い朝も心ひとつであたたかくなる・・・

という歌が流れてきました。

「ならねえよ」

といちおうテレビに向って返事をしておきました。

このコマーシャルのたびに返事をするのは疲れます。

しかし、礼儀ですので(?)

金がない。

夢がない。

愛がない。

子供からの電話がこない。

ないないずくしです。

妻とわずか1メートルの距離で炬燵に向き合っての朝食です。

たった1メートルの距離ですよ。

その間に隙間風がビュンビュン吹き付けてきます(?)

これはどこの家庭も同じなのか。

それとも私の家庭だけの特有の現象なのか。

ただ昔はこの隙間風を愛の風だと錯覚していただけなのか。

こう考えると人生はなかなか深いものがあります。

それにしても寒い。

吉永小百合の歌っているのは「寒い朝」という歌ですよね。

確か浜田光夫と一緒にデュエットしていたのでは。

どこに消えたのか浜田光夫は?

妻が申します。

「吉永小百合の声はいつ聞いても変な声ねえ」

と言いながら

♪北風吹きぬく寒い朝も心ひとつであたたかくなる

と、どうだと言わんばかりに一人で口ずさんでいます。

なんだ、なんだ、どうしたんだ?

私のほうがあわてます。

ウ―――ム。

吉永小百合にたいを張ろうとしているのか

それとも働きすぎたのか。

またまた隙間風が強く吹きつけます。

夫としては論評のしようがありません。

ただ妻の歌が終るのを静かに待つのみです。

昨日は喪中につき年賀をご遠慮をという知り合いの葉書が2通来ました。

もうそういう季節ですねえ。

午前中に妻が休館が続いていた図書館に出かけました。

私のカードでビデオを5本借りてきてもらいました。

「昼食は何にしようか?」

と言われました。

ラーメン・うどん・焼きそば・焼きうどん・雑炊・お茶漬け

もうレパートリーが出尽くしています。

思わず言いました。

「正月を先取りしてお雑煮でいこう」

「それがいいわね」

何がいいのかさっぱりわかりません。

ええ加減な夫にええ加減な妻。

結局、昼食はお雑煮になりました。

午後は今度は私が図書館に行きました。

妻が午前中借りてきてくれたビデオを3本返して別なのを借りました。

「私は何のために借りてきたのよ」

と妻が怒っておりましたが今回は無視させていただきました。

図書館の貸し出しカウンターで子供連れの夫婦がなにやら言い争っています。

「お前がいいといったから俺は調べてこなかったんだよ」

「私はそんなことは言っていないわよ」

押し問答を二三度続けていました。

カウンターの係りのおばさんが

「まあ、皆さんよくあることですから」

と二人をなだめています。

事情はわからねど見ていると疲れますなあ。

みっともないからエエ加減にさらせ!

といいたい気もしましたが私もそれ以前に疲れています。

それにそんなことを言う勇気が私にあるわけがありません。

本を10冊借りられるのに
3冊だけ借りて帰ってきました。

最近、休みの日に人が多い場所に行くとひどく疲れます。

炬燵に入りエアコンをつけました。

今現在たった一つの救いは明日が休みだということだけです。

今日は勤労感謝の日です。

私はこの勤労感謝という言葉がよくわかりません。

いったい誰が誰に感謝しているのでしょうか。

政府が国民に感謝しているのか。

国民が国民に感謝しているのか。

主体と客体がよくわかりません。

まあ、休みの日だからええか。

今日も静かに読書をして寝るか。


11月22日 (金) 父親は不遇です


朝から曇空です。

8時に起床しました。

朝食のサンドイッチをいただきました。

テレビを見ました。

今日はなんとかという作曲家の結婚式とのことです。

別にこの人の名前を匿名にしているわけではありません。

ただ思い出せないだけです。

覚えようという気もないからそうなるのでしょう。

小泉首相に招待状を出したというのを新聞で読んだ記憶があります。

別に大した知り合いでもないとのことです。

小泉首相を招待すると何かいいことがあるのでしょうか。

それとも小泉首相を国民的政治家だと思っているのでしょうか。

そういう人を招待できるくらいの俺は国民的作曲家だと思っているのかも。

どうもやることがよくわかりません。

昔、宮崎緑というNHKのアナウンサーがいました。

自分の結婚式に取材で知り合った大物政財界人を呼びました。

明らかな職権濫用ですね。

馬鹿みたいです。

世間からこの時は一代顰蹙を買いました。

当たり前だよという感じがします。

宮崎緑はいつも私はどう知的なのよという顔をしてブラウン管の中にいまいた。

私は彼女が大嫌いでしたが、こういうことが起こってみると納得です。

知的であることを装っている人は男女を問わず怪しい人ばかりです。

私は自分の子どもの結婚式に首相が出席したいと言ってきたら子供に

「さっさと断れ」

と言います。

もちろん、出席したいと言ってくるわけがありませんが。

「結婚式にはお前と仲のいい友だちだけを呼べばいいよ」

と言うでしょう。

妻がこの部分を偶然をパソコンに打っているのを見て

「馬鹿なことを書くのははやめなさいよ。子供たちが結婚できるかどうかもわからないでしょう」

と勝手に言っております。

論点が違うだろうが(?)

と、まあわけのわからぬことを書いておりますが、寒い日です。

どうもエアコンを入れるほどではない。

しかし、セーターでいるには少し肌寒い。

午前中、家の中でパソコンをいじりながらゴロゴロしていまいた。

こういう時にはよくけたたましく電話がなります。

困ったことにはこの九割がセールスの電話です。

私も昔は営業の仕事をしていたので、相手の電話を突然かけてくる人の気持ちもわかるつもりで丁寧に応対していました。

しかし、この歳になるとそんな精神的余裕もありません。

不思議なのは昔少し経済的余裕のあった時は

「金を買いませんか」

「株はどうですか」

「不動産は・・・・」

という営業の電話ばかりでしたが最近は

「家の修理は大丈夫ですか」

「デパートの通販のお知らせですが」

とかなにやらこちらの収入を見透かされているような気がしております。

恐ろしいことです

これは私個人のせいなのか日本の不況のせいなのか。

どうもよくわかりません。

午後職場に向かいました。

校舎を移動して授業です。

生徒に探検家のリビングストンというと誰も知りません。

こういう時に不安になってきます。

中学校の教科書に確かリビングストンは掲載されていたのでは。

と思いつつそれは40年前の教科書だったと自分で気付く次第です。

このお互いの常識の落差というものは思っているよりも恐ろしいものがあります。

リビングストン・スタンレー・アムンゼン・ナンセン・ノビレ・キュリー夫人・ジェンナー・シュバイツアー・ワシントン・リンカーン・ナイチンゲール・・

などは今の小学校や中学校の教科書にも掲載されているのでしょうか。

まあ、私も偉そうに書きながら個々の人物の細かい事績については何一つ知らないのですが。

明日は勤労感謝の日です。

きっと私の子どもの誰一人として父親の勤労に感謝して電話をかけてくる者はいないでしょう。

悲しいなあ。

「金を送れ」

なんて言ってこないだけめっけものかもしれません。

「子供優遇・父親冷遇」

という父親にとっては不遇な時代です。


11月21日 (木) 鯛をいただきました


日記の訂正をさせていただきます。

昨夜の食事はホルモン焼きだと書きました。

しかしホルモン焼きは私が食べ尽くしたそうです。

それで正しい夕食のおかずは何だったのか。

なんと、それが鯛だったのです。

風呂から出てきて置炬燵に座ると大きな鯛を皿に乗っています。

もちろん尾頭付きです。

驚きましたね。

「どう、以前のめだかのような鯛とは違うでしょう」

と嬉しそうに妻が申します。

「ウ―――ム。確かにでかい。200円くらいしたのか」

と聞きますと

「あんた、まだまだ甘いわよ」

と申します。

まだまだ甘い?

妻に舐められているのか。

「そうか、500円くらいしたのか」

と私が答えると

「ハッハッハッ、だから甘いのよ。150円よ。150円」

と一人でどうだ、騙されただろうという部屋中に鳴り響くような高笑い。

明るい家庭であります(?)

しかし、この大きさの鯛が150円?

究極のデフレなのか?

「どうしてそんなに安いんだよ」

と聞きました。

「特売していたのよ。もちろん冷凍よ」

当たり前だぜ。

天然物で150円の鯛なんてあるわけないだろう。

しかし、150円とは確かに安い。

吉野家の牛丼を越えている。

一口いただきました。

これが不思議です。

やっぱり150円の味がしてしまいます。

なんというかやっぱり150円の鯛です。

ウ―――ム。

「この鯛2000円もしたのよ」

と先にインプットされているともっと美味しいのか。

「これ1万円もした明石の天然物の鯛よ」

言われたら舌が蕩けてしまうのか。

これはマインドコントロールの考えか(?)

なんだかんだと言いながら全部頂きました。

食後は芋カリントをいただきました。

小学生の頃からこのキツネ色の芋カリントが大好きでした。

何故かタヌキ色のカリントは嫌いです。

キツネ色のカリントとタヌキ色のカリントはその風格が違います(?)

午後1時に眠りました。

起床は午前8時。

ぼんやりとして半日を過し午後には出勤です。

会議がありました。

その後に夜間部で校舎を移動です。

終了して帰宅しました。

何か変わらぬ日々が続きながら歳月が過ぎていきます。

若い時の時間の過ぎ方と違うような気がします。

これから世の中も私の人生もどうなるのだろうか。


11月20日 (水) 来年も巨人優勝か


昨夜は10時ごろ、私はパソコンに向っていました。

何の挨拶もなく妻の姿が消えています。

寝室を覗くとやはり本を広げ電気スタンドをつけたまま眠っています。

眠る意志はないのに眠ってしまう心の哀しさよ(?)

遂に3日連続私が先に眠ってしまうという記録はなりませんでした。

布団に入り何年か前にブックオフで100円で買った

「戦争と人間 14」五味川純平 三一書房

を読みました。

本文を読んでいるのではありません。

小説の付録としてついている「註の部」を読みます。

この部分は「戦争と人間」自体よりも面白いと昔から思っていました。

なかなか文章もうまく記述が客観的です。

それもその筈。

「戦争と人間」のほとんどの註は一人の女性がしています。

それまでの巻では何も書いていません。

しかし、この巻では「註担当 澤地久枝」と個人名が銘記してあります。

評論家の澤地久枝です。

この「註の部」を一冊の本にしてくれたら面白いのに。

いつも思っております。

30分くらい読んで眠りました。

朝起きて新聞を読みました。

「ペタジーニ、巨人へ」という活字がスポーツ欄に躍っています。

球団史上最高規模2年契約約20億円。

落合博満選手が1億円で契約して話題になったのはいつだったのだ。

いつのまにか十倍になっています。

それにしても巨人は百年変わりませんなあ。

金を積めば勝てるというのか。

それでは面白くもないじゃないか。

分かりやすく言います。

ボクシングのヘビー級とフライ級の選手がタイトルマッチをする。

どちらが勝つか。

ヘビー級の選手に決まっています。

重量ではなく金という基準で動いているのがプロ野球界。

まあ、これだけ金を使いながら巨人は優勝できなかったりします。

よほど巨人は弱いのでしょう。

フライ級選手に負けて悔しがる。

フライ級選手に買って嬉しがる。

何が楽しいのか。

嘘だとお思いの方はこの金額を御覧になればわかるでしょう。

ペタジーニに対する提示額。

巨人 

年俸72千万+出来高契約。契約金・出来高を合わせて2年で総額20億。

阪神

2年で16億。

中日

2年で10億。

横浜

年俸10億の複数年契約。

横浜の提示額の高さが目に付きますがこれはもちろんTBSの読売に対する対抗心。

阪神なんかよくここまで出す気になったのなあという金額です。

阪神の選手が暴動を起こすのでは。

一番金がないのが中日なのか。

これからは金で勝負すると巨人VS横浜の争いになるのでしょうか。

この提示額をみただけで来年の中日の優勝はまず無理です(?)

つまんないなあ、プロ野球が。

と、誰も思わないこの不思議さ。

職場に行きました。

どうも風邪が完治しません。

夜間部で校舎を移動です。

帰宅して日記を転送して夕食。

今日もホルモン焼き。

地獄のホルモン焼きです。


11月19日 (火) 風邪をひきました


昨夜は食後新聞の朝刊をもう一度読み飛ばし読みしました。

次の訃報欄で眼が止まりました。

韓国財閥・韓進グループ会長の趙重勲さん死去

趙 重勲さん(チョ・ジュンフン=韓国財閥・韓進グループ会長)は17日、心不全で死去、82歳。ソウル生まれ。日本の植民地支配解放後の45年、運輸業の韓進商事を仁川市でつくり、米軍物資輸送などで業績を伸ばした。大韓航空や韓進海運など運送主体の系列21社の財閥・韓進グループを築き、大韓航空の社長・会長なども歴任した。

もちろん私は一面識もありません。

また韓国でどのような人物として評価されているのかもしれません。

ただどこかで聞いた名前だと思いました。

でもなかなか思い出せません。

大韓航空の社長・会長などを歴任した。

この部分を読んでアッ、そうかロッキード事件と関係があった人物だと思い出した次第です。

田中角栄・児玉誉士夫・小佐野賢治・コーチャンロッキード社会長、チャーチ上院議員

などなどと週刊誌記事に登場した記憶が蘇りました。

懐かしい名前ばかりです(?)

遠い記憶です。

この訃報を読んだだけで政商っぽい感じがしてくるから不思議です。

ただ個人に対してこういうことを書くのも失礼かとも思います。

ただ関係者として新聞や雑誌に登場してきただけかもしれません。

何はともあれ死者への礼儀として合掌。

昨夜も早く布団に入りました。

10分ほど本を読むともう眠たくなってしまいました。

歳です(?)

そのまま妻より早く寝てしまいました。

二晩も妻より早く眠るなんてのは結婚以来始めてでは(?)

妻の顔をできるだけ見たくなくなったのでありましょうか(?)

30年の恋がついに冷める時がきたのでありましょうか(?)

朝眼を醒ますと厭な予感がしました。

体がだるい。

寝疲れで風邪気味になっています。

掛け布団を2枚掛け湯たんぽを入れ重装備で寝ているというのに。

緊張感がなくダラッと寝ると風邪を引くのでしょうか。

仕事で職場に向いました。

昼に冷たい愛妻弁当を食べながら蓮根がおいしいのに気付きました。

食べ物の好き嫌いまでが老人じみてまいります。

例えば昨日まで3日間酒の肴にしめ鯖の刺し身を頂きました。

これが実においしかったのであります。

つまらないことですがこれには秘密があります(?)

妻が200円のしめ鯖を一本買ってきてそれを刺し身にしたのです。

不思議です。

同じスーパーで売られているしめ鯖の刺し身を以前に食べたことがあります。

驚くなかれ、一口食べて味が全然違います!

まあ、こう書いてもどなたも驚いていないでしょうが。

この味の違いには驚くべきものがあります。

きっと既に刺し身としてパックにして売られている鯖は鮮度が落ちているのでしょう。

お陰で三日連続で食べさせられましたが。

それに妻に頼んで私の大好きな焼き海苔を作ってもらいました。

これがまた絶品です。

焼き海苔と味噌汁だけで飯を二杯はいただけます。

そのお陰でホルモン焼きの食べる量が必然的に少なくなります。

今夜は3日連続のホルモン焼きです。

ああ・・・・・としか言いようがありません。

私の金のかからない理想の夕食は

@        米のご飯 A じゃが芋とタマネギの味噌汁 B 焼き海苔 C 沢庵

これが最低揃っていればまあ豪華絢爛と自分で思ってしまいます。

体が不況・デフレ対策用にもともと出来てしまっているのか。

貧乏人はいつまでたっても貧乏人ということでありましょうか。

こんなことを妻に言うと

「あんた、何を贅沢言っているの。お米のご飯を食べられるだけ幸せになったのじゃないの。昔を思い出してごらんなさいよ」

なんて説教の嵐が待っております(?)

どうしてあの美男美女がこうして愚痴っぽく説教好きのジジ・ババになっていくのでありましょうか(笑)

そのことを考えただけで人生は不思議であります。

貧乏人同士が結婚するのも一長一短あるものです。

まあ、お互いに子供の頃貧乏人だった同士の夫婦が貧乏自慢をするのも楽しいものですが。

妻と食事をしていると時間がどんどん退行していきます。

これがピッタリ日本の経済状況とマッチしているところがリアルで恐ろしい。

1990年代のバブルの時代から考えると夢のようであります。

我が家は急転直下のように
1960円代、1950年代の食事に後退しているのでは。

こうなると最後は終戦直後のように水団(すいとん)ばかりを食べている状態になるのも時間の問題でしょうか?

寒くなってきました。

どうも昨日この日記を書くのが辛いなあと思っていました。

その時既に風邪気味であったのかもしれません。

これからルル3錠もベンザも浅田飴も用いずに風邪を気合で克服する予定です。

負けられません、勝つまでは。


ではまたあした。


11月18日 (月) 八月の濡れた砂


昨夜は妻が珍しく日曜洋画劇場の「ボーンコレクター」をビデオに取り

それを11時から見ていました。

私もチラッと見ました。

面白そうでした。

アームチェア―ディテクティブものなのでしょうか。

デンゼル・ワシントン主演です。


しかし、もう疲れて見る気力がありません。

それで珍しく私が先に布団の中に入り眠りました。

眠りながら隣の今からテレビの音が聞こえてきます。

しばらくすると隣の電気スタンドがつきなにやら妻が読書をしています。

「迷惑だなあ」

と思いつつ何時の間にか眠ってしまいました。

人は勝手なもので自分がいつも遅くまで起きていて妻に迷惑をかけています。

それでいて一度くらいこういうことがあると自分が被害者のように思うのです。

朝起きると空は快晴です。

昨日の日曜日が快晴だったらよかったのにと思いました。

職場に向かいました。

この歳になってくると何かすっきりと疲れが取れた感じがしません。

朝授業をして夜間部の授業です。

その間にプリントを作ります。

生徒の質問を受けたりします。

これが結構いそがしいのです。

帰宅してこの日記を付け出してもどうも月曜日は元気がでません。

体のリズムがそうなっているのでしょうか。

昨日の新聞で誰かのことを読んだのに誰のことか思い出せません。

それでラックの昨日の新聞を取り出し眺めていてやっとわかりました。

歌手の石川セリです。

「本屋さんに行こう」というコーナーに出ていました。

少し、かすれた、アンニュイな声で「私の夏は明日も続く」と歌ったデビュー曲「八月の濡れた砂」から30年。石川セリさんは、結婚や子育ての期間をはさみながら、息の長い音楽活動を続けている・・・・・略

30年!この言葉にびっくりします。

私はこの歌をテープ一本に全部「八月の濡れた砂」を取りました。

そして車の中でエンドレスでよく聞いていました。

それが4、5年前の話しです。

そうか、この人はまだ活躍していたのかと思いました。

私は「八月の濡れた砂」しかしりません。

しかし、「アンニュイ」なという言葉も久しぶりに見た感じがします。

この記事を書いた記者もかなりなお歳なのでしょうか。

私など人生全体をアンニュイに生きてきましたからこういう歌は大好きです。

夜の食事は昨日に続きホルモン焼きです。

自分が食べ尽くさないと明日もホルモン焼きの可能性があります。

全力をあげないと。

どうも今日は日記をつける気力が湧いてきません。

ではこのあたりでおやすみなさい。

夢で逢いましょう。


11月17日 (日) 今年は菊が美しい(?)


昨夜は大西巨人「三位一体の神話」を後ろから読みました。

どこから読んでも面白いのがこの小説家の特徴です。

しかしそのうちに寝てしまいました。

目覚めたのが7時。

それからトイレに行きまた布団に入りました。

その間に夢を見ました。

知っている二人の男が私に別々に声をかけます。

この二人が誰だったのか夢の後では思い出せません

「お前、歯が悪いんじゃないか」

と異口同音に言うのです。

布団の中で眼を覚まして

「なんか、歯医者の回し者のような夢だなあ」

と思いました。

そう言えば奥歯が痛いなあと思えるから不思議です。

誰かにマインドコントロールされているのか。

起床9時です。

外は曇空で寒々としています。

朝食はトースト一枚。目玉焼き二つ。レタス、紅茶。

よく食べました。

日記をつけました。

それから本の改訂版をつくるかもしれないと出版社から連絡があったので

その原稿書きを午前中ずっとやっていました。

昼食はうどんと蓮根の天麩羅。

その後のおやつは京都の八ツ橋。

午後は日米野球第七戦を日本テレビで見ました。

今日のこのテレビ局のアナウンサーはひどかった。

松井秀樹のためのサヨナラ試合のように勝手に思い込んでいます。

何を考えているのでしょうか。

松井の名前を連呼ばかりしています。

私は松井には何の恨みもありません。

しかし、いい加減にしろといいたくなります。

うるさくて仕方がありません。

申し訳ありませんが私が大リーガーのスカウトなら

巨人の松井より西武のスモール松井をスカウトします。

昨日の第六戦のスイッチヒッターとして左右でホームランを打ち分けるなんてなかなか見れるものではありません。

大リーグの一番打者には最適なのではないでしょうか。

それにしても時代が変わりました。

野茂・伊良部・イチロー・佐々木が大リーガーに行く時はひどかった。

特に野茂の時はもうメチャクチャです。

裏切り者扱いですから。

日本のプロ野球の記者・解説者には定見のある奴がいやしません。

いつも結果論でガタガタ騒いでいるだけです。

お前さん、今日はどうしたの、イチローの話がでないじゃない?

はい、よく気がついてくれました。

イチローの話は最後にしようと思っていたのです。

お待たせしました。

イチローコーナー。

さすがイチロー凄いですね、

最終戦、4打数4安打。

今日のMVPを獲得しました。

イチロー万歳!

これで私も安心して来シーズンを迎えられます。

来シーズンの大リーグについて私が心配していることが一つあります。

松井が大リーグに行くとイチローのNHKBSの中継が少なくなるのではということです。

今年、新庄がいたのでイチローの中継が少なくなったように思っています。

正確にカウントしたわけではありませんが。

NHKBS、イチローの中継をチャンとやれよ。

しかし、今日の試合の後、イチローの人気が日本では出にくいのがよく分かりました。

MVPの受賞のおかげでお立ち台にたったイチロー。

まず帽子を取りませんでした。

それからインタビューアの愚劣な質問に対してサービス精神で答えようという意識があまりないように思えます。

最後にマリナーズのあるシアトルに試合を見にきてくださいということを観客にアピールしていましたがこのアピールの仕方ももう一つという感じがしました。

このあたりはどこか引退した落合選手とか野村監督のインタービューに対する反応と何か似ているような感じがします。

この反対がプレーではなく言葉でパフォーマンスしているのが新庄です。

もちろん私はイチローの大ファンなのですが。

夕方に妻と散歩に行きました。

妻に聞くと今の家に引っ越して4年になるそうです。

4年間同じ道を変わらず散歩しているわけです。

妻が突然

「今年は菊の花がきれいよ」

と申します。

相変わらずの非科学的ご意見です。

ところがそれから数分歩いてあるおうちの前に菊の花が咲いています。

「どう、きれいでしょう」

と申します。

「うん、確かにきれいだ」

その小さな菊の花が密集したような姿は確かにきれいでした。

もしかしたらこの家の菊の花だけを見て妻は

「今年は菊の花がきれいよ」

と言っているのかという疑いが雲の如く湧いてきました。

しかし、もう面倒なので口にもしません。

「木を見て森を見ず」

という言葉があります。

妻は全くの逆です。

ある家の庭先の菊の花をみて全国の菊の花の美しさを類推しているのです。

この非科学的方法論にはついていけません。

こうなると、

君は君、われはわれ、されど仲良し

路線で行くしかありません。

それよりも昔父母に連れられて「枚方の菊人形」を見たことを思い出しました。

5歳か6歳のことでしょうか。

菊の花で見事な武者人形が出来ていたことを思い出します。

もう50年近い昔のことでありましょうか。

その枚方がどこにあるかさえ忘れました。

寒いせいか散歩道に人があまり通りません。

秋深し隣は何をする人ぞ


11月16日 (土) 林英哲は凄い


昨夜は長い一週間が終り疲れ果てて帰宅。

この「たそがれ日記」を打ち終わり転送。

さあ、晩飯を食って酒を飲んで寝るぞ。

と思っておりました。

それで勢いよく、服を脱ぎ最後のパンツまで脱ぎました。

そして風呂場に突入。

バスの蓋を開けるとなんとカラッポ。

この衝撃にもう怒る気力もありません。

寒すぎる!

急いでパンツをはき服を着て炬燵に潜り込みました。

肺炎になる恐れがあります。

命あってのものだね。

それにしても・・・。

静かに妻に

「いつものことだけど、風呂の湯がはいっていないよ」

と言いますと

「アレッ、そうなの」

としばらく考えるふりをしていましたが、

「そう言えばバスの蓋をあけるまではしたのよね」

と余裕の弁です。

風呂の蓋を開くともう風呂に湯は入っている。

この常識を超えたトンデモ思考に私は苦しめられているのです。

私は何も知らない深窓の令嬢とでも結婚したのか。

二・三日前に日記に書いたとおりのことが起こっています。

私の妻に対する預言は当たる!

ああ、預言者故郷に入れられず。

歴史は二度繰り返す、一度目は悲劇として二度目は喜劇として。

という有名な言葉があります。

しかし、我が家は違います。

歴史は百回繰り返す、全て喜劇として(泣)

それから風呂を沸かしている途中でバスに入りました。

半分くらいの湯量でバスの中で読書をしました。

おかげでいつもならカラスの行水ですがいつもより長い間入っていられました。

妻の怪我の功名。

遅い夕食をいただいていると珍しく次男から電話がありました。

私が電話に出て

「お母さんが風呂を沸かしてくれたので入ると風呂の湯がカラッポでね。肺炎になりそうになったよ」

と私の置かれた窮状を訴えました。

妻は電話の背後でゲラゲラ笑っています。

しかし次男はまだそんなことをやっているのかという感じの受け取り方です。

父が窮状を訴えているのに子供が相手にしない家庭なんていったいどこにあるんだ!

孤立無援。

食後にテレビをつけて一休みと思いました。

これがいけませんでした。

12時前に日米野球の結果はどうなったのかと思いテレビのリモコンを触っているとBSで音楽番組をやっていました。

日頃音楽番組なんてほとんど見ないのに思わず最後まで見てしまいました。

NHKBS「林英哲ニューヨークライブ」

林英哲は和太鼓の演奏者ですが一度図書館から借りてきたビデオで見たことがありました。

その時に凄いなあと思いましたが今度はもっと驚きました。

まず撥捌きが早いので高速撮影したように撥がしなってみえます。

凄い体力です。

それでいて汗がうっすらは出ています。

しかし、ダラダラ出ているわけではありません。

いったい一時間に何回太鼓を叩くのか。

この運動量の凄さ。

この和太鼓の音はいったい何なんだ。

それに三味線と尺八が加わります。

私はこの音楽を聞きながらどう表現するかいろいろ考えました。

日本的。古代的。土着的。アジア的。モダン日本的。

どうもうまくいえません。

分かりやすく言えば私が小学生の頃、珠算塾の帰りに自転車で走りながら神社を背にして家まで走って帰りました。

その時にいつも感じたことがあります。

それは何か得体の知れない恐ろしいものが背中から迫ってくる。

というものです。

そういう意味では霊的なものも感じました。

しかし、林英哲自身のコメントがテロップで画面に映りました。

「太鼓の音は人類誰にでも生まれた時の何かを思わせるものがある」

という内容だったと思います。

アレッ、そうなの。

全然、感覚が違うなあと私は正直思いました。

これは絶対土着的なものだぜ。

ナニカドロドロシタオドロオドロシイモノ。

古代のシャーマニズム的なもの。

ニューヨークで聞いているアメリカ人はみんなオリエンタリズムで聞いているように思ったのですが。

ずっと聞きながら私は赤穂浪士のことを考えました。

吉良家に討ち入りする時に吉良家表門にて太鼓を打ち鳴らします。

大石蔵之助が打ち鳴らすあの山鹿素行(?)の山鹿流陣太鼓の音。

映画で何度も見ましたが、あれは飴屋さんが鳴らすような軽い音ではないでしょう。

林英哲が打つ太鼓のように

ドロドロした怨念のようなもの


を打ち鳴らしていたのではないかと思われてきます。

妻は途中まで炬燵の中で一緒に聞きながら

「何か人を興奮させるものがあるわねえ」

等と言いながらものの2分も立たない内に座椅子にもたれてコックリコックリしています。

妻よ、あんたはいったいどういう人なんだ(笑)

5分後には妻は布団の中に消えていきました。

私はこの番組を最後まで見ました。

見終わると午前1時。

疲れましたなあ。

しかし、林英哲は凄い。

その後、テレビの前を動かずにいました。

チャンネルを廻すと今度はフジテレビで

さんまが歌手の奥村チヨとそのご主人の浜圭介と対談しています。

この番組を気楽に見ていました。

そこでチャンネルを変えたのがいけません。

NHKの画面にロッテの黒木投手が映りました。

アレッ、久しぶりだなあ

と思いつつこれをまた最後まで見てしまいました。

黒木投手は肩を痛め一年三ヶ月マウンドに立っていなかったのです。

その肩のリハビリをしている間の黒木投手の思いとこれまでの考えをドキュメントにした番組です。

やはり中で一番感動したのはノンプロでいた黒木投手にロッテだけがドラフトで指名して来た時に廻りがプロでは無理だというのを、一人の上司が

「みんなが待ってくれているんだ、絶対に行くべきだ」

と言ってくれたことで決意がかたまったという話しです。

この上司はもう御亡くなりになりましたが、黒木投手は毎年一度はお墓まいりしているそうです。

ガンバレ黒木投手。

この番組を見終わったのは2時。

さすがにグッタリしました。

今日のテレビはヘビーすぎました。

布団の中で大西巨人「三位一体の神話」を読みました。

もう何回も読んでいるので最終場面を読みました。

寝たのが3時。

9時に起きました。

朝刊を見ると

騎馬民族説を唱えた人類学の江上波夫が亡くなっています。

96歳。長命でしたなあ。

もしかしたら、騎馬民族が日本に侵攻してきた時、あの林英哲の叩く太鼓を先頭にして侵攻してきたのでは。

それで何か空恐ろしい物に聞こえるのでは。

とかなんとか考えました。

おまえさん、こういう時にいつもエエ加減なことを書くなあ。

すいません、今度から「たそがれ日記」ではなく「ええかげん日記」とタイトルを変更させてもらいます。

スポーツ面を見ると「イチロー存在感を見せた」と出ております。

昨日の日米野球第5戦、イチロー4打数2安打1打点。

やっぱりイチローは違います。

よかった、よかった。

朝は一人で散歩に行きました。

「コンビニでも行ってスポーツ新聞でも買ってくるよ」

と妻に言うと

「ささやかな贅沢ね」

と言われました。

今日は風がまったくありませんでした。

コンビニまで行って店の中を一巡しましたが結局スポーツ新聞は買いませんでした。

帰宅すると妻が

「あんた、どうしたの節約したの」

と申します。

本当に金がないなあとつくづく思いました。

昼間は雑炊の昼食です。

テレビでビートたけしと緒方直人の「張り込み」をやっていました。

再放送です。

部分的に見ました。

以前にこの日記に書いたことを途中で思い出しました。

夕刊が来ました。

朝日新聞夕刊一面に新庄が大リーグのジャイアンツを自由契約になったこと記事が出ています。

おいおいおい、新庄の自由契約が夕刊とはいえ一面に乗るなんておかしいんじゃないの、朝日新聞さんよ。

長い日記になりました。

疲れました。


11月15日 (金) 八ツ橋をいただきました


朝起きて新聞を読みました。

日米野球札幌ドームの第4戦。

イチローついに打ちました。

5打数3安打。

これで安心しました。

イチローとは反対にレンジャーズを自由契約になった伊良部。

阪神が獲得に乗り出したそうです。

伊良部は病気は大丈夫なのでしょうか。

これからの話は昨夜の話です。

昨夜書き切れなかったので書きます。

授業に行きました。

先週修学旅行に行っていた女生徒たちから教室でお土産を頂きました。

京都の八ツ橋です。

授業が終って事務室に戻りました。

この土産を職員に気付かれぬようこっそり紙バックに入れました。

これで今夜は妻と仲良く八ツ橋をいただける。

人生においてはこういう小さな喜びが大切です。

とくに結婚生活がはてしなくダラダラ続く夫婦にとっては(?)

そこに女生徒が現われ数学の若い先生に八ツ橋のお土産を渡しています。

その先生が

「ありがとう。職員みんなでいただきます」

と言いました。

ギョギョギョ、拙いよなあ(笑)

私は仕方なく

「先生、私もいただけたけれどこれで俺の職員の中での評価は暴落ですよ。

俺はお土産いただいてこっそり家に持って帰ろうとしたのだから」

と言いました。

3、4人いた職員が笑っております。

すると数学の先生にお土産を持ってきた生徒が私に対して

「先生、私、何か悪いことをしましたか?」

と真面目な顔をして聞いています。

それでまた思わず笑ってしまいました。

するとその若い先生が

「私なんか独身だから持って帰っても腐るだけから」

と申します。

「先生、やさしいなあ。もしかして、俺をフォローしてくれているの」

と私も思わず眼をウルウルさせながら(?)言いました。

私の言葉に今度はその先生が笑っております。

かくして紆余曲折を経て私は恥も外聞も捨て決死の覚悟で八ツ橋奪還に成功したのです(?)

帰宅して偉そうに

「生徒からお土産にもらったよ」

と言いましたが、妻はあまり感動した顔をしませんでした。

夫が外でどんな苦労をしてこの八ツ橋を持ち帰ってきたのか考えることのできる鋭い想像力に我が妻は欠けているのでありましょうか(?)

食後に早速八ツ橋をいただきました。

箱に能書きが書いてあります。

水上文学「五番町夕霧楼」に因む京銘菓 

つぶあん入り生八ツ橋 夕子(ゆうこ)

横に小さく「登録商標」と書かれています。

ウ――――ム。

しかし、こんなところに水上勉や「五番町夕霧楼」が登場するとは。

クラ〜〜イ八ツ橋だなあ(笑)

もしかしたら函館とか下北半島では

「飢餓海峡饅頭」

なんて売っているのかなあ。

どうも食べても元気が出ない暗い宿命を背負った饅頭に思えます。

私が小学生の頃、職人だった父が大阪や京都の問屋に集金に行った帰りによく買ってきてくれたお土産のベストスリーが

@ 粟おこし A 八ツ橋  B 森永ミルクキャラメル

でした。当時は「生八ツ橋」はありませんでした。

硬い八ツ橋をいただくといつもそのカケラが歯に刺さったらひっかっかたりして大変だったことを覚えています。

何と言っても私が好きだったのは

「エンジェルマークでおなじみの森永ミルクキャラメル」

でした。

このキャラメルは口の中で蕩けます。

そこには都会と文化とブルジョワの味がしました(?)

昨夜のお話はここまで。

今日は朝から仕事です。

授業で今日は女性の地位向上の問題がでてきました。

セクハラに対する罰を厳しくしろという意見が書いてあります。

私が生徒に尋ねました。

「俺は時々大学生になった女生徒が顔をだすと孤独になっていないか。ボーフレンドは出来たかと訊くけれどこれはセクハラになるのかなあ」

誰も返事をしません。

私がこの沈黙を分析すると

「あんたが言ったらセクハラだろう」

「どうでもいいから早く授業進めろ」

「昼の弁当は何にしようかな」

「センター試験まで後60日か」

「今朝、親父は機嫌が悪かったなあ。何かあったのかなあ」

とまあこういうものでしょう。

自慢じゃないですが、世の中でこんな鋭い分析をできる人はなかなかいません(?)

誰も返事をしてくれなかったけれどこれはセクハラなのかなあ。

校舎を移動して夜間部の授業です。

帰宅して妻に先刻の件がセクハラはどうか尋ねて見ました。

妻は私の顔をじっと見つめながら

あんた、そんなことを言う前に、その鼻毛を切ったほうがいいわよ。セクハラ以前に女生徒に嫌われるわよ。それにその鼻毛では何を言ってもセクハラになるわよ」

というありがたいご託宣でありました。

そうかセクハラ以前の問題か。

♪ 永遠(とわ)に春きぬわが運命(さだめ)  

思わず古賀政男 「影をしたいて」の歌詞を思い出してしまいました。

いつものようにわけのわからぬ結論になってしまいました。


11月14日 (木) 人生はドラマだ


昨夜は疲れ果てて早く眠ろうと思いました。

その前にパソコンのメールを覗きました。

いつものように非承認広告とかわけのわからぬメールがいろいろ届いています。

それを開きもせずに削除しているとひとつだけ個人名のメールがありました。

8年近く前に現役生の時に教えた生徒です。

この生徒は私の長男と同級生でした。

メールを開いて読んでビックリしました。

驚き桃の木山椒の木。

メールは以下の内容です。

個人名は削除しました。

大変ご無沙汰しております、この度無事司法試験に合格しましたので一応ご報告させていただきます。来年4月から研修に行って、再来年の10月には弁護士になる予定です。もしなにかありましたらお声がけ下さい。

エッエッエッエッ!

司法試験を受けていたことも知りませんでした。

妻に見せると

「★★さん、司法試験に合格したの。凄いわねえ、凄いわねえ」

ともう自分一人で絶叫しております。

正直、私も驚きました。

その後すぐに以下のようなメールを打ちました。

メール拝受しました。驚いております。まずは「おめでとう御座います」2、3年前お会いした時に健康が優れないと言っていましたのでそのことだけが印象に残っておりました。東京外国語大学を卒業した後大学院に進学したと思っておりましたが。暇がありましたらその苦難の(?)経緯をお知らせいただければ幸いです。これで私も強力な弁護士の味方が現われまして安心しております(笑)。事件が起こりましたら無料の弁護よろしく御願いいたします。冗談はさておき本当に「おめでとう」御座いました。

メールを打ち終えて寝ようとしましたら電話が鳴りました。

メールに慣れると電話の呼び出し音は不吉な予感を与えます。

クソ忙しい一日です。

それで電話に出ると司法試験に合格したご本人でした。

それで30分ほど話をしました。

まず私の間違いは2,3年前に逢ったのではなくもう5年前くらいだそうです。

それから先日私の職場に訪ねてきたそうです。

この時間に対する認識のどうしようもなさ(泣)。

しかし、私が他の校舎で授業をしていて留守だったとのことでした。

あの時は東京生活にストレスがたまり高血圧などに悩んでいたと聞いていましたので

「体が大切だから運動しろよ。運動しろよ」

と言ったことを記憶しています。

その時は司法試験のしの字も出ませんでした。

てっきり大学院にでも進学したのかなと思っていました。

大学卒業後、2年間専門学校に通って勉強したそうです。

本人の弁によれべこの2年間一日10時間司法試験の勉強をしたそうです。

一日10時間!

凄え・・・・・・

東京外国語大学からは7年ぶりの合格者だそうです。

そうだろうな。

土台、ほとんど誰も司法試験を受けないだろうな。

それに大学からの受験仲間がいないので孤独だっただろうな。


それからお互いに近況を話して電話を切りました。

こういう人から連絡をいただくと

俺もがんばらなくちゃ

と思ってしまいます。

今朝起きて新聞を読むと司法試験の結果が発表されています。

馬鹿な私は

「そうか。発表は昨日だったのか」

と思った次第です。

てっきり1週間か1ヶ月前に発表されていたのかと思っていたのです。

しかし、弁護士になるのか。

日本の弁護士は依頼人にとっては敷居が高い。

これが最大の難点です。

それに弁護士を多くすると弁護士人口が過剰になってやっていけるのかという問題も起こりそうです。

私が昔何かで読んだ記憶では日本の弁護士の平均年収は400万円程度だそうです。

要するに開店休業状態の弁護士もたくさんいるということなのでしょうか。

卒業生のおかげで今朝はこんなことまで考えてしまいました。

空は晴れ上がり気持ちのいい一日でした。

職場に向いました。

夕方は校舎を移動して仕事です。

帰宅して夕食です。

イチローの記事を読みました。


i守備に秀でた選手に贈られるア・リーグのゴールドグラブ賞が13日発表され、
外野手部門でイチロー(マリナーズ)が2年連続2度目の受賞を果たした。マリナーズからはイチローのほか、オルルード一塁手、ブーン二塁手が選ばれた。捕手のB・モリーナ(エンゼルス)は、I・ロドリゲス(レンジャーズ)の11年連続受賞を阻み、遊撃手のA・ロドリゲス(レンジャーズ)とともに初受賞。

イチロー、二年連続ゴールドグラブ賞おめでとう

俺もがんばらなくっちゃ

ということを忘れないようにしようと思っています。


11月13日 (水) 陽の当たらない坂道


日米野球、イチローやっと初安打を打ちました。

4打数1安打、阪神井川の球を左翼線に二塁打、初打点。

何はともあれよかった、よかった。

今朝は7時半に起床。9時に家を出ました。

職場から派遣されて高校への講演です。

この高校が伊香保の近くにあります。

車で1時間はかかります。

途中走りながら久しぶりにカーラジオを聞こうとしました。

スイッチを押してもただ

「ガーガ―ビービー」

唸るだけであきらめました。

カーラジオの調整の仕方がわかりません。

目的の高校に行くには渋川駅の近くから伊香保への坂道を登るのは知っていました。

しかし、道を間違え途中から坂を降り車でウロウロしました。

まっすぐに目的地に車で着いたことがありません。

まったく私の人生そっくりです。

文化会館というところで人に道を尋ねやっとたどり着きました。

しかし、急勾配な坂道です。

この坂道を上り詰めると伊香保温泉です。

講演が終ったら伊香保温泉でも行って湯に使って酒でも飲んでうまい物を食べ・・・・

と考えても金も時間もありません。

この人生の陽の当たらない坂道を上り詰めたらそこに何があるのでしょうか。

と気取っても仕方がありません。


私は車だからいいのですが生徒は大変です。

40名の生徒の前で話しましたがまずこの坂を自転車で3年通うだけで凄いことだ。

もう部活よりも凄いエネルギーを使うのではないかと言いました。

私も高校生時代は列車通学と自転車通学の両方をしました。

しかし、自転車通学といっても所詮平坦地を
4キロほど走るだけです。

これが冬の風の強い坂となると学校に着くだけで一仕事でしょう。

一時間目は疲れでみんな寝ているんじゃないかと言いますと、

みんなニヤニヤしながら聞いています。

それで今度は今朝読んだ新聞の話をしました。

長野県の田中知事が県の職員の給与を8パーセントカットしようとしている。

年収500万の人なら1か月分の給与がなくなるようなもんだ。

公務員でこうなのだからみんなの親だって大変だ。

それでも大学に行かせようとしてくれているのだから少しは感謝しないと。

今東京の私立大学に進学すると4年間で1000万円近くかかるのだから。

と話をもっていきましたがどうもこのあたりから私はいつも不安になってまいります。

生徒が

「何の話をしているの」

という顔をし始めるからです。

こういう時に私は妄想が雲の如く湧いてきます。

「もしかしたらこの連中の親は年収2000万円くらいで軽井沢に別荘を持ちこの連中が帰宅すると召使が出てきて世話をしてくれ夜はロマネコンティを飲んで松阪牛を食べているのではないか・・・」

まさかと思いつつもしかするととも思ってしまいます。

多くの高校生がそうですが親の年収など全然知らない生徒が多いと思います。

それくらいわからせた方がいいと思います。

視聴覚教室というところで話しました。

マイク設備はあるのにマイクは壊れている。

最悪です。

いつもマイクを使って喋っているとこれが癖になってしまいます。

マイクがないと声帯が辛くて悲鳴をあげます。

時々、家で妻と話していてさえマイクを使いたくなります。

人間楽をすると体が覚えてしまい抵抗力がなくなるのでしょうか。

おかげで2時間近く喋ると喉がガラガラです。

昔は肉声で4キロ四方は届く声が出た(?)というのに。

これは白髪三千丈の類の話しですなあ。

それからまた1時間かけてドライブしていったん帰宅しました。

冷たい愛妻弁当を食べ始めたのは2時です。

食べ終わるともううとうとしています。

最近瞼が重くなるのが本当に早くなりました。

瞼の母が出てくる暇もありません。

炬燵に入ってトロトロしました。

それから夕方にまた車を運転して別な校舎にでかけて授業です。

休み時間に突然某週刊誌の編集記者より電話が入りました。

初めての方ですが取材電話です。

「後3ヶ月で東大に合格するには何をすべきか」

という凄いタイトルの記事の取材だそうです。

思わず笑いそうになりました。

まあ、丁寧には答えておきましたが。

それで帰宅するともうグッタリ。

車に乗っている方が長かった気がします。

もういくつ寝るとお正月

なんて考えていた時代が人生幸せなのかもしれません。

ああ、体を楽にしたいなあ。


11月12日 (火) 早くも50代(?)


昨日の日米野球またまたイチローは4打数0安打。

残念でした。

ただイチローの表情が一年前と違います。

やたら精悍になっている感じがしました。

いわゆる「プロの顔」というやつでしょうか。

今度こそヒットを打ってください。

神様・仏様・イチロー様。

がんばれイチロー。

昨夜は珍しく11時前に布団に入りました。

「おじゃまします」

と言って寝室に入っていくと妻が本を読みながらゲラゲラ笑いました。

笑いながら

「今日は早いのね」

と申します。

このなにげない・さりげない言葉を私が解読すると

・・どうして人が楽しく本を読んでいる時に邪魔をするのよ・・

ということです。

私も隣の布団で静かに読書を始めました。

あまりに静かになったので隣を見ました。

案の定、妻が眠ってしまっています。

妻の眠りにおちいる過程というのはそれこそマッハのスピードです。

普通の人なら眼を瞑ると考え事が浮んできてなかなか眠れないものです。

妻はそんなことはありません。

ですからいつも本は開いたまま電気スタンドはつけたままです。

知らない人が見ると心臓発作を起こしたのではないかと思うでしょう(?)

読書をしていたままの状態で眠っているのです。

私が電気スタンドを消す係りです。

この光景を見ながら昔子供たちが小さい頃を思い出しました。

外から帰ってくると子どものズボンやスカートが脱いだままの状態で部屋にあります。

こういう場合、よくギョッとしました。

もしかしたらそのままどこかに蒸発してしまったのではと思ってしまうのです。

あのギョッとする瞬間と妻の眠りはどこか似ています。

私も疲れていたのか昨夜はすぐに眠りました。

朝から職場です。

授業で日本人が挨拶とか根回しとかを大切にして重要な時間の投資だと思うのは終身雇用制度のせいだと書いている入試問題を解きました。

私はこの話に非常に興味がありましたが、生徒は全然興味がありません(?)

なぜ日本人が挨拶や根回しを大切にするのかという理由は終身雇用制度のせいだと著者は書いています。

終身雇用の場合、人はいやでもおうでも長期にわたって同僚たちとつきあっていかなくてはなりません。

相手に悪感情を持つとそれが必ずトラブルを起こすもとになります。

そういうことをあらかじめ予防するために挨拶とか根回しが大切になるのだと書いています。

ウ――――ム。

ほんまかいな。

説得力があるようなないような話であります。

この文章を読みながらふと昔を思い出して珍しく生徒に話しました。

私がまだ予備校講師になりたての頃のある日のことです。

私が授業をしていると一人遅れてきた女生徒がいました。

この生徒が散髪をしていたのです。

私はその生徒を観た瞬間思わず、

「おい、前の髪型のほうがよかったぜ」

と言いました。

ここには何の悪意もありません。

しかし、何が起こったのか。

恐るべきことが起こりました。

その女生徒がその場でワ――と泣き出したのです。

ウ―――ム。

参りました。

その時は本当に反省した次第です。

この話をすると生徒たちが笑っています。

「この男なら言いそうだ」

という顔をしております(?)

それで仕方なく最後に腹の中はどうでもいいからなんせ相手を褒めるんだよ。

「今度の髪型似合っているね」

「今日はきれいだねえ」

とか何でもいいから相手の変化をこちらが認知していることをわからせる。

そうすれば相手にとってもしかするとその日の生きる糧になるかもしれないから。

と、まあ、こういう風に偉そうに言いながら先日は女子職員に

「どうしたの、眼鏡、かえたの?」

と声を掛けますと相手がしばらく怪訝な顔をしてそれから

「もう、かえて一ヶ月になりますよ」

とのたまいました。

最悪、自ら墓穴を掘るというか。

口は災いの元。

ああ、私はどうして生きるのがこんなに下手なのか。

とその日は鬱になってしまいました。

人が他者とともに生きるのは本当に難しいものです。

午後に生徒が一人来て古典の先生に学習相談をしています。

50点満点の古典の問題がどうしても30台しかとれないんです」

と話しているので私が

「焦るなよ。俺なんかいつの間にやら50代だぜ」

と言いました。

古典の先生は笑ってくれましたが、生徒は

「先生、満点だったのですか」

と感動したように私の方を観ました。

ウ――ム。

ギャグ不発(泣)

今日は夜間部がないので早く帰宅できました。

このパソコンを打って酒を飲んで夕食を頂いて寝ます。


11月11日 (月) 銀紙の中味は(?)


昨夜は、さあ、いよいよイチローが登場。

日米野球を楽しみに観ましたが残念ながら4打数0安打。

残念無念、後一歩のところのあたりがあったのに。

まあ愚痴は言うまい。

イチローはヒットを打たなくとも存在感があります。

結局、プロ野球はそこで終り。

その後、偶然、フジテレビの「EZTV」を観ました。

森本毅郎がキャスターです。

中に歌舞伎役者の中村雀衛門という人が登場しました。

歌舞伎の女形だそうです。

82歳です(81歳だったかな)。

一年に300日舞台に立つそうです。

ジムで運動をして体を鍛えています。

「元気なジイサンだなあ」

と思ってみていました。

ところが最後に森本キャスターの横に座っているドジョウ髭のキャスターのおっちゃんが突然、

「私も彼が大谷友衛門の頃に映画で見てますからなあ」

とか言いました。

ビックリしたなあもう。

アレッ、大谷友衛門って聞いたことあるぞ。

と思い出して見ると私も小学生の頃に見た記憶があります。

確か「忍術地雷也」とかいう映画だったと覚えております。

かなり怪しい記憶ですが。

なんかナヨナヨした人だなあと思っていました。

もちろん地雷也役だったのですが、もともとが女形だったのかと納得しました。

それにしても私がその映画を観たのは10歳頃だったとすると大谷友衛門は30歳以上だったのか。

もっと若かったような気がしますが。

なんか歳が合わないなあと思いました。

そのうちに妻が

先に寝るからね」

と言い残して居間から消えました。

日曜日の夜はいつも昨日・今日と俺は何をしていたのだと鬱になります。

金曜の夜にはよし連休は充実して生きるぞ!

と思っていたのが、ああああああああ、と言っているうちに日曜の夜です。

情けない。

結局、布団の中で一時間ほど本を読んで1時に眠りました。

朝から出勤です。

車まで行くとフロントガラスに霜がおりています。

急いで家に戻り薬缶に湯を沸しそれをぶっ掛けて霜を取りました。

やはり昨夜は寒かったのか。

職場で昼休みに昼食を食べました。

妻がおにぎりを作ってくれていました。

それにゆで卵一つとみかんが一つ。

ゆで卵を食べようとして一緒に入れてくれた折りたたんだ銀紙を開きました。

何もありません(?)

開いた銀紙を裏表にして丁寧に見ました。

しかしやはり何もありません。

確かいつもゆで玉子にかける塩が入っているはずなのですか。

これは何かの判じ物なのか。

妻が私を試しているのではと一瞬思いました。

しかし、妻の頭になって考えて私もわかりました。

銀紙を妻が手にとった瞬間に銀紙の中には塩がもう入っているつもりになったのです。

この微妙な機微は結婚生活を長く続けないとなかなかわかりません。

また文章で説明してもわかりにくいところです。

妻よ、君のことなら私にはこんなことでもわかるようになったのだ。

これも君に対する愛あればこそだ(?)

夜間部です。

帰宅して妻に昼間の弁当の件を話すと

「あんた、何言っているの。確かに私は塩を入れたよ」

と申します。私も

「そうか、俺が見間違ったのかなあ」

と心にもないことを言って矛を収めました。

謙譲の美徳。

私も妻のお陰で大人になりました(?)

米を入れずに炊飯器を使う。

洗濯物を入れずに洗濯機を廻す。

水を入れずに湯たんぽを沸かす。

ただただ、こういうことがないことを祈っているだけであります。


11月10日 (日) ロボット三等兵を知っていますか


昨夜は日米親善野球がありました。

そこで久しぶりにイチローを見ようと思っていました。

ところが蓋をあけてみるとナンノコッチャ。

イチローが出場していません。

おいおいおい。

貴乃花の休場よりひどいぜ(?)

まあ、そんなことはないか。

お楽しみは今夜なのだ!

それにしても巨人は弱いねえ。

もしかして西武が挑めば勝てていたのでは(?)

まあ、江戸の敵を長崎で討つ類です。

驚いたのは入来が先発。

大リーグを舐めているのか。

誰だ、大リーグのレベルが落ちていると言っていたのは。

ボンズもジアンビも凄いの一語につきます。

ドームで観戦した人もテレビで観た人も

「松井は大リーグで大丈夫か」

と思ったのではないでしょうか。

ウ―――ム。

あのパワーに勝つのは大変だというのは私のようなど素人にもわかります。

今日は起きたのは珍しく8時半と遅くなりました。

この1、2年、眼を醒まして体を起こした直後は、歳のせいなのか、関節や膝が痛くて歩き方がギクシャクします。

それでパジャマのまま隣の居間にいき炬燵で新聞を読んでいる妻の前をわざと歩きながら

「ロボット三等兵になったみたいだ」

と言いました。

すると妻は

「ガッ、ハッ、ハッ、ハッ。そっくりよ」

と笑いました。

いまや私がギャグを言って笑いをとれるのは妻だけです(泣)

私はもうこのギャグを何回も妻の前で使っています。

このギャグだけには妻はいつも的確に(?)反応してくれます。

これで今日一日は夫婦円満にすごせます。

しかし、「ロボット三等兵」というマンガを読んでいたのは小学生のころでしょうか。

作者の名前は前谷惟光(?)っていったのかなあ。

なんて怪しくなっております。

朝はトーストとレタスをいただきました。

自分の個人的日記をつけました。

10時からNHKBS

「抑留された日本人、日中知られざる戦後史」

を観ました。

日中国交三十週記念の番組だったのでしょうか。

ドキュメント番組はやっぱりNHKがいいですね。

まず静かに観ることができます。

民放のわけのわからぬタレントが出てきて勝手に騒がれると観ているほうがしらけます。

ただ淡々とナレーションをしてくれる方が味があります。

それに昔は感情過多ではないナレーションのうまいアナウンサーが多かった気がします。

終戦後に中国東北部(旧満洲)にいた日本人の様々なグループが中国共産党に抑留されます。

これは国民党と共産党の内戦を反映しています。

共産党が東北部をまず支配するためには日本人の力が必要だったのです。

もちろん国民党側について国共内戦を闘った日本人もいます。

ソ連の日本人抑留と多少ニュファンスが違うのは給料もちゃんと払われ日本人側も多少の了解をして仕事に従事したことでしょうか。

それにしても中国空軍パイロットを養成したのは日本の軍人たちだったとは知りませんでした。

また国境内戦に従事していた日本の医師・看護婦の人々が人民解放軍とともに中国を縦断していたのも知りませんでした。

また中国の奥地の蘭州というところに至る鉄道を設計したのも日本人だとは知りませんでした。

知らないことばかりです。

しかし、今でもわからないのはどうして国民党が共産党に内戦で敗北したかということです。

国民党にはアメリカがついていました。

アメリカから支給された圧倒的近代兵器を持っていました。

それに当時のソ連のスターリンは毛沢東の異端的な共産主義を嫌って中国の正統政府は国民党政府だとして国民党と中ソ友好条約まで結んでいました。

それに中国共産党は何と言っても中国内部では少数勢力に過ぎませんでした。

国際的にも政治的にも軍事的にも圧倒的に国民党は有利だったはずです。

この手の本を読むと当時の蒋介石率いる国民党がひどく腐敗していた、それが最大の原因だとよく書いています。

しかし、どうしも、本当かよ、という気持ちがしてしまいます。

まあ、今の中国共産党はいい意味でも悪い意味でも中国自由民主党と名乗っても誰も世界の誰も驚かないような経済政策を取っています。

今更イデオロギー的に問題を語っても仕方がありませんが。

ただこの番組を見ながら一つだけ驚いたことがあります。

それは帰国できると思っていた日本人達が中国東北部の炭鉱で働かされます。

その作業効率を向上させるために中国共産党シンパの別な日本人達がやってきて日本人達に自己批判を迫ります。ただこのシンパの人たちは生産を向上させるために自分たちも自ら炭坑に入り必死で仕事をしたそうです。

このシンパの人たちのリーダーが「大塚有章」だと画面にクレジットが出てきましたのでビックリしました。

大塚有章という人は戦前有名だった経済学者の河上肇の義弟でした。

一応簡単な年表で調べましたが、1932年(昭和7年)川ア第百銀行大森支店にピストルで武装して現金を強奪したいわゆる大森ギャング事件を起こした当時の日本共産党員の一人です。

この事件自体が共産党に潜入していた特高警察のスパイの支持によるものでした。その後、中国に渡り満鉄調査部にいたのでしょうか。

戦後の中国の文化大革命の時には文化大革命を支持して日本共産党を除名になっているはずです。

長々と読者の皆さんの大して興味のない話を書いてきました。

昔から私はこの人の「未完の旅路」という本を読んでみたいと思っていました。

いまだに読んでいません。

昭和激動の時代の代表的人物の一人だと思っています。

昼食はまたまた「うどん焼き」

午後はパソコンをいじった後に妻が図書館から借りてきてくれた

「大衆文学大系 長谷川紳・土師清二」講談社

という分厚い本の中の「一本刀土俵入」を読みました。

想像していた以上に短いお話しでした。

関取の夢破れた駒形茂兵衛には泣かされました。

かくしてまた夜になりました。

長い日記になりました。

今夜のイチローの活躍を楽しみにしています。


11月9日 (土) 悪夢の「ディ・ジャ・ヴェ(既視症)」


木曜日の夜にNHKBS2本連続で映画がありました。

その映画を録画して昨夜は観ました。一本目は

「ディ・ジャ・ヴェ(既視症)」

という映画を見ました。

ドイツとどこかの合作映画でしたがこれが思わせぶりが凄い。

最初は何が始まるのか真剣に見ていました。

考古学者がある英雄の遺骨を発見。

これをあるジャーナリストがこの件を取材します。

そしてこの考古学者が本当の遺骨の頭骸骨を研究室に隠して持っていると思います。

そしてその死んだ英雄の足跡を追求していきます。

そのうちに何時の間に英雄が生きていた
16世紀の世界に自分がはまり込んでいく。

という筋立てです。

最初の10分ほどはどうなるのかとなかなか面白そうでした。

それで珍しく妻も身始めました。

ところが見れば見るほどまったく面白くなくなってきました。

私は途中でうんざりしてトイレに入りました。

そしてトイレから出てくると

なんと妻がビデオを早回ししているではありませんか。

私がいつも早回ししていると妻が

「あんた、何やっているのよ。もったいないわよ」

とこれまで1000回近く非難してきた妻が早回しをしているのです。

「この映画駄目だわ」

と妻は最後に言い残して布団の中に消えていきました。

決定的駄作の烙印です(?)

私は意地で(?)早回しにして最後にクレジットが出るまで見ました。

本当に絶望的に駄目な映画でした。

観客を舐めているのかよ!

監督の

観念肥大

思い込み
150パーセント

錯誤
200パーセント

娯楽性皆無

映画完成度零

観客無視

のひどい映画でした。

ただこの怒りでここまでタイプを打ってきました(笑)

実はこの後の「謎の要人悠々逃亡」という映画を見たかったのです。

それまでに体力的に消耗しきっていました。

もう午前1時半です。

それでも我慢して見ました。

「謎の要人悠々逃亡」
1961年のイギリス映画。監督ケン・アナキン。

確か「007」も1、2本取った監督ではないでしょうか。

この映画を半分まで見て眠りました。

それから朝起きて朝食を食べて最後までみました。

傑作でも名作でもありません。

「第17捕虜収容所」「大脱走」などのドイツ収容所でのイギリス軍捕虜がどう脱走するかというタイプの映画です。

私はこの手の映画ではダーグ・ボガード(?)が主演した「合言葉は勇気」という映画が好きでした。

「謎の要人悠々逃亡」もそれなりに面白い映画でした。

私が知っている俳優は一人もいませんでした。

しかし、職人監督が作るとやはり映画として違いますなあ。

もう映画の内容を書く気力はありません。

今朝は一人で散歩にでかけました。

セーターを着ていたので大丈夫だと思っていました。

これがまるでツンドラ地帯を散歩している寒さです。

冷たい風が吹いていました。

これが骨にしみとおります。

家から200メートルくらいの新築された家の前を通っていると

「こんにちは」「こんにちは」

と挨拶をされました。

そのおうちの子供のようです。

私は思わず三波春夫になったような気分になりました。

二人ともかわいい小学生のような女の子でした。

姉妹なのでしょう。

私は思わず知り合いかと思いましたがもちろん違いました。

私も

「こんにちは」

と挨拶を返しました。

通り過ぎようとするとその二人の子が手に石のような物を持っていました。

私は思わず引き返して

「それ蝋石(ろうせき)なの?」

と訊きました。

すると二人が

「ろうせきです」

と答えました。

「どこで売っているの」

と訊くと

「お土産さんで買ってきたの」

と答えました。

私はもっと話をしていたかったのですがそこでやめました。

ここまでならやさしい傷ついた(?)中年男
と美しい少女二人との心温まるふれあいでしょう。

しかし現実は過酷です(?)

私の眼鏡は偏光性フィルターがついているので冬の陽の強い時はレンズが真っ黒になります。

こんな眼鏡でかわいらしい女の子二人と話しているのは危険です(?)

サングラスを掛けたストーカーの中年男と間違えられてはかないません。

しかし、まだ「ろうせき」はあったのですね。

私が小学校の頃にはみんな「ろうせき」で道路なんかに絵を描いて遊んでものでした。

しかし、どうしてあの二人の女の子は私に挨拶してくれたのだろう。

もしかして転居してきて親に近所の人には挨拶するようにとでも言われたのでしょうか。

寒い風の中かわいい女の子二人に「こんにちは」と声を掛けられただけで私はウォームハートになっていました。

まさか私がいい男だったので思わず挨拶してしまった?

お前さんは究極の極楽トンボだよなあ。

すいません。

この日記にしかこういうことは書けませんので。

ところが帰宅すると昼食はまたまた先週と同じチャンポン。

もう休みの日はもう長崎に来ている気分です。

「長崎は今日も雨だった」

ではなくて

「我が家は今日もチャンポンだった」

午後パソコンをいじっていると何時の間にか夜です。

夜も飽きずによく来ます。

私も飽きずによくこの日記をつけています。

しかしまだあの悪夢のような

「ディ・ジャ・ヴェ(既視症)」

に対する怒りが消えません。

今日の夜は久しぶりにテレビでイチローの雄姿を見る予定です。


11月8日 (金) 俺もお前も枯れすすき(?)


昨夜は夕食後二階の子どもの部屋に入って本を探しました。

そこで一冊本を見つけて布団の中で飛ばし読みしました。

邪宗門(上)高橋和巳 新潮文庫

長男が買ったのか長女が買ったのかはたまた次男が買ったのかわかりません。

裏表紙に鉛筆で150と書いてあります。

150円のことですから古本屋で買ったのでしょう。

一時間くらい読みました。

主人公の千葉潔という名前も思い出しました。

もう30年近く前に読んだのでしょうか。

京都亀岡にある大本教をモデルに高橋和巳は「ひのもと救霊会」という宗教団体を創造します。

「ひのもと救霊会」の開祖と教祖のモデルは誰が見ても大本教の出口なおと出口王仁三郎です。

その信徒
100万を数える教団が崩壊していく過程を実にドラマチックに描いた小説です。

高橋和巳の長編小説は宗教・政治・革命・男女の愛・天皇制・同志愛・組織・・・・などなど、あらゆることがテンコ盛りなのが特徴です。

私の記憶では戦後教団は崩壊し主人公の千葉潔は絶食により餓死します(?)

オウム真理教が問題になった時に本屋で高橋和巳のこの「邪宗門」が並べられているのをみました。

本屋や出版社の気を見るに敏なことに驚きました。

しかし、売れたのでしょうか。

引きこもりになっている若者はこういう小説を読めば多少は世界が違って見えてくると思います。

高橋和巳は小説を書きながら京都大学文学部助教授になりました。

そして学園闘争の中で学生と大学当局の板ばさみとなり体を壊し若くして亡くなりました。

5月の連休の頃だった筈です。

私は知り合った美しい(?)女性と婚前旅行で奈良の吉野山へ行きました。

あれから今まで一緒に生きていようとは!

京都駅から新幹線に乗ろうとして夕刊を買いました。

その三面に高橋和巳の訃報が掲載されていました。

「エッ、死んだの!」

私はその時ひどく驚いたことをよく覚えています。

もう30年近い前の話です。

誰もが言っていることですが高橋和巳の小説は「述志の文学」なのでしょう。

「我が志を述べる」

小説よりも大説に近くなるのが高橋和巳の文学の特徴でした。

漢文調の文体は人を酔わせるものがありました。

「肉体的エロス」はありませんが「思想的エロス」はありました。

そこが最大の魅力だったのでしょう。

こういう小説を書く人はもう出てこない感じがします。


亡くなった時に評論家の吉本隆明が、

「長生きすれば漱石のような小説を書けたのに」

と哀悼していた記憶があります。

「邪宗門」を飛ばし読みしたお陰で午前1時頃に眠ろうとしながらなかなか寝付かれませんでした。

昔の思い出が走馬灯のように蘇ってまいります。

こういう時は本当に困るんですよね。

眠りたい頭の中に芋づる式に考え事が浮んできて。

起床7時半。

仕事に出かけようとしている妻に布団の中から

「風邪は大丈夫か」

と訊くと

「今日仕事をすれば、土・日と連休だから」

と嬉しそうに言いました。

私も妻に30分遅れて出勤です。

夕方は校舎を移動しました。車の中で一人芝居ならぬ「一人カラオケ大会」です。

いろいろな歌を歌いました。

ふと気がつくと自分で下のような歌を歌っているのに気づきました。

♪ 俺は河原の枯れすすき 

同じお前も枯れすすき 

どうせ二人はこの世では

花の咲かない枯れすすき


中学生のころにやたら愛唱していた歌です。

当時何を考えて生きていたのか我ながら薄気味悪くなってきます。

今になって思えばアブナイ中学生でした。


さてこの歌の題が思い出せません。

「枯れすすき」ではないしエ――――ト。

3時間後、帰りの車の中でやっと思い出したました。

「船頭小唄だ!」

まるでニュートンが万有引力を発見したような感動でした。

帰宅すると玄関に太った枯れすすきが立っていました。

腹の出た枯れすすきが尋ねます。

「今晩のご飯何なの」

太った枯れすすきが答えます。

「鮭のムニュエルよ」

ウ―――――ム。

なかなかオツな料理ですな。

しかしながら

♪ 死ぬも生きるのねえお前

水の流れになに変わろ


なんて境地には30年過ぎてもまだまだ無理です。

明日と明後日は妻も私も連休です。

そういう些細なことが心の支えになっている今日この頃であります。


11月7日 (木) 湯たんぽさまさま


今朝は起きると妻の風邪が少し治ったようなので安心しました。

昨夜は妻も私の指示に従い湯たんぽを入れて眠りました。

湯たんぽの効用は偉大です。

昔、私も電気毛布とか、電気炬燵を試しましたがみんな駄目でした。

電気炬燵と書きましたが、あの布団の中に入れる小さい箱のようなもので電気で温めるのを何と呼んでいたのでしょうか。

電気アンカ?

やっぱり電気炬燵でいいのか?

湯たんぽで温かくなった布団の入る時の気持ちよさというのはあれはなんでありましょうか。

極楽・極楽という気分です。

「湯たんぽ」を発明した人にノーベル化学賞を与えるべきです。

今日も秋晴れです。

また妻にセーターを出してくれというのを言い忘れました。

それで仕方なく自分でタンスの中を覗くとチャンとセーターが一番上にありました。

以心伝心?

何だ、妻も衣替えの準備はしていたのか。

この一週間寒い部屋で我慢していた自分がバカに思えました。

秋晴れの一日でした。

イチローが帰国しました。

日米野球などあまり真剣に観たことがありませんが今度は真剣に見ます。

がんばれイチロー!

久しぶりです。イチローのことを書くのは。

朝日新聞には社会人野球のシダックスのゼネラルマネージャー兼監督に就任した野村監督の記者会見が掲載されていました。

「私から野球を引けば何もない。この年でユニホームを着させて頂くことに感謝している」

と書かれていました。

味のある深みのある苦労人の言葉です。

がんばれ野村!

講演先で落とした財布が簡易書留で戻ってきました。

嬉しい限りです。

財布の裏側に貼り付けて子供たちと私のプリクラの写真は相変わらず光り輝いていました(?)

てめえらもイチローや野村に負けないようチャンと勉強しろよ。

今のは私の子どもたちに対する私の愛情溢れるエールです(?)

今日の夜の授業は休講です。

生徒たちが全員修学旅行に行ってしまったからです。

私は四国は香川県の丸亀高校の出身です。

男女共学高校です。

私は1966年に卒業しました。

現在はどうか知りません。

しかし、私の頃には何故か女子だけが修学旅行に行きました。

男子生徒には修学旅行はありませんでした。

当時の生徒同士の噂では、終戦直後に男女共学になって男女一緒に修学旅行に行ったところそこで不祥事があったそうです。

本当なのか嘘なのか単なる噂なのか責任は持てません。

この話を先日どこかのクラスでしたところみんな大笑いしていました。

不祥事を起こした生徒は何十年も後輩に迷惑をかけているわけであります(笑)。

どうせたいした事件ではなかったのでしょうが。

私の中学時代にはこういう事件もありました。

ある日、登校すると、正門の前にあった池にいた鯉が一匹もいなくなっています。

発見した生徒がみんなに伝えました。

それから様々な噂が生徒の間で飛び交いました。

学校側からは何の発表もありませんでした。

生徒の噂の中で私が最も信じた噂は以下のものです。

当時の校長先生は「赤鬼」という名前でした。

いつも顔が赤いのでこういう仇名をつけられていました。

酒が大好きで顔が酒焼けしていたのです。

この校長を先頭に酒好きの先生が池の鯉をとって鯉こくにして酒の肴にして食べたとの噂でした。

私は今でも「さもありなん」とこの噂を信じています。

私はこの校長を非難しているわけではありません。

何もかもがある意味で牧歌的だった時代を懐かしんでいるのであります。

今時、こんなことをすると校長先生はPTAや世論の袋叩きにあっているかもしれません。

子供が可愛がっていた鯉を殺して酒の肴にするなんて教育者として失格だ!

動物愛護精神はあるのか!

愛鯉精神はあるのか(笑)

全国愛鯉連盟(?)から告訴されるかもわかりません。

本当に生きにくい世の中になりました。

漱石の「ぼっちゃん」なんて今頃生きていると懲戒免職されますぜ。

わけのわからぬ「正義」が世の中を生きにくくしているのかもわかりません。

いつも正義面してファシズムはやってくる。

いつものように我ながら強引な結論ですな。


11月6日 (水)  妻なしでは生きていけない(?)


昨夜、帰宅した妻に志村正順の再婚の話をすると

「ハッ、ハッ、ハッ」

と一人で笑っていました。

それから

「きっと、あんたは長生きするわよ」

とのたまいました。

ウ―――ム。

どういう意味なんだ?

もしかしたら自分のほうが長生きする自信があるのか。

こうなると妻との長生き競争になるのでありましょうか。

湯たんぽ二日目でした。

文化や技術は進歩するともはや後退できない。

湯たんぽをいったん入れるともう湯たんぽなしではやっていけません。

人間足元がしっかりしていれば何とでも生きていけるのでしょう。

足を温まると確かに気持ちがいいものです。

というわけで昨日はぐっすり眠れました。

今朝は起きてからの朝食。

妻のつくってくれたサンドイッチ一切れ。

これで冷蔵庫の自家製の冷たい紅茶を飲めば早く食事ができます。

しかしさすがにこう寒くなるとそうはいきません。

コーヒーを沸かしていただきました。

新聞の群馬版を読んでいると見た顔の人の写真が掲載されています。

知人の高校の先生です。

県文学賞の評論部門を受賞していました。

この先生にはよく勤め先の高校の講演に呼ばれています。

しかし、お会いしても全然文学の話などしません。

職場でもきっとそういう話はしないのでしょう。

敬服するのみです。

それにこの人は手相見の名人です。

おめでとうございます、愛敬浩一先生。

それからパソコンで仕事をしました。

室内が寒くて涙です。

ジャケットを着ましたが何故か落ち着かない。

セーターを着たいのですがセーターがどこにあるかわかりません。

セーターを出してくれと妻に言おうと思いつつ一週間くらい忘れていました。

それで結局鼻水を流れてくる体たらくです。

午後に出勤しました。

先日、生徒が講師室に

「先生、先生のお蔭で模擬試験の成績が上がりました」

とわざわざ報告にきました。

こういう生徒は誤解をしているのでしょう。

勉強ができるようになるという経験は導くことは出来ても教えることはできません。

自信は自分の中からしか出てこないものなのでしょう。

こちらは自信を持って着実に勉強しろというしかありません。

夕方に校舎を移動して授業です。

帰宅しようとして外に出ると寒さが身にしみます。

これでまた上州の空っ風でも吹き荒れると大変です。

私も群馬県に住むようになって30年弱近くになります。、

その経験からしても、地球温暖化のせいか、

夏の雷も冬の空っ風も昔に比べてそれほどでもなくなりました。

これが自分の馴れでそう思っているのか現実にそうなのかがよくわかりません。

帰宅すると妻が風邪を引いております。

「だから湯たんぽを入れろと言っただろう」

と偉そうに言っておきました。

しかし、世の中の亭主というものは偉そうに言いながら、結構心の中では妻のことを心配しているものです。

私など妻が風邪をひいたりすると両翼をもぎ取られたイカロスのようなものです。

妻あっての私です。

妻なしでは私は生きていけません。

この日記でもこっそり読んで

「あの人もいいとこあるじゃん」

なんて思って元気になってくれればいいのですが。


11月5日 (火)  事実は小説よりも奇なり


昨夜は妻に

「今日から湯たんぽ入れるからね」

と言いました。

「ハッハッハッ、湯たんぽ? あんたいくらなんでも早すぎるわよ」

と申しましたが珍しく無視させていただきました。

疲れきっていたのでもう11時には布団に入りました。

湯たんぽが温かくて実に気持ちがよくなりました。

ところが気持ちがよくなりすぎて眠れません(?)

仕方なく枕元の本をとりました。

この時に眠ってしまっていたらというのは後の祭り。

今度こそぐっすり眠れたのにというのが私の人生です(泣)

毎晩後悔が山積みされていきます。

読んだ本は図書館から借りてきた

「志村正順のラジオ・デイズ」 尾崎義之 洋泉社

副題が<スポーツの語り部が伝えた昭和>です。

面白くて2時間くらい読みつづけました。

志村正順は戦前からのNHKの名アナウンサーです。

野球・相撲中継などラジオ放送とともに生きた人です。

私が昭和の名アナウンサーとして知っているのはこの本にも出てくる志村正順の先輩の和田信賢です。

しかし、私は志村正順のラジオ放送を聞いた記憶はあっても和田信賢の記憶はありません。

それからもう一人が竹脇昌作です。

竹脇昌作の渋くてメリハリのある声は映画館のニュース映画でよく聞いた記憶があります。

そして海外のニュースを見ているといつも竹脇昌作のテンポの早いスピーディーなナレーションを思い出します。

竹脇昌作は自殺してしまいましたが、その息子が俳優の竹脇無我です。

しかし、私がこの本を読んで本当に驚いたのは、志村正順が五十年仲良く連れ添ってきた奥様がお亡くなりになった日に昔NHKにいた時に知り合ったNHKの電話交換手をしていた女性から電話がかかってきたことです。

「こんな偶然あっていいのかよ」

この女性はアメリカ人の人と結婚していて日本に帰ってきていました。

ご主人のアメリカ人が亡くなりました。

その後、偶然、死んだと思っていた志村正順がテレビに出演していたということを知人から聞いてただ懐かしくて電話をしたそうです。

ところが二十年ぶりにした電話が志村正順の奥様が亡くなった日とは。

一ヵ月後に二人はデートして一年後に結婚します。

志村正順76歳。新しい奥様60歳。

昔、「人生はドラマだ」というテレビ番組がありました。

この話はドラマの上を行っています。

ウ―――ム。

この話を読んだ後、隣に眠っている妻の顔を思わずじっと見つめてしまいました。

それから俺も長生きしないととつくづく思いました(?)

睡眠時間が私の倍はある妻の方が長生きするか(?)

もし妻が先に亡くなったらその日は一日中電話番をしていないと(笑)

「人生真面目に生きていればきっといいことがあるんだ」

という確信をこの本を読んでいっそう深めました。

ウ――――ム、何かが違うな。

こう書きながらこんな素晴らしい本を読みながらこんな邪道な読み方をして著者の尾崎義之さん、それに志村正順さん、本当にすいません。

今朝は7時に起床。

車で職場に向かいました。

仕事中もずっと昨日の出来事で何かが気にかかっていました。

何だろうかと思いつつなかなか思い出せません。

夕方になって生徒の質問を受けながらやっと思い出しました。

立正大学で講演が終り、キャンパスの外までPTAの副会長の方と女性の方が送ってくれました。

それからお別れの時に副会長の方が私にさりげなく手を合わせていました。

その仕種が何かよくわからないままに別れました。

潜在意識の中でそのことがずっと気にかかっていたのでしょう。

あれは何だったのだろうかと。

その理由にやっと気づいた次第です。

あれは仏教式の挨拶だったのだ。

同時に天啓が閃き(?)そうか立正大学という名称は日蓮の「立正安国論」からとったのかと気づいた次第です。

ああ、私もチャンと手を合わせて応えるべきだったのに。

無知は恐ろしいと自分でつくづく思いました。

帰宅すると妻はまだ帰っておりません。

一日千秋の思いで待っている訳ではありません。

しかし、帰ってきたら志村正順の再婚の話をしよう。

これは敵に塩を贈る行為なのでしょうか(笑)


11月4日 (月)  財布はいづこ?


今日は6時半に起床。

食事を急いでいただいて高崎駅へ行きました。

7時半の新幹線で東京へ向いました。

先月に突然メールがきて立正大学から講演を依頼されていたのです。

東京で山の手線に乗り換え大崎駅へ。

大崎駅の改札口で立正大学キャリアサポートセンター課長という方と待ち合わせです。

メールに

「私は学生から立正大学の小沢一郎と呼ばれています」

と書いていました。

私はメールでその文章を呼んだ瞬間、一人で笑いました。

そして現実に大崎駅で向こうから歩いてくる男性の方を見て一瞬にしてこの人だとわかりました。

確かに小沢一郎そっくりです。

十分、小沢一郎の影武者ならできそうです(?)

と書きながらこの方には本当に感謝しております。

この方がある日書店で私の

「アホな就職で後悔させない法」

を読んで感動したとのことで講演を依頼されてきたのですから。

感謝感激であります。

その方の案内で駅から歩いて7分程度の立正大学へ向かいました。

講演は石橋湛山記念講堂という場所で行いました。

最初にパンフをみて驚いたのは石橋湛山が立正大学の学長をしていたことです。

石橋湛山と言えば国民の誰からも好かれた性格の政治家で総理大臣にもなりましたが、病気の為に退陣せざるをえなかった方です。

その記念講堂に300人近い父母の方が集まり「社会力アップ」というテーマで「父母のための就職講座」が開かれたのです。

私の与えられたタイトルは

「ぼんやりわが子に贈るサバイバル大作戦」(笑)

80分眼一杯喋りました。

ご父兄の皆様も54歳の三人の子供を持つ父親の切ない叫びに多少は共感していただけたようでした。

私の拙い話によく笑っていただけました。

終ってから関係者の皆様にご挨拶して記念講堂を出ました。

すると、今日は立正大学の二部の学生のこじんまりとした大学祭だそうです。

それで表のキャンパスに学生達がステージを作ってフォークソングを歌っています。

客席で親や学生がそれを聞いています。

私が驚いたのは

「アレッ、どっかで聞いた曲だな」

と思っていると何と

♪夕暮れに仰ぎみる我が家の灯・・・

という歌詞で有名な「マイブルーヘブン」だったのです。

これをギターにあわせやたらスローテンポで歌っていました。

リバイバルでもしているのかいな。

返りの道を急ぎました。

ところが大崎駅から東京駅についたところで札入れがないのに気づきました。

財布がない、オーマイゴッド!

東京駅のホームで必死でバッグの中を探しましたがありません。

それから人生は暗転、真っ暗です。

札入れにはお金が5千札で1枚、千円札で45枚ありました。

それに蔦屋のビデオレンタルカード。

ビック・カメラの割引カード。

それに今日いただいた名刺等など。

それよりも何よりもあの札入れには二年前の正月にゲーセンのプリクラで子供たち3人と撮った写真が貼ってあるのだ!

お互いにまだ若々しく夢と希望に輝いていた時代の私と子供たち(?)

気分はどん底。

行きはよいよい帰りは怖い(泣)


帰りの切符は事前に買っていました。

車のキーも別に持っていました。

しかし、それにしても何たることか。

疲れとイライラでやっと帰宅すると妻が出迎えてくれました。

妻がニヤニヤしているので私が思わず車から

「電話があったのか」

叫ぶと妻が

「電話があって財布を見つけたそうよ。それで宅急便で送ってくれるって」

言いました。

妻の話によると大学の掃除のオバサンが見つけてくれたそうです。

それですぐに先刻の課長さんが電話をくれたのです。

立正大学の掃除のおばさんありがとう!!!

私は心の中で感謝の気持ちで絶叫した次第です。

それで自宅で一休みして職場に出かけました。

今日は夜間部の授業です。

終了して帰宅してなにか今日は長い一日だったなあとつくづく思いました。


11月3日 (日)  今年の柿は大きい(?)


今日も8時に起床。

布団をたたみ押入れに放り込みました。

すると妻が

「天気がいいから布団を乾すからね」

と申します。

早く言ってくれればいいのに。

先週もこういうことがあったのでは。

朝食後、自分の個人的日記を1週間分まとめてつけました。

先日、図書館から借りてきた本をパラパラ読みました。

「戦中派虫けら日記」 山田風太郎  発行 未知谷

驚きました。

実に細かく日々のことをつけています。

太平洋戦争末期のことゆえ山田風太郎は遺書代わりに日記をつけていたのでしょうか。

この日記に比べ私の日記の事実に対するいい加減差はひどいものです。

今日も妻に日記をつけながら

「この日記も何でつけているのか。もうやめようかなあ」

と言いました。

妻は相手にもしてくれませんでしたが。

日記をつけおえてテレビを見ました。

955分から、日本テレビ 「波瀾万丈」

今日は元日活青春スターの沢本忠雄です。

川地民夫とか沢本忠雄とか藤竜也などは日活の若手助演陣でした。

久しぶりにテレビで見ました。

驚きました、その若々しさと67歳という年齢に。

全然テレビで見かけないなあと思っていました。

お芝居にずっと出ていたそうです。

話の最後に同じ日活の女優だった白木マリとの離婚の真相は?

というところでコマーシャルが入りました。

それでどういうことだったのかまったくの興味本位で見ようと思いました。

白木マリは当時の日活でたった一人と言っていいヴァンプ女優でした。

キャバレーやバーの場面になると必ずマダム・ホステス・踊り子役で登場してきました。

外見は実にフラッパーなのですが実は純情さを心に秘めた幸薄い役がドンピシャのはまり役でした。

ジョン・フォードの「荒野の決闘」に出てくるドク・ホリディーの恋人の酒場の踊り子チワワの役にそっくりです。

しかし、コマーシャルが終って沢本忠雄が

「離婚は男が悪いんですよ。みんな、男が悪いということにしておきましょう」

なんていうのに、おいおいおい、となりました。

すかされた気分です。

それにこんな言い方では誰もが女性が悪いと思うのではないでしょうか(?)

まあ、沢本忠雄はいい人なのでしょうし、離婚の原因もどうでもいいのです。

しかし、私にははっきり言ってひっかかりましたね。

テレビをそのままつけっぱなしにしていました。

すると今度は新劇俳優の江守徹が若い二人のタレント相手に喋っております。

新聞のテレビ欄を見ました。

「ムチャ修業」という奇天烈な題の番組です。

思わず続けてみてしまいました。

江守徹はテレビのバラエティー番組に出すぎではないかと思います。

しかし、やはり文学座で鍛えられてというか新劇俳優としての年季が違うのか。

その場の雰囲気を作るのがうまいものです。

「役者やのー」

という感じがします。

若い頃のエピソードで同じ新劇俳優だった奥さんのことを

「愛しているよ、愛しているよ」

と自分が言って、相手にも言って欲しいと思っていると、奥さんは

「私も同じよ」

というだけでそのことが残念だったなんて言っていました。

これには笑ってしまいました。

何か男のアホさ加減というか、純情さをついたエピソードのように思えます。

レストランなどに奥さんと行くと、注文を取りにきたウエイターなどに

「ぼく、この人を愛しているんだよ」

と奥さんの前で言うという話しにも笑ってしまいました。

私も出来ませんが、中年になってもこれくらいのことが言えれば確かに素晴らしい。

沢本忠雄と江守徹のお陰で日曜日の朝が楽しくなった次第です。

昼食はチャンポンでした。

食べ終わると、眼の前にヌッと「たい焼き」が二個出てまいりました。

まだあったかいたい焼きです。

「おい、おい、たい焼きがあるんだったら先に言ってよ」

と私が文句を言うと

「食べたくなければいいのよ。私がいただくから」

と申します。

ウ――――ム。

そういう問題じゃないんだなあ。

人間、物を食べると時には出てくる食べ物を理解しておかないとまずいんだよなあ。

チャンポンを食べながらこれを食べ終わると、次はたい焼きだと脳で考える所にいっそうの楽しみがあるのです。

ところが妻は自分はいつもそういう準備をしています。

しかし、私にはいつも不意打ちです。

「ああ、チャンポンをこんなによく食べたなあ」

と満腹感に浸っているところにタイ焼きよと言われてもそれは無理筋ですぜ。

そこのデリカシーが妻にはわかってもらえません。

そんなことをグチャグチャ言っても仕方がありません。

結局、黙ってタイ焼きをいただき、その後に駄菓子もいただきましたが。

しかし、こういう細かい日常の機微が結婚生活の豊かさや満足度を決定するかもしれません。

ホンマカイナ?

自信がないので一応自分で突っ込みを入れておきました。

午後は2時から妻と1時間みっちり散歩をしました。

風もつよくなく秋の日が射し絶好の散歩日よりでした。

近所に柿の木があり柿がたくさん実っていました。

「どうせ、ここの人も食べないだろうから、取っちぇ、取っちぇ」

といい加減なことを言っていました。

しかし、妻もさすがにそんなことはしません。

ところが1時間近く散歩をして戻って来ると何とおじさんが一人脚立に乗っかって柿をとってました。

近づいていくとおじさんが取りそこなった柿が二個落ちて私の足元に転がってきました。

私がその柿を拾って

「柿が落ちましたよ」

と言うと

「いいよ。あげるよ」

と申します。

そうかこういうのを「拾い物」というのかと思いました。

そのおじさんと少し話をしました。

「この柿にどれくらいなるんですか」

と私が聞きますと

「ウ――ン。400個か500個くらいかなあ。本当は剪定したら100個か200個にしかならないよ。ただ、剪定しないと二年に1回しかならないな。うちは農協に出しているわけでもないから剪定しないので今年はこんなになっているんだよ」

と説明してくれました。

へエエ、そうだったの。

私も無知蒙昧です。

ところが何を思ったか妻は

「道理で柿が大きいですね」

と言いました。

おじさんはキョトンとした顔をしています。

私は心の中で「あーあー」と思いました。

先週の日記に書いたと思いますが、妻が今年の柿は大きいわねと言ったのはこの柿の木を見てだったのです。

私がどうしてそんなことが言えるんだよと相手にしませんでした。

妻は一人でそのことにこだわっていたのです。

自己の意見にこだわるこの執拗さ(笑)。

散歩から帰ってお茶と柿をいただきました。

「大きい柿ね」

と妻はまだ一人で言っております。

ああー、桃栗三年柿八年。

後何回この言葉を聞かされるのか。


11月2日 (土)  夢が見れるだけ幸せです(?)


今朝は8時に起床。

昨日の肌寒い曇天の空と打って変わり秋晴れの快晴です。

新聞は「松井秀喜デー」状態です。

スポーツ欄も松井、三面も松井。

朝日新聞ははしゃぎ過ぎだぜ。

午前10時に家を出て高崎駅構内のホテルに向いました。

先日メールがあり東京の雑誌社が拙著のことで取材したいとのことです。

こういう時にいつも利用するロビーのラウンジで早めに待っていました。

20分、置いている雑誌でもゆっくり読んでいようと思ったからです。

ところがあにはからんやラウンジは混んでいました。

今日は大安なのか結婚式の出席者でラウンジは一杯です。

後から、帰宅して暦を見ると昨日が大安、今日は赤口でした。妻に

「なんだ、今日は大安ではなく『あかぐち』か」

と言いますと、妻が嬉しそうに

「ハッ、ハッ、ハッ、あんた、何言っているの。それは『しゃっこう』と読むのよ」

とのたまいます。

ハイハイ、また君のお陰で勉強させていただきました。

私は自分の無知に傷ついてばかりいます。

その傷に妻の塩を無理矢理擦り込むような物言い。

これが私の傷の痛みをもっとひどくします。

まあ、そんな話はさておき、ロビーで結婚式の出席者ばかりの話し声を聞いているうちに頭が痛くなってきました。

人は本当によく喋ります。

結婚式でお互い久しぶりに出遭った人が多かったからでしょうか。

約束の時間に二人の方が現われました。

一人が編集の方、この方が30歳。

一人がインタビューをまとめるライターの方。この方が37歳。

二人とも実にお若い。

場所をロビー内のレストランに移し話をしました。

食事を勧められました。

ホテルのレストランです。

食べたいのは山々でした。

よーし、絶対に自分の金では食べられない高いステーキでもいっちょう頼んでみるかと思いはしました。

しかし、朝食をいただいたのが9時です。

トースト二枚に卵焼きに卵スープに生レタス。

レタスに大量のマヨネーズをかけていただきました。

それにコーヒーです。

朝からお腹がびっくりしていたでしょう。

それにまだ朝方です、

心は空腹・腹は満腹。

絶対矛盾です。

頼むべきか断るべきか。

懊悩を繰り返すこと10秒(?)

テイクアウトできればなあとつくづく思いました。

考えることがいつもテイクアウトに帰着します。

結局、泣く泣く食事をお断りしてコーヒーにしました。

ただここで私がわからないことがあります。

私が食事を頼んだとします。

すると先方のお二人も食事をいただけたのではと思えるのです。

朝、東京から来たのだからおなかもすいているでしょう。

だから、こちらが食事を頼んでいれば向こうも救われたのかも。

と考えると何か失礼なことをしたような気もしてまいります。

「身を殺して仁をなす」

こういう時は食事を頼んでこちらも死ぬ思いで腹が爆発するまでいただく。

そうする方が礼儀にかなっていたのでありましょうか。

まあ、何を言っても後の祭り。

その後、お互いにコーヒー一杯で11時から1時まで喋りまくりました。

こういう異業種の若い皆さんと会ってお話をするとこちらも勉強になります。

健忘症に陥っていた頭がにわかに活性化するのが不思議です。

若いのには負けないぞという変な気持ちが発動するのでしょうか。

私はこういう気持ちを

「老人逆バネ」

と呼んでいます。

インタビューで最終的に問題になったのは

「子供を私立大学に進学させると1000万近くかかるけれど、例えば父親がお小遣い3万円を1万円にしてまで爪に灯をともす思いをして進学させる価値があるのか」

ということでした。

私は以下のように答えました。

「ありますよ。進学というのは親子で一緒に参加しているギャンブルなんですよ。成功しようと失敗しようと一緒に参加しているということに意義があるんです。大学に行って子供が出世するなんて考えている親は時代錯誤をしているだけです。それに、子供に投資した金額が自分に帰ってくるか帰ってこないかだけのレベルで考えると資本家になってしまいます。金のかかる夢を見ていると思えばいいんです。そのために父親の小遣いが減ろうがたいしたことはありません。人間、夢がある限り、人生、貧しくても楽しいものですよ。それに夢がある限り死にはしません。しかし、夢は最後は裏切られます。それでも、その裏切られるギリギリまで楽しい夢を見れればそれはそれで幸せではありませんか。こんなことは人生にはなかなかないことですよ。子供は子供でそんな親を見ていればきっと何かを悟ります。親が間違ってはならないのは、人生は、今日のボンクラが10年後の天才。今日の親不幸な息子が10年後の親孝行な息子に化けるという可変性に満ちているということですよ。そして最後はどうなるのか、

自分が死ぬ時に自分の子供はいい子供たちだったと思えるか思えないかだけでしょう。

それ以外は自分の子供がいい子か悪い子か誰も保証の限りではないでしょう。ただ、私は個人的には子どもに投資した金額は回収させてもらうつもりですが」

1時に

「今度このインタビューのゲラを送らせていただきます」

という先方の言葉を聞いて駅の構内でお別れしました。

その後、図書館に回りました。

図書館も人で一杯でした。

何かお腹がすいて頭がフラフラしています。

帰宅したら2時半です。

「昼食は何でもいいよ」

と言って家を出てきていました。

食卓に待っていたのはまたまた先日の土曜日にいただいた

「手作りの太巻き」

であります。

学校の給食のように単純なローテーションの献立で食べているようです。

「この太巻き、けっこうおいしいわね」

という妻の言葉を否定することもできません。

こういう自画自賛の場合は私が他画他賛しないとご機嫌が悪くなります。

「おいしいじゃない」

と力なく答えました。

食べ終わって図書館から借りてきたビデオを観ました。

「黒の報告書」 大映映画  増村保造監督。

大映は「黒の試走車」で当ててからこのシリーズを作っていました。

原作 佐賀潜。この名前もトンと聞かなくなりました。

主演が 宇津井健・小沢栄太郎・高松英郎・神山繁・殿山泰司・叶順子。

1963年の制作です。

私は久しぶりに叶順子の姿を見ました。当時の大映を代表する美人女優でしたが、映画の衰退のせいか、はたまた、個人的理由からなのかいつのまにか銀幕から姿を消してしまいました。

驚くべきことは殿山泰司はまだこの頃には頭髪がまだ残っていたことです。

この映画を見ながら座椅子でウトウトし始め、夢うつつの中で見てしまいました。

それでも終りまで見ました。

すると、もう、日はとっぷりと暮れています。

秋の日は陽がつるべおとしに沈んでいきます。

昼間見た群馬の空はもう秋ではなく冬のようでありました。


11月1日 (金)  がんばれ金森栄治!


昨夜は遅く帰ってきて日記を書いて転送。

それから風呂に入って夕食。

おかずは薩摩芋の天麩羅にじゃが芋の煮付け。

-―――ム。

芋地獄。

「芋ばっかりじゃないか」

珍しく文句を言うと

「なに贅沢を言っているのよ。昔は芋も貴重だったのよ」

と反撃されました。

今は終戦直後じゃないぜと思いつつ、もうそれだけで何も言い返せません。

昔欠食児童だった二人が結婚するとろくなことはありません。

ふと、小学生の頃、近くの八百屋に竹のように立っていたさとうきびを一本5円で買って路地裏で一人でその幹に齧りつきその甘い砂糖の味に感動したことを思い出しました。

そのことを思い出しただけで眼がウルウルしてまいります。

しかし、この歳になって10
時も過ぎて芋ばかりとはさすがに体が澱粉になってしまいます。

すると妻が気をしたのか納豆の海苔揚げを作ってくれました。

妻よ、君は本当に偉い女性です。

私が元気で生きているのも貴女のお陰です(?)

しかし、やっぱり芋と納豆では食べ過ぎ状況になりました。

布団に入り12時半に眠りました。

起床すると11月の最初の朝です。

肌寒い雨がパラパラと降っています。

西武ライオンズの涙の雨でありましょうか。

勝負の世界は残酷です。

朝刊を見ると次の記事が出ております。

西武が金森打撃コーチを解雇 シリーズの不振も一因

西武は31日、金森栄治打撃コーチに対し、来季の契約を結ばないと通告した。球団側は「日本シリーズの打撃不振も解雇の一因」と説明した。西武OBの金森コーチは、ヤクルトのコーチを経て、昨季から西武へ戻り、和田や小関ら中軸を担う選手を育てた。昨季リーグ5位だったチーム打率を、今季1位に押し上げ、4年ぶりのリーグ優勝に貢献した。

おいおいおい、これは一因ではなく主因じゃないかよ。

金森といえば小柄な体躯でプロ野球選手としてがんばった努力の人ではないですか。

苦労して選手を育てて日本シリーズのたった4試合で解雇されるとは。

誰か偉い方の鶴の一声で決まったのでありましょうか。

確か第四戦はその方は西武球場で観戦していた筈ですから。

おいおい、それは西武の堤義明オーナ―のことを言っているのかよ。

いえ、私はそういうことは言っていません。

誰か偉い方と言えば堤オーナーしかいないじゃないか。

それはあなたの意見であって私の意見ではありません。

おい、はっきりしろよ、はっきりと。

いや、私は無責任なことは言えませんので・・・・

バカなことを書いても仕方がありません。

しかしとかげの尻尾切りなんて恐ろしいよ。

新天地でがんばれ、金森栄治!

職場に出かけて仕事です。

雨がショポショポ降っています。

夕方はその雨の中を別な校舎で移動です。

帰宅すると9時近くなっています。

夕刊に巨人の松井が大リーグに行くとデカデカと出ております。

朝日の夕刊は一面半分をぶち抜きです。

もしかしたら対読売戦略として喜んでいるのか(?)


遂に巨人さえもこういう状態になってしまいました。

日本のプロ野球も根本的に考え直さなくてはならないのかもしれません。

まあ、私はアンチ巨人です。

巨人が負ければそれでいいのですが。

それでもプロ野球が崩壊してしまうと生きていく楽しみがなくなります。

何とかしろよ、プロ野球関係者。

読者の皆様、もう11月になりました。

これからもこの日記続けてまいりますのでよろしく御願い申しあげます。

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