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たそがれ日記

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12月31日 (火) 来年が皆様によいお年でありますように


今年最後の日記であります。

よくぞ続いたものよ。

我ながら不思議になります。

日記を書くことが自己目的化しているのか?

日記を書くことが迷える羊の心の支えになっているのか?

妻がこの一年何度も申しました。

「あんた、よく飽きないわよね」

ウ――ム。

この日記を続けないと武士の一分が立たぬ?

ほんまか。

・・馬鹿な男ね・・・

・・もっとお金になることしたら・・・

・・そんな暇があれば家事でも手伝え・・・

という妻の心の声が聞こえてきそうであります。

私の妻に対する深い深い愛情は永久に通じないのでありましょう(?)

ああ、この大宇宙にポツンと生存することの孤独と悲哀(?)

昨夜は長男が帰省しました。

夕食はちらし寿司です。

病気も回復してステロイドは服用していないそうです。

薬の服用によるムーンフェース状態は消えホッとしました。

今は何でも一応食べていいそうです。

夕食を食べながら妻が明るくペラペラ喋っています。

母性全開。

妻の勢いに私はタジタジ。

父性全壊。

食事中だというのに長男が申します。

「動物学の授業で講師が誰か羊の解剖をしたい奴がいるかと言ったんだよ。俺なんかゲェーとなったぜ。さすがに誰もやるとは言わなかったけれど」

ちらし寿司をいただきながら妻も私もゲェーとなりました。

食後、いつものように何の話をするでもなく長男は二階に消えていきました。

妻はさっさと寝る支度です。

仕方なく私は一人でテレビをみました。

12チャンネル東京テレビの

「壬生義士伝〜新撰組で一番強かった男」

最終回です。

今回はきちんと見ました。

しかし、長かった。

鳥羽伏見の戦いで幕府軍も新撰組は敗北。

主人公の吉村貫一郎が戦死するのかとおもっていたら

京都(大阪?)の盛岡藩の藩邸に逃げ込みます。

そこで無理腹を切らされてしまいます。

さあ、ここで今までのダイジェストをして終わりか。

と思っていたら盛岡藩の場面になりこれが延々続きます。

さてこれで終わりかと思っていると、まだ続きます。

吉村貫一郎の長男が津軽海峡を一人で渡ります。

そこで五稜郭の戦闘に参加。

土方歳三も登場して盛岡に引き揚げるように説得します。

それでも残り最後は戦死。

ご丁寧に視聴者サービスなのでしょうか。

政府軍の参謀黒田清隆が登場し長男に自決用のピストルを渡します。

いよいよこれで終わりかと思っていました。

すると今度は再び盛岡に戻って、次男が新潟の豪商に預けられます。

この場面が続きます。

よかった、よかったと思っているとまだ続きます。

突然舞台が東京帝国大学農学部の教室になります。

この次男が東京帝国大学の教授になっています。

そして稲の品種改良をおこなっているのです。

最後に汽車で盛岡に帰るところで映画は終ります。

長かった。

しかし、最近のチャンバラドラマでは出色の出来だったのでしょう。

面白かったことは間違いありません。

このテレビドラマが東京テレビと松竹の協力制作だというでした。

松竹は中井貴一主演で別な「壬生義士伝」を既に制作したそうです。

おいおいおい。

客が金を出して見に行くかなあ(?)

そのまま布団に入って眠りました。

起床7時半。

朝食後、家族で無駄話。

920分に満を持していた私は車で出発。

ビデオレンタルの蔦屋に向かいました。

今日は火曜日です。

レンタルビデオ1190円の日です。

それに大晦日。

予定通りでした。

到着940分。

駐車場はあいていました。

しかしみるみる満車になりました。

店の前には長蛇の列。

とは言っても30人ほどか。

開店と同時に私も突入。

お目当ての棚に向かいました。

しかし、しかし、こはいかに。

ナンタルサンタルチア。

例の「トリック」1〜4まで30本近くのカラケースあるのみ。

全部貸し出しされています。

ガックリとなりました。

虚しく引き揚げました。

帰宅してビデオに録画した

「幾山河は越えたれど 昭和のこころ 古賀政男 後編」主演 渥美清

を見ました。

やっぱりドラマの作り方がヘタクソです。

主演の渥美清がかわいそうです。

ドラマの最後に歌手が出てきて古賀政男のことを語ります。

その中で美空ひばりが「悲しい酒」を歌いました。

私はこの歌は名曲だとは思っていません。

しかし、悲しいですなあ。

この歌を美空ひばりが歌うと。

美空ひばりの不幸だった個人史が浮んでくるようであります。

それから職場に顔を出しました。

帰宅して昼食は昨日の残りのちらし寿司。

座椅子で今年最後の昼寝をしました。

夜、いよいよ授業に出発です。

はてさてこの日記の読者の皆様、一年間本当にありがとうございました。

何のために、誰にために、書いているかわからない日記でありました。

私もこれを書くことによって根気と忍耐力を養った気がいたします(?)

どうかよいお年をお迎えください。

ではまたあした。


12月30日 (月) ならぬ堪忍 するが堪忍


起床7時。

今日もまた授業であります。

♪線路は続くよ どこまでも・・・・

という歌がありましたが

♪ 授業は続くよ どこまでも・・・・

であります。

車が通らぬゴーストタウンのような街を職場に向かいました。

午前中で授業が終了。

帰りに「ブック・オフ」へ寄ろうかと思いました。

しかし子供が帰ってくるとまた行かなくてはならないのでやめました。

帰宅して昼食はチャンポンと炒飯。

食後に昨日ビデオに取っておいた「NHKアーカイブス」を見ました。

「幾山河は越えたれど 昭和のこころ 古賀政男 前編」主演 渥美清

見初めて完全なドラマではないことに気付きました。

作り方がかったるい。

それでも最後まで見ました。

民放で放映した片岡鶴太郎主演の古賀政男の伝記ドラマの方が面白かったような気がします。

それからそれと混同しているのかもしれませんが映画監督の鈴木清順がレポートしたやはり古賀政男のゆかりの地を紀行した番組の方がよかったのではとも思いました。

私が小学校の頃に父がプレーヤーというのを買ってきました。

それでその時に父が買ってきたドーナツ版のレコードを私は繰り返し繰り返し聞いていました。

その時のドーナツ版のレコードは2枚ありました。

一枚が古賀政男メロディー。

「影を慕いて」「丘を越えて」「酒は涙か溜息か」「サーカスの歌」

が入っていたように憶えています。

もう一枚が映画音楽。

「第三の男」「ハ十日間世界一周」「ラ・クンパルシータ」

「ラ・クンパルシータ」というタンゴの古典が入っているのがどこかおかしい気もします。

私はこの2枚のレコードを擦り切れるまで聞いたような記憶があります。

それで古賀政男の音楽が好きになったのでしょうか。

古賀政男の伝記も読みました。

何故か妻も古賀政男の伝記は読んでいます。

古賀政男は本当に孤独な人でした。

レコードが売れて売れっ子作曲家になりながらも世俗の成功、失敗を超えたところで孤独だったのではないかと思います。

この役をまた若い時からの病魔に苦しめられていた渥美清が演じるのです。

ドラマとして盛り上がるはずがこの作り方では全然駄目ですなあ。

ただただ古賀政男の美しいメロデイーと登場する古賀政男のファンである戦争中の苦労話に聞き入っていました。

ところが私の向かいで我が妻は食後だというのにまたまたせんべいをボリボリと食べております。

♪幻の影を慕いて雨に日に月にやるせぬわが思い・・・・

という曲をうっとりと夫が聴いている時に

せんべいボリボリ。

夫の叙情的な想いを妻の堅牢な歯が噛み砕いていく!

あまつさえ「影を慕いて」を渥美清が歌っていると

「男の人が好きになりそうな歌ねえ」

と申します。

そしてまたせんべいボリボリ。

何という男の純情がわからぬ妻でありましょうか。

私も堪忍袋の緒が切れました。

我が家の狭い居間が江戸城松の廊下に思えました。

浅野内匠頭長矩が、吉良上野介義央に斬りかかった心境がしみじみとわかりました。

思わず静かな声で妻を諭しました。

「いつものように昼寝したらどうだい」

最大限に譲歩した言葉であります。

しかし、馬耳東風。

猫に小判。

暖簾に腕押し。

糠に釘。

豚に真珠。

釈迦に説法。

これは違うか。

「今日は眠くないわよ」

とニベもないお言葉であります。

そしてまたせんべいボリボリ。

動かざるごと山のごとし。

私は私で、ならぬ堪忍、するが堪忍。

しばらくすると妻が

「あんた、私、買い物に行ってくるから」

と言って出かけていきました。

不思議なものです。

妻がいなくなった途端にドラマが名作に思えてきました。

今日も後編をビデオに録画しなくてはなりません。

見終わって自分の個人的日記を一週間分つけました。

そう言えば一昨日・昨日と12チャンネル東京テレビの

「壬生義士伝〜新撰組で一番強かった男」

と飛ばし飛ばし見ました。

これは今年の正月の東京テレビの12時間時代劇の再放送なのでしょうか。

私はチャンバラ映画が好きです。

それで毎年最初は見るのですがあまりにチャチなその作り方にいつも騙された騙されたと思っておりました。

しかし、この映画はちょっと違いましたね。

渡辺謙・竹中直人・柄本明・伊原剛志・萩原流行・六平直政

などの新撰組の役をしている連中がそれぞれ感じが出ていました。

ああ、ビデオをとっておけばよかったと思いましたが後の祭り。

それから重要な仕事に取り掛かりました。

インターネットの「お気に入り」に登録している怪しいページをみんな削除しました。

子供たちが帰ってきた時に私のパソコンをいつもいじります。

その時に「お気に入り」に変なホームページが入っていると妻に密告される恐れがあります。

いや密告されずともそのようなHPを私が見ているなどと誤解されます(?)

それでは父親としての権威が崩壊します。

父親は常に「清く正しく美しい父親」役を演じなければならないのです。


父親は辛いものです(?)

備えあれば憂いなし。

てなことをゴタゴタしているうちに夜が来て高崎駅から電話がありました。

長男が駅にご到着になったそうです。

おそれ多くも私が車でお迎えに参上しました。

金食い虫1号、半年ぶりのご帰還であります。


12月29日 (日) 鏡餅はいづこにありや


今朝は7時に起床。

よく眠ったような眠らないような。

寝るタイミングというのは実に難しい。

昨夜は夕食後ぼんやりとして10時に布団に入りました。

これが早すぎました。

30分ほど読書をして眠ってしまいました。

すると3時ごろに目が醒めてしまいました。

それで布団から出て居間にきてパソコンの前に座りました。

これがいけません。

めっけものだったのはせめてウィスキーを飲まなかったことでありましょう。

こういう時にウィスキーをチビチビ飲みながらこの一年を振り返る。

深夜に中年男が越し方過ぎし日々を振り返るのは実に誘惑的であります。

しかし、次の日が二日酔い気味になっていけません。

それで自制しました。

1時間ほどしてまた布団に入って眠りました。

長く眠ったような気もします。

朝、空いた道路を職場に向かいました。

授業は教室のマイクの調子が悪く一発で声が枯れてしまいました。

午後に帰宅しました。

午前中は仕事にでかけこれで今年の仕事は終った妻が帰っていました。

昼食はキツネうどんと冷や飯です。

このうどん玉は四国の実家から送ってきました。

今年は香川県は「さぬきうどんブーム」だったそうです。

品切れ店が続出しそれで送るのが遅くなったと実家の母が言っていました。

なるほど、宅急便で送ってきた箱を見るといつものとは違います。

それでもいただくといつもの年と同じ味がしました。

お腹いっぱいいただきました。

午後は炬燵の中で妻と仲良く昼寝です。

昼寝が終って二階に行きました。

もう図書館もしまっているので二階の子供達の部屋で本を探しました。

私の本も居間においておくと邪魔になるので子供の部屋に居候しています。

その中の一冊に眼がとまり一時間ほど読みました。

「スターリン時代・・・元ソヴィエト諜報機関長の記録 第2版」

みずす書房 著者 ウオルター・クリブィッキー 訳者 根岸隆夫

この本について私はこの日記のどこかに書いたようにも思いますがもう一度書いておきます。

この本は私は二度程読み通した記憶があります。

巻末に著者略歴が書かれています。

ウォルター・クリブツキー 1999年6月28日、西ウクライナのドヴォルズに生まれる。本名はサミエル・ギンズブルグ。1917年のロシア革命に参加。19年共産党に入党。20年ポーランド戦役で諜報活動に従事。2123年赤軍参謀本部第二・第三課勤務。23年ドイツで地下活動。25年赤軍参謀本部第四部第三課ヨーロッパ班長。33年モスクワの軍需研究所所長。35年赤軍から秘密警察諜報部に転籍。オランダのハーグを拠点に活動す。3710月パリに亡命。11月アメリカに移住。401月イギリス諜報部の尋問に応じるためロンドンに行く。41210日ワシントンで死去。

となっています。

ワシントンの安宿で自殺したとアメリカの警察は発表しています。

しかしスターリンの秘密警察に殺害されたとも言われています。

クリブツキーは少年の頃よりソ連の未来を信じ活動をしながら最後にはスターリン体制と訣別して亡命を選びました。

この本は1939年にニューヨークとロンドンで出版されています。

この本はソ連のまたスターリン時代の真実を暴露した先駆的な本であることは疑いのない事実です。

まだスターリンは粛清を続けていたのですから。

本書の訳者解説に美しい言葉があります。

「人が人にとっては狼でない世界」

これがロシア共産主義の夢見たものでしょう。

しかしその行き着く果ては何千万人というロシアの人々の粛清であり処刑であり餓死であり流刑でありそして密告だったのです。

この本から得た私の教訓はといえば

「美しい言葉ほど美しい理念ほど危険なものはない」

という貧しく他愛もない結論です。

それは現代の世界にも十分当てはまるでしょう。

私はこの本の訳者の根岸隆男という人にも興味を持っています。

根岸隆夫 1932520日東京に生まれる。フランス国立政治学院、高等学術研究院に留学。欧州現代政治史と政治思想史を研究。訳書にトロツキー「テロリズムと共産主義」(現代思潮社、1960年)など。

と書かれているだけです。

私はこの人の名をこの本以外の新聞・テレビ・雑誌で見たことがありません。

この本の訳者解説の一部を引用します。

「・・・略・・・この内外の書を読み漁ったのは、次の疑問への答を探していたからである。それは私が目撃した敗戦後の満洲で暴行略奪をほしいままにするソ連軍兵士の姿であった。いったいソ連とは何か、共産主義とは何かという疑問である。更には人間による人間の搾取を廃絶し、人が人にとって狼では世界を建設するという美しい理想を掲げて十月革命を準備し遂行したブハーリン・ジノヴィエフたちコサンボルシェヴェキ、「人民の敵」、ナチス・ドイツ、英国、日本などのスパイだという途方もない自白をした上処刑されたのは何故かという疑問につながる・・・略・・・・」

いつもの私に似つかぬ硬い話になってしまいました。

妻が子供たちに帰省するのか杜云う電話を掛けています。

長女正月には帰らず。

長男は明日帰ってくることになりました。

どういう風の吹き回しなのか。

次男は連絡がとれません。

子供が帰ってきたら妻の一オクターブ甲高い声のおしゃべりも聞けます(?)

私は正直言ってまったく正月気分がしていません。

妻に尋ねました。

「鏡餅は買ってあるのか」

妻が不思議そうに私に言います。

「あんた、もうぼけているの。あるじゃない眼の前に」

「・・・・・・・?」

「どこを見ているのよ。テレビの上よ」

ありました。

確かにテレビの上に。

気がつきませんでした。

そのあまりの小ささのために。

鏡餅というのを認識できるのはただ二段に置いたお餅の上に蜜柑と寿の飾りがあるからです。

鏡餅というのは一定以上の大きさがないと鏡餅とは言わないのでは(?)

「小さいなあ!」

と私が思わず

言いますと

「バブルはとっくの昔にはじけたのよ」

と申します。

まるで私の罪であるかのように(泣)

この数年我が家の鏡餅は縮んでいく一方であります(泣)

「縮みゆく鏡餅」

スティーブン・キングの世界かよ。


12月28日 (土) 女の顔は履歴書(?)


昨夜は夕食後ビデオに録画しておいた映画「顔」を見ました。

26日にTBSが「年末映画スペシャル」として放映した映画です。

「顔」松竹映画 監督 阪本順治 脚本 阪本順治 宇野イサム

主演 藤山直美 佐藤浩市 豊川悦司 中村勘九郎 岸部一徳 國村隼 牧瀬理恵 大楠道代

渡辺美紗子 内田春菊 早乙女愛

映画を見終わっておぼろげな記憶ながら思い出した映画があります。

今村昌平監督の日活映画「赤い殺意」です。

記憶で書いていますが、主演が春川ますみ、西村晃 露口茂。

藤山直美が何かこの映画の春川ますみにだぶって見えました。

太り気味でどんくさくて内向的で社会的におとなしい女性がいったん犯罪に手を染めると

・・・・菩薩が夜叉に変貌。

てな感じですか。

それにしても主演の女優が他の俳優をこれだけ食いまくった映画は珍しい。

藤山直美の圧倒的存在感。

これを見せられるとテレビのバラエティー番組なんて見るのが馬鹿馬鹿しくなります。

今やこの映画の藤山直美に対抗できるのはボブ・サップだけです。

なんのこっちゃ?

藤山直美はまことに父親の藤山寛美のクローンであります。

この映画で演技開眼。

なんていうよりもうピークを迎えてしまった。

そんあ充足感を見る者に与えてしまいます。

この映画は1999年の制作となっています。

その後、藤山直美がどのような映画に出演しているのか私は知りません。

しかし、これから出演する映画の選択が難しくなるでしょう。

彼女の存在感で他の俳優はみんな食われてこけてしまいますから。

主演も助演も難しい。

映画に付き合ってくれる俳優がいなくなるのでは(?)

藤山直美はこの映画では「逃亡者」の「女リチャード・キンブル」というところでしょうか。

母親の葬儀の日に仲の悪かった妹を殺し、香典を持って逃走します。

その逃走で出会う人々との関係を描いた映画です。

一種のロードムービーになるのでしょう。

日本の社会のありようはもうこういう形式でしか表現できないのでしょう。

映画の中で感心した俳優はまず岸部一徳です。

倒産寸前のラブホテルのオ―ナ―。

まるで何度も倒産の経験があるような演技であります。

倒産したのは弟かあんちゃんの岸部シローのほうだろうが。

とつっこみを入れておきます。

プライバシーの侵害ですいません。

そんなことみんなテレビで知っているか。

冗談はさておきこの人はどこかにいつも力むでもなく自然体の虚無感が漂っています。

さりげなく人生ブン投げよてな調子です。

滅び行く貴族の役なんかやれば最高でしょう。

それに最後まで私には誰が演じているのかわからなかったバーのマダム。

カリカリに痩せていて藤山直美と好一対。

最後にキャストのクレジットを見て大楠道代と知った時の衝撃(?)

どうしたん、減量でもしたんかいな?

と心配したくなるような痩せ方です。

大楠道代というのは昔の安田道代のことですよね。

もう何を書いても不安になります。

安田道代の頃はまだまだ肉がついていたような気がしました。

この大楠道代がいい味を出していました。

ただそうは言ってもなんせ主演は藤山直美。

ラストシーンは思わず笑ってしまいました。

これから映画を見る方のためにラストは伏せておきます。

最近の日本映画としては黒澤清監督の「キュア」以来の感動でありました。

起床7時。

朝食後、職場に向かいました。

道路がやたら空いていました。

はたと気がついたのは昨日で世間は仕事納めだということです。

そうだったのか。

午前で授業は終わりです。

今日は夜間部がありません。

職場を早退して本屋に向いました。

久しぶりに週刊誌を2冊買いました。

どういう週刊誌かについてはノーコメント(?)

それからスーパーにより昼食に太巻きを買い帰宅。

太巻きをいただき饅頭をいただきお菓子をいただきました。

それで大満足。

人間が安く出来ている(泣)

テレビを見ながら炬燵の中で眠ってしまいました。

それから起きて親族に年賀状を書きました。

寒い中を散歩に出て近くの郵便局のポストに投函しました。

帰宅してこの日記をパソコンに打ちました。

打ち終わる頃にはもう日はとっぷりと暮れています。

うちの「藤山直美」の帰りを待つか。


12月27日 (金) クローン人間誕生(?)


今朝は7時に起床。

妻が先に仕事に出かけました。

10分遅れて私が出発。

午前中に2時間の授業です。

その後、近くのラーメン屋に久しぶりに行きました。

ラーメン+餃子+半ライス。

これで700円。

高え〜〜〜〜よ。

その後いったん帰宅しました。

年賀状の準備をしました。

2時間かかりで残りの年賀状の処理がやっと終わりました。

今年も250枚近い年賀状を出しました。

そのほとんどが予備校の教壇で出会った生徒たちです。

生徒と言っても既に最年長は40代か。

奇妙なことにこの25年近く一度も逢ったこともない方もおいでになります。

もう名前と顔が一致しない方もいます。

もしかしたら死ぬまで一度も逢わないのかも(?)

出している本人がどうして出しているのかわかりません。

受け取っている本人がどうして受け取っているのかわからない(?)

そういう可能性もあります。

もしかしたら迷惑に思っている方もおいでになるかもわかりません。

このあたりの年賀状を受けとっている方の心の機微はさっぱりわかりません。

それでも出し続けるのはきっと私自身の心の問題なのでしょう。

私が最初に予備校の教壇に立った28歳の年のことです。

その年に数人の卒業生から暑中見舞いや手紙などをいただきました。

その時は返事も出しませんでした。

私はまったく別なことを考えていて生徒のことに頭が廻らなかったのでしょう。

それから4、5年過ぎて私はある年に卒然と悟ったのです。

自分に手紙や葉書を書いてきてくれる生徒に対し何も返事を書かないのは失礼だ。

そして傲慢なのではないかと思ったのです。

そらからはちゃんと返事は出すようになりました。

ただその習慣が惰性で続いているだけかもしれません。

午後4時に家を出て別な校舎で授業です。

車で上州を走っていると山々が雪をかぶっています。

上州の冬はほんとに寒々としています。

帰宅してヤフーを見ました。

クローン人間が誕生したそうです。

まさかヒットラーの遺伝子をもっているのでは?

誤報か虚報かまたは真実の報道なのかわかりません。

しかし恐ろしい時代に突入したものです。

もしかしたら20年も立たない内に世界中にアインシュタインやマリリン・モンローやビートルズのクローン人間が溢れているのでしょうか。

まさかとお思いになる方はまさかということが起こるのが歴史というものだということをお忘れになっています(?)

それはそれで楽しい世界なのでしょうか。

うちの息子や娘がクローンのアインシュタインやマリリン・モンローと結婚しているのかと今から心配している、または羨ましがっているお父さん、お母さんがおいでになるのでは?

いねえか。

この日記を読んだ妻が申しました。

「あんたはよっぽど暇だからそんなことを考えるのよ」

こんなに一生懸命働いているのにその言葉はないだろう。

と思いつつ我が家のビッグマザーには私も子どもも勝てません。

こう書きながら思い出しました。

先日見たビデオでビッグマザーを演じていた女優は「菅井きん」

外は寒い一日でした。


12月26日 (木) 「ひんにょう」と「ひんにゅう」


昨夜は食事後妻と一緒にビデオを見ました。

蔦屋から190円で借りてきたビデオです。

「TRICK(トリック)1」 テレビ朝日制作。

新聞か何かで読んでいたような気がします。

しかし現実にテレビで見たことがありませんでした。

これがなかなかの拾い物でした。

土台、妻と私が一緒にビデオを見るなんてことはめったにありません。

趣味嗜好・主義信条が全然違います(?)

あっちが南極ならこっちは北極に住んでいるようなものです。

両極端は一致する(?)

ウ――ン、そういう考え方もありますな。

超常能力・予知能力をもつ教祖が主宰する宗教団体があります。

教祖の名前が「ビッグマザー」

それこそジョージ・オーエルの未来小説「1984年」を思い出させます。

あの小説の独裁者は「ビッグブラザー」

その教壇のインチキ性を奇術師の女性と物理学者の男性が暴こうとします。

私が知っている俳優は物理学者の阿部寛。

それに教祖になった女優の方。

この方の名前を忘れてしまいました。

それにあの英語学校のノバ(?)のテレビ広告に出ていた男性の俳優。

この人が教団の事務局長(?)の役でした。

なかなか怖いいい味を出していました。

ドラマの内容がシリアスであるようなないような。

脚本家が楽しんで書いているような書いていないような。

出てくる刑事が人を舐めたような舐めていないような。

何かそのあわいを縫って作ったようなテレビドラマです。

昔、正統演歌をこけにしたピンカラ兄弟の歌を聞いたような気分になりました。

主人公の女性が教祖の透視にチャンレンジします。

主人公が悩んでいることを書きます。

その字が画面に出てこず妻と私は

「頻尿」

と聞こえました。

私等若いみそらでトイレに何度も行きたくなるのは辛いだろうな。

と自分の身に引き付けておおいに同情したものでした。

するとドラマが進んでいるうちに何か違うなあとわかってきました。

「頻尿」

ではなく

「貧乳」

だったのです。

何という聞き間違い。

何という日本語。

お陰で妻と大笑いしました。

しかし、このドラマは間違いなく面白い。

大晦日は31日で火曜日だから蔦屋のビデオが一本190円になる時です。

その時にまた借りるぞ。

そのビデオを見た後、年賀状書きです。

年に一回の作業です。

なんと「筆まめ」の使い方を忘れています。

いそいでマニュアル本を開いて復習です。

それにしてもです。

私はいかなるパソコンソフトも私は完全にこなしたことがありません。

住所打ちは「筆まめ」を使います。

ところが裏の文章は「筆まめ」ではなぜかうまくできません。

それで裏の文章書きはワードを使います。

情けない話であります(涙)

それで年賀葉書に印刷を始めるとなんとしたことか。

9800円のボロプリンターがギコギコ印刷します。

このプリンターが気分屋で時々葉書を押し戻します。

そのため調整した筈なのに郵便番号の四角の中に数字が入りません。

怒るで、ほんまに!

と思いながらセットしなおしてやり直しです。

それでも何とか半分近くを終ったのが午前2時。

ここであきらめました。

それから布団に入りました。

朝起きると、何か腰がおかしい。

腰痛気味です。

疲れ果てたのか。

20数年年近く前に腰痛になりました。

それから持病のようになっています。

その時に作ったコルセットを思い出しました。

しかし、箪笥の中を探しましたがありません。

もう妻が捨てたのか。

例えあったとしても20年前のものです。

中年太りしてしまって身につけることができないか。

出勤しました。授業4時間。

帰宅してみると宅急便とファックスとメールが来ています。

返事を書かなければと考えただけで疲れます。

夕食が終ると年賀状を書かなくてはなりません。

どこまで続くぬかるみぞ。

天気晴朗なれど波高し。


12月25日 (水) また授業料の値上げかよ


起床8時。

何時の間にかクリスマス・イブも終っています。

夜、街へでかける金も暇も気力もありません。

それでクリスマスの街の様子もどうなっているのかさっぱりわかりません。

今朝の新聞を読んでもバブルの頃が夢のようであります。

朝日新聞にイラスト入りでサラリーマンの家庭の家計がどうなるかが出ております。

特に受験生を持つ親は大変です。

来年また国立大学の授業料が値上げされます。

今年まで498000円だったのが52800円となります。

健康保健料・厚生年金保険料・雇用保険料・酒煙草の値上げ。

右を見ても左を見ても真っ暗闇じゃございませんか。

なんて鶴田浩二の歌を思わず思い出してしまいました。

朝食後、トイレで本を読みました。

トイレで本を5分くらい読むのが昔からの習慣です。

風呂で本を読むのも昔からの習慣です。

家の本棚に転がっていた本です。

「永田町、あの時の話」 浜田幸一 講談社文庫

次のような文章がありました。

・・・さらにずっとのちのことになるが、昭和五十八年(一九八三年)に最初の著書『弾丸なき抗争』(K.Kベストセラー刊)を出し、その中にこんなことを書いた。

「三木武夫・福田赳夫・田中角栄、この三人の権力亡者にはっきりと言っておきたい。三人いっしょにいますぐ死んでもらいたい!!と」

この本の出版記念会には、当の田中さんも姿を見せられて、こんな挨拶。

「浜田君から、いますぐ死んでしまえと言われた田中角栄です」

これにはまいった。

・・・・・・・・・

トイレの中で笑ってしまいました。

と書いたところで昔の政治家は偉かったなんて全然思っていません。

別に今の政治家も何も変わったわけではありません。

しかし、それにしてもあの新保守党(?)の結党はいったい何なのでしょうか。

「烏合の衆」

という言葉の実地教育みたいなものです。

職場に行きました。

仕事です。

どこまで続くぬかるぞ。

果てしなき旅路。

渡り鳥いつまた帰る。

という心境です。

生徒が一人質問に来ました。

高校時代にオーストラリアに一年留学していた女生徒です。

英語はできるのに国語と社会ができない。

留学も難しいものです。

6時過ぎに帰宅しました。

妻も帰ってきました。

夕飯は焼き鳥だそうです。

今年の暮れは一度くらい焼き鳥屋で飲みたいと思っていました。

♪ 月がわびしい路地裏の屋台の酒のほろ苦さ

  知らぬ同士が小皿たたいてチャンチキおけさ・・・・

なんてのも楽しいのかなあ。

ああ、小さな夢がなかなか実現しません(?)

また愚痴がグチグチ始まりそうです。

死んだ親父に自分がそっくりになっていきそうです。

怖いことです。

ジョージ・オーエルの「1984年」も過ぎました。

ノストラダムスの大預言の「1999年」も過ぎました。

2001年宇宙の旅」も過ぎました。

ここまで生き長らえて残るは巨額のローンと夢の残骸。

ほんとうになんのこっちゃという人生であります。

それでも今日の焼き鳥でもおいしくいただければそれが幸せというものか。

なんて気取ってみても仕方がないか。


12月24日 (火) 日々様々なことあり


昨夜は帰宅して風呂に入りました。

その時に先日に柚子のようなようなものが湯船に浮いていたことを思い出しました。

はて、昨日は暦では何の日かなと思いました。

何も思い当たらず妻にも聞くのを忘れてしまいました。

12時過ぎに布団に入り読書をしていました。

隣で妻がすやすやと眠っております。

ところがその妻が突然、ガバッと身を起こし

「いけない、もう7時だわ」

と一声叫びました。

?????

私も長い結婚生活です。

この程度のことでは動じません。

「落ち着け。まだ130分だよ」

余裕綽々と言いました。

すると妻がキョトンとした顔をしております。

それから突然大口を開いて笑い出しました。

「ワハッハッハッ、私、置時計を逆においていたんだわ」

と叫んで一人で笑いながら再び眠りにおちていきました。

この間わずか30秒程度の出来事でした。

あの自分の失敗を大笑いでごまかす技術にはなかなかのものがあります。

しかし、置時計を逆さに置いたからと言った意味がわかりません。

それで私は枕元の自分の置時計を逆さに置いて見ました。

感動しました。

確かに7時に見えます。

ウ――ム。

妻と一緒に生きていると私は粗忽長屋の住人になったような気分になります。

起床8時。

ゆっくり職場に向かいました。

職場で感動的な出来事が起こりました。

私より10歳程若い先生が授業が終わり講師室に戻ってきました。

その時に現役生の女生徒の二人がその先生の背後からクラッカーを鳴らしました。

小さなテープが飛び散りました。

この二人は先生の親衛隊のような生徒たちです。

今日はクリスマスイブですからこういうパフォーマンスをしたのでしょう。

ところが驚きました。

この先生がこの二人の生徒にガンガン怒ったのです。

「おまえたち、どういうつもりなんだ。何時までチャラチャラやっているんだ。今、受験生は眠る時間も削って必死で勉強している時だぞ。そんな気持ちでいるならこの予備校に来るな。さっさと帰れ」

とフロア―で怒鳴りました。

「よくぞ言った。もっと言え」

と私は心で思いつつ講師室の先生が誰一人動かないので私が

「先生、まあまあ、それくらいにしておけば」

とドアのところから申しました。

するとその先生は私の方を見て小声で

「先生、大丈夫ですから」

と言いながらガンガン説教を続けています。

役者やのう。

私も昔はよく生徒にガンガン言ったものです。

しかし今では私も「ものわかりのいいオジサン?」になってしまいました。

若かった時の自分を懐かしく思い出しながら説教を聞いておりました。

ところが拙いことに講師室に大検か何かの進路相談に来た母親と娘さんがいました。

私はこの二人連れの方を全然存じ上げなかったので黙っていました。

この二人がこの突然の怒りの声に緊張してしまいました。

娘さんの方はジット石のように動かず硬くなっています。

とんだとばっちりです。

私は心の中で

「まずいなあ」

と思いつつどうしようもありません。

きっとあの娘さんは

「ここは厳しい予備校なのね。毎日、生徒はあんなに怒られているのかもしれないのね」

と考えたかもしれません(?)

その先生の説教も終わり次の時間にその生徒二人が先生に謝ってシャンシャン。

一件落着。

しかし、面白かった。

久しぶりに講師が生徒に真剣に怒るのを見ました。

いいことです。

私も気力を出さないと。

と思いながら疲れて帰ってきました。

妻がまだ帰っていません。

クリスマス・イブだというのにどうしたことでありましょうか。

この日記を打ちながら妻の帰りを待っていました。

7時過ぎに妻がやっと帰ってきました。

夕食はトリの脚にスパゲッティー。

小さなケーキも買ってきてくれました。

ついでに一昨日の柚子の話をすると

「何言っているの。冬至だったのよ」

と申します。

冬至の日に風呂に柚子を入れるのは全国的な習慣なのか。

こういうことにも私は本当に無知であります。


12月23日 (月) 1978年のクローン映画


昨夜は図書館で借りてきたビデオを観ました。

「ブラジルから来た少年」監督フランクリン・シャフナー。

主演 グレゴリー・ペック ローレンス・オリビエ ジェームス・メースン。

ハリウッド映画得意のパターンです。

ナチスの残党が第四帝国を再興しようとする。

それを正義が阻止するというお話しです。

「死の天使」と囚人に恐れられたナチスの収容所の悪名高いヨセフ・メンゲレが、ヒットラーの再生をしようとします。

これを追うのがウイーン在住のナチスの戦犯狩りで有名なシモン・ビーゼンタール。

映画では名前を変えています。

メンゲレがグレゴリー・ペック。

グレゴリー・ペックの悪役なんて本当に珍しい。

ビーゼンタールの役がローレンス・オリビエ。

歳をとっています。

再興したナチス組織の保安部長にジェームス・メイスン。

三大名優競演ってわけです。

この映画は私は以前にも見ています。

1978年の作品です。

何と言っても面白いのはこの映画がヒットラーのクローン人間を作ろうとしていることです。

この映画のスーパーインポーズでは英語そのままの「クローニング」という言葉を使っています。

まだクローン羊のドリーちゃんが生まれるより10年以上も早い段階です。

この映画商売の早さは感服ものです。

ヒットラーのクローンは地味な官吏の父親と貞淑な母親の夫婦に養子として預けられます。

これが全世界に94人(!)

この子供は性格が反抗的で瞳は青です。

つまり環境もヒットラーに似せようとするのです。

着想だけで作った映画です。

しかし、筋立てと俳優がしっかりしていれば面白い映画になる典型です。

私も死ぬ前に血液か細胞を冷凍しておいてクローンを作ってもらいたくなります(?)

しかし、やっぱり人間のクローンは人倫に反しているようにも思えます。

この映画のお陰で布団で寝たのは2時。

今朝は布団の中でグジグジしながら10時に起き上がりました。

居間のカーテンが全て取られています。

妻が歳の瀬の洗濯を開始しました。

私は午前10時に朝食と昼食兼用の食事をしました。

厚いトースト一枚・目玉焼き二つ・レタス・紅茶。

天皇誕生日で世間はお休みだというのに私は職場に向いました。

昼間4時間授業をしてそれから夜間部でした。

どうも年の瀬という感じがしません。

帰宅しました。

もう疲れ果ててヘトヘトというかレロレロというか。

妻と喋るのさえ面倒になります。

11時間近く飲まず食わずでいると本当に体にこたえます。

今その疲れている私に取り付いている強迫観念が

「年賀状を書かないと、年賀状を書かないと」

ということです。

「筆豆」で書くのですから楽なはずです。

しかし、気がどうしてもそちらにいきません。

明日あたりなんとかしないと。


12月22日 (日) いいテレビ番組を見ました


昨夜はダラダラテレビを見ました。

午後の9時からフジテテレビのドキュメンタリーを見ました。

そのタイトルを忘れてしまいました。

内容は中国からきた女性留学生が東京学芸大学を卒業します。

日本に留学している中国人の若者のドキュメントを撮影しようとします。

大倉商事という商社に勤めながら給与と休日をこの映画に注ぎ込みます。

その間にその女性は中国のテレビ局から仕事の依頼を受けます。

日本においてそのテレビ局の放送を放送して欲しいとの依頼です。

女性はスカイパーフェクトTVで二十四時間放送する会社を設立して代表取締役となります。

出資していたフジテレビと大倉商事の名をとって会社を「大富」と名づけます。

ところが出資していた大倉商事が倒産(?)してしまいます

会社の存立が危うくなります。

そこにソニーとか電通とかの大会社が資本参加して危機は去ります。

一方で様々な中国の人々や日本の人々の協力を得て撮影したビデオが中国のテレビ界で大ヒットします。

最後はまあめでたしめでたしで終ります。

その女性のパワーと八面六臂の活躍には驚くべきものがあります。

確かに感動ものです。

しかし、見終わった感想はとなると、

ウ―――ム。

と言わざるを得ません。

まず下衆っぽい感想から言うと

「美人は得だなあ」

ということに尽きるように思います。

国籍・民族・信条・宗教・時代を問わずこれは不変の真理でしょう。

と言っても別にその女性を馬鹿にしたことにはならないと思います。

もちろん私はこれでも中国に対しては好感をもっております。

別に政治的意図で書いているわけではありません。

フジテレビもこの女性の留学生を通して日中友好を訴えているのもわかります。

けっして悪いことではありません。

しかし、この女性が最初に援助をして欲しいと尋ねてきたのがフジテレビ。

そして「大富」に出資したのがフジテレビ。

そのフジテレビがこのような「感動のドキュメンタリー」を制作する。

このプロセスはどこか変だなあと思いました。

こう思うのが普通の考えではないでしょうか。

どうもそこに素直に感動できない違和感を持ちました。

なにやらどこかにテレビ局の商売がチラチラしています。

この番組を見ながら昔見たテレビのドキュメンタリーを思い出しました。

作家の開高健がモンゴル(?)に「幻の大魚?」を釣りに行きます。

残念ながらこの大魚の名前を忘れてしまいました。

何日も何日も釣れません。

開高健がイライラしながらウイスキーを飲みます。

この場面が何度か画面に映ります。

私はこれは最後は釣れないのではないか。

それで番組が終っても仕方がないか。

それの方がリアリティーがあるかもなんて純情なことを考えていました。

ところが放送番組の最後に「幻の大魚」が釣れます。

このドキュメンタリーのスポンサーがサントリーでした。

開高健が飲んでいたウイスキーがサントリー。

おいおいおい。

最後に釣れたのは「やらせ」かよ。

と思ってしまっても当然だと思います。

開高健がサントリーの宣伝部にいたことがあるから赦されるのでは。

というのは問題の本質とは何の関係もありません。

てなことを私が書いても所詮蟷螂の斧。

まあ、ええか。

テレビってその程度のものと考えるのが正しいのでしょう。

それよりも昨日の番組の終わりにスタッフのクレジットが流れるのを見ていた妻が突然

「なーに、ナレーションは段田安則だったの」

と申しました。

私は聞いた事もない名です。

参考のために妻に

「段田安則って誰だよ」

って聞くと

「夢の遊眠社よ。子供達に教わったのよ」

と申します。

それでやっと話が見えました。

昔、子供達が野田秀樹の「夢の遊眠社」に熱狂していたころがありました。

その頃の劇団員なのでしょう。

私もその頃、つきあいで「夢の遊眠社」の舞台のビデオを見舞したが全然面白くありませんでした。

そう言えばあの頃は子供達は高校生や中学生でした。

それが「夢の夕眠社」の舞台を見に東京まで行っていました。

何が面白いかったのか。

それともう一つ今でも不思議なのは兄弟3人でよく「たま」の歌を歌っていたことです。

♪ 二酸化炭素をはきだして あのこが呼吸をしているよ

どん天模様の空の下 つぼみのままでゆれながら

野良犬はぼくの骨くわえ 野生の力をためしている

路地裏に月がおっこちて 犬の目玉は四角だよ

今日、人類がはじめて 木星についたよ・・・・・・

なんてシュールな歌詞を毎日のように合唱していたものでした。

あんた、よくその歌詞を憶えていましたね。

憶えているわけがないでしょう。

日記を書きながら「たま」の本をブックオフで見つけて子供達に買ってやったのを思い出しただけですよ。

それで、二階の長男の部屋に行って本棚を探すとあったのでここに写しただけです。

「たま」の本 竹中労 小学館 定価1450

立派なつくりの本です。

著者が竹中労です。

これにも驚きました。

それでブックオフで
100円で買ってきました。

子供達は「たま」が好き。

私は「竹中労」が好きだったものですから。

私は買ってきながらこの本を読んだ記憶がありません。

本の奥付きを見ると

19901210日第一版第一刷発行

となっています。

もう12年も過ぎています。

いやはや歳月のたつのは早い。

以上で昨日のお話は終わり。

今朝は7時に起床。

朝食を食べ職場に向かいました。

妻は私が仕事に出かけるのを待っています。

私が出かけた後に炬燵の中でもう一度寝るはらです。

お互い以心伝心みえみえです。

それでもそのことを言葉にしないのが夫婦の愛情というものでしょうか(?)

午前中に授業を終え帰宅しました。

昼食はうどんに妻の手作りの太巻き。

この太巻きがなかなかいけました。

午後は二人で炬燵に向き合ってテレビを見ました。

またまたフジテレビ。

「ザノンフィクションわれら百姓家族3」

兵庫県の山奥で自給自足で生きている父親と5人の兄弟のお話です。

母親は家族を捨てて家を出て行ったそうです。

それでも家族にあまり暗さがありません。

それにテレビスタッフが

「子供さんを高校とかに進学させなくていいのですか」

と父親に問うているのに対し

「おれは行けとも行くなとも言ってないよ。ただ、俺は学校を出ているからそれを言われると辛いよ」

と言う風に答えていました。

この父親は大学を出ているのかもしれません。

しかし、能書きをガタガタに言わずに正直に自分の戸惑い(?)を述べているところに凄く共感がもてました。

また長男の

「我が家に一週間くらい都会の人がきて農業を経験して帰っていくんだけれどみんな金があればなんでもできるんだよと必ず言って去っていくよ」

と言う言葉にはハッとさせられるものがありました。

私の妻は妻で長男の人が日曜大工で建てた家を眺めながら

「凄いわねえ。凄いわねえ」

と一人で叫んでおりました。

犬小屋一つ作れない私に対する面当てか(?)

下の双子の女の子も暗いところがなく明るく生きています。

このドキュメントを見て私は拾い物をしたなあと感じました。

「エコロジー」とか「自然農法」とか「自給生活」とか大袈裟なお題目を述べずに家族一人一人が淡々と明るく生きているところにひどく感動しました。

この番組の方が昨日の番組より作為がない分だけよかったのでは。

番組を見終わってこの家族がこれから幸せに生きることを願ってしまいました。

それから図書館に行って本とビデオを借りてきました。

帰宅してこの日記を打ちました。

打ち終わったのが6時です。

今日は長い日記になってしまったなあ。


12月21日 (土) 55年目の冬 PART2


昨夜のお話しの続きを勝手に書きます。

風呂から出てきてさあ食事だと思っていました。

すると電話が鳴りました。

長男からです。

「お父さん、誕生日おめでとう」

という電話です。

潰瘍性大腸炎という難病に掛かっていましたが回復に向っているようです。

元気な声に安心しました。

私が1、2分話して妻に代わりました。

妻がベチャクチャ長男と長い間話をしています。

私は勝手に缶ビールを飲みました。

やっと電話が終りました。

妻が申します。

「あの子も変わった子ね」

うちの子はみんな変わっているよ

と思いましたが言葉にするのが面倒でやめました。

その後妻が座卓の上に

「どうだ、私の手作りのデコレーションケーキだ」

と言わんばかりにケーキをデ――ンと置きました。

それから妻が不意に立ち上がりました。

何をするのかと思っていると部屋の電気を消しました。

それからケーキの上に並べた10本近い蝋燭に火を点けようとして

「あんた、マッチ持ってないの」

と尋ねます。

「ライターならあるぜ」

と渡すとライターで蝋燭の火を点けようとするので

「ライターは危険だぜ。火傷をするぜ」

と警告をしてあげました。

妻を見ていると一本一本の蝋燭にライターで火を点けようとしています。

それで私がライターを取って一本の蝋燭に火を点け、その蝋燭で他の蝋燭に火を点けていきました。

「あんた、頭がいいのね」

と妻が申します。

ウ―――ム。

今日はおちょくられてもまあええか。

それから妻は急に立ち上がって部屋の電灯を消しました。

暗い部屋に私と妻の二人。

蝋燭の火がユラユラ揺れています。

「まるでお葬式みたいね」

と妻が大胆なことを申します。

その言葉に二人でゲラゲラ笑ってしまいました。

私もまさにそう思っていたこところでした。

子供が小さかった頃と全然気分が違います。

子供が小さかった頃はケーキがあるだけで子供は興奮していました。

私や妻だと宝籤が当たってもあんなに興奮はしないでしょう。

やっぱりするか(?)

子供達にとって父親の誕生日なんて関係ありません。

ケーキが食べられることが重要なのです。

どれくらいの量を食べられるかというのが差し迫った緊急の課題なのです。

三人の子供がケーキをじっと見つめます。

純粋です。

雑念がありません。

欲望の結晶状態です。

それこそただ食欲という欲望にとりつかれたつぶらな六つの瞳。

この熱いまなざしが醸し出す熱気と情熱。

これこそが誕生日のあるべき姿です(?)

ある年の家族の誰かの誕生日には次男が

「ぼくはイチゴが好きだから」

と言い放ちました。

そしてデコレーションケーキのイチゴを全部一人で食べてしまいました。

夜眠る時になって急に

「お腹が痛い」

と唸り出しました。

家族みんなで教えてやりました。

「天罰覿面」

「因果応報」

子供がいないと元気がでません。

子供がいる時は蝋燭を吹き消すのも気合が入りました。

父親のいいところを見せるためのパフォーマンスです。

これが妻だけが相手だと。

今年は10本程度の蝋燭を吹き消すのに3回も息を吹きかけました。

「あんた、元気がないわね」

と妻に言われました。

ケーキを食べていると妻が急に

「あんた、今年の元旦は子供達が揃うのは無理よ」

と申します。

ガクッ。

妻の解説によると

長男は正月の5日に試験があるそうです。

長女も同じく試験。

次男はビデオ屋のアルバイトが忙しいそうです。

もし帰省してくるとしてもバラバラになってしまうそうです。

アアアアアア。

まあ、俺が一番子離れしていないのかと思ってしまいます。

もう何年か前、正月に三人の子供達が帰ってきました。

子供達に誘われゲーセンに行きプリクラという奴で一緒に写真をとりました。

その写真を財布の横に貼ってあります。

考えればあの頃が父親としての花だったのか(?)

と書いていると果てしがありません。

今日は曇空です。

寒かった。

職場に向いました。

午前中に授業が終わりました。

窓の外を見ると悪夢のような雪です。

車屋さんが車検の終った車をもってきました。

修理費13万数千円。

金だけが出て行きます。

午後帰宅しました。

午前中仕事に行っていた妻が帰ってきました。

午後また仕事に行くと言います。

明日雪だと出かけるのが大変だからとのことです。

ああ、お互い、貧乏暇なし。

しかし、驚きました近鉄中村選手の大リーグメッツ移籍報道からの大逆転。

結局、近鉄に残留するとのこと。

なんのこっちゃ。

新聞に叩かれるぞ。

それよりも日米関係が悪くならなければいいのですが(?)

雪よやめ。

明日晴れるか。


12月20日 (金) 55年目の冬


起床7時。

空は晴れ上がっております。

新聞を読みました。

韓国の大統領選が終わりました。

新しい大統領は商業学校を卒業して独学で韓国の司法試験に合格したそうです。

それから人権派弁護士として活躍していたそうです。

どこの国にも凄い人がいるものですね。

昔の俳優の訃報です。

俳優の明智十三郎さん死去

明智 十三郎さん(あけち・じゅうざぶろう=俳優、本名塩谷達夫=しおや・たつお)は14日、前立腺がんで死去、76歳。葬儀は近親者のみですませた。喪主は妻孝子(たかし)さん。自宅は東京都大田区中央2の9の15 A−101。 日活を経て56年に新東宝入りし、時代劇若手スターに。代表作に「若君漫遊記」シリーズなど。

この人を小学生から中学生の頃に田舎の映画館のスクリーンでよく見かけました。

嵐寛寿郎・丹波哲郎・宇津井健・天地茂・高島忠夫・船橋元・菅原文太・・・・

あの懐かしい芝居小屋じみた映画。

チャンバラ・エログロチックな映画を取りまくった新東宝映画の俳優達です。

朝食後、職場に向かいました。

授業が終わり、校舎を移動してまた授業です。

終了後、帰宅すると玄関先に妻がいて

「あんた、お誕生日おめでとう」

と申しました。

憶えていてくれたのか。

それだけで感動ものです(?)

家の中に入るとケーキの匂いがプ――ンと漂っています。

狭いながらも楽しい我が家(?)

今日は私の誕生日です。

これで55歳になってしまいました。

「門松や冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし」

これであっているのかなあ。

これは一休禅師の言葉だったのか。

誕生日では関係ないか。

それにしても歳をとるのは本当に早いものです。

次男から

「お父さん、お誕生日おめでとう」

の電話があったそうです。

長男・長女からはいまだ何の電話もありません(泣)

子供達からお祝いの言葉を聞くために日々奮闘しているというのに(?)

しかし、子供がいなくて誕生日を祝っても仕方がありません。

子供達が一緒に住んでいた頃は酒を飲みケーキを食べそれはそれは楽しいものでした(?)

しかし、妻と二人だけではどうも盛り上がりに欠けます。

妻は私の誕生日より明日から3連休という事実に喜んでいるようであります。

現実は厳しい。

1947年(昭和22年)生まれは第一次ベビーブーマ―の世代です。

戦争直後で日本はまだ貧しい時代でした。

その上、我が家は一層貧しく辛い人生でありました。

今になって思えば家には箪笥というものがありませんでした。

小学生の頃のお小遣いが一日5円。

物価も違いますが飴玉をしゃぶっているのが精一杯です。

その上栄養失調気味の痩せた子供でした。

子どもの頃に病気でコロリと逝っても不思議はなかったかもしれません。

そう考えるとよくもここまで生きてきたとも思えます。

十年前、二十年前には仕事が終って酒を飲んでタクシーで帰宅したりしていました。

そんな時に

「昔と比べてこんな贅沢していて俺はいいのかなあ」

なんて思っていました。

人生は不思議です。

その後、そういうことが出来なくなって行きました。

全てが昔に帰っていく(笑)

何か人生というものが楕円形を描いて飛びながら自分の手許に戻ってくるブーメランのように思えてまいります。

しかし、金食い虫3人が大学を卒業するまでがんばらなくてはなりません。

と自分に言い聞かせながら妻と貰い物のワインで乾杯しました。

妻の手作りのケーキをありがたくいただきました。

私がここまで生きてこられたのも妻や子どものお陰かもしれません。

妻と二人で生きた山あり谷ありの人生も結構面白かったといえば面白かったのかもしれません。

よく妻も私のようないい加減な男にこの30年ついてきてくれたと思います。

と日記に書いておこう。


12月19日 (木) 布団の中が天国です


起床7時。

外は肌寒い曇空です。

朝から授業です。

冬期講習の始まりです。

今日から13日間31日まで一日も休みがありません。

ずっと授業が続きます。

一日の授業時間数はたいしたことはありません。

しかし休みが一日としてないというのはきついものがあります。

職場に向かいました。

午前中2時間の授業です。

夕方校舎を移動して夜間部の授業です。

帰宅してパソコンでヤフーを見ました。

次の記事が出ていました。

 

松井、ヤンキース入団決定

 【ニューヨーク18日=太田朋男】プロ野球の読売巨人軍からフリーエージェント(FA)宣言し、大リーグ入りを表明していた松井秀喜外野手(28)のニューヨーク・ヤンキースへの入団が18日(日本時間19日)、決まった。
 松井選手は今月3日以降、代理人のアーン・テレム氏を通してヤンキースと交渉を進めてきたが、18日深夜(日本時間19日午前)、ヤンキース側から提示された条件を松井選手側が受け入れ、交渉は合意に達した。契約期間は3年。年俸などの3年間総額は2100万ドル(約25億4100万円)と推定され、イチロー外野手(マリナーズ)の3年間総額1400万ドル(約16億9400万円)を上回り、日本人で最高となる(以下略)読売新聞 

松井がどれだけ活躍するかが見物です。

これでイチローが所属するマリナーズのNHKBS中継が減るかもしれないのが残念です。

妻が頼んでいた貯金箱を買ってきてくれました。

去年、何かでもらったアンパンマンの貯金箱が小銭で一杯になってしまいました。

それで妻に頼んでいたのです。百円ショップで買ってきた缶ビールのような貯金箱です。

「これが百円なのと思うようなものが百円ショップにはあるわよ」

と妻が申します。

どう見ても100円の貯金箱にしか見えませんが。

さっそく、一円入れては妻のため、一円入れては長男のため、一円入れては長女のため

と入れておりますと

「あんた、一円玉入れているの」

と絶叫しました。

ちりも積もれば山となるという言葉を知らないのか。

郵便が届いていました。

先日立正大学で講演した時の写真です。

立正大学父兄会からわざわざ送ってきてくれました。

写真を見ながら妻が申します。

「あんたも歳をとったわね」

ほっとけ。

歳月人を待たず。

明日に紅顔の美少年も夕べに白髪の翁。

外面はともかく朝起きると関節が痛い。

それに虫歯がまた出来たみたいです。

飯がたくさん食えなくなった。

物忘れが激しい。

朝トイレに行きたくなって目覚める。

職場で休んでいるとすぐ転寝してしまう。

階段を上るとゼイゼイ息が上がる。

家では炬燵から出たくなくなる。

テレビの音量がやたら大きく聞こえる。

パソコンの起動のトロサにイライラする。

昔であった人の顔が浮んでもどこで名前が出てこない。

どこで出会ったかも自信がなくなる。

ありとあらゆる老齢化の不安が押し寄せて参ります。

能天気に生きることが難しくなってきました。

こういう時には早く眠るに限る。

と思う心の切なさよ。

「布団の中で眠っている時が天国よ」

と妻が言う言葉が真理のように思えてきます。


12月18日 (水) アルチザンが消えていく


起床8時。

体調よろしからず。

どうも勤務が朝からとか昼からとかが交互に続くせいなのか。

朝から寒い一日でありました。

昨日ファックスが一本来ました。

しかし、我が家のファックスが故障しています。

仕方なくメールで送るようお願いしました。

うちのファックスはファックスと電話機能が一つになった6年程前の製品です。

未だにこの使い方がよくわかりません。

妻が修理を必死でしましたが無理みたいです。

どうしてこういう機器は使用法が難しくなったのでしょうか。

ファックスとテレビのリモコンの使い方がよくわかりません。

日常生活に支障を来たすほどではありませんので安心はしていますが。

昨日は12チャンネルの「開運探偵団」を妻と一緒に見ました。

テレビを見ながら私がした質問。

「どうして、プロの画家が書く絵画の裸婦はあんなに豊満で、テレビに出てくるファッションモデルやタレントはあんなに痩せているのかなあ?」

「それはあまりに痩せた女性だと絵自体が貧相になるからじゃないかしら」

妻としては珍しくまともな答えであります(?)

「そうするとお前さんは絵画の中にいる方が見栄えがするかもしれないなあ」

と私が申しますと

「ウハッハッハッ、あんたそれが言いたかったの」

と一人で笑っております。

ミロのビーナスにしろマックやケンタッキーフライドチキンを食いすぎたように私には肥えて見えます。
あれは不思議ですなあ。

確かにカリカリに痩せた女性を描くとムンクの「叫び」のような絵になりそうだし。

どうも得心がいかない問題であります。

食後に賞味期限が切れているパック入りのアイスコーヒーをいただきました。

一週間かけて一人で飲みきりました。

「俺は賞味期限が切れたアイスコーヒーがどの程度まで腐らずに飲めるのか人体実験しているような気分だよ」

と言いますと妻は相変わらず

「ワハッハッハッ、あんたなら大丈夫よ

と申します。

この10年近く判で押したようなご返事であります。

私の健康に関してだけは絶大の信頼を置いているのか。

職場に向かいました。

我が愛車が車検に出したまままだ戻ってきません。

修理料金をいくら取られるのやら。

夕方校舎を移動して夜間部の授業でした。

帰宅してこの日記をつけて夕食です。

昨日の新聞に映画脚本家の笠原和夫の訃報がでておりました。

脚本家の笠原和夫さん死去 

笠原和夫さん(かさはら・かずお=脚本家)は12日、肺炎で死去、75歳。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻真喜子さん。自宅は東京都西東京市新町4の4の9。 映画「仁義なき戦い」「二百三高地」などの脚本を手がけた。73年度キネマ旬報脚本賞。著書に「破滅の美学−ヤクザ映画への鎮魂曲(レクイエム)」など。4年前から腎不全を患い、治療を続けながら取材した「昭和の劇映画脚本家 笠原和夫」を11月に刊行したばかりだった。

この記事に紹介されている本を読んだ記憶がおぼろげにします。

こういう人をアルチザン(職人)と呼ぶのでしょうか。


12月17日 (火) 時代はマゼご飯


今朝は7時に起床。

朝食をいただいて車で埼玉県に向かいました。

職場からの派遣でH高校へ進路講演に行って来ました。

高校名はイニシャルにしました。

代車です。

運転に慣れていません。

通勤ラッシュです。

到着するのに1時間20分。

到着した時には「ナニワのグロッキー」状態です。

2年生の生徒たちは武道場で待っていました。

畳の上に座っています。

静かに話を聴いてくれました。

感謝。

しかし講演は難しいものです。

県立高校ですが運動の部活にも熱心な高校です。

「運動選手も頭がよくないと駄目だよ。受験勉強なんかしなくてもいいからがんばってスポーツ推薦で大学に行くんだよ。自分で一流選手になれるか二流選手に終るかわからないだろう。だから受験勉強はしなくても基礎的勉強をしておく必要があるよ。そうしておけば選手としては二流でも指導者としては一流になれるかもしれないよ。それにスポーツをしてゴリラになるんじゃないからね。ヤクルトの古田だってイタリアに行ったサッカーの中田だって頭良さそうだろう、中田はイタリア語を喋っているし、それに大リーガーの野茂、イチロー、長谷川なんてみんな頭いいだろう。新庄だけはわからないけれど」

と言いますと、後ろで聞いていた二人の先生が笑っております。

しかし、120人近い生徒はパラパラ笑い状態。

ウ―――ム。

もしかしたら生徒は新庄を知らないのでは(?)

ついでに自分が知っている浪人の話をしました。

「運動選手だってがんばれば自分の志望校に行けるんだよ。昔、群馬県のM高校の奴が浪人してきてね。これが高校時代はラグビー三昧。背は低いのだが体はガッシリ。重戦車のような男だったね。ところが成績はボロボロ。それで志望は国立医学部。もちろん一浪の時はカスリもしないさ。しかし俺は担任だったから二浪する時に行ったんだよ。お前は二浪したら絶対に医学部に合格する。それは俺が保証するからなんていったんだよ。俺はその男の何を信じたのか。それは強い信念だよ。受験は信念が大切だ。残念ながら二浪では合格しなかったけれどそいつは三浪して浜松医科大学に合格したよ。よく勉強は才能だというけれどあれは大嘘。大学受験は才能ではないよ。本人のやる気と信念の問題だよ」

講演が終って武道場を出ようとすると体格のいい先生(きっと体育の先生)が近づいてきて

「先生、ありがとうございました。うちのラグビー部の連中が先日偶然先生のおっしゃっていた群馬のM高校と練習試合をやりましてね。うちの生徒の勉強の励みにもなったと思います」

とおっしゃってくれました。

嬉しかったですね、この時は。

講演を聞いた生徒の一人でもこれからの人生をがんばってくれればと思ってしまいますね。

それから職場に行くのに車で1時間。

職場で同僚とバカッ話をしながら疲れました。

午後は半休をとって帰りました。

帰る途中で蔦屋によりました。

火曜日はビデオ一本1週間レンタルで190円。

清水の舞台から飛び降りるつもりで4本借りました。

帰宅してその一本を見ました。

日本の黒い夏 冤罪」日活映画 監督・脚本 熊井啓 主演 中井貴一 寺尾聡 北村一夫 

このビデオは珍しく監督の名前で借りました。

懐かしや熊井啓。

私はこの監督を一本の映画で覚えています。

「日本列島」という日活映画です。

原作 吉原公一郎 監督 熊井啓 撮影 姫田真佐久  音楽 伊福部昭

主演 宇野重吉 芦川いずみ 二谷英明 鈴木瑞穂 大滝秀治 佐野浅夫 内藤武敏 北林谷栄

このリストはヤフーで調べました。

姫田真佐久は日活のベテランキャメラマン。 

伊福部昭はご存知「ゴジラ」の作曲者です。

出演者を見るとイヤー懐かしい俳優たちの揃い踏みです。

日活専属の芦川いずみ 二谷英明を除けばみんな民芸の俳優なのでしょうか。

1950年代、60年代の左翼映画にはかかせない俳優達です。

1965年の映画ですから私は高校三年生です。

この映画の内容はほとんど忘れています。

たしか殺人事件が起こります。

その背後には占領軍後の米軍およびCIAが背後にいるというストーリーだったと思います。

この映画は反米ナショナリズム映画の白眉(?)でした。

当時、反米ナショナリズム映画を撮らせれば山本薩夫と「裸の島」の新藤兼人が両雄。

この二人の正統派の嫡子が「日本列島」の熊井啓。

異端が東映で「誇り高き挑戦」を撮った深作欣二。

最異端が裸の女優が米軍基地の周りを走るので有名になった映画の監督。

右翼か左翼かよくわからぬなんのこっちゃという映画を撮っていた武智鉄二。

映画産業が崩壊していく寸前の人々でしょうか。

私は山本薩夫や新藤兼人の映画が嫌いではありませんでした。

イデオロギーを抜いてもこの人達は一定水準の職人的映画は必ず撮れる監督だったからです。

とかなんとか回顧風になってしまいましたが、話を戻して「日本の黒い夏」です。

珍しく早回しをせずに見ましたが残念ながら映画的感動は薄いものでした。

どうしてなのでしょうか。

松本サリン事件を取り扱っています。

事件発生直後に地元警察は第一通報者の河野義行さん(映画では別な名前になっています)を重要参考人として取り調べます。

翌年に東京で地下鉄サリン事件が発生し、河野さんの冤罪ははれます。

この事件を題材にしてこの映画は高校生のグループがどうして河野さんが犯人とされていったのかを松本のテレビ局を取材し、そのニューススタッフから話を聞くことによって真実が明らかになっていくという筋立てになっています。

この脚本がまずかったるい。

もっと脚本を練っていればと思いました。

それから取調べの警部が河野さんがクロなのか半信半疑ですが警察の面子というもので上から圧力を掛けられるとか、地元の記者達よりも東京の本社社会部が裏取りをせずに憶測記事を書きたてて煽るとか細部に面白いところはありますが全体的なカタルシスになりません。

昔の映画ですと、警察が拷問まがいのでっち上げをしてこれを良心的新聞と良心的市民が追求して無罪を勝ち取るなんて筋たてが可能だったでしょう。

しかし、今時、そんな神話を信じることができる人はなかなかいません。

この映画は警察よりもマスコミに批判がおかれているようにも見えます。

私は朝日新聞を30年近く購読していますが別にその社説を信じてはいません。

土台社説なんて読みませんが。

例えば、朝日新聞の夏の事件は何年たっても「甲子園」です。

未来永劫に「甲子園」でしょう。

読売が「巨人」であるのとまったく同じように。

自分が主催するイベントを書きたてて宣伝する「朝日」とか「読売」とか「NHK」を誰が信じているのでしょうか。

大河ドラマの主役が前田利家だと歴史番組の多くが前田利家となるエエ加減さ。

笑っちゃいますよ本当に。

書きたいように書いていますが、先日も「朝日新聞名古屋本社」の記者から取材の電話が自宅にあり丁寧に応対しましたが後は梨のつぶて。

「サンデー毎日」などわざわざ私が夜の授業のために移動した校舎にまで取材電話を寄越しこちらが少ない休み時間に急な応対でコメントしたというのにその電話以降梨のつぶて。

私のコメントが役に立たなかったのなら没にしましたと挨拶くらいしてきたらどうだ。

大マスコミだと思って私のような純情な小市民(?)をなめるんじゃねえよ。

だんだん私怨がからんできましたなあ(笑)

そんな仕打ちに逢いながらそれでも変わらず朝日新聞を購読しているこの律儀さ。

感動ものです(?)

自分で自分が哀れになります(?)

今度の新聞週間には私が標語を投稿します。 

「大きな誤報 小さな訂正

ウ―――ム。

まあ、入選は無理か。

今日はわけのわからぬ長い日記になってしまいました。

妻が帰ってきました。

夕食はマゼご飯だそうです。

おいしくいただくつもりです。


12月16日 (月) 戦争は遠い出来事か


起床8時。

朝食を終えテレビを見ていました。

海上自衛隊のイージス艦「きりしま」。

今日午前8時55分、神奈川県の横須賀基地を出港しました。

インド洋での米軍などへの支援活動のためです。

テロ特措法に基づくイージス艦派遣は初めてだそうです。

「気分は戦争」なんて感じは国内のどこにもないでしょう。

朝日の世論調査によるとイージス艦のインド洋派遣。

賛成は
40パーセント、反対は48パーセント。

これに対し米国の対イラク軍事行動について。

賛成は
26パーセント、反対65パーセント。

また米国の対イラク軍事行動に際し、日本の協力について。

「協力した方がいい」が
29パーセント、「協力しない方がいい」が57パーセント。

この数字は後方支援は応分にしていいが、直接日本が軍事行動に協力するのは反対という数字なのでしょうか。

健全と言えば健全と言えます。

どうもこういうことは感覚的にわからないので困ります。

ただ万一後方支援であっても自衛隊の戦死者がでたらどうなるのか。

国民がそれをどう考えるのか。

それが怖い感じがします。

アメリカとイラクの間に戦争がないことを望むだけです。

代車で職場に向いました。

職場での仕事とアフガニスタンやイラクでの出来事が結びつきません。

昼休みに冷たい愛妻弁当をいただきながら戦争ってなんだろうと考えました。

先日も書きましたが昭和20年、30年代には少なからぬ家庭の玄関のドアの上に「遺族の家」という黒い小さなプレートが貼ってありました。

戦争で親や子供を失った人はたくさんいました。

その悲しみの万分の一でも理解できる想像力があればと思います。

日本人は「平和ボケ」だなんていう人もいます。

しかし「戦争ボケ」よりはましなのではないでしょうか。

夜間部の授業がありました。

この日記を打っていると電話がなりました。

次男からであります。

久しぶりです。

暗い予感がしました。

「おやじ、俺が電話する理由は一つしかないだろう」

と偉そうに申します。

「金か」

と言いますと

「さすが親父飲み込みが早い」

父親を舐めているのか。

妻が代わって電話に出ました。

妻に話を聞くと次男がバイト先を変えてそのアルバイト代が月末になるそうです。

その間のつなぎに早く金を送って欲しいそうです。

ほんまかいな。

こんなことを書きながら風呂に入り夕食をいただきこれからテレビを見て寝る。

太平洋戦争の時代に比べると天国のようなものでしょう。

灯火管制も空襲もありません。

それでも満足できないのが人間というものなのでしょうか。


12月15日 (日) 心はホッカホッカ


起床は9時。

妻が朝から会社で仕事があるからと言ってでかけました。

一人で朝食を準備しました。

トースト1枚、目玉焼き2つ、レタス、紅茶。

食後に個人的日記をつけました。

それから昨日録画しておいた12チャンネルのビデオを見ました。

「裸の銃を持つ逃亡者」

という題ですが私には内容が何もわからない映画です。

こういう映画はあけてお楽しみのところがあります。

見初めてこれがレスリー・ニールセン主演の喜劇映画だとわかりました。

あらゆるハリウッド映画のパロディーをごった煮にした映画です。

アメリカの喜劇映画というのはあまりおもしろくありません。

日本人と笑いの内容が違うのでしょう。

そういう中ではまあまあ「クス、クス」と多少は笑えました。

この映画を見てしまうとやることがありません。

図書館から借りてきた本を読みました。

「少年Hの盲点 忘れられた戦時史」 勁草書房 山中恒 山中典子

「少年H」という小説を読んでいません。

それでこういう本を読んでもしょうがないかと思いました。

しかし、「国家神道」と呼ばれているものがどのようなものであったのかよくわかりました。

戦前、政府は神道を政府が宗教と認めませんでした。

もっと一段次元の高い国民の道徳規範にしようとしていました。

明治の廃仏毀釈のころからの問題が現在の靖国神社問題までつながっています。

「国民の自然発生的な仏教による檀家制度」

VS

「国家の上からの神道による氏子制度」

と捉えても大きい間違いではないでしょう。

このあたりの戦前の文献を用いての紹介・説明はおおいに勉強になりました。

この本を読み終えた後後は妻が昼ご飯を買ってくることを待つのみです。

しかし、なかなか帰って来ません。

やっと1時半になって帰ってきました。

昼食はホッカホッカ弁当の「幕の内弁当」です。

妻のお言葉によれば

「高いかと思っていたけれど400円くらいなのね。これじゃデフレになるわよね」

と申します。

それでもいつもの休日と豪華さが違います。

ホッカホッカ弁当であれ「幕の内弁当」を食べるのは半年ぶりか。

美味しくいただきました。

その後、2時から12チャンネルで

「夏樹静子サスペンス 目撃 ある愛の始まり」

を途中まで見ました。

再放送です。

妻が炬燵の向こうで

「あんた、このドラマ、一度見ているわよ」

と言います。

私が

「俺は見た憶えがないからお前さん一人で見たんじゃないか」

と言いますと

「何言っているの。あんたが見なければ私はこういうドラマは見ないわよ」

と申します。

こう言われると自信がなくなります。

「沢口靖子は相変わらず若くて可愛いなあ」

と言いますと

「もう40歳近いんじゃないの」

と妻が申します。

嫉妬でもしているのでありましょうか。

「それよりあんた、車屋さんが持ってきた代車乗ってみたら。明日、急に乗ると危ないんじゃないの」

と申します。

「別にいいよ。今日、乗っても、明日乗っても危ないのは同じじゃないか」

と申しますと

「あんたは本当に車に興味がないのね」

とあきれたような顔をされました。

ハイハイ。

テレビを見ているうちに眠ってしまいました。

目覚めると今の電気もテレビも消えています。

妻が気を使ってくれたのでありましょうか。

代車のことを思い出して

「俺、本屋に行ってくるから」

と言うと妻はわざわざ玄関先まで出てきました。

車のことをどうも心配しているようです。

車を発進する時にアクセルを踏むと急発進になってしまいました。

それだけで妻は蒼ざめております。

「あんた、大丈夫なの」

と心配そうに声をかけてきました。

全然夫を信頼していません。

と言いながら私も緊張して車を運転しました。

三菱の車ですが車種もわかりません。

それでも10分くらい運転して無時に本屋さんに到着しました。

こういう時に危ないのは駐車場に車を置きながら自分の車がどれだったか忘れてしまうことです。

久しぶりの本屋さんで半年ぶりに本を一冊買いました。

どんな本を買ったかは秘密です(?)

1200円プラス消費税。

高いなあ。

それから夕方にライトをつけて無事に帰宅しました。

さすがに代車、いつもの倍は疲れました。

妻が玄関まで出てきてニッコリしながら

「無事だったのね」

と申します。

ウ―――ム。

沢口靖子にファンレターでも書くか(?)


12月14日 (土) さすらう昼行灯


昨夜は帰宅してこの日記をつけた後風呂に入り夕食です。

夕食をいただきながらNHKBSを見ました。

「忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻」 1959年 東映映画 監督 松田定次

主演が片岡千恵蔵・中村錦之助・大川橋蔵・大友柳太郎。

映画全盛期時代の東映オールスター映画です。

これを最後の1時間ほど見ました。

上に書いた四人は全員故人です。

大石主税役の北大路欣也がまだ少年なのに感慨を新たにしました。

この映画は最初からビデオに録画しました。

こんど自分でも何時見るのかと思います。

その後に今度は昼間同じNHKBS録画しておいた映画を見ました。

「忠臣蔵 天の巻・地の巻」昭和13年 監督 牧野雅博 富本国保

主演は坂東妻三郎・片岡千恵蔵・嵐寿十郎・沢村国太郎・志村喬。

片岡千恵蔵が前の映画では大石蔵之助。

今度の旧い映画では浅野匠之守と立花左近の二役という忙しさです。

見ているほうが何がなにやらわからなくなりそうです。

それに何やらラストの場面は同じ脚本を使ったかのと思えるほどそっくりです。

映画としては旧い方が面白かった気がします。

特に大石蔵之助役の坂東妻三郎。

立花左近の片岡千恵蔵。

この二人が対決する場面は過去の忠臣蔵映画のなかでも屈指の名場面でした。

見終わると1時です。

さすがに疲れました。

しかし、こういう映画を見ているといつもわけがわからなくなります。

私は歌舞伎の「忠臣蔵」と大仏次郎原作の「赤穂義士」を混乱させているのでしょう。

上杉家の家老千坂兵部や蜘蛛の陣十郎が出てくるのは誰の原作だったのかわけがわからなくなります。

四十七士で私が最初に憶えた名前は確か神崎与五郎です。

小学生の頃、貸し本屋から借りてきた講談本で呼んだ記憶があります。

神崎与五郎は一人で江戸に向う途中箱根で雲助連中ににいじめにあいます。

赤穂浪人と自分の身分を名乗ることが出来ません。

そのため恥辱を受けながらも亡君の仇討ちのために我慢します。

中国の故事である「韓信の股くぐり」に倣って「神崎与五郎箱根の股くぐり?」と言います。

と書かれた文章を覚えています。

この話が何故か赤穂浪士の中では一番印象に残っています。

しかし、映画でこの場面を見たことがありません。

今日は7時に眼が醒めました。

起きて妻の朝食も一緒に私が作りました。

トーストと目玉焼きがとレタスと紅茶。

妻が後から起きてきて一緒にいただきました。

ところが食卓を見て私は驚きました。

妻の前のお皿の上の目玉焼きが卵焼きに変わっています。

こはいかに。

「おいおい、どうしたんだよ。俺が作った目玉焼きはどうなったのんだよ」

と追求すると

「私は生の卵は駄目なのよ」

と申します。

エエエエエエ!知らなかったなあ。

生肉も焼肉も生魚も刺し身も駄目ということは知っていました。

しかし、生卵まで駄目とは。

それも目玉焼きさえ駄目とは。

結婚して30年たって初めて知った真実です(?)

所詮私と同じプロレタリア階級の出身なのに。

これはまた高貴なお生まれの方のような好みであります。

どこが?

まあ、いいじゃないですか。

それにしても夫婦はお互い何もわかっちゃいない。

その後、2台の車に分乗して車屋さんに向かいました。

私の車が車検です。

車屋さんが代車がなくて出せないということです。

私の車を車屋さんにおいて妻の車で返ってくるという寸法です。

このことで昨日妻に散々文句を言われました。

「あんたは人がいいんだから。うちくらいよ、車を車検でわざわざ持っていくのは。普通は向こうが車を取りに来るのよ。お陰で私は朝早く起きないとだめでしょう。せっかく休みの日でゆっくり眠ろうと思っていたのに」

ということです。

それで私も朝早く起きてサービスにために妻の朝食の用意をした次第です。

その苦心の目玉焼きを卵焼きにされて(泣)

車屋さんについて車を預けました。

社長が出てきてコーヒーでもと言われ、ショウールームのラウンジでコーヒーを頂きました。

この社長さんには2、3年前の車検の時に逢って以来です。

10分ほど世間話をしました。

妻の車で帰り道にある図書館に向う途中妻が申しました。

「あの、社長さん、相変わらず凄いわねえ。きっと私たちの顔は覚えているんだけれど名前も覚えていないのよ。だけど、ああいう風にコーヒーでもと言われると悪い気はしないわよね。一日、きっと24時間働いているのよ。偉い人だわ」

私が聞きました。

「うちの子供は三人ともああいうタイプの人になれないかねえ」

車が揺れるほど妻が笑いました。

「ウハッ、ハッ、ハッ、あんた何考えているの。うちの子供には到底無理よ。あんたがあんた何だから」

と明るい顔で申します。

小泉純一郎も真っ青の恐るべき責任転嫁。

しかし夫の私は
我慢です。

ならぬ堪忍、する堪忍。

大石蔵之助も「昼行灯」と言われていました。

神崎与五郎も股くぐりをしました。

関係ないか。

図書館に寄り本とビデオを借りました。

それからスーパーに寄りました。

帰宅して昼食はうどん。

それから仲良く炬燵で昼寝です。

夕方に車屋さんから電話がありました。

「もう11万キロも走っていますね。エンジンベルト・前輪のタイヤ・ラジエター、みんないかれているので修理に時間がかかり明日納車は無理です。費用は車検代を入れて20万近くになります。今から代車を届けますので時間を下さい」

とのことです。

泣きっ面に蜂です。

この金がない時に。

日本銀行本店にでも討ち入りしたい気持ちになりました。

かくてまた

「金のない夜がまたくる、思い出つれて」

小林旭「さすらい」の心境であります。


12月13日 (金) 内憂外患です


今朝は布団の中にいると

「あんた、靴の中に湯をこぼしたのでティシュを入れておくからね」

と妻の声が外から聞こえ、それからドアが閉まる音がしました。

寝ぼけた頭で事態を考えました。

きっと車のフロントガラスに霜がついていて湯でとろうとしたのでしょう。

それで玄関の私の靴に湯をこぼしたのでしょう。

一年近く履きっぱなしのスニーカーです。

どうでもいいといえばどうでもいいのですが。

ただ足がグチュグチュすると考えると。

一人で朝食をいただきました。

何故かパンと紅茶以外にレタスをいただくようになりました。

こういう時にはきっと疲れがたまっているのです。

生野菜をいただけば元気が回復するというのか。

体が栄養のバランスをとろうとしているのか。

まあ、ある種の生野菜幻想かもしれません。

ただなぜかレタスに大量のマヨネーズをかけるのが好きです。

栄養バランスとして本当にいいのかどうか。

それにこういう時は居間のエアコンを入れます。

置炬燵の電気を入れます。

足温器を入れます。

こうして完全武装しておかないと風邪を引く可能性があります。

昨夜も食後パソコンに向かいながら妻から

「あんた、パジャマ一枚でいないで上に何か着たら」

と言われました。

「俺はスーパージャイアンツだから大丈夫だ」

旧いギャグで返事をすると

「ハイハイ、わかりました」

と布団の中に消えていきました。

どうもセーターを着るという動作が面倒なのです。

それにこういう場合は何故かエアコンは入れません。

食後なので体温が高いせいなのでしょうか。

おかげで夜は風邪を引くギリギリのところでいるみたいです。

職場に向いました。

夕方に校舎を移動して授業です。

この金曜日に移動する校舎は山に近いせいもあって気温が低い。

校舎内は全面禁煙です。

それで休み時間に外の駐車場に出て一本だけ煙草を吸います。

空気が冷たい。

ハイライトを吸っていると体が凍りついたようになります。

帰宅すると妻が玄関の外まで迎えに出てきました。

「あんた、今日は星がきれいよ」

と妻が申しますので夜空を見上げると確かに星がきれいに見えます。

「オリオンがわかるだけだなあ。ベデルギウスが赤いなあ」

と私が言うと妻が笑っています。

先日、プロネタリウムを一緒に見たというのに情けない限りです。

風呂に入ると生き返ったように元気になりました。

それから冷の清酒をコップに一杯頂きました。

明日が休みという日はお酒も美味しい。

缶ビールはさすがにやめました。

しかし、心配性です。

年賀状を書かないと。

免許の更新に行かないと。

と考えていると面倒になってきます。

相変わらず忌中のお葉書がポツポツ参ります。

これを筆まめの住所録から印刷しないようにしなくてはなりません。

それはいいのですが、去年に忌中だった方の住所をまた印刷できるようにしなくてはなりません。

この方たちと住所変更して年賀状が戻ってきた方たちとの区別がつかなくなっていきます。

それに免許更新です。

有料ドライバーなのできっと15分の講習で済むと思っていました。

案内の葉書を見るとシートベルトの不着用1回で2時間講習になっています。

オイオイオイ。

それでなかなか行く気がしません。

内憂外患です。

それほどのことでもないぜ。

と思われることが私にはそれほどのことになってしまいます。

ああ、厭ですね、心配性という奴は。

かくして時は師走に雪崩れ込んでいきます。


12月12日 (木) 未来は過去(?)


昨日は職場にころがっていた本を借りてきました。

「ホーキング宇宙を語る」スティーブン・ホーキング著 林一訳 早川書房

こういう科学の本はめったに読むことはありません。

寝る前に布団の中でカール・セーガンの書いた序文だけを読みました。

その中で印象に残ったのは

「なぜ人は未来ではなく過去を憶えているのか」

という言葉です。

ウ―――ム。

考えもしなかったことが書かれています。

私は科学のことは何もわかりません。

科学については小学生程度の知識しかないかもしれません。

別に謙遜ではなく事実だと思っています。

しかし、こういうフレーズに出会うと心がウキウキしてきます。

世の中いろんなことを考える人がいるのだなあ。

と感動さえ覚えます。

ここからは

「なぜ人は未来ではなく過去を憶えているのか」

というフレーズに対する私の妄想。

もしかしたら人間は実は未来も憶えているのではないのか。

これから自分の人生はこうなると思っているとそうなってしまう。

ということは誰でも経験のあることではないでしょうか。

これは未来に対する予知能力ではありません。

未来を一度体験していてそのことを絶対に憶えておくことができない。

こういう装置が脳の中に存在しているのではないでしょうか。

現実に体験しながら脳は絶対に憶えていない。

そして今の現実を生きているように思う。

「体験したけれども脳が絶対に憶えていない世界」これが未来。

「体験した上に脳が憶えている世界」これが過去。

という風に考えればよくわかるでしょう(?)

この理論によって人がよく陥る既視感(デジャ・ビュ)も説明が出来ます。

既視感(デジャ・ビュ)は錯覚ではなく脳は憶えていないけれどもかって未来に経験したことがあるという感覚なのです。

そして人間が一度経験した未来でありながらもそのことに気付かずに怯えているのが「死」なのです。

これを「輪廻転生」と人は呼びます(?)

な―んて、エエ加減なことを書いてもしょうがありません。

今朝は妻が寝坊してしまいました。

妻がバタバタと出勤の準備をしながら

「あんた、ごめんね。今日はお弁当はないからね」

と言い残して家を飛び出していきました。

一人でトーストを一枚焼いていただきました。

新聞を読むと

「パワハラ」に負けるな

という記事が家庭欄に出ております。

なんのこっちゃ

と思って読みますと

みんなの前で怒鳴りつけたり、メールでしつこく命令したり――。上司の嫌がらせに、男性たちが「ノー」の声を上げ始めている。パワー・ハラスメント(職務権限を使った嫌がらせ)、略して「パワハラ」。電話とインターネットで無料の相談を受け付けた会社の電話はパンク状態になった。深刻な不況の中で、サラリーマンたちを「パワハラ」という影が覆い始めている。

というリードで記事が始まっています。

ウ―――ム。

なんかこう読んだだけでさみしくなりますなあ。

逆に「無能だ」「ケチだ」「人間がなっていない」「てめえのことだけを考えている」なんて部下からボロクソに言われて集団イジメに遭遇しオロオロしている上司もたくさんいるように思えますが。

こういうのは何ハラになるのでしょうか。

こういうことは個人の実力でもって個別に対応していくしか方法がないのでしょうか。

職場に行きました。

今日で三日かかりの生徒の面接が終りました。

生徒を観察しているといろいろな性格の生徒がいることがよくわかります。

こういう時はいつも自分の若い頃と比較して考えます。

「もっと、真剣に勉強しろよ、てめえの人生だろうが」

「こいつは19歳のくせに俺の若い時と比べるとよほどしっかりしているなあ」

「四人兄弟の長男か、これから親が金が掛かって仕方がないなあ」

なんて全部自分過去・現在に引き付けて考えています。

まるで生徒が私の人生を振り返るリトマス試験紙のようであります。

一人の生徒に

「お前さんの家庭はみんな仲がいいんじゃないか」

と聞きました。

「仲がいいです」

即答しました。

ついでに聞きました。

「家にいると幸せだろう」

「幸せです」

これも即答です。

別にひねくれて答えているのではなく素直に答えています。

私はこういう生徒に対しては急に不安を覚えます。

「おいおいおい、人生において家庭が幸せであるということは本当に素晴らしいことだよ。これほど大切なことはないからなあ。しかし、幸せであるということは人間からハングリー精神を失わせるからなあ。受験勉強もそういう面があるんだぜ。これからセンター試験までがんばりきらないと・・・」

と言うのが私の説教のパターンであります。

夕方に校舎を移動して授業です。

途中でガソリンスタンドによりガソリンを入れました。

その料金4449円。

何という数字でありましょうか。

ヨヨヨ、クルシイ(?)

帰宅してこの日記を転送して夕食。

今日の夕食のおかずも昨日に続いてやっぱり「シャケ」でした。

変わらぬ日々が続きます。


12月11日 (水) 夕食はシャケであります


昨夜は早く眠りました。

布団に入り湯たんぽに足が触ると心が満たされます。

そういう時には本を読まずに目を瞑ってしまいます。

そうすると以前のような不眠症にはなりません。

すぐに眠れるようになりました。

ただ体が疲れているだけなのかもしれませんが。

6時に眼が醒めました。

それからトイレに行こうか行くまいか考えているうちに7時です。

妻が仕事に出かけようとしていました。

「あんた、じゃあ、行ってくるわよ」

と声を掛けてくれました。

私は何故か

「ご苦労さん、雪は降っているから気をつけてな」

などと答えました妻が

「あんた、ねぼけているんじゃないの」

と言ったのでパッチリ眼が醒めました。

妻が作ってくれているサンドイッチをいただきました。

それに昨日の残りの味噌汁に卵を一個入れて温めていただきました。

テレビをつけると今日は和歌山カレー毒殺事件の判決の日だそうです。

NHKと12チャンネルを除いた民放チャンネルはすべてこの中継をしています。

裁判長による判決が後回しになり主文の朗読が始まったのでどのチャンネルも林真須美被告の極刑を予想しています。

状況証拠だけという死刑判決も恐ろしいものがあります。

快晴の日です。

車で職場に向かいました。

午後から生徒との面接です。

それから移動して夜間部の授業です。

夕方の校舎の移動は時間がかかるようになりました。

師走で誰もが忙しくて道が混んでいるのでしょうか。

移動中に

「今年も待ち人来たらずだったなあ」

と思いました。

「年の瀬や水の流れと人の身の明日またるるその宝船」

という赤穂浪士討ち入り前日(?)の宝井其角の歌を思い出しました。

こういう歌を思い出しながら怪しい記憶になってしまいます。

何もせずに私は宝船を待っているしょうもない男です。

歳月は矢のように過ぎ去っていくのに自分は変わらぬままに生きている。

こういう時は最低限健康であることが心の支えかもしれません。

帰宅すると妻がニコニコしながら言いました。

「あんたシャケが手に入ったのよ」

「?????」


会社でお歳暮に配ったシャケが余ったそうです。

それを社長が社員で分けるように言ったそうです。

おかげで私はこれからの食事は「シャケ地獄」(?)

贅沢は言えません。

不況の中、幸せな人生なのかもしれません。


12月10日 (火) がんばれ管直人


今朝は起きると快晴です。

昨日の雪の悪夢から解放されました。

なんと言っても快晴の時が一番気持ち良いものです。

チェーンの心配もありません。

スリップの心配もありません。

歩行中滑って骨折することもありません。

歳をとってくるとこの最後の事故が一番恐ろしい。

一昨日の夜、久しぶりに風呂に入る前に居間でスクワットをしました。

20回したら脚の筋肉に激しい痛みが走り即中止です。

馬鹿みたいです。

体の老化がはげしいのでしょう。

車の中で荷物をとろうとして振り向くて後部シートに手を伸ばします。

すると腕の筋肉がひねったような感じになります。

もう恐ろしいことだらけです。

晴れた天候の中、車で職場に向かいました。

昨夜のノロノロ運転と全然雰囲気が違います。

職場でいても昨日の寒さが嘘のようです。

昨日のような寒い日に暖房をガンガンつけていると頭が痛くなります。

不思議なものでビルというのは頭の上がどんなに暖かくとも足許はひどく寒いものです。

あれは空気の流れの関係なのでしょうか。

昼休みに近くのディスカウントショップに行き印刷用の紙を買いました。

この紙を買う時にいつも不安になります。

B4の紙を買おうとしているのか、A4の紙を買おうとしているのか不安になってしまうことです。

B4とかA4とかの概念がよくわからず買っているから不安になるのでしょう。

間違って買って帰った後の腹立たしさは大変なものがあります。

今日は夜間部がないので早く帰宅できます。

それだけで楽しい気持ちがするのが不思議です。

一昨日、昨日とかけて

「天気待ち 監督・黒澤明とともに」野上照代 文藝春秋社

を読みました。

伊丹万作に始まり戦前の映画スター、大映・東宝のスターが登場します。

楽しく読みました。

しかし、勝新太郎はどうして「影武者」の主演を自分から降りるようなことをしたのでしょうか。

役者としての大飛躍のチャンスだったかもわからないのに。

この「影武者」で成功していたら

かっての黒澤明・三船敏郎のコンビになっていたかもしれません。

まあ、もう二人とも故人になってしまいましたが。

7時前に帰りこの日記をつけていました。

7時になって突然思い出して妻に

「テレビをつけてくれ。NHKのニュース」

と言いました。

「ハイハイ」

と言って妻がつけてくれました。

ドンピシャ私が見たかったニュースが流れています。

今日は民主党の党首選でした。

管直人前幹事長と岡田克哉幹事長代理の一騎打ちです。

まあ、国民的盛り上がりには全然欠けています。

地域的盛り上がりにも欠けているでしょう。

支持率が3パーセント程度ではこういうものでしょう。

国会議員181人が投票し管直人104票・岡田克哉79票。

これは新聞予想とは全然違う管直人の圧勝です。

下馬評では僅差で岡田克哉が勝利すると言われていました。

結局、総選挙で勝つには管直人で勝負するしかないという平凡と言えば平凡な結論に落ち着いたのでしょう。

最近の日記に私は民主党のことばかり書いています。

きっと誤解なさっている方がおいでになると思います。

私は民主党の党員でも党友でもありません。

管直人は市民運動出身の政治家です。

今までの政治家とはタイプが違うことに興味を持っているだけです。

これで自民党も多少は緊張するのではないでしょうか。

まあ、どうでもいいと言えばどうでもいいことですけれど。

管さん、また女性問題をおこすなよ。

また週刊誌のターゲットになるのよ。

頼みまっせ。


12月9日 (月) 雪で消耗しました


朝の6時ごろに先に眼を醒ました妻が叫びました。

「あんた、雪が降っているわよ」

その声に私は一瞬にして暗くなりました。

私にとって雪は天敵です。

雪道で車を運転することは本当に恐ろしいことです。

神経の使い方が違います。

昔、大きい道路の交差点を右折しようとして見事にスリップ。

車はスピンして一回転。

幸い車が廻りに走行していなかったので事故にはなりませんでした。

まだ昼間はいいのですが、夜間部があります。

帰りに道路がアイスバーン状態になっていたらどうしよう。

こういう時に心配性の私は疲れます。

高崎では年に数回しか雪が降りません。

ですからいつまでたっても慣れることがありません。

それにチェーンを着装するのも実に下手です。

ああ、鬱だなあ。

新聞を読もうとすると今日は休刊日です。

昨日は日曜なので夕刊もありませんでした。

昨日朝日新聞のウェッブで見た記事が気になり探しました。

ところがその記事がありません。

私の検索の仕方が下手なのか。

インターネットで知り合った男女がいます。

大阪から家出して上京したきた女性が相手の男性のアパートに向かいます。

そこで二人で心中してしまいます。

自殺のことを研究する(?)サイトで知り合ったそうです。

何度かメールの交換はしていたのでしょう。

しかし、初めて逢った人と心中するものでしょうか。

それも一方が33歳、一方が30歳です。

怪しい記憶で書きました。

年齢に間違いがあるかもしれません。

事実に間違いがあったらお赦しを。

しかしわからないなあ。

人間、そんなに簡単に死ねるものなのかという思い。

それに初対面の人と心中するなんてどうなっているのだという思い。

せめてどうでもいいから結婚でもしてしまっていたらと思ってしまいます。

そうすれば思いもかけないドラマがそこから始まり死のうという気持ちもなくなったかもしれません。

片一方に強力な自殺願望がありその磁場に一方が引き寄せられたのか。

私の頭でどう考えても理解不能です。

妻にこの記事を読ませて言いました。

「こんなことが起こると親なんか心配でしょうがなくなったちゃうぜ。うちの子供は大丈夫かよ」

妻の返事に感動しました。

「お金送ってとかビデオを録画してとか電話してくるんだからそんな心配する必要なんかないわよ」

ウ―――ム。

この母親としてのリアリズムは説得力があります。

しかし、一人一人の命が本当にもったいないと思います。

雪が降る中職場に向いました。

いつもより緊張しております。

昔、初めて高速道路に乗った時、ハンドルを握る手のひらが汗でベットリしたことを思い出しました。

雪を消えろ、気温を上がれ。

夜間部が終り帰宅する時も必死でした。

妻も無事に帰ってきていました。

車の運転が苦手な夫婦にとっては雪の日に生きることは辛いことです(?)

帰宅してこの日記をつけていると電話が鳴りました。

娘からであります。

「ああ、お父さん、雪そっちは大丈夫だったの?」

雪のことを心配してわざわざ電話をくれたのです。

心根のやさしい今頃珍しい娘です(?)

それに比べ電話一本よこさない兄貴と弟は何をしているんだ!

という考えはよくないですね。

兄弟は平等に取り扱うべきです。

今度、生まれ変われるならハワイかタヒチがいいなあ。


12月8日 (日) 日米開戦の日です



今朝は3時まで本を読んでいました。

どうも土曜日の夜というのはいけません。

昔の癖が出て夜遅くまで起きていることになります。

昨夜、夕食を終えてから図書館から借りてきたビデオを観ました。

「ごろつき犬」大映映画 監督村野鉄太郎 主演 田宮次郎 水谷良重 

「デスペラート」監督 ロバート・ロドリゲス 主演 アントニオ・バンデラス 

「バックトラック」監督 デニス・ホッパー 主演 デニス・ホッパー ジョディー・フォスター


以上3本立て一挙上映です。

「ごろつき犬」はなかなか台詞が面白い。

脚本が藤本義一でした。

暴力団のボスが宮口精二。

この人は本当に映画によく出ていますなあ。

面白いのは面白いのですがどうも今一つです。

それで途中でぶん投げました。

「デスペラ―ド」はメキシコ版マカロニウエスタンと言えばいいのか。

これは最後のほうになって以前に一度見たことがあるのに気付きました。

アントニオ・バンデラスはこの映画一発で終わりのような気もします。

しかしB級アクションとしてはまあまあでした。

最後の「バックトラック」を一番真面目に見ました。

私はデニスホッパーのファンです。

この人が狂気じみた役を演じるとそのまま地でやっている気がします。

マフィアの殺人を目撃したポップアーティストが殺し屋に狙われます。

しかし、この殺し屋がポップアーティストの女性に恋をしてしまいます。

後はマフィアからの二人の愛の逃避行です。

この殺し屋がデニスホッパー。

相手の女性をどっかで見た事があるなあと思っていました。

よくよく見るとこれがジョディー・フォスター。

意外と肉体派なのに驚きました。

それからデニスホッパーに殺される若手殺し屋がこれもどこかで見た顔だなあと思っておりました。

名前が思い出せんが、ロバートレッドフォードが監督した「クイズショウ」に出ていたなかなかいい俳優です。

これも楽しい娯楽映画というところでしょう。

「ごろつき犬」は途中で止めたのでこの三本を見終わったのが午後11時過ぎです。

それから今度は本を読み出しました。

「プロレス『監獄固め』血風記録」マサ斎藤 講談社

「売れない本にもドラマがある」 柴田敬三 ほんの木

「浪漫的な行軍の記録」     奥泉光

最初の本は明治大学のアマレス出身のプロレスラーマサ斎藤の自伝です。

この本はマサ斎藤という人の人生観が出ていてなかなか読ませました。

二番めの本は現在以下に本が売れないか。

如何に出版不況かを教えてくれます。

自分の出版社の本を例にしてその発行部数と実売部数を書いています。

5000部刷って1500部しか売れないとか本当に厳しいものがあります。

これは半分飛ばし読みしました。

最後は戦争についての小説です。

これを途中まで読んでいると午前3時になりここでダウンしました。

ところが朝方電話がなり妻が出てそれから私が代わりました。

実家の母からです。

なんでもない電話でしたが年寄りの早起きには驚きます。

さすがに私も2時間しか眠っていなかったので電話が鳴ったのにも気付きませんでした。

起床したのは9時。

朝食をいただいてから個人的日記をつけました。

それから六チャンネルを見ました。

野村克哉前阪神監督が登場していました。

お元気そうで何よりです。

それにしてもあれだけ袋叩きにしながら

「去年は大変だったですね」

なんて言っている連中の厚顔無恥さには呆れます。

まあ、テレビタレントというのはそういうものなのでしょうが。

厚顔無恥さではテレビタレントと政治家がどっこいどっこいなのでしょう。

それから「浪漫的な行軍の記録」を読み続け2時間かけて読み終わりました。

映画ビデオ三本に本三冊はさすがにきついものがあります。

眼がショボショボしてしまいます。

それに頭の整理がつかず記憶が何がなにやらわからなくなります。

休みに全然金を使わずに生きていく方法。

テレビを見る。

図書館から借りてきたビデオを見る。

図書館から借りてきた本を読む。

パソコンをいじる。

これが一番いいみたいです。

しかし、これを実行すると強烈に眼を酷使します。

妻も私によく

「あんた、それだけビデオを見て本を読めればまだまだボケるってことはないわねえ」

なんて申します。

お昼はチャンポンです。

テレビを見ているとフジテレビで銀座のバーのママの話が出てきました。

銀座のバーに行ったこともないのにこういう話が嫌いではありません。

登場する広島出身のバーのママが広島出身の小説家の愛人だったそうです。

その小説家は香港に別な愛人と旅行中に急逝しました。

ウ―――ム、あの小説家かと私でさえが分かりました。

自宅で死ねば家族も精神的に楽だったのにと思います。

4時過ぎ妻と散歩に出かけました。

近くに養老院があります。

「俺も後10年もすればこういうところにいるのかなあ」

と言いますと妻が

「お金がかかるのよ。お金が」

と申します。

もう30年前に、東京で結婚した当時、小田急線の千歳船橋のアパートに住んでいました。

週に2回ほど二人で銭湯に通いました。

寒い冬の夜にはアパートには帰り着いた時には体が冷えていました。

二人とも若かったことが夢のようであります。

今日の散歩は空を厚い雲が覆い寒くてすぐに引き返しました。

今日は1941年に連合艦隊が真珠湾攻撃をした日米開戦の日です。

散歩をしていて気がつきました。

どの家の玄関先にも「遺族の家」という黒い小さなプレートを見かけなくなりました。

昔はよく見かけたものです。

あれはそういうプレートを貼る習慣がなくなったということなのでしょうか

夜がきました。

まるで夫婦二人で漂流しているような人生です。


12月7日 (土) 政治は愛だ?


昨夜は帰宅して遅い食事をいただきました。

その後、何気なくテレビのチャンネルを回していると

NHKBSで映画を放映していました。

「裸の島」近代映画プロ 監督・新藤兼人 主演 音羽信子 殿山泰司

以前にもこの日記に書きましたが傑作です。

思わず最後までまた見てしまいました。

私は一緒に見始めた妻に

「音羽信子は宝塚ではなんと言われているんだよ」

と尋ねました。妻はニッコリしながら

「百万ドルの微笑よ」

と答えました。

懐かしい言葉であります

「百万ドルの・・・・」と云う言葉が昔確かに流行しました。

しかし、私の尋ねていることとは全然違います。

宝塚のスターだった女性が独立プロの女優として苦労したことを宝塚歌劇団やそのファンだった人たちはどう思っているかということです。

あまりいい感じはしなかったのではと思います。

それにしてもこの映画の林光の音楽は素晴らしい。

昨日までの3日間、家で「張り込み」「愛と希望の街」「裸の島」と連続的に見ました。

まるで学生時代に池袋の「人生座」や「文芸座」でいるような気分になりました。

今朝は7時に目覚めました。

それからずっと布団の中で妻が起きるのを待ちました。

1時間半待ちましたが、死んだように眠っています。

それでついに8時半に起きて自分で朝食の用意をしました。

私が食べだした頃に頃合を見計らっていたように妻が起きてきました(?)

朝刊を読みました。

いつも書き忘れていますが私が購読している新聞は朝日新聞だけです。

「私の視点」欄を読みました。

哲学者の宮崎哲弥が「さようなら、鳩山民主党」という文章を書いています。

読みながら笑いました。

宮崎哲弥はまず

「地球市民としての自立と共生」「政治に美を導入したい」「政治は愛だ」「政治家にはセックスアピールが必要」・・・・書き写しただけで体から力が抜けそうな空言の数々。いまどき三流の広告コピーでもお目に掛かれない「寒い」言葉の羅列だ・・・・以下略。

と書いています。

一人で笑いながら読みました。

また安心もしました。

本当に「NHK全国青年の主張コンクール」の方がまだましです。

宮崎哲弥の尻馬に乗って言うわけではありませんが、私はこういう言葉を信じる現象を

「愛は地球を救う現象」

と呼んでいます。

「愛は地球を救う」というのは日本テレビが考え出したコピーです。

この絶望的に実体のない言葉。

きっと鳩山由紀夫はこういう言葉が好きなのでしょう。

こんなコピーなら私はまだ東京テレビの「愛の貧乏脱出大作戦」の方がよほど好きですぜ。

私は鳩山由紀夫を見るたびに近衛文麿とか細川元首相とかを思い出します。

華族の末裔・大名の末裔・鳩山家のような上流階級(?)の末裔。

連中が持っているあのどこか大衆を馬鹿にした無責任な雰囲気が大嫌いです。

そんな連中に迎合する下々の連中(?)が大嫌いです。

私の妻が

「あんた、私を本当に愛しているの」

と尋ねたら私はそれなりに答える心の準備はあります。

もちろん、実に怪しい答えになるかもしれませんが(?)

しかし、妻がある日突然

「あんた、私達は地球市民として自立しなくてはならないのよ」

と言ったりしたら即しかるべき医者かカウンセラーに紹介します。

「政治は愛よ」

なんて言い出したら即強制入院させます(?)

宮崎哲弥は文章の最後に今野党を見渡して何とか自民党と対抗できるリーダーは

小沢一郎と管直人

だけだと書いております。

だから管直人を民主党代表にしたらいいんだよ。

と書いたりしていると床屋政談のレベルになってしまいます。

朝はパソコンをいじっているうちに早くも12時です。

昼食はケツネうどんにキツネ寿司。

例によって例のごとき未来永劫変わらぬ定番であります。

午後は職場に行きました。

休みの筈ですが生徒の親が面接したいというので出勤です。

母親かと思っていたら父親でした。

20分くらいの面接でしたがいいお父さんだということがよくわかりました。

私は

「合格するのは間違いないと思いますができる限り滑り止めを受けるように言ってください」

と頼んでおきました。

お父さんも

「私も滑り止めが心配ですので先生からも本人に話してください」

と頼まれました。

これは私と父親の子供に対する「八百長レース」か(笑)

面接が終ってから図書館に行きました。

真剣に書棚の本を眺めていました。

突然、服の袖を引っ張られ

「やっぱりここで逢ったわね」

という女性の声が背後からしました。

私の心拍数は爆発的に急上昇しました。

アドレナリンが体中を駆け巡ります。

こんな寒い雨の土曜日に人生なかなか捨てたものではない!

私は驚いて振り返りました。

興奮が一気に瞬間冷凍のように醒めていくのを意識しました。

見慣れた顔の女性が立っていました。

残念ながら(?)妻でした。

この時の気持ちというのは何と申しましょうか。

まあ、拍子抜けと言えばいいのか。

一瞬の心のときめきが凍りついたと言えばいいのか。

天国から地獄へと言えばいいのか。

筆舌に尽くしがたいものがあります。

それはそれでよかったのかもしれません。

もしもここで私が美貌の女性と一緒に立っていたら。

その二人の姿を妻が背後から見つめていたとしたら。

想像しただけで背筋に寒いものが走りました。

まあ、世間ではこういうことを正しくは「妄想」と呼びますが。

本を借りおえて帰宅すると妻が先に帰っておりました。

「あんたを探したのだけれど見えなかったので先に帰ってきたのよ」

と一人で言い訳をしながらケーキを食べております。

ウ――――ム。

もしかすると、一人でケーキを食べたいために急いで声を掛けずに図書館から帰ったのでは。

という私の鋭い推理を私はあえて口にはしませんでした。

妻の当然のごとくケーキを私には勧めません。

人生は愛なんかよりもケーキです。

冷蔵庫との中を覗くと紙パックのアイスコーヒーがありました。

グラスに入れようとすると「半額」の表示があります。

賞味期限が12月7日となっています。

今日です(!)

思わず妻に向って叫びました

「おい、このコーヒー今日が賞味期限じゃないか。大丈夫かよ」

妻が私のほうも見もせずに申しました。

「あんたなら大丈夫よ」

これほど信頼されている夫が世の中にいるでしょうか。

私が変死した場合は賞味期限が切れた食品をいただいた可能性があります(?)

外は雨です。

朝から雨模様だったのが午後から本格的に雨が降り出しました。

冬の雨は精神的によくありません。

この日記を打ち終えてホッとしています。

今夜はゆっくり読書をするかテレビを見ます。


12月6日 (金) 「愛と貧乏の家」?


昨夜は帰宅してこの日記を転送し終えたのが10時半。

それからお風呂に入って夕食です。

夜遅い夕食というのはこの歳になると少しきついものがあります。

仕事の性格上仕方がないのかもしれません。

ですから飯は一膳で終わりです。

午後7時に食べる夕食と午後10過ぎに食べる夕食では何か全然違う感じがします。

それから眠ろうとしながらBSで放映したのをビデオにとっておいた映画を観ました。

「愛と希望の街」松竹映画 大島渚監督 田村猛脚本

主演 望月優子・渡辺文雄・富永ユキ・千之赫子・藤川弘志

この映画は「張り込み」の翌年の昭和34年に制作されました。

大島渚のデビュー作です。

主人公の藤川弘志は中学三年生です。

母親の望月優子は靴磨き。

妹は多少精神的に障害があります。

絵に描いたような赤貧家庭です。

主人公の少年は母親が靴磨きをしている路上で鳩を売ります。

その鳩を購入するするのが富永ユキ。

大メーカーの重役の娘です。

鳩は売られても少年の家にその帰巣本能のために少年の家に戻ってきます。

同じ鳩を何度も売ることによって生活費を得ています。

望月優子は息子を高校へやりたいと思っています。

しかし、少年はそれは今の経済状態では無理だと思っているので就職口を探します。

少年の担任の女教師が千之赫子。

富永ユキの兄である渡辺文雄に少年が父親が勤める工場に就職できる協力を依頼します。

しかし、少年は試験の結果がよかったにもかかわらず就職できません。

身元調査の結果、鳩の一件が会社に発覚したからです。

少年は再び鳩を売ります。

富永ユキはその鳩を再び買って兄の渡辺文雄に猟銃で撃ち殺させます。

わずか
1時間10分の短さの映画です。

私はこの映画ははじめて見ました。

ウ―――ム。

一方に赤貧にあえぐ家族。

一方にブルジョワ生活を満喫する家族。

ブルジョワの兄弟が赤貧洗う生活をしている少年を憎みます。

同じ鳩を何度も売って金を儲けている詐欺行為についてそれを赦さないのです。

最後に鳩を撃つことによってお互いの否和解性を確認します。

残念ながら私自身はもうこういう映画に感情移入が出来なくなっております。

あの鳩を売らなけれけばならないような生活を私も経験はしました。

しかし、やっぱり何かが違う感じがします。

小学生の頃に近くに教会があり私はそのイースター祭(?)か何かに参加した記憶があります。

その時に机の前に一個ずつ黄色や赤の色を塗った「ゆで卵」が配られた記憶があります。

その時、私はその「ゆで卵」を見た瞬間に

「俺は乞食じゃないぞ」

と思いました。

キリスト教も社会主義も何の関係もありません。

どうしてそう思ったのかいまでもよくわかりません。

それから私は現在までもいわゆる「チャリティ―(慈善)」的な思想は嫌いです。

よく言われるように「慈善と偽善」は区別できないものです。

ですから富永ユキのようなブルジョワ娘は見ただけで虫唾が走ります。

おかげで貧乏な女性と結婚してしまいました(?)

おかげで疲れる人生を送っております(?)

でもブルジョワ娘と結婚しなくてよかっとと思っております(?)

貧乏人は貧乏人同士が何と言っても気が楽です(?)

でもそのような個人的体験を普遍化するのはどこか間違っています。

それに時代がもう違います。

ただ大島渚の映画はいつも人間の図式化が激しすぎます。

「ブルジョワVS貧乏人」

だから社会主義・共産主義かと言えばおっとそうはいかないよ。

ということを戦後日本人は50数年近くの間に経験してきたことでしょう。

このことは書き出すと長くなりますのでやめます。

起床して自分で目玉焼きを二個作っていただきました。

子供の頃に食べた目玉焼きの美味しさとは違います。

日本人自体の生活が上昇したのでしょう。

金がないなあと思いながら目玉焼きを朝食に食べているのです。

昔の貧しさとレベルが全然違う感じがします。

午後に出勤です。

夜間部の授業です。

帰宅して日記を書き夕食をいただきました。

妻とこの日記を書きながら昔のお互いの貧乏物語を少ししました。

妻が言います。

「あんた、来年の生活大丈夫よね」

私が答えます。

「大丈夫だよ。お互い元気だったらどうにでもなるさ」

何とかしろよ、民主党。

全然関係ないか。


12月5日 (木) 「張り込み」はやっぱり傑作です


昨夜は夕食の後に図書館から借りてきたビデオを観ました。

「張り込み」松竹映画。

監督 野村芳太郎・脚本 橋本忍・音楽 黛敏郎。

主演 大木実 宮口精二 田村高広 高峰秀子 高千穂ひずる。

昭和33年度の作品です。

モノクロームです。

ビデオをセットしていると妻が

「また『張り込み』観るの。よくあきないわね。あの『七人の侍』のかっこいい剣客をやった人が刑事になっている映画でしょう」

と一人で笑いながら布団の中に消えていきました。

勝手に何とでも言いなさい。

私は私の道を行く。

私はもしかするとこの「張り込み」よりも同じ野村芳太郎監督の「ゼロの焦点」を何度も観ている気がしていますが。

こちらはテレビで放映した奴を録画したビデオを持っていますので。

しかし、今回、観て、またまた感動しました。

東京で質屋を襲撃して質屋の親父を殺害した犯人が九州佐賀に逃げます。

そこに昔の恋人が銀行員の後妻となって生活しているのです。

この犯人に田村高広。

犯人を追う警視庁の刑事に大木実と宮口精二。

昔の恋人に高峰秀子。

その夫の吝嗇な銀行員に清水将夫。

役者が揃っています。

二人の刑事が高峰秀子の家を張り込むために旅館に宿泊します。

その女将が懐かしや浦辺粂子。

宮口精二の妻が菅井きん。

田村高広の共犯が内田良平。

二人の刑事が宿泊している旅館に現われる佐賀署の刑事が多々良純。

多々良純が登場した時には思わず私はニッと笑ってしまいました。

大木実の恋人の高千穂ひずるの父親が藤原釜足。

懐かしい日本の映画の俳優達。

もうこれだけで映画の本筋と関係なく実にノスタルジックになってしまいます。

それにセミドキュメンタリーで映し出される日本の田舎の風景。

昭和33年制作です。

犯人役の田村高広は結核におかされています。

テレビアンテナなし。

スーパーなし。

コンビニなし。

マンションなし。

サラ金なし。

あるのは未舗装の道路・田んぼ・田舎道・お祭り。

列車は皆蒸気機関車。

川沿いに柳の並木が並んでいます。

商店街が町の中心にあります。

ローカルバスには女性の車掌が乗っています。

高峰秀子が大雨の中を夫の銀行に傘を持って迎えに行きます。

高峰秀子が履いている下駄の鼻緒が切れます。

典型的日本映画の美しい場面です。

きっと自分の歳が歳です。

きっと昔の全ての風景がノスタルジックに見えてしまうのでしょう。

故意にノスタルジックさを狙った同じ野村芳太郎監督の「砂の器」よりも作品としては数段上です。

セミドキュメンタリー風故になおさらノスタルジックになるのでしょう。

このノスタルジックな画面にサスペンスを盛り上げるのが音楽。

黛敏郎のジャズっぽいBGMが入るとさらにまたノスタルジックになるから不思議です。

この映画は刑事映画のジャンルとしても傑作です。

黒澤明「野良犬」「天国と地獄」とともにベストスリーに入るでしょう。

今朝は8時に起床。

パンと紅茶を一切れ食べました。

午後に出勤しました。

校舎を移動して夜間部の授業です。

どうも歳の瀬が近づいている感じがしません。

自分の生き方が問われているのでしょうか。


12月4日 (水) りんごの気持ち


昨夜は風呂に入って久しぶりに髪を洗いました。

確か一ヶ月前に散髪してから2回目です。

今朝は8時ごろまで布団の中でまどろんでいました。

そこに電話がジャ――ンとなりました。

仕事の電話です。

完全に眼が醒めてしまいました。

電話の音というのはメールに慣れると本当に怖い感じがします。

私は携帯電話をもっていませんし持つ意味もありません。

それで家の電話がなるとろくなことを考えません。

職場に向かいました。

今日は補講です。

終ってから自分の部屋の大掃除をしました。

10年近くいる講師室ですがでてくるのはテキスト・書類・プリントくらいです。

本当に予備校というところは何もないと痛感しました。

それでも昔の卒業生からの手紙や葉書が出てまいりました。

何故か分かりませんが捨てるわけにもいかずとっておきました。

外は雨模様です。

12月の雨は肌寒い。

夕方に校舎を移動しました。

夜間部の授業です。

帰宅して車置き場まで妻が迎えにきました。

玄関からそこまで2メートル。

何故か嬉しそうにピョンピョン飛んでいるような仕種をしています。

「ただいま、どうした、何かいいことがあったのか」

と思わず聞きました。

「何もいいことないわよ。ただ寒いから体を動かしているのよ」

と愛想のない返事であります。

私もピョンピョン飛ぶように家の中に入りました。

妻が思い出したように

「長野からリンゴが一箱届いているわよ」

と申します。

昔教えた生徒の実家が長野にあります。

そのお父上からこの十五年近くリンゴを送っていただいております。

丸山さん本当にありがとうございます。

その生徒に何をしたわけでもありません。

ただもう一人の生徒と三ヶ月近く一緒に勉強を教えただけです。

そのことだけでこんなにしてもらっていいのだろうかと思ってしまいます。

ありがたくいただくつもりです。

夕食は昨日に続きモツ鍋です。

私一人しか肉を食べません。

ゆえにモツ鍋のセットを二日に分けて食べなくてはなりません。

うれしいような哀しいような。

12時に昼食をいただいてから何も食べていません。

さすがに9時過ぎになるとおなかが空きます。

今から風呂に入って楽しい(?)夕食です。

それから長野のリンゴをいただきます。

♪ あかいリンゴに唇寄せて黙ってみている青い空

  リンゴは何にも言わないけれどリンゴの気持ちはよくわかる・・・・

リンゴの気持ちはわかりませんがありがたくいただきます。


12月3日 (火) 妻との二・三の会話


昨夜は夕食後パソコンをいじっていました。

妻はウイスキーをチビチビ飲みながらテレビに見入っております。

どうも演劇のビデオを観ているようです。

宝塚歌劇団の録画ビデオではないようなので

「何のビデオを観ているの?」

と尋ねました。

すると妻は座椅子に踏ん反り返りながら私を振り向きもせずに

「トマルシンゾウよ」

と答えます。

あまり聞かない題目だと思いながら、

都丸新三?都丸信三?戸丸真蔵?戸丸慎三?

いろいろ考えましたがまったく何も浮びません。

それに今の演劇は個人名でもタイトルにつけるのかなあと思いつつ

「トマルシンゾウってどんな芝居だよ」

と聞くと

「トマルシンゾウよ」

と相変わらず面倒くさそうに答えます。

「俺は一度も聞いたことがないぜ」

と返事すると、やっとこっちを振り向いて

「あんた、何言っているのよ。トーマノシンゾウよ」

と答えました。

その時、やっと私は妻の音声を聞き取れたのです。

「トーマの心臓」

何という時間のかかり方(泣)

「どこかで聞いたことがあるけれどもしかしたらハギオモツの漫画か?」

と聞くと

「ワッハッハッ」

と勝ち誇ったようなでかい笑い声を上げました。

それから夫である私を嘲笑うかのごとく

「それをいうならハギオモトでしょう」

と申します。

その笑い方・物言いに私の夫としての威厳は銀河系の彼方に吹っ飛ばされてしまいました。

ウ―――ム。

一度新聞で名前を見たことがあるが萩尾望都は「ハギオモト」だったのか。

道理で変な名前だと思っていたのだ。

自分の名前にペンネームとは言えど「望都(モツ)」なんて名前をつけるなんて変な人だなあと思っていました。

世の中には私よりひどい人もいるかもしれない。

もしかしたら「望都(ボウズ)」なんて読んでいる人もいるのではないか。

ここで警鐘を鳴らしていたほうがいいか(?)

あれは「ハギオモト」と読みます。

私も今妻に教わったところです。

かくして正しい文化が伝承されていくのです(?)

私もそのビデオを付き合いで観ました。

ところが三人の男の俳優が宝塚のようなファッションで登場しております。

5分で付き合いを止めました。

妻は12時過ぎまでかけて観終わりました。

それからそのビデオテープを封筒に入れ始めました。

「何をしているんだよ」

と聞きますと

「麻季に頼まれていたのよ。明日、宅急便で送ってやるの」

と答えました。

妻は娘に頼まれてビデオを録画をしたそうです。

しかし、そのビデオを娘よりも母親が先に観てしまう。

これはどこか人倫に反するような行為に私には思われます。

まあ、ええか。

今朝は6時半に起床。

朝早く仕事に行きました。

9時から会議がありそれから11時近くまでいました。

日曜日にも出勤したので疲れています。

それで今日は授業がないので早退しました。

図書館に寄りました。

ビデオを借りるときにまたまた松竹映画「張り込み」を借りてしまいました。

観るのか観ないのかもわからないままにこれで何回借りているのか。

自分でも厭になります(?)

帰宅して炬燵に入った途端に眠くなりました。

一時間ほど炬燵で眠りました。

眠りから起きた後のこの気分の悪さは何なのでしょう。

妻が仕事から帰ってきました。

今日の夜は「モツ鍋」だそうです。

萩尾望都は「モツ鍋」が好きなのでしょうか。


12月2日 (月) 面接が万能なのか


昨夜は疲れて11時に眠りました。

おかげで今朝は6時に目が覚めてしまいました。

トイレに入ってそれからまた布団に潜り込みました。

しかしさすがにもう一度眠ることができません。

布団の中で元気のない豚のようにじっとしていました。

床から出たのが7時半。

新聞を読みました。

元東京教育大教授の家永三郎死去。

享年八十九。

一面にこの記事が大きく掲載されています。

一面トップは

「鳩山代表 新党構想先送りに」

という記事です。

こういう記事が出るたびに確実に民主党の支持率は下がっていくでしょう。

サンドイッチをいただきながら10分ほど新聞を読みました。

それから灰皿を流しに置き、炬燵・足温器の電源を切ります。

電灯を消して出勤です。

午前中に授業があり夜にまた授業がありました。

帰宅してインターネットを見ていて次の記事を見つけました。

朝日新聞のウェッブです。

長い記事ですが引用します。

 

群馬大医学部、教授に「通知表」 面接官の“目”を採点

群馬大学医学部は、来春の入試で面接官を務める教授らの過去の採点傾向を分析するなどした「通知表」を作成した。教授によっては、出身地や性別、現役・浪人の違いなどで採点の激しい偏りがあったといい、教授本人にも通知した。 同学部の一般入試の前期・後期と推薦入試では、教授が3人1組になって3〜5人の受験生を面接する。調査した小宮義璋教授(分子病態学)によると、教授によっては、合格した場合に入学率の高い地元高校出身の男子や現役の生徒などを有利に採点する傾向が目立った。「地元高校では、男子の成績上位層は県外の大学を受けることが多く、女子の方が平均して成績がいい。故意かどうかは別だが、成績だけで決めて、女子が増えすぎては困るという気持ちが働くのでは」と分析する。多くの国立大医学部が入試に面接を採り入れているが、面接官の質を高める訓練をしている大学はないという。群馬大でも、ほとんどの受験生の点を同じにしたり、加算したりして試験の意味がない採点をしている例も目につくといい、「通知表」には過去の平均点と教授らの採点を比べた結果も記した。今後は、助教授を面接官にしたり、入学後の試験成績や留年・退学率、医師国家試験の結果などを追跡調査して面接した教授に報告したりすることも計画。「自分がいい点をつけた受験生が本当に医師の卵としての適性があったのか、教育者として真剣に考えてもらう」と話している。

まあ、この記事の通りなのでしょう。

例えば群馬大学医学部は二浪とか三浪は不利になるので受験しないという傾向が昔からあります。

この記事自体がこの風評(?)を証明しているのでしょう。

世間の人々や受験生の親や受験生は錯覚しています。

大学の教授たちが熱心に入試に取り組んでいるという錯覚です。

これはちょっと考えればわかることです。

入試に力を入れるより自分の研究に力を入れたいのは当たり前のことでしょう。

ですから一概に教授を責めることはできないでしょう。

ただ筆記試験より面接の方が優秀な人材を選別できるというのはうさん臭い考えです。

よほど客観的基準か人間を見る眼が必要でしょう。

そんことを10分か20分面接してわかるものなのでしょうか。

そんなに人間を見る眼をもっている人物に私は実生活においてもあまり出会ったことがありませんが。


12月1日 (日) 父母会でした


昨日は夕食後にNHKテレビでドラマを見ました。

「迷路の歩き方・正しく生きるってムズカしい!」

山田太一作、遠藤理史演出。

まあ、楽しく見させていただきました。

私鉄の電車運転士をしている父親に中井貴一。

工務店を経営しているその友人の渡辺徹。

中井貴一の息子が軽い引きこもりのような状態です。

息子は社員として渡辺徹の工務店に就職します。

ところが最初は真面目に働いていた息子が突然止めたいと言い出します。

それは渡辺が工事において手抜きの不正をしているからだと思ったからです。

ドラマはここから始まります。

相変わらず山田太一の脚本はうまくできています。

このドラマもウェルメイドな作品です。

すったもんだがあります。

そして最後は中井貴一と渡辺徹の一家がバーベキューパーティーで大団円。

ウ―――ム。

予定調和の結末のようにも見えます。

しかし、新たなる波乱の前の小春日和にも見えます。

もしかすると続編が既に企画されているのか。

私が楽しく見たもう一つの理由は中井貴一の奥さん役の女優のせいです。

「どこかで見た顔だなあ」

と思っていました。

一緒に見ていた妻に

「Nさんの奥さんにそっくりな顔立ちだなあ」

と言いますと妻も

「そう言えば似ているわねえ」

と答えます。

Nさんは私たちの仲人をしてくれた方です。

始まってから30分ほどしてからです。

この女優が原田美枝子だということにやっと気付いたのは。

いい女優になりましたね。

それにこの母親は得な役でした。

見終わってから布団に入ってすぐに眠りました。

起床8時。

外は雨です。

職場に向かいました。

父母会です。

父母会が終って個人面接です。

親と面談していると自分も親の一人だということを意識させられます。

こうだああだと偉そうに言いながら

「自分は父親としてどうだったのだろう」

と考えさせられます。

そういう風に考えているだけで十分いい父親なのかもしれませんが。

一人の一人の父親・母親に個々の歴史があるのがよくわかります。

帰宅すると7時になっています。

妻も昼間仕事にでかけていたそうです。

妻がスーパーに行って買い物をしたら福引で三等が当たったそうです。

賞品はソーメンだったそうです。

その報告の後妻が私に大声で絶叫しました。

「私の後ろに並んでいた次の人が一等だったのよ!!」

妻の絶叫が凄くて思わず私も笑ってしまいました。

妻のお陰で明るいかな我が家は(?)

かくして12月初めの日曜日が一瞬にして過ぎ去りました。

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