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たそがれ日記

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8月31日 (土) 貧しい8月でした・・・・


昨夜のテレビは小泉首相の訪朝一色でした。

917日日帰りでピョンヤンを訪問して金正日と会談するとのことです。

しかし日帰りとは恐れ入りました。

まあ、これは形式的に訪問してお互いに国交回復のためにがんばるぞ。

というエールの交換でお互いの人気をあげる作戦か。

または何かもう事務当局で煮詰まっていてお互い決定的なプレゼントがある。

というどちらかでしょう。

私のええ加減な予想では、ズバリ、

戦前の賠償1000億円 
VS
 拉致された人々の帰国

というところでシャンシャンと手打ちになるのでしょうか。

こういうところでまとまればそれはそれでいいのでしょう。

しかし、外交交渉というのは本当に素人にはわかりにくいものです。

その点プロ野球はわかりやすい。

昨夜は忙しかった。

6チャンネルで横浜VS巨人。

NHKBSでヤクルトVS阪神。

これを交互に見るのです。

最初に結論が出たのは横浜VS巨人。

10対4で横浜が勝ちました。

失策の恐ろしさです。

巨人の江藤どうしたのかねえ。

これは横浜森監督のコメントが面白い。

「アリの集団でもその気になればやれる」

一方、ヤクルトVS阪神は4対4で延長戦へ。

阪神、もう無駄な抵抗はよしなさい。

今年は横浜が最下位でいるので安心だよ。

最低5位は保障されたのだから(?)

一歩前進が大切。

このまま行けば来年4位・・・・

5年後に優勝だ!

ハイ、延長10回に表にヤクルトが1点入れてそのまま逃げ切り。

ヤクルトこれで11連勝。

巨人とのゲーム差5.5ゲーム。

残り試合、ヤクルト31試合、巨人27試合。

まあ、このまま、ヤクルトが最終試合まで42連勝を続ければ軽く優勝。

今のヤクルトなら出来る・・・・・・・・・・・・・・・・と思う(?)

野球が終った後、同じNHKBSで黒澤明

「影武者」を見ました。

この映画はどうものめり込めません。

もう何度も見ているのですが、何か美術の本を見ているような気分になります。

それでも何とか見終えて、続けて黒澤明の

「虎の尾を踏む男たち」

を見ようとしましたが、さすがにグロッキー。

途中でダウンしました。

しかし、この映画は19459月に製作しています。

敗戦の815日の翌月です。

すぐに映画製作が再開されているのが不思議です。

フィルムとかカメラとかよくあったなあと思ってしまいます。

今朝は起きて新聞を読むとまたまた小泉首相の訪朝一色。

あまり国民に期待を持たすように煽ると後の反動が恐ろしいよ。

暑い一日でした。

今日は夏の終わりの記念に午後泳ぎに行こうと思っていました。

しかし、外耳炎のことが気になりやめました。

代わりに座椅子にもたれ一時間昼寝をしました。

その時に夢を見ました。

何か授業の時間に遅れそうになる夢です。

こういう夢が一番厭です。

今日で8月も終わりです。

肉体的にも精神的にも経済的にも貧しい8月でした。

9月からがんばらないと。


8月30日 (金) 純ちゃんも勝負に出たのか・・・・


昨夜、次男からメールがありました。

1年に一回歩かないかの出来事です。

珍しいことだと思って内容を読むと、

「おやじのHPを久しぶりにアクセスしてたそがれ日記を読んだけれど、俺が腹痛になった時に食べたのはスモークサーモンではなく単なるサーモンだよ。まあどうでもいいけれど・・・」

という内容でした。

アアア――――――――

こんなメール打つ暇があったら勉強しろと言いたくなります。

ヤクルトみたいに真剣きってがんばってみろと言いたくなります。

巨人みたいに偶然でも連勝してみろと言いたくなります(?)

それにしても―――――――

親に連絡もしてこなかったことに対する反省が全然ありません。

謙虚さがまったくありません。

親思う心にまさる親心

という言葉があります。

しかし、「親思う心」がまずありません。

「親思う心」がないところに「親心」が生まれるのか?

まあ、生まれるのだろうなあ。

そうすると、親って馬鹿みたいな存在だなあ。

息子のメールを見た瞬間、日本ハムや東京電力に対する消費者・市民の怒りがわかりました。

父親が少し間違いをすると偉そう−にメールを送ってくる!

何という息子なのでしょう。

「まあどうでもいいけれど…」

というあたりが私の性格に似ている気もしてまんざらでもありませんが。

私はなんて甘い親になってしまったのだろう。

昔は断固とした子育てのポリシーがあったのに。

と思うのも歳をとって気が弱くなったせいなのか。

まあ、どうでもええか(笑)

今朝テレビを見ていて驚きました。

この日記にもその名前だけは登場していただいている方がいます。

俳優の財津一郎です。

突然、彼がテレビの画面に登場しました。

今度、ドラマでボケ老人の役をやるそうです。

その紹介の中で財津一郎はもう今年で68歳になるそうです。

7年前に脳溢血で倒れ危うく死の淵から脱出したそうです。

エエッ、そんなこと知らなかったなあ。

それに財津一郎はまだ50代だと思っていたのに。

歳をとると人間、時間の感覚がめちゃくちゃになります。

私が最初に財津一郎を見たのは、

はるか昔の「てなもんや三度笠」だったと記憶しています。

それまでの俳優にはなかった強烈なインパクトがありました。

それから1970年代に財津一郎は有名になったのでしょうか。

しかし、テレビが画面の財津一郎はまだまだ役者としてやっていけるという感じがしました。

私はこの役者の持つ味が大好きです。

財津一郎さんが元気に活躍しますように。

てなことを考えながら、BSの大リーグマリナーズの試合を見ていました。

その後、11時のニュースになりました。

短いコメントだけのニュースでしたが、

小泉首相が北朝鮮を訪問し金正日主席と会談する

とのことです。

これには驚きました。

今週の大変なニュースになるでしょう。

また突然のニュースです。

外務省と北朝鮮当局との間で何等かの予備交渉は出来ているのか。

会談後共同声明も発表できないままに終わるのか。

どちらも国内政治の打開のために外交を利用しようとしているのか。

小泉首相はこの外交に自分の内閣の運命を賭けているのか。

この唐突さは何なんだろう

と思ってしまいました。

何か素晴らしいことのような気もします。

また危険なゲームのようは気もします。

しかし、最も保守的なドゴールがアルジェリアの独立を認める。

ゴリゴリの反共主義者のニクソンが中国と国交回復をする。

国内ではゴリゴリの保守主義者の後藤田正晴が自衛隊の海外派兵に反対する。

なんてことは政治の世界においてはよくあることです。

まあ、会談はそれこそ戦争をすることではありません。

会談自体は悪いことではないでしょうが。

まさか一気に日朝国交回復宣言

なんてことになれば東アジア情勢に大変な変化をもたらします。

職場にでかけました。

後期の準備です。

また月曜日からカリキュラム通りに動く生活が始まります。

8月も明日1日で終わりです。


8月29日 (木) 男ひとりさんまを食う・・・・


昨日は真面目にテレビの全スポーツニュースを見ました。

来た、来た、来た、ヤクルトが。

首位巨人に6.5ゲーム差。

讀賣新聞読んでいるよりもヤクルト飲んでいる方が強いのか。

それでもあまり期待はもたないでおこう。

謙虚さが大切なのだ。

今朝の朝日新聞の朝刊一面を見てびっくりしました。

どーんと格闘技戦の記事がでかいカラー写真入りで出ております。

92年バルセロナ五輪男子78キロ級で金メダルを獲得した柔道の吉田秀彦選手(32)が28日夜、東京・国立競技場で開かれた総合格闘技の大会「Dynamite!(ダイナマイト)」で、プロ格闘家としてのデビュー戦に臨んだ。
格闘技の興行としては珍しい野外でのリングだったが、グラウンドの特設席を含め会場には約9万人(主催者発表)のファンが詰めかけ、注目の一戦を見守った。 
柔道の流れをくむグレイシー柔術の強豪ホイス・グレイシー選手(35)=ブラジル=との顔合わせ。
柔道着姿で1ラウンド10分の2ラウンド制のルールで戦った。
試合は吉田選手が1回7分24秒KO勝ちした。
吉田選手は「周りの皆さんがリングに立つまで応援してくれたのが、この結果につながった」と笑顔で話した。

ビックリしたなあモー

という今は亡き三波伸介のギャグを思い出してしまいました。

正直、朝日新聞はいつスポーツ新聞になったのかと思いましたぜ。

どこの新聞もいつもやっていることですが、

もしかしたら朝日新聞が主催・後援・協賛している提灯記事かと一瞬思いました。

朝日は最近娯楽路線に転向したのかいな。

それともやはりオリンピック金メダルが効いているのか。

私は格闘技は別に嫌いではありません。

朝日の記事に文句は何もありません。

しかしこの唐突さには驚いた次第です。

久しぶりに職場に出勤です。

昨日までの片道一時間半に比べれば通勤も楽勝です。

車で20分以内に職場に到着するというありがたさ。

卒業生3人が真っ赤に日焼けして現われました。

3人で富士の演習場に陸上自衛隊の大火力演習を見学に行ったとのことです。

時代は変わりました。

その演習の案内のパンフを見せてもらいました。

ウーム、何かが違う。

水際で外敵を防ぐ図上演習がわかりやくすイラストされています。

見学者はゲーム気分でこういうものを見るのでしょう。

私なんかこういうものを見ると反射的に小さい頃に公園・駅前広場・電車内でアコーディオンを鳴らしながら物乞いしていた傷痍軍人の人々を思い出します。

戦争の記憶が風化するにつれて次の戦争の危機が近づいてくる。

これが人類の悲しい歴史なのでしょうか。

まあ、そう言いながら私など日本が戦争を起こすことはありえないと思ってはいますが。

暑い一日でした。

残暑がぶり返してきたのというのか。

それでいて台風接近のニュースです。

帰宅すると猫の額のような狭い庭に妻が佇んでおります。

金でも掘ろうとしているのか

と馬鹿なことを考えました。

昔よく妻や子どもたちに言っていました。

「今にこの家の下から石油が噴き出すからその時は億万長者だぜ」

家族の誰も信じてくれませんでしたが。

どうもハリウッド映画の「ジャイアンツ」の影響を受けすぎました。

私はジェームス・ディーンはあまり俳優として好きではありません。

しかし、あの映画のテキサスの大牧場の貧しい小作人が自分の土地に石油が噴き出して大金持ちになりながら精神的に滅んでいくというストーリーには入れ込みました。

私も精神的に滅んでもいいから大金持ちに一度なってみたいなあ(笑)

しかし、どうしてジェームス・ディーンの話になってしまったのだろう。

まあ、ええか。

パソコンに向ったまま背後の妻に

「晩飯は何なの」

と聞くと

「さんま」

と妻も背中を向けたまま答えます。

簡潔です。

その上わかりやすい。


短い会話にも秋の風が吹き込んできます。

(けっして隙間風ではありませんので。念の為)

いよいよ8月も後2日です。


8月28日 (水) 或る夜の家族一景・・・


昨夜はこの日記も書き終わり一安心。

夕食後ゆっくりしようと思っていました。

しかしながら、なかなか人生そうは行きません。

私は珍しくテレビドラマを見ていました。

しかし、妻は浮かぬ顔をしております。

昨日、東京の宅急便の会社よりTELがありました。

何度も次男の下宿に荷物を持っていたが留守だったとのことです。

妻が衣類とかを送ったのですがどうしましょうかという問い合わせです。

申し訳ありませんがそのまま預かっていただけませんか。

と妻は答えたのでした。

次男が17日の土曜日に帰京して18日に妻と電話で話してから行方不明。

何度妻が携帯に電話しても出ないとのことでした。

「夏休みだし、どうせどこかに行っているのさ。気にすることはないだろう」

と私は妻にいい加減に答えておきました。

しかし、妻の浮かぬ顔を見ているとそうも言っておれません。

それで、小学校・中学校・高校・大学と次男とまったく同じ学校に通っている友だちが一人います。

それでまずその友だちの携帯の番号を親御さんに教えてもらいその友達に電話することになりました。

親御さんは丁寧に教えてくれました。

それで妻が電話をしましたが忙しいのか留守電になっています。

こういう風に一度行動を開始してうまくいなかいと焦るものです。

次男は一体どこに消えたのか。

妻と私でブチブチ言い始めました。

一 金を稼ぐ為にマグロ漁船に乗っている(私の説)

二 ミャンマーが楽しかったのでまた行った(私の説)

三 どこか国外に勝手に行っている(妻の説)

四 事件・事故に巻き込まれた(妻の説)

まあ、妻は事件・事故を心配しているのでしょう。

もう一度10時過ぎに友だちから電話をしましたが留守電です。

留守電に電話をくれるように妻が吹き込んでおきました。

前日に長男にも長女にも電話をしているのですが何も知らないとのことです。

妻の不安そうな態度を見ていると私も不安になってまいります。

不安はエイズ以上に伝染しやすいのです。

危うし旅男!

そこに電話が鳴りました。

妻が必死の形相で受話器に飛びつきます。

何か相手が一言言いました。

「旅男、お前どうしたの」

と妻が受話器を握ったままその場にへたり込みました。

母親の過剰な演技には私は見慣れています。

私もその声でチョッピリ安心しましたが。

それから妻と次男がブツブツ話し合っています。

妻の声がシナリオ通りのように明るくなっていきます。

声まで弾み始めます。

私は例によって例の如く蚊帳の外で盗み聞きです。

やっと、私にも事態がわかりました。

妻が次男の言葉を一々復唱するからです。

次男は先週友だちのところに遊びに行きました。

そこでスーパーで買ってきたスモークサーモンを肴にして酒を飲んだそうです。

それから急激な腹痛に襲われてそのまま友だちの下宿に居候していたのとことです。

それでやっと今朝下宿に帰ったそうです。

馬鹿みたいな話です。

私が電話に出て言いました。

「スモークサーモンを食べるなんて10年早いよ。父さんがスモークサーモンを食べたのは確か30歳を過ぎてからだぜ。ブルジャワ的な贅沢をするからだよ。もしかしてそのメーカー、××ハムじゃないだろうな(笑)。お前、それに前から言っているだろう。母さんに心配かけるんじゃないぜ。父さんが疲れるんだから(笑)。これからはいつでも携帯に出られるようにしろよ、頼むぜ」

20歳の若さでスモークサーモンなんか食べるから急性大腸炎になるのです。

××ハムの従業員の皆さんすいません。

次男を笑わせるギャグに使っただけで悪意はありませんので。

次男に先ほど留守番電話を入れた友だちに電話しておいてくれと言って電話を切りました。

妻が堰を切ったように喋り始めます。

「あの子は高崎に帰ってきてから家で食べ過ぎたのよ。それで胃を壊したのよ。それに急にまた暑くなったからそれで急性大腸炎にでもなったのじゃない・・・」

私は聞いてやしません。

「それよりもお前さん、昨日は麻季の誕生日だったのじゃないか」

と私が言うと、

「アッ、忘れていた!」

と叫びました。

私も実は忘れていたのです。

しかし、そのことはおくびにも出しません(笑)

それから妻は急いで松本の長男に電話をしております。

次男が見つかったことを報告したら、長男の方から

「麻季ちゃんに誕生日おめでとうの電話をするの忘れたよ」

と言ったそうです。

この母にしてこの兄にしてこの・・・・

それから妻が長女に電話しました。

すると長女は

「昨日の夜、旅男から姉さん誕生日おめでとうって電話があったわよ」

と言われたそうです。

あの男は自分のポイントだけは上げやがって(笑)

このわが家の家庭騒動のお陰で私が見ていた

「明智小五郎VS怪人二十面相」

の印象はズタズタになった次第です。

それにしても田村正和とビートたけし。

視聴率を稼ぐには最強の組み合わせと思いきや最悪の組み合わせ(笑)

田村正和はどこか父親の坂東妻三郎を思わせるオーバーな時代劇調の演技。

ビートたけしは自分のキャラに乗って地で行こうとする演技。

これでは所詮、水と油。

それに困った問題がもうひとつ。、

田村正和がどうしても古畑任三郎に見えて明智小五郎に見えません。

シリアスな番組を見ているのかコミカルな番組を見ているのかわけがわかりません。

今朝は某高校の授業最終日でした。

片道1時間半、往復3時間。

授業は楽しくやれましたが疲れました。


8月27日 (火) 流れは「純ちゃん」より「タマちゃん」なのか


昨日はいろんな事件がありました。

まず今話題のアゴヒゲアザラシの「タマちゃん」

ヤガモとか人面魚はどうなったんだよ?

私はこういうことには全然興味がありません。

ゴジラが東京湾に現われたら何が何でも見にいきますが。

西武のピッチャー西口、後、一人でノーヒット・ノーラン試合。

これがロッテ小坂に打たれてフイになってしまいました。

西口のコメント

「まだこういうことをやるのは早すぎるということですよ」

西口さん、あんたは偉い。

ダイエー秋山幸二引退。

秋山のコメント

「心・技・体のバランスが崩れてしまった。それに後輩が試合に出る機会を自分が奪いたくない」

秋山さん、あんたは偉い。

大企業の名誉会長とか名誉顧問とかは秋山の爪の垢でも飲め。

私の耳の正露丸あげるから飲んでもいいよ。

秋山の2倍近く生きながらまだ悟りを開けないのだ。

自分がそれで国民に偉そうなことを言うな(笑)

私なんか心も技も体もないままに青息吐息で生きていますが。

しかし、秋山も、もう40歳になっていたのか。

秋山と言えば思い出すのは

西武VS巨人の日本シリーズ・本塁での
感動の「バック転」

私はテレビ中継で偶然見ましたが素晴らしかった。

監督が広岡・コーチが森。

清原がファストを守っていた。

勝利に涙を浮かべて守っていた年だったのかなあ。

工藤もまだ若かったし、東尾もいたのか。

そう言えば太田もいたのか。

巨人の外野の一人はクロマディー。

彼の緩慢な守備の間に一塁からランナーが長躯生還した年だったかなあ。

あの年の日本シリーズが一番素晴らしかった。

海の向こうの大リーグ。

ドジャーズの石井、一回に2四球・1二塁打・2本塁打を配給。

これこそ出血大サービス。

13勝を挙げたのはいいがこれで9連敗。

ローテーションから外されるのか。

マリナーズイチローは5打数3安打1打点。

いつもいつもご苦労様です。

WBCスーパーフライ級タイトルマッチ。

このテレビ中継があることを忘れていました。

気がついて12チャンネルに回した時には試合は終っていた。

徳山昌守がインタービューを受けていました。

6TKO勝ち。

5度目の防衛。

このボクサーは強い。

それに頭がいいのがよくわかる。

10連勝くらいするのでは。

阪神も徳山をコーチに呼べ(?)

パンパシフィック水泳。

私は山中毅VSローズのデッドヒート以来水泳は見たことがありません。

そう言えば長男(?)が小学生の頃でした。

担任の先生が鈴木大地の友だちだということでした。

それで先生が鈴木大地のサインをコピーした色紙を生徒にくれました。

あの色紙は確かいっとき飾ってあったのに、どこに消えたのだろうか。

それに鈴木大地はたしか金メダルをもらった。

それはいつのオリンピック大会だったかなあ。

妻に聞くと平然とした顔で、

「メルボルン大会じゃないの」

ととぼけたことを言います。

返事に120パーセント誠意がありません。

「オイオイ、メルボルンなんていつの話だよ。もしかしたらヘルシンキ大会?」

と言いながら古すぎることはわかりつつはっきりしません。

やだ、やだ、年寄り同士の会話は。

と書きながら自分自身不安になります。

例えば、チェコ(?)の陸上選手、人間機関車と言われたザトペック。

この人の力走を自分がリアルタイムでラジオで聞いたりテレビで見たりしたことがあるのか。

あるような、ないような自信がなくなります。

まあ、俺は専門家じゃないからええか。

今日も1時間半かけて高校に到着しました。

帰りは道が込んでいたせいかそれ以上かかりました。

帰宅するともうグッタリです。

一緒の同僚と昼食のお弁当をいただきながら話していると、

「一時間半なんかそんなに遠くないですよ。俺なんか職場まで込んでいる時は1時間かかっているからたいしたことないですよ。先生は20分くらいで着くのでしょう」

と言われました。

そうか日頃の習慣の問題なのか。

更にまた私には衝撃の発言。

「俺の親戚で70歳になるおじいさんは車の運転が好きで1100キロなんて平気で今でも運転してますよ」

む―――――――――――。

そういうことか。

俺は死ぬまで運転が好きになれないなあ。

今日、新聞を読んで一番ビックリしたこと。

サウジアラビアのファハド国王がスペインにバカンスにでかけています。

付き人3000人。

600台のベンツで別荘入り。

現地で宝石や貴金属を買いあさる。

地元の経済効果100億円。

別荘はホワイトハウスを模した20ヘクタールの宮殿。

滞在したのは1976年以来4回だけ。

新聞を写しているだけでいやになりました。

サウジアラビアの王制が崩壊するのは時間の問題でしょう。

よくこれで国民が我慢しています。

一方にパレスチナの人々がいて一方にこういう国王がいる。

これがアラブなのでしょうか。

これではイスラムの平等主義を掲げる過激派が現われても当たり前です。

しかし、この国王はきっと××(伏字)なのでしょう。


8月26日 (月) ♪啼くな小鳩よ・・・


昨夜の夕食、「タコと梅干のマゼご飯」の味につきましてのご報告。

一口食べて私は

「ウ―――――ン」

と唸りました。

一口食べた妻が間髪を入れず

「梅干の量が足りないみたいね」

と答えました。

こういう時の妻の返事は絶品です。

自己批判している風は絶対に見せません。

あくまで第三者風であります。

グルメ評論家風です。

まるで最近の小泉首相の答弁を聞いているみたいです。

うまいなあ―――――

と、「タコと梅干のマゼご飯」ではなく妻の返事に感動しました。

その後、「ミルクカキ氷」をいただきました。

昨夜で一週間連続であります。

一人で孤独に連続記録を更新中です。

しかし、昨日のカキ氷は美味しくありませんでした。

点差が110

ではどうしようもありません。

人がミルクカキ氷食ってる時くらい勝ったらどうだ

ミルク美味しいなあ・・・

クソッ、また点を取られて・・・

溶けたカキ氷は氷水のようでもあって絶妙の味だなあ・・・

なにやってんだよ、また追加点かよ・・・・

残り少ないからゆっくり食べないと・・・・

またかよ、いい加減にしろ・・・・

こんな食べ方していると体に悪い(笑)

ベンチの苦虫を噛み潰したような星野監督の顔が映ります。

どこかで見たことがある光景だと思います。

既視症です。

そうです、人相が去年までの野村監督にだんだん似てきました。

人間、恐ろしいものです。

今朝は7時に起きました。

朝日新聞のスポーツ欄を見て笑いました。

星野監督のコメントが出ています。

「死のロード?自分で死んどるんやないか。何回勝てる試合があったんや

これには一人で大いに笑いました。

「星野もボヤキがうまくなったじゃん」

星野監督のおかげで明るい朝を迎えることができました(笑)

今年のオフは是非、野村前監督VS星野現監督の

「ボヤキ対談:ダメ虎を率いる哀しみ」

なんて読んで見たいですね。

しかし、その間に着々とヤクルト7連勝。

来るぞ・・・来るぞ・・・来るぞ・・・・

ほんまに来るかなあ・・・・・

今朝は8時前に家を出て某高校に向かいました。

夏の特別授業という奴です。

私と同僚が高校の先生方と生徒を教えます。

この高校がやたらに遠い。

朝のラッシュアワーも重なって1時間40分かかりました。

車の中で一人で「なつメロ大会」をやっています。

♪ 啼くな小鳩よ 心の妻よ・・・

♪ なぜか忘れぬ人うえに 涙かくして踊る夜は・・・

♪ 山には山の憂いあり 海には海の悲しみが・・・・

♪ 旅順開城約なりて 敵の将軍ステッセル・・・・

まあ、この四曲がわかる人はかなりの年齢におなりになっています(笑)

午前中の授業が終わり、昼食です。

昼休みが30分。

出していただいた弁当の量が多い。

同僚とフーフー言いながら戴きました。

すぐに午後の授業です。

疲れ果てました。

帰りの道は眠くて眠くて。

またまた一人で「なつメロ大会」でした。

後2日続きます。


8月25日 (日) こんな試合アリアスか?


昨夜は夕食後、ぼんやりとテレビを観ておりました。

途中で身を乗り出しました。

俄然真剣になりました。

自分で眼がランランとしてくるのがわかります。

もしかしたら、もしかして、今夜は。

まるでかっこいい女性に誘われて今宵こそはという心境です。

こうなるともう業というか宿命というか。

延々と時間が過ぎていきます。

もしかしたら自分は時間を無駄にしているのでは?

そして、そして、そして・・・・・

またまた騙されました

阪神タイガースに(泣)

引き分けとは。

ナンタルサンタルチア!

(このギャグは初めて使いましけれど、どこで覚えたギャグだったのかなあ)

突然、何の脈絡もなく

フーセンおじさん、シベリアあたりで無事に生きているのかなあ

と考えてしまいました。

大体、前日に監督が暴言で退場させられる。

コーチが監督を庇う為に暴行して退場させられる。

こういう場合にはその試合に必ず勝つ。

または次の試合に必ず勝つ。

これがプロというものです。

しかし、12回引き分けとは。

こんな試合、アリアスか。

2回もチャンスに三振しくさって。

それにしても驚きました。

前前日の乱闘シーン。

星野監督が血相変えているので高血圧は大丈夫かと心配になります。

久しぶりにテレビ画面一杯に登場した田淵コーチ。

審判に殴りかかろうとしている動作がトロイ(笑)

私はチームドクターか。

よる歳波には勝てないなあ。

田淵は私と同じ年であります。

それにしても懐かしや、掛布・バース・岡田ホームラン三連発。

アレッ、田淵はあの時、いなかったのか。

もう頭の中が混乱しております。

この混乱に紛れてヤクルト6連勝。

もしかしてもしかすると・・・

一年中、こう言っております。

まあ、ヤクルトですから日本ハムのような心配はないでしょう。

ヤクルトにひそかにコーラが混ぜられていた(笑)

こんなこと、考えられませんよね。

そう言えば先日テレビを見ながら頭が混乱してしまいました。

産地を銘記する問題がうるさくなってきているので「松阪牛」の肉についても地域を限定するそうです。

そのことが決定した瞬間に

牛の飼育をしている一部農家がその指定された地域に飼育場を借りて飼育を再開したそうです。

アレッ――――――――――

松阪牛というのは松阪牛という「種」があってそれを飼育しているのではなかったのか。

例えば高崎牛をいうのを松阪地区に運んでいって飼育すれば「松阪牛」になるのか。

アレッ―――――――――

なんか変だなあ。

と思いつつどうせ食べられないから、まあ、ええかとなりました。

今日も一歩も外に出ませんでした。

一日中家の中でいますとお金を使いません。

それだけが救いです。

それで夕方に妻がスーパーに買い物に行く時に、

「あんたも少し外に出ないと早死にするわよ」

と脅されて一緒に着いていきました。

牛に連れられて善光寺参り。

というのはどういう意味だったのかなあ。

この場合は使っていいのか。

買い物をした後、外に出てくると、

スーパーに上の空を何十羽もカラスが飛んでおります。

私と妻は急いで車に飛び乗りました。

以心伝心、二人ともなんと、ヒチコックの「鳥」を思い出していたのです。

夫婦も年季が入ると違うなあ(笑)

今夜の食事は先日娘が帰ってきた時に料理してくれた

「タコと梅干のマゼご飯」

珍しく私から注文しました。

おいしい、おいしい、と家族四人で食べた料理です。

さあ、柳の下にドジョウは何匹いるのか。


8月24日 (土) 衣替えの季節なのか 


夜は涼しくなりすぎました。

昨夜はいよいよ衣替えであります。

前夜までパンツ一枚で眠っていました。

小学生の頃に担任の先生から

「暑くとも寒くとも人間裸で眠るのが一番健康にいいのよ」

と教えられたことを覚えています。

先生は城山先生という女性の先生でした。

この歳になって思えば若くてかわいい先生でした。

今でも小学1年生の時の先生の名前と言葉を覚えている。

私はなんと真面目な子どもだったのでしょう(笑)

そう言えば次男が幼稚園の頃のことです。

あまりに家族の前でおならをするので

「おまえ、おならばかりするんじゃないよ」

と注意すると

「だって、幼稚園の先生がおならを我慢すると死んじゃうよって教えてくれたんだよ」

と言い訳しておりました。

まあ、次男も本気で信じていたのでしょう。

そう考えると教育というのは恐ろしいものです。

特に保育園・幼稚園の頃の教育というのは恐ろしい気がします。

またまた話がそれようとしているので元に戻します。

衣替えの話しでした。

昨夜は箪笥からパジャマを取り出しました。

パンツ一枚の世界からの脱却です。

何ヶ月かぶりにパジャマを着て寝ました。

一度くらいガウンを着て寝てみようかと思っています。

ガウンを着てブランデーでも飲みながら葉巻を吸う。

ウ―――ム。

私には無理か。

土台、ブランデーを私は飲みません。

手でブランデーを暖ためる(?)なんて私にはかったるい。

以前に何度か戴き物のブランデーを飲みました。

ブランデーはロックにして飲みます。

それにガウンを持っていません。

煙草は36年間ハイライト。

体が労働者風に完成しています。

布団の中でうつぶせになって耳の治療をしました。

軟膏を綿棒に塗って耳をかきました。

妻はすやすや眠っています。

その時になぜか知らねど

「全面的に秋だあ―――」

という感じがしました。

そのまま秋の眠りの中に入っていきました。

朝起きて食事はピザトースト2枚戴きました。

休みとなると突然食欲が違ってきます。

それからBSで大リーガーの中継を見ました。

イチローがヒットを打てないままでいるので心配していると雨が降り出し試合は中断です。

午後になってヤフーで結果を見るとマリナーズは負けています。

それから一歩も外に出ずに家にいました。

ゴロゴロしているのも体調によくないのかもしれません。

しかし、習性という奴は恐ろしいものがあります。

この「たそがれ日記」を打っていると、外から盆踊りの音楽が流れてきました。

妻が

「今年も天候が悪いわねえ」

と言います。

私には話が見えません。

妻に聞くと毎年この頃に近くの保育園の運動場で開かれる盆踊り大会は天候が曇りの時が多いそうです。

知らなかった!

休息したというかだるいというか一日があっという間に過ぎていきました。

何もする気がしない一日でした。

何もない日。

こういう日が幸せなのかもしれません。

何もない日の日記も本当に難しい。


8月23日 (金) この夏は蚊にも蝿にも遭わなかった 


昨夜は眠る前に耳の治療をしました。

耳鼻科のお医者さんからいただいた軟膏を使いました。

軟膏を綿棒につけて右耳の奥のかぶれをさするのです。

これが実に気持ちいい。

トロリとした気分になります。

極楽、極楽。

かき氷を食べた後だから尚更です。

今夜は最高!

私もどうしようもない人間です。

病院にはなかなか行かず、それでいて、耳の痛みを気にしていたのです。

耳の痛みが脳にきたりしたらなんて考えていました。

私は生理的なことについてはひどいペシミストです。

それが病院でたいしたことがないと分かった瞬間に極楽気分。

人間なんて現金です。

おかげで昨日はぐっすり眠れました。

念のため、風邪を引かないように窓を全て閉めて寝ました。

今朝起きてぼんやり布団の中で考えたことは

「この夏は一度も蚊取り線香を使わなかったなあ」

ということであります。

去年の夏は毎日のように蚊取り線香をつけて寝ていた筈なのに。

考えて見ると不思議です。

私は子供の時から異常に蚊に好かれる体質でした。

それゆえ、夏になると蚊についてはいつも敏感でした。

それが今年の夏は蚊取り線香を使わなくて済ますことができたのです。

と言う風に考えていると、またまた、この夏は家で食事をしている時に

蝿が一度も現れなかったことに気付きました。

アレッ、やっぱり変だという思いが湧きあがってまいります。

蚊にも蝿にも遭わない夏は私の人生では初めてのような気がします。

私の住む家は廻りにお寺もあれば墓地もあります。

畑もありまだ田舎的な雰囲気を十分とどめています。

そういう意味においても住むにはいい場所です。

けっして都市のど真ん中ではありません。

そんなところで家の中で蝿とも蚊とも遭わない。

これは環境とか生態系に何か異変でも起こっているのでしょうか。

いやいや、そういう考えが現代的すぎる。

鼠は沈没しそうになっている船から逃げ出すと言います。

あんたの家も沈没しそうになっていて蚊や蝿が逃げ出したんだよ。

なんて言ってくれた方がわかりやすい気がします。

職場に向かいました。

もう教室も冷房を入れていません。

例年に比べて秋が来るのが10日は早いのでしょうか。

帰宅して夕食です。

この5日忘れずに「かき氷」をいただいております。

コレを食べ終わると一日が楽しく終わった感じがするのです。

帰宅して電話を一本しました。

昨日の夜、テレビを見ながら思わず声を上げてしまったのです。

丸亀市の沖にある本島で火災が発生しているとのニュースです。

島の2割近い広さに延焼中とのことでした。

このことが気になっていたので、昔、受験生の頃に、

1ヶ月宿泊して勉強した正覚院に思い切ってお電話を差し上げました。

すると、お寺の方が電話口に出て本堂の近くまで火が近づいてきましたが、なんとか無事だったとのことです。

本当によかった。

しかし、山火事というのは本当に恐ろしい。

今日で私の職場の夏期講習が終りました。

明日から二日間が私にとっての本当の夏休みのような気がしています。

しかし、夏期講習が終る前に夏が過ぎ去るなんてどこか変です。


8月22日 (木) 真実は細部に宿る 


昨夜は12チャンネルの次のようなドラマを楽しみにしていました。

女と愛のミステリー

松本清張没後10年企画

「“家紋”雪の夜訪れた黒衣の殺人鬼は何者・・・5歳の少女が目撃した父母惨殺事件!無言の村人が隠す真犯人の正体!生き残った娘が知った死の報恩講?」

書いているだけで日記が終りそうです。

不思議に思っていましたが、いつから新聞のテレビ欄はこんなに長い能書きを書くようになったのでしょうか。

主演が岸本加世子・大地康男・神田正輝・泉ピン子。

最初は真面目に見ていたのですが、ムー、なんか松本清張原作のように思えません。

ズバリ、横溝正史の小説のように思えて仕方がありませんでした。

私は横溝正史原作の映画はほとんど途中でブン投げています。

あの複雑怪奇な家族関係が途中でわけがわからなくなるのです。

それでこの場合も途中でブン投げてパソコンをいじっていました。

10時になってまた見直し始めました。

40分近くカットして見なかったのに話はわかります。

またまたブン投げようとしましたが、そこに妻が登場。

突然、熱心に見始めました。

私にはほんとうにわからねえ女性です。

私は犯人がわかる途中までつきあって離脱。

妻は最後まで見ていました。

夜はいつものようにパンツ一枚で眠りました。

朝方、寒くて風邪を引きそうになりました。

もうそろそろパジャマを着ないと駄目な季節なのでしょうか。

起床して新聞を読むと、前橋赤十字病院で年老いた患者の方が2

点滴ミスで亡くなっています。

私は一瞬たじろぎました。

今日はいよいよ耳鼻科に行く予定だったのです。

今朝など全国の病院で入院なさっている方は不安になったでしょうね。

「この点滴大丈夫かよ」

「この看護婦疲れた顔をしているなあ」

手術台に寝かされても

「違う臓器を手術したりしないだろうな」

とか考えたりした患者さんがかなりいたのではないでしょうか。

それに医療関係者も今日は緊張して患者に対応したでしょう。

「今日こそは手術を成功させるぞ」

こんな医者がいると考えただけで恐ろしいですね。

私たちはほとんどが医療について素人ですから医師や看護婦を信頼しなくてはなりません。

小泉総理を信じていなくても生きていけます。

銀行を信じなくても箪笥預金はできます。

先生を信頼しなくても子どもは育ちます。

しかし、医師や看護婦を信頼できなくては一体どうなるのか。

これは恐ろしいものがあります。

耳鼻科に行こうとしている私でさえこれだけの不安に陥るのです。

ましてやもっと深刻な病気の人はどうなるのでしょうか。

9時に行く予定でした。

お陰で出発が遅れ10時に到着しました。

初めての医院です。

待合室に10人くらいの母親・子どもがいました。

仕事があるので急に不安になり保健証をだしながら尋ねると

30分から40分お待ちください」

と受付の方は言います。

その間、待合室にあった週刊文春を一冊読み終わりました。

10年近く私は週刊文春を愛読していました。

その理由は、週刊誌の中で週刊文春が一番活字が多かったからです。

読みでがあったのです。

それも金がなくなってしまってやめましたが。

やっと自分の順番が来て診察室でお医者さんに対面しました。

10日程前、プールに行って水が右耳に入ったみたいで痛みがあるのです」

と説明しても聞いてやいません(笑)

左耳に棒状の器具を突っ込みました。

それから

「聞こえますか」

と私に尋ねます。

私が何をいっているのかと思い

「聞こえます」

と答えると不思議そうに

「そうですか。聞こえますか? それにしてはどうです、こんなに溜まっていましたよ」

と、赤茶色の正露丸を大きくしたような塊を見せてくれました。

何だ、これは。

私は一瞬我が眼を疑いました。

何と、これが私の耳垢(みみあか)だったのです。

「ハッハッハッ」

と苦し紛れに私は笑いました。

痛む右耳からも正露丸が出てきました。

「ハッハッハッ」

私は二つの正露丸を眼の前にしていました。

ベルサーチのスーツをバシッと着たダンディーな中年男の耳にこれだけの耳垢が溜まっていたとは。

道理で最近、やけに体が重いなあと感じていたことも納得しました。

耳垢のお陰で体重が増加していたのだ。

真実は細部に宿る。

その時の私は、まるで、取調室で動かぬ証拠を掲げて迫る刑事に対して為す術もなく佇む犯人のように虚ろに笑うしかありませんでした。

私の心配していた痛みはただ皮膚がかぶれただけの外耳炎だそうです。

結局、診察時間約3分。

点滴を打っている暇もなくアッという間に終わりました。

よかった、よかった。

私の中耳炎騒動も例によって例のごとく竜頭蛇尾に終りました。

アレッ、この竜頭蛇尾という言葉使いはおかしいか。

ここは大山鳴動ねずみ一匹か。

職場に出かけ帰宅して妻に耳鼻科に行ったと報告しました。

耳垢の話しをすると、

「ハッハッハッハッ!」

と大口を開いて笑っています。

今日は耳垢のお話しのお陰で妻を明るくしてあげることが出来ました。

私はなんてやさしい夫なのでしょう。

我が身を殺して仁をなすの精神です。

また、これこそ禍転じて福となすです。

しかし、何か俺が馬鹿みたいだなあ。

とも思えますが。

今日の日記をお読みになって

「ベルサーチを着ているなんて意外と金持ちなんだなあ」

なんてお思いになった方がおいでになるかもしれません。

私の良心が許さないのでやっぱり訂正させていただきます。

ベルサーチを着ていたなんて嘘にきまっていますぜ。

「ダンディーな中年男」

の部分は主観的には正しいのではないかと思っていますが(笑)

最近、やっとベルサーチという高級ブランドの名前を覚えたので一度日記の中で使ってみたかっただけです。

でも、とんだ中耳炎騒動ではありました。


8月21日 (水) 「母の日」奇譚(きたん) 


昨夜はなかなか眠れず、布団の中で2時ごろまで本を読んでしまいました。

枕元に転がっていた

「闇に消えた怪人」グリコ森永事件の真相  一橋文哉 新潮文庫

「自殺者」現代日本の118人 若一光司  幻冬舎アウトロー文庫

を交互に読みました。

「自殺者」がどうして「アウトロー文庫」に入っているのか私には今でも不思議なのですが。

実はこの二冊とも一度読んでいる本です。

しかし、私の得意としている

忘却力

を駆使すればまったく新しい本を読んでいることになります。

忘却力とは記憶力以上に偉大な才能なのです。

古女房といてさえ、アレッ、俺は新婚だったのかなあと思ってしまえるのです(笑)

忘却力の強い国民ならまた悲惨な戦争が始まっても新たなる体験をしているということになるのでしょう(?)

また、話しが違う方向に行こうとしていますので戻します。

一橋文哉 という人は新聞記者だそうですが、この人の本の特徴は

実名が出てこないということです(笑)

キツネ眼の男はMとされていますが、これは

突破者」の作者である宮崎学

のことかとわかるくらいで後は何がなにやらわかりません。

このリアリティの希薄さが読みやすい読み物の印象を与えているのかも。

「きつね眼の男M」に始まり、

「捜査員」「初老の男」「北陸の男」「警察庁最高幹部」「専従捜査員」
B元組長」「Z氏」

では読んでいる方が厭になってしまいます。

これに比べれば「自殺者」の方はすべて実名です。

戦後の主だった自殺者を扱っています。

これは私の観点からすると「名著」の部類に入ると思います。

しかし、こんな本を読んでから安眠するなんてのは無理な相談です(笑)

ウトウトしながら、新聞配達のバイクの音を聞きました。

そして寒いのでトイレにいった帰りに寝室の小窓を閉めました。

そして起きたのが7時。

朝食にパンを一切れ食べました。

それから市役所へ行きました。

朝の820分の市役所の駐車場はさすがにガラガラです。

それから金融機関に行き職場に向かいました。

昼飯も食わずに授業をして会議があり帰宅したのは630分。

妻が帰っていません。

@      事故 A 家出 B 駆け落ち(笑) C 誘拐 D 外食

E        買い物 F デート G 蒸発

あらゆるパターンが脳裏を巡ります。

不安がつのります。

最愛の妻よ、早く帰ってきてくれ。

12時間近く食事をしていないので

腹がへっているのだ。

私の叫びは虚しく室内に木霊するのみです。 

仕方なく(?)この日記をつけております。

12時間、さすがにお茶とインスタント・コーヒーとハイライトで生きていますと疲れもひどくなってきます

ああ、もう日の暮れるのが早くなり風にも秋が漂う夕べに妻は帰らない。

LEFT ALONE

という奴です。

LOVER COME BACK TO ME

です。 

突然こういう時はジャズでも聞きたくなります。

それにしても13年前、借金を作って、持っていた本やレコードを叩き売ったことが思い出されます。

モダンジャズのLPだって100枚近く持っていたのに。

ここまで書いても妻は帰らない。

こうなると私も意地っ張りです。

妻が帰ってくるまでこの日記を書き続けようと決意しました。

今日の昼間、この2、3日に昔、何か歴史的事件があってそのことを日記に書こうと思いながら忘れていました。

俺は何を忘れていたのかなあ。

そのことを今年は忘れずに日記に書こうと思っていたのに。

と考えながら、ふと、思い出して本を調べるとヤッパリとなりました。

二・二六事件の首謀者であった北一輝と西田税が処刑されたのは昭和12819日でした。

そのことを私はどこかで覚えどこかで忘れていたのです。

私は右翼でも何でもありませんが、この二人は事件の実際行動とは何の関係もなく処刑される罪など何も犯していません。

とかなんとか書いているうちに外に車の音がして妻が帰ってまいりました。

人は歳をとるにつれて退行して幼児化していくのでしょう。

私など、妻の元気な声を聞いた途端に元気な母親を見た子どものようなホッとした心境になります。

もう十年近く前の母の日に子ども達が

「母さん、母の日おめでとう」

と、言っているので、私がドサクサに

「母さん、母の日、おめでとう」

と言うと

「私はあんたの母親じゃないわよ」

と、キッと眼を剥いて言われました。

あの時は怖かったなあ(笑)


8月20日 (火) 苦しい中にも極楽はあり 


昨夜、アクセスできなかった自分のHPの掲示板が開きました。

ところがまたまたアクセス出来なくなりました。

どうしてこうなるのでしょうか。

まるで「君の名は」です。

擦れ違ってばかりいます

今朝は爽やかな秋空でした。

寝室の雨戸を開くと軟らかい陽射しが屋内に溢れます。

それだけでいい気分です。

朝食を取りながら鼻歌が出てきそうになります。

我ながら珍しいことです。

職場に向う車の中で

♪ 南国土佐をあとにして都に来てから幾年ぞ・・・・

と鼻歌を歌っていてハッと気づきました。

ハイライトが紙袋の中にない!

命より大切な、いや、それはオーバーすぎます。

命の次に大切なハイライトを忘れてきたのです。

家を出て5分くらいでしたので急いで引き返しました。

私はこの10年カバンをもったことがありません。

スーパーで売っている100円の紙袋を2枚重ねてカバン代わりにしています。

これが何でも放り込めるので便利です。

以前、宅急便の袋をカバン代わりに毎日持ち歩いていました。

それも破れかけた袋に紙テープを張って修復してです。

しかし、さすがにこれは妻が、

「あんた、それだけは止めた方がいいんじゃない」

と注意されました。

「ボロは着てても心は錦って言うだろう」

と言い返しましたが、

「何言っているのよ。顔が小錦みたいに太ちゃって」

という不意打ち攻撃にさらされただけでした(泣)

朝に紅顔の美少年が夕べに小錦のように膨れた顔。

涙・涙・涙です。

歳月はかくも残酷です。

エート、何の話しをしていたのかなあ。

そうそう、空腹の話しです。

この5日間の授業は12時から始まり5時前に終ります。

これは体力的には楽でいいのですが、9時ごろに朝飯をいただいてまさか12時前に昼飯をいただくという風にはいきません。

食事をした直後に授業をするというのもなかなかきついものがあります。

それゆえ、結局、朝にトーストを2枚ほど食べてから昼飯抜きになります。

こういうことに慣れているとはいえ、さすがに9時から10時間くらい何も食べずに夜の7時過ぎに晩飯というのは腹が減ります。

他の先生方を見ているとチョコチョコとパンとかおにぎりを食べたりしているのですが、私はあれができません。

自分でもよくわかりませんが、何かチョコチョコ食べるのが好きではないのです。

その点、妻はヘレンケラーのような人です。

奇蹟の人。

日曜日など家のいる時に観察していると、

お菓子、饅頭・ケーキ・果物・チョコレート

などを少しずつ少しずつチョコチョコ食べています。

あれが不思議です。

あれは単なる習慣なのか、それとも、性格なのか。

と言ってもちろん私が食べることを嫌いなのではありません。

欠食児童的な時代を送ってきました。

食べることについてはこれでけっこううるさいのです。

昨夜の夕食のフルメニューは

@ 缶ビール1本。

A        冷酒コップ一杯。

B        米の飯一膳。おかず。

C       駄菓子。

という順序であります。

昔は壜ビールの大瓶2本を飲んでから酒を2合ほど飲んでそれから飯を2杯ほど食べていました。

お陰で糖尿病になりかかりました。

危なかった(笑)

今はもうその体力も金力もありません。

しかし、C 駄菓子は捨てきれません。以前はこの後に

D        キャラメル

という路線がありましたが、これは現在放棄しています。

食後に駄菓子を食べると俺は幸せだなあと何故思えるのか。

私の自己分析によれば、

小さい頃に近所の駄菓子屋の前で、お金があれば、あれが食べられるのにこれが食べられるのにと、考えていた後遺症なのでしょう。

これが凄いトラウマになっているのではないかと思います。

しかし、キャラメルを放棄した代わりにこの2,3日、別なものを食べています。

これは機械さえあれば本当に安くいただけます。

機械と言っても安い時は1000円くらいであります。

興味のある方は是非実行してください(笑)

それはかき氷です。

冷蔵庫に作った氷をかき氷にしてこの上にシロップをかけます。

そしてまたその上に純白のミルクをかけます。

これを街の食堂で注文したりしたら500円くらいはとられそうな感じがしますが家で作ると原価は30円くらいではないでしょうか。

食事を終った後にかき氷をいただいている時はすべての俗世の悩みを忘れます。

煩悩が掻き消えていきます。

栄耀栄華を極めた藤原道長の気持ちに肉迫した感じがします。

私の最終目標は

「宇治金時ミルクかき氷」

なのですが、さすがに、そこまでの贅沢は控えています。

昨夜も妻に

「かき氷をつくってくれるか」

と頼むと、

「あんた、こんなに涼しいのにお腹をこわすわよ」

と言いながらも、つくってくれました。

私はパソコンのある机に向かって忘我の境地でシミジミとかき氷を食べていました。

すると、背後に気配を感じてふりかえると、

妻もちゃんと自分の分をつくって音をさせないようにして食べていたのでありました。

ムッムッムッムッ。

油断も隙もない女性であります。


8月19日 (月) 「官能基」とは何ぞや・・・・


台風のせいか朝から雨でした。

今日からまた仕事です。

ロビーで浪人生が集まってノートを見ながら話していました。

私が覗き込むと化学の話をしています。

開いているノートから私の眼に飛び込んできたのは、

「官能基」

という文字でした。

私が

「誰だ、こんな訳をした化学者は。いやらしい訳だな」

と言うとその場の浪人たちがゲラゲラ笑っていました。

「俺なんか授業中にこの言葉を使うと恥かしくてほっぺたが赤くなるぜ」

と言うとまた笑っています。

明るいものです。

台風13号が去ったのかまったくの秋空です。

台風と一緒に夏も去ってしまったのでしょうか。

帰宅して、玄関のドアを開くと凄い形相の妻が現われました。

いつものことながら不吉な予感(笑)

習性は恐ろしいものです。

「私は何も悪いことはしていません」

と云う言葉が思わず喉まで出かかりました。

妻が一気呵成に喋りました。

騎虎の勢いとはこのことでしょうか。

「帰宅すると留守番電話が入っていて蔦屋から借りていたビデオが延滞になっているので延滞金と一緒に返却してくれと言ってきたのよ。その金額が2000円よ。本当にあの子ったら・・・・」

やっと私にも事情がわかりました。

娘が先週私のカードで借りていたのを返し忘れて水戸に帰ってしまったのです。

「まあまあ、2000円でまだよかったじゃないか」

と慰めるしかありません。

しかし、私の言葉は常にこういう場合無効です。

まだ妻の怒りは静まりません。

それで仕方なく私が

「今日、授業で新しい現役の生徒に、俺何歳くらいに見えるかって聞いたら一人が30歳以上、一人が40歳前半って答えたぜ。それで俺が54歳と答えると一人の女の子がエッと叫んだぜ」

と言うと、笑うどころか

「今の子どもは人の年齢なんて判断できないのよ」

なんてつっけんどんに答えます。

私もここで自分の虚しい努力を放棄しました(笑)

それから調べ物をするふりをして広辞苑を開きました。

官能基 @ 有機化合物の分子構造の中にあって、同族体に共通に含まれ、
      かつ同族体に共通な反応性の要因となる原子団または結合形式。作用基。機能団。

   A        分子内にあって反応性に富む基。

ムッムッムッ、まるで古代シュメール文字を解読しているようであります。

これこそ、すべてがギリシャ語という奴です。

その官能基の次の言葉はよくわかったのですが。

官能的 肉感をそそるさまであること。

わかりますねえ、こちらなら。

「かんのうてき」と「かんのうき」、「て」抜きをするとどうして頭が何の反応もしないのか(笑)

官能基を見ても何も考えることができなかったのに一瞬にして頭の血が循環して様々な思いが巡ります。

そう言えば、

前田通子・三原葉子・万里昌代・筑波久子・内田高子

なんてみんなお婆さんになってしまったのかなあ。

ご存知ない方はこれらの方は昔銀幕を飾ったグラマー女優の方々です。

川本三郎「君美しく(きみうるわしく)」文藝春秋

なんて読むと前田通子の話など感動ものです。

てなことを考えていると、妻が出かける準備をしています。

「どこに行くの」

と聞くと

「何言っているのよ。今から蔦屋へビデオを返しに行くのよ」

という言葉を残して出て行きました。

一人になって何故かホッとしました。

台風一過の秋空の心境です。

私も一つ教訓を身につけました。

「災害は忘れたころにやってくる」

皆様も気をつけましょう。


8月18日 (日) 夏も終ろうとしているのか・・・・


昨夜は卒業生にいただいたワインで妻と娘が盛り上がりました。

妻と娘と二人で

「このワインおいしいわねえ」

と言いながら1本空けてしまいました。

これで二匹の虎を野に放ったようなものです。

後は二人で喋りまくっていました。

私は完全な蚊帳の外です。

それに私自身も食べ過ぎました。

夕食はトンカツでした。

妻の大盤振る舞いです。

子どもが帰省している時は私の食事も天国です。

しかし、今朝は、娘が水戸に帰っていきました。

妻が駅まで送っていくので私は玄関口で別れました。

玄関口で娘と写真をとりました。

これで子どもたちは皆いなくなりました。

それでもこの夏は長男は試験があるとかで急いで帰りましたが、娘と次男は1週間以上はいたので長かったほうでしょう。

その間、毎日、一緒に夕食になると乾杯をしていたことくらいが楽しかったのでしょうか。

妻は娘を駅まで送ったついでに職場に遣り残したことがあるということで帰ってきません。

仕方なく、私は図書館にでかけました。

最近は金もなく旧い本を図書館で借りて読んでいます。

帰宅すると妻が帰ってきていました。

子ども達がいなくなった途端に、もっと話しておけばよかったのにと思います。

それでいて面と向って彼らと話すことは特にありません。

それに、妻が子供たちと仲良く話してくれているので安心は安心です。

父親の出る幕なんてありません。

彼らには彼らの世界があるのでしょう。

今更何も口出しをすることはありません。

口を出す暇があったら金を出せ

というのが一般的に子どもが父親に思っていることでしょう。

こう言いながらも、確かに、どこか元気がでませんなあ

妻も憑き物が落ちたような状態です(笑)

子どもたちがいなくなると狭い家がやたら広く暗く感じられるのも不思議といえば不思議です。

こういう時の二人の心境は以下のようなものかもわかりません。

芝居が終わりました。

緞帳が降りました。

その舞台裏で妻と私は片付けをしているような気持ちです。

アンコールの声はありません。

妻と二人で顔を見合わせながら苦笑いをしております。

暑さも凌ぎやすくなり、また夕方から雨が降り出しています。

今日は二人で夕食をいただきながら、

長男の病気が快癒してくれたらとか、

長女や次男がもっと勉強してくれたら、

とか妻と話しをしているのでしょう、

こういう時は近くに海があればいいのですが。

ぼんやり海を眺めているというのもいいものです。

私の四国の田舎ではお盆が過ぎた頃には海も土用波となります。

そしてクラゲが現われます。

泳いでいるとクラゲに噛まれます。

カキ氷やアイスクリームを売っていた海の家もさびしげになります。

そして海水客もいなくなり閑散としていくのです。

そして秋が忍び寄ってきます。

この10日間、子ども達のお陰で美味しい物を戴きました。

今夜の夕食からこの反動が襲ってきます。

エンゲル係数の急上昇が再び限りなくゼロに近い地点に収斂して行きます。

今日からまた二人だけの生活です。

老人食が待っています(笑)


8月17日 (土) ♪青葉茂れる桜井の・・・・


昨日の日記に巨人の阿部君のことを書きました。

ところが昨日は死球退場しました。

私は何も悪いことはしていません(笑)

阿部君がすみやかに復帰することを心より祈っております。

敵に塩を送るこの余裕。

しかし、昨日は巨人が負けてヤクルトが勝ちました。

もしかしてもしかすると、ヤクルトの優勝の目はまだあるのか。

今朝、職場に出かけようとすると

珍しく次男が妻と一緒に玄関先に現れました。

今日東京に帰ってしまいます。

私が車の中から

「勉強とアルバイトをしっかりするんだぜ」

と言うと

「おやじもがんばってねえ」

なんてはにかんだ笑いを浮かべながら言いました。

♪青葉茂れる桜井の・・・・・

楠木正成・正行親子、桜井の別れ。

なーんてことは全然関係ねえか。

これで遂に残るは長女のみ。

職場に約束の時間どおり卒業生の2人が顔を出しました。

2人には9年ぶりに逢っているのでしょう。

昔の顔を思い出そうと努力しましたがやっぱり無理でした。

浪人時代の純情な面影はきっと跡形もなかったのでしょう。

ただ27歳のサラリーマンとサラリーガールが2人という感じです。

しかし、最近の卒業生としては珍しいことに手土産を持ってきました。

偉い。歳の割に人間が出来ている。

リオ・ブラボー。

赤貧洗うがごとき生活のどん底に咲いた一輪の花。

開けて見るとワインです。

残念無念、流星光底長蛇を逸す。

私はワインは飲まないのだ。

できればハイライトの方がよかったのになあ(笑)

二人とも大学は理系です。

男性は日本を代表するようなメーカーで半導体の開発・研究をしています。

女性は環境系の社団法人の調査研究室研究員という大それた肩書きを持っています。

二人とも独身です。

特に男性の直属する職場の男性と女性の比率は

100対5。

ウ――――――――――――――――ン。

言っている方も物悲しい。

聞いている方も物悲しい。

お陰で廻りは独身だらけとのことです。

私はこの男女2人を見つめながらしみじみと思いました。

こんないい男、いい女が、相手もいずに独身でいてこの先、日本はどうなるのか。

はい、私も用心深くなりました。

これはこの2人が私のHPを見た場合に備えてのリップサービスです。

男性の方は8時から4時半の勤務が原則だそうです。

しかし、現実はフレックスタイムだそうです。

かっこいいなあ、フレックスタイムなんて。

ところがどっこい、朝は9時か10時頃までに出勤。

後は無限だそうです。

サービス残業月100時間は軽く突破しているそうです。

ムッムッムッ。

女性の努める職場には先日労働基準監督署の立ち入り調査があったそうです。

職場の設備を問われ担当者が

「地下に宿泊設備があります」

と答えてしまい、改善勧告を受けたそうです。

職場に宿泊設備を備え付けるのは労基法違反だそうです。

ほんまかいな。

それにしても二人ともがんばっているのに何故か幸せそうではありません。

これは私がいつも思うことですが、

なんだかんだと言っても日本社会における技術者に対する評価は低い。

下手をしたら途中で使い捨てです。

会社に勤める技術者の最後の最後の花道は何か皆さんご存知ですか。

私の意見によればなんとNHKの「プロジェクトX」に出演することです。

おお、日本の技術者の唯一と言っていい晴れ舞台。

こんなこと書いていて大丈夫かな(笑)

まあ、大丈夫でしょう。

私はこれでも律儀に毎月遅滞することなくNHKの受信料を払っていますので。

なんのこっちゃ。

帰宅して妻にワインを渡すと感動で目から眼球が飛び出しそうになりました。

1千万円なんて現金を見たりしたら興奮で発狂するのではないかと心配になります。

まあ、見る機会は永遠にないでしょうが。

今日は妻と娘と私の3人しかいません。

なんだか落ち着きません。

この2人がいただいたワインを飲んで酔って話し始めたりしたらどうなるのか。

もう既に私はこの日記をつけながら茫漠とした不安に駆られています。

この日記をつけている今が嵐の前の静けさというやつなのでしょうか。

今日は沈黙は金。

この路線で対応します。


8月16日 (金) 東条英機のお孫さん


巨人の阿部君も困った方です。

昔の若者が持っていた謙譲の美徳というものがありません。

剥き出しの力でサヨナラホーマーを打つなんてあんまりです。

敵に塩を送れとまではいいません。

しかし、人間、惻隠の情というものも必要でしょう(?)

せめて力強く三振するとか。

そうすれば見る人が見ればわかるのですが。

そうだった、すっかり忘れていました。

今年は、セリーグは新しいルール規定が出来ていました。

今年のペナントから巨人は常に「名誉優勝」です。

10年経てば

「前人未踏の
名誉優勝・V10達成」

渡辺さんもこれなら枕を高くして眠れるでしょう。

真のペナントは残り5球団の争いです。

つまり今年はヤクルトと阪神のマッチレースです。

と書きながら何か虚しさだけが残ってしまいます(笑)

昼間、職場にいると職員から卒業生らしい人から外線が入っているとのことで電話に出ますと女性の方が、

9年前にお世話になった★★です」

と名のりましたが記憶がありません。

だいたいこういう時はほとんど記憶がないのですが。

それで話しているうちに忘却していた過去から記憶が蘇ることもあります。

今回は途中で私が明快に思い出した稀有な例であります。

年に一回程度メールをくれる卒業生でした。

お盆で実家に帰っているので明日遊びに来るとのことです。

30分くらいなら何とかなると返事をしますと、

卒業生の男性も一人一緒に行きますのでよろしくと言います。

ここで急に私は真剣になりました(笑)

もう相手に尋ねる声が違います。

「どういう関係なの」

私の性格をよく知っているようで相手の女性は

「付き合いをしているわけでもありませんし、結婚する予定もありません」

と言いました。

それを聞いておくと一安心です。

まあ、付き合っているとか結婚する予定だとわかっていれば多少ひやかして楽しく時間を過せるのですが。

どういう関係か知らずに男女の卒業生2人に会うことは私の経験から言って非常に危険です。

特に二人の関係がもつれている時に会ったりしたらわけのわからぬとばっちりがこちらに飛んできます。

さわらぬ神にたたりなし。

昨夜、偶然TBSテレビを見ていると、NEWS23で終戦特集をやっていました。

元内閣総理大臣東条英機のお孫さんの女性が靖国問題を巡ってインタビューを受けていました。

私が驚いたのはそのお孫さんがもう60数歳におなりになっているということです。

そんなに時間がたっていったのかということをそのお孫さんに教えられたような気がしました。

その方のおっしゃっていることも心に残りました。

「私がA級戦犯として処刑された東条の孫だと背中にでも紙を張って靖国にお参りすればきっと厭な思いをされる方もおいでになるでしょう。今までそういうことはしたくありませんでしたのでお参りにきませんでした」

「東条一人のために厭な思いをする人がおいでになるとか外国とうまくいかなくなるというのなら、私は、個人としては靖国神社から東条を分祀してもいいと思っているのですが・・・」

私は靖国問題を政治的にここで語ろうと思ってはいません。

ただ、何か家族というもののもつ辛さというものをツクヅク思い知らされました。

朝夕涼しくなってきました。

今日も家族4人で夕食です。


8月15日 (木) いいじゃありませんか「平和ボケ」


寝室の小窓を開いて寝ました。

朝方、寒気を感じ眼を覚ましました。

多少、涼しくなったのでしょうか。

しかし、朝起きると右耳が痛くて困りました。

高地にいて耳の鼓膜がピーンと張ったような症状です。

周囲の物音がよく聞き取れないような気がします。

この1週間ほど間歇的に起こります。

プールで泳いだせいかとも思っています。

妻によると1週間ほど前右の耳下のリンパ腺が異様に腫れていたとのことです。

本人に自覚症状がないのでわかりません。

昼頃には治りましたが。

今朝も道路は空いていました。

仕事を終えて帰宅する前にガソリンスタンドに行きました。

レギュラーを満タンにして4800円。

このガソリン代がやたら高い感じがします。

ガソリンは血の一滴だ(?)

これは戦争中の標語だったのでしょうか。

もう何を思い出しても自信がありません(泣)

宅すると二日酔いの次男がボーとしています。

昨夜は高校の仲間6人と久しぶりに逢って痛飲したそうです。

男子高校というのはこういうところが困ります。

男ばかりが集まることになるからです。

女っ気がありません。

まあ、私が困るわけではありませんが。

次男が嬉しそうにいうことには、

次男以外他の6人はこの6月から8月にかけて全員ガールフレンドに振られたそうです。

次男はとっくの昔に振られています(笑)

次男曰く

「集団的に男が振られやすい季節ってあるのかなあ」

バカか、何を考えているんだよ。

それで、長女の姿が見えないと思ったら

東京へ中国映画を見に行ったそうです。

こちらはこちらで東京まで映画を見に行くエネルギーが私にはもう理解を絶しています。

と、書きながらも、次男が

「明日東京に帰るから」

と言い出すと妻と私で突然オロオロしだします。

妻が

「もっとゆっくりしていけばどうせ夏休みで何もやることがないんでしょう」

と引き止めます。

私も一緒に

「こういう時は焦らず落ち着いて自分の将来を考えることだ。そのためにも後2、3日は家にいろ」

といい加減なことを言いました。

こういう時と言っても別に何の意味もないのですが。

まあ、かくいう私もこれでも昔は全然違いました。

子どもたちが小さい頃にはよく偉そうに演説したものです。

「世の中は国際化時代なのだから、お前たちも大きくなったら、海外にでもどこでもいいから好きなところへ行って、そこで骨を埋めればいいさ」

私も大法螺を吹いていました。

今の私こそが老いた父親の真実の姿であります(笑)

今日は57回目の終戦記念日です。

私も1947年(昭和22年)生まれです。

終戦の2年目の年です。

第一次ベビーブーマーというやつです。

天皇・マッカーサー・リッジウエー・進駐軍・引き揚げ船・靴磨き・DDT・遺族の家・予科練崩れ・パンパン・スターリン・毛沢東・ホーチミン・スカルノ・ナセル・バンドン精神・松川事件・ジラード事件・青い山脈・力道山・チャンチキおけさ・お富さん・別れの一本杉・黒い花びら・あなた買います・暴力の街・ゴジラ・ビキニ水爆実験・ストロンチウム90・オネストジョン・ICBM・ガガーリン・砂川闘争・フラフープ・肝油・脱脂粉乳・ガリオアエロア・ニコヨン・新東宝・パパはなんでも知っている・・・・・・

日本は豊かになりました。

それだけは間違いのない事実です。

57年間の間、アジアの諸国民と戦争することもありませんでした。

内戦・内乱もありませんでした。

平和ボケしているという意見もありますが戦争ボケするよりいいではありませんか。

新しい戦争で再び320万人にものぼる膨大な死者を出すより平和ボケしているほうがいいではありませんか。

満州事変から太平洋戦争まで、その間を生きた人々より私たちはよほど幸せではありませんか。

外地を侵略して諸国民を殺害するより内地で平和ボケしているほうがよほど幸せではありませんか。

戦死者が、玉砕者が、餓死者が、戦没者が、被災者が、傷痍軍人が、英霊が二度と出現しない世の中こそ素晴らしい世の中ではありませんか。

巨人のマジック点灯に憤っている、また喜んでいる、それが幸せというものではありませんか。


8月14日 (水) 「雨降りやまず」ではなかったのか


仕事を終え早めに職場を出ました。

車で家路を急いでいました。

すると一天にわかに掻き曇り大粒の雨が降り出しました。

ライトをつけワイパーを作動させました。

しかし視界がどんどん狭くなっていきます。

まるで墨汁を流したような雨です。

その上、稲妻が走っています。

落雷の轟音が轟きます。

こういう時は恐怖あるのみです。

私は何も悪いことはしていませんと神に祈るのみです。

それでも何とかかんとか無事にわが家に到着しました。

駐車場から玄関まで3メートルほどしかありません。

しかし、その距離を走っただけでビショ濡れです。

玄関から家に入ると次男がパンツ1枚でビショ濡れになっています。

「お前もどこかに出掛けていたのか」

と尋ねますと

「いや、俺はシャワーを浴びただけだよ」

と答えました。

ああ、天国と地獄。

「こんな大雨の時にシャワーを浴びるなんてなんてもったいない!1分くらい外に出ているだけで充分だぜ」

と言いました。

しかし、もともと聞く耳を持っていません。

外の雨はどんどんひどくなっていきます。

雷がかなり近い距離で炸裂しています。

「これではまるで黒澤明の『雨ふりやまず』だなあ」

と言いますと

「おやじ、大丈夫かよ。それは『雨あがる』だろう」

と返し口をします。

子どもは口だけは減らなくなっていきます。

こんなの相手にしても仕方がないと思い、

居間で大の字になって昼寝をしている長女に、

「麻季ちゃん、雷がこんなに鳴っているのにおへそを出して寝ていると雷さんに取られちゃうよ。22歳にもなって雷さんにおへそを取られたなんて新聞に出るとまずいでしょう」

と言うとあきれた顔で私を見つめます。

それから私の言葉を無視して何事もなかったようにまた眼を閉じました。

ああ、三界に棲家なし。

昨家は妻、長女、次男の3人で3時ごろまでベラベラ喋っていたそうです。

妻も今日からお盆休みなのでつきあったのでしょう。

私はさっさと布団に入り寝てしまいました。

この3人がどういう話をしたのかうすうす察しはつきます。

どうせ・・・・・(泣)

誰も相手にしてくれないのでパソコンに向ってHPの検索をしていました。

すると、突然、停電になりパソコンの画面が消えました。

次男がうれしそうに

「おやじ、だから、言っただろう。雷がなっている時はパソコンを使うなって。バックアップシステムもないんだからきっとパソコンのハードディスクの中身はみんなすっとんでいるぜ」

と嬉しそうに人を脅します。

本当にいやーな奴です。

と思いつつここで半信半疑になるのが素人の哀しさ。

中味が全部消えていたらどうしよう

と思ってしまいました。

それでなくともこの4日ほど私のパソコンはどこかおかしいのです。

まずHPの無料カウンターが表示されなくなりました。

次に自分のHPの掲示板にアクセスできなくなりました。

情けない限りです。

また、アマゾンドットコムにもアクセスできません。

どっかおかしくなったのかと思いつつなれっこになっているのであまり気にしませんでした。

ところが次男のノート型パソコンで私のHPにアクセスすると無料カウンターは表示されているし、掲示板にちゃんとアクセスできるではありませんか。

私にはどうしてこういうことが起こるのかさっぱりわかりません。

どなたかご啓示いただけないものでしょうか。

雨が小ぶりになったころを見透かして次男が妻の車で街中へ出かけていきました。

久しぶりに友だちが集まって飲むそうです。

私の方が羨ましくなってしまいます。

日本ハムも売上がガタ減りになっているそうです。

他人事ながら心配になります。

また景気が悪くなるのでしょうか。

巨人にマジック34が点灯しました。

私はその記事を読みながら古新聞を読んでいるような気持ちになりました。

巨人・巨人とガタガタ騒ぐな。

これからは阪神がどれだけ負けるかが問題なのです。

こういうのを引かれ者の小唄というのでしょうか。

ああ、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・

明日は815日です。


8月13日 (火) 梅干と蛸の炊き込み御飯


昨夜は娘が夕食を作ってくれました。

「大根と豚肉の煮物」

「厚揚げのそぼろあんかけ」

「梅干と蛸の炊き込み御飯」

という謎のようなメニューです。

「大学の友だちの間で評判がよかった」

と自称しているベストスリーを並べたとのことです。

わが家ではこの20年間に妻がつくったことのないメニューであります。

妻も次男も私も初めてフグを食べた人の心境がわかるような気がしました。

娘以外、三人とも口にはださねどおっかなびっくりです。

私など「梅干と蛸の炊き込み御飯」なんて聞いただけで

ゲテモノ料理のような気がしていました。

ところがところがです。

これがなかなかいけました。

「梅干と蛸の炊き込み御飯」は絶品でした。

近頃小食になっている私が思わずお代わりをしてしまいました。

妻も次男も当然お代わりをしました。

いやあ、驚きました。

娘にこんな隠れた才能があろうとは。

親ばかチャンリンの褒めすぎですが(笑)

お陰で満腹になりました。

それで11時半ごろには布団に入りストンと寝てしまいました。

私としては珍しいことです。

当然、朝方の5時半に眼が覚めました。

それからいつものようにあの果てることのない苦悩が私を襲いました。

「トイレに行くべきか行かざるべきか」

どうしようか、どうしようかと、うとうとしながらいると7時半です。

あわてて起きました。

あの2時間の精神的葛藤は一体何なのでしょうか。

妻に話すと妻の返事はそれこそ判で押したものです。

「ゴチャゴチャ考えずにさっさとトイレに行けばいいのに」

一刀両断、反論の余地無し。

1+1=2 以上に正しい。

しかし、やはり人間の持つ苦悩についての深い理解が足りません。

トイレに行くべきか行かざるべきという問題も深いものがあるのです。

行った後、眼が覚めて眠れなくなるのではないかという不安。

はたまた、この心地よいまどろみから抜け出したくないという願望。

反対に、行かないと、漏らしてしまうのではないかという不安、

この両極の間を行ったり来たりしながらまるで振り子のように揺れている私。

このように、優柔不断、悩みに悩んでいる人間の姿こそ人生そのものなのです。

あの有名な哲学者のパスカルが、朝方、トイレに行こうか、行くまいか、悩みながら、ふと、思いついた言葉が

「人間は考える葦である」

という言葉なのです。

ご存知でしたか。

ご存知ない?

はい、これはまったくの嘘です。

いつもの私の作り話です。

すいません。

この朝方のトイレの話も以前の日記に書いたような気がしています。

年寄りになると同じ愚痴ばかりを繰り返しているのでしょうか。

今日は職場に向う道路はやたら空いていました。

お盆のせいで多くの人が休みなのでしょう。

しかし、人間は誠に勝手なものであります。

いつも渋滞の時は、私は

「どうして、みんなそんなに熱心に会社に行こうとするんだよ。少し、仕事を休むとか、サボるとかして、遊んだらどうなんだ。そうしないから道路がこんなに混むんだよ」

と意味不明なことをブツブツ呟きながら怒っております。

ところが今日のように道路がガラガラの時には、私は、

「おいおいおい、会社に行こうとしているのは、俺一人かよ。どうしてみんな休みがそんなに多いんだよ。そんなことだから日本は不況から脱出できないんだよ」

なんて一人で正反対のことをブツブツ呟きながら怒っております。

私は実に損な性格の人間であります。

職場に到着してから仕事です。

仕事から帰ってきたのが6時前。

次男がまだ布団の中でいます。

まるで「寝たきり学生」です。

朝寝、朝酒、朝湯が大好きな平成の小原庄助です。

そこまではいかねえか。

帰省して美味しい料理をたらふく食べ過ぎたのでしょうか。

昨夜は一人で

「よし、明日の夕食は俺が作るよ」

なんて姉にタイを張って偉そうに言っていたのに。

夕食になりました。

今日はカレーライスです。

次男は良心がとがめたのか、

「俺がやっぱりカレーを作るよ」

と言いましたが、みんなで阻止しました(笑)

どういうカレーになるのか不安になったからです。

ただタマネギやジャガイモを剥く作業をやらせました。

食事の前にまたまた妻の音頭で

「乾杯」

「カンペイ」

の嵐であります。

何のために乾杯しているのか誰もわかりません。

それでも缶ビールがみるみるなくなっていきます。

いつもなら私と妻で1本空けるのがやっとなのに。

長男は松本に帰って以来ウンともスンとも言ってきません。

お盆だというのに何をするでもありません。

よく考えてみるとわが家には神棚も仏壇もありません。

あるのは長い長い住宅ローンだけです。

これでも幸せな家庭なのでしょう。

自分にそう言い聞かせながら今日も無事に終りそうです。

「日々平穏」

これが一番です。


8月12日 (月) 続(?) きのう勤皇 あしたは佐幕


昨夜はまたまた「ブック・オフ」から買ってきた

誰か「戦前」を知らないか 夏彦迷惑問答  山本夏彦 文春新書

を読みました。

定価 690円。 売価 350円。

定価の半額の筈ですが10円切り上げしています(笑)

この人は面白いおじいさんです。

「室内」という専門雑誌の編集長をずっとなさっていて文藝春秋を中心によくエッセイを書いています。

この人の本を読むと、大正から昭和についての話がよくわかります。

この著者は戦争前の日本社会は暗かったというのは戦後の社会主義者の妄言であって実態とはまったく違うのだと言っております。

また、人間、いつの時代にも以前よりはよくなったと主張したいところをもっているそうです。

読んでいくとなかなか面白い本だということがわかりました。

しかし、私には困ることが一つだけあります。

昨日読んだ

色川武大「なつかしい芸人たち」

と話がゴチャゴチャになってしまうことです。

こういうことがいつも悩みの種です。

まず、何かが書いてあった。

そして誰かについて書いてあった。

ここまでで既に実に空漠としております。

次にその書かれた人の人名を思い出すのに一苦労です。

例えばやっとこさ役者の「左ト全」について何か書いてあったなあ。

ということを思い出したとします。

ところが、どちらの本に書かれていたのかすぐ怪しくなってしまいます。

次に以下の表現を思い出します。

左ト全は片足が悪くいつも松葉杖をついていたが、ある日、バスに乗り遅れそうになった時、松葉杖を持ったままダッシュしてバスに飛び乗るのを目撃した人がいるそうです。

ところが、今度は、この文章は以前にどこかで読んだことを思い出します。

しかし、何の本で読んだのかは思い出せません。

小沢昭一なのか殿山泰司なのか小林信彦なのか。

そういう類の人たちの書いた本ではなかったのか?

これまた茫漠としたままです。

こういうぼんやりとした知識が頭の中に腐葉土のように堆積しています。

それで何か刺激を受けると脈絡もなく思い出してしまうのです。

こうこう構造は何とかならないかと思いつつ見事に何ともなりません(笑)

ただ楽しく読んだ文章が脳の中で腐っていっているだけなのでしょうか。

今朝は曇り空でした。

職場に出かけました。

明日からの仕事の準備です。

夏ももう半分は過ぎたのでしょうか。

新聞は田中真紀子の辞職の件に続報を書いています。

読売新聞は

「真紀子政治 何が残ったか」

というタイトルの記事を掲載しています。

サブタイトルが「民主政治の教訓に」「大衆迎合現象」となっています。

その記事の一部を紹介しますと

…田中氏はまさに、口先とパフォーマンスで外相ポストを得た。外務官僚の一人は「その結果,日本外交は機能不全となった。彼女を人気者扱いにして持ち上げたマスコミや国民はその責任をどう考えているのか」と憤る。

アリャリャリャリャリャ―――? 

そりゃないだろう、そりゃ。

外務省がもともと官費を私的なことに流用したりして機能不全に陥っていたからこそ田中真紀子は外務省改革をやろうとしたのではなかったのでしょうか。

何時の間にやら因果が逆になっています。

それにどの面下げてこの外務官僚はこんな偉そうなことを言っているのでしょうか。

それにこの記事を書いた記者は自分はマスコミの一員なのだから自分の責任を明らかにしてから偉そうに書くべきでしょう。

もしかしたらこの記者にとってはこの場合のマスコミは朝日・毎日・サンケイ・東京またはテレビなのでしょうか。

それにこんなにボロクソに田中真紀子のことを非難していいのでしょうか。

まあ、これこそが

「マッチポンプ」

という奴です。

自分で勝手に田中真紀子の人気を煽っておいて今度は徹底的に非難する。

ずっと何十年も見慣れた手口です。

おふざけがすぎますぜ。

外務省の官僚も讀賣の記者も国民をバカにするんじゃねえぜ。

全然関係ないと思われる方もおいでになるとは思いますが、先日、図書館から借りてきたビデオを観ました。

「2.26」 松竹映画 監督 五社英雄 主演 三浦友和  

私はこの映画をビデオでもう4度くらい見ています。

以前にも日記に書いた気もします。

まず五社英雄という監督があまり好きではありません。

表現がすべてにおいてオーバーなのです。

出演者が何かというと叫ぶ・血が飛ぶ・裸の男女がもつれ合う・・・

 私はこの歳になっても裸の男女がもつれあうのを見るのは嫌いではありま せん(笑)

しかし、そこには映画としての必然性がないとどうしようもありません。

それに「二・二六事件」を描くのに青年将校たちの指導者であった北一輝・西田税が登場しないのはクリープのないコーヒーのようなものです。

どうも例が旧すぎてすいません。

いろいろ能書きを並べましたが、

しかし、これはいい映画でした(笑)

五社英雄としては最高の水準に達していると思います。

主演の安藤輝三大尉を演じた三浦友和がいい。

私は三浦友和の隠れファンであります(笑)。

正統的二枚目でかつ渋い演技の役者に大化けしそうな気がしているんですがね。

この映画を見ながら私は一箇所だけ思わず落涙しました。

財布の紐が固くなるに連れて涙腺が弱くなっていきます(?)

それは中隊長の青年将校が部下を前にしながら歌を歌うのです。

この歌も以前にこの日記に書いたような気がしますが、あえてまた書きます。

「♪きのう勤皇、あしたは佐幕、その日、その日のでき心・・・」

             郡司次郎正「侍ニッポン」

この歌には思わず涙がでましたね。

「尊王討奸」(そんのうとうかん)を合言葉に天皇のために決起した将校が、

一旦は陸軍上層部によって賞賛されながら一瞬にして反乱軍の汚名を浴びせられる。

マッハの速さでの奈落への転落です。

板子一枚下は地獄という奴です。

これこそ昨日勤皇明日は佐幕です。

田中真紀子さんも、もしかしたら、現在同じ境遇にいるのかもわかりません。

辻元清美の時にも鈴木宗男の時にも書きましたので同じことを書いておきます。

がんばれ田中真紀子!

あんた、そんなに田中真紀子さんを支持していたのですか。

おいおいおい、何を考えているの、何を。

私ははっきり言っておきますが田中真紀子のようなタイプは大嫌いです(笑)

しかし、言うじゃありませんか。

義を見てせざるは勇なきなりって。

今は何が義かわけがわからない時代です。

それに私など金と同じくらい勇なんてありません。

ただ、ただ、ただ、ただ、

大政翼賛会的思考は大嫌いですぜ。

今日はどうしたことか、一人でボルテージが上がっております。

妻がこれを読むときっと

「あんた、そんな偉そうなことを言う暇があったら家事を手伝ったら」

と言うに決まっています。

妻よ赦してね、これは私の病気だから。

奥様は神様です。

お恥かしい限りであります。


8月11日 (日) 子供たちとプールで泳ぎました


昨夜は奇跡的なことが起こりました

この3ヶ月ほどビデオの録画タイマーがぶち壊れていました。

録画が予約できません。

それで深夜映画などは眠る前に3倍速で録画していました。

妻などは一度、会社の昼休みに急いで帰宅しました。

そしてBSの「宝塚歌劇」の録画ボタンを押して又会社に戻ったそうです。

この執念の凄さには私は勝てません。

ところが、昨夜、次男が

「よし、暇だから俺が修理するか」

と大法螺を吹きました。

「やれるものならやってみたら」

と私は言いました。

ところが、これが何としたことか。

奇蹟は起こるものです。

ビデオのマニュアルを見ながらわずか3分ほどで修理してしまったのです。

ムッムッムッムッ。

「さすが、やるじゃない」

とええ加減なことを言いながら

「拙いなあ」

と私は心の底で呟いていました。

案の定、

「旅男は凄いわねえ」

と妻は次男を畏敬の念を込めて見つめています。

まるでアインシュタインかビル・ゲイツを見るようなまなざしです。

一方、妻の私をじっと見つめる眼の冷たいこと。

まるで爬虫類に睨まれているようです。

もう針のむしろです。

私の父親・戸主・総領・家長としての権威は一瞬にして失墜。

落ちるところまで落ちました。

汚名挽回には十年かかるかもしれません。

艱難辛苦汝を玉にすという言葉をまたまた思い出してしまいました。

それにしても私はいかなる不幸の星の下に生まれてきたのか。

布団の中でブックオフで100円で買ってきた

「なつかしい芸人たち」色川武大 新潮文庫」
 

を読みました。

断然面白い本です。

二村定一、ピ−ター・ローレ、岸井明、杉狂児、佐分利信、原健策、徳川無声・市村俊幸、柳家金語楼、トニー谷、左ト全、有島一郎・・・・・

等などのエピソードが次から次に繰り出されます。

この個性溢れる人たちが面白いのか、それとも作者の色川武大の暖かい視線と語り口が楽しいのか。
100円でメチャクチャに得をした感じがしました。

これは珍しい経験です。・・・・


今日は朝早く長男が松本に帰りました。

試験の準備だそうです。

3泊しながら私と二人だけでほとんど話をしませんでした。

玄関に私と次男が上半身裸の短パンで見送りに立つと、

「もう、いいよ。もう、いいよ。近所の人が見たらどうするんだよ」

と文句を言いながら妻の車で消えていきました。

午前中はBSで大リーグを見て過しました。

イチロー・長谷川・佐々木がそれなりに活躍してマリナーズが勝ちました。

午後は長女、次男を連れてY町のプールへ出かけました。

ところがいつもなら空いているはずのプールは今日は小学生のサッカーか何かのクラブの連中がにぎやかに泳いでいます。

総数、30名ほどでいつもの十倍の混み方です。

我が子供たちも

「こんなに混んでいるの初めて見たよ」

と言っております。

しかし、この集団も4時前には立ち去りました。

50メータープールに残ったのは私たち家族3名を含めて10人ほどです。

いつもの静かなプールに戻りました。

長女が言いました。

「急に静かになったら夏が終った感じね」

3人で笑いました。

長女が一番元気に泳いでいます。

さすが日頃筋トレで鍛えていると豪語するだけはあります。

私と次男はちょっと泳いではプールサイドで煙草を吸う始末。

一時間ほどいてプールを出ました。

それから隣のグラウンドのベンチでジュースをいただきました。

二人のジュースの飲み方の速いこと。

若さが違います。

帰宅すると二人で今度は図書館から借りてきたビデオを観始めました。

「ボギー、俺も男だ」ウッディー・アレン、ダイアン・キートン

です。

私はもう30数年前この映画を新宿のアートシアターギルドで見た記憶があります。

子供たちは二人で大いに笑っています。

私もチラチラ画面を身ながらさすがにダイアン・キートンが若いのに驚きました。

当たり前といえば当たり前のことですが。

お盆です。

午前中、テレビで東京からの幹線道路が帰省の人々で渋滞していると報道していました。

私はお盆に帰省したことが最近はまったくありません。

帰省する皆さんもくれぐれも交通事故などにご注意ください。


8月10日 (土) 家族5人揃ってブックオフ参り


昨日は午後8時過ぎに長女が帰ってきました。

それから一家5人でも何ヶ月ぶりかの夕食です。

妻がスーパーで寿司の具を買ってきて握り寿しを作りました。

70貫は作ったでしょうか。

「こんなに作ってどうするんだよ」

と私は思っておりました。

しかし、しかし、驚くべきことです。

見る見るうちに寿司はなくなっていきました。

まるで飢えた山賊の食事のようです。

私も缶ビールを2本いただきコップ酒を2杯飲みました。

プールで泳いできた後でもあり、気持ちよく飲めました。

長女が戻ってきて話しの中心になってくれました。

お陰で多少は一族再会の気分がでました。

しかし、私はもういけません。

歳をとるということは胃が縮小していくことなのだ。

最近、この絶対的真理にやっと到達しました。

しかし、昨日はいつもの2倍も飲み食べました。

その上、プールで泳いでいるので眠くて仕方がありません。

それで遂に11時過ぎに布団に入りバタンキューです。

それから目覚めたのが朝の730分。

その間、一度も目覚めませんでした。

奇跡的です(笑)

朝食を揃って食べていると、妻が

「昨日だけでおまえ達が飲んだジュースやコーヒーの量はお父さんとお母さんの一ヶ月の消費量になっているよ」

と言いました。

エンゲル係数がこの2日で突然右肩上がりに跳ね上がった次第です。

私もあきらかに子どもたちの食欲の影響を受けています。

いつもの朝は食パンの半切れをサンドイッチにして食べるくらいです。

今朝はピザトーストを2枚も食べてしまいました。

いやあ、まだまだ私も若い(?)

食えば食えるのだ(笑)

それから家族でつまらない話を初めて妻は子どもが何か言うたびにゲラゲラ笑っています。

凄いサービス精神です。

長女と次男が

「私たちが出て行った最初の年は、そりゃ帰省してくるとうれしかっただろうけれど、母さんも父さんももう前ほどはうれしくもないんじゃない」

と言います。

妻が

「そんなことはないわよ」

と必死で抗弁しています。

私は

「そんなことはないよ。ただお前たちが帰ってくるまでに思っていたことと実際に帰ってきた時には考えにギャップが出来るのは事実だけれど」

と言うと、

二人が異口同音に

「父さんは私たちとの再会を美化しすぎだよ」

と言います。

私は返事をしませんでしたが

親の心子知らず

とはこのことです(笑)

午後は家族揃って我が家恒例の

ブックオフ参り・ブックオフ詣で

です。

ブックオフ参りはもうこの10年、わが家の神聖な儀式になっています。

その為私はプールに行くのを断念せざるを得ませんでした(泣)

ブックオフに行って互いに勝手に古本を買って終わりです。

それでも3人とも今日は収穫があまりなかったとブツブツ言っています。

それで仕方なくもう一軒

「ブック買取センター」

に寄りました。

そこで何とか3人とも何とか満足する本を見つけたようです。

帰りの車で私が

「今夜の飯は」

と聴くと妻が

「ステーキよ」

と答えました。

「とうとう松阪牛か。大盤振る舞いだなあ」

と言いますと、長女が

「父さん、安心して。オーストラリア産よ」

と答えました。

思わず笑ってしまいました。

この調子でいくと妻が調子に乗ってこの一ヶ月の生活費を全て使い果たしてしまうかもしれません。

子供たちが去っていった後の生活水準が一気に後退するのは眼に見えています。

それが恐ろしいのです。

帰宅すると、高崎市役所市民課住民記録担当から

葉書が来ております。

この部分からゆっくりとはがして中をご覧ください

と書いています。

馬鹿みたいですが、何か宝籤を開ける心境です。

まあこの住基ネットの情報が流失するのは120パーセント間違いないでしょう。

絶対に漏れないなんて断言できるのか不思議でなりません。

情報は漏れる為にあるのです。

と、日記を書いていると電話がなりました。

今年の3月頃に私の本を読んだとのことでお電話を戴いたお母さんからです。

その時は本当に落ちこんでいましたが、今は元気に頑張っているそうです。

大阪(?)の方でしたが、元気でがんばれるのは素晴らしいことです。

それにしても今日はオーストラリア産ステーキの食い溜めをしておかないと。

今度、いつ食べれるかわかったものじゃありませんから(笑)


8月9日 (金) 座長クラスのいない田舎芝居を見せる気か


昨夜は案の定午後11時ごろになると

「私寝るから」

「ぼくも寝るから」

と居間から誰もいなくなりました。

私一人で寂しく茫然としていました。

私は明日から三連休です。

どうも私の仕事も夏休みがあるのやらないのやらよくわかりません。

私のような業種は仕方がないところがあります。

はてさてやることもなくパソコンをまたいじっていました。

これがきりがないというのか。

午前3時頃になってやっともう眠らないと思っていると、

「眠れないよ」

と言いながら次男が二階から降りてきました。

帰省して調子に乗って酒を飲みすぎたそうです、

その上、母親の作った鰻丼をおいしいからと食べ過ぎたのだそうです。

馬鹿か、軟弱な。

と思いました。

それで私が

「もう父さんは寝るぞ」

と言うと

「俺も寝るから」

とまた二階に消えていきました。

わけがわかりません。

今朝は妻が出かけた後、私は8時半ごろに起きました。

朝飯を食べていても二階かコトリとも音がしません。

結局11時ごろに二人とも起きてきました。

栄養が足りない相撲取りのようなただでかいだけの、

若者が二人短パン・上半身裸で居間をウロウロしていると落ち着きません。

その上、次男はその短パンさえも今はまったくはやらない

「ケツバキ」

をしています。

「昼飯、ラーメンでも食いにいくか」

と言うと長男が

「ラーメンはちょっと刺激が強すぎるから」

と言います。

こういう言葉を聴くたびに長男の潰瘍性大腸炎のことが気になります。

結局、車で3人で近くのスーパーにでかけました。

それでめいめいの食事を選んだ次第です。

長男が冷やしうどん。

次男がとろろ蕎麦。

私がカツカレー。

私が一番若いのか。

食後に、

「よし、これからプールへ3人で泳ぎに行くか」

と声を掛けました。

しかし、何か空気に向って声をかけたような雰囲気です。

無反応。

それからおもむろに二人揃って

「おやじ、若いねええ」

と言いました。

私はこの賞賛とも揶揄ともわからぬ返事を無視しました。

そして仕方なく一人さみしくY町のプールへ向ったのです。

プールで泳ぎ始めると一天にわかにかき曇り雨が降り出しました。

こういう場合はプールの中で泳いでいるほうが暖かいのです。

15分もしないうちに夕立は去っていきました。

この夕立の後のプールというのはこれがまた気持ちがいいものです。

プールサイドのベンチに寝転んでウトウトしました。

夕立が過ぎてからもう泳いでいる人は5人ほどしかいません。

もう一泳ぎしてプールをでました。

イヤー、やっぱり、泳ぐというのは気持ちのいいものです。

廻りの景色が一変します。

外に出ると生きる希望が湧いてきます。

暑くてだるい夏が消え、気合の入った夏になった気分です。

車の中で鼻歌を歌いながら珍しくラジオを聞きました。

やはり日本ハム球団の札幌移転のことを話題にしています。

球団の存続が危ういという記事まで一部マスコミに出ているそうです。

「そんなオーバーな」

と思っていると、突然、

田中真紀子が議員辞職願を提出した

というニュースになりました。

「エッエッエッエッ・・・・・」

となりました。

これで辻元清美も鈴木宗男も田中真紀子もいなくなります。

こうなると国会も人気のある座長や座長クラスがいなくなった芝居小屋のようなものです。

もうテレビの国会中継なんて見る人もいないでしょう(?)

いったい誰が勝利したのでしょうか。

いったい誰が利益を得たのでしょうか。

いったいこの3人の辞職に何の意味があったのでしょうか。

帰宅すると、長男が居間の私の座椅子にもたれて昼寝をしていました。

私の姿を見ると静かに二階に消えていきました。

替わりにケツバキの次男が二階から降りてきて私の座椅子に座って本を読み始めました。

父親と子どもが何ヶ月ぶりかで再会しているというのに何かが違う(笑)

妻から電話が入りました。

長女が今日帰ってくる予定だけれど連絡はなかったかということです。

何の連絡もありません。

今やもうただ私の楽しみは長女と再会することです(笑)

これでかわらなけりゃ・・・・・・(泣)


8月8日 (木) 息子たち帰省せり


暑い〜〜〜〜(泣)

汗と涙とはこのことです。

汗と涙も塩っぽい。

体の細胞から汗が滲んできます。

脳まで汗をかいています。

それにしてもどうしたのか日本ハムは。

正午のテレビに不正をした子会社の部長が記者に取り囲まれていました。

「独断でやりました。上司の指示は受けていません」

聞き飽きた台詞です。

部長の権限の大きい会社ですなあ。

あんたは偉い(泣)

もう日本の企業は部長クラスへの権限委譲は常識なんだ。

知らなかった。

日本ハムは会長の息子が社長です。

典型的同族会社。

二人の威令が全社的に行き渡っているとのことです。

二人の威令は本社だけだったのだ。

たいしたことないじゃない。

この日本ハムでこうです。

他の企業はもっともっと権限が委譲されているはずです。

しかし、権限の委譲は刑事責任の委譲かもしれません。

それにしても日本ハム球団の札幌進出はどうなるのでしょうか。

こうなれば新しい血を会社に入れるしかありません。

日本雪印ハム!

なおさら立ち直れないか。

それにしても同情します。

何の罪もない日本ハムの社員の皆さん。

それに全国の焼肉屋さんがまた頭を抱えます。

朝日新聞の記事で、

・・・野球にたとえれば、「日本ハムは食肉業界の『ジャイアンツ』。手がつけられない存在になってしまった」と、ある商社幹部は話す。・・・・・

この記事には一人で思わず笑ってしまいました。

江戸の敵を長崎で討つの類ですなあ。

朝日の記者さんよ、いくら巨人が嫌いだと言ってもこれはやりすぎだよ。

私だってアンチ巨人の急先鋒ですが、これはいただけませんなあ。

今日は妻が元気に仕事に出かけました。

長男と次男が帰省してきます。

妻は既に岸壁の母気分。

私はこうなるともうあってもなくてもいい付録状態です。

仕事にでかけて帰ってきたのが8時半過ぎ。

長男と次男が今で夕食を食べています。

今日は鰻丼です。

私もお裾分けに預かれます(笑)

子供たちが帰省した途端に食事が変わります。

老人食から酒池肉林への見事な手のひら返し。

妻は声までもいつもより1オクターブは確実に高くなっています。

しかし、それよりも長男の髪を見て驚きました。

まるで昔の中国の長髪族のようです。

「散髪したらどうだ、近所の人が変に思うぜ」

と文句を言おうとしてやめました。

確か36年前の夏に帰省した時、私も父親にそういう風に怒鳴られました。

そのことを思い出して自分で笑ってしまいそうになりました。

人間、自分のことを忘れて子どもに怒っても仕方がないのかもしれません。

まあ、今夜は子どもとしみじみと話しをしようかと思っていますが、実はこれが実現したことがありません。

私が話そうとし始めると、

「もう寝る時間だから」

と言って静かに姿を消していくのです。

ああ、父親とは一体何なのでしょうか。


8月7日 (水) 石川五右衛門の苦しみでした


真夏日が続きます。

今日は午後からの仕事で朝はのんびりしていました。

朝刊にさっぱり原因のわからない事件が出ていました。

馬渕モーターの社長の家族の方が殺された事件です。

馬渕モーターと言えば世界一の小型モーターの会社です。

その社長の病気で寝たきりの奥さんと介護をしていた長女の方が殺されました。

それも殺した後放火した形跡があるそうです。

それでいて屋内が金品を探して物色した後がないそうです。

よくわからない事件ですね。

朝から一人で居間でぼんやりとしていました。

最近はあまりテレビもみません。

私が小学六年生の時に父親がテレビを買いました。

それから毎日、

テレビ狂い。

テレビ三昧。

テレビ漬け。

テレビおたく。

Television is  everything.

今になって考えると恐ろしいものがあります。 

日本中がテレビに恋をしていたのかもしれません。

日本のテレビの青春時代が私達の世代の年齢と重なっています。

父親がテレビを買う前の私の視力は1.5

半年にして視力は0.8

1年後には0.4

いかに激しくテレビを見たか。

私が最初に覚えている国産ドラマは

「日真名氏飛び出す」

という三共製薬(?)提供の番組でした。

これはたしか生のスタジオドラマだった筈です。

ビデオなんてなかった時代ですから大変だったでしょう。

それからテレビ技術は進歩したのでしょう。

しかし、パソコンが出現しました。

もしかするとテレビ業界も昔の映画産業と同じ運命をたどる可能性もあります。

それにしてももう40数年テレビを見ていることになります。

いくら私が飽きない男でもこれだけの年数テレビを観ているとどうなるか。

さすがにテレビを見ても何の意味もないということがわかってきます。

それでもまだ普通の人より見ているほうでしょうが。

妻など全然テレビを観ません。

これは性格の違いなのか不思議なほど対照的です。

私は心の外に出て行こうとする。

妻は心の内に引きこもろうとする。

そういう違いなのかもしれません。

昼間は家に転がっていたインスタント焼きそばをいただきました。

この業界も大変です。

なんとインスタント焼きそばにスープがついています。

焼きそばよりもこのスープがおいしかった。

午後職場に向いました。

車のハンドルを握った瞬間に火傷しそうになりました。

子どもの頃、正月に焼いたお餅が熱くて手の上で転がしていたことを思い出します。

職場にいてもエアコンが効いているというのに汗がダラダラ。

頭までフラフラしています。

これは暑させいなのか。

はたまた老化のせいなのか。

それさえも判別がつかないほど暑い。

職場中が釜茹で状態。

石川五右衛門の苦しみです。

仕事がやっと8時過ぎに終りました。

校舎から出た途端に夜の熱風が吹きつけます。

今年の暑さは何か異常じゃないでしょうか。

帰宅して風呂に入ってホッとしました。

やっと人心地がついた感じです。

それにしてもお歳を召した方はこの夏は大変です。

こうなると宮沢賢治の詩のように

寒さの夏をおろおろ歩いて

みたい気までしてまいります。

今日も疲れ果てました。


8月6日 (火) 図書館でのお宝探し


昨日は午前2時に寝ました。

ところが今日は午前6時に眼が覚めてしまいました。

今日は仕事が休みの日です。

こういう日こそぐっすり眠ればいいのに。

どうして早く眼が覚めてしまうのでしょうか。

自分でも不思議です。

朝刊を見て2人の方を訃報を眼にしました。

 

故島尾敏雄氏の長女・島尾マヤさん死去

島尾 マヤさん(しまお・まや=作家故島尾敏雄氏の長女)は3日、腹膜炎で死去、52歳。葬儀は6日午後1時30分から鹿児島県名瀬市幸町18の1のカトリック名瀬聖心(みこころ)教会で。喪主は母ミホさん。自宅は名瀬市浦上町47の11。 マヤさんは「死の棘(とげ)」など島尾敏雄氏の小説にたびたび描かれた。「島尾敏雄事典」(勉誠出版)もミホさんらと共同執筆した。写真家の島尾伸三氏は兄。

俳優の御木本伸介氏死去

御木本 伸介氏(みきもと・しんすけ=俳優、本名鈴木脩一=すずき・しゅういち)は5日、肺がんで死去、71歳。通夜は7日午後6時から、葬儀は8日午前11時から東京都世田谷区太子堂3の30の8の円泉寺で。喪主は妻和代さん。自宅は公表していない。連絡先は港区赤坂2の16の6の301のオフィス三井。 立教大在学中に文学座研究室に通い、新東宝を経て、舞台やテレビの時代劇などで活躍した。

 

島尾マヤさんは昔島尾敏雄の小説を読んでいるとよく登場した方です。

それに娘の名前をつける時に妻が参考にさせてもらいました。

それにしてもあまりに若すぎる死です。

一度もお会いしたこともないのに懐かしい感じがいたしました。

御木本伸介さんは新東宝の映画でいつも準主役をなさっていた俳優です。

宇津井健・丹波哲郎・天地茂・船橋元

等と同時代に活躍していました。

最近テレビでも見かけないなあと思っていました。

顔写真をご覧になればあああの人かとどなたにでもわかる方です。

お二人に合掌。

妻が仕事にでかけましたがこの2、3日元気そうです。

子どもたちが金曜日に帰省してくるので元気なのでしょう。

こういうことについてはいつも私は蚊帳の外です。

朝食をとりメールを打ち仕事をしました。

昼頃高崎市立図書館にでかけ百科事典のコピーをしようとして驚きました。

以前は図書館にあるコピーに10円を入れて自由にコピーができました。

今回は図書館に申請書を出さなくてはなりません。

コピーをとる書物の名前。

コピーする個所。

コピーをとる人の住所・氏名。

これらを指定の用紙に記入しなくてはなりません。

壁の張り紙を見るとこれは著作権を守る為の措置だそうです。

不便だなあと思いつつ、慣れればたいしたこともないのかなと思いました。

ついでに本とビデオを借りました。

最近10冊本を借りても呼んでいるのは2冊くらいです。

しかし、やっぱり本を借りるのは楽しみです。

今日も歴史関係の棚の前にいてひょっと眼を向けると

「東京アウトサイダーズ」

ロバート・ホワイティング 松井みどり訳 角川書店

を見つけました。

これは比較的新しい本で読みたいと思っていた本です。

こういう時は胸がときめき一瞬辺りをうかがってしまいます。

別に万引きをしようとしているのではありません。

誰かに先にとられないかと心配になるのです。

本をがっちり掴んだ時に図書館に来てよかったなと思うのです。

図書館で自分にしかわからない「お宝探し」をしているようなものです。

馬鹿みたいな話しですが誰もがお目当てに本を偶然発見した時こういう心理になっているのではないでしょうか。

図書館の帰りにスーパーに寄りました。

妻には、朝方、昼食は贅沢をして、ラーメンと餃子を一人で食べに行く。

と、宣告していました。

しかし、現実にはそんな食欲がありません。

結局スーパーでカレー弁当を買って帰りいただきました。

先日、この暑さで愛妻弁当が腐りかけました。

それで昨日まで、職場の近くのコンビニで昼食を買っていました。

スーパーで、お稲荷さん3つとヨーグルト315円。

これを飽きもせず5日連続で食べていました。

私も飽きない男です(笑)

おかげで昼間のカレーも目先が変わって結構おいしく感じられました。

午後は泳ぎに行こうと思いながら結局行きませんでした。

何か気力が湧いてきません。

外の熱気が凄すぎます。

40度近くあるのではないでしょうか。

食事の後、うとうとしながらボンヤリと本を読んで過しました。

そうこうしているうちに夕方になりました。

休みの何もしていない日というのはどうしてこんなに早く時間が過ぎていくのでしょうか。

実感的に言えば職場で仕事をしているときよりも三倍は時間が過ぎるのが速い感じがします。

人は物理的時間ではなく精神的時間で生きているのかもしれません。

今日は広島に原爆が落とされて57年になります。


8月5日 (月) ♪今日の仕事は辛かった、後は焼酎を・・・・


朝,家を出て職場に向かおうとしますと道路が込んでいます。

昨日とは全然違います。

今日は月曜でみんな仕事にでかけようとしているのだ。

と、気付くのに時間がかかりました。

こういう場合、時間があると知りつつやたら焦ります。

これも自分の気の短さなのでしょうか。

焦っても仕方がないところで焦ってしまうのです。

それでいて職場に到着したのが仕事が始まる20分前。

余裕です。

別に焦る必要もないのに焦ってしまう。

この性格は直らないのかもしれません。

これはきっと亡くなった父の影響なのでしょう。

私が小学生低学年の頃、父は職人として独立する前に国鉄の電車で二駅離れた町に勤めていました。

私はよく夕方になると駅に父を迎えに行ったものです。

改札口の柵にもたれて待っていると機関車が駅構内に走りこんできます。

まだ当時は蒸気機関車かディーゼル機関車でした。

客車のドアも自動開閉ではありません。

まだ無防備にデッキに人が立っていられる型の旧式の客車でした。

父はいつも最後尾の車両の後側のデッキに立っていました。

まるでそこが父の指定席のようでした。

そこが地下通路を通って改札口に来るのに一番近かったのです。

列車が構内にスピードを落としながら滑りこみます。

すると、父はパッとデッキから飛び降りてホームを一番先頭にたって歩くのです。

飛び降りる時の父は子ども心にも颯爽としていました。

ただどうしてそうなことをしていたのかいまだに私にはわかりません。

幼い息子にかっこいいところを見せようとしていたのでしょうか?

それから地下通路から改札口に姿を現します。

私の姿を見るとにっこりとしたものでした。

私もその時はなぜかうれしくてたまりませんでした。

その後、父はお金がある時は家に帰る途中の酒屋によりました。

そして一合壜の合成酒を買って帰ったものでした。

父は昔の男にしては伸長が180センチ近くありました。

子供から見てもかっこいい男でした。

はてさてこんな思い出話しを書きながら疲れています。

今日は朝の9時から夜の8時まで仕事でした。

それから会議です。

帰宅したのが10時半。

駐車場に車をおくと玄関に妻の姿が見えました。

珍しく迎えに出ているのです。

玄関の暗がりに立つ妻に

「お前さん、若くなったみたいじゃない」

と私は疲れきった体にかすれた声で気力を振り絞って言いました。

最近久しぶりのリップサービスです(笑)

しかるに我が妻は

「ああ、そう」

と畏れ多くも天皇なみの返事で終わりです。

もう少し嬉しそうにしたらどうなんだ。

という言葉をぐっと飲み込む疲れきった夫。

食事をしながら朝刊を読むと、朝日新聞には、

天皇とマッカーサーとの会見に同席していた通訳の方

のメモが発表されていました。

このニュースも終戦記念日が近いせいなのでしょうか。

それにしても走り読みしながら昭和天皇の発言の生々しさに驚きました。

太平洋戦争中にただ平和を願っていたというイメージはかなり違います。

もっとリアルな政治家だったような気がしてくるので不思議です。

新聞広告にもアメリカのハーバート・ビックスというニューヨーク州立大学教授が書いた

「昭和天皇」(上)が講談社から出版されるそうです。

昭和天皇の姿も時代によってこれからも変貌していくのでしょう。

いやー今日は疲れました。ぐっすり眠らせてもらいます。


8月4日 (日) 「野武士日より」の花火大会


まずは昨日の高崎市花火大会のご報告。

いやあ、天候がすべてを決めました。

昼間は雲ひとつない夏空でした。

しかし夕方頃に雷とともに雨が降ってきました。

30分ほどで雨はやみましたが天候は回復しません。

雲は雲を呼び風は風を呼び、空には暗雲が垂れ込めました。

どこかから野武士の集団でも現われそうな雰囲気です。

これでは「野武士日より」です。

とうてい「花火日より」とは言えません。

それでも妻はいそいそと準備を始めていました。

おにぎり・天麩羅・鳥のから揚げ・缶ビール・ポテチ。

念のため傘まで持っていきました。

傘を持って花火大会なんてのも私も生まれて初めてです。

国道18号を横切り烏川(からすがわ)の堤を歩きました。

天候のせいか去年と比べて人手が少ないような気がしました。

烏川の河川敷のラグビーグランドにシーツを引いてまず食事です。

花火もまだ上がっていないのに缶ビールを飲み始めました。

飲みながらも空模様が心配です。

河原と堤に人の数が多くなってきました。

そのうちに暗くなって手元の天麩羅とから揚げの区別がつかなくなりました。

なんでもいいからと口に放り込みます。

花火を見に来たのか。

飯を食いに来たのか。

そうこうしている内に最初の花火が一発上がりました。

大きな仕掛花火が上がると河原の人々から自然発生的な拍手が起こります。

私はこの拍手が大好きです。

誰に強制されたのでもない、ただ自然な拍手。

こんな拍手は今時少なくなったのではないかと思っています。

私はこの拍手に遭遇するたびに昔こういう場面に何回もある場所で出会ったことを思い出します。

それは昔の田舎の映画館です。

例えばチャンバラ映画です。

悪人に杉作が捕まり苛められている。

そこに鞍馬天狗が馬で走ってくる。

すると館内の観客から自然に拍手が起こるのです。

もちろん私も一生懸命拍手をしました。

何か実に素朴で牧歌的な時代だったと思うと懐かしくなります。

もうそういうものは失われたのでしょう。

ただこういう花火大会において見られるだけになったのかもしれません。

この花火が上がっている間の私と妻との会話。

「隆正はいくつになったのかなあ」

「もう、24歳よ」

「麻季はいくつになったのかなあ」

「もう、22歳よ」

「旅男はいくつになったのかなあ」

「もう、20歳よ」

私は聞かずともわかっていることを聞きます。

妻は言わずともわかっていることを言います。

そんな会話をしながら空に舞い上がる花火をじっと2人で見つめていました。

すると、過ぎ去った歳月がいとおしくなってまいります。

と、思いながら、歳のせいか、ビールもあまり飲む気にならず、

「ポテチあるかなあ」

と妻に聞きました。

その時、既に妻は、一袋のポテチを半分以上黙々と食べてしまっていたのです。

もし私がポテチのことを聞かなければどうなっていたのでしょうか。

私のセピア色の淡い感傷は一瞬にして吹っ飛んでしまいました(笑)

花火大会から引き揚げる途中、歩いて帰る人々の中から私が聞いた言葉。

女性の方

「今日の花火大会早く終ったよね。やっぱり天候が気になったのかしら」

女の子

「母さん、この家大きいわねえ。私もこんな豪邸に住んでみたいわ」

お母さんらしき女性

「こんな豪邸に住むとお母さん、お掃除が大変よ」

こういう会話を聞いていると人生は楽しいなあと思います。

はてさて帰宅してテレビを見ていると

なんと阪神、サヨナラ勝ち。

もう、焼け石に水。

巨人も勝っています。

今日にも巨人に優勝マジック40が点灯するそうです。

いっそうのこと、巨人のマジックが点灯した段階で

他のセリーグ5球団が巨人を追放すれば阪神かヤクルトの優勝の目も出てきます。

まあ、無理でしょう。

逆に巨人に5球団が追放される恐れさえありますから(笑)

今日は日曜日だというのに朝から仕事でした。

仕事が終ると熊本から帰省してきた卒業生が遊びにきました。

熊本の郊外に下宿しているそうです。

アパートではなく学生が20人程入っている下宿屋さんです。

卒業生が入っているのは4畳だけの部屋。

家賃は8000円。

トイレ・風呂は共同。

賄いは2食ついて24000円。

これは間違いなく安い。

同じ日本とは思えない安さです。

これは私の感覚で言えば東京の1970年代初頭の下宿代です。

今日一番感動したのはこの話しでした。

帰宅して個人的日記をつけました。

それからこの「たそがれ日記」を書いて夕食です。

今日もまたかくてありなん。


8月3日 (土) 「♪ボートはとまりぬ、千尋の海原」


朝から仕事です。

通勤途中の道路は空いていました。

不思議なほど車がすいすい走ります。

午後まで仕事をして帰宅しました。

仕事が休みの妻がエアコンの調整をしています。

昨日からエアコンの調子がおかしいのです。

もしエアコンが効かなくなったら?

と考えただけで恐ろしくなります。

とは言っても人間どこまで贅沢に出来ているのかとも思います。

私の父は刷毛の職人でした。

家の隣の工場(こうば)とも呼べないほどの大きさの作業場で仕事をしていました。

夏には扇風機をつけると刷毛の毛が飛び散ってしまいます。

そのため扇風機を使うことが出来ません。

エアコンなどない時代でしたからそれこそ汗だくです。

そういう時に私はよく父の横にすわっていました。

ぼんやり父の仕事を見ながら

「父さんはこんなに汗をかいて一生懸命働いて、どうして貧乏なのだろう」

と子ども心に思っていました。

その時の父の味わった暑さに比べれば、こんな暑さなどしれていると自分に言い聞かせたとしても残念ながら全然説得力がありません(笑)

人間、少しでもこういう贅沢をするともう後退することができないのでしょう。

夕方にプールに行こうと思いましたがその気力がありません。

そんなことを考えているうちに昔のことを思い出しました。

1966年(昭和41)年の夏にわが高校のクラスの同窓会がありました。

場所は丸亀市の沖にある本島という島の海水浴場です。

私はこの島にはその前年の夏休みに1ヶ月泊まっていました。

この島の小高い山のようになった頂上に

正覚院というお寺があります。

その宿坊に友だちと二人で丸一ヶ月勉強をしたのです。

もう一人高松高校の浪人生の人がいました。

この時は自分でも信じられないほど勉強をしました。

朝・昼・晩と食事はでますが、新聞もラジオもテレビもありません。

それに海水浴場まで歩いて降りていくのに約40分近くかかります。

急な坂道を降りて泳いでまた登って帰るのは大変です。

そうするとやることといえば勉強しかありません。

朝に英語の勉強をして昼に国語の勉強をしてと、それはそれはがんばりました。

夜など薄暗い本堂に長机と電気スタンドを持ち出して勉強しました。

すると、どこからともなく線香の匂いが漂ってきます。

人の寝静まった深夜の島の頂上のお寺の本堂に自分一人です。

聞こえてくるのは微かな潮騒の音だけです。

イヤーな気分です(笑)

その上、こちらが神経質になっているせいか、何か死者たちの思いがだだっぴろい本堂の中にびっしりと漂っています。

しばらくすると、背中が急に寒々としてきます。

「どうしたんだ、やけに肌寒いなあ」

と思っていると、何か霊の如きものが背中に張り付いたような気分になります。

「おいおいおい、俺を恨まないで」

と心の中で呟きます。

それでいて、右手は英語の単語を覚えるために動いています。

当時大流行していた西尾孝の単語の本を使っていました。

例えば、instinct 本能 という単語をワラ半紙に書き殴りながら口でそれこそ念仏のようにブツブツ言いながら覚えるのです。

・・インスティンクトは本能、 インスティンクトは本能、インスティンクトは本能・・・

と呪文のように繰り返します。

すると本堂の外で山犬が

「ウォ―ン・ウォ―ン・ウォ―ン・・・」

と吠えます。

もう気分は「耳なし芳一」か横溝正史の「獄門島」の世界です(笑)

しかし、その不気味さも勉強する意欲には勝てません(?)

まるで3人とも修行僧のような生活でした。

この時の勉強が効をそうしたのか、私も大学に合格しました。

友だちは早稲田大学に、高松高校の浪人の方、確か、西岡さんという方は京都府立医大に合格しました。

今から10数年前、家族で帰省した折り、妻と子ども達を連れてこの島に遊びに行き、

生覚院の皆様ともお会いしその時のお礼を申し上げました。

往時茫々、その時にはもうお寺までの道はまがりなりにも舗装され車が通れるようになっていました。

お寺の方から、

前年にフジテレビが放映した横溝正史「獄門島」のロケにこの正覚院が使われたと聞かされました。

いや、何の話しをしていたのか。

そうそう同窓会の話です。

30人くらいは集まったのでしょうか。

私は私に好意をもっていると思われた(?)2人の同級生の女性に頼まれてボートに一緒に乗りました。

そして海水浴場から沖へ漕ぎ出したのです。

それこそ

「腕はくろがね、燃える陽に鍛えて我ら海の子ら」

です。

夏の海で両手に花でボートに乗るのは気持ちのいいものです。

私は調子に乗り過ぎてドンドン沖に漕ぎ出しました。

さあ、そろそろ、帰ろうかなあと思いながら、ボートの向きを転換し岸に向かいました。

ところがどうしたことかボートが先に進みません。

それに岸から直角に進んできた筈なのにかなり流されています。

そうです、よくあることです。

潮の流れを考えに入れていなかったのです。

それにもう一つ私が忘れていたことがありました。

一緒に乗っている女性2人の体重です。

重すぎたのです(笑)

いやいや、こんなところでこんな失礼なことを書いては申し訳がありません。

私の鍛え方が足りなかったのでしょう。

オールを漕ぐ腕がもう動きません(笑)

ボートは進まず、岸は遠い。

「♪ボートは沈みぬ、千尋の海原・・・・」

思わず「七里が浜の哀歌」を思い出してしまいました。

しかし、若い男が真昼間の静かな夏の海でうら若い女性2人を乗せてボートで遭難なんてことほどみっともないことはありません。

そんなことを考えながらボートの自分の前の女性と後ろの女性を見ると心なしか顔が先刻と違い緊張しています(笑)。

以心伝心。

私も当然緊張してきました。

ああ、このお調子者の若者とうら若い乙女2人の運命は?

こういう結論は実に散文的であります。

岸でずっと私のボートが流されるのを見ていた同級生たちが

ボートで救援に駆けつけてくれて私と2人の乙女は救助されたのです。

その夏の同窓会は私には暗い一日になりました(笑)

その年以降私はクラスの同窓会に参加していません。

またその時以降、その2人の女性ともお会いしていません。

はるかな昔の話しです。

皆様もくれぐれも水難事故にはお気をつけください。

どういう結論なんだ(笑)

と自分で突っ込みをいれて今日は終わりです。

夜は一年間妻(?)と待ち続けた高崎市花火大会を見に行かなくてはなりません。

その報告はまた明日のお楽しみ。


8月2日 (金) 八月なれば 


昨夜のプロ野球は中日の川上憲伸投手につきます。

セで31人目のノーヒット・ノーラン試合。

それも相手は何故か飛ぶ鳥を落とす勢いの巨人です。

よくやったと言いたいところです。

巨人が負けているこういう時に、

付き合いよく一緒にドサクサに負けてしまうのがこれまでの阪神の良き伝統でありました。

しかし、なんとしたことか昨夜は横浜に4対0で勝っています。

浜中のホームラン二発できまりです。

よくやったこれで巨人とは9.5ゲーム差だ。

やっと一桁になったぜ。

でもやっぱりペナントレースは終っている(泣)

昨夜はなかなか眠れませんでした。

私もこの日記を付け出してやっと気づいたことがあります。

それは一晩6時間から8時間ほど熟睡します。

するともう次の日の夜はあまり眠れないということです。

どういう体質なのか自分でもよくわかりません。

昨夜も12時に布団に入り本を読んでさあ寝るぞという態勢になりました。

それから眠れないなあと思って枕元の目覚まし時計を見ると2時20分。

1時間20分眠ろうと必死で悶絶していたことになります。

それからうとうとしながら朝を迎えたわけです。

どうして毎日6,7時間コンスタントに眠れないのか。

それの方がよほど楽な筈なのに。

今日は昨日ほどの暑さではありませんでした。

しかし、曇り空だというのにひどく蒸し暑い。

カラッとしません。

体がだるい感じがします。

仕事の終った後もだるさがとれません。

私の経験からするとこれは風邪を引くか腰痛になるかの前段階的兆候です。

自分の体についてだけはそこらの医者より私は名医です(?)

私のだるい脳が危険信号を発信しています。

風邪と腰痛は忘れた頃にやってきます。

10年前ならこういう兆候があった時には

「よし、立ち向かっていくぞ」

と気合を入れれば3日も掛からずに一発で治せました。

ところが今はただひたすら死んだふりをするだけで。

まるで、日常生活の中にクマが現われたような状態です。

こういう時は脳がエンスト状態になります。

誰に話し掛けられてもぼんやりとした返事をするだけです。

こんなことでは73歳までの平均寿命さえ生きられません。

昔は150歳まで生きるのだと子ども達に豪語していました。

しかし、今や、昔日の面影なし(泣)

帰宅した妻が

「夕ご飯、何時にするの」

と問うています。

妻が何か言った言葉を自分の脳で受けとめるのに数秒かかります。

それからおもむろに

「・・・何時でもいいよ」

と返事をしました。

この返事に決然とした断固としたところがないのが自分でもわかります。

このような私と対照的な人物が昨日現われました。

今年、防衛大学に進学した卒業生が遊びにきたのです。

3月末からまだ4ヶ月近くしか過ぎていません。

それなのにもう贅肉が6キロも落ちたそうです。

なるほど、精悍な体格と顔立ちになっています。

これで3年生になるともっと凄いそうです。

長靴・背嚢・ヘルメット・小銃、計30キロ近い完全装備をします。

それで走ることができるようになるそうです。

その走る距離も半端ではありません。

15キロとか20キロだそうです!

私などこの炎天下では100メートルも走れません。

走れたとしても熱中症・酸欠・脱水症状で呼吸困難におちいりでしょう。

そして一直線にこの世とおさらばでしょう。

その卒業生と20分ほど話しをしながら私が考えたのは以下のことです。

別に私は彼と政治談義をしたのではありません。

またそんなことを卒業生とする気持ちもまったくありません。

ただ、私がいつも思うのは自衛官というよりもっとはっきり言えば軍人の心の持ちようです。

戦争が起こることを望む者は軍人の中にもいないでしょう。

しかし、戦争に備えて訓練はしなくてはなりません。

そしてもしかしたら永久に戦争は来ないかもしれません。

何度も書きますが誰も戦争は望まないでしょう。

特に全面戦争の悲惨さは筆舌に尽くしがたいというのか私達の想像を絶しているでしょう。

しかし、難しくいうと人は自分が訓練に訓練を重ねた上にその実力を試す時がないというのはどうなるのでしょうか。

自分の職業に照らして言えば、模擬試験を受けるだけ受けながら、実際の本番の入試を受けられない受験生がいたらどうなるのでしょうか。

また血を吐くような練習をしながらリングに上がれないボクサーやプロレスラーがいたらどうなるのでしょうか。

その辺りが軍人という職業のひどく辛いところのように思えます。

まあ、そんな話しをしながら私も彼も元気にまた会おうと言って別れましたが。

こんなことを考えるのも8月になったからでしょうか。

 

人待ちてふと涙ぐむ八月なれば


8月1日(木) 世界に冠たる日本女性


昨夜は熱帯夜でした。

布団に入ると布団自体が熱気を帯びています。

枕も熱い。

枕元のスタンドの灯りさえ熱い。

それでも疲れていたせいかぐっすり眠れました。

目を覚ますといつのまにか81日になっていました。

暑さに負けず地球は自転しているのだ。

朝はねぼけていて妻が出かける時に

「気をつけてな」

と言うのを忘れてしまいました。

こういうことは凄く気になります。

起きて新聞を読みました。

またまた、日本人の平均年齢が上昇しています。

男性78.07歳。女性84.93歳。

そうか、私もあと24年近くは生き残れるのか。

妻はあと、30年も生き残れる。

アア―――――。

どこか不平等な感じもします。

日本女性の寿命は世界一の長さです。

もしかして日本の女性史は書き換えられて

「日本は女性天国だった」

いうことになるかもしれません(?)

日本の女性全員がノーベル賞を受賞できないのかね。

「長寿の日」という記念日でも作って休みにならないのかね。

「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」

と歌った日本女性が84.93歳まで生き残れるのです。

世界に冠たる大和なでしこ!

この調子で行くと世界中の女性フェミニストが日本に集結しそうです(笑)。

その上にであります。

次のような記事をつい最近読んだ記憶があります。

妻に先立たれた老齢の夫はその後数年で亡くなる確率が高いそうです。

一方、夫に先立たれた妻はそのあと10年以上生き延びるそうです。

どういうことなんだ(笑)

こうなると私は妻に長生きしてもらったほうがいいのか。

結局私の方が先に死んだ方が妻も幸せなのか。

こんな記事を読むと男なんて偉そうにしながら哀れなものです。

家庭を男が支配しているようで実に女性に頼って生きているのでしょう。

そのことを如実にこの記事が語っています。

なになに、

妻が先立ったら若い女性と再婚すれば済むじゃあないかって?

ムッムッムッ・・・

あなたは体力は知りませんが気持ちが若い。

まあ、そういう手もなくはないでしょう。

ここで、そうかそういう手もあるのかと考える人はまだまだ元気で死にやしませんよ。

しかし、60歳や70歳になって再婚するのも疲れそうです。

若い妻をもらってもきっと話があわないでしょう。

「ニキニキニキニキ二木の菓子」

なんて言っても相手は

「?????(年寄りがわけのわからぬことを言っている)」

「当たり前田のクラッカー」

なんて言っても相手は

「!!!!!!!!(このジジイぼけたのか)

となるだけでしょう。

説明しなければならないと考えるだけでドッと疲れます。

同時代を生きてきたという共生感。

このおかげで夫婦は精神的に楽なところがあるのですから。

それに、結婚して、休みの一日中、

若い妻の好きなヘビメタなんて聞かされるのを想像してみなさいよ。

たまったものじゃありませんぜ。

いやあ、話しなんかあわなくてもいいよ。

どうせ今までもあっていなかったのだから。

と、お思いになる方がおいでになればこう書いている私でさえ

ム―――、もしかしたらそうかもしれないなあ

と思ってしまいます。

ところで、あんたの言いたいことは何なのだよ。

と言われそうでありますが、パラダイムが転換したということです。

もう、これからはジジババ天国です。

「♪オラは歳とっただよ、オラは歳とっただよ」

です。

ウ―――ム。このギャグは我ながら難しい。

日本の「青春文学」は終りました。

あるのは「老春文学」だけです。

先刻の女性史と同じように全ての小説・映画・コミックは改作されます。

「老人は荒野をめざす」

「怪人二十面相と老人探偵団」

「二十四の老人の瞳」

「東京老人物語」

「老人28号」

「鉄腕老人アトム」

「老犬ラッシー」

「アルプスの老女ハイジ」

・・・・・・・

いい歳をして、私はいったい何を書いているのか。

しかし、暑い。

と話しをそらさなくてはなりません(笑)

職場に出かけました。

昨日は車で各校舎を回りました。

ある校舎で愛妻弁当をいただこうとしました。

驚くべきことに車の中に弁当を入れていたせいか腐りかかっていました。

愛が腐れば愛妻弁当も腐るのか?

「ハッハッハッ」

妻がこの日記を見る可能性がありますのでこれは冗談です。

帰宅すると妻が無事に帰ってきていました。

よかった。よかった。

妻に何かあると私は数年後に死んでしまうのですから。

8月も妻と仲良くしていかなくては。

命あってのものだねです。

 

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