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たそがれ日記

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11月30日(水) 現代の羅生門


昨夜のテレビニュースは耐震強度偽装疑惑の

衆院国土交通委員会の参考人喚問に集中。

こちらは野次馬として見ているだけでありましたが

私の無責任極まる各人物に対する印象批評。

「ヒュ―ザー」の小嶋社長・・・・目つき鋭く、弁舌にドスあり。

建築会社の社長として古典的「現場たたきあげ」人間の風格。


まるで、東京地検特捜検事か警視庁公安刑事の如き威圧感で

質問している議員とどっちが喚問しているのかわからぬ状態。

「イーホームズ」の藤田社長。

検査機関の社長のせいかどこか理系インテリ風(?)。

今時の民主党国会議員とどこか似た雰囲気。

小嶋社長の違法発言を暴露しながら何やら迫力不足。

縁無し眼鏡(?)の奥の眼が怯えているような印象。

真面目そうな人ですからもしかすると・・・・・。

「木村建設」の木村社長。

白髪・老齢で何やら得をしている感じ。

ただ出てくる言葉は「本社はまったく関知せず。

すべて東京支店が任せていた」

なんて一見どこかの殿様風の余裕、よく考えると無責任。

煮ても焼いても食えないというのか、

一人先行逃げ切りを考えているのがありあり。

「木村建設」の篠塚東京支店長。

薄い髪に眼鏡姿、かつ少し前かがみ気味の姿が

現代日本の中間管理職の在り様を具現しているようで

心底同情いたしました。

責任を逃れようとする発言を繰り返しながらどこかで

社長、重役、上司から責任転化された苦渋がありあり。

「イーホームズ」の藤田社長よりもっと危ない感じがしました。

まあ、「悪い奴ほどよく眠る」、「真相は藪の中」

がこういう事件の場合の大鉄則。

なんて偉そうに書きましたが、

まだまったく民事上・刑事上の責任も

確定して事件の関係者に対し

こんなことを書いていいのか

なんて自分自身不安になります。

就寝午前1時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、ポタージュ。

インスタントのポタージュ一人前が食べきれず

途中から熱い紅茶。

午前中、授業のプリント作り。

宅急便が来て昔の卒業生がリンゴを一箱贈ってくれました。

毎年、毎年、ありがたいことであります。

午後に★★高校へ行き授業。

授業を休んでいる生徒はもう推薦入試の受験に向っているとか。

今日で11月も終わり。

歳をとるほど歳月が過ぎるのが速い。


11月29日(火) 喜びも悲しみも幾年月


昨夜は夜間部の授業から帰宅し、

居間に入っていくと妻がテレビの前に

正座するようにして画面を見ておりました。

私の姿を見た妻は開口一番

「あんた、戦争中は日本の灯台の多くが米軍の爆撃を受けて

灯台守の人がたくさん亡くなっていたのね」


と申します。

戦争中、民間輸送船が米軍潜水艦によって撃沈され

多くの船員が亡くなったことは知っていましたが

灯台守の人まで亡くなっていたことは知りませんでした。

妻はNHKBSで放映されていた

1957年(昭和32年)、松竹「喜びも悲しみも幾年月」

監督 木下恵介 主演 高峰秀子、佐田啓二 


を見ていたのです。

私も遅い夕食をいただきながら最後の30分ほど見ました。

画面が古びていないのにビックリしましたがこれは

ニュープリントの映画だったのでしょうか。

小学生の頃、私の田舎の学校では学年全員揃って

街の映画館へ映画を見に行く行事がありました。

娯楽も少なく社会学習の一貫として組まれていたのでしょう。

私がその時みんなで見た映画は、覚えている限りでは

「キクとイサム」「コタンの口笛」、内田吐夢の「宮本武蔵」第一部

そして木下恵介の「楢山節考」など等でした。

今回のNHKBSの木下恵介特集には何故か

この「楢山節考」が入っていません。

1957年(昭和32年)と言えば私は10歳。

紅顔の美少年というより、栄養不良の暗い少年でありましたが

歌手の若山彰が野太い声で歌う

♪おいら岬の灯台守は妻と二人で沖行く船の

無事を祈って灯をかざす、灯をかざす

というメロディーがラジオから巷に溢れ出ていたことを記憶しています。

この映画を見たのかどうか自信はありませんが、現にこの歌の

歌詞一番を私は何も参考にせず今書きました。

小学生にとってラジオの力は偉大でありました。

木下恵介の映画は「二十四の瞳」とこの映画が永久に残るのでは。


夕食を終わるともう午後11時。

血圧の薬を飲もうとすると錠剤がもうありません。

40日分もらってきたのにもう40日が過ぎてしまったのか。

二、三日中に病院に行かないと。

置き炬燵でボーとしているうちに眠くなってきて

布団に入りさっさと眠りました。

起床7時半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

インスタントのポタージュがあるので紅茶はやめて

そっちにしようかとも思いましたがどうも歳をとると

習慣を変えるのが危険なように感じられて

結局熱い紅茶をいただきました。

職場に向かい午前中授業。

午後、★★高校へ行き授業。

生徒にプリントをやらせながら教壇の上に置いてあった

私立大学の入学案内を見ながら薬学部の授業料にビックリ。

来年から薬学部は医学部同様六年制になりますが

6年間で入学金を含め授業料、実験費など大学に

支払う金額だけで1200万円になります。

これにアパート代、生活費を加えると・・・・。

空恐ろしい金額であります。

財政緊縮はしても大学生に対する公的奨学金はドンドン

増やさないと金持の子弟しか大学に行けなくなります。

今日は終日風が強く荒れ模様の空でありました。

★★高校から帰宅しようとするとまだ4時過ぎなのに

薄闇が近づいて結局ライトをつけて走りました。

これから風の冷たい上州の冬が待っております。


11月28日(月) 陽の陰り


昨夜は夕食の後、買ってきた冷凍食品の

「大判焼き」をいただきました。

これが本物の大判焼きと同じくらい

おいしくてビックリしました。

冷凍食品の発達には凄いものがあることを

痛感しました。

NHK総合「義経」有名な弁慶の勧進帳の場面である

「安宅の関」のシーンをチラッと見ましたが

まるで学芸会のように見え途中で見るのを止めました。

鮎川哲也「風の証言」を読了。

こういう本格トリック小説、私はいつもトリックの持つ

理屈がわかったことがありません(泣)。

左右逆の時計が実際に理髪店のために製造されていて

理髪屋さんが鏡に映った時計を見ると正しい時間を

さしているように見えること自体がわかると言えば

わかるような気もしますがしかしやっぱり

よく理解できていないような気もします。


布団に入って眠ったのが午前零時前。

起床午前7半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

職場に向かい授業。

午後、いったん帰宅して一休み。

昼間は居間も肌寒くて置き炬燵の中に

入っていないと震えがきます。

ネット、民主党の西村真悟代議士、弁護士法違反で

大阪地検特捜部と大阪府警逮捕のニュース。

その記事によると

・・・西村容疑者は、自分の法律事務所の元職員ですでに逮捕されている鈴木浩治容疑者が、

弁護士資格がないのに西村議員の名前を使って交通事故の示談交渉などをするのを容認し、

不正に名義を貸していた疑いが持たれています・・・

とのことです。

弁護士自身がこういうことに関わることは本当に珍しいのでは(?)。

西村議員は民主党でも自民党顔負けのタカ派中のタカ派。

それにしても民主党、衆議院選挙敗北に続き踏んだり蹴ったり。

夕方、再び職場に出かけ夜間部の授業。

朝夕一段と肌寒くなり、つるべ落としの

陽の陰りは近づく冬を知らせています。


11月27日(日) 加ト吉の冷凍野菜コロッケ


昨夜は午後10時過ぎに妻が置き炬燵の上に

経理の本を持ち出して勉強を始めました。

炬燵の反対側でいた私が不思議に思い

「どうしたん、土曜の夜に勉強を始めたりして」

と申しますと

「眠くなってきたので『チャングムの誓い』まで

我慢しているのよ」


とのお言葉であります。

嗚呼、無情!今日は『チャングムの誓い』の日か。

テレビのチャンネル権を妻が完全制覇。


私は『チャングムの誓い』が始まる前に

布団に入り図書館から借りてきた

鮎川哲也「風の証言」創元推理文庫

を読んでいるうちに眠ってしまいました。

運動もしてきて、お腹も一杯、明日は休み、

三拍子揃ったところでグッスリ眠れる筈でしたが

夜中に嫌な夢を見てしまいました。

どこかの家の長い廊下に私は立っています。

家の中は真っ暗で音一つ聞こえません。

おっかなびっくり廊下を進んで行きますと

左に曲がるようになっていてそこから

ほの明るい光が射して来ています。

曲がった瞬間にそこに木造の「舟」が

飾られていて私は何故かそれが死者を弔う

「寝棺」だと気がついて急いで引き返します。

引き返した廊下から廊下沿いにある部屋の室内が見え

羽織袴姿の二人の男の首筋がボーと浮かんでいます。

その二人が左に首をねじって私を見ようとしたので

再び暗い廊下を慌てて歩き出します。

ところが廊下は行き止まりになって板戸がはまっています。

その板戸を空けるのが恐ろしくてヒョッと足元を見ると

真っ暗な階段が見えそこから誰かがヌッと顔を出しそうになり

その女が捧げ持っていたお茶を私が蹴ってしまい、

熱いお茶が私の足にかかり私は思わず叫んでしまいます。


「あんた、あんた」


という妻の呼ぶ声で眼を醒ました瞬間に熱いお茶だと思ったのは

実は私が湯たんぽを蹴っていたのだということに気づきます。

そのまま布団の中でジットしていました。

あの寝棺の「舟」の中には誰がいたのだろうか。

室内にいた首筋しか見えない男は誰だったのだろうか。

闇の階段から上がってこようとした女は。


なんて考えているうちにウツラウツラとまた眠りに陥りました。

起床8時。

夢のせいか長時間眠った筈なのい熟睡した感じになれませんでした。

朝食、自家製梅ジャムのトースト2枚、熱い紅茶。

朝食をいただきながら妻に夢の話をすると

「ほんとに不思議ねえ。あんた、昔からどうしてそういう

夢ばかりみるの」


とのお言葉、我ながら不思議であります。

結婚して34年近くが過ぎますが、

毎年、必ず何度か嫌な夢を見て叫び声を

挙げ、妻に起こされています。


午前中、明日、明後日の授業の下調べ。

その後、テレビを見ているうちに早くも12時。

昼食、けつねうどんに妻の作ったちらし寿司。

食後に置き炬燵で、私は「風の証言」を読み

妻は同じ鮎川哲也の「朱の絶筆」を読んで

いましたが、私がウトウトし始めると

妻もウトウト、妻がウトウトすると私もウトウト。

そうこうするうちに妻が

「あんた、こうしていても体に悪いだけよ。

外に行きましょう」


ということで街中のスーパーに買い物へ。

行ったスーパー、今日は冷凍食品4割引きだそうで

私は生まれて初めて冷凍食品の「大判焼き」を買いました。

妻は妻で

「あんたの好きな加ト吉の冷凍野菜コロッケあるかしら」

と言いながら冷凍食品コーナーをさがしてくれましたが

残念ながらありません。

「あのコロッケ、美味しいから誰かが買い占めているんじゃないか」

と申しますと妻が笑っておりました。

昔、昔のその昔、小学生の頃、近所の八百屋さんで買っていたコロッケが

大好きでしたが、加ト吉の冷凍野菜コロッケだけがその時の

味を思い出させてくれる気がしています。


11月26日(土) 幸福のメール(?)


昨夜は妻が弓道の練習に出かけようとしながら

「あんた、ビデオの予約装置が壊れているみたいなので

今日の越路吹雪のドラマ、ビデオに録画しておいてね」

と玄関先で申しますので

「大地真央が出る奴は来週だろう」

と返事をしますと

「あんた、何言っているのを。それが今日なのよ。

それに越路吹雪をやるのは大地真央じゃなくて天海祐希よ」


とのお言葉でありました。

すいません。

なんせ、こちとら、天海祐希」とか「大地真央」とか

角川映画「天と地と」を思い出させるような

巨大な名前(笑)の持ち主の顔の識別さえついておりませんので。


午後9時から手動で録画を始めましたが9時15分頃に妻が帰宅。

私がわざわざ気を使ってフジテレビにチャンネルを回しながら

「今、やっているよ」

と教えてあげると

「私は途中から見ないのよ。全部終わってからビデオで見るわ」

とのお言葉であります。

ハイハイ。

午後11時過ぎ、妻が座椅子に踏ん反り返って越路吹雪の

ビデオを見はじめました。

私は図書館から借りてきたビデオを見る予定でしたが

越路吹雪のお陰で私の週末の唯一の楽しみは総崩れ(泣)。


ビデオの画面を見ながら私が

天海祐希って越路吹雪に似ているなあ。

もしかしたら隠し子か、隠し孫なのか」


なんて言ってもまったく無反応。

もう完全シカト状態。

私はスゴスゴと隣の寝室に行きました。

居間からかすかに聞こえてくる越路吹雪の

歌のメドレーを聞きながら眠ったのは午前零時。

起床7時半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

★★高校に授業に向いました。

途中でガソリンスタンドに寄りましたがリッター123円。

アレッ、新聞にはガソリンの価格が暴落しているなんて

書いてあったように思いましたが全然値下がりしていません。

午前中の授業無事終わり帰宅すると妻が

「あんた、昼食何がいい」

と申しますので

「けつねうどんでいいよ」

と答えますと嫌な顔をしました。

ウ――ン、休みの日のけつねうどんに妻も飽きたのか。

「あんた、じゃあ、けつねうどんと冷たいご飯でいいの。

ラーメンなら炒飯もつくるけれど」


と申します。

ウ―ム、嫌な選択のさせ方ですなあ。

妻はタフネゴーシエーター(?)


結局、ラーメンと炒飯で決着。

昼食後、置き炬燵の中で向かい合ってウトウト。

午後3時過ぎに二人で車で体育館に行き運動。

久しぶりの運動で体が少し柔らかくなった感じ。

帰宅すると既に日はとっぷり暮れていました。

ネットで次の記事を見つけビックリ。

中国でブロガー急増! 無料サービス人気も、有料会員制サービスも浸透

中国の易観国際(Analysys International)は、中国におけるブログ利用の最新事情などを調査したレポート「Quarterly Tracker on Internet Market 2005-Q3」を発表した。新サービスも増加しており、中国のブログ利用の好調ぶりが伝えられている。同レポートによれば、今年第3四半期(7〜9月期)における、中国でブログ(博客)を運営・公開している登録ユーザー数は3,336万人に達した。昨年末の調査では、中国国内のブロガーの数が1,475万人だったことから、この9カ月でブログ利用者は倍増したことになる。(以下略)

ブログ登録ユーザー3336万人(!)

昔、「中国は世界を揺るがす」というルポが

ありましたが、現在は「ネットは中国を揺るがす」

てな感じでしょうか。

中国共産党は到底情報の統制・一元管理は不可能となり

資本主義的自由経済から「的」を取るようなところまで

選択すべき道がなくなっていくのでは。


メール、またまた別な20年前の女性の卒業生よりあり。

三日連続女性からのメールなんて驚くばかり。

何か中学生の頃の幸福の手紙(?)を思い出しました。

今日は次男の誕生日、妻と一緒に次男、

長男、長女に電話をして一日が終了。


11月25日(金) 悪の階段


昨夜は夜間部から帰ってくると午後8時。

夕食をいただいた後テレビを見始めました。

私は疲れる番組はもう嫌なので日本テレビの

「新どっちの料理ショウ カキフライ対クリームコロッケ」

を見たかったのですが、妻が許してくれません(泣)。

昔、昔のその昔、小学校の2年生の頃か

近所のブルジョワ(?)のおうちに遊びに行き

そこのお母さんが

「今晩のおかずはカキフライよ」

と言っているのを聞き私は「柿フライ」なんて

どういう味がするのか不思議に思った記憶があります。

なんて貧しい少年だったのだろう、という得意の貧乏物語。


それはさておき結局、妻の最高命令どおり

フジテレビ「女の一代記シリーズ 瀬戸内寂聴」

を見る破目に陥りました。

妻はコマーシャルの時にはチャンネルを変え

朝日テレビ「熟年離婚」

を見ておりました。

何と強欲な女性でありましょうか。

まるでカキフライとクリームコロッケ両方を

いただいている気分なのでしょう。

強欲妻が瀬戸内寂聴の離婚に励まされ、

定年男の離婚の恐怖にざまあみろなんて

復讐の快感を得ている時に哀しいかな

三等亭主、涙ながらのお付き合いの巻。

敵は本能寺にあり(?)


「女の一代記シリーズ 瀬戸内寂聴」を見終わってから

妻のお言葉。

瀬戸内寂聴って本当に情熱的だったのね」

ウ――ン、君も食べることでは負けないんじゃないか

という言葉をいつものようにグッとこらえました。

「あんた、来週のこの番組は、越路吹雪よ。

それも大地真央がやるのよ」


なんて妻ははしゃいでおりました。

ウ――ム、宝塚、スミレの花咲く頃、越路吹雪、大地真央・・・・

まあ、自由にしてください。

妻が寝室に消えた後、やっと私は安心立命の境地に

立つことができました。

それで深夜にNHKBSの放映する映画

1965年 東宝 「悪の階段」 監督 鈴木英夫

主演 山崎努 団令子 西村晃 加東大介 久保明


を見ました。

この四日間で初めてみた鈴木英夫という監督の

四本の映画の中でこれが最高傑作。

金庫破りで4000万円を得た四人組とそのリーダーの

山崎努の情婦、団令子の虚々実々の駆け引きと仲間割れ。

冷徹悪の山崎努、アンニュイ悪の団令子

職業悪の西村晃 庶民悪の加東大介、チンピラ悪久保明。

かっての東宝青春スター、久保明一人が線が細い。

団令子、ずっとイモ姉ちゃんかと思っていましたが

なかなかの好演、思わず「乾いた花」の

加賀まりこを思い出してしまいました。


鈴木英夫って監督もけっこう凄いんだ。


見終わって布団に入り眠ったのが午前3時。

隣で眠っている妻は宝塚の夢でも見ているのでありましょうか。

起床7時。

朝食、野菜サンド、冷たい紅茶。

職場に向かい授業。

終わってから図書館に寄り帰宅。

ネットを開くと今日は今日とて

20年近く前に予備校で教えた女生徒よりのメール。

二日連続で女性の卒業生からのメールがくるなんて

何かいいことでもあるのかいな。


予備校の関係者に頼まれた一ページほどの

英語の訳をしてメールで送信。

後はタラタラと過ごしこの日記をつけている

うちに日が暮れてしまいました。


11月24日(木) 女優の色気


昨夜は東京から帰って8時に夕食。

妻がM君の結婚式のことをいろいろ

訊きますので適当に答えながら

ふと思い出したことを訊きました。

「昔、誰か卒業生二人が『ミスタードーナツ』のドーナツを

土産に遊びに来てそのドーナツを庭先においておくと

蟻がたかっていてそれでもみんなでもったいないって

蟻をフーフー吹き落としながら食べたのはあのM君二人だったと

思っていたけれど、M君は記憶にないというんだけれど

誰だったかなあ」


「そんなことあったような気がするけれど誰かは

覚えていないわよ」

とのお返事でありました。

ウ――ン、うちの家族5人とその卒業生2人、

計7人で蟻んこをフーフー吹いている姿は

なかなかおもしろかったのになあ。


その後、この日記をつけ転送しようとすると

これがなかなか出来ません。

以前に一度なりましたが、またまた同じ状態。

断続的に10回ほど繰り返しやっと成功。

日記をつけること自体より日記を転送する方が

時間がかかるなんて最悪であります。

その後疲れ果て布団に入り就寝12時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

出勤前にメールを開けると20年前の女性の卒業生よりメール。

20年前の浪人時代の顔が甦りました。

昨日の日記を見て懐かしくなってメールをしてきたとのこと。

結婚して仕事と子育てを大切になさっているそうです。

みんながんばっているみたいでうれしくなりました。


出勤して授業。

昼間、いったん帰宅して一休み。

深夜に録画しておいたビデオを見ました。

1960年 東宝映画「非情都市」監督 鈴木英夫

主演 三橋達也 司葉子 稲葉義男 中丸忠雄 

東野英治郎 佐々木高丸 平田昭彦


事件スクープに生きる新聞記者が特ダネを

狙うあまりやくざ組織に手を貸し犯人隠匿罪に

問われ破滅していくという物語。

四日前からNHKBSで放映している

鈴木英夫特集で「彼奴を逃がすな」「その場所に女ありて」

三日続き三本連続で見ましたが、これまで全然知らなかった

監督であります。

サスペンス映画がうまい監督なのでしょうか(?)。

「非情都市」三橋達也はそれなりの味が出ていましたが

三橋達也の恋人役の司葉子、この人はどういう映画でも

硬い演技をしているような気がします。

どうしても崩れた色気のようなものが出てきません。

何か清純一本の演技でこれがどこかでこの手の映画の

膨らみをなくしているような気がしました。


夕方、職場に向かい単科と夜間部。


11月23日(水) 雅叙園の結婚式


起床7時。

快晴の勤労感謝の日。

朝食、野菜サンド、目玉焼き、熱い紅茶。

今日は昔、予備校で教えた卒業生のM君の

結婚式が東京の目黒の雅叙園であり招待されています。

朝食をいただきながら妻に時間があれば

雅叙園での結婚式の帰りにサレジオ教会にでも

寄ってみようかと思い

「俺たちが結婚した目黒のサレジオ教会の

場所を覚えているか」


と尋ねましたが全然覚えていないとのことです。

「式の誓いをたてた時にデルコル神父のことなら

顔まで今でも覚えているわよ」

と申します。

ウーム、私はデルコル神父が肥っていたことは覚えていますが、

顔は全然忘れています。

礼服を着て準備。

つい昨日妻と二人で気がついたのは私の

お腹が出すぎて礼服が着られないこと。

急いで妻が礼服を止めるボタンを内側に移動させ

なんとか事なきを得ました。

家を出ようとして玄関で黒靴を履こうとすると妻が

「あんた、あんたが買ったその靴安物過ぎるわよ。

今度、高い靴買えば」


と申します。

いつもスポーツシューズで通勤しているので

黒靴のことなど気にしたことがありませんが

「高いっていくらくらいのだよ」

と尋ねますと

「5000円もだせばいいのがあるわよ」

と申します。

トホホホ、私が確か一年前に買ったこの黒靴は

いったいいくらだったんだよ。

妻に高崎駅まで車で送って新幹線で東京へ。

9時台のMAXなんとか号はガラガラ。

のんびりと陽を浴びながら東京に到着。

山手外回り線で目黒へ。

目黒駅から結婚式場の雅叙園まで

歩いて三分の距離。

ところがこれが急坂でありました。

私が慣れない黒靴でゆっくりゆっくり

下っていくと途中にお寺があり線香の匂い。

黒ネクタイの人々が出てきました。

坂を下りきって雅叙園に到着。

結婚式が始まりましたが、

今の流行だそうですが媒酌人なし。

新郎・新婦の席も一段高い場所ではなく

出席者と同じ高さのフロア―でした。

入場してきたイブニングドレスの若くて美しい新婦の

剥き出しの二の腕を見ながら

・・・アレッ、今の若い人は予防注射の痕がないのか・・・

なんてつまらぬことを考えておりました。

私の座った円卓は一人を除いて見知らぬ人ばかり。

そのたった一人の知り合いが同じく予備校で教えたM君という卒業生。

と言っても19年前の話であります。

19年前、今はなき予備校で私が講師をしていた頃、

新郎のM君と私の隣に座っているもう一人のM君が

予備校で知り合い、その二人を私が個人的に教えたという関係。


隣のM君の言葉によれば

「先生にはロイヤルホストで勉強を教わったりしました」

なんて言われて、高崎駅前のロイヤルホストは思い出しましたが

当方、まったくその記憶なし。

ただ、私もまだ30代だったのでボランティア活動として

二人を教えていたのでしょう。

二人とも大学に入学してから当時私が住んでいた

伊勢崎の家に一回、遊びにきたことがありました。

10年前に隣のM君が結婚した時、私も今新郎のM君も

結婚式に呼ばれて出席。

この10年の間、M君同士、また私と二人のM君は

年賀状のやり取りをしてはいますが会ったことはなし。

10年ぶりに三人揃っての再会ではありましたが

私がウイスキーを飲みながら隣のM君に

「この調子で行くと今度三人が会うのは

誰かの葬式の時か」


なんて言いますと

「そうですね、その時は是非お互い出席しましょう」

なんてバカ話をしておりました。

新郎のM君は、商社系の食品会社に勤務。

隣のM君は国家公務員U種試験合格に合格して★★★省の役人。

M君、この10年の間に20キロ近く肥っていましたので私が

「T種のキャリアに対するストレスで肥ったんじゃないか」

と申しますと

「それもありますけれど、仕事がきつくて。

先生、毎日、深夜の2時か3時まで仕事をして

それで朝は7時に出勤ですよ。病気にもなりますよ」

と申します。

ウ――ム、そんなに大変なのか。

「そうするとノイローゼになる人も多いんじゃないか」

と尋ねますと

「以前は役所の屋上からI種もU種も関係なく

ポイポイ飛び降り自殺していましたよ。

今は屋上には出られなくしていますがね」


と答えます。

そのポイポイという言葉に私は酔った頭がいっそう混乱。

どんな仕事も大変なんだ。

宴たけなわの頃に新郎の席に二人で行き

おめでとうのご挨拶。

新郎のM君の方は体型浪人時代とまったく変わらず。

今度、課長になったそうで仕事も有能そうです。

式が終わってからM君と二人で目黒駅まで向いました。

構内に「スターバックス」がありましたがコーヒーを

またまた飲む気もせず、ブラブラ歩いていますと

「喫茶ルノアール」を発見。

ビルの二階に上がろうとするとこれが移転工事中。

仕方なくまたブラブラ歩いているうちに

東京都営公園(?)に到着。

入園料200円を出して二人で園内を散策。

M君の家族の話になりM君が

「小学生の長男が医者になりたいとか言っているんですけれど

先生、勉強どうすればいいのですかね」


との勉強の相談。

「小学生なんだから勉強なんか気にせずにもっと何か広い

ところに子どもが精神的に出て行けるようにすることが

大切だと思うよ」

なんて結婚式でビール1本、ウイスキー水割り5杯を

飲んだ迫力で(?)偉そうに説教。

それからブラブラと再び目黒駅に戻りました。

地下鉄で帰るというのでそこで別れようとしますとM君が

「先生、俺、今度から子どもに新聞を読んでやるようにしますよ」

と申しました。

お互いにご家族によろしくと言ってその場で別れました。

10年に一回の割合で二人のM君に会っていますが

今度、二人と会えるのは私の葬儀の時か(笑)。


東京駅に戻り新幹線で帰宅。

二人のM君が幸せな人生を送ることを

願わずにいられません。

私も歳をとりました。


11月22日(火) がんばれイチロー


昨夜は夜間部の後午後10時前に帰宅。

食卓の上にトンカツがおいてありました。

「どうしたんだ、珍しくトンカツじゃないか」

とオーバーに言いますと妻が輪をかけたように

「あんた、お給料が入ったので大盤振る舞いよ」

と答えました。

ウ――ム、大盤振る舞い(?)

言葉の定義をまちがっているのではないか。

松阪牛とか天然の明石の鯛とかそれくらいが

出てきて大盤振る舞いじゃないのかよ。

トンカツ程度では小盤振る舞い(?)。

情けないことにそれでもその夜遅くの夕食、

哀しいことにトンカツを食べきれません。

食欲減退・体力劣化の一筋道を辿っております。


テレビをダラダラ見るのも飽きていると

珍しく妻が話し掛けてきて

「寒くなってきたけれどうちの子もみんな大丈夫かしら」

なんて突然申しますので私が何が

大丈夫か全然わかりませんので

「この建売の家もまさか姉歯建築設計事務所が

設計したんじゃないだろうな」


と申しすと最初キョトンとしながら

「まさかそんなことはないわよ」

と申します。今度は

「鳥インフルエンザに関東大震災が同時に

来たら俺たちひとたまりもないぜ」


と脅しますと妻が一人で大笑い。

「そんなことはありえないでしょう」

と答えました。

ウ――ム、もう誰も未来がどうなるか

予想できない世の中になっているのかもしれません。


布団の中に入って本を読みながら眠ったのが午前1時。

起床、午前7時。

朝食、昨日食べ残したトンカツを使ったカツサンド。

こういう残り物の食べ方が一番美味しいのでは(?)。

死ぬまで貧乏人根性が消えないのかも。

職場に向かい午前中、授業。

昼休みに講師室にあった「スポーツニッポン」を見ると

一面トップ、「イチロー、トレード?」

オイオイオイ、大丈夫かよ、イチロー。

午後は★★高校へ行き授業。

終わって帰宅してネットを見ると

イチロー、正月番組の「古畑仁三郎」の

撮影、田村正和が驚くほど完璧に台本を覚えてきて

無事終了したとか。


一方でまたまたトレードの記事。

イチローをトレードすべき=米スポーツ専門局

2005年11月22日(火) 13時55分 スポーツナビ

ヤンキースがイチロー獲得をマリナーズに打診したとする報道がされるなど、去就が注目されているマリナーズのイチロー外野手。米スポーツ専門局『フォックス・スポーツ』の電子版は21日(現地時間)、マリナーズはイチローを今すぐ放出すべきとの議論を展開した。 同記事は、イチローの優れた守備と走塁を認める一方で、打撃力が重視される外野手としてはパワー不足であるとの見解を示した。また、マリナーズとの契約が満了するときには、イチローは34歳になっていると、マリナーズにとって不利な点を指摘。長期的な視野に立った場合、イチロー獲得に興味があるとされるヤンキースやレッドソックスの将来有望な若手選手らを交換要因で獲得した方が、チームにとってもプラスであるとの考えを伝えた。仮にマリナーズがイチロー放出を決断すれば、ヤンキース、レッドソックス以外にも、外野手が手薄なメッツやカージナルスを始めとする数球団による争奪戦が展開されることになるだろう。

イチローがパワー不足(?)

舐めているのか、フォックス・スポーツ。

この媒体はいつもイチローを批判しているのでは。

がんばれイチロー(!)


11月21日(月) 大丈夫かイチロー


昨夜は午後7時過ぎににやっと

パソコンの作業が終了。

その後、妻と一緒に夕食。

妻の手作りの「ちゃんこ鍋」をいただきました。

おいしいのはおいしいのですが、

お店で「ちゃんこ鍋」をいただいたことが

ないので「ちゃんこ鍋」としてどの程度の

ものかさっぱりわかりません。

自分の舌が「ちゃんこ鍋」に対する味覚の

基準をもっていないのでもう一つ味がピンときません。

この歳になるとおいしい、おいしくないは自分の「舌」の

経験値でしか語れないものなのでしょう。


就寝11時半。

起床7時半。

先に起きていた妻が

「あんた、霜がおりているわよ」

なんて叫びました。

トイレの小窓から道路を隔てた向かいの

畑を見るとうっすらと白い霜がおりていました。

この寒さだと車のウインドウが曇ってしまっています。

お湯をかけなくてはなりません。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

エンジンのかかりも心なしか重いものがありました。

職場に向かい授業。

講師室にカメラマンの人が来て申し込んだ生徒たちの

受験票の顔写真を撮影していました。

もうそういう季節なのか、なんて思ってしまう

予備校恒例の季節行事。

午後、いったん帰宅して一休み。

ネットで次の記事を見てウ――ン。

【MLB】ヤンキース、イチロー獲得を打診していた?

2005年11月21日(月) 11時4分 ISM

ニューヨーク・ヤンキースの地元紙『ニューズデイ』(電子版)は20日、チームがシアトル・マリナーズにイチロー外野手をめぐるトレードを打診していたと報道。しかし、マリナーズ側がこれを断ったと伝えている。同紙によると、ヤンキースはマイク・ハーグローブ監督と確執があるとされるイチローを獲得するためには、マリナーズ側のどんな条件も受け入れる準備ができていたとのことで、一時はトレード要員に挙げない方針を固めた、将来有望なロビンソン・カノ二塁手や王建民投手の放出もいとわなかったという。また同紙は、ハーグローブ監督とビル・バベイシGMが経営陣にイチローのトレードを提案したのに対し、イチローもハーグローブ監督の解任を要求したと報道。来年の春季キャンプで両者が気まずい再会をすることになるとの見方を示した。また、ヤンキースがイチロー以外にも、センターの候補として前ヤンキースのアルフォンゾ・ソリアーノ二塁手を挙げたとも伝えたが、カノと王、もしくは両選手の獲得を希望したと見られるテキサス・レンジャーズのカウンターオファーに応じることができなったとしている。

イチロー、来シーズン大丈夫なのか。

監督解任をイチローが要求するわけはないでしょう。

しかしこういう記事でイチローがどんどん

悪者にされていくようで心配であります。


昼間は家の居間も寒くパソコンに向っていると

冷気が足元から這い上がってくるようで

遂に足温器が登場。

置き炬燵・湯たんぽ・暖房エアコン、

すべてを揃えないと寒さを乗り切れなくなりそうです。

夕方、職場に向かい夜間部の授業。


11月20日(日) ラブレター


昨夜は夕食後、図書館から借りてきたビデオ

1945年 アメリカ「ラブレター」監督 ウイリアム・ディターレ

主演 ジェニファ・ジョーンズ ジョセフ・コットン


第二次対戦中、イギリス人将校が戦場で

戦友のラブレターの代筆をしてやります。

将校はイタリア戦線で負傷。

イギリスに帰国してから代筆してやった

この戦友がラブレターの相手と結婚しますが

その後、その戦友が亡くなっていることを知ります。

未亡人に会おうとしますがこれが失踪。

その間に自分に好意を持つ女性の紹介で

記憶を喪失した女性と知り合い好意を持つようになります。

そして実は戦友は殺害されていたのでありその犯人は・・・・・

なんて筋立てですが、途中まで見ていた妻が

「この映画、記憶喪失なんてなんだか

『心の旅路』に似ているわねえ」


と申します。

「ウ――ン、そう言えば似ているなあ」

舞台はイギリスの田園、記憶喪失の女性、

確かに似ています。

ネットで調べると『心の旅路』の制作は1942年。

それに香港を舞台にした恋愛映画の主人公「慕情」の

ジェニファー・ジョン―ズが主演なので期待しましたが

あのチャイナ服の主人公とはで別人のようでガッカリ。

その上、「第三の男」のジョセフ・コットン、

相も変わらず、大根役者なのかよくわからぬ演技。

とうとう、妻も私も置き炬燵の中でウトウト。

途中で起きてかろうじて最後の場面を見ましたが

『心の旅路』とは雲泥の差でありました。

その後、妻はまたまたNHK総合の

「チャングムの誓い」を見始めました。

私はパソコンに向かい作業。

就寝午前2時。

起床午前8時半。

朝食、ピザトースト、目玉焼き、熱い紅茶。

午前中、テキストの下調べとプリント作りを

しているとまたたくまに3時間が過ぎていきました。

昼食、冷や飯を温めて「おじや」。

私は妻の作る「おじや」が好きでよくいただきますが

妻は「きつねうどん」と「おじや」にうんざりしているみたいです。

午後はテレビテレビで
東京国際女子マラソン」

の中継を25キロ地点、ペースメーカーの

ランナーが離脱するところまで見ました。

後でネットを見ると先頭集団3人の中にいた

高橋尚子が後半独走で優勝とのこと。

凄いなあ、小出監督から独立してよかったのか。


パソコンに向かい作業。

午後4時過ぎ、妻と外に散歩に出かけましたが

5分も歩かないうちに私が

「ごめん、俺図書館に行ってくるから」

と言って家にいったん引き揚げ。

「あんた、なんなのよ」

と妻の罵声を浴びながら図書館に行き

本とビデオを借りました。

それにしても寒い一日でした。

これからもっとも苦手とする

上州の肌寒い冬が始まります。


11月19日(土) 遺失係り


昨夜は妻が弓道の練習から帰り

一緒に遅い夕食をいただいていると

電話がなり妻が出ました。

電話を切った後、妻がプンプン怒っています。

「東京のJR三鷹駅からの電話で旅男が定期を落としたそうで

遺失係りの人が預かっているという電話よ。

定期の有効期限は来年の四月まであるのよ。

本当にあの子ったらしょうがないわえね」


とブツブツ申します。

ウ――ン、しょうがねえなあ。

妻が急いで次男の携帯に電話をしましたが

いつものように出やしません。

今度はパソコンに向かいメールを打ちました。

金曜日の静かな夜に立つさざ波。

結局、私が布団に入る零時過ぎ迄連絡なし。

トホホホであります。

起床8時。

朝食、ピザトースト、熱い紅茶。

朝刊に次のような記事。

読売ウィークリー編集長ら処分 他誌の記事と表現酷似

読売新聞東京本社発行の週刊誌「読売ウイークリー」が、「日経ビジネス」の記事と一部表現が酷似した記事を掲載していたことがわかった。日経ビジネスの記事をそのまま転載したとみられるインターネット上の情報に依拠して執筆したためで、同社は18日、記者倫理に反する行為だったとして、読売ウイークリーの担当デスクを減給と出勤停止1週間、編集長を減給とすることを決めた。取材・執筆した契約ライターも原稿料を10%、1カ月カットする。問題の記事は10月30日号の「TBS、阪神ファンが知らない『村上世彰』の本性」。日経ビジネス6月6日号に掲載された村上氏関連の記事と6カ所で表現が酷似しており、それに気づいた日経ビジネス側が10月末に文書で申し入れていた。読売新聞東京本社広報部によると、担当デスクが10月中旬、株式関連のネットサイトで見つけた情報を抜粋してメモし、契約ライターに渡して取材を指示。ライターは関係者を取材したが、メモはデスクが独自に得た情報と考え、内容や表現にあまり手を加えずに執筆した。デスクは、ネット情報と似た表現があることに気づきながら出稿した・・・以下略。

この記事を読みながら何となく私にわかったこと。

1「日経ビジネス」の記事を誰かがネットにコピペ。

2「読売ウイークリー」の担当デスクこの事実を知らずに要点をコピペ。

3 担当デスクがネットで要点をコピペした事実を知らせずに契約ライターに取材を指示。

4 契約ライターは上記の経過を一切知らずほとんどそのまま執筆。

5 結局、「日経ビジネス」そっくりの記事が出現。

てなことでしょうか。

ウ――ム、週刊誌もネットをネタにして記事を書いているのか。

何か違うなあという気もしてきました。


これからは情報の元がいつも問題になりそうです。

一週間分の個人的日記をつけて一安心。

午前中、パソコンに向かい作業。

昼食、恒例、キツネうどんと太巻き。

午後もパソコンに向っているとやっとこさ次男より電話。

私が電話に出て

「三鷹駅一番ホームの遺失係りに行けば黒いトランクに

定期が入っているよ」


と言うと次男は笑っていました。

鮎川哲也「黒いトランク」を次男は読んだことがあるみたいでした。

電話を切った後、妻が

「あんた、どうして三鷹駅の人はうちに電話をよこしたのか

旅男に訊いたの」


と申します。

ウ――ム、忘れてしまっていたなあ。

次男が定期を申し込む時にうちの電話を書き込んだのか(?)


11月18日(金) 虚々実々


昨夜は夜間部から帰宅すると8時前。

妻が夕食を待っていてくれました。

と書くと偉い奥さんですねと思う方も

おいでになるかもしれませんが

甘い、甘い(笑)。

絶対に仕事から帰った6時前に一度何かを

食べているのは間違いありません。

私と一緒に夕食をいただくことによって

一日四食が実現します。

これでいい奥さんだと言われたりすると

妻にとってはまさに一石二鳥。


もちろん、私も家庭においてはなかなかの役者であります。

そんなことはおくびにも出さずさも驚いたように

「エッ、夕食まだだったの。悪いなあ。

先にいただいておけばいいのに。

俺なんか待つことないよ」


なんて申します。

すると妻がまた私に輪をかけたような役者で

「いいのよ。あんたは仕事をしてきたんだから

私が待つのは当たり前でしょう」


ウ――ン、役者やのう、泣かせるなあ(笑)。


てなことを毎週繰り返していると

何か二人で古典的様式美の世界を

演じているようであります。

一昨日はブチブチ言っていましたが

寝ようとして布団に入ると湯たんぽが

入っていました。

偉いなあ、はやすぎるんじゃないのと

口では抵抗しながらちゃんと実行してくれていました。

ところがやっぱり一ヶ月早すぎたのか

湯たんぽが熱い(笑)。

夜中に湯たんぽの熱さで眼が醒めてしまいました。


起床7時半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

職場に向かい授業。

終わってから図書館に寄りました。

二週間ほど休みでしたが昨日から開館。

本とビデオを借りて今度は本屋に寄りました。

新刊書を一冊購入して帰宅。

昼食後、パソコンに向かい作業。

ワードを打っていると実にタイピングが

遅くなったのがわかります。

やっぱり定期的に練習しないと駄目か。


11月17日(木) 嶋田久作


昨夜は午後9時からテレビ朝日

「相棒 殺人ヒーター」

を見ました。

水谷豊と寺脇康文のコンビの刑事ドラマ。

何度か見ておりますがこのコンビ、

職種は全然違いますが、勝新太郎と田村高廣が

コンビを組んだかつての大映ヒット映画

「兵隊やくざ」を思わせます。

肉体派と知能派の絶妙のコンビ。

昨日のドラマを見ながら驚いたのは

またまたあの日本で一番顔に長い俳優の嶋田久作の登場。

この二週間ほどでドラマで違うドラマで四回ほど見かけました。

さすがに驚いて妻に

「どうこの役者、顔が本当に長いだろう」

と申しますと画面を見ながら

「ああ、あの『帝都物語』の主人公ね」

と申します。

よくぞ、覚えていた我が妻よ。

その人、その人。調子に乗った妻は

「藤田まことの二倍は長いわねえ」

と申します。

二倍(!)、それはねえだろう、それは。

この番組を見たお陰で隣のテレビ東京の

水曜ミステリーは見られませんでした。

布団に入りながら妻に

「寒いからそろそろ湯たんぽどうかなあ」

と低姿勢で尋ねますと

「あんた、いくらなんでも早すぎるのじゃないの」

とやはりやんわりと否定されました。

ウ――ン、我が家では湯たんぽまでも

妻に支配されている。

まるで自民党本部から譴責処分を受けている

岐阜自民党県連の幹部の心境であります(?)。

奢る平家も久しからず


という言葉を思い出しながら就寝したのが午前零時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい授業。

いったん自宅に帰り昼食、久しぶりのネコマンマ。

置き炬燵に脚をつっこみ座椅子にもたれて

ウトウトしていると電話が鳴りました。

電話に出て20分ほど話しました。

私にとっては重要な電話でありました。

夕方、職場に向かい単科、夜間部の授業。

終わって生徒が質問に来ました。

帰宅して妻に

「夕食は何かなあ」

と尋ねると

「スパゲッテイーよ」

という簡にして要を得たお言葉でありました。

この日記をつけて今日の仕事は終わり。

♪ 今日の仕事は辛かった 後は焼酎をあおるだけ

久しぶりに岡林信康の歌を思い出しながら

秋の夜は更けていきます。


11月16日(水) 小林違い


昨夜は妻が弓道の練習へ行き一人で夕食。

妻が出かける前に置き炬燵の上を見ながら

「夕食のおかずこれだけなのか」

と尋ねますと

「あんた、最近食べすぎなのよ」

というありがたいお言葉に沈黙。

夕刊のテレビ番組欄を見ると

NHK総合午後8時からの番組。

NHK歌謡コンサート「永遠の名曲 古賀メロディー」

とありその下に

島倉・小林・八代・天童 

と歌手の苗字が書かれていました。

オッ、どうしたのか、久しぶりの小林旭。

それも古賀メロディーとは珍しいなあと思いつつ

わざわざビデオ録画の準備までしてスタンバイ。

しかし、8時45分の番組終了まで

戦後大スターの小林旭の影も形もなし。

最後まで見てやっと小林は小林旭ではなく

小林幸子だったことに気づいた次第であります。

トホホのトホホ。

朝日新聞よ、チャンと歌手の名前まで書いてよ(泣)。

その後、気分転換とばかり図書館から借りてきたビデオ

1943年 イギリス「老兵は死なず」監督 マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 

主演 アントン・ウォルブルック デボラ・カー ロジャー・リブジー

この中でかろうじて名前を知っているのはデボラ・カーのみ。

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての

イギリスとドイツの将校の友情物語であります。

ドイツ人将校は第一次世界大戦のドイツ敗戦後

軍を解雇され化学技術者となりますが、ナチの台頭、

イギリス人の妻の死、息子がナチ党員となったことで

イギリスに亡命してきます。

そして旧知のイギリス人将校と再会しますが

古典的・騎士道的戦争感を持つイギリス人将校に

あんたのやり方では絶対にナチスに勝てない

一度負けたら二度とナチスに勝てなくなると説得します。

この部分がこの映画の白眉なのでしょうが、

後はこの二人が愛した女性との恋愛模様を描いています。

私としては場面が飛び過ぎてあまり感情移入できない

映画でありましたがやっぱり大戦中の1943年に

こんな映画を製作しているイギリスはもうこの時点で

第二次大戦の勝利を確信していたように思えて

仕方がありませんでした。


布団の中で「生き急ぐ スターリン獄の日本人」読了。

後書きを読みながらこの本が1967年に出版されたことを知りました。

起床7時半。

午前中、授業のためのプリント作り。

早めに昼食をいただき、★★高校へ授業へ。

講師室で一緒になった私より若い同僚講師が

「今日は自転車で来ましたよ」

と申しますので

「エッ、自転車じゃ寒すぎるでしょう」

と申しますと

「いや、自転車で帰宅した後の帰ってからのお酒がおいしいですから」

とのお言葉でありました。

ウ―ム、この肌寒い上州の空っ風の中を

片道30分自転車を漕いでくるとは。

若さが違うのか若さが。

私など即刻肺炎になる恐れがあります(?)。

それにしても私もこの運動不足、

何とかしないとお腹ばかりが出てまいります。


11月15日(火) 下流社会人


昨夜は夜間部が終わり午後10時前に帰宅。

さすがにこの時間になるといつものことながら

すべての行動がバタバタとなってしまいます。

風呂に入りパジャマに着替え夕刊を読みながら

テレビを見ながらの夕食はどこか落ち着きません。

食事が終わるともう11時過ぎ。

翌日の授業の下調べをするともう零時近くであります。

布団に入りこの4日ほどチビチビと読んでいる

「生き急ぐ スターリン獄の日本人 」内村剛介 中公文庫

を20分ほど読みました。

大昔の学生時代に読んでから数年置きに

何となく読んでいる本であります。

確か最初の版は三省堂新書だった記憶があります。

内村剛介、大正9年生まれ。昭和18年ハルピン学院卒業。

敗戦時、北朝鮮においてソ連赤軍に拘束される。

1947年に反ソ諜報活動の疑いで二十五年の禁固刑。

シベリアのラーゲリと監獄を転々とする。

昭和31年帰国。日商岩井に勤務。

後北海道大学教授、上智大学教授。

という経歴ですがもう上智大学は退官しているのでしょう。

この本は私のソ連観を一変させた本であります。

それに単なるソ連の暴露に終わっていないことが特徴です。

ソ連の「ナロード(人民)」の運命を物語っている

日本人が書いた最高の戦後ソ連の案内書であり、

またスターリン主義告発の名著です。


就寝午前1時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい午前中授業。

入試問題の中に現在ヨーロッパにおいては

5人の労働者が1人の老齢者の年金を支えていますが

このまま少子化が進むと35年後の2040年には

5人の労働者が2人の老齢者の年金を支えていかなくては

ならずそれは到底不可能であると書かれています。

かつその上、日本においては2040年には

日本人の平均寿命は90歳に到達するとも書かれています。

一方で日本はどうなるのだと大きなことを柄にも

なく心配しつつ、一方では俺の年金大丈夫かよ

なんてことが心配になってきます。

正直「下流社会人」として前途が不安であります。


午後、★★高校へ向い授業。


11月14日(月) 官民格差なし(笑)


昨夜は食後にパソコンをいじっているうちに

インターネットの「お気に入り」の部分を

整理しようとろくでもないことを考えたが

うんのつき。

「お気に入り」が200以上もあっては

「お気に入り」ではありません。

それで「懐かし映画」とかのタイトルで

「フォルダ」を作り整理するのに一苦労。

やっと三分の二ほどまとめるものはまとめました。

てなことをやっているうちに妻は

いつも私が座る座椅子にデンと腰掛け

「チャングムの誓い」ビデオ録画して

いたのを見始めました。

もう打つ手なし、妻はチャングムの世界に

勝手に突入状態。

私が話し掛けようとしても何を聞いても返事なし。

私はすべてをあきらめサッサと布団へ。

本を読み出して5分もたたないうちに

眠ってしまいました。

起床7時半。

出勤して午前中授業。

午後帰宅してネットを見て次の記事を発見。

「国立大は安い」今は昔? 入学料では私大と逆転

国立大で入学料や授業料の値上げが続いた結果、入学料では国立大の方が私立大より高い“逆転現象”が起きている。充実した施設とともに、国立大の売りだった「安さ」。各大学は「これ以上学生の負担を増やすことがないように」と、国の予算編成を前にさらなる値上げを警戒している。長崎市で7日、開かれた国立大学協会(国大協)の総会。会長の相沢益男東京工業大学長は「入学料の値上げは断固反対だ」と発言した。今春に授業料の基準となる「標準額」が1万5000円引き上げられたため、「次は入学料」という警戒感を国大協として表した。
(共同通信) - 11月14日11時37分更新


おいおいおい、とあわててネットで調べてみると

平成17年度東京大学

入学金 282000円、授業料 535800円 初年度納入金 81万7800円

平成17年度早稲田大学政経学部

入学金 290000円、授業料 726900円 初年度納入金 117万7900円

早稲田大学の初年度納入金は施設維持費などがコミコミになっています。

それにしても国立大学で学ぶのに必要なお金がドンドン

私立大学に急接近しているのがよくわかります。

以前にどこかで文部官僚が

「国立大学と私立大学の授業料の官民格差をなくさなくては」

なんてことを言っていましたが、これは常識的には

私立大学の入学金、授業料を減らすことだと思いますが

実は国立大学の入学金、授業料を値上げして

国立・私立の格差をなくすことだったとは。

ウ――ン、こんなことをしていると

「下流社会」(光文社のベストセラー)の子どもは

大学に進学できなくなるのでは(?)。

日本の唯一の良さはいかなる階級の人間も

大学に進学できることにあったのでは。

これこそ、日本の社会的危機だなんて

誰一人文句を言わないのか。

一休みして夕方職場に向かい

夜間部の授業。


11月13日(日) お墓参り


昨夜はフジテレビ

「たけしの日本教育白書」

を途中まで見ました。

中でIQ(知能指数)が高い人々が集まる

世界的組織があることを知りました。

その会長なる人物が無職でテレビの

「クイズ番組」でお金を稼いだという内容に

笑ってしまいました。

「IQの高い人物}=「クイズ王」になれる(?)。

IQが高いということは「物知り」ってことか。

ライブドアの堀江貴文久とタレントの出川哲朗の

IQを測定していましたがその差は単なる知識の差の

ようにしか見えませんでした。


別な教育方法として小学生の子どもたちがクラスで豚を育てて

卒業時にその豚をどうするのかを議論していました。

私がただただ驚いたのは豚の急激な成長です。

これだけは本当にビックリしました。

就寝1時過ぎ。

起床7時半。

朝食、ピザトースト2枚、熱い紅茶。

9時過ぎに妻は講師が実際に野原にある

野草を説明してくれる「野草を見る会」(?)

に参加するとかで観音山の染色博物館に

一人で出かけていきました。

私は一人で置炬燵で明日の授業の下調べ。

入試問題の中に国民は私利私欲ではなく大義で

動くのだ、もし戦争という事態になっても

国民が大義というものを信じられなければ

ただ敵に降伏することだけがベストだと思うだろう

という話がありました。

ウーーム、これは正しい理論なのかと

テキストを前に考え込んでしました。

大義がある方がむしろ危険なのではとも思ってしまいます。

ブッシュ大統領にもイラク戦争の「大義」があるでしょうし、

イスラム過激派もアメリカの占領反対の「大義」があるでしょう。

「大義」よりもいつも「大義」の「内実」を問わないと。

妻が1時前に帰ってきて昼食。

キツネうどんに昨日残った稲荷寿司と太巻き。

一休みして午後車で妻と一緒に隣の安中市に

今年2月亡くなった職場の同僚の墓参りに行きました。

この人のおうちにも以前行ったことがあるのでまず

ご自宅に向いましたが途中で道を間違うばかり。

やっと途中の畑で肥料をまいている女性の方に

道を教えていただき到着。

しかし家族の方が皆さんお留守で今度は近所の方に

お墓の場所を聞きながら田舎道を車でウロウロ。

それでも見つからず結局、近くのお酒屋さんで

お墓の場所を聞くと店番のおばさんが

「私も一緒にいってあげるよ」

と申しますので車に乗っていただき

その案内でやっと同僚のお墓に到達出来ました。

お墓は一族の墓石が立ちまわりは竹やぶに囲まれた

静かな場所でした。

お線香をお花をたむけおばさんと三人でお祈り。

おばさんをお酒屋さんまで車で送り

何度もお礼を言って別れました。

私が道を尋ねた人たちがやさしい人ばかりで

やっと同僚のお墓参りができた一日でした。


11月12日(土) 卒業生三人登場


昨夜は妻が弓道の練習で出かけ

私は布団を引き風呂を沸かし一人で食事。

妻が帰宅して遅い夕食。

私はテレビを見ていました。

どこかのチャンネルから

「アメージング・グレース」

のメロディーが流れてきました。


最近よくこの曲がテレビで流れているので

テッキリ「白い巨塔」をまた再放送するつもりかと

思っていましたら、この曲、急性骨髄性白血病のため、

11月6日に亡くなった本田美奈子という歌手の人の

持ち歌だったそうでした。

本田美奈子という歌手、私は全然知りませんので

この各テレビ局の追悼報道の熱心さにビックリ。

昨日見ていたテレビ局では150通ほどの

追悼のメールが来たそうで追悼番組を放送するそうです。

一瞬、私は我が耳を疑いました。

150通(?)、1500通か、15000通の間違いでは(?)。

追悼メール150通で追悼番組が放送されるのか。

何か私にはよく分からない出来事であります。

もう完全に時代から立ち遅れているのでありましょうか。

その後、新聞のテレビ欄を見ると深夜映画で

フレデリック・フォーサイスの「ジャッカルの日」

放映されると書いていましたので急いで録画の準備。

就寝午前1時。

起床午前7時半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

ビデオが録画できたかどうかを確認すると

何とビデオテープが全然廻っていません。

「おいおい、『ジャッカルの日』が録画されていないよ」


と言いますと妻が

「あんた、その映画何回見たら気がすむのよ。それに

その映画、録画したテープうちにある筈よ」


と申します。

ウーン、こういう時に限って録画したテープはないというのが

人生の鉄則であります。


妻に玄関先で送られて★★高校の授業に向いました。

授業終了して帰りに久しぶりに「ブックオフ」に寄りました。

高崎市内に私が知る限り「ブックオフ」は三軒ありますが

そのうち私が最も行っている一軒です。

駐車場に車を置き店内に足を踏み入れると何かが違う。

店内のレイアウトが変わっていました。

店内右にあった文庫本のコーナーが

すべてコミックに変わっています。

アレアレと思いつつ奥にずんずん進んでいきましたが

分け入っても分け入ってもコミックの山。

コーナーが変わったところで今度はDVDとCDの山。

一般書、文庫本が一切ありません(!)

ウーン、営業方針が変わったのか。

そのまま店内を一周して店を出ました。

骨折り損のくたびれもうけ。


帰宅して月曜日の授業の下調べをしていると

電話がなり予備校の昔の卒業生三人が

午後に遊びにきたいとのことであります。

遅い昼食、妻の手作りの稲荷寿司と太巻きを

いただきました。

これがおいしくていつものように食べ過ぎ。

置き炬燵に脚をつっこみ座椅子にもたれて

ウトウトと昼寝していると玄関先で

ピーンポーンという音がして三人の卒業生登場。

二人が就職していて一人がまだ大学生。

全員独身の男でありました(泣)。

手土産にと大判焼きとリンゴをいただきました。

登場したのが2時15分。

妻と私と五人で置炬燵に入り話し出すと

三人ともあきれるほど喋るわ、喋るわ。

それに加えて我が妻も一緒に喋るわ、喋るわ。

私もボーとしているわけにもいかずお付き合い

しましたが、ノンストップで4時間五人で喋り続けました。

妻などこのドサクサに亭主の私を面白おかしく徹底的に批判。

その話を聞きながら三人の卒業生は大笑い。

批判の内容は私の個人的かつ社会的名誉に関係するので

この日記には絶対に書けません(笑)。

三人は6時15分まで喋るだけ喋って引き揚げていきました。

「またいつでも遊びにきたら」

と申しましたがまた明日にでも来そうなので恐ろしい(笑)。

それでも私でさえが何やら一か月分

人と会話をした気分になりました。

しかし、知っている同士で話をすると実に気は楽であります。

おかげで土曜の午後を楽しいお喋りで過ごせました。

現在の生きて行くのが厳しい世の中で

若い三人の前途に光明のあらんことを。

と殊勝なことを書きつつ

私もがんばらなくっちゃ。


11月11日(金) 離婚も金次第かなあ


昨夜は8時過ぎに帰宅してあわてて風呂に入り

夕食をいただきながらテレビ朝日で中継していた

「アジア野球選手権 日本ロッテ対韓国サムソン戦」

を見ていると何と9時前に残念ながら

時間が来ましたので中継を終わりますなんて

あっさりと終わってしまいました。

オイオイオイ、どうなってるの。

どうしてこういう中継最期まで放映しないんだよ。

いつものことながら腹が立ちました。


仕方なくテレビ朝日をつけっぱなしで

午後9時から評判になっているという

「熟年離婚 涙の別れ・・・最後の結婚記念日」

という番組を見ましたが、15分くらい見ながら妻に

「この夫婦は俺たちと全然階級が違うなあ」

と申しますと

「お金がないと離婚もできないわよ」

とのシビアなお言葉であります。

一瞬、どう対応すべきなのか激しく動揺(笑)。

結局、チャネルを変えて日本テレビ

「新どっちの料理ショウ、サケ塩焼き対サバミソ煮」

という番組を見ました。

サケ塩焼きができるのを見ながら

「俺が小学校の頃のシャケの塩焼きというのは今のと

違ってもっと身が小さくて凄く塩辛かった記憶があるけどなあ」


と妻に申しますと

「あんた、その話、もう耳にタコができるほど

私は聞かされているわよ」


と面倒臭さそうな御返事でありました。

ウーム、今日はどこか虫の居所でも悪いのか。

こういう食い物番組を見ていますと

新宿の焼き鳥横丁の鶴亀食堂で食べた

天ぷら定食はおいしかったなあとか、

神田に美味しい焼き魚の一杯飯屋があったなあ

とか昔のことを思い出すばかりであります。

その後、パソコンに向かい作業。

就寝午前1時。

起床午前7時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい授業。

午後、コンビニで「週刊文春」を買って帰宅。

昼食、先日、スーパーで買ってきた

105円のサバミソ煮の缶詰。

外見からして昨日テレビで見たサバミソ煮とは全然違います。

それでも貧乏慣れしているのかおいしくいただきました。

食後に置き炬燵に入ったままじっとしていると

眠たくなってコクリコクリ。

もう置き炬燵がないと家の中もかなり寒く感じます。

その後、パソコンに向かい作業。

一日の過ぎていくのが本当に早い。


11月10日(木) 歴史は夜作られる


昨夜は夕食後妻と一緒に図書館から

借りてきたビデオ

1937年 アメリカ映画「歴史は夜作られる」監督 フランク・ボゼージ

主演 ジーン・アーサー、シャルル・ボワイエ


を見ました。

アメリカの海運王と離婚しようとしている美貌の

女性、ジーン・アーサーがパリでホテルの給仕長の

シャルル・ボワイエと出逢い恋に陥ります。

それを邪魔せんとする海運王の夫。

最期にはタイタニック号のごとく二人の乗った

処女航海の豪華客船が氷山に衝突。

さあ、二人の運命は・・・・。


なんて映画でありますが、

それこそもう70年近く前の映画であります。

最期はもうお決まりのハッピーエンド。

私がシャルル・ボワイエと見るのは

イングリッド・バーグマンと共演した

「ガス灯」(?)以来であります。

この人、あの時代のアラン・ドロンのような人だったのでしょうか。

私が映画の途中で

「ジーン・アーサーって後一歩何かが足りないなあ」

と申しますと妻が

「あんた、最近年寄りじみてきたのか

女優の好みがうるさくなったわね」


なんて偉そうに言いました。

ウーム、女優の好みがうるさくなってくることと

年寄りじみてくることの因果関係を説明してみろよ

と言いたくなりましたがいつものように

無駄な抵抗はせずに黙っていました。

昔の映画は静かに見ることができるので

じつにいいのではありますがこの映画

やはり私が感動した世界三大恋愛映画

「哀愁」「心の旅路」「カサブランカ」

と比べて後一歩何かが足りません。

それに邦題「歴史は夜作られる」は

原題の「History is made at night」

をそのまま訳していますがこの題の意味が

映画を見終わっても分かりませんでした。


就寝1時半。

起床7時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい授業。

午後は単科と夜間部の授業。

帰宅8時過ぎ。

テレビ朝日「アジア野球選手権 日本ロッテ対韓国サムソン戦」

を放映中でこれから風呂に入り食事をしながら

この野球中継を見なければならないので

必死でこの日記を打ちました。

疲れるなあ。


11月9日(水) はるかなり太平洋戦争


昨夜は妻は弓道の練習へ。

一人で夕食をいただきました。

9時過ぎに妻が帰宅して今度は弓道仲間に電話。

あきれるほどの長い電話でありました。

私は日本テレビで

「日テレバージョンの宮部みゆき 理由」

を途中から見出してよく話がわからない上に

狭い居間で私が座椅子に向ってテレビを見ている

斜め後ろで妻が電話でガンガン話しているので

いっそうストーリーがわからずイライラ。

それでも何も文句を言えずただ黙っていました。

最近の我が家は妻が小泉純一郎で私が亀井静香の

如き関係性が成立してしまいもういかようにも

逆転の仕様がない雰囲気であります。

がんばれ亀井静香(?)


「理由」に嶋田久作が出ているのでビックリ。

「帝都物語」以来見ていなかった嶋田久作を

二日連続でテレビで見るとは思いもしませんでした。

その後、テレビ朝日「報道ステーション」

マリナーズのイチロー選手のインタビューがありました。

シーズン中はNHKBSでマリナーズの試合を

観戦して楽しんでいましたが、オフには

契約更改もないのであまりテレビにも登場してこず

久しぶりにイチローの姿を見ました。

元気で明るそうだったので来年の活躍が期待できそうです。


就寝12時半。

風邪も腰痛も治った筈なのにどうも気分がすぐれません。

まだ風邪の名残なのか息がスースーして

少し気になります。

起床7時半。

朝食、野菜サンドと熱い紅茶。

妻が仕事に出かけていきました。

一人残った私は朝食後一休みしてから

授業のためのプリント作り。

プリントを4枚作成しているうちに

もう正午近くになってしまいました。

途中で証券会社から営業の電話。

「奥様おいでですか」

「いません」

「失礼ですがご主人ですか」

「違います」

「??????」

「今忙しいのでまたお電話ください」

「・・・・・・」

電話を切ってしまってホッ。


昼食、久しぶりの「赤いきつねどんべい」

午後、★★高校での授業。

教室に入っていくと、後の席の女生徒二人が

「太平洋戦争は第一次大戦なの、第二次大戦なの」

「どっちだったかなあ」


という話をしておりました。

ウ――ム、日本はこのままで大丈夫かと思いつつ

よく考えて見ると私が高校三年生の時は1965年で

日露戦争終結が1905年で60年前。

今の17歳の高校生三年生から見ると

太平洋戦争が終結した1945年も60年前。

まったく同じくらいの過去の話であります。

私も高校生時代にさすがに友達と日露戦争の

話はしたことがありません。

当然、今の高校生もほとんど太平洋戦争の

話をすることはないでしょう。

しかし、歴史解釈はさておいて、歴史的事実の

教育はちゃんとしなくてはなんて思ったりもしました。


教室を廻ってプリントを配布しながらその女生徒

二人の前に行った時

「太平洋戦争は第二次世界大戦だよ」

と言うと二人で笑っておりました。

帰宅してメールを開くと東京の高校からの

来年二月の進路講演の以来ありました。

がんばらなくっちゃ。


11月8日(火) 長い顔


昨夜は午後9時からTBSテレビで

「横山秀夫サスペンス 深追い」

を見ました。

県警の白バイ警官から三ツ鐘署交通課に

左遷されてきた椎名桔平が交通事故の

現場調査で亡くなった男のポケベルを発見。

その男の妻が中学時代の初恋の女性という

展開となり後はホームドラマのような

展開が続きながら第三コーナーを廻ったあたりで

話がドンドン思わぬ方向へ展開。

なかなか面白いお話でありました。

しかし、初恋の女性役をやった羽田美智子という

女優に私はもう一つ入れ込めませんでした。

こういう怪しい役は大竹しのぶがやれば

女性の業の深さが現れていいのではなんて

勝手に思ってしまいます。

それでも、余貴美子の飲み屋の味のある女将。

金山一彦の主人公の将来を心配する同僚。

平泉成の部下は自分の家族だと思い込んでいる署長。

そして久しぶりに見た嶋田久作の県警監察官。

みんないい役を演じているので安心して見ることができました。

「帝都物語」以来久しぶりに見た嶋田久作。

顔の長さがまったく縮んでいません。


この顔の長さは到底藤田まことの比ではありません。


私が小学生の頃の大相撲の大内山。

亡くなった俳優の伊藤雄之助。

同じくプロレスラーのジャイアント馬場。

そしてこの嶋田久作。

この四人が私が見たことのある馬面四天王。


就寝12時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

食事をしていると妻が

「あんた、腐っちゃうから葡萄を早く食べてね」

と座卓の向うでうるさく申します。

「ハイハイ」

と答えはしましたが葡萄なんて

たくさん食べる物でもなし。

今年初めて玄関の葡萄の実がなり三十房ほどの

収穫がありました。

これを確かに妻と私でボチボチいただいていると

なかなかすぐには減ったりしません。

昔子どもが三人家にいたころだと

一日か二日でなくなっていたのでしょうが。

エンゲル係数を爆発的に上昇させて家計を

苦しめた我が子のいた頃がそれでもなお懐かしい(泣)。


朝刊、外報面トップは

フジモリ元大統領拘束、支持・反対両派に驚き

の記事。

チリ政府はフジモリ元大統領の身柄を

ペルー政府に引き渡すのか引き渡さないのか。

よほどの自信があって日本を出国した筈なのに

拘束されてしまうとはどこかで何か方法を

間違ったのでしょうか。


職場に向かい午前中、授業。

午後は★★高校へ行き授業。

帰宅してこの日記をつけていると

脚元と背中から寒さが忍び寄ってくるような

季節になってしまいました。


11月7日(月) 体調持ち直し


昨夜は翌日からの授業のことを

考えているうちに気力回復。

念のため風邪薬のカプセル錠を飲みましたが、

この時には降圧剤は飲みません。

胃の中で異なる成分の二種類の薬が

融合するとタリウムになる恐れがある(?)。

おかげで風邪も多少回復に向かい

腰痛の痛みも浴室のバスの中で

読書をしながら痛みのある背中を

じっくり温めると痛みが大幅に緩和。

やっと人心地がついた次第。


午後9時からテレビ朝日で

北野武監督「座頭市」

を見始めましたが

途中で登場した農家の老婆(?)の姿を見てビックリ。

どこかで見た顔だ、どこかで見た顔だ、

と思いながらハッと気が付き

エッ、エッ、エッ、エッ、エッ、

もう完全ショック状態となりました。

これはあの大楠道代(旧性安田道代)じゃないか。

何という変わり様でありましょうか。

もしかしてメーキャップが凄すぎるのか、

それとも地なのか。

あの若い頃の大楠道代がいつのまにか北林谷榮(失礼!)

になってしまっているではありませんか。

1960年代、映画会社大映倒産寸前に登場したのが

安田道代、若かったなあ。

当時、私は大映の叶順子という女優が好きだったのですが

この人の姿もまったく見かけなくなりました。

ウ――ン、見ている方は何か辛いものがあるなあと

思いつつ「座頭市」はビデオに録画しながら

今度は日本テレビ「行列のできる法律相談所」

にチャンネルを変えるとここはここで

番組の中で突然「住田弁護士」がダイエットをすると宣言。

来年の正月までに10キロダイエットするとか。

最初、番組が始まった頃に比べ出演している弁護士

四人の弁護士全員が総タレント、総芸能人に転向。

何かが違うのでは(?)。

布団に入って寝たのが午前1時。

起床午前7時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

天気は快晴。

職場に向かい授業。

いつもシャツ一枚で職場に出かけているので

風邪をこじらせないよう念のためセーターを

着て行きましたが、授業が始まる前に

やはりセーターを脱いでしまいました。

セーターを着て授業をするとどうしてか

かったるくていけません。

授業中にそれほど咳が出ることもなく

各クラス無事終了でよかった、よかった。

いつも案ずるよりも生むがやすしというのは

教壇に立つ講師の一大教訓(?)。

帰宅してネットを見てまたまたビックリ。

チリでフジモリ氏を逮捕=ペルーの要請でインターポール

【サンパウロ7日時事】インターポール(国際刑事警察機構)は7日未明(日本時間同日午後)、ペルー政府の要請を受け、チリの首都サンティアゴ市内のホテルで、ペルーのフジモリ元大統領(67)を逮捕した。チリ当局の情報としてAFP通信などが伝えた。フジモリ氏は6日午後(同7日未明)、チリに到着したばかりだった。(時事通信) - 11月7日17時0分更新

エッ、フジモリ元ペルー大統領、日本を出国していたのか。

大統領選に出馬するために帰国しようとしたのか。

それにしても拘束された身柄をチリからペルーへ

移送するのをチリ政府は簡単に許すのか。

この人、大統領時代には日本の新聞記事に

ならないことはなかったのに、

亡命してきた途端にマスコミから消えてしまいました。

今後この人の運命はどうなるのでしょうか。


11月6日(日) 風邪と腰痛の二重苦


昨夜は夕食後、風邪薬を飲み

頭がボーとなりながらパソコンをいじっていて

前日から気になっていたニュースをヤフーで見つけました。

中国と戦争すれば米は負け…訪米中の都知事講演で断言


【ワシントン=五十嵐文】訪米中の石原慎太郎東京都知事は3日、ワシントン市内で講演し、仮に中国と米国が戦争すれば、「米国は絶対に中国に負ける」と断言した。石原知事は「戦争は、しょせん生命の消耗戦だ。米国はイラクで米兵が2000人死ぬだけで大騒ぎするが、生命に対する価値観が全くない中国は憂いなしに戦争を始めることが出来る。戦渦が拡大すればするほど生命の価値にこだわる米国は勝てない」と述べた。さらに、中国が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に成功したり、日本周辺で原子力潜水艦の活動を活発化させたりしていることを指摘。「生命に非常に無神経な指導者が、米国との緊張が高まった時にどういう挙に出るか。われわれは冷戦よりはるかに危険度の高い緊張の中にある」と中国に対する警戒感をあらわにした。
(読売新聞)

この石原慎太郎の論理、どこかめちゃくちゃにおかしいのでは。

石原理論に従うなら、太平洋戦争中、

日本政府、及び、日本軍は

国民の生命の価値を度外視して

玉砕、餓死、特攻、空襲死、

までして連合軍と戦い

勝ったとでもいうのでしょうか。

また石原理論によれば国民の生命を軽視する文明の低い国家よりも

文明の高い政府の方が戦争に弱いとでも言いたいのでしょうか。

土台、中国とアメリカが戦争してどちらかが

勝つというのはどういうことなのでしょうか。

中国がワシントンに原爆を落とすと勝てるのか。

確実に中国は真珠湾に奇襲攻撃をした日本の二の舞です。

アメリカが北京に原爆を落とすと勝てるのか。

中国は対日戦争の時と同じように重慶か延安に遷都して

人民戦争を始めるでしょう。

アメリカ陸軍が北京などの主要都市を占領する。

それは点を占領しただけ、広大な中国に戦線が拡大するだけです。

そしてアメリカ侵略軍は消耗していきます。

中国人民解放軍がワシントンなどの主要都市を占領する。

それは点を占領しただけで、広大なアメリカに戦線が拡大するだけです。

そして中国侵略軍は消耗していきます。

アメリカは、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争

湾岸戦争、イラク戦争において多くの経験を積んでいます。

中国は対日戦争、ソ連やインドやベトナムとの国境紛争、

台湾との紛争によって多くの経験を積んでいます。

こう見てきますと、歴史の教訓をまったく学んでいないのは

石原慎太郎のみではないのでしょうか。

また中国に対して「経済的封じ込め」を提案していますが、

このような第二次大戦直後のアメリカ国務省の

ジョージ・ケナンが打ち出したソ連に対する「封じ込め」政策が

中国に対して現在可能なのでしょうか。

当時のソ連は完全なブロック経済、今の中国は

国内政治はともかく経済は完全に

ボーダーレスな自由主義貿易体制です。

経済封じ込め政策を採用して干上がるのは中国よりも

むしろ、EU、日本、アメリカなどではないでしょうか。

と考えてくると石原慎太郎の路線は

恐ろしいほど時代錯誤であります。

私から見れば、経済も思想もボーダレスに向いつつある時に

冷戦期のイデオロジストが突然登場してきたような違和感を与えます。

あえて大胆に言えば実にマンガチックでさえあります。


と偉そうに書きながら風邪が治らず、

昨夜も鼻水がポタポタポタ。

私が風邪薬を飲んでいると妻が

「あんた、私は明日『シャカイ』に行くからね」

と申します。

頭がボーとしている時に聞きなれない言葉を

聞かされていっそうボー。

社会、斜会、車会、斜界、釈迦界(?)


全然思いつく言葉がなく

「『シャカイ』ってなんだ」

と尋ねますと

「弓を射る会よ」

と面倒くさそうに申します。

『射会』か、早くそう言ってよ。

頭が疲れただけだがな。


疲れた頭に追い討ちをかけるように

「私、11時から『チャングムの誓い』を見るからね」

「ハイハイ」

これは病身の夫に対する居間からの退去勧告であります。

もっと正確には退去命令。


布団に入り寝たのが午後11時前。

こんこんと眠りました。

起床午前8時。

喉が炎症気味ですが鼻水は少し治っていました。

妻は車で弓道の「射会」にさっさと出発。

朝食、ホットケーキに熱い紅茶。

パソコンに向かい冬期講習のテキストの作成。

炬燵に入り明日の授業の下調べと連続的に

作業をしているうちに腰がだんだん重くなり

立ち上がった瞬間に腰がピリピリ。

同時に室内が寒かったのか

またまた鼻水ポタポタ。

もう最悪の体調であります。

それでも、明日から二週間ほど

高崎市立図書館が休みになるので

車で飛んで行きました。

本とビデオを借りて帰りにスーパーに寄り

昼食の太巻きと稲荷寿司を買いました。

かえって昼食。

その後、炬燵に脚をつっこみ、座椅子にもたれて

借りてきた本を読みながらウトウト。

そうこうするうちに妻が「射会」から帰ってきました。

「あまり弓が当たらなかったので賞品はティッシュよ」

と申します。

もっと私にちゃんと鼻をかめということなのか。

終日、雨模様の寒い日曜日でありました。


11月5日(土) 風邪にノックアウト


昨夜は肌寒いなあと思ってお風呂から出てくると

鼻水ポタポタ状態に突入。

アッアッアッ、と思っているうちに

仮性の風邪ではなく

真性の風邪に早くも転換。

ヨシ、と気合を入れて夕食前に

冷たいビールを飲みチュウハイを飲み

風邪を迎え撃ち、反撃をしようとしました。

しかし、もう歳には勝てません。

ポタポタ、ジュン(鼻をかむ音)、

ポタポタ、ジュン(鼻をかむ音)、

ポタポタ、ジュン(鼻をかむ音)、

の無限の繰り返し。

賽の河原に石を積んでいる状態であります。

ミルミルあたりにティシュペーパーの山また山。

分け入っても分け入っても白い(ティシュ)の山。

残存していた筈の体内抵抗勢力ボロボロであります。

これこそ真性小泉風邪(?)。

頭は痺れる、胸が腫れたように痛み、

高山病にかかったように呼吸が苦しい上に

鼻までが鼻のかみすぎであかぎれの炎症状態。

もう最悪、食欲なし、体から水分が枯れて

干上がっていくような状態であります。

冷蔵庫のスポーツドリンクをバカ飲み。


そうこうするうちに妻が弓道の練習から帰ってきて

座椅子にもたれて死に体に入っている私を見ながら

「珍しいわね、あんたが風邪を引くなんて」

なんて憎まれ口を叩きます。

もう気が弱っている私は反抗する手立てがありません。

反抗するどころか、私は苦しい息の下から

ハーハ―スース―、もがり笛状態。。

先週の週末は腰痛、今週は風邪。

ああ、やんなっちゃった、ああ、おどろいた、

このつきの無さ。

布団の中にいざるようにして入って寝ようと

しましたがこういう時に限って眠れません。

寝室の闇の中で七転八倒、七転び八起きというか、

ポタポタと鼻水が出てきたので枕元を見るとティシュがない。

逡巡した末に隣の居間にティシュの箱を取りに

行こうと立ち上がりながらトイレに入ってしまい

出てきて再び布団に入りながらアッアッアッ、

ティッシュを取りに起きたんだということを

思い出し再び布団から出るなんて

もう心身耗弱、譫妄状態。

そんな時にも隣の布団の妻は悠々たるもので

スヤスヤと眠っております。

夫婦はお互いを慈しみあい、いたわりあい、

苦しみを分かちあい、なんて真っ赤な嘘です。


それでもやっとこさウトウトと眠りに陥りました。

眼を覚ましたのが午前8時。

先に起きていた妻が寝室の雨戸を開けると

明るい秋の日差しが室内に差し込んできました。

「空は晴れても心は闇だ」

というフレーズの含蓄がよくわかります。

朝食、トースト1枚、生野菜、熱い紅茶。

午前中、一人で近所を散歩。

無風の中、20分ほど歩いて体が温まると

多少は気力が充実、そのまま、帰宅して

死ぬ思いで冬期講習の原稿を作成しましたが、

一本は完成しよかった、よかった。

それでも原稿の上にポタポタ、ポタポタと

鼻水が落ちそうになり遂に妻に風邪薬を

出してもらって飲みました。

昼食、やきうどん。

午後は座椅子にもたれひたすら体力温存方針。

風邪薬のせいか再び頭が痺れてきてウツラウツラ。

そうこうするうちに黄昏が迫ってまいりました。

急いで立ち上がりパソコンに向かい

この日記をつけて今日の一日は終わり。


11月4日(金) 終日閑居


昨夜は早く布団に入り図書館から借りてきた本を読みました。

「新宗教の精神構造」吉田司 文藝春秋

「古事記」の時代からの日本の宗教を分析し、

「貧しさ」や「病」や「不幸」から民衆を

救おうとした明治と戦後の新興宗教の勃興を説明。

そして1990年代のバブルの時代にこれらの宗教の担った

任務は完了してしまい、後に登場してきたのは

低い「守護霊」とかオカルトチックな宗教だと

喝破しています。

その中でオウム真理教は戦前の「神聖天皇制」の

コピーであり同じ状況に陥っているのが

ブッシュ大統領の率いるアメリカのキリスト教原理主義であり

また中東のイスラム原理主義であり、日本は60年前に

太平洋戦争の敗戦により「聖戦」の悲惨さは経験しているので

キリスト教原理主義もイスラム原理主義も断固として

否定しなくてはならないと断言しています。

おおいに勉強になった本でありました。


就寝午前1時。

夜中に突然左脚に痛みを覚えて

「イテ、イテ、イテ、イテ」

と自分が叫んで眼を醒ましました。

隣で眠っていた妻が眼を醒まし

「あんた、どうしたの」

と尋ねますので

「大丈夫、大丈夫、脚が攣っただけだ」

と申しました。

年に一、二度、眠っている時に変に寝返りを打ったりして

起こる現象であります。

再びまどろみながら

「海で泳いでいる時でなくてよかった」

と思いました。

小学生の頃に近くの海に泳ぎに行って

脚が攣った時はもう水中で動きがとれず

溺れるのではとビビッたものでした。


起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

今日は職場の予備校の授業は模擬試験実施とかで

ないと聞いていましたが心配になり一応

問い合わせたところやはり正しかったので一安心。

すると10分程して職場から電話。

アレッと思いつつ電話にでると

教務からの出講時間の確認だけでした。

午前中、パソコンに向かい作業。

午後は一週間分の個人的日記をつけ

冬期講習のテキストの検討をしている

うちに座椅子にもたれてウトウト。

終日自宅に閑居した状態でありました。


11月3日(木) 民草は驚く


昨夜は夜遅く図書館から借りてきたビデオを見ました。

1962年(昭和37年)大映「座頭市物語」監督 三隅研次 

主演 勝新太郎 天地茂 万里昌代

ご存知「座頭市シリーズ」の第一作でまだモノクロ映画であります。

先日見た同じ大映映画、森一生監督「不知火検校」が

面白かったので借りてきました。

監督の三隅研次は森一生と並ぶ

「大映チャンバラ美学」の二本柱。

二人とも低予算ながら様式美、悲壮美が漂う

チャンバラ映画の名人であります。

さてこの映画、座頭市に対して

平手造酒(ひらてみき)が登場。

講談『天保水滸伝』で有名な飯岡助五郎の用心棒が座頭市、

かたや笹川繁蔵の用心棒が平手造酒。

一宿一飯の渡世の仁義から二人が激突。

盲目の居合の達人対労咳を病む剣客の対決。

もうこれだけで企画は成功したようなものであります(笑)。

一方が世間から差別された盲目の按摩。

一方が武家社会からドロップアウトした剣客。

もうこの組み合わせだけで社会に対するルサンチマンが

漂う戦前の「傾向映画」の雰囲気ムンムン。

その上、平手造酒を演じる天地茂、

前年に専属だった映画会社の新東宝が倒産した筈。


失業者と浪人という身分定まらぬ現実と虚構が

ぴったり重なりあい(?)いい味を出していました。

それに普通の映画なら笹川繁蔵が善人、

飯岡助五郎が悪人と相場が決まっていましたが

この映画では二人ともセコイ田舎の顔役でありました。

このあたりは何やら、前年東宝で作られた黒澤明

「用心棒」の影響が見え見え。

映画の最後に座頭市は仕込み杖を捨てますから

これがシリーズ映画になるなど大映も

監督も全然考えていなかったことがわかります。

私にはこの映画、ニヒルな天地茂が勝新太郎を

食っているように見えました。

就寝午前2時。

起床午前9時。

朝食、トースト、レタス、熱い紅茶。

午前中、ぼんやりとネットを見ていて

次のようなタイトルの記事を見つけ驚きました。

三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問・・会報にエッセー

三笠宮寛仁さま(59)が、自身が会長を務める福祉団体の会報で「女性天皇」に触れ、
「歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」と、
疑問を投げかけられていることがわかった。・・・(略)・・・ 
 寛仁さまの意見が掲載されているのは、福祉団体「柏朋(はくほう)会」の会報。
寛仁さまは「とどのおしゃべり―近況雑感」という題でエッセーを連載しており、
その最新号で「政治問題で口出し出来ないのですが、会報は市販されておらず“身内”の小冊子と理解し
『プライヴェート』に語るという体裁を取ります」と断って「女帝問題」を論じられている。
 寛仁さまはまず、「万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、
神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、
『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と強調。
〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰
〈2〉女性皇族(内親王)に元皇族(男系)から養子を取れるようにし、その方に皇位継承権を与える
〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)を元皇族に継承してもらい、宮家を再興する――
などの方法を挙げられている。
 その上で、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりません」とし、
「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、
二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、
いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄(まで)発展するでしょう」と結ばれている。
・・・(略)

私がビックリしたのは女性天皇容認問題ではありません。

三笠宮寛仁が使っている言葉です。

まず「民草」という言葉にビックリ。

この言葉は現在の「右翼・民族派」でさえ使わない言葉では。

昭和天皇もこの言葉は戦後は現行憲法の精神に反する

という理由で使っていなかった筈ですが。

もちろん今上天皇においておや。

戦後60年経ちながら国民はまだ「民草」だったのでしょうか。

それに「二六六五年の歴史と伝統」という言葉。

三笠宮寛仁はまだ「皇紀」という年号と共に生きているのでしょうか。

三笠宮寛仁のお父上の三笠宮がこの言葉を見るとビックリするのでは。

昭和天皇の弟であった高松宮や三笠宮の文章を読む限り

よほど進歩的であった気がしてきますから不思議になります。

午後は雨が降り出しましたが高崎駅前にある

高崎市美術館に「小山田二郎」展を妻と出かけました。

美術などまったく無知な私と妻が出かけたのは

新潟市美術館の学芸員がきて小山田二郎という画家の

絵について解説をしてくれるとパンフレットに書いてあったからです。

小山田二郎(1914年ー1991年)はシュールリアリズムの画家。

この人のシュールリアリズム調の絵の方はもう一つ

私にはのめりこめないものでした。

抽象画は自分が「のめりこめるか」「のめりこめないか」

ですべてが決まるように思います。

その点、もう30数年近く前に東京の竹橋美術館で

偶然見た「ルネ・マグリット」の絵は凄かった。

今日は学芸員の方の説明が始まって15分くらい経ち

自分の小山田二郎の絵に

「のめりこめないなあ」

と思った瞬間に途端に眠くなってきて

美術館の中にあるソファーに座って一休み。

女性の学芸員の方の解説が終わったのが一時間後。

休んでいる私に妻が近づいてきたので

「眠くてしょうがないよ」

と言うと

「どんよりした天気だからね」

と申しますので私が

「まさか、お前さん、俺にタリウム飲ましたりしていないだろうな」

と尋ねると

「ガハッハッハッ」

と一人で得意の大笑い。

何やら情けない「文化の日」ではありました。


11月2日(水) イチロー、おめでとう


昨夜は妻が弓道の練習へ出かけていきました。

私は一人で寝室の雨戸を閉め、布団を引き

風呂を沸かし、風呂に入って夕食。

食後は後片付けの食器洗い。

キッチンの流しの高さが女性用に作られているせいか

少し屈み加減に洗うので腰痛になりそうな気分。

この流しの高さも確かに炊事をする人の身長に

合わせないと疲れてしまうのでは。

片づけが終わってからテレビをつけると

偶然NHKBSでマカロニ・ウエスタンを放映していたので見ました。

1966年 イタリア「続夕陽のガンマン」監督 セルジオ・レオーネ

音楽 エンニオ・モリコーネ 主演 クリント・イーストウッド
   
リー・バン・クリーフ、 イーライ・ウォラック


賞金稼ぎのイーストウッドが善の権化。

仲間のイーライ・ウォラックが悪の道化。

マカロニ・ウエスタンでおなじみの

リー・バン・クリーフは悪のエキス。

といった役どころでしょうか。


イーライ・ウォラック、西部劇の傑作

黒澤明の「七人のサムライ」のリメイク版

「荒野の七人」
ではメキシコの平和な村を荒らす

無法者の親玉を憎々しげに演じていました。

いつも脂ぎった役どころであります。

映画を見ているうちに妻が弓道の練習から帰ってきて

チラッと画面に映ったイーストウッドを見ながら

「スティーブ・マックュインなの。『ローハイド』でしょう」

と申します。

ウーム、トホホ、もうやってられない感じ。

スティーブ・マックュインとクリント・イーストウッドを

間違うなんて涙、涙、涙であります。

あの猿顔と馬顔をどう間違えるんだよ(?)。

NHKBSで盛んに「懐かしのテレビドラマ」という惹句で

「ローハイド」や「コンバット」の宣伝をしていますが

もしかして妻は「ローハイド」とスティーブ・マックュインが主演した

「拳銃無宿」を混同しているのかいな。


私がおそるおそる間違いを指摘するといつものごとく

「ガハッハッハッ」

と笑って誤魔化して遅い夕食をいただき始めました。

私は私で画面を見ながら今度はイライラ。

映画がなかなか終わりません。

延々と南北戦争の戦闘場面が続き、叙情的な

音楽がそれこそ冗長に流れます。

「マカロニウエスタン」が儲かるのがわかったので

資本と時間を投入して「大作映画」風に作ろうと

制作スタッフが気合を入れすぎて作ったのが見え見え。

この手の映画は小味なところが魅力であります。

新聞でいつ終わるのかを確認すると終了午後11時。

なんと8時から11時までの3時間上映(!)。

オイオイオイ、とブツブツ言いながら仕方なく最後まで見ました。

最後の三人の決闘も後一歩の味。

これだと昔見たリー・バン・クリーフ主演の

「西部決闘史」の方がよっぽど面白い感じがします。

前布団に入って寝たのが午前1時。

夜中に嫌な夢を見た直後に真っ暗な寝室に

誰かが入ってきて誰かが出ていったような気配。

「誰だ、誰だ、誰なんだよ」

と私が叫び妻が

「あんた、どうしたの。あんた、どうしたの」

という声で眼を醒ましました。

いつまでこんな馬鹿な夢を見続けるのか。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

午前中、授業のプリントを二枚作り

パソコンに向かい作業。

ネットでひさしぶりにイチローの記事を発見。

イチロー アのゴールドクラブ賞 5年連続受賞。

【ニューヨーク高橋秀明】米大リーグ、ア・リーグのゴールドグラブ賞が1日発表され、
マリナーズのイチロー外野手が新人の01年から5年連続で選ばれた。
チャベス三塁手(アスレチックス)とハンター外野手(ツインズ)も5年連続の受賞。
11回受賞のロドリゲス捕手(タイガース)に代わって同賞に輝いた
バリテック捕手(レッドソックス)ら3人が初受賞となった。
イチロー外野手は今季、わずか2失策で、守備率が9割9分5厘と安定した守りを見せた。
送球などで走者をアウトにする補殺も10と強肩は健在だった。
打率3割3厘、安打数206は過去5年で最も低い数字だったが、
守備は例年通りメジャー屈指の成績を残した。(毎日新聞)。

ゴールドクラブ賞は守備の優秀選手に対し

監督・コーチ・選手が選ぶ権威ある賞です。

やったね、イチロー、新たな金字塔、おめでとうございます。

来年は首位打者・ワールドシリーズ優勝を目指してください。


午後、★★高校へ行き授業。

帰宅して夕刊見るとイチローの記事が出ておりました。

おいおい、イチローのゴールドクラブ賞の記事

扱いが小さすぎるよ、朝日新聞(!)。


11月1日(火) サプライズ・ドレス


昨夜は夜間部の授業から帰宅して遅い夕食。

テレビ、第三次小泉内閣の最初の閣議後の

記念写真撮影風景を報じていました。

ビックリしたのは猪口邦子新大臣のファッション。

まるでパーティーに着るようなド派手なブルーのドレス。

その上、はしゃいでいるような気分がアリアリ。

ウーム、やっぱり大臣になることはそんなにウキウキするものなのか。

「権力は蜜の味」という言葉の現実証明版(?)。

今回、私が期待したサプライズ人事は

外務大臣にかつての小泉首相の盟友、加藤紘一の起用。

これが実行されていれば大サプライズ人事になっていたでありましょう。

そしてこの加藤紘一が日中、日韓関係をソフトムードに持ち込んで

小泉首相は加藤紘一とともにピョンヤンに行き

拉致問題を最終的に解決し日朝国交回復を成し遂げ

平成の歴史的政治家になる・・・・・・。

ど素人の考えではありますが、こうなればシャンシャン。

ところがどっこい、新外務大臣は麻生太郎。

この人、タカ派の中のタカ派では(?)。

後一年アジア外交は冷凍漬けの予定なのか。

寝る前に図書館から借りてきたビデオを見ました。

1956年 アメリカ「 殴られる男」監督: マーク・ロブソン

出演: ハンフリー・ボガート、ロッド・スタイガー。

失業中のボクシング評論家にハンフリー・ボガード。

金一筋のボクシングジムのボスにロッド・スタイガー。

中南米からやってきた大男を中米チャンピオンのごとく

大宣伝して八百長試合を仕組み勝ち進むというお話。

監督のマーク・ロブソン、懐かしや、私が小学生の頃

田舎の映画館で見た「トコリの橋」の監督であります。

「殴られる男」ボクシング映画としてはなかなかの秀作。

ロッド・スタイガーが若くて精悍なのでビックリ。

私がロッド・スタイガーを見た頃はブクブクの中年太りの

頃だったのでありましょう。

背の低さを終生気にしていたというハンフリー・ボガ―ドと

まったく同じような身長で以外で小男なのにもビックリ。


見終わって布団に入り就寝午前2時。

眠りに陥る時に

「アッアッ、『殴る男』昔一度見たんだ」

ということに気づき一人で思い出し笑い。

恐るべしアルツハイマー前段階的症候群(!)。


起床午前8時。

今日は授業調整日で予備校の授業はなし。

朝食、野菜サンド、紅茶。家の庭でとれた柿とぶどう。

午後の★★高校のプリントの下調べを済ませ

それからパソコンに向かい作業。

午後は★★高校で授業。

終了後、図書館に寄りました。

午後5時過ぎにはもう外は真っ暗であります。

つるべ落としの秋の夕暮れ。

上州の秋の夕べはいつも寒々としております。

帰宅すると葉書が一通。

昔、昔、予備校で教えた生徒で

防衛医大を卒業した生徒の転居通知でありました。

葉書の末尾に奥様と子どもさん三人の名前が

並べられています。

きっと幸せな人生を送っているのでありましょう。

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