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たそがれ日記

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12月31日(土) 今年もアウト


作夜は置き炬燵の中に入り座椅子に

もたれてひたすらテレビを見ました。

NHKBS「カンボジア ポルポト政権 150万人の虐殺」

クメール・ルージュによる過激な都市の放棄、農村建設、

自国民の労働者、知識人虐殺は20世紀最大の謎の一つ。

民放、六本木ヒルズでの笑福亭鶴瓶の漫談(?)の

生中継をしばらく見て大いに笑いました。


再びNHKBSに戻り

「ボスニア内戦 10年目の真実」

セルビア人兵士によるイスラム系住民の虐殺の生々しい

ビデオが放映されました。

民族浄化の恐ろしさを肌で感じる番組でありました。

今度はNHK教育テレビ「トップランナー」という再放送で

柿沼康二という若い書家が登場。

スタジオで書を書くのを見ながら

その爆発的エネルギーにビックリ。

技量と体力と情熱の三位一体の書。


その後、またまたNHKBS

「民主化ドミノ〜市民パワーと米ロの攻防」

をチラチラ見ていると12チャンネルで

映画「アウト」が始まり急いで録画。

外は風がビュンビュンと吹く嵐のような夜。

テレビの見過ぎでさすがに眼がショボショボとしてきて

布団に入り眠ったのが午前5時。

起床、午前8時。

先に起きていた妻が私が5時に眠ったのを知ると

「あんた、本当によく体力が続くわねえ」

と申します。

ウ――ン、生涯累計睡眠時間において私は妻の半分(?)

朝食、珍しく菓子パン二個と熱い紅茶。

満腹になりテレビを見ていると

おせち料理を作っている妻が

「あんた、机の上の片づけをしたらどうなの」

なんて命令されハイハイ。

不必要な書類とかを捨てて机の中をひっくり返して

画鋲とか鉛筆とか手紙類の片づけが完了したのは何と2時間後。

昼食、これも珍しいチキンライス。

その後、ビデオに録画しておいた

2002年「アウト」原作:桐野夏生 監督:平山秀幸

主演 原田美枝子、倍賞美津子、室井滋、西田尚美、香川照之、間寛平。


原作を読んでいませんが、なかなか面白い映画でありました。

主人王は中年女性3人と若い女性1人。

その若い妊娠している女性がギャンブル狂いの夫を


自宅のアパートで絞殺してしまいます。

殺されてもしょうがないような夫なので

観客もひどいなあとは思いません。

ところがこの若い女が実に無責任。

死体の処理を仕出し弁当の工場に勤める

パート仲間に依頼します。

そして中年三人の女が順繰りに登場と相成り

三人で殺された男の遺体を風呂場でバラバラにして遺棄。

恐ろしい犯罪を描いていますが原作がいいのか

監督がいいのか実に笑える内容になっています。

シリアスな女性一人々々心理を描きながら

そこから醸し出されるリアルな笑いが秀逸。

吉本新喜劇の間寛平のヤクザの不気味さにドッキリ。

この人の笑いを面白く思ったことはありませんが

この線で役者としては生きていけるのでは。

しかし、原田美枝子も倍賞美津子もお歳を召しましたなあ。


一緒に見ていた妻が時折

「フフフフ、フフフフ」

と笑うのがなにやら不気味でありました。

もしかして私も危険が近づいているのか(?)

日本主婦連推薦映画(笑)。

ビデオを見終わると今度は妻が

「あんた、本棚もキチンと整理してよ」

と申します。

この種の映画を見た後です、命あってのモノダネ

私も嫌な顔一つせず敏速に動きました。

不必要になった本を捨てると本棚もスッキリ。

その後、烏川の河川敷に行き、運動。

プッシュアップ、20回×5セット。

シットアップ、50回×4セット。

「アウト」のような映画を見ると

どこの家も「常在戦場」、思わず

♪ 若者よ身体を鍛えておけ・・・

という旧い歌を思い出しました。

私も妻の太い脚による突然の蹴りにも

耐えられる身体作りが来年の大いなる

課題であります(?)。

帰宅して一休みしていると次男より電話。

明日の午後までには帰宅するとのこと。

やっと長女と次男が帰省することが確定。

今年も矢のように過ぎていきました。

明日晴れるか。


12月30日(金) 深く静かに潜行せよ


作夜は昼間NHKBSで放映していた

のを録画した映画を見ました。

1958年 アメリカ「深く静かに潜行せよ」監督 ロバート・ワイズ

主演 クラーク・ゲーブル、バート・ランカスター。


太平洋戦争で豊後水道で日本の駆逐艦「アキカゼ」に

撃沈され生き残った潜水艦長クラーク・ゲーブルが

別な潜水艦の艦長に任命され出撃します。

そこに待っていたのが艦長になる予定で

あった副艦長のバート・ランカスター。

この副艦長を支持する乗組員と艦長との

精神的葛藤を物語の中心に据え最後は「アキカゼ」を

魚雷二本で撃沈する物語でありました。

艦長の妻が一瞬顔を出すだけで、

女性はそれ以外ほとんど登場しませんが、

艦長のクラーク・ゲーブル、どうも「女たらし」的

イメージがつきまとい、もう一つ味が出ず

精悍な副艦長のバート・ランカスターが

クラーク・ゲーブルを喰ってしまった雰囲気でありました。


潜水艦を舞台にした映画というのは

「人間魚雷回天」「眼下の敵」「レッド・オクトーバーを追え」

「Uボート」
などいろいろ見てきましたが

一番印象に残っているのは小学生の頃田舎の映画館で見た

「生き残った二人」という映画。

ネットで調べると1955年の英米合作映画で

主演は、 ホセ・ファーラー、トレーバー・ハワード。

私が8歳の頃に公開された映画であります。

細かいストーリーを紹介したものはありませんでしたが

頼りない記憶だけで書くとドイツの軍港に潜り込んだ

イギリス海軍のフロッグメンの活躍を描いていたと思います。

「フロッグメン」という言葉は当時流行したようにも

覚えていますが敵戦艦の船底、船腹に爆雷をセットして

撃沈する工作員のことで海中爆雷攻撃隊とでも

訳せばいいのでしょうか。

この映画でたった一箇所よく覚えているのは


ラストに、任務を遂行しイギリスに無事帰還した

二人の男が朝方の街を口笛を吹きながら

歩いていて一人が道路横の民家の戸口から

牛乳瓶を失敬し美味しそうに飲む場面でした。

イギリス式ユーモアという奴でしょうか

この場面が子供心に印象に残りました。

潜水艦というのは、狭い艦内と水中という空間的に

限定された場所ゆえに人間の生死の極限と

人間的葛藤を描くのに最適のように思われます。

午前4時に就寝。

起床8時。

朝食、イワシフライサンド、熱い紅茶。

その後、今年最後の一週間分の個人的日記をつけました。

毎週一回個人的日記をつけ、毎日、このネットの日記を

つけるというダブルバインド状況。

個人的日記は27年近く、このネットの日記ももう4年、

こうなるともう後は、どこまで続く泥濘ぞ、というか

終わりにしません、死ぬまでは(笑)。


昨日のチラシに乗っていた吉井町の「三峰流通センター(?)」

というところで開かれている靴のバーゲンセールに出かけました。

妻の言によればここで4年か5年前に2000円で買った

スポーツシューズを私が偉く気にいって

それから今年の四月頃まで履いていたとのことであります。

靴のメーカーが何かわからず靴箱の中を調べると

「リーボック」というブランドのスポーツシューズ。

会場の駐車場は満車状態。

会場は人で一杯でありましたが、リーボックの同じような

スポーツシューズはなく結局、1000円の「アディダス」の

スポーツシューズを二足買いました。

その場で履き替えて足慣らし。

スポーツシューズをいったん履いて生活しだすと

革靴はまったく履く気にならないのが不思議です。

その後、ブック・オフ、スーパーに寄って帰宅。

昼食後、二人で置き炬燵に向かい合ってお昼寝。

夕方、食べ過ぎで気分が優れないので

近くの烏川の河川敷に行き運動。

スクワット、10回×12セット。

プッシュ・アップ 10回×12セット。

これだけの運動を寒い外気の中、身体が

温まって爽快な気分になることが出来ました。

帰宅して妻に

「子供らから連絡はないのか」

と尋ねますと

「ほんとうにあの子たち、どう思っているのかね」

との嘆きのお言葉でありました。

長男、数日前に仕事が忙しくて

松本より帰省せずとの連絡あり。

東京の長女、次男、深く静かに潜行したまま

いまだ、何の連絡もなし。

明日中に連絡してこないと撃沈するぞ(?)。

せめて、長女か次男が帰省してくれないと

妻が子供たちのために買って来て冷蔵庫に溢れている

おせち料理、食べ物の類を私と妻だけで

消化しなくてはなりません。

そのような状況に陥るとこれからの1週間で

妻も私も体重増、皮下脂肪増、コレステロール増

血中アルコール度増という悲劇的かつ喜劇的道を

歩まなくてはなりません。

親思う心にまさる親心。

トホホであります。


12月29日(木) 年賀葉書書きました


起床8時半。

グッスリ眠りました。

朝食、昨日の夕食の残りのメンチカツで

メンチサンドを作り、ゆで卵一個と熱い紅茶。

年賀状を書かなければと思いながら

テレビをボーと見ておりました。

10時過ぎになりやっとパソコンに向かい

「筆まめ」を開きました。

今年の正月の年賀状を机の中から出してきて

転居先不明、喪中などの確認をして住所のチェックを終了。

続けて年賀状の文面をワードで打ち残すは印刷だけと

なったところで早午後1時。

昼食、けつねうどん。

プリンターで印刷を開始し途中で年賀状使いつくして

アレアレと思って残りの出すべき年賀状の数を

確認すると30枚ほど足りません。

妻に年賀状葉書を買って来てもらっていたのですが

枚数を間違えたのか。

あわてて車で高崎郵便局に出かけましたが

狭い駐車場、車でごったがえしていて2人の

学生アルバイト(?)が駐車整理をしておりました。

年賀葉書を30枚買って車で家に取って返し

印刷を続行、やっと終了して再び高崎郵便局に向うと

車でごったかえした駐車場の入り口で

「年賀状預かります」

というプラカードを持った郵便局員の方が

立っていましたので車の中からその方に手渡し

便利だなあと思いつつ、もしかしてあの人が

年賀状のお年玉くじ欲しさに現れた

「偽装」郵便局員で年賀状を奪われたら

俺の努力は水の泡なんて一瞬疑ってしまいました。

思い返せばこのようなまさかということが

起こりまくった一年でありました(笑)。


その足で行き付けのガソリンスタンドに向かい

ガソリンを入れるついでにバッテリー液を

点検してもらったら何と

「バッテリー液はありますが、バッテリー自体が

完全に劣化していて危険です」


とのお言葉でありました。

・・・そんな馬鹿な、バッテリーは確か半年か

一年前に交換したばかりだよ・・・


なんて思いそのまま帰宅。

妻にその話をすると

「あんたねえ、そういうものは昔交換していても

つい最近のことだとよく思ったりするものよ」


という哀しいお言葉。

妻に促され車で近くの「オートアールズ」という

自動車部品サービス会社に駆けつけました。

バッテリ交換をする時にサービスマンと一緒に

ボンネットの中を覗き愕然、呆然、唖然となりました。

バッテリの横に

「交換 2002.10.23」

というステッカーが貼ってありました。

ウ――ン、人間の記憶のはかなさ、

「バカの壁」は突破できない(?)

バッテリー代金と交換作業で1万115円。

歳の瀬に痛い出費であります。

自分に腹が立って帰宅してこのHPを開き

2002年10月23日の日記を読むと何と

17000円でバッテリーを交換しておりました。

ウ――ム、一句浮かびました。

歳の瀬や水の流れと人の身の明日またるる痴呆症(泣)。

光陰矢の如しであります。


12月28日(水) 今年の仕事は完了


昨夜は午後10時前に帰宅。

この時間に帰るとすべてがあわただしくなります。

風呂はいつものことながらカラスの行水。

風呂でゆったりするとろくなことはありません。

先日も湯船の中で本を読みながらウトウト。

いい気分になっているうちにゴボゴボと

湯を飲み込みそうになりドキッ。

しかしあの気持ちの良さはもしかすると

「凍死」の気持ちよさとはこういうものかと

思わせる代物でありました。

風呂よりも食後にぼんやりテレビを見る

時間がないことに辛いものあります。

あの何も考えないただただ子供の時のように

ボーとした至福の一瞬がないのは厳しい。


午前12時過ぎに布団に入りコロリ。

起床7時。

その間にトイレに3回。

起きて妻に

「夜中にトイレに3回も行ったよ」

と報告しますと

「夕食が遅いとそうなるのよ」

という一切の同情なし。

哀しいなあ、まるで客観的事実のみを

確認するお言葉でありました。

外は快晴。

雪が降るのでは降るのではと心配していた

この1週間ほど雪がふるどころか不気味なほどに

快晴が続いております。

職場に向かい授業。

今日で今年の授業も終わりだと思うと

多少の元気も出てまいりますが

どうも正月が近いという気分には全然なれません。

10時前に帰宅すると妻の第一声。

「あんた、年賀状、書いたの」

と訊かれました。

「ハイハイ、明日書きます」

年賀状を書かないと。


12月27日(火) モツなし鍋


昨夜は午後9時半に授業が終わりました。

朝からの授業の疲れで顕著になる症状。

足の裏が痛む。

喋るのがおっくう。

脳が動かない。

帰宅して風呂に入り遅い夕食。

「今日はこの冬初めてのモツ鍋よ」

との妻の言葉にいさんで置き炬燵に向いましたが

ウ――ン、このモツ鍋、やたらモツが少ない。

「モツが少ないなあ」

と言いますと

「ほんとう、そうねえ、この会社のモツ鍋は駄目ね」

と申します。

その会社とは★★食品会社(笑)。

食事を終わってからたこ焼き5個。

先日のクリスマスのケーキの残り。

もうやけ食いであります。

昨夜録画しておいたテレビ朝日放映の

イチローの新居見ました。

シアトルの湖畔にたたずむ大豪邸。

日本の東京の豪邸というのはどこか土地が

狭いので豪邸というにはどこか躊躇するものがありますが

イチローの新居には車を格納するするのに

日本の建売住宅規模の大きさの駐車場が

二箇所もある豪華版でありました。

家なんかどうでもいいから来年もメジャーでの

首位打者目指してがんばって欲しいものです。

布団に入り10分も本を読まないうちにまぶたが

重くなってきてそのままコトンと寝てしまいました。

起床7時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい授業。

昼間の休みをおいて延々と続いて午後9時半に終了。

かくして今年も残り5日。


12月26日(月) M―1グランプリ


昨夜は夕食後テレビ三昧。

テレビ東京「激闘!巨大マグロに挑む男たちの大迫力・・・」

またまた大間のマグロ一本釣り。

先日テレビで見たのと同じ75歳の老漁師が登場。

相変わらず元気そうでありました。

それにしても大間にはテレビのディレクターとか

クルーが常駐しているのでありましょうか。

登場してくる漁師全員が実にテレビ慣れしておりました。


時間がかぶっている

テレビ朝日「M−1グランプリ2005年」

決勝戦の三組の漫才を見ました。

優勝したのは「ブラックマヨネーズ」という漫才コンビ。

他の二組と比べダントツの面白さでありました。

去年、優勝したのは「アンタチャブル」。

この二人、残念ながらテレビで漫才をやらずに

バラエティー番組の司会ばかりやっております。

漫才の腕を磨いているのでありましょうか。


午前12時前にテレビ朝日の

「一流を超えたイチ流イチロー自宅初公開」

のビデオ録画を準備して就寝。

起床7時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

朝刊、山形・羽越線で突風のため特急が転覆、

死者3名、負傷者が30名近く出たそうです。

高崎は気温は低いが快晴。

三面の小さな記事にビックリ。

富士市議補選投票率12.72%

25日投開票された静岡県富士市の市議補選(被選挙数1)の投票率は、
12.72%だった。かろうじて2けた台には乗ったが、
市内ではこれまで最低だった93年知事選の23.06%を大幅に下回った。
市選挙管理委員会は「歳末で3連休最後の日が投票日に当たり時期が悪かった。
全国のワースト1かもしれない」とがっくりしていた

選挙民の10人に9人弱が補選に興味なしということでしょうか。

市議補選ですともっと狭い地域のボスを選択するような

選挙だからもっと投票率が高くていい筈なのでは。

ある種、都市型選挙の流行と共に確実に

地域の連帯感が低下しているのかもしれません。

職場に向かい冬期講習の授業。

授業間に空きがあって午後9時半にやっと終了。

帰宅してこの日記をつけて長い長い一日が終わりました。


12月25日(日) ドキュメンタリーは嘘をつく


昨夜は夕食後、妻の手作りのケーキをいただきました。

クリスマスと言っても大昔なら子供たちが

モミの木に飾りをつけてそれが豆電球に

輝き、私と妻は子供たちへのプレゼントを

準備しなんてそれはそれなりの雰囲気が

あったのですが、子供たちがいなくなっては

ただケーキをいただく日に堕しております。

ケーキをいただきながらTBSで「ミスターマリック」

のマジックをやっているのでこの番組を見ました。

日頃、マジック・奇術・手品に全然興味がない妻が

なぜか興奮して

「マリックって凄いわねえ。凄いわねえ」

の連発であります。

今時、ファミコンで大昔の「ゼビウス」をやりながら

「凄いわね、凄いわねえ」

なんて言っているのと同じような時代錯誤(?)

4年前に突然マリックの元を去ったという「ふじいあきら」

という人が出てきて怨念の子弟対決(?)

なにやらプロレス的物語をマジックの世界に

持ち込んだ風情でありましたが、
やっぱりマリックの方が

演出がうまいのか、一枚も二枚も技量が上手のように思えました。


その後、途中からテレビ朝日の土曜ワイド劇場を

見ました。

週刊誌記者の船越英一郎が殺人事件の捜査本部に

姿を表し捜査陣に対して自分の推理を演説するという

現実にはありえない状況もご愛嬌か。

この手の番組、よく刑事が家族や知人にベラベラと

事件の概要を喋る場面がありますがあれはあきらかな

国家公務員・地方公務員の守秘義務違反。

午前零時前に布団に入りさあ、眠ろうかと思い

図書館から借りてきた一冊の本に手を出したのが運の尽き。

「ドキュメンタリ―は嘘をつく」森達也 草思社

布団の中でうつ伏せになりあお向けになり

横向きになり、自重で腕の筋肉に痛みを覚えながら

本文256ページの本を読みきったのは午前3時半。

いやー、勉強になりました。

森達也という人、オウム真理教の信徒の活動を

描いた「A」「A2」というドキュメンタリー映画で

有名になった方です。

念のために申しておくと私はこの映画を両方とも見ていません。

この本、「ドキュメンタリー」という言葉の定義を巡って

アカデミックな考えではなくあくまで撮る側の実践的

姿勢、態度を問題にした興味津々、凡百の推理小説よりも

面白いお話でありました。

極論を言えば、この本全体が中立・普遍不党、真実のみを

描いたドキュメンタリーなんてこの世には存在しない、

フィルム・ビデオに写された全てのものはフィクションであり

ドキュメンタリストの主観的意志であり嘘だらけのものである

というマニフェストになっておりました。

森達也のドキュメンタリストの「覚悟」がはっきりと

示されていて実にスリリングでワクワクしました。

それにしてもこういう本は身体に悪い(?)

起床9時。

快晴、雪は降ってなくホッ。

朝食、トースト1枚、レタス、熱い紅茶。

午前中、酒に酔ったわけでもないのに

二日酔いのように頭が痛く置き炬燵の

中でボーとしておりました。

日本テレビ「波瀾万丈伝」今日は

「風小僧」「白馬童子」などで私たち世代の

少年時代のヒーローだった山城新伍が登場。

久しぶりにテレビで見るなあと思っていると

糖尿病で入院していたそうであります。

う全快したそうでありますが、話を聞いておりますと

相変わらずうまい話芸ではありますが

その声量・息継ぎ・間・などに往年の輝きが

なくどこか寂しいものがありました。


午後、競馬など全然興味がありませんが、

NHK総合で競馬中継を見ました。、

中山競馬場の有馬記念「ディープインパクト」

最終の追い込みで後一歩が足らず二位に終わりました。

その後、偶然、群馬テレビにチャンネルを変えると

「前橋競輪」の中継をやっていましたが、

中山競馬場の17万人の観客に比べ

観客席がそれこそ閑古鳥が泣くほどのガラガラ。

観客は700人(?)

昔の川崎球場のプロ野球ロッテ戦のような

観客のあまりの少なさに愕然。

大丈夫かいな、地方のギャンブルは。

終日置き炬燵から動かず、体調悪し。


12月24日(土) 陽だまりの詩


昨夜は布団の中で図書館から借りてきた

「ZOO」乙一 集英社

という短編小説集を読みました。

私はこの人を中国の人だと思っていましたが

奥付の著者略歴を見て「おついち」と読むのだと

初めて気づきました。

冒頭「カザリとヨーコ」を読みそういうこともあるかと思い

次の「血液を探せ!」を読んで発想が面白いなあと感心し

次の「陽だまりの詩(シ)」を読んでオッ、オッ、オッとなりました。

人類が絶滅した後に森の中に生き残った一人生き残った男が

ロボットを作り自分の死を見取らせようとします。

ロボットは「死」という概念がわかりません。

そしていよいよ臨終の間際に・・・・・。

てな話でなにやら昔読んだP.K.ディックの短編小説を

髣髴とさせる味わいがありました。

ロボットばかりでなく子供に「死」の意味を理解させるために

小学生や中学生の教科書に掲載してはどうなのかなんて思いました。


起床7時半。

朝食、トースト1枚。ゆで卵2個。

最近、なぜかゆで卵がおいしい。

年賀状を書かなければト思いつつ結局書かず。

昼食、ドライカレー。

量が足りず餡パンを2個いただきました。

午後1時半から日本テレビ

「壮絶、厳冬の津軽海峡 マグロ一本釣り体験記・・・・」

というドキュメンタリー番組を見ました。

大間のマグロ釣りというのはテレビ東京がよく

放映しているように思いましたが今回の

主人公は75歳の老漁師。

わずか2トン弱の舟を操作して荒海で

マグロを釣るというその体力にビックリ。

同乗していたディレクターがトンマで

漁師の指示がわからず掛かったマグロを逃してしまいます。

怒り狂う老人、うなだれるディレクター。

この番組どうなるんだとハラハラしました。

しかし、16日目に見事に大きなマグロがかかり

老漁師が一時間近く格闘して遂に捕獲。

翌日の築地市場で74万円の卸値で落札されました。

めでたし、めでたしでありました。

それにしても小船が荒波にロウリングとピッチングを

果てしなく繰り返す中75歳の老漁師の活躍には

ただただ感服いたしました。

恐るべし老人パワー。


その後、体育館に出かけ1時間半運動。

大間の老漁師に負けないよう一生懸命運動をしました。

体育館のトレーニングルーム、

私が運動を始めた時には5人の人。

私が帰るときには3人の人。

冬の黄昏の体育館は何か寂しいなあ。

帰宅して玄関を開いて出てきた妻に

「メリークリスマス」

と叫ぶと妻は馬鹿々々なあという顔をして

ただ笑うだけでありました。

寂しい人生だなあ(笑)



12月23日(金) 音声カットはよしたら


昨夜は厳しい寒さ。

布団に入ってもすぐにトイレに行きたくなります。

年寄りには厳しい冬であります。

その最悪の状況下で図書館で借りてきた

「文章読本さん江」斎藤美奈子 筑摩書房

を読みました。

この4日間寝る前に布団の中で読んでやっと読了。

実に面白い本でありました。

「文章読本」なんてお堅い内容を俎上に載せて

快刀乱麻、谷崎潤一郎から本多勝一までめった切り。

しかし、この人には実に鋭いユーモアのセンスがあります。

最近の本は日本の伝統と美を守ろうと口では言いながら

著者が批判の対象となる相手には「売国奴」とか「反日派」とか

悪罵を投げる品性のなさが際立っております。

そんな本を読まされるとこういう著者は日本の伝統とか美とか

からかけ離れている人はいないのではと疑わざるをえません。

その点、この斎藤美奈子は批判を単に批判たらしめず

一つの芸にしていて、思わずこちらが笑ってしまうような

読んでいて楽しいものがあります。

気取らず、飾らず、発言は鋭くてユーモアがある。

昔、吉本隆明や竹中労の本を読んだ時の快感を

久しぶりに感じました。


起床7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

天皇誕生日で休日。

ガラガラの道路を★★高校に向いました。

空気は冷たく空は異様に晴れ上がっています。

教室に入っていくと寒い。

私が一言

「おい、暖房は入っていないの」

と教室の前横にある大きな暖房機を指しながら尋ねると

最前列の男子生徒が

「先生、石油が切れています」

とのお言葉でありました。

一瞬、石油危機という言葉が頭の中をよぎりました。

そう言えば、先日、スーパーへ行くとレタス一個248円。

この金額は私が見たレタスのなかで最高の値段でありました。

まあ、5分もすると陽が射して来ているので教室は

暖かくなりましたが、冬休みになって暖房を切っているのでありましょうか。


3日間の授業を無事終了。

帰宅して昼食、恒例けつねうどんにけつね寿司。

食後にテレビを見ているとNHKBSで

1958年(昭和33年)東宝「無法松の一生」脚本伊丹万作・稲垣浩 監督 稲垣浩

主演 三船敏郎 高峰秀子 芥川比呂志 田中春男 笠智衆


を放映していたので20分遅れくらいで見始めました。

この映画、同じ稲垣浩監督で戦前に制作された坂東妻三郎主演の

傑作中の傑作と言われる「無法松の一生」の同監督によるリメイク版。

明治から大正にかけての九州小倉が舞台。

暴れ者の車引き松五郎が吉岡陸軍大尉と知り合い

気にいられます。

しかし、吉岡陸軍大尉は病から急死。

その後、大尉の未亡人とその遺児を陰になり日向に

なりながら守り抜こうとします。

松五郎役の三船敏郎、最後まで未亡人の高峰秀子に

恋心を打ち明ける事ができません。

三船敏郎、男の情感を出して好演。

今の世の中から見れば、明らかな階級制度化、

大日本帝国陸軍大尉未亡人と車引きでは

恋愛にもならないということでしょうか。

三船敏郎、最後は飲んだ暮れて雪の中に斃死。

死体が小学校の校庭に横たわっているのを

子供たちが発見します。

小学校の庭で授業を聞くのが好きだったという

小学校も卒業していず眼に一丁字なき男の死が

哀れを誘います。

その上、遺品の中から、未亡人からもらった

お年玉に一切手を触れず、その上未亡人と

遺児のために郵便貯金までしていたという

事実が観客を涙に誘います。

遺体に向って号泣する吉岡未亡人は何を

思ったでありましょうか。


旧いパターンの映画ではありますが

何かが信じられていた時代の

美しい物語でありました。


驚いたのは三船敏郎と高峰秀子の会話場面で三船敏郎が

「自分は無学××・・・」

という場面で××の部分の音声が一瞬切れてしまいました。

アレッと思ってよく考えると「文盲」という言葉を

テレビで上映するにあたりカットしたのでしょうか。

もうそういう馬鹿な真似はよしたほうがいいのでは。


12月22日(木) 「挽歌」を見て死ね(?)


昨夜は夕食後、図書館から借りてきたビデオ

1957年(昭和32年)松竹映画「挽歌」 原作 原田康子 監督 五所平之助

主演 久我美子 森雅之 高峰三枝子 渡辺文雄 石浜朗 中村是公 浦辺粂子


を見ました。

映画の冒頭、火山を前にした主人公、久我美子のモノローグで

久我美子が子供時代に関節炎を患い左腕が不自由なことを知らされます。

その場面を見ながら妻が

「アレッ、この怜子という主人公、小説では脚が悪かったのでは」

と言いながら、続けて

「久我美子あまり美人だと思わないけれどね」

なんてお言葉であります。

何と偏向した考えでありましょうか。

妻が言う美人は淡島千景 寿美花代、榛名由梨、

鳳蘭、汀夏子、安奈淳、 大地真央 黒木瞳

などなど、毒を喰らわば宝塚。


それにしてもビックリしたのは冒頭、釧路の丘の上での

久我美子と森雅之の偶然の出遭い。

なんと森雅之の連れた犬が久我美子の手に噛みつき

久我美子の左手から出血しているというのに

悠々迫らぬ森雅之の台詞が凄い。

「普段は噛みつかない犬なのですがねえ。

犬はお好きですか」


オイオイオイオイ、これは喜劇映画か。

森雅之のような二枚目なら何を言っても許されるのかよ(笑)。

これに対する久我美子の返事が凄い。

「ええ、犬は好きですよ」

馬鹿か、自分の不自由な手を犬に噛まれているんだぜ。

あまりにシュールな会話に妻も私も絶句。

ウ――ム、何なのだ、この映画は。

森雅之は「桂木建築設計事務所」を経営している設計技師。

まあ、「姉歯建築設計事務所」でなくてめっけものか。

森雅之と不倫に陥りながらその奥さんの高峰三枝子を

ママ、ママと慕う久我美子の倒錯(?)ぶりにも愕然。

「どうして、こんなにママ、ママとしつこく呼ぶのかな」

と何となく妻に尋ねると

「あの頃、他人の奥さんをママ、ママと呼ぶのが

流行したんじゃないの」


なんて申します。

登場人物に輪をかけて我が妻はいい加減でありました。

「ナポリを見て死ね」という言葉がありますが

この映画を見終わって死にそうになりました。

この映画の見所はたった一つ、当時の日本を

知る風俗映画としての価値だけでありましょう。

大ヒットしたこの映画、終戦からまだ12年、

北海道を異国情緒の土地として見ていたことが

画面にアリアリと出ておりました。

郊外の道路全面未舗装、乗用車は少なく

釧路の繁華街の人通りも少なく、夜は暗い。

当時の日本の人口は7000万人から8000万人(?)

モノクロ画面に中に田中角栄首相による

列島改造計画以前の日本が確かに存在していました。

出演者の中では渡辺文雄がシャープな顔立ちで目立ちました。

渡辺文雄、大島渚の映画によく出演していましたが、

佐藤慶といい、戸浦六宏といい、大島組のこの三人には

東映ギャング映画にピッタリのインテリヤクザの如き

貫禄がありました。

いつもどこか薄幸の陰を引きずっているように

私には見える高峰三枝子もよかった。

高峰三枝子、松本清張の「点と線」の映画で

肺を患い寝たきりのような生活をしながら

時刻表を愛読し、犯罪を計画する女性の役が

異様に暗くて鬼気迫るものがありました。

久我美子の友人役の石浜朗、松竹が誇る二枚目

だったのに大成しなかったなあ。

脇役の浦辺粂子、中村是公久しぶりに見ましたが

それぞれ味を出していて旧き良き映画の時代を

思い出させてくれました。

見終わって、同じ松竹映画で、同じように

大ヒットしながら、いかに「君の名は」が

映画として傑作であったかがよくわかりました。


布団の中で本を読んで就寝午前1時。

起床午前7時。

ネットを開くと娘からの

父さん、一日遅れで申し訳ないけれど、お誕生日おめでとう。

のメールが到着していました。

その場で感涙の咽びました(笑)。

残りの二人の裏切り者は許さないぞ。


★★高校へ向い授業。

終わって帰宅しようと校舎の外に出ると

コールタールで薄く汚れたような黒雲が

空を舞い、風は冷たく皮膚を突き刺します。

嗚呼、雪が降るのか。

帰宅してテレビを見ると鹿児島も

雪が降っているとか。

思い返せば明治西南の役、西郷隆盛が薩摩隼人を

率いて鹿児島を立つ時、激しい雪が降ったとか。

全然関係ねえか。


12月21日(水) ペーパーナイフ


昨夜は私の寂しい誕生日。

妻の作った手作りのケーキをいただきました。

妻は自分が食べたいケーキを作っただけ(笑)。

その上、見ていたテレビがいけません。

テレビ東京の「開運なんでも鑑定団」

昨日はスペシャル番組で2時間、

ゲストに片岡鶴太郎、綾小路きみまろなどが登場して

島田紳介と絵画、陶器に対する「目利き」を争います。

これが誰も笑ってしまいたいほど

まったくと言っていいほど当たりません。

妻も私も面白半分、必死でどれが本物でどれが偽物とか

どれが一番高いのだとか推理しましたが全然あたらん。

島田紳介がさもわかっているように「こうだ」と言うと

そう言われればそういう気がするなあ。

片岡鶴太郎が島田紳介に反論して「こうだ」と言うと

そう言われればそういう気がするなあ

なんてもう定見も審美眼もあったものじゃありません。


偶然、妻の意見があたると鼻をピクピクさせながら

「どう、私の思っていたとうりでしょう」

なんて一人で見えを切ります。

偶然、私の意見があたると

「どうだ、俺もなかなかのものだろう」

なんて一人で啖呵を切ります。

まあ、同病相憐れむ、見栄っ張りの

バカ夫婦といったところでありましょうか。

それでいて島田紳介や片岡鶴太郎がはずれていると大笑い。

珍しく妻と二人でテレビを見ながら楽しい時間を過ごしましたが

おかげで私の誕生日はどこかに吹っ飛んでしまいました。


明日は朝から授業なので早めに眠りました。

起床7時。

布団から出てきて居間の妻に

「結局、子供たちから何の電話もなかったなあ」

と言いますと

「あんたも歳とってからしつこいわねえ」

なんて朝から鋭い嫌味で四面楚歌。

午前8時に家を出て渋滞の中、30分で★★高校へ到着。

20分も時間が空いてしまいましたが講師控え室に

知り合いの先生が顔を出し四方山話。

本番で受験するよりも推薦で大学に入学する方が

いかに楽かの話になりました。

現役生ならばたとえ模試の偏差値が50でも、

学校の成績がよければ偏差値60の大学に合格できます。

ウ−−ム、何かが変な感じもしますが。


授業終了してからスーパーとブックオフへ。

帰宅して一休みして手紙を2通と葉書を1通書いて

近くの郵便局に投函するために外に出ました。

家を出てから5分ほど歩いてふと

・・・ウン、手紙に何か間違ったことを書いたのでは・・・

と思い出し、その場に立ち竦んでしばし呆然。

いいや、たいした間違いではないのではと歩き始めながら


やっぱり間違っていると失礼なのではと思い直して

家に引き返しました。

切手ももう貼っていましたので熟慮した結果

机の上のペーパーナイフを取り出し

ソロリソロリと1通の手紙の糊で封をした部分を

封筒をいためないように剥がしました。

こんな作業、生まれて初めてであります。

大昔に買ったペーパーナイフです。

一度として使ったことはないのに

今回、初めて役に立ちました。

やっと中味の便箋を取り出し文面を読んでみると

やっぱり間違っていました。

急いで書き直して再び封をして

郵便局に行き投函しました。

危なかったなあ。

帰り道、はやく年賀状を書かないと

なんてまたまた思い出してしまいました。

今日も雪が降らなくてよかった。


12月20日(火) 2001年宇宙の旅


昨夜は夜間部今年最後の授業。

これで今年のレギュラー授業はすべて無事終了。

帰宅すると午後10時前。

お風呂に入り夕食の食卓につきホッと一安心。

夕食後、安心したのがいけませんでした。

図書館から借りてきたビデオでも見ようと思い

1968年 米英合作「2001年宇宙の旅」監督 スタンリー・キューブリック

を見ました。

もう何回も見ておりますが、いつも途中で

ウトウトとなってしまう(笑)、謎の映画であります。

今回は珍しく最後まで見ました。

図書館のビデオですから何百人もが借りまくった(?)

せいか画質がボロボロ状態でありました。

木星に向う宇宙船の中で宇宙船を統御している

コンピューターHAL2000が宇宙飛行士に対し

叛乱を起こすという単純な物語の筈なのに

実に哲学的SF映画に見えます。

今回も結局、最後まできっちり見ながら

映画の冒頭、類人猿の生きている時代に現れた

「モノリス」という金属板(?)と月で発見された

「モノリス」の関係性が相変わらずまったくわからず。

私にとっては何かを考えるために見る映画のようです。

それにしてもSFXも無かった時代にこの映画に用いられた

技術は37年過ぎた今でもまったく色褪せないのが不思議です。

ネットで調べると私は結構スタンリー・キューブリックの映画を見ています。

「非常の罠」「現金に体を張れ」「突撃」「スパルタカス」

「ロリータ」「博士の異常な愛情」「時計じかけのオレンジ」

「フルメタル・ジャケット」。


見ていないのは「バリー・リンドン」という映画。

私が勝手なランクをつけると

一位 2001年宇宙の旅 二位 博士の異常な愛情 三位 現金に体を張れ

となります。

これほど多彩な分野の映画を監督した人も珍しいのか。

私としてはもっとフィルム・ノワール的映画を撮って欲しかった。

黒澤明+ジャン・ピエール・メルヴィル+スタンリー・キューブリック

この三人が協力すれば凄いギャング映画が完成したのでは。

就寝午前2時。

起床8時。

起きるたびに雪が降っているのではという恐怖。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

午前中、明日からの★★高校の冬期学習会、最後の下調べ。

午後、1000円散髪に行き、それから体育館に行き運動。

帰宅してこの日記をつけていると妻が仕事から帰ってきました。

「あんた、今日は豪勢よ。ケーキもあるからね

とのお言葉であります。

その一言で私が思い出し、パソコンを打ちながら

「おやじの誕生日だというのにうちの子供は

誰一人おめでとうと言ってこないじゃないか」

と言うと

「あんたねえ、子供たちはみんな忙しいのよ」

と子供をかばっておりました。

家庭における子供の地位はひたすら向上し、

父親はひたすら没落していくのみ。

老兵は死なず、ケーキを食べるのみ。


12月19日(月) 死ねば死にきり


昨夜は食後にテレビを見ていると妻が

「あんた、このお知らせめちゃくちゃにやっているわね」

と申します。画面を見ると

松下電器の暖房ファンヒーターの警告、回収のお知らせ。

確かにこの一週間それこそ毎日、毎時間のように


民放全局(?)でこのお知らせを流しています。

松下電器は他の広告・宣伝を一切中止して

このお知らせにコマーシャルの全時間をかけているように見えます。

私などは、土台、コマーシャルをしっかり見る習慣がないので

何度見ても商品名を覚えることがありません。

多くの視聴者が私と同じようなものでしょうから

この大量の同じお知らせはメーカーの社会的使命なのか(?)


午後9時よりNHK総合

NHKスペシャル「自殺を減らしたい」

精神科医とうつ病患者の記録。


を見ました。

舞台は岩手医科大学付属病院救急病棟。

若い精神科医が登場します。

この人、救急患者の来診に備え

一年間、病院に泊り込んでいます。

救急車で運び込まれた瀕死の患者の

心臓マッサージまでし、医務室のソファで

毛布をかぶり仮眠しているのを見ると正直

・・・よく体力が持つなあ・・・

と感嘆してしまいます。

その上、商売に失敗し自殺をはかった一人の患者が

経営したお店がすでに家族によって廃業されて


いることを、その患者にショックを与えないように

いつ告げればいいのかそのタイミングを

考えて患者に対しています。

これはまるで精神科医ではなく経営コンサルタントの

仕事のように思えてしまいました。

この患者は練炭自殺に失敗。

一酸化炭素中毒の後遺症に苦しんでいましたが

そのほうは無事に快癒したそうです。

私はまた、

ネット自殺=集団自殺=練炭自殺

という公式を何となく信じていましたから

練炭で単独自殺しようとする人がいることに驚きました。

この数年自殺者数は年間3万人を推移しています。

もしかしたらこの患者のように自殺未遂者は

3万人の数倍の数に昇るのかも。

死ねば死にきり。

私は自殺は当分しないつもりです。


番組が終わった後、置き炬燵の中でうたた寝。

布団に入り早く眠ろうと思いつつ結局

炬燵の中で眠ってしまうというていたらく。

眠りに入る時は気持ちがいいのですが、目覚めた時の

脚元が熱すぎるし、座椅子にもたれた姿勢のままなので

襲ってくるあの体全体がだるいという不快感。

その上、ぱっちり眼が醒めてしまい確実に

夜更かしになってしまい健康にとっては最低の状態。

結局、昨夜も就寝午前2時。

起床午前7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

朝刊を読み終えてから今日の夜間部の授業の下調べと

明後日からの★★高校の冬期学習の下調べ。

終わった頃にはもう正午を過ぎておりました。

午後、パソコンで作業。

早く年賀状を書かないとなんて思いつつ

どうも気が乗りません。

夕方までゴロゴロして職場に向かい

夜間部現役コースの授業。

気象庁、今年の暖冬予報を撤回するほど

相変わらず寒い日々が続いています。


12月18日(日) 詩のボクシング


昨夜は妻と一緒に偶然NHK総合

「新日本紀行ふたたび 芝居小屋のある街・横浜」

というドキュメンタリー番組を見ました。

横浜に古くから三吉座という劇場があり

大衆演劇をいまだに演じています。

昭和30年代から40年代の街の風景も映り

二人で懐かしい思いで見ました。

演劇の場面になると妻が

「こういう雰囲気っていいわねえ、いいわねえ」

と連呼しているのにビックリ。

またまた私にとっては新しい発見。

妻が宝塚だけでなく大衆演劇も好きだったとは

全然知りませんでした。


うちの子供たち三人が三人揃って

野田秀樹の演劇が好きだったのも妻の影響(?)


午前零時過ぎに突然、嵐の来襲。

外は風がビュンビュン吹き荒れ、

隣の団地の並木の葉が

ざわつく音さえ聞こえてきました。

私は置き炬燵の中で一人、

・・・なんじゃ、これはもしかして今晩大雪かよ・・・

と心配しておりました。

起床7時半。

外は雪が降った形跡があるだけで大雪にはなりませんでした。

布団から起きてきた妻に

「昨日は強風が夜中に吹いて大変だったよ」

と申しますと

「本当? 私全然気づかなかったわよ」

と申しますので

「お前さんが眠っている周りで阿波踊りを踊っても

眼を醒まさないだろうな」


と申しますと一人でゲラゲラ大笑い。

生まれついての極楽トンボ、羨ましいほど

幸せな人であります(?)


朝食、ピザトースト2枚、熱い紅茶。

9時前に妻は弓道場の大掃除があると言って

出かけていきました。

私は「筆まめ」で年賀状を書く用意をしながら

途中で面倒になり結局今日は準備だけで

刷らないままになってしまいました。

午後は強風の中、体育館に出かけました。

二日連続で運動をするのは今年初めてであります。

体育館は女子中学生のバスケットボールの試合で

中学生とその母親たちで溢れ返っておりました。

それに比べトレーニングルームは閑散。

4、5人の人が運動をしているだけ。

冬期は春や夏に比べて利用者は半分以下に

落ち込むのでしょうか。

1時間半ほど筋トレをして帰宅すると

先に帰っていた妻が居間でテレビを見ながら

ゲラゲラ笑っておりました。

テレビの画面、漫才大会でもやっているような

雰囲気でしたが、これが私は初めて見たのですが

NHKBS「詩のボクシング11、世界にはばたけ!言葉の冒険者たち」

という番組でした。

私は最後の30分程を見ただけですが、

優勝したのは北海道教育大学の25歳の学生さん。

2年浪人して1年留年して演劇部で演劇が下手で

女性にもてずコンプレックスの塊(?)のような

若者でしたが、詩がうまい下手というよりも

聴衆に訴える迫力がありました。

自分が「負け組」だとか「駄目人間」だとか

「自殺しようか」なんて考えている若者は

「詩のボクシング大会」に参加しよう(!)


12月17日(土) 大女優への道


昨夜は妻は疲れたと言って弓道の練習はお休み。

夕食が終わって私が

「たこ焼きはあるかな」

と尋ねると

「もうないわよ」

と申します。

あのたこ焼き50個をもう食べてしまったのか(!)

「アイスクリームは」


と尋ねると

「あんた一人で食べたじゃないの」

とのお言葉に次いで

「あんた、うちは下層階級なんだからね。贅沢は敵よ」

との追い討ち。

ハイハイ、負けられません、勝つまでは、

出てこい、ニミッツ、マッカーサー。


そう言われると今年も暮れようとしていますが

今年外食をしたのは3回か4回程度か(泣)。

デザートの代わりに血圧の降下剤を飲んで終わり。

その後ダラダラとテレビを見ていますと

日本テレビで映画をやっているのをチラチラ見ていると

どこかで見た男優と女優が登場。

おお、香港映画の傑作「狼たちの挽歌」の

チョウ・ユンファが坊主頭で登場。

それについ最近見た「初恋のきた道」の

チャン・ツィイーが女剣士で登場。

2000年 米中合作 「グリーン・デスティニー」アン・リー監督。

という映画でありました。

途中でチラチラ見ただけの映画でありますが、

チャン・ツィイーの超人的アクロバテッィクな剣戟シーンを

見ながら何か物悲しくなってしまいました。

ああ、あの「初恋のきた道」の可憐でういういしく、

ひたむきで切なく、にごりのない清らかなまなざしを

もった女優はどこに消えてしまったのでありましょうか。


あの映画を見た時、この女優はこれがピークで歳月が過ぎて

チャン・ツィイーのことを思い出す人々はほとんどが

「初恋のきた道」だけでは思っていましたが

あたらずとも遠からず、国際的大女優となりながら

女優としては形骸化していくような気がしてなりません。

もっと出演作品を選ばないと。


就寝午前零時。

起床午前7時。

朝食、トースト2枚、熱い紅茶。

「あんた、昼ご飯何にする」

と妻が訊きますので

「けつねうどん」

と答えますと

「またきつねうどん・・・・」

と妻は苦笑い。

この数ヶ月、もう二人とも同じ会話をいぶし銀のような

簡潔さで繰り返しています。

別な言葉で言えば惰性といいますが。

「そしたらあんた、夕食のおかずも自分で買って来て」

と申しますので

「先立つものがないよ」

と申しますと太っ腹な妻であります(?)

ポンと2000円が置き炬燵の上に。

干天の慈雨とはこのことか。

★★高校へ向い授業。

教室が4階の視聴覚教室。

エレベーターなし。

女生徒がハーハー言いながらも

階段を勢いよく駆け上がっていくのに

私は墓場に向うマンモスのように

ゆっくりゆっくり階段を上ります。

上りきったところで一休み。

脚の筋肉が痙攣しております(笑)。


その上、普通の教室と比べ視聴覚教室は2倍程度の

広さがありながらマイクがありません。

60分声を挙げて叫ぶともう喉はガラガラ。

生徒がしっかり授業を聞いてくれるのがせめてもの救い。

終わってから街中のスーパーへ。

広い店内一周すると、何と今日は冷凍食品四割引き。

四割引とわかった瞬間に気持ちが大きくなり

たこ焼き50個、大判焼き5個、肉まん5個

を買い占めました。

その上、私の好きな鶏の腿肉が三割引き。

榛名鶏の腿肉を二つ買いました。

それからキツネ寿司を買ってカウンターへ。

勘定、占めて1948円。

見事に2000円の中で納まりました。

私もこれで後は自分で洗濯をするようになれば

「主夫」の資格試験に合格するのか。


帰宅してけつねうどんとけつね寿司の昼食。

食後はいつものように置き炬燵で妻と向い合って

ウトウトと昼寝をしました。

目覚めてテレビをつけると「隠れ脳梗塞」

に注意しましょうという番組をやっておりました。

これを見ていると妻が

「あんた、食べる量を減らして運動しないとブクブク肥るだけで

脳梗塞になるわよ。私、あんたが何かあっても面倒見切れないからね」


とのありがたいお言葉。

「俺、運動に行って来るから」

と言い残して玉村の社会体育館に向いました。

途中、国道17号線で坂下で大渋滞。

遅々として車は進まず、イライラしながら

坂を下ると、なんと4台の車が追突事故を起こしていました。

各車、少破程度なので死者はいなかったのでしょうが、

天候晴れ、視界良好、直線道路、何で玉突き事故を

起こしたのか全然見当もつきません。

先頭の自動車が急ブレーキをかけたのか。


体育館でみっちり運動して帰宅。

長い一日でありました。


12月16日(金) 鮟鱇鍋


昨夜は夜間部から帰ってきての夕食。

鮟鱇鍋でありました。

置き炬燵のガスコンロの上で土鍋の中の

豆腐、白菜がグツグツと煮られるいい音がしていました。

しかし、さあと気合を入れていざいただきだすと

なぜか鮟鱇の白い身が鍋の表面にそれこそ

花見の終わりの季節のようにチラチラ浮いているだけで

湯豆腐と白菜をいただいているような感じが拭えません。

鮟鱇の本体は土鍋の底にへばりついているのか(?)。

「この鮟鱇鍋、いくらしたの」

と妻に尋ねますと

「500円もしたのよ」

と申します。

「ウ――ン、そうか、500円もしたのか」

と私が不審そうに答えてると

妻が刑事に追及された犯人のように

「定価は500円だけれど、半額の250円だったの」

と力なく告白しました。

懺悔の値打ちもない鮟鱇鍋。

・・・ウ――ン、半額にする時に鮟鱇の身を半分減らしたのか(?)・・・

・・・まさか、そんなことはしないだろう・・・

・・・いや、この不景気だからそれくらいはやりかねないか・・・

・・・いやいや、それでは、耐震強度がまったくたりない

マンションやホテルのようになってしまう・・・

・・・いや、これでは鮟鱇鍋とは呼べない、

どう見ても湯豆腐だ・・・


延々と自問自答を繰り返している間に

夕食は終わってしまいました。

その後、置き炬燵の中で1時間ほど

ウトウトしてしまいました。

目覚めると家の中はシ―――ン。

妻は私をほってさっさと布団に入り眠ったようであります。

世界にただ一人取り残された気分。

ボーとした頭でテレビをつけると仰木彬監督の死が報じられていました。

アレッ、今年、現役でオリックスの監督をしていた筈なのに。

とビックリしました。

福岡市内の病院で肺癌で亡くなったそうです。

享年七十。

仰木監督は野茂やイチローを育てた監督として有名。

私が大ファンであるイチロー選手はそれこそ仰木監督に

公私ともに私淑していたようでありましたので気になって

ネットで大リーグのスポーツニュースにアクセスしました。

するとこれはまたイチローが今年の大リーグのファン投票で

最優秀守備選手に選べているのを発見。

イチローは凄い。

布団の中でグダグダと本を読んで就寝午前4時。

起床午前8時。

昼間部の授業がなくなってから昔の夜更かしの

癖がまた復活してきたみたいです。

午前中、昨日やっていた★★高校の

冬期授業のプリント制作。

午後、ネットを見るとイチローの記事を発見。

イチロー、言葉失う 恩師・仰木氏の死に衝撃

2005年12月16日(金) 12時28分 共同通信

【ロサンゼルス15日共同】所用のため、当地に滞在している米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手が15日、仰木彬氏の急逝に文字通り言葉を失った。知人を通じ、知らせを受けたのは現地時間15日朝。同行の岡田良樹・専属マネジャーによると、その直後のイチローはショックでコメントできない様子だったという。半日が経過しても「どんな言葉も今の気持ちを伝えるには不適切と考えているのではないか」と同マネジャー。恩師であり、最大の理解者を突然失った衝撃は大きかった。

がんばれイチロー!!!


12月15日(木) 万年東一


昨夜は妻が弓道の練習に行き、

残された私は風呂を沸かし布団を引き

湯たんぽを沸かし、夕食の準備をしてから

お風呂に入りその後一人で夕食。

妻が九時過ぎに帰宅して

「仕事も忙しくて私疲れたわ」

なんて珍しく愚痴を述べていますので

「湯たんぽ、お前さんのもいれといたよ」

と申しますと素直に

「ありがとう」

という素直なお言葉であります。

妻が憎まれ口も叩かなくなった時は

本当に疲れている時です。


もっと長生きしてもらわないと(?)。

しかし、その言葉が前口上だったのか遅い夕食を終えると

「お先に寝るわね」

と申してさっさと寝室に消えていきました。

私は置き炬燵の中でウトウトとなるのを

グッと堪えながら図書館から借りてきた

「万年東一 上・下」宮崎学著 角川書店

を読みました。

万年東一はこの小説によれば実在の人物で

戦前からの愚連隊の親玉。

ヤクザやテキヤの組織に一度も属さず

最後まで愚連隊という立場を貫いた稀有な人物。

宮崎学がこういう人物を描くと実にかっこよくなります。

万年東一の「侠気」をいうものを描こうとしますが、読者としては

どこまでが事実でどこまでがフィクションかさっぱりわかりません。

ただただ宮崎学が万年東一という人物が大好きだということだけがわかります。

登場人物がこれまた実に多士済済。

この小説(?)の不思議さは歴史的人物が実名と仮名で登場することです。

例えば、右翼の笹川良一、乗っ取り屋の横井英樹、

テキヤの尾津喜之助、愚連隊の安藤昇

部落解放同盟の松本治一郎、朝鮮独立運動の金天海

などは実名なのに

右翼の児玉誉士夫は児島義雄

日本反戦同盟の鹿地亘は可児亘

警察官僚の岡崎英城が岡崎秀城

戦争直後、占領軍に食い込んでいた実業家、安藤明が権藤明

などと仮名になっています。

この実名・仮名が著者による恣意的な区別なのか

それともプライバシーの侵害で告発されるのを

恐れたものなのか私にはさっぱりわかりませんでした。

小説の主人公、万年東一は1968年、アジア主義者である老人

藤沢梵天と戦火のベトナムに向います。

そしてそこで学生運動家の宮内我久という学生と再会します。

みやうちがくは著者の宮崎学(?)。

ラストは著者まで登場する出血大サービス(笑)

アジア主義的考えが濃厚な愚連隊小説。

または、著者の宮崎学がどういう人物を評価しどういう人物を

評価しないかの基準を読者に明らかにした小説(?)とも言えます。


面白くは読みましたが、感動がもう一つでありました。

就寝午前3時。

起床午前7時半。

午前中、来週からの★★高校の

冬期集中講座のプリント作り。

途中でこの半年愛用していたスティック糊が

終わってしまいあわてて車で街中の文房具屋へ。

車に始まり・衣服・文房具、小物などに対する

ブランド好きとか愛着は何もありませんが、

なぜかスティック糊はトンボの白い奴を愛用しています。


その帰りに図書館に寄り帰宅。

午後も作業をして職場に。

夜間部の授業。

この数日雪が降りそうな気配に戦々恐々。

雪よ、降るなよ。


12月14日(水) アシモの怖さ


昨夜のテレビニュースは全局にわたって

ホンダの新型ヒュ―マノイドロボット

「アシモ」

の紹介でありました。

アシモがこれまでの二倍の速さの時速6キロで走り

コーヒーなどをテーブルに置く動作も完璧。

簡単な感想を言えば怖いですねえ。

コミックやゲームの二次元世界でアシモが活動しているなら

何も感じなくとも私たちと同じ三次元の世界を

現実に走っているとなると印象はまったく違って見えます。

技術が急速に進歩しています。

数年後にはアシモ軍団がオリンピック大会に出場して

金・銀・銅の全メダルを独占してしまうのでは(?)

まだアシモフが宇宙服の如きものを着たファッションで

顔をもっていないので恐怖感は少なく救いはあるのですが、

あのロボットが実際に顔を持ち人間のような喜怒哀楽の

表情を持ち擬似人間的感情を持ち始めると恐怖感は

幾何級数的にいっそう高まる予感がしてなりません。

「猿の惑星」も怖いですが「ロボットの惑星」も怖い。

それぞれ個人によって生理的感覚は違うかもしれませんが、

私の家にアシモがいて深夜私が眠っている時に

主人のことを心配してそっと近づいてきて

私の体熱を計っていると想像するだけで

気持ち悪い気がします。

妻と近所を散歩していると前方から

夫婦連れのアシモが近づいてきて

「こんにちわ」

なんて挨拶されるとどう対応すればいいのか(笑)。

SF小説の古くからの大テーマ「ロボットの叛乱」

なんてのがいつのまにか一定のリアリティを持つ

時代が近々に来るのでしょうか。


図書館から借りてきた本をグダグダ読みながら

就寝午前4時。

起床午前7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

職場に向かい英語講師が集まり今年度の授業の反省会。

和気藹々と話し合いましたが2時間以上会議が続き

終わるとさすがにグッタリしました。

講師の先生お二人と職場の近くで昼食。

私にとって久しぶりの外食でありましたが

シチュー定食、850円にビックリ。

高エエエエエエエエエエ。

私の外食の値段の感覚は1960年代で停止しているのか(?)。

具体的に言えば、うどん30円、学食のカレーライスが50円から80円。

これだとはっきり安いとわかるのですが(笑)。

その上、朝食、昼食は少食気味に抑えていますので

そのボリュームにもビックリ。

食べ終わるとそれだけでお腹がパンクしそうで

マッ昼間から証誠寺のたぬきの如きポンポコリン状態。


午後は★★高校へ行き授業。

授業が終わり校舎を出るとたそがれの上州。

風が冷てえなあ。


12月13日(火) 変だぞ、集団自殺


昨夜は夜間部の授業から帰宅したのが10時前。

遅い夕食をいただきながら夕刊を読むと

茨城の男性ら練炭自殺か 兵庫・養父 4人死亡

の記事が掲載されていました。

兵庫県養父市のレストランの敷地内に止まっていた

ワゴン車の中で、男性3人と女性1人が死亡していて

車内後部に練炭の燃えカスと七輪3個が置かれていたとのこと。

4人は車の持ち主の大阪市の会社員男性(39歳)。

大阪市の女性(33歳)。

兵庫県高砂氏の無職男性(27歳)。

茨城県つくば市の男子大学院生(25歳)。


久しぶりに見た集団自殺の記事であります。

見るたびに記事の扱いが小さくなっていきます。

もうありふれた社会現象にしか過ぎないのでしょうか。

それにしても私には何度読んでもこのような

集団自殺は腑に落ちないところがあります。

仲間である女子大生、女子高校生が世をはかなんで

一緒に自殺する、また家族が経済的に追い込まれて

一家心中するというのも感覚的にわからなくはありません。

(もちろん、親が自分の死を代償に強制的に年端のいかぬ

子どもを死に追い込むことは許しがたいことではありますが)

しかし、この年齢構成で見知らぬ(?)4人が集団で自殺するのは

私にはどうしてもわかったという感じがしません。

生者の感覚かもしれませんが、これまでの集団自殺においても

残された遺書に死んだ者同士の合同葬儀をお願いしますなんて

ことを書いていたことはないように思いますのでなおさらです。

「人はたとえ幻であっても精神的紐帯なくして一緒に死ねるのか」

という疑問がどうしてもつきまといます。

恋人同士、家族、政治的党派、宗教的集団のごとく

ある種のお互いにしかわからぬ、愛情、親和感、志を

抱いていた者たちが愛や夢が挫折して心中、集団自殺を

遂げるのなら多少は理解できるような気がします。

そこにはお互いに信じた者同士の滅びの美学が存在するかもしれません。

しかし、最近の集団自殺の場合、お互いの死が自分の死への

ステップ、引き金になるよう利用しているだけであり

ある意味、実に現世的、世俗的、功利的な考えであります。

そこがどうしても私には納得が行きません。

この場合も例え自分が自殺したくとも、

4人の中で年齢がもっとも高い39歳の会社員男性が

他の人の自殺を思いとどませるのが普通ではないでしょうか。

現代人は一人では自殺できないほど精神的に弱くなっている

ように私には思えてなりません。


新テレビをダラダラと見て就寝午前1時。

朝方に夢を見ました。

私が寝ていると突然寝室のドアが開き、

見知らぬ女性が何かを手伝って欲しいと頼みます。

この女性、一度も見たことがないのに近所の人だとわかります。

私はその頼みを無視して寝ていますと今度は

見知らぬ男が寝室に現れまたなぜ手伝ってくれないんだと

同じことを私に訴えます。

なぜか私はこの男が先刻の女性の夫だとわかっています。

私は仕方なく起き上がって寝室から一歩踏み出し

そこで意識が幾分覚醒して手伝いに外に出るふりを

しながらトイレに入り小用を足した時に

アッ、俺は夢を見ていたのだと気づきました。


その後、布団に入り再び眠りました。

しかし、夢の中に登場する見知らぬ人物が

どうして近所の人とか、その夫とか思い込めるのか

その役割分担をまったく何の予備知識もなく

思い込めるところが夢の不思議さです。

起床7時半。

朝食、トースト2枚、レタス、熱い紅茶。

午前中、今日の授業の下調べ。

午後、★★高校へ行き授業。

三年生は私立、国立を問わず推薦で大学合格が

決定している生徒もいます。

もう進路が決まり時間を持て余している者と

これから受験の追い込みをかけなければならない者が

同じ空間に共存しているのが不思議な感じがします。


12月12日(月) 料理は難しい


昨夜は夕食前に妻が

「あんた、今日は新しい料理をいただきましょう」

との珍しいお言葉。

「どういう料理なの」

と尋ねると

「先日、テレビでやっていた生牡蠣を鉄板で

焼いて醤油をつけその上に海苔を巻いていただくのよ」


と答えます。

新しい物にはいつも一抹の不安が漂います。

お互いこの歳になると食べ慣れた料理の方が

安心していただけます。

置き炬燵の上にプレートを置いてさっそく料理を

作りいただきましたが、ウ――ム。

焼き方が中途半端なのか生牡蠣と海苔の味が

うまく融合しません。

「何か思っていたのと味が違うわね」

と妻が自らこういうことを言う時には

絶対美味しくなかった証拠です。

「これだと牡蠣フライにしていたほうがよかったわね」

とまで申します。

ウ――ム、もしかしたら我が家では二度とこの料理を

いただくことはないようであります。

その後、口直しにたこ焼きをいただきました。

我が家は突然のたこ焼きブーム。

この4日ほど昼ご飯、夕ご飯の後にたこ焼き。

と言っても私一人がいただいている状態ですが。

後一週間もいただけば飽きてくるのか。

午後9時からテレビ朝日の日曜洋画劇場

2002年 アメリカ映画「ファム・ファタール」 監督 ブライアン・デ・パルマ

主演 レベッカ・ローミン・ステイモス アントニオ・バンデラス


を見ました。

日曜洋画劇場なんてほとんど見ることはありませんが

今回は監督の名前で見ました。

この監督の映画は、いつも、その筋の展開に期待をもたせる

あざとい演出にだまされてみようかという気にさせます。

今回はまあまあの出来でありました。

それにしても何度も何度もコマーシャルに中断するのにはうんざり。

「ファム・ファタール」とは「運命の女」という意味だそうですが

これもカタカナ語として定着するのか(?)。


就寝午前1時。

起床午前8時。

起き上がるとなにやら尾抵骨に痛みます。

昨日の運動のせいのようです。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

朝刊、新聞休刊日でお休み。

午前中、★★高校の冬期集中ゼミのプリント作り。

なかなかうまくいかず途中で断念。

午後、職場に向かい夜間部の授業。


12月11日(日) ブンヤ魂


昨夜は午後7時半からNHK総合

ドラマ「クライマーズハイ」

を見ました。

私は横山秀夫の原作を読んでいません。

群馬県の「上毛新聞」をモデルにした

「北関東新聞」編集部がドラマの舞台。

1985年の羽田発大阪行き乗客乗員524人が乗った

日航ジャンボ123便が群馬県・上野村の御巣鷹山に墜落した

事故を素材にしています。

昨日の前編だけでは何を描こうとしているのか

よくわかりませんでしたが、地方新聞社内部の

編集部の人間関係が実に面白いものでした。

登場する役者がみんなそれらしくてよかった。

役職はうろ覚えで間違っているかもしれませんが

おおよそ次のような役どころです。

社主 杉浦直樹 編集局長 大和田紳也

社会部部長 岸部一徳 社会部次長 塩見三省

デスク 佐藤浩市 、同僚 松重豊 光石研 

これだけ役者がそろえばどんな原作、脚本であっても

いいドラマになりそうです(?)。

杉浦直樹・・・いつのまにやら偉くなったなあ。

大和田紳也・・・役者として一ランク上に脱皮しようとしているのか。 

岸部一徳・・・いつも静かな物言いの役なのに今回は怒鳴りっぱなし。声量足らず(笑)。

塩見三省・・・なんか以前より痩せちゃった感じで大丈夫ですか。

佐藤浩一・・・こちらは逆に中年肥りか、顔の肉を少し落とさないと。

松重豊・・・この人、最近あらゆるドラマに出ずっぱりでいい味を出しております。

光石研・・・相変わらずの一見誠実そうでいかにも切れやすそうな薄気味悪さ。


大和田紳也以外(笑)、渋い役者の揃い踏みで

シリアスなドラマであればあるほどこういうドラマは見ていて楽しい。

その上、女優が美保純と岸本加世子とくれば言うことなし。

新聞社の近くの飲み屋での岸部一徳と佐藤浩一の怒鳴り合い、

お互いの台詞に地方新聞の記者の哀しみとブンヤ魂が

滲み出ていて迫力満点、最高の見せ場でありました。


このドラマ、私が学生時代であれば次のような

キャストで見たかったなあ。

社主 佐分利信 編集局長 宇野重吉

社会部部長 三国連太郎 社会部次長 佐藤慶

デスク 山崎努 同僚 成田三樹夫 緒方拳  

これでは何かアクが強すぎて新聞社ではなく

トップ屋集団か東映ヤクザ映画になってしまうか(笑)


就寝午前1時。

起床午前8時。

朝食、ピザトースト二枚。卵スープ、熱い紅茶。

もうこれだけでお腹はボテボテ。

8時半に妻が

「私は『のうしゃかい』で出かけるから、帰りは4時ごろになるわよ」

申します。

のうしゃかい? 

ウ――ム、納車会(?)能社会(?)脳社会(?)

頭がついていきません。


「『のうしゃかい』ってなんだよ」


と訊きますと

「弓道の射ち収めよ」

とのお言葉でありました。

納得。

「弓道一代女か、芸道を極めることは大変だなあ」

と申しますと笑いながら出かけて行きました。

午前10時前、
日本テレビ「波瀾万丈伝」

フォークシンガーのなぎら健壱が登場。

この人が出演したテレビドラマも見たことがありませんし、

フォークソングも知りませんが、この人が書いた

東京の飲み屋に関するエッセ―が好きで

この人のことを覚えました。

なぎら健壱のエッセイにはどこか自然体で書かれた

とぼけた味わいがあり、亡くなった自称万年三文役者だった

殿山泰司のエッセ―と似た雰囲気があります。


午後は体育館に行き運動。

午後5時前に体育館を出ると外はもう真っ暗。

上州の夕暮れは早い。


12月10日(土) 妻はそれを待っている(?)


昨夜は弓道の練習から帰ってきた妻と

一緒に遅い夕食。

その後、私が昼間スーパーで買った

『加ト吉』のたこ焼きをいただきました。

50個、一割引の700円、感動物の安さです。

電子レンジ2分でOK、便利です。

妻が2個、私が3個、いただきました。

「あんた、けっこう美味しいじゃない」

「ウ――ム、なかなかいけるなあ」


てな会話をしているとなにやら映画『夫婦善哉』風。

妻が2個、私が3個追加。

夕食の後にたこ焼き5個はちときつい。

二人とも食品加工の長足の進歩、

味のレベルの高さに浦島太郎の心境。

妻がさっさと眠ってしまい私は

テレビの前の座椅子に座りグダグタ。

11時過ぎにチャンネルを廻して偶然NHK総合で

「にんげんドキュメント 仲代達矢 いま挑戦の秋」

を5分遅れで見始めました。

奥さんの宮崎恭子さんを10年前(?)に亡くしたそうで

豪邸(?)にひとり暮らし。

週に二日通いのお手伝いさんが来てくれて

食事はその時以外は外食だそうです。

奥の庭の見える一室に奥さんの遺骨を

まだお墓に納骨せずに安置してあり、

何かあるたびに語りかけているようでした。

ウ――ン、寂しい生活だなあ。

私のイメージと大違い。

てっきり、秘書とかマネージャーとかが

ひっきりなしに出入りし、仲代達矢が主宰する

『無名塾』の塾生やら内弟子が一緒に泊り込んだり

してにぎやかな生活をおくっているのではという

私の先入観は見事に間違っていました。

民芸の奈良岡朋子と共演するお芝居のために

部屋中に張られた台詞を書いた紙を見ながら

台詞を覚えようとすることがなにやら生きがいに

なっているようにも見えました。

しかし、記憶力の減退で台詞を覚えるのが

遅くなるというのも恐ろしい気がします。

仲代達矢、1932年(昭和7年)生まれの73歳。

ドキュメントの最後に満員の観客の前で演技をする

舞台の上の仲代達矢が映りました。

やっぱりいざ舞台に立つと迫力が違います。

役者とはこういう人のことをいうのでしょうか。


その後、ダラダラとテレビを見て布団に入ると

隣で妻がスヤスヤと眠っております。

その寝顔を見ながら

「もし、先立たれたら俺は一人でやっていけるのかなあ」

なんてしみじみと思いました。

まあ、日頃、妻は妻で

「あんたの方が絶対に早く死ぬんだから」

と申しておりますが。

これはこれで妻が先立つことが

完全想定外になっているようで

聞きようによっては

「あんたがいつ死んでも私は大丈夫よ」

なんて言っているようで怖いと言えば怖い。

なにやら言外に私が先立つのを待っているように

聞こえるような気もしてきます(笑)。


起床、7時半。

朝食、野菜サンド、目玉焼き。熱い紅茶。

「あんた、昼ご飯何にする」

と尋ねますので

「けつねうどんでいいんじゃないの」

と申しますと、笑いながら

「あんた、本当に飽きないわねえ」

とあきれたように申します。

シンプル イズ ベスト。

★★高校へ向い授業。

土曜日の朝です、課外授業です。

生徒、眠たそうにしておりました。

帰宅して昼食「けつねうどん」

午後、テレビを見ていると

京都宇治市の学習塾で小学6年生の女児が

23歳の講師に刺殺されたというニュース。

ネットで見るとこの講師同志社大学法学部の四年生。

先生が若ければ若いほど、子どもが小さければ

小さいほど、お互いの心がもつれた場合、

もう理屈や理性は関係ありません。

下手をすると修復のつかない自体になることは私も

教壇に立つ身としてわかる気もします。

そういう時は先生がほんの少し目を瞑れば

時が解決していくことなのですが、現実には

なかなかそうはいかないのでしょう。

そういう先生と生徒の心のもつれは

いかなる学校、塾にも存在していますが

それはそれで子どもが大人になっていく過程で

訪れる問題でしょう。

しかし、先生が凶器の包丁を事前に準備していた(?)

となるとこれはもうありえないことのように思えます。

この先生の精神年齢が実年齢とは反対に

幼すぎたとしかいいようがありません。


12月9日(金) 大スターへの道


昨夜は夜間部の授業から帰宅して

遅い夕食をいただきながら妻に

「『初恋のきた道』って映画凄く面白かったよ」

と申しますと妻が

「そうよかったわね。あんたは恋愛映画を嫌いだと思っていたから、

不思議ね」


と申します。

ウ―ム、30年一緒に生きながら妻は私を誤解している(?)

私はベタベタした恋愛映画が嫌いなだけだ。

「チャン・ツィイーがよかったでしょう」

「ウン、仕草だけでそこはかとない愛情を表す演技力は

凄いよなあ。それにあの雰囲気は日本の女優には無理だよ」


なんて私が絶賛した瞬間に妻は

「私は忙しいから」

なんて隣の部屋に消えて行きました。

ウ―ム、私が何か悪いことでもしたのか(?)

その後、置き炬燵の中でウトウト。

この世の天国は置き炬燵と湯たんぽの入った

暖かい布団の中でウトウト眠ることか。

布団に入り図書館から借りてきていた

「車谷長吉撰 短編小説輯 文士の意地 上」作品社

に収録されている川口松太郎「明治一代女」を読みました。

仙枝(せんし)という歌舞伎役者に情を注いでいるのが

新橋の芸者秀吉(ひできち)。

ところがそこに純情な芸者のお梅が現れます。

仙枝は打算のないお梅の在り方に役者買いをしている

芸者への反撥もあり心を惹かれます。

そしてこのお梅を慕っているのが箱丁(はこや)の巳之吉。

仙枝は梨園の名門の出ではありませが、役者の力量を買われ

三代目仙之助を襲名しようとしています。

仙枝一生一代の晴れ舞台に向けて繰り広げられる

この四人の男女の義理と人情と意地の世界

なんてまとめればいいのでしょうか、

いやー、感動しました。

芸道小説なんて私には無縁の存在。

これまで読むことはほとんどありませんでしたが、

話の筋道、展開、登場人物の心理、最後の哀しい大団円

まで一気に読ませてくれました。

この小説の感動、以前に読んだ泉鏡花の

「義血侠血」(滝の白糸)に似ています。

「初恋のきた道」もいいけれど「明治一代女」もいい。

世界は広いものです。


就寝午前1時。

起床午前7時半。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

さすがにこのパターンには飽きて

自分でゆで卵を二つ作っていただきました。

午前中、スーパーに買い物に行き

レトルト食品の「たこ焼き」を買いました。

先日の「大判焼き」に味をしめて

今度は「たこ焼き」であります。

50個、700円ですから安いといえば安い。

さてどういう味がするのか。

図書館により帰宅。

図書館から借りてきた

「中国映画の明星」石子順 平凡社

の中のチャン・イーモウの章を読みました。

チャン・イーモウ、1950年生まれ、父は元国民党軍少佐、母医師。

父親は国民党軍が内戦に敗れ台湾に逃げ込んだ時に

中国大陸に残りました。

もうこの履歴だけで内戦後の中国を生き残ることは至難だったと

いうことがわかります。

午後、昼食をいただきながらテレビを見ていると

偶然、テレビ朝日「徹子の部屋」

チャン・ツィイーが登場してビックリ。

黒柳徹子のインタビューを聞きながら

私はチャン・ツィイーが「英雄(ヒーロー)という映画に

登場していたことを初めて知りました。

「英雄(ヒーロー)」は私に言わせると

SFXを使った「凝り過ぎたチャンバラ映画」。

つた屋から借りてきたビデオで見た記憶がありますが、

チャン・ツィイーの存在は全然意識に上りませんでした。

最新作は「SAYURI」というハリウッド映画で

日本の芸者の役を演じるそうです。

端正な美貌は「初恋のきた道」と変わらないような

気がしましたが、大スターになるにつれて

何かが違っている気も正直しました。

彼は昔の彼ならず。

これは俳優の宿命というものでしょうか。

残念ながら当面この女優は「初恋のきた道」を越える

ことができないような気がします。


午後は明日の授業の下調べ。

パソコンに向かい作業。

この冬になって初めて今のエアコンを入れました。


12月8日(木) 初恋のきた道


昨夜の妻との夕食時の会話。

「NHKBSでチャン・イーモウという監督の映画を

二本見たんだけれど、この監督のこと子どもたちが昔

何か言っていたような気がするけれど」

ちの子はみんなこの監督の映画好きだったみたいよ。

それであんた何の映画見たの」


「『活きる』と『あの子をさがして』だけど」


「アッ、私『あの子をさがして』を見たかったの」

「ビデオに録画しているよ。今夜も『初恋のきた道』を放映するので

見ようと思っているんだ」

「その映画私見たけれど、あんたには面白くないかもね」


嫌な女ですなあ(笑)、私のワクワクする気持ちを逆撫でして。


零時30分よりNHKBSで見ました。

2000年 中国、アメリカ「初恋のきた道」監督 チャン・イーモウ

主演 チャン・ツィイー、チャン・ハオ


都会から村の学校に青年教師が赴任してきます。

校舎のない村に村人が総出で学校を建設します。

そして授業が始まります。

その青年教師の声を聞いて村の娘が恋をします。

てな単純と言えば単純なお話ですが、

冒頭、モノクロシーンが続いた後、回想場面になり

そこからカラーになります。

貧しい村でありながら色彩豊かな美しい四季の中で

恋をする少女の思いを見事に描いていきます。

この少女を演じるチャン・ツィイーが

割安な『ちふれ化粧品』も使っていない筈なのに

美しくてどこかに気品があります。

男に対する「媚び」というものが意識化されていないからなのでしょうか、

今流行の日本のカタログ化された美少女とも違い、

北朝鮮の「美少女軍団」とも違う美しさと気品。

その上、恋愛映画で「好きだ」とか「愛している」とか

という台詞がこれほどない映画を私は見たことがありません。

「好きだ」とか「愛している」なんて言葉を乱発し

その甘い言葉で恋人や観客までもたぶらかそうとする

次元の低い魂胆がこの映画にはありません。

主人公の少女は世界の中心で愛を叫ぶわけでもないのに

その愛の声は私にさえ聞こえてきます。

いやー、素晴らしい恋愛映画でした。

私は従来、「心の旅路」「哀愁」「カサブランカ」

「君の名は」
を世界恋愛四大名画だと思っていましたが、

このリストに「初恋のきた道」を加えなくてはなりません。

それにしても驚きはチャン・イーモウ監督。

私は『活きる』から「あの子をさがして」

と見てきたのでてっきりこの監督は

中国の社会矛盾を骨太に描く社会派監督だと

認識していましたが、あにはからんや

この監督がアジア的叙情作家であったとは(!)

エエ加減なことを書きますが、この映画、

どこか旧ソビエト映画「誓いの休暇」と

合い通じるアジア的叙情性を持っているのでは。


ただ、やはり「活きる」を見た印象からくる社会派監督の

片鱗はこの映画でも浮かんでまいります。

それは青年教師が都会に突然呼び戻される時、

村人たちが
「先生は右派の疑いをかけられている」と言う

台詞と、青年教師が都会から帰るのをひたすら待っている

少女が日暦をめくると1958年12月27日だとわかる場面に

現れている気がしました。

ネットで調べると1957年には前年の毛沢東の指導による

「百花斉放・百家争鳴」路線が撤回され激しい反右派闘争に突入した年です。

1958年には中国共産党の最高幹部、劉少奇、周恩来、陳雲らが

自己批判を迫られ、毛沢東自ら個人崇拝を容認することを宣言した年であります。

この反右派闘争によって全国で50万人以上の中国共産党員や知識人、

労働者が批判され、投獄されたり失脚したといわれています。

この歴史的観点からこの映画を見ると

この映画の主題も違って見えてまいります。

最後の場面、青年教師が年老いて亡くなった時、

母親と息子とその他100名近い教え子たちが

遺体を収めた棺を担ぎ吹雪の中を都会から村へ

黙々と行進するモノクロームの場面が延々と続きます。

この長い長いシーンはもしかするともしかして

反右派闘争とか人民裁判とか文化大革命とか

中国人民の個人の尊厳を踏み躙ることは

もうこれからは絶対に許さないぞという

この監督の政治的・社会的メッセージ

だったのではないでしょうか。


ただただ素晴らしい映画でした。

就寝午前3時。

起床午前8時。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

午前中、今日の授業の下調べ。

午後はパソコンに向かい作業。

夕方、職場に向かい夜間部の授業。


12月7日(水) 杉本彩に似た女優


昨夜は妻が弓道の練習から

9時過ぎに帰ってきた時、

私は日本テレビで

「ブラックウィドウ」

というドラマを見ていました。

銀座でトップクラスのホステスが

水戸の40歳以上も歳上の富豪と結婚。

保険金3億を掛けられた富豪は何年か前に事故死。

未亡人となった女性の現在の恋人が毒死。

同じく3億円の生命保険が掛けられていました。

その受取人が犯人と目された未亡人に杉本彩。

これを追う水戸地検の検事に片平なぎさ。

弁護人となるのが大杉漣。

驚いたのは容疑者の杉本彩が逮捕されるや

即、水戸地検で片平なぎさの取調べを受けます。

そんなのありかよ、普通、県警か所轄署で容疑を

確定してから身柄を地検に送るのだろうが。

それにこの女検事、8年(または6年?)OL生活を送ってから

検事になった変り種で司法研修生時代の恋人が弁護士の大杉漣。

待て待て待て(笑)。

この女検事、もちろん大学を卒業している筈だから

OL生活の後、即、司法試験に合格した(!)のか。

司法研修所での研修期間は普通2年、その後、弁護士の資格を得

登録したとしても最短で32歳になっていた筈。

弁護士の大杉漣と研修所で知り合ったのだから大杉漣は

片平なぎさの8歳年下か、または8年司法浪人をしていたのか(笑)。

何か説明がないとドラマ全体の骨格が崩れていく。


なんてことをブツブツ言いながら見ていると妻が

「あんた、そんなに文句があるのならテレビ見るのやめたら」

とのお言葉であります。

嫌な女であります(笑)。

被疑者の杉本彩の顔を見ているうちに私が

「杉本彩、誰か女優に似ているなあ。ただ名前が出てこないなあ」

と申しますと妻がテレビ画面を見直して

「ウン、似ている、似ている、あんたの言っている人

私もわかるわよ」


と申します。

その後の妻と私の会話。

「誰なんだよ。名前を教えてよ」

「私も名前を思い出さないわ。エーと、エーと、

確か『妹』という映画に出ていた女優よ」


「『妹』って岸恵子が主演した奴か」


「あんた、何言っているのよ、あれは『おとうと』よ」


「そうか、思い出した、『妹』って確か高橋英樹が刑事の兄で

その女優が妹だった映画だな」


「私はその映画見ていないわよ」


「そう言われると俺も見たのかなあ

。確か妊娠した大きなお腹の時のヌード写真を

発表したりした女優だな」


「その女優の方が杉本彩よりかわいい顔ね」

「エーと、確か苗字に『本』とかつかなかったか」

妻も私も完璧にその女優の顔を思い出しているのに

名前がどうしても出てこない(!)。

私はテレビを見るのをやめ、妻は遅い夕食を中断。

二人で置き炬燵に向き合ってにらめっこ。

必死で思い出そうとしました。


やっと私は思い出して

「そうだ、秋吉久美子だ!」

と叫ぶと妻が

「オオ―、凄い、あんた、よく思い出したわね」

とパチパチと拍手。

いつもオーバーなんだから。

何やら二人で前期アルツハイマー症候群に陥った時の

予行演習というか、二人芝居を演じているようでありました。

食後に妻が即寝てしまい私は一人でテレビを見ていました。

結局、零時40分からのNHKBS

1999年 中国「あの子をさがして」監督 チャン・イーモウ

主演 ウェイ・ミンジ、チャン・ホエクー、チャン・ジェンダ、カオ・エンマン

昨日の「活きる」に続いて私がこの監督の映画を見るのは二作目。

中国の貧しい農村の小学校の老教師が母親が病気になり

帰省しなくてはならなくなり、その一ヶ月の間、

隣村から13歳の少女が代用教員として赴任します。

このまるで子どもの先生と子どもたちとの関係を描いた映画。

教える技術も知識もないこの少女がたった一人で

生徒たちを教えなくてはならない不安を見ながら

私は自分が予備校の教壇に立った頃を思い出しました。。

自分の経験からもこの先生が一日、一日、

先生らしくなっていくのが見ていてうれしくなりました。

またがんばれよと励ましたくなりました。

一人の生意気な子どもが親の借金のために学校に

来られなくなり町に出て働こうとします。

この生徒をさがしてこの先生がお金がないままに

町に出てこの生徒を探します。

図式的に言えば、現代中国の発展する都市と

経済的貧困に取り残された農村の対比が

鮮やかに描かれています。

しかし、監督はそういうことをあくまで背景においたまま

この幼い先生と子どもたちの明るい未来を描いています。

私はこの子どもたちを見ながら無着成恭「山びこ学校」や

小川伸介のドキュメンタリー映画「山の子ら」とかを思い出していました。

日本も昔は貧しかったという事実をみんな忘れすぎているのでは(?)。


映画を見終わってのが午前2時半。

就寝午前3時。

起床午前8時。

妻が作ってくれた野菜サンド、この数日、

オーブンで焼いていただいていましたが

今朝は初めて電子レンジで焼いてみようと思い

1分近く電子レンジに掛けました。

そして出てきた野菜サンドは、

もうトホホホのホ。

パンもレタスもハムもグニャグニャ。

泣きたい気持ちで朝食をいただきました。

ウーーム、オーブンで焼くのと電子レンジに掛けるのと

どうしてこんなに結果が違うのか全然私にはわからん。


午前中、パソコンに向かい作業。

午後、体育館に行って運動。

日本海軍のパールハーバー攻撃とジョンレノンが殺された日。


12月6日(火) 「活きる」と「ゴールド」


昨夜は夜間部から帰宅して遅い夕食。

置き炬燵の中でウトウトしていると午前零時過ぎ。

零時30分からのNHKBSの映画をビデオ録画しないと思いつつ

最初を見ていて遂に最後までお付き合い。

1994年 中国「活きる」監督 チャン・イーモウ

主演 グォ・ヨウ、コン・リー


内容を何も知らずに見始めました。

1940年代、富裕な階級のバカ息子がさいころ博打に狂い

家、土地などの全ての財産を失いながら影絵芝居で

ドサ廻りをしながら生きていきます。

そして内戦において最初、国民党に強制的な使役を受け

敗走する国民党に置き去ります。

新たに現れた人民解放軍に従って影絵芝居を軍内で

行いながら結局帰郷します。

妻と長女が故郷に待っていますが、

長女が病気で聾唖者になっています。

そして50年代、大躍進の時代に街の人々に湯を

配る生活をしながら生きていきます。

生まれてきた長男を今度は自動車事故で失います。

そして60年代の文化大革命、

知り合いが走資派として批判を受けます。

長女は脚の悪い工場労働者と結婚。

ところが出産の時に紅衛兵の支配する病院で

長女は子どもを無事に生みますが、

出産直後に大量出血で亡くなってしまいます。

夫婦は今度は亡くなった長男そっくりの孫と

生きていこうとします。

というような内容でありますが、最初、どういう映画かと

思いましたが、途中からやっと話の筋が見え始めました。

しかし、2時間10分近い映画の最後、私はこの夫婦は

走資派として文革派や紅衛兵の人民裁判を受け

自己批判を強制され「下放」されるのではと

ハラハラドキドキして見てしまいました。

日本流に言えば「ノンポリ」のええ加減な親父と

同じ「ノンポリ」ながらしっかりとした母親の夫婦愛を

前提にしてある意味中国共産党に対する愛憎二筋の監督の思いが

こちらによく伝わってくる映画でありました。

50年代の大躍進時代、工業化、台湾解放を急ぐあまり、

各街において鉄鋼を生産するために鍋とか釜の金属を供出し

街の中でそれらを溶かして鉄を作る場面があります。

私からみると本で読んだことしかなかったことが

映像を見ることによって実感的によくわかりました。

台詞にも体制や人間を皮肉るブラックユーモアがたっぷりあり

主演のコーン・リーという女優、母親役を好演。

政治体制と関係なく人民は生きて行くのだ、

「鼓腹撃壌」の世界を描いた傑作でありました。


見終わったのが午前2時45分。

さすがにグッタリ。

起床8時。

雨がショポショポ降っていました。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

朝刊を読み終えて運転免許の更新に出発。

この3年、無事故、無違反なので「高崎交通安全協会」で更新が出来ます。

少しでも違反があると「前橋交通センター」まで行かなくてはなりません。

まあ15分ほどの距離の違いしかありませんが。

車で家を出て18号から高崎の街中に入り

いつも通っている高崎市立図書館の前を左折して

直進すれば群馬銀行本店の大きな建物が見え

その前方にある坂の手前で左折すれば到着。

ところが頭の中でしっかりシミュレーションをして

出かけた筈なのに、こはいかに。

図書館の前を左折して直進していっても

群馬銀行も坂もありません。

ウ――ム、私の記憶違いか、または道路が変わったのか、

気が付くと国道17号線に出ておりました。

トホホホと思いつつ、今度は最悪の方向音痴。

自分の車が高崎に向っているのか

前橋に向っているのかわかりません。

5分ほど走行して左右の風景を見ながらやっと

前橋に向っていることが判明。

仕方なくそのまま「前橋交通安全センター」へ。

情けない限りであります。

しかしこんな私でも優良ドライバー(笑)。

更新のための講習は30分で終了。

後半見せられた交通安全のビデオが3年前まで

見せられていた東映(?)制作のフィルムと違っていました。

以前まで見せられていた映画の方が断然迫力がありました。

しかし、なんだかんだ言っても、私は今日からゴールドの免許証。

全然知りませんでしたがゴールドになると次の更新は5年後。

凄く偉くなった気持ち(笑)で「交通センター」を出ると

雨もやんで空は晴れ上がった明るい冬空。


気持ちはますます昂揚、帰宅途中に久しぶりに

「つた屋」によりビデオを借りました。

火曜日はディスカウントで一本200円。

帰宅すると洗濯機の横に干し物がありました。

朝、雨が降っていたので妻が干すのをあきらめたのか、

急いで二階にあがって洗濯物を干しました。

ついでに妻の作った干し柿も洗濯物と一緒にぶら下げました。

午後は置き炬燵でのんびりした後、パソコンに向かい作業。


12月5日(月) 前橋は初雪


昨夜の夕食のおかずは私の好きな鶏の足。

一週間ほど前外国産の鶏の足100円。

昨日は国内岩手産の鶏の足298円。

大きな鶏の足でありましたが肉とか生魚を一切食べない妻が

「どう、三倍はおいしいのかしら」

と尋ねますので

「ウ――ム、難しい質問だなあ。美味しいと言えば美味しいし、

前のと変わらないと言えば変わらないなあ」


と答えながら期待したほどには美味しくありませんでした。

私の経験からすると食品は多少なりとも値段が違うと

一発で味が違うものですが昨日はちょっと違いました。

食後に先週いただいて気に言ったレトルトの大判焼き

一個いただきましたが、これは店頭で売っている

大判焼きとそれほど変わらない味がするのが凄い。


お腹が一杯になったところでテレビを見ながら

置き炬燵の中でウトウトしてしまいました。

目覚めて寝ぼけながら炬燵の向かいにいる妻に

「この音はいったいなんだよ」

と尋ねますと

「外は激しい雨なのよ。明日は天気が荒れて

雪かもしれないって天気予報よ」


と妻が申します。

雪? やーだよなあ。

道路滑りやすい、体が濡れる、体の芯が冷える

車の運転、チェーンの装着おっくう、道路表面乱反射、

スリップ事故に追突事故、救急車のサイレン・・・・・・。

その上、子どもたちが小学生の頃、雪が降っている時に

妻が赤信号の交差点で急ブレーキを掛け

後続車に追突されたことを思い出しました。

誰一人怪我はしませんでしたが、危機一髪でありました。

てなことまで思い出しいやーな気分。


しばらくテレビの前でそのまま動かずボーとしていました。

その後、図書館から借りてきたビデオをダラダラ見ながら

布団の中に入って寝たのが午前2時。

起床7時半。

外は快晴、雪でなくてホッ。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

午前中、1月からの夜間部のテキスト作成。

昼食、レトルト食品の焼き飯。

午後はパソコンに向かい作業。

テレビを見ると前橋は今年初めての初雪を観測とか。

テレビの画面に映った浅間山の頂上が白く光っていました。

夕方、職場に向かい夜間部の授業。


12月4日(日) 妻は妻 私は私


昨夜はダラダラとテレビを見ながら寝る前に

深夜映画でもビデオ録画しておこうかと思い

夕刊のテレビ欄を見ると

TBS「ミート・ザ・ペアレンツ」

テレビ東京「セレンディピティ」


が放映されることになっていました。

両方とも全然知らない映画。

ビデオの予約録画も故障していて結局零時過ぎに

テレビ東京の方を三倍速でつけっぱなしにしておきました。

就寝午前2時。

起床午前9時。

タラタラとよく眠りました。

妻はもう昔の小学生並、9時間以上眠りました。

朝食、トースト2枚、妻の手作りのピザパイ、熱い紅茶。

午前中、日本テレビ「波瀾万丈」は小柳ルミ子の主演。

妻が画面を見ながら

「小柳ルミコ、相変わらず凄くスタイルいいわねえ」

と申します。

私はそんなことよりも小柳ルミ子が

涙ながらに告白する離婚の事情に痛く同情。

こう言っては何ですが、美人は得であります。


その後、テレビ朝日、「サンディ・プロジェクト」を見ました。

久しぶりに山崎拓と加藤紘一が揃って登場。

現在、小泉一党内独裁の自民党の中でどこか二人とも

発言に元気がなく孤独(?)そうでありました。


その後、ビデオ録画しておいたのを思い出して

2001年 アメリカ「セレンディピティ」監督 ピーター・チェルソム。

主演 ジョン・キューザック ジェレミー・ビーヴン モリ―・シャノン

私が知っている俳優はあの残酷で奇妙な味の詐欺師の映画

「グリフターズ」で主演していたジョン・キューザックのみ。

ところがこれが実にビックリ、ウエルメイドな傑作。

クリスマスのニューヨークのデパートでお互いの

恋人に黒い手袋を買おうとした見知らぬ男女が

運命的出会いを感じ・・・・・

なんて臭いストーリーでありますが

恋愛映画なんてよほどでないと私は見ません。

そんな私ですから当然冒頭は置き炬燵に入って

ぼんやりと見ていましたが途中から、

オオ、オオ、オオ、と身を乗り出して最後は

手に汗を握って(?)見ました。

凡庸なストーリーである筈の映画が

緻密なシナリオの絶妙の展開、気のきいた台詞の連続、

本、紙幣などの小道具の使い方の巧みさ、脇役のうまさなどで

アッというまに時間が過ぎて行きました。

見終わってから外に出ていた妻にこの映画を絶賛。

こんなことは10年に一度あるかないかですが

私は妻にこの映画を見るように勧めました。

すると妻は遅い昼食後にこの映画を見始めました。

その間、私はパソコンに向かい作業。

テレビを見ている妻は時々ゲラゲラ笑っておりました。

妻が見終わってから私がどうだと言わんばかりに

「おもしろかっただろう。こんなしゃれた映画日本では無理だよ」

と申しますと、あにはからんや、返ってきたのは

「ウ――ン、やっぱり話がわざと過ぎるわよ。

まるで頭の中で作ったようなお話だもの」


とのお言葉でありました。

妻のその言葉を聞いた一瞬私は

・・・・どうしてこの女と30年近く生きてくることができたのだろうか・・・

・・・・私はこの女と今からずっとお互いが死ぬまで生きていくことは可能なのか・・・・

という実存的不安を感じました。

ロマンチストの夫に対し、クソリアリストの妻。

立場が逆だろうが。

いやいや、妻からこの30年間夢を一つ一つ奪っていった

私がやっぱり夫である私にあるのだろう

妻は妻、私は私、されど仲良き

なんてとうてい考えられませんでした(笑)。

その後、妻と郊外のスーパーへ買い物へ。

氷雨の如き冷たい雨が降り、まだ午後4時だというのに

走行している車はすべてヘッドライトを点けています。

濡れた道路がライトで光る肌寒い冬の黄昏でありました。


12月3日(土) 百六の瞳


昨夜は妻はお腹が痛いとのことで

弓道の練習をお休み。

芸道一筋(?)もなかなか難しいのか。

午後8時から妻がNHKBSの映画

1954年(昭和29年)松竹 「二十四の瞳」監督 木下恵介

主演 高峰秀子 天本英世 夏川静江 笠智衆 浦辺粂子 田村高廣 

を見ました。

私はこの映画を見るのは三回目か。

確か最初は小学生の頃に一学年揃って

街中の映画館へ見に行きました。

当時の私の印象はただ一つ、生徒数が12人で

少なくていいなあと思ったことです。

私はいわゆる団塊の世代、小学生の私のクラスには

生徒は53人いた記憶があります。

「二十四の瞳 対 百六の瞳」

ウ――ム、瞳が多すぎるよ。

高校にいたっては一学年全クラス12組で600人以上の

生徒数でありました。


二回目は何年か前にテレビで見ました。

今度の三回目は私にしては珍しく

図書館から借りてきた本を読みながら見ました。

そのせいか、この映画は実に音楽を有効に使った映画だと

いうことがよく分かりました。

子どもたちが歌う唱歌

♪ からすなぜ泣くの からすは山に・・・・・

♪ 春高楼の花の宴 巡る盃影射して・・・・

♪ 蛍の光 窓の雪 文読む月日 重ねつつ・・・・

♪ 仰げば尊しわが師の恩 教えの庭にも はや幾年・・・・

♪ 埴生の宿も 我が宿も 玉のよそい うらやまじ・・・・

バックに流れる軍国歌謡

♪ 勝ってくるぞと勇ましく 誓って国を出たからにゃ・・・・

♪ ああ あの顔であの声で 手柄頼むと妻や子が・・・・

♪ 紅き血潮の予科練の腕はくろがね 桜に錨・・・・

私が覚えているだけでもこれだけの歌が画面に流れます。

海や山をバックに子どもたちの澄んだ声が流れ

晴れた田舎道を出征する兵士に日の丸の旗が振られ

雨の日に物言わぬ白木の箱が帰ってきます。

ある世代の人々ならもうこれだけで涙腺全開、

ポロポロと涙が出てきそうになる筈です。

現在の視点から見れば、あまりに叙情的な被害者意識が

綿々と画面を流れていて、侵略した側の加害者意識は

どうなっているのかいう問題が提起されそうですが

これは当時の名画と言われた「ビルマの竪琴」

「ひめゆりの塔」「雲流れる果てに」などに

共通した問題であります。

高峰秀子演ずる大石先生の長男の会話。

「僕早く15歳になって少年飛行兵になりたいなあ」

「どうしてあんたはそんなに早く死にたいのよ」


「ぼくが死んだらお母さんも『靖国の母』になれるんじゃないの」


正確な引用ではありませんが、この辺りに木下恵介の

戦争批判があり、多くの人々に受け入れられたのもよくわかります。

自然の美しさ、子どもの純粋さ、音楽の情動的効果、

敗戦後いまだ九年しか経っていない時代の生々しさ。

これら全てがミックスして名画となったのでしょう。

ですからこの種の映画のリメイクで成功したものはほとんどありません。

布団に入り本を読みながら眠ったが午前2時。

起床7時半。

朝食、トースト2枚、レタス、熱い紅茶。

朝刊トップ、栃木県今市市で小学1年生の女の子が

殺害されたというニュース。

こういう事件は本当に防ぎようがありません。

午前中、個人的日記を一週間分つけました。

妻は居間の隣の台所で何やら必死に作っております。

「何をいそがしげに料理しているんだよ」

「アップルパイを作っているのよ」


「俺、アップルパイ、あまり好きじゃないけど」


「あんたのために作っているんじゃないわよ。私と子どものためよ」


「おいおい、子どもたちに送ってやるのかよ」


「そうよ、旅男に送るのよ」


「隆正や麻季には送らないのかよ」


「隆正は仕事に忙しくてアパートに帰ってもいないし、

麻季はいつも何でも食べ過ぎなのよ」


とのお言葉であります。

ウ――ム、何か釈然としないなあ。

次男にだけアップルパイを送るのは

アメリカとだけ仲良くしていたら大丈夫だと

思っている小泉首相とまったく同じじゃないか。

この事実を隆正と麻季が知ったらどうなるのか。

私は老後の生活の安全保障のために三人とは

全方位外交、距離外交を推進したい。

この観点から妻と小泉首相に猛省を促したい(笑)。


昼食、恒例のけつねうどん。

午後、一人で体育館に行き運動。

体育館珍しく人が少なくのんびりと運動。

筋トレと有酸素運動でいい気持ちになれました。

車の中で鼻歌を歌いながら帰宅。


12月2日(金) 夢の中の演説


一昨日、昔の生徒からメールが到着。

文面を読みながらこの女性の方、結婚なさって姓が

変わったのではと思いつつそのことをメールに書いて

返事をしたところ、昨日の夕方に再びメールが到着。

浪人時代の旧姓を教えていただきましたが

それでも申し訳ないことに記憶がはっきりとは甦りません。

子どもさんが入試を控えて緊張しているとのことで

偉そうに親の心構えを書いて送ったのですが、

全国的に、入試が近づきどこの家族も大変です。

しかし親が焦っても子どもを不安にするだけで

百害あって一利なし。

親は孫悟空を手のひらの上で躍らせている

お釈迦様のような気持ちでいるのがベストです。


昨夜は午後11頃に布団にはいり

図書館から借りてきた

「車谷長吉撰 短編小説輯 文士の意地 下」作品社

を寝る前にちょうどいいかと思って収録されている

短編を好きな順に読み始めました。

この手の本は読み始めると何となくウトウトとして

そのまま眠ってしまうものなのですが、

昨夜はまったくその逆で読みはおおはずれ。

「追跡の魔」埴谷雄高 「怪物」三島由紀夫 

「断碑」松本清張 「お公家さん」
白州正子

を読了。

「追跡の魔」夢の中で何者かに追いかけられるのは何故かを哲学的に

書いていて身につまされました。

「怪物」あまり好きな作家ではありませんが、こういう短編を読むと

天才的作家だということがよくわかります。

「断碑」今までに何度も読んでいましたが、改めて読み直して登場人物である

薄幸の考古学者の生き方に乗り移ったかのような作者の怨念の爆発に

ただただ感嘆してしまいました。

「お公家さん」この高名は作家の小説を読むのは初めてです。

食わず嫌いの典型だったのでしょうか。しかし、これは

なかなか面白い小説でした。日本の「公家」とか「貴族」なるものが

よくわかった思いがしました。

それぞれ実にデープな内容で読み終わった時には何となく

気持ちが昂揚して久しぶりに完全不眠状態。

アアアア、読むんじゃなかったと後悔の念にかられつつ

布団の中で何とか眠ろうと七転八倒。

午前4時過ぎにやっとウトウト。


起床7時半。

完全寝不足状態です。

居間に行くと先に起きていた妻がニヤニヤしながら

「あんた、朝方、夢を見ていたでしょう」

と尋ねました。

その一瞬、ドキッとなりました。

壁に耳あり、障子に目あり。

何か寝言で昔の★★の名前でも呼んだのか(笑)。


おっかなびっくりドキドキしながら

「いや、全然夢を見た記憶がないけれど」

と答えると

「あんた、夢の中で演説していたわよ」

と申します。

演説?それこそ全然記憶にありません。

「どんな演説だったの」

と尋ねますと

「今日、ここに結集した皆さんは労働者としての権利を防衛し

仲間を擁護し断固として・・・・・・なんて演説よ」


と申します。

「なんで途中で止めなかったんだよ」

と訊くと

「演説しているのを途中で遮るの悪いでしょう」

と申します。

ウ――ム、なんというやさしい妻(笑)。

それにしてもこんな夢を見るなんて昔のトラウマが消えないのか。

まあ、昔の★★の名前を寝言で叫ぶよりましか。

朝食、野菜サンド、熱い紅茶。

朝食後に昨日清水内科で処方された

降圧薬のドキサゾン錠2ミリグラムを一錠。

夜はいつものようにコリネールCR錠40を一錠服用しなければなりません。

職場に向かい後期昼間部最後の授業。

テキストも全クラスキチンと終わり一安心。

図書館によってから帰宅。

置き炬燵の中でウトウト。

12月の二日目も淡々と過ぎていきました。


12月1日(木) 野菊のごとき・・・


昨夜は午後八時からNHKBS

1955年(昭和30年)松竹「野菊のごとき君なりき」

監督 木下恵介 主演 田中晋二 有田紀子 杉村春子、田村高廣


を見始めました。

純情そうな従兄弟同士、少年と少女の恋愛映画でありますが

まず一緒に見ていた妻が最初の15分ほどでギブアップ。

続けて30分ほど見ていた私もギブアップ。

モノクロフィルム、かつ昔の記念写真のごとき

丸い枠組みの中の農村風景もそれなりに美しいのですが

どうしても気分が乗らず、感情移入ができませんでした。

これでこの映画二度と見る機会はないのか(?)

パソコンをいじろうとして机の上のスタンドをつけると

電球が切れてしまいました。

新しい電球がたまたま家の中にあり

あわてて付け替えましたがもともと

品物が違うか白いというより黄色い光線に見え

違和感があって落ち着きません。

慣れはおそろしいものがあります。

就寝12時。

起床7時半。

朝食、野菜サンド、紅茶。

職場に向かい授業。

その後、清水内科に車で向かい

いつものように安部先生の診断を受けました。

血圧を調べた後、先生が

「トイレによく行くようになったの」

と申しますので

「ええ、トイレが近くなってそのことを心配していました」

と答えますと

「そうか、服用していた薬、利尿効果があったからね。

あんたは薬に敏感なんだよ」


と言われ褒められたのかどうかよくわからず(笑)。


それにしても利尿効果があるなんて早く言ってくれればいいのに。

でも、夜トイレによく行ったのはそのせいだったのかどうか。

これまで体が老化、劣化して自然にトイレが

近くなっていると信じていました。

しかし、先生にそう言われて思い出したのは

いただいていた降圧薬が切れたのは三日前。

この二日薬を飲んでいなかったせいか

夜トイレに行くことは確かになくなっていました。

そうなるとやっぱり薬のせいか。

ウ――ム、どうもよくわからないなあ。

先生が今度はいただいている二種類の薬のうち

利尿効果のある方は別な薬に変えましょう

ということになりました。

これで安心して隣の薬局に行きますと

今度は薬剤師の方が

「こちらの変えた薬は少し心臓に影響しますので

ドキドキすることがあったら先生にご相談ください」

と申します。

ウ――ム、これはこれでそう言われると何やら

恐ろしい気もしてきます。

薬剤師の方が言うほどにはたいしたことはないのでしょうが

ノミのような心臓の持ち主の私にとって

薬はほんとうに恐ろしい気がします。


帰宅して一休み。

夕方、職場に向かい単科、夜間部の授業

いつもと変わらぬ12月の初日でありました。

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