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7月31日 (水) 暑さも「ヒステリーゾーン」です
昨夜は東京の次男からメールがありました。
相変わらずの愛想のなさです。
「どうも、旅男です。返事遅くなってすいません。今朝、荷物届きました。ありがとう。電子レンジの件ですが、全然問題なく使ってます。たぶん、おふくろはトースターと勘違いしてるんじゃないのかな?とにかく、いろいろ送って頂いて、ありがとう。また、メールします。ではでは。」
ウ――ム。
この最後の「ではでは」という表現がどうも好きになれません。
「ではまた」ならいいのです。
「ではでは」なんて舐めているのか。
それにこちらから物を送っても向こうから送ってきたことがありません。
一度くらいは
崎陽軒のシュウマイ。
銀座千疋屋の高級メロン。
肉の万世の高級松阪牛。
ニキニキニキニキ二木の菓子(?)
なんて送ってきたらどうなんだ!
二木の菓子なんてまだあるのかなあ。
懐かしや林家三平
そう言えば最近、
森永ミルクキャラメルもグリコキャラメルもカバヤキャラメルも
食べたことがありません。
一度くらいは
東京ドーム無料招待券。
宝塚無料招待券(私は要らない)。
上野動物園無料入場券(?)
くらい送ってきたらどうなんだ!
子どもが子どもなら妻も妻です。
「お前さん、電子レンジとトースターを間違ってどうするんだよ」
と私がおっかなびっくり聞くと
「どっちも似たようなものじゃない」
というご返事であります。
ムッムッムッ!
このご返事にはさすがの私も震えました。
おおらかというかおおまかというか。
おおざっぱというかアバウトというか。
炊飯器と皿洗い器の区別もついていないのでは?
もしかしたら阪神と巨人の区別もついていないのでは?
妻の頭の中では人間だって次の区別しかないのかもしれません。
宝塚の人と宝塚ではない人(笑)
今日は温度計の水銀が爆発しそうな暑さでした。
よりによって仕事で各校舎を廻りました。
3時間近くかかるドライブです。
この暑さでは車のエアコンも効きやしません。
煙草を吸おうとするとライターが勝手に発火してしまいます(?)
車の運転手がみんな
燃える男・燃えている女
に見えます。
それにしては顔が疲れていますが。
まるでアラビア半島をドライブしているみたいです。
それに対向車線の車がみんな発熱して汗をかいています(?)
車を走らせながら小学生の頃見た
「ミステリーゾーン」
というテレビ番組を思い出しました。
30分で一話完結になっているアメリカのテレビ番組でした。
その中で太陽が地球に急速接近し気温が急上昇し人々が死に絶えていくという話しがありました。
実はそれが妄想で現実は太陽がどんどん遠ざかって寒さが我慢できないほど地球が冷え込んでいくという話でした。
どうしてこんな話を40年近く過ぎても覚えているのか。
と思わせるほどの暑さでした。
帰宅してエアコンを入れても聞いている感じがしません。
巨人が勝っている時に、阪神が代打八木の満塁ホーマーで勝つようなものです。
効果が全然ない(笑)
イチローが18打席ぶりにヒットを打ちました。
マリナーズはサヨナラ勝ちで長谷川は6勝目を上げました。
とかなんとかしているうちにもう7月も終ろうとしています。
8月の夏休みの旅行計画なんて何もありません。
8月は妻と仲良くオセロゲームでもしながら生きていくか。
7月30日 (火) パソコンについては頭が「ワン切れ」
昨日は早く布団に入り図書館から借りてきた
「下落合シネマ酔館」 赤塚不二夫・やまさき十三 (小学館)
を馬鹿笑いしなが読みました。
映画が好きな人は断固この本を読むべし。
映画は映画館で見るべし。
こう書いている私がこの20年近く映画館に行ったことがありませんが。
この本は、戦後から映画館で映画を見た人の気分がよく出ています。
赤塚不二夫は、昔は、女優も男優も美しかったと書いています。
そう、本当にエリザベス・テーラーよりも松原千恵子はきれいだった(笑)
松原千恵子の若い頃の泣き顔を思い出します。
すると自分の顔がポッと赤くなります。
それだけで胸がキュンと締め付けられます。
先日、どうしたわけでしょう。
テレビのバラエティ番組に
小林旭と松原千恵子が揃って出演していました。
私はその時はもう興奮と緊張と嫉妬の極みにいました。
いや、違うように言えば至福の極みか。
まわりのジャリタレなんてみんな死んじまえ(笑)
今朝は起きて新聞を読むと、
大阪方面で「ワン切り」業者の大量発信が原因でこの地域での受信と発信を制限したそうです。
これを「ワン切り」障害というそうです。
しかし、私には「ワン切り」がわかりません。
朝日新聞はこの記事の最後に私のような人向きに
・・「ワン切り」とは、携帯電話の着信音を1,2回だけ鳴らし、発信側の番号を表示して切ることを言う。知人からの電話と思ってかけ直すと、出会い系やアダルト系番組の案内が流れる・・・
という実に懇切丁寧な説明をしてくれています。
これを読んで何となく私もわかったような気がしました。
しかし、最近は自分の無知にあきれるばかりです。
例えば先日図書館から借りてきた
「55歳からのパソコン用語」 間地秀三 明日香出版社
を読みだしました。
そして、私はたった数ページで重大な誤解に自分自身気付いた次第です。
「パソコン本体」という言葉があります
私はこの本を読むまで
「パソコン本体」とは「ディスプレー」
のことだとずっと信じていたのでした。
お前さん、馬鹿か。
と言われてもどうしようもありません。
きっと、私の頭の中にはテレビという存在があったのでしょう。
テレビ同様ディスプレーが最も重要なパソコン本体だと思っていました。
その事実に気づいた時、私は、
「ハッ、ハッ、ハッ」
と一人で笑って誤魔化しました。
しかし54歳の一人芝居も辛いものがあります(笑)
ただこのことはみっともなくて妻にも報告できません。
何故かわかりませんが妻の勝ち誇ったような姿を思い浮かべるだけで腹がたちます。
しかし、本当にこんなことも知らずに自分でよくHPを更新しています。
これは人生の何たるかを知らずに人生を生きているようなものなのでしょうか。
仕事にでかけて帰ってくると一枚の葉書が届いていました。
昔の卒業生です。
アメリカの大学院を卒業して帰国したそうです。
住所変更のお知らせです。
もう10数年近く前の生徒のはずです。
今でも18歳の浪人生の時の顔のままで思い出してしまいます。
就職は大丈夫なんかいな。
と思わず心配になってしまいます。
インターネットで「ヤフー」を見ていて次の記事に遭遇しました。
日本の新聞の記事と取り上げ方が全然違うので驚きました。
長くなりますが参考のためにお読みください。
文化の違いというものを実に感じさせてくれます。
イチロー“ハラキリ発言”に全米大反響
【シアトル(米ワシントン州)29日=岩渕直一】イチローの“ハラキリ・コメント”に全米騒然!? 前日のエンゼルス戦の八回、バントと走塁の連続ミスを犯したマリナーズのイチロー外野手(28)。試合後に「僕個人のワーストゲーム。記憶の中で、チームにこれだけ悪い影響を与えたことはありません」と、首位転落の責任を1人で負うコメントを残した。この発言が大反響。ハッキリ言って、アメリカ人は明確な証拠を大量に突きつけられない限り、自分のミスを認めることは滅多にない。この傾向はスポーツマンでも同じだ。その社会でイチローが、自ら“戦犯”だと進み出た。この潔すぎる態度に、現地のメディアだけでなく、マ軍のチームメート、さらには敵将までもが驚かされている。 シアトル・タイムス紙は1面トップの見出しで「イチローが敗戦の全責任を引き取った」と報道。スポーツ分冊では「この試合、責められるべき存在は他にいくらでもいた」とイチローの態度に敬服している。また、先発したベテラン左腕のモイヤーも「彼は満塁の状況で落球したわけじゃないだろ」と、八回無失点の好投が報われなかったにもかかわらず、イチローを擁護。エ軍のマイク・ソーシア監督までもが、「私は走塁ミスとは思わなかった。二塁を取られていれば、われわれのダメージは大きかった。ホセ(エ軍のモリーナ捕手)のプレーが素晴らしかっただけだ」と発言した。批判の的はバントを命じたマ軍のピネラ監督に向けられた。試合を中継した米FOXテレビでは「そもそも、どういう発想で世界最高の打者にバントのサインを出したんだ」と素朴な疑問を提示。 試合後の会見を拒否したことにも、「イチローに比べてあの態度は何だ」と別の局のスポーツキャスターが非難した。MLBの公式HPも「会見をやったところで、采配(さいはい)の説明はできなかっただろう」とバカにされる始末。 「反省材料はいくつもあります」とイチローは雪辱を期す。残り57試合。汚名返上に燃えるイチローのプレーが、恐怖にも感じられてきた。
がんばれイチロー!!
7月29日 (月) 「しゅうかつ」ってわかりますか
昨夜は最悪でした。
ヤクルトVS巨人戦、見なければよかった。
3対3に追いつき、
よし、これならヤクルペースだと思っていたら
9回に先頭打者の松井がホームラン(泣)
この4試合、大リーグのスカウトでも来日していたのでしょうか。
4試合連続ホームランなんて気合が入りすぎています。
♪ 夢ははかなく消えて今日も闇をさすらう
思わず、小林旭「北帰行」の歌詞を思い出してしまいました。
で、阪神はと思ってスポーツニュースを見ると
阪神VS中日は1対3で阪神が負けています。
巨人戦で持っている力を使い尽くしたのか。
それに勝利投手はなんと山本昌であります。
どうだ、星野、我々を見直したか
という中日ナインの声がここまで聞こえてきそうであります。
はい、これで巨人と阪神は9.5ゲーム差。
巨人とヤクルトは10ゲーム差。
ペナントレースは昨日でもって終りました(笑)
蒸し暑い一日でした。
仕事も終わり帰宅しようとすると昔の卒業生が顔を出しました。
外資系の会社に就職も決まり意気軒昂なものです。
この大学生は1年生の時から仕送り無しです。
完全自活で生きてきた立派な学生です。
中国風に言えば人民英雄です(笑)
「就職が決まってよかったじゃない」
と言うと
「しゅうかつは大変でした。金ばかり掛かって」
と愚痴を言います。
「しゅうかつ?」
また、でた、「ぱんきょう」に続く謎の言葉です。
「とんかつ」はわかっても「しゅうかつ」はわかりません。
「しゅうかつって何のことだよ」
と聞くと
「就職活動のことです」
と答えました。
なんだ、NHKアナウンサーのギャグと同じくらいつまらない。
「ぱんきょう」が一般教養。「しゅうかつ」が就職活動。
よほど、
「のがみ」って何か知っているか
と聞こうと思いやめました。
同じほどつまらない意味ですが
これは「上野」をさします。
的屋の用語で上野を逆に読んで「のがみ」だそうです。
しかし、昔は本当に生きていくのがやっとというような浪人でしたが、
まったく今は違います。
よく喋ります(笑)
今は「ブックオフ」でアルバイトをしているそうです。
ブックオフは私も以前はよく行っていたので
「ブックオフに入って行った時のあのいらっしゃいませというでかい掛け声はなんとかならないのかよ。本屋に入った気分がしないよ」
と文句を言うと、
「先生、ブックオフは本屋だと経営者は思っていません」
と答えます。
はい、わかりました。
それで話しは終わり(笑)
ただあの掛け声はブックオフでは
「やまびこ」
と呼ぶそうです。
そうか、俺はうるさいやまびこをいつも聞かされていたのかと思った次第です。
♪ あなたと呼べばあなたと答える山のこだまのうれしさよ・・・
という歌まで思い出しました。
なんにもうれしくありません。
彼に聞い面白かったのは、
別な古本屋が売れ線のコミックを大量に買いにきてそこでブックオフの店員とバトルが起こるという話でした。
その古本屋は若干金額を上乗せして自分の店で売るのです。
ブックオフ側としては目玉商品であるコミックを大量に買われてしまいます。
当然、商品の構成がメチャクチャになってしまい死活問題になるそうです。
当然レジで言い争いが生じます。
そのバトル一回見てみたいなあという気がしてまいります。
ヤクルトVS巨人戦より面白いのでは(笑)。
本人はこれから外資系に就職して
最後は起業しようと考えているそうです。
どういう業種の会社を起業するのかと聞くとこれが欲が深い。
システム+環境+利益
という業種を起業するそうです。
大切な環境をシステム管理するということでしょうか。
私にはさっぱりわかりませんが。
私が真面目な顔をして
「よし、起業したら俺を顧問にして月々の手当てを頼むよ」
と言うと、
「この人は一体なんなのだ」
という表情をして絶句してしまいました。
そこで私は彼と別れ帰宅しました(笑)
しかし、私から見ると若いうちは本当にいい。
いかなる夢でももてるだけ幸せというものです。
彼が就職先で技術を身につけ起業に成功するなんて素晴らし。
あの死んだように生きていた浪人がと思うと感慨もひとしおであります。
人は自分を変えることができる。
これが予備校の講師生活から得た私の信念です。
そして変わらないのは水の流れと私だけ(泣)
7月28日 (日) 「橋の下」伝説はどこでつくられたのか
今日は朝7時ごろに目覚めました。
疲れていたのかぐっすり眠りました。
昨日とは違い曇り空で多少は涼しくなりそうな気配がしました。
HPを見ておりますと「ちこ」さんという方から投稿がありました。
一部紹介させていただきます。
・・・(略)・・・
「橋の下」伝説・・懐かしいです。
私が言われてきた最後の世代では?と思います。
姉妹ケンカになると決まって「あんたは橋の下から・・」
と言っていた記憶があります。
今は絶対言わないですよね。
あれは流行語だったのですか??
7月24日にも「ゆきんこ」さんという方から投稿がありました。
これも一部省略して紹介させていただきます。
・・・(略)・・・
私も小さい頃「橋の下から拾ってきた」と言われた記憶がありますよ。
でも小さいなりに冗談だとわかっていたせいか、あまりに父親そっくりなので疑いようがなかったせいか、とくに気にもしませんでしたけど。
この2人の方はきっとこのHPの「母とは何か」という文章をお読みになって書いていただいたのだと思います。
「母とは何か」にも書きましたように、私は子どもの頃、母親にそういう風に言われたことがずっとトラウマになっていました。
しかし、この2人の方の投稿を読ませていただいて
自分が考えすぎていたのかなとも正直思いました。
それゆえ、自分の母親に対するある種の感情は別なところに原因があるのかとも考えました。
さて私の感情はさておき、私が現在興味があるのは以下の「フレーズ」がどこから生まれてきたのかということです。
「お前は橋の下で拾われた子供だ」
朝からずっとこのことを考えていました。
こんな書き方をすると、
おまえさん、暇なんかよ
と声が掛かってきそうです、まあ、暇なんでしょう(笑)
それに、他のことを考えているよりましです。
また私にとっては重要といえば重要なことですから。
この言葉の由来には諸説があります。
1 これは「桃から生まれた桃太郎」の話と同じである。
つまりおばあさんが川に洗濯に行くと桃が流れてきました。
その桃から男の子が生まれ桃太郎と名づけられました。
この伝説と同じではないかということです。
つまり貴種流離伝説の一つとして昔からこのフレーズは日本に存在していた。
だからこの「橋の下で拾われた」という表現には、子供を厭ったり嫌ったりする気持ちはまったくない。
2 これは大正時代、日本の都市で生まれた言葉である。
つまり、当時、アメリカから産児制限提唱者あるサンガー夫人が来日した頃は日本の底辺労働者の多くが「貧乏人の子沢山」という状況におちいっていた。
その頃に自然発生的に都市の労働者の間に生まれた言葉である。
3 大正年間に農村地帯において生まれた言葉である。
この時代には、さすがに、もう、生まれてきた子供を死に至らしめる「間引き」という風習が死滅しつつあった。
「間引き」とは子供が多くなるのを親が拒否する為に「口減らし」をすることをさしていた。
農村において土地をもたず地主に雇用されて働いていた小作人たちが、自分の子どもを間引きするわけにもいかず、そのことを呪って子供につきつけた言葉である。
4 1945年の太平洋戦争終結後に出来た言葉である。
戦後、餓死者が出る程の食糧難と飢えの中で、家族で食事を巡る争いから自然発生的に生まれた言葉が全国的にひろまった。
5 旧満州(現中国東北部)で生まれた言葉である。
同じく終戦直後に、大日本帝国の崩壊とともに外地の日本人は内地に引き揚げざるをえなくなった。
その時に、自分たちが生き残る為には現地に子供を残さざるをえなくなった親がたくさんいた。
その時に苦し紛れに発した言葉が日本内地に持ち込まれ戦後も生き残った。
6 この言葉はラジオ放送から始まった
同じく終戦直後に非常に視聴率の高かったラジオの中で放送されたラジオドラマの中にこの言葉が使われ一気に全国的に使われるようになった。
以上の諸説があります。
私はどれが正しいのかまったくわかりません。
しかし、解答はこの中にあるのは間違いないかのように思っています。
さて、もうこの日記に慣れている読者にはおわかりになったと思います。
この諸説は全て私の創作です(笑)
しかし、私がこの言葉を母親から言われたのは小学生の頃です。
私は1947年(昭和22年)生まれです。
ですからどう考えても
1952年(昭和27年)から1959年(昭和39年)頃にかけて聞いている筈です。
そして「ちこ」さんや「ゆきんこ」さんの私よりずっと若い世代さえこの言葉を聞いているのですから。
1980年代くらいまではこのこの言葉は生き残っていたと推定されます。
現在も一部で使われているかもしれません。
なお、ヤフーで「橋の下で拾われた子供」で検索すると13件にヒットしました。
しかし、この表現を使用なさっている方はありふれた表現として使っているように思えました。
その由来について記したものは何もありませんでした。
「広辞苑」も引いて見ましたが該当するものはありません。
午後に高崎市立図書館に行き、
「流行語」「死語」の類の本の索引に眼を通しましたがありません。
どなたかこのフレーズの由来について、ご教示いただけないでしょうか。
掲示板にでも書いていただければ幸いです。
よろしく御願いいたします。
はてさて日記とは呼べない内容になってしまいました。
昨夜、妻が娘と電話で話しをしました。
そのおり、長女が次男と結婚式の披露宴で隣の席で話しをすると、
次男が毎日食事をろくにとっていないということでした。
心配した妻が今日次男に電話して食事をちゃんととらないと、と説教しました。
私も電話に出て
「飯くらいちゃんと食え」
と言いましたが
「金がないんで」
という言葉に絶句しました。
「アルバイトをまた探すから」
と本人は申しておりました。
次男の話しによると長女にその食事の話をした時に長女が
「お前、食事をちゃんとしないと筋肉が落ちて脂肪だけになっちゃうよ。お前、腕がブヨブヨだろう。私の腕に触ってみな」
と言われ、実際に触ってみたそうです。
すると次男が驚くほどガッチリしていたそうです(笑)
それからまた
「なんだったら私が仕送りしてやろうか」
とまで長女は言ったそうです。
その話を聞きながら私は笑ってしまいました。
「賢姉愚弟」
とはこのことか。
7月27日 (土) 箱寿司をテイクアウトすべきだったのか
またまた最初は
昨夜の阪神VS中日。
阪神が連夜の逆転勝ち。
一度あることは二度ある。
柳の下にどじょうは三匹いたのか。
今日もまた暑い一日でした。
妻に車を運転してもらって
埼玉の不動岡高校PTA第八支部主催の講演
に行ってきました。
しかし、会場のある大利根町というところまでは遠かった。
「母を訪ねて三千里」まではいきませんでしたがたっぷり2時間かかりました。
往復4時間、講演時間1時間15分です。
5月頃に私の本を読んだPTAの支部長の方よりお電話をいただき今日の講演になった次第です。
不動岡高校を私は間違って「ふどうがおか高校」と勝手に読んでいました。
正しくは「ふどうおか高校」です。
受験生の頃、一期校は大阪大学を受験しました。
帰りに予備校でも見ておこうと思って立ち寄りました。
その立ち寄った予備校は確か「夕陽丘予備校」という名前でした。
これは「ゆうひがおか予備校」と読みます。
ただ名前のかっこよさで訪ねただけです。
大阪大学の試験科目には理科がありました。
私は理科の勉強を全然していませんでした。
しかたなく一番簡単そうな(?)「生物」で受験しました。
これでは、会場で問題を見ても正解がわかるわけがありません。
こうなるとできることは一つ。
合法非合法スレスレです。
監督官にわからぬよう必死で隣の受験生の答案をカンニングしました。
こいつが優秀な奴であれば私も合格する。
どうしようもないや奴なら運命をともにする。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。
何という大胆さ(笑)
しかし、やんぬるかな。
こいつが受験していたのは「化学」。
思いもかけぬアクシデント。
天はわれを見放したのか。
もちろん大阪大学経済学部は不合格でした。
しかし、「ゆうひがおか予備校」なんて今聞いてもかっこいい。
負けず劣らず「ふどうおか高校」という名前もかっこいい。
それに進学率もいい・部活も盛ん・非行も起こらない。
文部省推薦のような素晴らしい高校です。
ただし生徒が少しだけのんびりしているようですが(笑)。
PTAの出席者は80名ほどでした。
皆様、いい方ばかりで私の拙い話におおいに笑っていただけました。
笑っていただけた時が講演者としては一番ホッとします。
その後、同じ会場で懇親会がありました。
私も参加させていただきビールと美味しい食事をいただきました。
帰りの車の中で
「あの箱寿司おいしかったなあ。遠慮せずにもっと食べるか、または、折りにでも詰めてテイクアウトしておけばよかったなあ。俺は育ちが良すぎてそういう大胆なことができないのかなあ」
としみじみと私が申しますと、
妻はフンと鼻で笑いながら
「あんた、いい歳していつまで経っても食い意地が張っているのね」
なんて返し口をします。
・・・食い意地が張っているのはどっちなんだよ・・・
という言葉を私はぐっとこらえました。
夫として大人(たいじん)の風格が大切です(笑)
それでも、私にとっては久しぶりに楽しい一日でした。
しかし、2時間掛けて帰宅したら8時40分を過ぎています。
あわてて居間にエアコンを入れパンツ一枚になりました。
それからパソコンに向かってこの「たそがれ日記」を書いています。
忙しいったらありゃしない。
それから妻が長女と居間の横で電話をしています。
実は今日は私の甥の結婚式が東京でありました。
この講演のお話が先にあったため私と妻は出席できませんでした。
それで私達夫婦の代理として長女と次男が出席したのです。
そのことについてグチャグチャ二人で話をしています。
その話しを盗み聞きしながらこの日記をつけていると疲れます(笑)
では皆さん今日はこのあたりでお赦しを。
7月26日 (金) カニの怨みは恐ろしい
またまた最初は
昨夜の阪神VS巨人。
阪神が沖原のホームランでサヨナラ勝ちです。
それも乱闘つきですから阪神ファンにはたまらなかったでしょう。
それにしても巨人の入来投手の気の強さには驚きました。
アリアスに立ち向かっていったのですから。
おいおいおい、昔、阪神のバッキーというピッチャーが乱闘騒ぎの時に小指を骨折、選手生命が断ち切られたことを忘れちゃ駄目だぜ。
注意一秒・怪我一生。
アンチ巨人の私がどうして敵に塩を送っているのか(笑)
昨日は掲示板に投稿いただいた方にお返事を打ちながら、
子供さんの人数を間違えました。
間違えていますという指摘をいただき落ち込みました。
ただただ申し訳ないと思っております。
こういうことがないようにこれからも注意します。
今日は職場に行き仕事です。
仕事をしているとリズムが出来ます。
こういう暑い時はキチンと仕事をしている方が体調がいいかもしれません。
休みの過し方が私など下手なのでしょう。
休日の時の妻を見ていると本当にうれしそうというか楽しそうというか。
私などもっと見習うべきなのでしょう。
それにしても不況です。
この熱さです。
家電業界はエアコンなどが跳ぶように売れて景気がいいのではないか。
当然の推定です。
ところが、テレビを観ていると
家電の売上は6パーセントほど減っています。
アレッ、ワールドカップでテレビが爆発的に売れたんじゃないか。
と、考えながら私の家もこの数年家電を何一つ買っていないのに気づきました。
それに以前は春か夏に一度は妻と旅行に出かけていました。
それも遠い昔のお話になってしまいました。
新聞によると今年の夏の旅行の一番は故郷への帰省だそうです。
私もただひたすら忍の一字。
この不況の嵐が過ぎ去るのを待っているだけです。
そう言えば十数年まえに、
妻と一緒に兵庫県の城之崎温泉に旅行しました。
志賀直哉の「城之崎にて」で有名な温泉町です。
妻に様々な迷惑を掛けた罪滅ぼしの旅でした(?)
城之崎温泉はあたりの旅館のお湯に安い回数券で入れます。
これで4軒くらいお湯を廻ったのでしょうか。
これでいい気分になりました。
夕食のおかずは越前蟹でした。
冷たいビールにカニ料理です。
さあ、命懸けで食べるか。
と思っていると部屋の電話がジャーンとなりました。
何事かと不思議に思っていると、
「お電話です」
と旅館の方に言われて相手が変わると、これが職場の同僚です。
はるばると群馬県から電話してきたわけです。
そして、開口一番
「あのー、カリキュラムの件ですが」
「・・・・・・・(絶句)」
家に残してきた子供たちに立ち回り先の旅館を教えていたのが仇になりました。
冷えたビールとカニを前にして仕事の話です。
妻は勝手にガンガン食べ始めました。
私は横目でそれを見ながら電話で話すこと30分。
カニを食べるのを楽しみにしていたのがカリキュラムの話しです。
カニ・カニ・カニ・カニ・・・・
が何時の間にか
カリ・カリ・カリ・カリ・・・・
となってしまったのです。
それ以来、カニを見るたびにこの時のことを思い出します。
城之崎温泉よりも越前蟹を前にして掛かってきた一本の電話の方が印象に残ってしまいました。
さて職場で東京から見えている講師の一人の方が
今日こういう事件があったよと話してくれました。
何か現代という時代を考えるのに大切な話しにも聞こえてきますので書いておきます。
この文の内容の責任は私にあります。
この講師が今朝満員の地下鉄で立っていると、
離れたところに立っていた中年男性の胸ポケットで携帯の着メロが鳴りました、
その方は急いで切りました。
ところがその肩の前に座っていた若い男性が、
「着メロを鳴らすなんてどういうつもりだよ」
と怒り出して中年男性の携帯を奪って車内に投げました。
その若い男性は障害者用の椅子に座っていました。
すると今度は中年の男性は
「障害者がそんな暴力をふるってどうするのだよ」
と怒鳴ったそうです。
後は殴り合いです。
結局、次の駅で一人が降り次で一人が降りてことは終ったそうです。
その講師が私に聞いたことは以下のことです。
「私はこういうことの仲裁に入るのは嫌いではないのですが先生ならどう仲裁しましたか」
ということです。
ムッムッムッ・・・・。
どうして朝からそんなことを聞くんだよ(笑)
と言いたくなりましたが確かに難しい。
まず、中年男性が着メロをすぐに切ったのに、文句をいうこともなかったのではないか。
という気がします。
その上、どうして携帯を奪って放り投げるようなことをしたのか。
これがまずわかりません。
次に中年男性が
「障害者がそんな暴力をふるってどうするのだよ」
と叫んだことが問題です。
別に喧嘩両成敗ということでもないとは思います。
しかし、どこか釈然としない話です。
どうしてその講師が私に喋ったのか。
またどうしてその話を私が気にしてここに書いているのか。
私には今の人々がイライラしている閉塞状況を語っているようなエピソードだと思えたのであえて書いた次第です。
私ならどうしたかというと正直に言って
他の多くの乗客と同じように、黙って立ったまま、朝刊の紙面に顔を埋めていたでしょう(笑)
どうしてこの日記はいつも書いている本人が脱力感に襲われるような結論ばかりになるのか我ながら不思議です。
読者の皆様もイライラしてきたら自分を振り返りましょう。
心の余裕、これが大切です。
今日は新しく「たそがれ親父の歌」というページを立ち上げました。
暇な方はご覧になってください。
7月25日 (木) 我がHPは崩壊寸前(?)
昨夜の阪神VS巨人、
阪神が何故か勝ってしまいました。
藪がわき腹を痛める。
桧山はフェンスに激突、右肩負傷。
満身創痍の総力戦と書けばカッコいいのですが何かが違う。
それでも勝ちは勝ち。
それも浜中のホームランによるサヨナラ勝ちです。
コレで巨人とのゲーム差は8.5ゲーム。
まだまだいける・・・・・・・・・・のか(笑)。
それにしても昨日は
田中真紀子デー
だったのでしょうか。
テレビでゲップが出る程田中真紀子の顔を見せていただきました。
こんなことを言うとまた不謹慎だと言われそうですが、辻元清美さんの参考人質問の時とは違い、
田中真紀子さんは美人になったように私には見えました。
本当にそう見えましたよ。
辻元清美がアマなら田中真紀子はプロなのか。
これで田中真紀子が
「秘書の給与の問題がどうしたのというのよ。それより今の不景気を何とかする方が問題でしょう」
なんて啖呵でも切ればよほど面白かったのでしょうが。
何度も同じことを書いていますが、倫理、倫理と言いすぎても仕方がないのと違いまっか。
「清く美しい倫理的政治」
なんて形容矛盾でっせ。
政治というのは、
政敵を蹴倒す。
相手を騙す。
大の虫を生かすために小の虫を殺す。
目的の為なら手段を選ばない。
悪に強いは善にも強し。
清濁併せ呑む。
こういうものではないでしょうか。
「人畜無害・八方美人・NHK青年の主張コンクール的政治」
なんてのは絵に描いた餅でっせ。
大衆はきっと多少の汚職があったって景気がよくなり生活が向上すれば文句言いませんぜ。
私はこれでも選挙権を得てから
30数年自民党に一回も投票したことはありません。
その私が新聞が「自民党的体質」なんて非難しているのを読むと、おいおいおい、
じゃー、「民主党的体質」なんて一体何なんよ
と言いたくなりますぜ。
何も違わないぜと私は思っています。
それに、外務省の官僚と大胆に戦った田中真紀子に、
たった半年前まで拍手を送っていた大衆はいったいどこに消えてしまったのかなあ。
朝日新聞も田中真紀子が外務大臣に就任した時には
読者が驚くほど提灯記事を書いていたんじゃないの(?)
大衆がマスコミに不和雷同する。
マスコミが大衆に媚びを売る。
お互いが右顧左眄していてこの先日本はどうなるの。
この世間や新聞の変わり身の早さだけは、無節操な私といえどもついていけません。
特に昨日テレビを見ていて街頭でインタビューを受けた人が
「あの人はお父さんの角栄さんがああいう人だったから」
と非難していたのには腹が立ちましたね。
子供が悪いことをすると
「あそこは親父が親父だから」
と言うのとそっくりじゃないですか。
親と子供は関係ありませんぜ。
こんな考えを持っていたんじゃ日本はいつまでたっても駄目ですよ。
それにロッキード事件だけで田中角栄を見るなよ。
田中角栄は日中国交回復を成し遂げた偉大な政治家です。
他の政治家にできたかよ。
と言いたくなります。
しかし、勝てば官軍・負ければ賊軍。
桐一葉落ちて天下の秋を知る。
という奴なのでしょう。
今日も暑い一日でした。
こう書いて勝手に話しを方向転換することに私はいつも言い知れぬ恥ずかしさを感じています(笑)。
今日は授業の合間で仕事が休みでした。
朝からパソコンをいじっていました。
パソコンをいじっているのが一番金がかかりません。
インターネットはフレッツISDNですので一定料金です。
使い放題ですから心配ありません。
フレッツISDNに加入する前には私がインターネットで遊んでいると、
不意に背後に現われた妻が電話料金を心配して
「あんた、オフライン作業にして。オフライン作業にして」
と呪文のように唱えていたものでした(笑)
これも「日本むかし話」の類になってしまいました。
それでインターネットで遊んでいるうちにまたまた
「アクセス無料解析」
を取り付けました。
この作業が簡単にできるようになった自分に感動しているのです。
あと、半年も過ぎると、
私のHPのトップページは「無料カウンター」と「アクセス無料解析」のバナーで埋まっているのではないでしょうか(笑)
ついでに
「無料ホームページ診断」
という項目を見つけ、問に対していい加減にマークして結果を見ると下のような診断がなされました。
あなたの得点は35です!
■解説
貴方のサイトは、崩壊寸前。かなりの努力が必要です!
もっとがんばれ〜、ファイト〜、くじけるな〜。怒らないでね!
ムッ・ムッ・ムッ・ムッ・・・
この診断テストの満点は1000点なのか200点なのか100点なのか50点なのか、それとも35点なのか。
100点にきまっているだろう。
私もそう思います。
危うし、たそがれ親父。
崩壊寸前?
あくまで「寸前」がいいですね。
崩壊しつつある、崩壊してしまっている。
とは書けないでしょうね(笑)
怒らないでね!
なんて可愛いではありませんか。
と、余裕ありげに言いながら
実ははらわたは煮え繰りかえっているのだ(笑)
ああ、星野監督の気持ちがよくわります。
7月24日 (水) 石原慎太郎はアンチ巨人だった
今日は昨日と比べるとしのぎやすい一日でした。
気温も少し下がったのでしょうか。
昨日は阪神VS巨人戦を少しテレビで見てすぐにやめました。
どう見ても阪神が勝てる気がしなかったからです。
月曜日には民放で
星野仙一監督の特集
をやっていました。
星野監督の奥さんが亡くなった時の話しは、私は以前NHKのビデオで見た記憶があります。
星野監督は愛妻家でした。
その時のNHKの放送でその事実を知り心を動かされました。
また、今回の放映を見ても感動しました。
星野監督は1947年に岡山で生まれたそうです。
まったく私の同世代ということになります。
しかし、私の胸を打ったのは別のことです。
星野監督はある意味で華やかな人生を送っています。
しかし、あの歳で一人暮らしというのは寂しいのではないか。
そういう視点で見るとどこか
星野監督にもひどく哀愁が漂っていました。
その番組では石原慎太郎都知事が星野監督と対談していました。
私は何も知りませんでしたが、驚いたことに
石原慎太郎はアンチ巨人です。
そうだったのか。
まだ、日本に未来はある。
杉作、日本の夜明けは近い。
石原さん、まさか、政治家としてのリップサービスではないでしょうな。
慶應義塾大学を創設した福澤諭吉は
「封建制は親の仇でござる」
と語ったそうです。
この広い日本には、
徳川幕藩体制下の天草の隠れキリシタンのように、
薩摩藩の浄土真宗隠れ念仏の門徒のように、
様々な弾圧をかいくぐり、想像を絶する受難の中で、
歯を食いしばりながら
「巨人は親の仇でござる」
という正しい信念を捨てずに生きている人がたくさんいます(笑)
本当にいるのかよ(?)
うるせえ、信じるも者は救われる。
私は「アンチ巨人」を
わが家の家訓・私の遺訓
にし子々孫々に伝えていくつもりでおります。
私が亡くなった時には妻が私の墓を建てるくらいの経済的余裕があるなら
「生涯アンチ巨人ここに眠る」
という碑文を墓石に彫ってほしいと今から頼んでいます。
もしかしたら,もしかして、妻は、墓は別々にしようと考えているかもわかり
ませんが(笑)
妻には話していませんが、もし妻が先に死んだら私は墓に
「生涯一宝塚ファンここに眠る」
という墓碑銘を彫ってあげるつもりでいます。
この死後をも配慮したこの麗しい妻に対する心遣い!
感動ものです。
自分で言ってどうする?
どうもしませんが。
しかし、私のこのような巨人に対する燃える闘魂を子々孫々に伝える為には
残念ながら一つだけ致命的欠点があります。
それは言うも恥かしいことですが、
わが家の長男も長女も次男も誰一人プロ野球に興味がないということです(笑)
ああ、何という人生の皮肉。
この苦渋に満ちた親子の断絶と相克。
父親の生涯をかけた情熱がまったく伝わっていなかったのでありました。
それにしても子育ては難しい。
職場に行く前に新聞を読むと、
イスラエルがパレスチナ自治区であるガザをF16戦闘機で爆撃した後追い記事が出ています。
空爆で15名が死亡、150人も負傷者が出たそうです。
人口が密集している住宅地を爆撃したのです。
こんなことが赦されるのでしょうか。
この空爆した国は
ISRAEL(イスラエル)よりNAZIRAEL(ナチラエル)
という国名の国家のように思えてきます。
帰宅して夕刊を見ると今度は群馬県で女子高校生が殺害されています。
先日は東京駅で万引き犯人を追ったコンビニの店長が殺害されました。
犯人は逮捕されたそうですが、550円の万引きで人一人が命を失いました。
本当に厭な世の中です。
日本に明るい未来はあるのでしょうか。
7月23日 (火) 軽井沢の別荘に行きたいなあ
昨夜は途中まで観ていた
「復讐するは我にあり」
を最後まで観ました。
やはりこの作品は今村昌平の傑作でしょう。
特に浜松で売春宿を経営している
小川真由美に心が動かされました。
母親の清川虹子が殺人を犯した故に金持ちの妾となってしまう娘です。
そしてパトロンの北村和夫が売春宿を経営させます。
小川真由美は
真の愛情というものを心の底で求めていたのでしょう。
そこに登場したのが連続殺人犯の緒方拳です。
これが京都大学の教授に化けて詐欺を働きます。
この詐欺の巧みさは勉強になります(?)
結局小川真由美は緒方拳に殺されます。
しかし、本人は覚悟をしていたような節もあります。
緒方拳もまた後から刑事に自分がなぜ殺したのかその理由がわからないと告白します。
この殺人の場面が一番リアリティがあったように思えます。
またこの映画での殺人の前科があり競輪に狂っている清川虹子。
緒方拳の母であり夫の三国連太郎と息子の妻の倍賞美津子の関係を疑っている病気がちのミヤコ蝶々。
この2人の演技には鬼気迫るものがありました。
ビデオを観終わり、今度はテレビニュースを見ました。
前橋で起こった強盗事件で連れ去られた女性が無事保護されたと一斉に報道されていました。
よかった。よかった。
はてさて、朝、起きると今日もまた暑い一日であります。
職場に出かけ仕事です。
それにしても暑い。
まるでトタン屋根の上の猫状態です。
いやもっと言えば
毎日,毎日、鉄板の上で焼かれて、
いやになっちゃったタイ焼き
状態です。
こういう暑いときには、
私はひそかに一人で苦しんでいます。
この苦しみは他人にはわかりません。
その苦しみとは頭が痒くなることです。
確か先週の日曜日にY町のプールに泳ぎに行ってから髪を洗っていません。
それからこの2ヶ月ほど散髪にも行っていませんでした。
このような私には暑さは天敵であります。
よほど冬の方がすごしやすいのです。
髪が伸びすぎた上にこの暑さです。
私はこの1週間一人でこの痒さと闘ってきました。
負けられません、勝つまでは。
あまりに痒いので爪で髪をボリボリ掻くと
爪が真っ黒になります。
まるで黒いマニュキュアをした状態です。
結婚して何年か布団の中で私がこのボリボリを繰り返していると
「あんた、その音、やめて」
と結婚生活の夢破られた妻が絶叫したのものでした。
これこそが語られざる結婚生活の真実です。
ほんまになんのこっちゃ。
今日も今日とて机に向かいながら
「痒いなあ」
「痒いなあ」
と一人で泣いていました。
隣では、私の苦しみと関係なく同僚が話しをしています。
私と世代が近い同僚が昼飯にラーメンを食べている若い同僚に
「あんた、『男おいどん』ってマンガ知っている?」
と訊いていました。
もちろん若い同僚はしりません。
私は思わず一人で笑ってしまいました。
昔、勤めていた会社で後輩から
「先輩は男おいどんみたいな生活をしていますね」
とよく言われたからです。
私は神経質で几帳面で不精です(?)
毎日、風呂に入らないと落ち着きません。
しかし、髪を洗うのは何故か面倒なのです。
もしかすると頭髪は私にとっては体の一部ではないのかもしれません。
さすがに今日の暑さには耐え難きを耐え忍び難しきを忍んできた私にも限界でした。
こうなれば無条件降伏です。
遂に夕方、
決死の覚悟で(?)散髪屋さんに行きました。
私の貴重な黒髪が情容赦もなくバッサバッサと切られていきます。
「汚ねえ、髪だなあ」
という散髪屋さんの心の舌打ちが私にも聞こえてきます。
髪を洗ってもらうとすべての汚れが洗い流されていきます。
体がピュア―なミネラルウオーターになります。
もしかしたら
お魚になった私(?)
書いている本人が何を書いているのかわかりません。
帰宅して妻に
「どうだ」
と散髪したところを見せると
「いいじゃない。あんた、若返ったわよ」
と疲れた声で心なしか眼を逸らしながら返事をしました。
いつものあの一オクターブ高い声の弾みがありません。
営業用の、または義理で言っている言葉にしか過ぎませんでした。
この感動を夫婦で共有できない哀しさよ。
夕食をいただきながら妻に
「こんなクソ暑い時には軽井沢の別荘で1週間でも過せればいいのになあ」
と言いますと
「あんた、去年もおととしも夏になるとそう言っていたわよ」
と言われてしまいました。
こんないい夫(?)を舐めているのか。
ああ、このクソリアリズムには勝てません。
ロマンがないなあ。
それにしても軽井沢の別荘なんていつ手に入るのか(笑)
7月22日 (月) オーオーオー?
昨日は図書館に行かずにプールに泳ぎにいけばよかったのになあ
と思っていましたが
私の杞憂は杞憂に終わりませんでした。
巨人がまた勝ってしまったのでガッカリきました。
それで午後10時ごろから図書館から借りてきたビデオを見始めたのです。
最初が黒沢明の傑作「野良犬」のリメイク版です。
「野良犬」 松竹映画 森崎東監督 渡哲也 芦田伸介 松阪慶子
いやー、期待してみたのですが、やはり…。
三船敏郎と志村喬の主演した映画が傑作過ぎました。
リメイク版が常にレベルが落ちてしまうのも仕方がないのかもしれません。
今度の時代は昭和48年代に置かれていますがどうしても無理があります。
それに森崎東の感性も時代に合っていない感じがします。
いやはや結局1時間ほど観てブン投げてしまいました。
ゴミ処理のトラックの運転手に
私の好きな財津一郎
が出ていていい味を出していたのですが。
次にこれはニ度か三度既に見ている映画ですが
「復讐するは我にあり」松竹映画 今村昌平監督 緒方拳
三國連太郎 賠賞美津子
これは文句なく面白い映画でした。
佐木隆三が直木賞をとった原作です。
今村昌平がまだまだ元気で脂の乗り切った時の作品です。
連続殺人鬼をノンフィクション的に追った映画ですが、
主演の緒方拳にどこかとぼけた味と狂暴な面とがうまくミックスされ暗い映画に妙なユーモアを醸し出しています。
これが今村昌平の味のでた映画です。
それに清川虹子・都蝶々などの助演陣が充実しています。
しかし、
「お楽しみはこれからだ」
と、夜も遅くなったので考えて途中で観るのを止めました。
それからがいけませんでした。
布団に入り今度は
図書館から借りてきた本を読み始めたら切りがありません。
結局寝たのは3時半。
起床が7時半。
やはり健全な市民生活は難しい。
昨日、昼寝をしたのがたたったみたいです。
どうして早く眠ろうとすると時間がもったいないと思ってしまうのか。
そして朝は朝で目覚めながらどうしてもっと早く眠らなかったのかと後悔するのか。
私の人生はこのことの単調な繰り返しのように思えてきます。
困ったことです。
今日は梅雨明け宣言が昨日か一昨日に出たせいか暑い日でした。
職場に出かけて同僚と話していると、前橋方面は昨日から盛んに警察の検問が行われているそうです。
20日未明に前橋市の民家に散弾銃を持った男が押し入り19歳の娘さんを連れ去ったまま行方不明になっている事件です。
単純な強盗事件なのにどうして連れ去ったのでしょうか。
無事に発見されることを祈るのみです。
さて私も昔警察の検問を受けたことがあります。
職場から夜遅く帰ろうとして幹線道路から少し外れたところを走っていると
突然暗がりから2人の警察官が現われたのです。
その時は驚きましたね。
酔払い運転の取り締まりでもしていたのでしょうか。
「免許証を見せてください」
と言われて取り出すと、相手は懐中電灯で照らして免許証を見ました。
そしておもむろに
「あれ、先生じゃないですか」
と言われて悪い予感がしました(笑)。
どうも昔予備校で教えた生徒のようでした。
私は彼について記憶がありませんでしたが、思わず、
「俺は酒は飲んでいないよ」
と自ら言いました(笑)
「お気をつけてお帰りください」
と言われながら、ホッと一安心した次第です。
もし、私が飲酒運転をしていたらどうしようもありません。
教えた生徒の前でみっともないことになっていたでしょう。
例え昔の生徒といえども生徒の前でかっこをつけたいというのが先生という職業の辛いところです。
こう書きながら、またまた暗い話しを思い出しました。
もう25年近く前、前橋の繁華街を酒に酔って歩いていました。
その時、不運にも女性と手をつないでいました(笑)
どういうシチュエーションで女性と手をつないでいたのかそれさえも思い出せません。
また誰だったのかも記憶にありません。
もしかしたら私は手を離したかったのに相手が離さなかったのかもしれません。
本当ですよ(笑)
ただ、妻でなかったことは確かです。
横断歩道で信号を待っていたような記憶がします。
その時、背後から、突然
「先生、先生じゃないですか」
と大きな声をかけられました。
この時は飛び上がりそうになりましたね(笑)
全身から汗が噴出すとはこのことです。
今であればその一瞬に脳溢血か心不全で黄泉の世界を彷徨っていたかもわかりません。
私はその時、振り返って、学生らしい2、3人連れに
「オー、オー、オー」
と意味不明な返事をしながら
赤信号を無視してその場を立ち去ったことだけを鮮明に覚えています(笑)
それ以来、私は妻に何か拙いことを聞かれると
「オー、オー、オー」
と答える習慣が身に付きました。
それにしても
私にも青春時代はあったのだ。
なんのこっちゃ。
7月21日 (日) 人は何かを選択しながら生きている
昨夜も早く眠りました。
今朝も早く起きました。
この2日、健康で明るい市民生活に邁進しています(笑)
日曜日です。
しかし仕事です。
職場にでかけ午前中はがんばりました。
それから帰宅しました。
先日四国の母から送ってきた讃岐うどんがあります。
これで冷やしうどんの昼食です。
これがなかなかいけます。
妻が
「暑いわねえ。暑いわねえ」
とあまり言うので
「エアコン入れたらどうだ」
と言いますと渋々(?)エアコンを入れました。
貧乏育ちは本当に困ります。
エアコンが高貴で恐れおおくて使う勇気がないのです(?)
これが昭和20年代生まれの大衆のまごうことなき心情であります。
その心情は私にもよくわかります。
大昔、結婚してアパート生活を始めた時のことです。
アパートに
水洗トイレ
がついていることに感動しました。
私はその時、歴史用語として習った
「プチ・ブルジョワ(小ブルジョワ)」
という言葉を肉体的に理解しました。
自分が世の中で出世した気分になりました。
松本清張や水上勉の小説の貧しい世界から脱出したのです(?)
次は自分が車の免許を取り
自家用車
に乗り始めた時です。
今度は私は
「大ブルジョワ」
という言葉の真の意味がわかりました。
車は中古のトヨタカローラでしたが(笑)
最後はアパートに
エアコン
を取り付けた時です。
私は吹き付けてくる涼しい風の中で
「王侯・貴族」
という階級をしみじみと理解したのです。
その時以降、私はフランス革命を例にしていえば
「ジャコバン派」
から
「ジロンド派」
を飛び越え一気に
「王党派」
まで後退したのであります。
ダントン・マラー・ロビスピエールを飛び越え、
私自身がルイ16世になったのです。
かくして日本のプロレタリア小説は崩壊しました(?)
水洗トイレ・エアコン付きのアパートに住み、しかも自家用車を持ちながら
「階級的憎悪」は語り憎いものがあります。
食事の後、エアコンの涼しい風が眠りを誘います。
お腹のくちた妻と私は思わず知らず昼寝態勢です。
しばらく眠った後、私は物音に気づいて薄眼を開きました。
「バリバリバリバリバリ」
と妻が大江山の酒天童子のようにひたすら
煎餅を齧っています。
「夫はつらいよ」
私は最愛のわが妻(?)の見てはならないものを見てしまったような思いに駆られました。
それで仕方なくそのまま再び眠ったふりをしたのです。
ところがまたまた
「ボリボリボリボリボリ」
と先刻とは微妙に違う物音に目覚めました。
なんと妻が今度は
ビスケットを齧っているではありませんか。
エアコンが入っているというのに
私の背中は得体のしれない恐怖で汗ベットリとなりました。
冷やしうどん→煎餅→ビスケット。
何という連鎖の輪。
そして思わず心の中で叫びました。
「おいおい、終戦直後じゃないぜ」
私の感性も旧い。
私が
「お前さん、本当によく食べるなあ」
と賛嘆の声を上げると
妻は一向に動じる風もなく
「起きていたの。人間、眠れて食べれるうちが幸せなのよ」
とまるで賢者か高僧のごとき言葉をのたまわります。
勝てません、この妻には(笑)
はてさて、昼寝から目覚めたのが2時過ぎです。
さあ、何をしょうか。具体的には二つの選択肢がありました。
一つはY町のプールへ泳ぎに行く。
一つは高崎市立図書館に行き本とビデオを借りる。
これが10年くらい前ならば一気に両方をやってしまう体力もありました。
老齢化した今はそうもまいりません。
どちらかに選択をしなくてはなりません。
例えて言えば若い頃なら
妻も愛人も。
老齢化してからは
妻か愛人か。
もっと歳をとると一気にすっ飛んで
水葬か風葬か(笑)
のような選択に似ています。
どこが似ているんだよ、
と一応自分でツッコミを入れておきます。
さて、前者のプールに行けばきっと気持ちよく泳ぎ、食欲はまし、今夜は快眠できるでしょう。
また、後者を選べば自分が読みたい本や観たいビデオを借りられ私の知性は多少なりとも前進するでしょう。
そして結局エセインテリの哀しさ、私は後者を選択したのでした。
クソ暑い中、図書館に出かけると、いつもと違い人で溢れ返っています。
夏休み最初の日曜日です。
父親・母親・子供が一杯です。
私は一時間近くかけて自分の知性を前進させるための本とビデオを借りました。
家に帰って借りてきた本を点検しながら私は後悔しました。
「ニッポンゴジラ黄金伝説」宝田明 扶桑社
この本を読んで私の知性は前進するだろうか。
「そこが変だよ自衛隊!」大宮ひろし 光人社
私はなんでこんな本を借りたのか。
「松田定次の東映時代劇」畠剛 ワイズ出版
どうして自殺してしまったのよ、大友柳太郎。
「ホラーの逆襲」鷲巣義明編・フィルムアート社
ホラー映画の先駆的作品「エクソシスト」よりもその時に悪魔に乗り移られた少女役で出ていたリンダ・ブレアが何年か過ぎて別な映画にブヨブヨに太って出て来た時のほうがよほどホラーだったのだ。
と書き出すと果てしがないのであります。
ただ、私たちの人生は日常の小さな選択がギザのピラミッドのように積み立てられて成り立っています。
私は失敗ばかりしています。
今日も今日とて、最後に思ったことは
「プールに泳ぎに行っておけばよかった」
ということです。
ただただ情けない(笑)
7月20日 (土) 珍しい栄養過多の一日
昨夜は12時前に眠りました。
今日はバシッと朝の6時に眼を覚ましました。
もちろん、ラジオ体操には行きませんでした。
布団の中でグズグズしながら7時に布団から出ました。
今日から朝の授業が始まります。
夜型から朝型に一日にして生活改善です。
こういうことについてのみは昔取った杵柄、百洗練磨。
妻は仕事は休みですが私の朝食のために起きてきました。
車で出かける時には表まで見送りにきてくれました。
キスまではしませんでしたがいい妻です(笑)
もしかしたらその後すぐにもう一度布団に入っている可能性は捨てきれませんが(笑)
午前中の仕事が終った後、本当に何ヶ月ぶりかに外食にでました。
職場の近くのラーメン屋さんです。
第二定食を頼みました。
「麻婆豆腐定食」です。
麻婆豆腐・ライス・味噌汁・漬物・生野菜。
しめて650円。
何時の間にか値上がりしたのかと一瞬思いました。
値段が高い(?)
それに量が多い。
いつも愛妻弁当を食べていますがこれが適量なのか。
量が多くて胃が爆発しそうになりました。
それでも650円を取り返すために食後はすぐに店を出ずに店に置いてある
2日遅れの東スポ・旧い「週刊ポスト」・表紙が油で傷んだ「娯楽マンガ」(?)
を30分で読み切りました。
これで650円は取り返しました。
久しぶりに東スポを読みながら驚きました。
先日この日記に書いた
野村サッチ―さんが週刊誌を相手に名誉毀損の民事裁判を次々に起こしているそうです。
もちろん、その中にはあの脱税疑惑のデヴィ夫人も含まれています。
次はあの女剣戟のスターなのか(笑)。
野村サッチ―さんがかなり勝利を収める気がします。
日本のマスコミというのは相手が一度弱いとわかると徹底的に痛めつける・あることないこと、ないことないことを書き立てるのが唯一の取り得(?)ですから。
がんばれ、野村サッチ―。
陰ながら応援しています。
このニュースを知っただけでも外食してよかった(笑)。
午後は長い会議でした。
帰宅すると7時前です。
何か朝早く出てこの時間帯に帰ってくると昔のサラリーマン生活を思い出します。
狭いながらも楽しいわが家から出てきた妻が
「今日は暑かったねえ」
と言いましたので
「日本の夏、キンチョウの夏。わが家の夏、金欠の夏」
と近所に聞こえないように答えておきました。
夕食のおかずはウナギでした。
「どうした、ウナギなんて珍しいなあ」
と尋ねますと
「今日は土用の丑の日よ」
と妻は答えました。
私は関西の出身ですがこの「土用の丑の日」という日を知りませんでした。
それにいまだになぜウナギを食べるのかよくわかりません。
これは関東の習慣なのでしょうか。
食卓のウナギはどこか痩せて縮こまっていました。
栄養不良・発育不全のウナギだったのか(笑)。
私が
「このウナギ300円くらいだろう?」
と尋ねますと妻は眼を剥きました。
そして例の無意識過剰のオーバー演技で
「あんたよくわかったわねえ」
と一オクターブ高い声で叫びました。
わが家は毎日が感動です(笑)
7月19日 (金) 北京原人の恩人
昨夜、知り合いの予備校講師のHPにアクセスしました。
ところがHPが消去されていました。
ご挨拶の言葉だけが残っていました。
白内障の手術をしたそうです。
パソコンの小さい活字を打ったり見たりすることがきついそうです。
それでしばらくHPを停止するということでした。
確か1週間前にはHPはあったのにと驚いた次第です。
急いで問い合わせと励ましのメールを打ちました。
この先生は私のHPを始めて作ってくれた方です。
私は2年前はまったくパソコンのことはわかりませんでいた。
その頃私が使っていた言葉で言えば
北京原人の段階でした。
この先生が拙宅まできてくれて
徹夜で簡単なHPを作ってくれました。
もし、この先生が指導してくれなければ私はHPとは永久に無縁だったでしょう。
そういう意味で私のHPの恩人であり生みの親です。
私もこの先生のお蔭でやっと
ネアンデルタール人に近づいたのです(笑)
私のメールは以下の通りです。
これも日記の原稿枚数稼ぎか(笑)。
ご無沙汰しております。
先刻から眠れず安ウイスキーを飲みながらパソコンをいじっていました。
たまたま久しぶりに先生のHPにアクセスしてビックリした次第です。
確か1週間ほど前にはまだHPはあったように思ったのですが。
HPの話しはともかく白内障の手術は、大丈夫だったのでしょうか。
術後も予備校の教壇にお立ちになっているのでしょうか。
私は先生とお付き合いさせていただいた間も白内障のことなど全然気づきませんでしたので正直驚いております。
私も近眼に乱視に老眼で、歯も悪くなり歯医者に通っています。
最近は私もやたらHPに力を入れてがんばっております。
掲示板とか無料カウンターとかアクセス解析なども全て無料ですが何とか自力で取り付けることができるようになりました。
自慢するほどのことではありませんが、先生に最初にHPを作っていただいたことは今も忘れていません。
中国に
「井戸の水を飲む時には井戸を掘った人の苦労を忘れるな」
という諺があります。
先生にHPを作っていただことは今も心より感謝しております。
私はこれで官僚のような人間であります。
いまだ、先生と私の立場の違いから今だ脱却できず隔靴掻痒とした文の書き方になって自分で情なくなっております。
先生が以前先生のHPで卒業生に対して書かれていた(?)
「友人というものはその時その時で変わっていっていいんじゃないの」
という御言葉がずっと胸に染み込んでいました。
あれは
先生の衒いあり人間関係で苦労をしすぎた人の韜晦の言葉
であると解釈しています。
と、書きながら、酒を飲んで自分は何を書こうとしているのかよくわからなくなりました。
酒の勢いにまかせて書いたところもありますがどうかこれからもご健康に留意されてご活躍ください。
いつか再会する機会がありましたらお互い元気にお酒でも飲みましょう。
もし群馬においでになる機会がありましたらいつでもご連絡ください。
わが家はいつも先生のために開放されています(笑)
素っ頓狂な妻も元気でがんばっております(笑)
末尾になりましたがご家族の皆様によろしくお伝えください。
私と同年輩の人々は本当に病気が気になる年齢です。
病気のことを考えると、私もそこはかとなく不安になってまいります。
何か、食べるもの・飲むものの量が自然に減っています。
特に酒量については自分でも信じられないほどの減り方です。
私が健康で気をつけていることと言えば
歯は食後に必ず磨く
徹夜は絶対にしない
できる限り睡眠時間はとる
この程度です。
当たり前と言えば当たり前のことです。
そういうことを守っていれば私ももしかすると長生きできるかもしれません。
今日は9時過ぎに帰宅すると妻が
「あんた、今日は遅くなるからと言ってなかった?」
「言ったよね」
「夕食の用意してないわよ」
「ムッムッムッ、雑炊でもなんでもいいよ(泣)」
「そう・・・(ニッコリ)」
こんな会話をしていると眠気が襲ってまいります(笑)。
今日こそ早く寝るぞ。
7月18日 (木) 熱帯夜の裸一貫人生
昨夜は珍しく早く布団に入りました。
阪神は9回に逆転され、ヤクルトも負け、巨人がお祭りのような勝ち方。
これでは生きる元気が出て来ません(笑)
本を少し読み枕元のスタンドを消して眠ろうとしたのです。
これがちょうど12時過ぎ。
庭に向いた天井近くの小さな窓を開いているのでそこから風が吹いてきます。
ところがそれでも暑い。
それに考え事が山のように押し寄せてきます。
瞼の裏は真っ暗な筈です。
しかし、夜の銀座のようにオールカラーのイルミネーションが輝いています。
その明るさは100ワットはあるでしょう。
頭の中は果てしなくバブリー。
泡踊り状態です。
不吉な予感が眠くて痺れた頭の隅をよぎっていきます。
体は眠いのに心は眠れない。
これこそが近代人の悲劇でありましょう(笑)
そうこうしているうちに過去の気になっていた出来事が走馬灯のように瞼の裏に浮んでまいります。
瞼の裏が総天然色・シネマスコープ状態です。
監督黒澤明・音楽伊福部昭・主演黒柳徹子
というキャストのシュールな映画を見ているようなものです。
土砂降りの雨が降り続けます。
壮大な音楽が流れます。
果てしないおしゃべりが続きます。
参りました。
それから布団の中を七転八倒。
右に転がり左に転がります。
いろいろ眠る体位を取ろうとするのですが全て徒労。
しかし、起き上がる元気もありません。
もともとパンツ一枚で眠っていました。
ついに非常手段です。
身を捨てて浮かぶ瀬もあれ。
ついにパンツも脱ぎ捨て真っ裸になりました。
文字通り裸一貫で眠ろうとしたのです(?)
しかしやっぱり眠れません。
私の隣では妻がパジャマ姿のままスヤスヤと眠っています。
何かやんごとなきお方が眠っているように見えてきます。
その距離わずか50センチ。
どうして妻は眠れて私は眠れないのか。
この50センチの距離の闇に一体何が潜んでいるのでしょう。
もしかしたら彼女は低温動物?
または冷血動物?
だとしたらこの暑さは妻にいいのか悪いのか?
それにしても天国と地獄ほどのこの落差。
現実に50人の泥棒が自分を取り囲んでも眠れる妻。
頭の中で50人の小人が踊りだしただけで眠れぬ私。
原始人と近代人の差なのか。
それとも育ちが違うのか。
それでも立ち上がる気には何故かなれません。
今日は意地でも早く眠ると心に誓ったからです。
枕元の置時計を見る気力もありません。
それでも遂に上半身を起こし手を伸ばし寝室のドアを開放しました。
廊下から生暖かい風が吹いてきます。
やっぱりそれでも眠れない。
ああ〜ああ〜やんなっちゃった、おどろいた。
ウクレレを弾きながらぼやいていた人の気持ちもわかろうというものです。
遠くからバイクの音が接近してきます。
朝の新聞配達です。
これで郵便配達人が二度ベルでも押せば私は死んでしまいます。
それからどうなったのか。
朝方、眼を覚ますと出勤の準備を終えた妻が
「あんた,昨日は早く眠ったみたいね」
と言いました。
ただ涙であります。
預言者故郷に入れられず
とはこのことか。
ウーム、何か使い方が違うなあ。
職場に出かけテキストの予習。
プリントの製作。会議。生徒の質問。
時間は矢のように過ぎていきます。
職員から、
「安室奈美恵が離婚しましたよ」
と聞かされました。
と、言われても安室奈美恵と宇多田ヒカルの顔の区別がついていません。
すると別な職員が
「戸川京子が自殺したそうですよ」
と教えてくれました。
残念ながら戸川京子さんの顔を知りません。
ただ
「それは大事件だ。早く家に帰らないと」
と言って同僚達に笑われただけです。
ただ、その時、私はきっと別人のことを考えていました。
もちろん、念のため口には出しませんでした。
帰宅して妻に
「戸川京子が自殺したんだって」
と教えると
「ええ、あの人まだ生きていたの」
とビックリしたように言います。
やっぱり。思った通りです(笑)。
私たちは旧い言葉ですがおしどり夫婦です(笑)。
私も妻も
小説家の戸川昌子さん
のことを思い描いていたのでした。
それにしても他人が口を出すことではありませんが、自殺するなんて哀しいことですね。
戸川京子さんに合掌。
夕食のおかずは小さくてかわいい焼き魚でした。
妻の説によると「鯛」だそうです。
私には体格のいい「めだか」にしか見えませんでした。
7月17日 (水) 奢れる者は久しからず・・・・
昨夜は久しぶりにスポーツニュースでプロ野球を見ました。
巨人が完封負けし、ヤクルトも負け、
阪神が何故か勝ちました。
藪が好投しました。
アリアス・檜山が適時打を打ちました。
3対0と広島に快勝です。
私はまた阪神ファンに戻ろうかな(笑)。
しかし、今でもプロ野球とか大リーグはテレビでみます。
大相撲はまったく見ません。
格闘技は好きでも大相撲は見ないですね。
私が関取の名前を最も知っていたのは小学生の頃です。
まだモノクロテレビの時代です。
それもまだ各家庭にテレビがなくラジオで中継を聞くか、
商店街の電気屋の店頭におかれたテレビに人々が群がって見ていた時代です。
千代の山・吉葉山・鏡里・栃錦・大内山・安念山・琴ヶ浜・名寄岩・・・・
この頃に初代若乃花が登場してきたのでしょうか。
若乃花の長男がちゃんこ鍋の事故で亡くなり、若乃花が14日目に数珠を身につけて土俵入りしました。
そして千秋楽に栃錦との優勝を掛けた一戦です。
ところが私の記憶はここでプッツリ。
この勝負、栃錦が勝ったのか若乃花が勝ったのか記憶がありません。
若乃花を文字通りの主人公にした
「若乃花物語」
という劇場用映画を見たのは覚えているのに。
昨夜は家に転がっていた
「ぼくたちの好きな戦争」小林信彦 新潮文庫
を読みました。
一度読んだ本です。
途中まで読みながら眠ってしまいました。
今朝はまた梅雨が舞い戻ってきたような天気です。
人が鬱になりやすい天候ですね。
朝日新聞を読んでも昨日この日記に転載した
自衛官の自殺の記事はありませんでした。
不思議です。
出来事に対する各新聞社の解釈の違いなのでしょうか。
その記事よりも昨日からテレビは
故スカルノ元インドネシア大統領夫人でタレントのデヴィ・スカルノさん(62)と所属事務所が東京国税局の税務調査を受け、個人所得と法人所得を合わせ計約1億3000万円の申告漏れを指摘されていたことが、関係者の話で分かった。個人的な買い物などの支出を経費として計上していたといい、追徴税額は重加算税を含め約5000万円にのぼるとみられる。関係者によると、デヴィ夫人は、01年までの3年間の個人所得約1億円と、個人事務所である「オフィス・デヴィ・スカルノ」の01年5月までの2期分の法人所得計約3000万円の申告漏れを指摘されたとみられる。イベントや講演会に出演した際の収入を売上から除外していたほか、フランスなどで行われるパーティーに出席した際の渡航費、滞在費を経費としていたという。
おめでとう野村サッチーさん。
こんなことは、市井の片隅にひっそりと生きている人間が言うことではないかもしれません。
あなたはもっとレベルの高い女性かもしれません。
しかし、あえてあなたの現在の想いは別にして勝手に言わせてもらいます。
これであなたの怨念の百分の一くらいははれたでしょう。
あなたのマスコミからの追放には
私はいまだに一人の野次馬として憤りを感じています。
ええ加減で浮気っぽく移ろいやすいマスコミと大衆にあなたは翻弄されました。
その尻馬に乗ったのがテレビに出てくる文化人とかタレントという連中です。
いまだに何か報道協定でもあるのかあなたのご主人の
偉大な名監督だった野村克也さんはテレビに出演できません。
あなたが犯した罪は罪でしょう。
しかし、あなたはそれ以上の制裁を得体の世間・社会から受けたのです。
今度はデヴィ夫人の番です。
これでテレビに出てくるようだともう日本のマスコミが何の基準もないということがあきらかです。
さあ、最後に残るのはただ一人です(笑)
あの正義派面してマスコミに出ずっぱりでカメラの前で踊りまくった廉恥心というもののない女剣戟の・・(笑)
この文章をお読みになってお歳をめした方が、女剣戟と言えば
「大江美智子」
とお考えになったならそれは大いなる誤解であります。
念の為(笑)。
朝から梅雨が舞い戻ってきたような天候です。
仕事から帰り疲れました。
帰宅して妻の元気そうな顔を見るとホッとします。
昔は本当に何とも思わなかったのに。
いろんなことがあったけれど、やっぱり・・・・。
7月16日 (火) 私は「変なお父さん」です
昨夜は11時ごろ、妻が長女と次男に電話しました。
妻は2週間後の私達の
甥の結婚式
について凄く心配しています。
結婚式は東京です。
私と妻は予定があって出られないので子供たち3人に問い合わせました。
すると
長女と次男が都合がいい
ということで出席することになりました。
そのことを
妻はまるで二人がそれぞれ結婚式を挙げるかのように心配しているのです(笑)
妻は特に長女のファッションを気にしています。
本人があまり気にかけないタイプなのでなおさらです。
妻と長女の話が一段落した後、私が電話にでました。
妻と私では役者が違います(笑)
私と長女の電話による会話。
「麻季ちゃん、結婚式ではあまり目立たないようにね。お前さんは可愛いから新郎がお前さんの姿を見て動揺したら困るからね。眼と眼が逢った瞬間に二人で手に手を取って式場を逃げ出したら父さんは親戚の間で生きていけないからね」
「ハッ・ハッ・ハッ・・・」
「冗談で言っているんじゃないよ。麻季ちゃん、『卒業』って映画知っているか?」
「知らないよ」
「ムッ・ムッ・ムッ・・・それから、式が終ったら出席者の中で独身の男の連中が麻季ちゃんにお茶を飲みにいきませんかって必ず誘ってくるよ。そうしたら旅男をボディーガードに連れて行くんだよ。わかったな」
「ハッ・ハッ・ハッ・・・。父さん、酔っ払っているの」
「ムッ・ムッ・ムッ・・・ところで父さんのHPを読んでいるのか」
「たまにね」
「たそがれ日記を読んでいるか」
「・・・・自分のことが書かれていると思うと怖くて読めないよ」
「ムッ・ムッ・ムッ(泣)」
娘は小さい頃からずっと私のことを
「変なお父さん」
と言っていました。
この電話でいっそう自分の確信を深めたかもわかりません(笑)。
今度は妻に代わって次男との電話による会話。
「パンキョウというのはパキスタンの国籍を持つ華僑のような人々・・」
「(苦笑)わかったよ。もう母さんに聞いたよ」
「お前、父さんのHPにアクセスしているか」
「ごくたまにね」
「ごくたまにというのは1年に一回のことか」
「フッ・フッ・フッ・・おやじのHPはテキストが多すぎるぜ」
「(泣)・・(方向転換して)・・結婚式でジュースを何杯も飲むんじゃねえぜ」
「よくそんな旧い話しを覚えているね(苦笑)」
「式場で若い女性に声を掛けられてお茶でも飲みませんかと誘われたら姉さんをボディーガードに連れていくんだぜ」
「オヤジ、酔ってるのかよ」
「ムッ・ムッ・ムッ・・・お前は姉さんそっくりなことを言うなあ」
結婚式でジュースを飲むなというのは次男が小さい頃、やはり親戚の結婚式に家族全員で出席した時、次男の旅男が一人でジュースを飲みまくったことをさします。
一人で10杯近く飲み家族の顰蹙を買ったのです。
小さい頃のことが親は気になるものです。
親ばかであることは無償の至福なのです。
ほんまかいな。
午後から空が晴れ上がりました。
台風が太平洋に去っていきました。
職場から帰宅して新聞を見ると
先日の台風6号に続き今度の台風7号は梅雨時としては珍しいそうです。
「異例の7月連続台風」
と朝日新聞の夕刊は報じています。
その後ヤフーを見ていますと次の記事を見つけました。
<陸上自衛官>3カ月で陸曹3人相次ぎ自殺 西部方面普通科連隊
九州・沖縄の離島警備やゲリラ対策を任務として3月下旬に発足した陸上自衛隊西部方面普通科連隊(長崎県佐世保市)で、5月から7月にかけて陸曹3人が相次いで自殺していたことが分かった。防衛庁陸上幕僚監部は原因解明や再発防止のためカウンセリング専門のチームを派遣した。同連隊のある相浦駐屯地によると、5月12日に一等陸曹(48)が鹿児島県の自宅近くで、同26日には三等陸曹(33)が宮崎県の自宅で、首をつって自殺した。2人ともレンジャーの資格を持ち、単身赴任で帰省中だったという。また7月8日には三等陸曹(31)が駐屯地内の屋外射場で首をつって自殺した。3人とも遺書はなかった。同駐屯地や総監部は「3月末に発足したばかりでまだ基礎的な訓練の段階。厳しすぎたこともないし、人間関係のトラブルなどもなかった。原因は分からない」と話している。同連隊は西部方面隊の直轄部隊で隊員は660人。約半数がレンジャーの資格を持っている。ヘリからの降下訓練などを行っており、独立戦闘能力のある隊員を育成する。昨年4月、幕僚監部に設置されたカウンセリング専門の「自殺事故アフターケアチーム」が、同連隊の関係者から事情を聴いている。 【米岡紘子】(毎日新聞)
自衛隊のレンジャー部隊は最強だと素人の私は思っています。
こういう事件(?)が起こると、
何か今の時代や、社会の反映のようで物悲しくなります。
特に残された父母や家族のことを考えると。
戦争が差し迫っているわけでもありません。
新兵ではありませんしベテランの域に達した人たちでしょう。
訓練が厳しいというのは当てはまらない気がします。
急増部隊における人間関係のもつれなのか。
それも彼らの年齢を考えると頷けません。
ただ偶然が重なっただけなのでしょうか。
しかし、サラリーマン社会で30歳だと40歳台の自殺というのは稀有な筈です。
今、最も自殺が多い世代は私のような50代の世代だそうです。
私でさえ(?)時々、深夜布団の中で
「このまま死んでしまったら楽だろうな」
と思ったりしますもの。
しかし、こう書きながら私でさえの「さえ」はどういう意味で自分で使っているのかよくわかりません。
こういう記事を読むと
「人間が平凡に生きることは本当に難しいのだなあ」
という風に感じてしまいます。
平凡に生きることを願いながらそう生きられないのが人間の業というやつなのでしょうか。
妻が元気に仕事から帰ってきました。
二人して平凡にこれからの人生を生きられればとつくづく思います。
7月15日 (月) 投稿を読み心が洗われました
昨日の夕方、昔の卒業生から電話をいただきました。
2週間ほど前に
長い長い手紙をいただき返事を出していなかったのです。
申し訳ないと思いつつ電話で20分ほど話しをしました。
現在失業しているそうです。
「あんたはまだ20代で私よりよほど若いのだから」
と励ました。
しかし、私の気持ちは彼の心には到底届いていない感じがしました。
最近は昔以上に
老成した若者が多いような感じがします。
下手をすると考え方が私よりも歳とっているのです(笑)。
不況が続き社会が閉塞していくとこういう若者が増えるのがでしょうか。
私のような人間には似合わぬ発言かもしれませんが、
若い人たちはドンドン結婚しどんどん子供を産む必要があると思います。
そうしないと日本は老齢化する一方で人口も減少していきます。
俺もいつからこんな憂国的発言をするようになったのかとは思います。
しかし、やはり今の若者を見ているとそう言いたくなってきます。
あんた、人に説教できるほど、立派な生き方をしてきたのかよ
と追求されると返す言葉がありませんが(笑)。
はい、いい加減な人生を送ってきました。
すいません。
「天皇の将軍」ジェイムス・ウエッブ
を昨夜読み終わりました。
読み終わって
「そうか、これは小説だったのだ」
とやっと納得がいった次第です。
しかし、
講釈師見てきたような嘘を言い
と申しますが、ここに書かれている実在の人物の発言は本当のよう思えるところがこの作者の力なのでしょう。
また、実は、本当の発言を小説のように書いているような気もしてまいります。
台風が近づいてきているのか、雨が降っています。
朝刊は休みです。
新聞の休刊日というのは新聞を読むことを習慣にしている人間にとっては何かその1日がすかされたような気がします。
世の中は新聞無しでも別に動いているのだということを再確認させられているみたいです。
当たり前だよなあ。
別に血眼になって読んでいるわけでもないのに配達されてこないと何か手持ち無沙汰の感じです。
これは現在の家族の感覚と似ているのかもしれません。
一緒にいても大して何も思わないのだけれど、いないと何故か寂しくて困ってしまう(笑)
それ、あんたのことかよと、つっこみを入れないで下さい(笑)
その程度の家族がノーマルなのかもしれません。
職場に行き仕事をして帰ってくるともう9時を廻っています。
日記を書かなくてはなりません。
日々、この「たそがれ日記」を書いていると奇妙な逆転現象が起こります。
生きるために日記を書いているのか。
日記を書くために生きているのか。
こういう気持ちの倒錯は誰もが経験することなのでしょう。
HPアクセス向上のためのHPにアクセスしてその内容を読んでいると、
「自分が書きたいことより読者が読みたいこと」
を書かなくてはならないと書いています。
一方で矛盾することも書いています。
「アクセスアップを考えてコンテンツを読者に迎合しすぎると自分が考えていたHPとまったく違うものになってしまう」
おいおいおい、HPをどう作ればいいんだよ!
という気持ちになります。
そんなことより今日の掲示板に以下のような投稿がありました、
こちらへ何処から辿って来たのか分からなくなりましたが、
読ませて頂きました。
面白く懐かしく嬉しく哀しい気持ちが溢れました。
午後は子供の事を思いながら草むしりでもやります。
風が強いです、野分みたいです。
この投稿を読ませていただき正直うれしかったです。
私もがんばります。
7月14日 (日) 今日は巴里祭だったのだ
昨夜は妻がお腹が痛いといってさっさと布団の中に入って眠りました。
私は布団の中で
「天皇の将軍」 ジェイムス・ウエッブ
をまた読み続けました。
その中にこういう会話が出てきます。
主人公の
ジェイ・マシュー大尉
が日本の国会議事堂にマッカッサーの代理として表敬訪問します。
そこに
木戸幸一
が待っています。
二人で密談をするのですが、その時の木戸の言葉の一部。
「ですから私たちは彼らと一緒に終戦の準備をせねばならなかったのです。早過ぎれば彼らは犠牲を払ったのに裏切られたと思ったでしょう。彼らが内心望んでいる,その時にしかできなかったのです。犠牲は払った、しかし,これ以上犠牲になりたくない、と彼らが思った時です。ですから、それが来たのは,彼らの苦しみがあまりに大きくなり、陛下がご自身は安泰であらせられるのに恥辱は一身に引き受けようとご決断になり、国民が苦しみから解放された時なのです。終戦の決断は陛下のご慈悲によるものです。ジェイ・マシュー大尉,同意されますかな」
・ ・・・・略・・・・
私は木戸の言葉に唖然とした。サイパンの次にグアムが来た。そして、テニヤン、ペリリュウ、フィリッピン作戦,硫黄島,沖縄。そして関東平野の都市の大部分を焼き尽くした焼夷弾。そして広島。そして長崎。犠牲が完全なものになるのが確かとは?適切な時期を待つとは?
注記しておきますと、木戸がいうこの場合の「かれら」とは日本国国民のことです。
この後に木戸幸一はジェイ・マシュー大尉を料亭に接待します。
そして、
天皇とマッカサーの会見
をセットしてくれるように要請します。
そして近づきになった見返りに
日本人の芸者を紹介するのです。
そして主人公は戦争で父と兄二人を亡くした若い芸者と一夜をともにするのです。
私のこの場面の感想といえば
「こんな話ほんまかいな」
という思いが一方にします。
主人公の相手は、何と言っても、
明治維新の元勲木戸孝允の孫で天皇の側近中の側近、元内大臣木戸幸一です。
話しに眉唾をつけたくなります。
一方で
「さすが、天皇の側近はすげえなあ。天皇制を保持する為なら何人国民が死のうと関係ないのか。これが日本の支配階級の凄味か」
と思いました。
また一方で
「なんだ、木戸幸一は。所詮、占領軍に芸者を紹介する女衒かいな。やり方が古典的だなあ。これが天皇側近の正体なのか」
とも思いました。
私はこの小説(?)を読みながら様々なことを考えました。
それで結局寝付かれなくなりウイスキーを水割りにして飲みました。
それからパソコンを開いて
「HPアクセス向上委員会」
とかいうHPの記事を酒を飲みながらぼんやりと読みました。
眠ったのが5時。
起きたのが10時です。
眠っている間に妻が
「私は買い物に行って来るからね」
と出かけました。
私は寝ぼけていました。
いつもなら必ず
「気をつけて行くんだよ」
と言うのですが今日は本当に珍しくその言葉を忘れてしまったのです。
そのことを気にしながら新聞を読んでいると妻が帰ってきました。
ホッとしました。
しかし、どこか雲行きが怪しい(笑)
昼食は
讃岐うどんと赤飯です(笑)
食べる前に私が
「どうしたの、何か俺に怒っているのか」
と言うと妻は
「あんた、よく言うわねえ。昨日、私とドライブに行く時に行くのか行かないのかはっきりせずに私を困らせて」
「ムッムッムッ・・・・」
それは誤解だよ、と言おうとしましたが、私が駄目なところがその言葉が出て来ません。
「俺も疲れているんだよ」
と意味不明なことを言いその場を誤魔化しました(笑)。
こういう場合は嵐が過ぎるのを待つだけです。
午後はパソコンを打っていると妻が昼寝をしています。
それで私は一人でプールに行くことにしました。
曇り空のためか、日曜日だというのに、Y町のプールには子供プールに4、5人の子供とその親、大人のプールには6人くらいの人しか泳いでいません。
これが民間の営利を目的としたプールなら即刻倒産です(笑)
私は50メータープールを平泳ぎで三往復してそれから歩いてニ往復しました。
私は平泳ぎしかできません(笑)。
それで充分いい気分になりました。
帰宅してみると妻は昼寝をしたせいかご機嫌がよくなっています。
よかった、よかった。
プールに行って正解でした(笑)
今日は7月14日です。
「巴里祭」です。
1789年のこの日にフランス人民がバスチーユの牢獄を襲撃してフランス革命の火蓋が切っておとされたのです。
昔、子供たちが小学生の頃、私がこの話をすると、
「父さん、記念のパーティーをやろうよ」
ということになり、
毎年わが家では7月14日には家族で安いワインとポテチでパーティーをやっていたものでした。
子供たちが、ワインを飲みたい、ポテチを食べたい一心で
フランス革命が利用されたのです(笑)
なんというリアリストたち。
木戸幸一より凄い(笑)
でももう子供たちが大きくなりこのパーティをやることもありません。
もう一度叫びます。
「ぼくちゃん、さみしい」
それにしても驚いたのは今日の朝日新聞の広告。
一面全面を使って
「劇団四季」
が求人広告を掲載しているではありませんか。
これは朝日一紙で1500万円近い費用がかかっているのでは(?)
私は寡聞にしてこのような
劇団の全面広告
を見たことがありません。
これはもう凄いの一語に尽きます。
日本の劇団というのは、一部の商業演劇とか歌舞伎を除いて、
公演すればするほど赤字のオンパレードだった筈です。
「劇団四季」は日本の演劇に革命を起こす目的で49年前の今日7月14日に設立されたそうです。
こう書いていると、私が演劇通だと思われると困ります。
私が演劇というものを観たのは一度だけです。
1971年頃でしたが、正月の三ヶ日に私は田舎に帰らず会社の寮の友だちと新宿歌舞伎町をプラプラしていました。
それで昼間から暇を持て余し、友だちと二人で
アングラ演劇(死語か)を観ることになったのです。
雑居ビルの中の舞台装置もろくにないところでした。
暇そうな観客が10人くらいそれでもいましたか。
のっけに驚きました。
これから芝居をする俳優たちが観客に湯呑みをまわし
それから一升瓶で冷酒を注ぎ始めたのです。
もうそれだけで完全に正月気分です。
よく考えると、私と友だちも図々しかった。
芝居が始まっているというのに勝手に一升瓶をもらってガンガンその冷酒を飲み始めたのです。
冷酒が五臓六腑に染み渡りいい気分です。
気分は最高!
演劇なんて見る必要はありません。
舞台よりも劇場(?)で冷酒を食らっている自分たちが演劇を演じているように思えます(笑)。
結局、雑記ビルを出てきた時には千鳥足。
その時に上演された演劇なんて何一つ覚えてやいません。
しかし、いい時代でしたなあ。
まあ、あの演劇グループは潰れたでしょうが(笑)
7月13日(土) 土曜の昼下がりの素敵なドライブ
昨夜は布団の中で図書館から借りてきた
「天皇の将軍」時事通信社 ジェイムス・ウエッブ 石川周三(訳)
をタラタラと読みました。
眠る前のナイトキャップ、つまり、寝酒代わりです。
もともと体系性のないいい加減な本の読み方をしています。
この本を図書館から借りる気になったのは奥付の著者紹介が以下のようになっていたからです。
米国海兵隊入隊。国防次官補、海軍長官、連邦議会委員会顧問を歴任。
のち作家・ジャーナリストに転身。ベストセラー4冊出版。エミー賞受賞。
バージニア在住。
これを読んだ瞬間、
「こんなの日本人にいるかよ」
と思ったのです。
それで興味が湧いた次第です。
著者は大学で日本語を勉強したアメリカ青年です。
太平洋戦争においてはダグラス・マッカーサーの下級参謀兼日本語通訳となりました。
そして戦後フィリッピンから東京にマッカーサーとともに進駐。
それ以後の
日本の占領時代をマッカーサーの人物とともに描いています。
毎日チビリチビリと読んでいるだけですがこれがなかなか面白い。
誰もが知っている一枚の写真があります。
サングラス姿で好きなコーンパイプを口にくわえて飛行機のタラップを降りてくるマッカーサーの写真です。
この占領軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの厚木進駐をひそかに出迎え、
「天皇は将軍を歓迎している」
と述べたのが
天皇の側近中の側近・元内大臣木戸幸一
だったとは私は知りませんでした。
これから天皇とマッカーサーの
ある意味での蜜月時代
が始まるのです。
今朝は朝7時に眼を覚ましトイレに行き、
「さあ、起きてパソコンでもいじるか」
と思いながらまた布団に入ってしまい、10時まで眠ってしまいました。
ああ、意志薄弱。
起きてから新聞を読みました。
昨日、テレビでも観たプロ野球オールスター戦の記事が出ています。
阪神のアリアス・片岡がホームランを打って全セが勝ちました。
「こら、こんな時に打たずにペナントの試合で打てよ」
というのが阪神ファンの偽らざる心境でしょう。
それから朝食を終って
「さあ、パソコンでもするか」
と思ってHPに投稿していただいた方に返事を書いていると妻が
「あんた、ドライブにでも行かない」
というどういう風の吹き回しか不意のお誘いです。
こういう時は妻は大阪城の淀君です。
つまり私は「言いなり」
それから国道17号を東京方面に向ってドライブです。
別に宛てもなにもありません。
車の中は暑いし道はけっこう車で混んでいます。
私がスピードを出して走っていると、妻が助手席から
「あんた、前方赤信号よ」
「あんた、どうしてそんなに急ぐの」
とかまるで教習所の教官のような口のきき方をします。
「うるせーな、信号は見えているよ」
「俺は早く帰りたいんだよ」
とか返し口をするのも私の人格を否定することになります(笑)
それにそんな元気もありません。
2時間も走って私は疲れ果てました。
そもそも、普通の夫婦なら車の運転を交代するでしょう。
しかし、わが家は妻が私の車を運転できないのです。
私の車は妻の弟がアメリカに転勤してしまったのでただでいただいた
ホンダのアコード。
既に11万キロ走っています。
妻の車は
中古のやはりホンダのシビックです。
妻が私の車を運転しない理由は
「車が大きすぎるわよ」
という実に素朴な理由です。
おいおいおい、そんなの理由になるかよ!
別に大型ダンプを運転するわけでもないのに。
それでドライブとなるといつも運転手が私になります。
昔、子供たちを車に乗せていた時に私は
♪運転手は君で車掌はぼくだ・・・・
という歌をよく歌いました。
結局、17号沿いの街の公園で缶ジュースを1本を買い二人で半分づつ飲みました。
恐ろしいことにニ人ともジュース1本を一気に飲みきることができないのです。
これが年齢というものでしょう。
それから帰路につきました。
車中で妻は突然持ってきた
煎餅の袋を取り出しボリボリ齧り始めました。
「あんたもどう?」
なんて訊きもしません(笑)
私ももちろんいただきました。
それから
悠々と助手席で眠り始めたのです。
昼食抜きで帰宅したのが4時半過ぎです。
これが夫婦団欒のドライブの実態であります(笑)
私も妻も家に帰るなり昼寝に突入しました。
「何のためのドライブだったのか?」
世の中には行動している当人でさえよくわからぬことがあるのでしょう。
かくしてこの貴重な休日が消えていこうとしております。
本当のところ、私は今日は
「プールに泳ぎに行きたかったのに」(泣)
夜は雨が降り出しました。
7月12日(金) 人はどうして抹香臭くなっていくのか
昨日は夜も庭からいい風が吹いてきました。
暇つぶしに先日NHKBSで放映していたのを録画した
「真剣勝負」東宝 監督内田吐夢(うちだ・とむ)
をビデオで観ました。
主演が
宮本武蔵に中村錦之助
宍戸梅軒に三国連太郎
その妻に沖山秀子
後はほとんど出演者が無名の俳優とです。
内田吐夢としては珍しい低予算映画です。
この映画は私はてっきり東映の製作だと思っていました。
内田吐夢の傑作と言われる
「宮本武蔵」五部作
の後に撮った映画だからです。
宮本武蔵が
鎖鎌の名人である宍戸梅軒
に教えをうけようとするのが話しの発端です。
しかし、宍戸梅軒の妻の兄は宮本武蔵に殺されています。
それで武蔵を敵として対決するというのが話しの骨子です。
しかし、鎖鎌ねえ。
最初は三国連太郎がビュンビュン鎖鎌を振り回すと
「おっかねえ武器だなあ」
とは思います。
先端の分銅が頭蓋骨を砕いてしまいそうな迫力があります。
しかし、
映画の最初から最後までただ振り回すだけです(笑)
そして例によって例の如く最後は宮本武蔵と宍戸梅軒の一騎打ちです。
その間に宍戸梅軒の子分は宮本武蔵によって全員斬られています。
この子分と武蔵の立ち回りはそれなりに迫力があったのですが。
さー、お立会い!
これからがチャンバラ映画の真髄です。
どのような技を使って二人は闘うのか。
手に汗握る場面の筈です。
しかし、しかし、しかし・・・・・・・・
宍戸梅軒と宮本武蔵が睨み会っている間に宮本武蔵のモノローグがあり、突然画面に
「殺人剣即活人剣」(?)
なんて字幕がドーンとでます。
そして赤ん坊の笑っているアップが画面に現われます。
それから
「完」
のマークが出ます。
これで映画は終わりです。
おい、おい、おい。
トムちゃん、トムちゃんどうしたの。
武蔵と梅軒の真剣勝負はどうなったのだよ(笑)
俺はチャンバラ映画を観ているんだぜ。
説教映画を観ているんじゃないぜ。
この映画を劇場で観た観客は唖然とした筈です。
そして
「木戸銭を返せ」
と叫んだ筈です。
観客の期待した
「大チャンバラ活劇映画」
は見事な肩透かし。
カタルシスがどこにもないぜ。
私は激しい脱力感に襲われてしばらく座椅子から立ち上がれませんでした。
それからゆっくりとまたまた、
「ああ、そうか、この映画は昔、一度、観たんだ」
ということを思い出し
更なる虚脱感に襲われた次第です(笑)
内田吐夢の「宮本武蔵」は
「一条下り松の決闘」とか「巌流島の決闘」
には素晴らしい迫力と緊迫感がありました。
どうして
日本の映画監督は歳をとると抹香臭くなっていくのでしょうか。
「チャンバラ映画」を期待しているときに
「説教映画」を撮ってしまうのでしょう。
これだったらまだ
角川春樹の監督したあの悪名高い「天と地と」
の方がよほど面白いぜ(笑)。
今日も快晴の一日でした。
職場に出かけ生徒の質問に答え相談に応じ、それから校舎を移動して夜は授業です。
授業から帰宅してこの「たそがれ日記」を打ち込みました。
それから夕食です。
新聞を読むと
「ウルトラマン」も無事帰ってきたようです。
警察の捜査能力はがた落ちになっているのでしょうか。
それに中国からインターネットで輸入した健康食品で病気が発生。
患者が一人死亡したそうです。
サプルメント食品も自然食品も健康食品もなにやら恐ろしい。
四国の母から
讃岐うどん
が宅急便で送られてきました。
これはおいしい。
讃岐うどんで中毒死(笑)
まあこれはないでしょう。
それはいいのですが、妻の言葉が恐ろしい。
「これで明日からしばらくはうどんね」
赤飯地獄に続いて今度はうどん地獄か。
7月11日(木) 私の動物恐怖症
台風がやってきました。
そしていつものように全国各地で死者・行方不明者・負傷者が出ました。
濁流に堤防が決壊し、強風に家屋が倒壊しました。
これこそが
東アジアモンスーン地帯に生きる人民の哀しみ
です。
一夜のうちに台風が去っていきました。
台風が通り過ぎた後の空の美しさよ。
空が深い青さであることに初めて気づいた気分です。
MY BLUE HEAVEN !
雲が白いことを再認識させられた気分です。
空青く雲白し。
そして吹きくる風が爽やかに頬をなぶっていきます。
風に揺れる木々のざわめきが心地よく耳に響きます。
これこそが自然が作り出した芸術です。
東アジアモンスーン地帯に生きている人民にしか観られない美しさです。
台風の生々しい被害と台風一過の空の美しさ。
残酷なほどアンバランスです。
夕方帰宅途中に国道17号から観た景色は素晴らしいものでした。
赤城山や榛名山やその奥の山々の稜線
がくっきり見えました。
濃い緑が溢れています。
その稜線の上にアカネ空が広がっています。
自然はどうしてこんなに美しいのかとつくづく思いました。
帰宅してパソコンに向かっていると庭から心地よい風が吹き付けてきます。
・・・お前はいったい何をしてきたのだと吹きくる風が私に言う・・・・
という詩を中原中也はこういう風に触発されて書いたのでしょう。
話し変わりまして、私はこの1週間ほど様々なHPにアクセスしました。
その中で私が驚いたことが一つあります。
それは世の中には犬や猫が好きな人が多いことです。
これは私には驚きでした。
私は犬や猫や動物が嫌いです。
一言で言えば動物は恐ろしい。
小学生低学年の頃、私が一人で家で留守番をしていると、
台所で変な音がするので覗くと野良猫が一匹、ガスコンロに上がり、
味噌汁の鍋の蓋をあけて味噌汁をピチャピチャ飲んでいました。
野良猫と私の眼が会いました。
野良猫がギロリと私を睨みます。
私が金縛りにあったようにその場を動くことができません。
私は声を振り絞って、ただ、
「しっしっ」
と言って追っ払いました。
その時の猫の眼の憎悪に満ちていたこと。
怖かった(笑)
それからこれも小学生の頃の話です。
クラスで動物を飼育していました。
当時はニワトリでした。
私がある日放課後に当番になりニワトリに餌をやっていました。
ところがニワトリ小屋の檻の鍵をするのを忘れていたのか
ニワトリが一羽逃げ出したのです。
私は茫然としたまま半べそをかいていました。
小学校の中庭を、
私をおちょくったように走り回るニワトリ
を睨みながら私は世界が崩壊したように思いました。
私は怖くてニワトリを掴むことが出来ないのです。
ニワトリの胴体を掴むと皮膚や骨に当たります。
それが私は怖かったのです。
何か生身の動物に対する恐怖感がありました。
その時は上級生が来てニワトリを捕まえてくれました。
もし、その上級生がいなければニワトリが逃げた責任をとって自殺していたかもわかりません。
別な例。
小学生の時に遠足で動物園に行きました。
動物園の檻の中の様々な動物を観ました。
私はふとあることに気づきました。
猿山の猿の群れが全員私にガンを飛ばしている(笑)
私は何も悪いことをしていないのに。
赦してくれお猿さん。
またライオンの檻でライオンを見ていると、眠っていたライオンが眼を覚まし私に
そのでかい眼でガンを飛ばしたのです(笑)
私は震え上がりました。
このライオンは頭の中で何を考えているのだろうと考えるとゾッとしたのです。
これらの事実は友だちにも先生にも言いませんでした(笑)
別な傍証。
これは、長男が幼い頃の話しです。
わが長男を散歩に連れていくと犬の吠え声・犬の気配がすると
長男の体はピクンと硬直するのです。
長男は極端に犬を恐れていました。
それも犬だけではありません。
ある日、外に出かけていた長男が逃げるように帰ってきました。
長男の顔は恐怖で引き攣っていました。
何事ならんと思っていると、私と妻に金切り声で叫んだのです。
「父さん、虎がいたよ。虎が」
虎なんかいるわけがありません(笑)
必死で説明する長男の話しを聞いて私と妻はそれが
大きな猫
だとわかった次第です。
その時、私は長男に対し
今まで以上に深い深い愛情を感じたのです。
この子は俺の子供だ(笑)。
遺伝はあるのです。
人類の先祖はアフリカで発生したと言われています、
もしかしたら、私の先祖は、遠い遠い昔、「日本むかしばなし」よりも遠い昔に、アフリカからシベリアに移動中に、
シベリア狼の群れに襲撃されたのかもしれません。
または、アフリカからインドを越えて東南アジアにたどり着いた頃に、
マレーの虎に襲撃されたのかもしれません。
マネーの虎ではありません。念のため。
そのトラウマが私のDNAに刻印されたのです。
最後に、私が嫌いな話。
「忠犬ハチ公」「タローとジロー」「里見八犬伝」「108匹ワンちゃん大行進」「長靴をはいた猫」(笑)
こりゃ、日記じゃねえよな。
7月10日(水) 台風も子供にはお祭り気分
最初に訂正を一つさせていただきます。
昨日の日記にウインブルトンのことを書きました。
その中で女子シングルス決勝で
伊達公子の相手はヒンギス
だと書きました。
その後、読者の方からメールをお寄せいただきました。
それは
シュティフィ・グラフ(アンドレ・アガシの今の奥様)
ですよとご忠告をいただきました。
また、掲示板においてもご注意を受けました。
謹んでここに訂正させていただきます。
こういうことには自分でも注意をしているつもりです。
しかし、なんせ、いつも、帰宅して夕食前に泡を食って日記を書いています。
間違って当然です。
「あんた、それ、開き直りかよ!」
いえ、決してそうではありません。
ただ時間がなくて・・・・・(泣)
調べる余裕がありません。
例えば、
西洋人形のような可愛い顔をしていた
のはヒンギスだったのか。
それとも、グラフだったのか ?
試合途中に会場で観客の一人に襲われた
のはヒンギスだったのか。
それともグラフだったのか。
それとも別人だったのか ?
こういう記憶は
事実だけがぼんやりと残っている
だけです。
肝心の固有名詞がまったくでてこなくなります。
そう言えば、当時、
伊達公子の恋人は松岡修造
だと女性週刊誌に報じられていました。
あれはどうなったのでしょうか。
松岡修造は
東宝会長の御曹司で
タッパがあり
ルックスがよく
テニスの一流プレーヤー
であるという、まるで、
男性の敵NO.1
のような男でした。
はっきり言って、
その存在自体が赦されない人間でした(笑)
昨夜は布団の中で高崎市立図書館から借りてきた
「山口組若頭暗殺事件」木村勝美 イースト・プレス
を読みました。
3時間くらいかけて読了しました。
登場人物はすべて実名です。
「おいおい、実名でこんなことを書いて大丈夫かよ?」
と思わせる迫力でした。
この本は私が図書館に購入を申請したものです。
この半年の間に私は高崎市立図書館に3冊の本を買ってもらっています。
この日記の読者の皆様ならお覚えがあると思いますが
この1冊とその前に小林旭の本を2冊です。
この3冊の本の購入を申請して拒否されたことはありません。
と、書きながら一体何冊まで購入申請していいのかなあ?
と勝手に不安に思っています。
こんなこと、自分で図書館の館員の方に訊けばいいのでしょう。
しかし、購入申請している本が本ですから何かはばかれるものがあります。
まあ、これから、節度を持ってまた購入申請をさせてもらおうとは思っていますが。
朝起きると雨です。
それも豪雨に近いものがあります。
妻が先に仕事にでかけました。
その後、一人で雨を見ながらミネラルウーターとサンドイッチで朝食を済ませました。
いやー、狭い庭に降り注ぐ雨を眺めながら、54歳の男が一人で朝食をとっていると、
私の好きな俳優の財津一郎の名台詞
を思い出してしまいます。
「ぼくちゃん、さみしい」(笑)
それから、勇気を振起し、意を決して立ち上がりました。
そして、豪雨の中を完全と敵地に向ったのです。
歯医者です。
今日はよかった。
あの
超小型削岩機のようなドリル
が登場しませんでした。
ジーというあの生理をどん底に叩き込むような響き
が今日はありませんでした。
カプセルをかぶせただけでした。
それから職場に向かいました。
夜は台風です。
帰宅途中の国道17号は洪水のようでした。
家に到着してホッとしました。
では台風についての一席を(笑)
私は四国の瀬戸内海に面した町で育ちました。
毎年、夏の終りには土用波が浜辺に押し寄せます。
それから9月になると台風がやってきます。
空に雲が広がり、海が時化(しけ)、風がビュンビュン吹きます。
同時にスコールのような雨が降り始めます。
こういう時に喜ぶのは子どもです。
私も興奮したのものでした。
まず学校が早く終わって最高です(笑)
もうこれだけで気分はお祭りです。
子どもにとっては何か胸が高鳴るものがあります。
ある年の台風もおなじようなものでした。
帰宅しても父も母もあまり緊張した表情はしていません。
いよいよ台風が接近。
しかしその年の台風は大型でした。
堤防が決壊したのか、水がじわじわと町に溢れ出してきます。
それでも子供は余裕です。
私なんか母親が作ってくれた
非常食(?)のおにぎり
を食べることばかり考えていました。
それから突然の停電。
真っ暗闇です。
気分が盛り上がりましたね。
何か異様な興奮に襲われます。
まだまだ怖いという感覚はありません。
蝋燭の灯が
わがアバラ屋の屋内を照らし出します。
その時、私は何故か
「15少年漂流記」
を思い出しました。
ところがそれから雰囲気は一変しました。
父親が畳を剥がし始めました。
濁流が生き物のように床下を浸水してきます。
水嵩がどんどんあがっていきます。
遠くでゴーという濁流が響いています。
これでお祭り気分も昂揚した気持ちも見事にすっ飛びました。
私は押入の上にあがってブルブル震えていました。
これが台風なのだ。
恐怖感の水かさが増大する一方です。
畳を剥がされた床の下で濁流が渦巻いています。
いよいよ床上浸水になる。
その瞬間に水は引き始めました。
もしかしたら私たち一家は九死に一生を得たのかもしれません。
これが昭和34年9月、全国で死者5000名を出した伊勢湾台風です。
その後も、毎年、毎年、台風がやってきました。
しかしが、これほどのことはありませんでした。
台風は不思議な現象です。
高知の室戸岬を通過した台風が
私たちの町の真上を通り過ぎます。
その時に深い々々静寂の一瞬だけが訪れます。
何もかもが静止したようになるのです。
そして翌日の爽やかな秋晴れの青空。
あれは本当に自然の作り出す芸術です。
ただ自然は恐ろしいものです。
今夜は読者の皆様のお宅は大丈夫でしょうか。
戸締りを厳重にしましょう。
7月9日(火) 恐るべし「0.8理論」の威力
今日は暑さも暑さ自身に疲れたのでしょう。
昨日よりはしのぎよい日でありました。
昼には雷がなりました。
にわか雨が降り夕方は涼しくなりました。
朝、新聞でテニスの
「ウィンブルトン大会」
が終ったことをしりました。
この10年近く、毎年ウィンブルトン大会の男子シングルスはNHKBSで見ていました。
何故か今年は一度も見ませんでした。
私はテニスのルールも知りません。
何回見てもどうしてコートチェンジをしているのかいまだにわかりません。
それでも、
ボルグ・ベッカー・マッケンロー・サンプラス
等のテニスを見るのはなかなかスリルがありました。
女子のテニスは全然見ません。
しかし、何年かの前の
伊達公子の試合は惜しかった。
相手はヒギンス(?)だったのか。
この辺りは記憶で書いていますので正確でないところはお赦しを。
ウィンブルトン女子テニス決勝で
伊達公子は絶対に勝てていた筈です。
私はあの試合をテレビでずっと見ていました。
伊達は気合が入っていました。
伊達の勝利を誰も疑わなかったでしょう。
ところが、無情の雨。
試合は翌日に延期になってしまいました。
流れが変わるとはこのことです。
翌日、伊達はコロリと負けてしまいました。
サッカーに「ドーハの悲劇」があります。
私はあの時の試合を
「ウィンブルトンの悲劇」
と勝手に呼んでいます。
テニスコートに屋根くらいつけろ(笑)
さて昨日、職場で讀賣新聞の一面を読んでいて驚きました。
ニクソン政権時代の国務長官であった
キッシンンジャがワールド・カップについて書いています。
驚いたのはアメリカでは時差のせいでサッカー中継が夜中の2時半に始まるのにキッシンジャーは
全試合の半分をテレビ中継で観たそうです。
東欧の亡命ユダヤ人としてアメリカで育ったキッシンジャーがこんなにサッカーが好きなことは全然知りませんでした。
もちろん、キッシャンジャーについては私は何も知らないのですが(笑)。
それよりもキッシンジャーの恐るべき体力です。
もう70歳以上になるはずです(?)
この記事を読みながらふと、先日の同僚との会話を私は思い出しました。
私が講師室で、
「俺も54歳だから20年前だともう来年で定年退職して後は悠悠自適の生活のはずなのになあ」
といつものように愚痴を言っていると、同僚が
「何を言っているのですか。今の人は実年齢に0.8を掛けると昔の人の体力と同じ程度になるそうですよ。先生なんかまだまだ若いじゃないですか」
新説です。
私はこんなことを聞いたことがありません。
先日の8020運動に続く衝撃です(笑)。
註:この8020運動の意味がおわかりにならない読者の方は7月3日の日記をお読みください。
そうか、そうすると、俺はまだ43.2歳なんだ!
人生はこれからだ(?)
と、考えているうちに私は世の中のすべての謎が解けた気がしました。
結婚適齢期が私の頃は24歳前後だったのが、今は30歳前後。
30×0.8=24。
科学的に正しいのだ。
何という感動的結論!
Simple is best !
そうか、そうだったのか。
大学生の学力が低下しているのもこの理論で鮮やかに解ける。
18×0.8=14.6。
そうか今の大学1年生は中学3年生くらいの実力なんだ。
世の中の人々が若返っているのだ。
つまり幼稚化しているのだ。
こう考えるとすべてがわかる。
小泉純一郎・石原慎太郎・鳩山由紀夫・田中康夫。
こう並べると確かにみんな若い(笑)
恥ずかしながら、私は若い時に10歳程年上の女性との恋愛に憧れていました。
私は現在54歳。
相手の女性は64歳(笑)
もし、この理論を応用すれば・・・・。
やっぱり無理か(笑)
しかし、この理論は何かが違う。
それが私にはわからないのだ。
まあ、それでも実践はできます。
帰宅して妻の顔を見ました。
私は思わず言ってしまいました。
「お前さんも若いなあ」
この日記をパソコンにむかってつけながら、私は人名の間違いをしないよう、背後の妻に念のために聞きました。
「おい、長野の田中知事は名前をなんていったかなあ」
「由紀夫じゃない」
若い。
確かに妻は若い。
私はきっと幸せ者なのだ。
7月8日(月) わたし的には「わたし的」に反対です
七夕だと知っていました。
しかし、結局、
星空を眺めることもなく
眠ってしまいました。
牽牛と織姫はランデブーに成功したのかいな?
阪神もやっと巨人に一矢報いました。
窮鼠かえって猫を噛む。
虎は死して革を残す。
これは関係ないか。
まあ、勝利で七夕の夜を飾ることが出来たのはご同慶の至りです。
待てば回路の日よりあり。
それにしても暑い一日でした。
体が慣れるのに時間がかかります。
それに昨日一年ぶりに泳いだせいで体の節々が痛い。
典型的筋肉痛です。
楽は苦の種・苦は楽の種。
何か、今日はことわざ大会をやっているようでんなあ。
職場に向う為に車に乗り込んだ途端に汗が噴出してきました。
汗まみれです。
こうなると車のエアコンもあまり効きませんね。
出勤して面接です。
生徒と話していて
「どう、この3ヶ月はがんばったか」
と聞くと
「わたし的にはがんばったつもりです」
とのお言葉。
「出たー!!!!」
この恐怖の「わたし的」という言葉
危うきかな美しき国語・国字!
妖しい女性と怪しい言葉。
これは身を滅ぼし、国を滅ぼす危険があります(笑)
・・・・・・・・・
「あんた、今晩の食事は、あんた的 には何がいいの」
「おれよりも おまえさん的 には何がいいかね」
「お金がないから わたし的 にはライスとお味噌汁でいいわ」
「おまえさんは食事というものを 経済的・合理的・目的的 に捉えすぎているよ。ぼく的 にはそのような考えには 敵対的 でいるしかないね」
「あんた的な 考えを わたし的 な考えに 意図的に 押し付けないで」
「ぼく的 には今夜の食事は テキ がいいね」
「テキは本能寺にあり よ。うちに テキ なんて豪華なものはないわ」
「ボク的 に言えば おまえさん的 返事にはついていけないよ」
「あんたはいつも最後は 自暴自棄的 なんだから」
ああ〜、疲れた。
私は何のためにこんな創作会話(?)を書いているのか(笑)
この会話が愚劣なのか。
それともこんなことを書いている私が愚劣なのか。
念のために妻には聞かないでおこう。
それにしても暑い。
9時に帰宅して、全ての服を脱いで
下着のパンツ一枚
になっているというのに。
庭に面した窓は開けっ放しにしているというのに。
扇風機の音はブーンと唸っているのに。
・・・・・
やっと、わかりました。
扇風機の首は廻っている。
しかし、私の方には廻ってきていなかったのだ。
扇風機は妻を中心に廻っていただけなのだ。
恐るべきこの自己中心主義(笑)
わたし的には、涙と汗が一緒に吹き出てきました。
それにしても暑い。
今日は熱帯夜かよ。
7月7日(日) 牽牛と織姫はしあわせなのだ
今朝3時半頃に眠り、
こんこんと眠り続け
午前10時半に洗濯機の音で眼が覚めました。
7時間眠った勘定になります。
私としては珍しい快眠でした。
この1週間の疲れがとれた感じが久しぶりにしています。
妻は昨夜の10時頃から8時頃まで眠っていますから10時間は眠っているはずです。
するとこちらは大快眠か(笑)
いつか私たち夫婦にも
「大快眠」か「大往生」か
わからぬ時がくるのでしょう。
それまでは命あってのモノダネです。
テレビをつけると10チャンネルで
長野県の田中康夫知事
が出演していました。
県議会で不信任案が可決されこれからどうするのでしょう。
その田中知事と県会議員が田原総一郎のインタービューを受けているのです。
生放送です。
こういう時は私たちテレビで育てられた世代は
「ハプニング」
を期待します。
使いながら旧い言葉だなあとつくづく思います。
もしかすると、凄い言葉のバトルが見られるのか?
と期待しました。
しかし、
「なんのこっちゃ!」
と不思議に思うほど、お互い借りてきた猫のような紳士的な話し方で拍子抜けしました。
あまりにいぎたない悪罵を使われても困りますが、あまりに丁寧な言葉を聞かされても今度は
「キツネと狸の化かしあい」
のようにしか見えません。
こういう時は田中知事が
「頭が高い。これが見えぬか」
と
葵のご紋入りの印籠
を見せれば
相手の県会議員が
「しゃらくさい。お前こそこれが見えねえか。覚えがないとは言わせはしないぞ」
なんて肩肌脱ぎになったら
桜吹雪の入れ墨
が飛び込んでくる。
困った司会の田原総一郎が
「ムッ・ムッ・・ムッ・・・・・・・・・・」
と
弁慶の勧進帳。
こうなれば面白のですが、まあ、無理か。
要するに「脱ダム宣言」と「この男が嫌いだ」
という問題なのでしょうか。
しかし、こういう話は当事者以外どう判断も下しようがないと思います。
「自然保護かVS住民保護か」
という二項対立的議論におちいってしまうだけです。
住民保護というのは
「豪雨で洪水が起こったらどうするのか」
という治水対策の意味になるのでしょう。
これはこれで正論でしょう。
ただそこで建築業界が行政とつるむからろくなことはないとか景気浮揚に必要だとなってくるともう私には話が見えなくなります。
長野と言えば松本サリン事件で冤罪になりかけた
河野義行さん
が県の公安委員に就任することになったという記事が大きく報じられていました。
あれっ、公安委員なんて存在はお飾り的なものだった
はずではなかったのかなあ。
それに警察官僚が河野さんの意見に耳を傾ける気持ちがあるのかいな。
これは「大英断」なのか「人気取り」なのか。
これさえもわかりません。
それよりも新聞を読みながら今日は
7月7日七夕
だったのかということに気づいたことのほうが私個人にとっては重要なように思えました。
私などは
高島暦・血液型占い・風水・星占い・トランプ占い
などにまったく興味がありません。
だいたい、18歳の時に上京して初めて新宿西口で観てもらった高島暦の易者に
「君はきっと20年後に大金持ちになるでしょう」
なんてご託宣を受けました。
「出て来い、インチキ易者。俺は20年後には借金まみれになっていたぜ。この落とし前はどうつけてくれるんだ」
と叫んでも仕方がありません(笑)。
「覆水盆に返らず」
ですな。
まあ、てめえが一生懸命お金を儲けようとしないで金持ちにはなれないでしょう。
身から出た錆びというものです。
話しが脱線しましたが、私は、
大安とか友引
とかも恥ずかしながら何も知りません。
そんな私が
雛祭りとか七夕とかクリスマス
に意味を見出したのは何と言っても自分の子供たちのお陰です。
人生において
子どもが純粋である一瞬
は必ずあります。
ただし一瞬だけですが。
短冊に願い事を書き、笹の葉にぶら下げれば願い事が叶う。
このフィクションを
最低一度は子どもは信じます。
その時が子どもが最も純粋である時なのでしょう。
次の年からは単なるお祭りにしか過ぎません。
しかし、そのお祭りさえが親から見ると懐かしいものに思えてくるのです。
笹を買うかもらうかしてきて、子供たちと短冊で飾りをする。
何か人生において無私の楽しみというものは存在するのです。
ああ、あの帰らぬ日々!
子供たちが大きくなってしまうともうこんな夢もありません。
2日前も次男からメールがあり夏には一度帰ると言ってきました。
その中に
「パンキョウが難しい」
と書いてありました。
妻と私はこの
「パンキョウ」
がわからず思案投げ首しました。
私にすぐ思い浮かんだのは
「パキスタン国籍で華僑のような存在の人」(笑)
なんて意味ですがどう考えても前後の脈絡があいません。
それがなんと今日になってわかったのです。
パソコンに向って画面を見ながら、
突然天啓が閃いたのです。
まるでリンゴの落ちるのを見ながら重力の法則を発見したニュートンのようなものです(?)
私は思わず叫び声を上げました。
「母さん、わかったぞ。パンキョウの意味が」
けげんな顔をしながら妻が隣の部屋から現われました。
「パンキョウは一般教養のことだよ」
妻は私の言葉にゲタゲタ笑いながら
「私たち、バカみたいね」
と言いました。
本当にバカみたいです(笑)。
午後は一人でプールに泳ぎに行ってまいりました。
念のため妻も誘いました。
「おい、プールに泳ぎにでも行かないか」
と声をかけると
「エッ、どうして!!」
と驚愕の表情を浮かべます。
ああ、この無意識過剰の演技を何回観てきたことか(笑)
30年経ってもいまだにこちらが戸惑ってしまいます。
この素っ頓狂さが妻の持ち味
だとは私も知ってはいるのですが。
いつまでたっても慣れることがありません。
妻は泳げません。
一応そのことはわかって私は声をかけているのですが。
一人で、車ででかけました。
プールと言っても私は住んでいる
高崎市の市営プール
には行きません。
隣町のY町の町営プール
に出かけます。
市営なら車で10分、町営なら車で20分とY町のプールの方が遠いのですが。
この理由は
@
市営は料金が300円(?)。町営は料金が150円。
A
町営プールの方がいつも空いている。
B
町営プールはコインロッカーに100円入れなければなりませんが、ロッカーを開くとその100円が戻ってくる!
C
市営はどこか都会のシティーボーイ・シティーガールを気取った若者が多いが、町営は若者はほとんど見かけず地元の中学生か小学生がボチボチ泳いでいるだけです。
今日も午後4時ごろに到着すると50メートルプールに地元の子供たちが10人ほど泳いでいるだけです。
のんびりと30分ほど泳げました。
イヤー、いい気持ちになりました。
これが自分が小学生の頃泳いでいた
瀬戸内海の海
ならもっといいのですが。
白砂青松の海水浴場。
30メートル先の沖に飛び込み台がある。
そのずっと先を漁船やタンカーが進んでいきます。
泳ぐのに疲れたら貸しボートに乗ってゆっくりと沖にでます。
タンカーが通り過ぎるとその横波が迫ってきます。
ボートをすぐに方向転換します。
そしてその横波に立ち向かっていく時の気持ちのよさ。
ほとんど昔の思い出で書いていますが、
まあ、贅沢は言っていられません。
このY町のプールなど、去年台風が近づいて来た時に泳ぎに行きました。
すると、先に泳ぎに来ていた人たちが引き揚げ、残ったのは私一人。
50メートルプールを私一人が泳いでいます。
そのプールの廻りを
3人の監視員が見張っています。
もう完全なVIP待遇・王侯貴族になった気分です。
プライベートビーチ状況です。
これで150円は安い。
それにコインロッカーの100円は戻ってくるし(笑)。
帰りの車のラジオでアメリカの映画監督の
ジョン・フランケンハイマー
が亡くなったのを知りました。
この人の
「影なき狙撃者」「5月の7日間」
はいい映画でした。
<訃報>ジョン・フランケンハイマー氏72歳=米国の映画監督
AP通信によると、「RONIN」や「影なき狙撃者」で知られる米国の映画監督ジョン・フランケンハイマー氏が6日、脊髄(せきずい)手術後の合併症による発作のためロサンゼルスの病院で死去した。72歳だった。(ロサンゼルス共同)(毎日新聞)
日記が長くなりすぎました。
今日は七夕ですが、
牽牛と織姫は幸せです(?)
一年に一度しか逢えなければそれだけ思慕も高まります。
身を焦がして逢瀬を待つという気持ちがわかります。
この二人に比べて、毎日、角突き合わせている私と妻はどうなるのか。
幸せなのか不幸なのか(?)
これはこれで難しい(笑)
今夜はビールを飲むぞ。
7月6日(土) 鍛えてわれら海の子ら
昨夜、遅い夕食を食べてぼんやりとしていると、向かいに座った
妻がどこか元気がありません、
金曜日の夜はいつも
明日は仕事が休みだから
とうれしそうにしているのですが昨夜は何かが違います。
「何か俺は悪いことをしたのかなあ」
と考えるのが私の悪い習慣です。
長年に渡って培われてきた
「脛に傷持つ身の辛さ」
という奴です。
「どうしたんだ。元気がないじゃないか」
と危険を感じながら言うと
「おなかが空いたのよ」
と子どものようなことを言います。
「晩飯を食べてないのか」
と聞くと
「食べたわよ」
と言います。
いつものことですがまた話が見えなくなりました。
しばらく沈黙した後、
「明日、病院へ行って胃カメラの撮影をするのよ」
と呟いたのでやっと元気のなさがわかりました。
胃カメラ検査!
聞いただけで地獄に落ちたような厭ーな気分になります。
妻が落ち込む気持ちもよくわかります。
私もこれまで二度胃カメラ検査をしました。
一回目は思ったほどのことはありませんでした。
しかしそれから数年して
二回目に胃カメラを飲んだ時は大変でした。
私はいつも煙草を吸っているせいか、
激しく咳き込んだのです。
ハイライトを一日に50本も60本も吸っているのですからたまりません。
呼吸困難に陥ったような気分になり
苦しくて、苦しくて。
ところが私を担当した市民病院の若い医師が
「どうしたの。それくらい我慢できなくてしょうがないなあ」
と年長の人間に対して舐めた口を聞きます。
喉が詰まって
「苦しい――。死んじゅうよ」
という情けない思いと
「この野郎、ふざけた口の聞き方をしくさって。はったおしてやろうか」
と日頃は虫一匹殺せない温厚な私が突き上げてくる怒りで
悶絶状態になったのでありました(笑)
それ以来胃カメラ検査は受けていません。
今朝7時に起きた妻は緊張状態のまま8時ごろに出かけていきました。
私はいつものように、
「気をつけていくんだよ」
と言いましたがそのまま眠ることも出来ず、起き上がりした。
それから顔も洗わず、まず居間のデスクのパソコンの前に座りました。
そしてHPを開いてみると
相変わらず「投稿板」にアクセスできません。
投稿してくれた人のURFやメールアドレスが全部パーになってしまいます。
それから1時間近く私に無料掲示板を提供してくれている会社をヤフーで検索しアクセスしたのですがやっぱりアクセス不能です。
「どうして俺はこうもつきがないんだ」
と嘆きながら、とうとう私も途中でブン投げてしまいました。
しかし、
今度は無料カウンターのことが気になり始めました。
それであわててもう一つ無料カウンターを取り付ける作業をしました。
これは思ったよりも早く10分くらいで終わりました。
すると今度こそはアクセスできたではありませんか。
ルドンの奇蹟
とはこのことかと思いました。
ルドンの奇蹟がどういう奇蹟だったのか私は覚えていないのですが。
しかし、この点が私のパソコンの大嫌いなところです。
理不尽に消え理不尽に現われる。
「ユーザーを舐めているのか!」
という腹立たしい思いをどうしても払拭できないのです。
それから食事をし、新聞を読み、一休みしてまたパソコンに向って将棋をしたりして遊びました。
妻が無事に帰ってきました。
出かける時の声と明るさが全然違います。
まるで異国の地から無事帰還してきた
出征兵士
のようであります。
人生の大きくて重い荷を下ろしたような爽やかな顔をしています。
私もその元気な姿を見て
岸壁の母
のような気分になりました。
これこそが
「女房元気でうちがいい」
という奴なのでしょうか(笑)
昼食は妻が会社からいただいてきた
折り詰めの赤飯
をいただきました。
会社でお祝い事があったそうです。
しかし、
この折りが馬鹿でかい。
馬鹿でかい折り詰めに赤飯がガンガンに上から押し固められています。
見ただけでその量の多さに圧倒されます。
昨夜の遅い夕食も赤飯でした。
もう二人で
昨夜と今日の昼間と二回も食べているのにまだ半分残っています。
今更近所にお配りするわけにもいきません。
今日の夜はもちろん赤飯でした。
明日の朝も、もしかしたら、明日の昼も赤飯を食べなくてはなりません。
「赤飯地獄」
であります。
午後は一人で図書館に行きました。
図書館に行く前から妻に、
「よーし、図書館から帰ったら今年初めてプールに泳ぎに行くか」
と言っていました。
やる気まんまんです。
私はプーで泳ごうと思った時はいつも
♪ 朝日を浴びて
雲は湧く
緑みなぎる海原に
鍛えてわれら海の子ら
なんて40年近く前、小学校の音楽で習った歌を鼻歌で歌っています。
しかし、クソ暑いなか、図書館へ行き、館内をウロウロして一時間近くかけて借りる本とビデオを探している間に
グッタリしてきました。
先ほどまでの元気はどこへいったのか。
とんぼとり、今日はどこまでいったやら
というほどの疲れです。
そしてぐったりとしてよれよれになって帰宅しました。
プールに行って泳ぐどころではありません。
帰宅すると、妻は完全に日常の能天気さに戻っていました。
妻は座椅子にもたれてテレビで録画した
宝塚のビデオを観ています。
「オスカル、私は愛を、愛を、愛を・・」
クソ暑い中名状しがたいほどの異常世界です(笑)
妻はげんなりしている私に振り向きもせずに
「あんた、プールに泳ぎに行くんじゃないの」
と難詰するように言います。
亭主元気で留守がいい
とはこのことかとつくづく思いました。
それにしても今日は暑かったですなあ。
梅雨はもう終ったのでありましょうか。
7月5日(金) 新聞記事は難しい
朝方、毎日新聞の記者の方より電話があり掲載紙を送るので住所を教えてほしいとことでした。
住所を教えた後、電話を切って、はてコンビニに「毎日」を買いにいこうかどうしようかしばし考えました。
「コンビニに毎日新聞はおいているのか」
どうも自信がありません。
それに、
「郵送してくれるというのですから明日まで待てば」
いいのではとも思います。
しかし、やっぱり記事の内容が気になります。
記者の方に取材を受けた後、
「原稿できあがったらファックスでお送りしますので一応眼を通しますか。」
と尋ねられたのですが、
「いいですよ。そんなことしなくとも。それにお忙しいでしょう」
と偉そうに言ったのですがやはりいざ記事が掲載されたとなると気になります。
もし人に新聞の記事のことを聞かれた場合、まさか自分から
「どう書いていましたか」
と聞くわけにはいきません。
そんなことを言うと相手は
自分が試されているように思うかもしれません。
結局夕方になって校舎を移動する時にコンビニに行き、売れ残った毎日新聞を買いました。
帰宅して記事を初めて読みました。
第一印象。
「俺の写真写りが悪いなあ。俺はもっといい男だった筈では」(笑)
妻は自分の写真写りに満足しているのか余裕です。
「いつまで子どもっぽいこと言っているのよ。これでもうまく撮れているじゃない。鼻毛が伸びていないだけめっけものよ」
とええ加減なことを言います。
当たり前だろう。
写真を撮る前に鼻毛を抜いたのだから(笑)
しかし、妻の言葉の
「これでも・・」
という言い方がやはり私には赦せません(笑)。
それに最初に取材を受けたのは私だったはずでした。
ところが取材に来た毎日新聞のK記者が
女性記者だったせいなのでしょう。
何時の間にか妻と意気投合(?)
追加の電話取材も妻が中心となっていました。
そして記事も何時の間にか妻が中心となっています。
やはり、K記者が取材に来てた最初に逢った時の私の第一声、
「この取材には謝礼がでるのでしょうか」
残念ながらこの取材には謝礼は出ませんでした(号泣)
はてさて、しかしながら、記事を読んでしばしその場で考えました。
この記事に書かれている夫婦は本当に自分と妻なのかと。
現実に、この記事に書かれている以上に、
私と妻は経済的に追い込まれている
という気がします。
その
切羽詰った感じが
この記事にはないように私には思えます。
まるで、私や妻が
「子の自立」「個の自立」を実践している新しいタイプの夫婦
のような印象を読者に与えてしまうかもしれません。
もちろんK記者の狙いはそこにあるのでしょうが。
これは私の持つ印象とは全然違います。
私たち夫婦は本当に
旧いタイプの夫婦であり親である
と思っています。
さて、ここで先ほどの写真写りの話に戻ります。
「くどいなあ。まだ、てめえの写真写りにこだわっているのか」
とお思いになる読者の方がおいでになればはっきり申しあげておきます。
「はい。こだわっています」(笑)
もっと、そのこだわりを厳密に書くならこういうことです。
自分の写真が自分を客観的に写していないのではと疑うのと同様、こういう風に書かれた記事が
自分をまた自分たち夫婦を原寸大で捉えているのか
ということであります。
それは、もっとわかりやすい例を上げれば、自分が信じていた自分の肉声がカセットに録音して聞くとまったく
自分の声ではなく別人の声のように聞こえる
のと似ているのかもしれません。
この記事で書かれていることは、一部の事実誤認は別にして、大筋において正しいことは間違いありません。しかし当事者からすると、
「何かが違う」
と言うことになると思います。
これが新聞の記事になることや活字になることの怖さかもしれません。
長々と書いてきましたが、誤解を招くといけませんので以下を付け足しておきます。
私は取材を受けた後、念のため、ヤフーでこのK記者の過去の記事を検索して読ませていただきました。
K記者は新聞記者の立場から現在の家族・医療・結婚・等の問題に取り組んでいる
素晴らしい女性記者です。
そのことは間違いありません。
また、新聞の記事の最後にはチャンと実名がでているのもかかわらず、K記者と表記して実名を書かなかったのは私自身、こういう時に相手の記者の名前を書くことがなにか
プライバシーの侵害のように思えた
ので書きませんでした。
まあ、堅い話になってしまいましたが、昨日の暑さが一瞬にして消え今日は多少しのぎやすくなったのでよかったです。
これでまた
家電ショップの店長やビール会社の営業部長などはガックリしているかもしれません。
しかし、
私の受難の人生は
天候に関係なくまだまだ続きます。
それに奥が深いというか浅いというか(笑)
今朝自分のHPにアクセスすると
何と掲示板が画面に出てきません。
無料掲示板です。私にはどうしようもありません。
あわてて第2掲示板と立ち上げました。
掲示板に投稿しようとして出来なかった皆様申し訳ありませんでした。
今後ともよろしくお願いします。
しかし、私も多少はパソコンについてわかるようになりました。
この無料掲示板の取り付けは約10分で終了しましから。
昔はこれだけで4時間とか5時間かかっていたのですから。
いやー、今になって考えれば隔世の感があります。
と自慢するほどのことでもないか。
7月4日(木)明日の毎日新聞朝刊をご覧下さい
昨夜は11時ごろに娘より電話がありました。
妻が例によって長話をしていました。
私が途中で電話を代わり、先日から気になっていることを娘に尋ねました。
「麻季ちゃん、ベッカムって知っているか」
間髪を入れず娘が返事をしました。
「知っているよ。監督でしょう」
「ムッ,ムッ、ムッ(泣)、…違うよ。選手だよ」
「ああ、フランスの選手?」
「ムッ,ムッ、ムッ(泣)、…違うよ。イギリスの選手だよ。テレビでワールドカップ見なかったの」
「アルバイトが忙しくて見てないわよ。ベッカムの名前くらい知っているけれどね」
「そうか、身体に気をつけるんだよ」
と言って電話を切りました。妻が
「アルバイトの後、ジムに行って運動してアパートに帰ったのよ。あの子が一番逞しいかもね」
と言います。
不思議なものです。
男兄弟二人に挟まれ、少し割を食ったのではないか、
と私も妻も心配していました。
親の心配なんて杞憂かもしれません。
3人の中で最も逞しく生きているのが娘なのかもしれません。
がんばれ、水戸の女ロビンソン・クルーソー。
大学の勉強もしろよ。
それにしても朝起きてびっくり。
目覚めたら自分がアラビア半島にいるのかと思いました。
150パーセントアラビアのロレンス状態です。
暑いじゃあーりませんか。
朝から生暖かい風が吹いています。
トルコを攻める代わりにお天道様を責める。
「あんた、気まぐれすぎやせんかよ」
なんて。
能天気に天気を責めても人生の転機は決して訪れませんが。
今のは私としては珍しい駄洒落です。
車に乗り込むと熱気と煙草の臭気で酸欠におちいりそうになりました。
ハンドルが熱くなっていて握れません。
それでも決死の覚悟で職場に向った次第です。
冷房が効いている講師室から外に出ると熱気に包まれてしまいます。
アラビア半島のアカバやアデンの暑さを思い出してしまいます。
行ったことはないのですが。
出かける時にアンダーシャツも着ずに転がっていたシャツを直接身につけてでかました。
ところがこれが洗濯していなかったのか
臭くて臭くて(笑)
生徒や同僚が接近してくる度に何か言われるではないかと心配していました。
まあ、何も言われずよかった、よかった。
いつものことながら、全体にオーバーになりすぎていますが(笑)
しかし、こうも暑くなると困る人々がいます。
@
老人の人たち。
A
病気で入院している人々。
B
タクシーの運転手さん。
タクシーの運転手さんなんか大変です。
あの狭い車内に10時間近くいると本当に冷房病になる恐れがあります。
一方で
「やった。来たぞ。儲けるぞ」
この暑さこそ天佑神助。
と思っている人たちがいます。
@
ディスカウントの電気ショップ。
A
ビール会社
B
ビヤーガーデン
C
アイスクリーム会社
D
カキ氷屋さん。
「今年はエアコンを売って売って売りまくるぞ!」
と朝の朝礼で鉢巻をしながら叫んでいるのディスカウントの電気ショップの店長の気合の入った姿が眼前に浮んでまいります。
「今年こそは巻き返しだ。アサヒに負けてなるものか」
とこの暑さに急に元気になって叫んでいるビール会社の営業部長の姿が浮んでまいります。
そして私はと言えば、帰宅してこの「たそがれ日記」を打ちながら
ヒョイとHPの掲示板を覗くと昔の卒業生(?)からの投稿がありました。
「7年前に某予備校の夜間部でお世話になった者です。
ご無沙汰しております。
ふと思い出して、何となくここに辿り着きましたが、
相変わらずの力の抜けた感じがたまらなくいいですね(笑)
今後の更新を楽しみに、また遊びにきます。
私はこの投稿を読んで文字通り脱力感に襲われました。
相変わらずの力の抜けた感じがたまらなくいいですね(笑)
おいおいおい、なんだこの表現は。
舐めているのか(笑)
自分はきびきびしているつもりなのに他人にはそうしか見えないのです。
人生とは所詮この程度のものです(笑)
最後に多少宣伝めきますが、正確に言えば宣伝そのものですが、先ほど毎日新聞東京本社家庭部担当の記者の方よりファックスがありました。
明日の毎日新聞の朝刊に先日取材した私の記事が出るそうです。
お暇な方はご覧になってください。
その時、私と妻の写真を撮っていきましたので、もしかするともしかして、年老いたロバート・テーラーとビビアン・リーの顔が見られかもかりません。
その心は二人とも生き残ってしまった「哀愁」です(笑)
7月3日(水)私は究極の選択を迫られたのだ
昨夜は、巨人が中日に勝ち、阪神がヤクルトに勝ちました
阪神ファンをやめ、ヤクルトに転向・鞍替えするのが早すぎたのか。
イチローは4打数3安打で首位打者に返り咲き。
野茂は9勝目。
ランディー・ジョンソンから自らヒットを打ちました。
その上、投げ勝ったのですからこれは凄い。
それに八回まで投げて無四球・5被安打・無失点。
特に無四球は野茂には珍しい。
これで野茂は7連勝。
それにしても野茂とイチローはもう少し
マスコミに愛想よくすればとそれだけが気懸かりです(笑)
どこか中田英寿と似ています。
野茂やイチローが切り拓いた地平をサーカーの選手が追いかけているということなのでしょうか。
朝食をとりそれから近所のかかりつけの歯医者さんへ行ってまいりました。
今度は先日の割れた歯にカプセルをかぶせるのに続いて虫歯の治療です。
のっけに
「虫歯の一部を削りますが、この歯はまだ神経が残っています。痛みがあると思いますが、麻酔をしますか?」
朝からショックな言葉を聞かされました。
「∞♂⇒★※≧凵堰×!?・・・エエッ、そんなに痛いのかよ!」
私は声にならない声で心の中で叫びました。
私のDNAに蓄積された過去のザックリとした痛みの記憶が襲い掛かってきます(笑)
いやじゃあーりませんか。
それから死の沈黙が訪れました。
斜めに倒された診察台から見ると
マスク姿の歯医者さんと若い助手の女性が
私を見つめています。
「早く決めろよ。俺たちは忙しいんだよ」
という表情は絶対にしていないはずなのに何故か私にはそう見えてしまいます。
「このオヤジはきっと臆病なんだわ」
助手の女性の眼はそんなことは語りかけていないはずなのに私にはそう見えます。
これが
「カツ丼にするのか、うな丼にするのかどっちなんだよ」
と責めたてられているのならまだ余裕があるのですが。
「麻酔をするのか、しないのかどっちなんだよ」
と責められるとこれはもう究極の選択です。
私の頭は無意識のうちに巨大スーパーコンピューターのように演算を繰り返しました。
いや、もう老化した頭です。
そこまではできません。
しかし、激安ショップで投売りしているカシオの計算機くらいは考えました。
しかし,「答え一発カシオミニ」とは行きません。
ああ誇大宣伝!
まず、歯医者の先生一人なら私は躊躇なく
「先生、絶対に麻酔をお願いします」
と叫んでいたでしょう。
もしかしたら
「先生、私は心臓が弱いので激痛に耐えら得ないかもしれません。是非麻酔をお願いします」
と嘘八百を並べたかもしれません。
しかし、反対側にうら若い助手の女性がいます。
この存在が私に真実の言葉を言わせないのです。
歯医者で見栄を張ってどうするのだよ
という反論もあるでしょう。
しかし、それは所詮人生を降りた人間の言葉です(笑)
私にだって見栄はあります。
色気もあります。
その間わずか30秒くらいでしたが、私の頭の中に高い場所が浮んできました。
その場所から下を除くと千尋の奈落となっています。
よし飛び降りてもいいさ。
見栄のためならば(笑)
これが
「清水の舞台から飛び降りる」
ということであります。
また、私の眼の前に大きな側が流れています。
私はその川を渡る決心をしました。
私は震える声でそれでも決然と
「麻酔なしで結構です」
と言い切りました。
私はかくしてルビコンを渡ったのです。
歯医者さんも助手の女性も
私の決然とした返事に表情一つ変えなかったのが
私には謎でした。
またチョッピリ寂しいところでもありましたが(笑)。
「あなたは見かけによらず勇気のあるお方ですねえ」
くらいは言って欲しかったですね。
虫歯を削る治療は僅か3分ほどで終りました。
その間、私は診察台の上で口をあけたままでした。
何故か2本の腕に力が入り拳を強く握り締めていたのです。
それでも涙を流すこともなく激痛に呻くこともなくその修羅場を耐え抜いたのです。
やっと治療が終わり診察料金を払う段になって
「今日は1190円です」
と言われた時には第二弾のショックが私を襲いました。
もし、これで健康保健法が改正されて
本人3割負担になったりすると
おちおち虫歯にもなっていられません。
恐ろしい状況です。
昼前に雨がどっと降り雷が久しぶりになりました。
群馬県に来てもう27年近くになりますが、昔に比べて雷が凄く少なくなったことに驚いています。
これは地球温暖化現象と何か関係があるのでしょうか。
午後は仕事です。
職場で同年輩の同僚に
「歯医者に行ったら待合室に80歳になっても歯を20本残せるようにしようという標語がありましたよ」
と言うと別な若い同僚が
「8020運動でしょう」
と答えました。
8020運動?
わしゃ、そんな運動、聞いたこともありまへんで。
しかし、そういうことか。
なるほど、80歳になっても歯を20本残す運動か。
もしかしたらこの運動はいまや「日本の常識」なのか
と思ってしまいました。
どうしてこの若い同僚は知っていたのだろう。
俺は負けてはいられない
と突然
大久保彦左衛門的気分
に突入したのでありました。
夜間部の授業が終って帰宅して夕食前にこの「たそがれ日記」を必死に打ち込んで今日も終わり。
私は今日は脱いだ靴下を屑箱ではなくチャンと洗濯機の中に入れました。
妻よ信じろ!
私は天地神明に誓ってボケてはいない。
しかし、疲れて自分を褒めてやる元気もありません(笑)
7月2日(火) 「血脈」よりも「金脈」です
昨夜はワールドカップ記念番組の花盛りでした。
その番組を見ながらの妻との我が娘についての会話。
「麻季もベッカムの写真くらいアパートの壁に貼っているのかな?」
「ベッカムの名前も知らないんじゃない」
「・・・・・・」
どこまで懐疑的なのか、娘に対する何という侮った言い方。
赦せないと思いました(笑)
「おいおい、それじゃ、いくら何でも麻季がかわいそうだろうが」
と抗議すると、
「だって、テレビは持ってないし新聞はとってないでしょう」
「ムッ,ムッ、ムッ、ムッ・・・」
そうか。そうだったのか。
言われればわかる気もします。
すると水戸にいる娘が、まるで陸の孤島に住む孤独な人間のように思えてきました。
水戸の女ロビンソンクルーソーは大丈夫かいな。
一方で妻は昨日読み終えた本のことで
「凄かった、凄かった」
と珍しく一人で叫んでいます。
私と妻は自分が読んだ本についてはほとんど話をすることがありません。
お互い、趣味も違うし、きっと説明するのが面倒なのです。
それにお互い聞く耳を持たないだろうし(笑)
わかりやすく言えば私がテレビで不滅の名作
「仁義なき戦い」
のビデオを観ます。
その後に、妻が
「宝塚歌劇団」
のビデオを観ているようなものです。
この二つではどうしても話の接点の作りようがありません。
せめて「仁義なき戦い」の中で菅原文太か小林旭が
「すみれの花咲くころはじめて君を知りぬ・・・・・」
なんて歌ってくれていたらよかったのですが。
また轟悠か、和央ようかが、舞台で
「広島の極道はよー、旅の人間の風下にたったことはないでよー」
となんて言ってくれていたら話しの接点も作れたのでしょうが。
到底無理な話であります(笑)
妻が呼んで感動した小説は、
佐藤愛子「血脈」(文藝春秋社)
妻はこの本を1ヶ月かかりで読んだみたいです。
この本は「上巻」「中巻」「下巻」とあるのですから長い小説なのでしょう。
このような時に私が立派な夫であれば
「お前がそんなに素晴らしい小説だというなら俺も読むよ」
なんて口先だけでも言うのでしょう。
私に欠けているのはこの妻に対するサービス精神です。
妻よ赦せ(笑)
それに私は女流作家の小説を読んだことがありません。
瀬戸内晴美・高橋たか子・佐藤愛子・田辺聖子・宇野千代・幸田文・佐多稲子・宮本百合子・宮部みゆき
等など、思いつくままに並べますと、
何か年寄りばかりが多くて困ってしまいますが(笑)
こういう人たちの小説を読んだことがありません。
こう書きながら思い出しました。
幸田文の「おとうと」
という小説を読んでいたく感動したことです。
ただこの小説を思い出したのも
岸恵子と川口浩が姉弟
となって主演した
大映映画・市川昆監督「おとうと」
を観て同じように感動したからでしょう。
私が高校生の頃でしょう。
私はこの小説を読んで泣き、この映画を観て泣きました。
今となっては嘘みたいですが、
私も若い頃はゾッとするほど純情だったのでしょう(?)
原作の感動と小説の感動のレベルが同じだというのは稀有なことなので印象に残ったのかもしれません。
ただ私がほとんど全てを読んでいる女流作家は一人います。
その人の名は氏家真知子ではなく高村薫です。
私はこの人の小説を何故好きなのかずっと考えてきました。
ある時、何かの雑誌で高村薫が
「女松本清張」
と呼ばれているのを知り納得がいった次第です。
物事は本質を突いた言葉に出会えばすぐにわかるものですなあ。
今日は昼間青空が拡がっていました。
午後、講師室の窓からぼんやり空を眺めながらふと短歌を思い出しました。
白鳥は哀しからずや
空の青海の青にも
染まずただよう
若山牧水
私はなんでこういう中学か高校の教科書に出てきた短歌を覚えているのでしょう。
何か哀しい歌ですなあ。
この歌を思い出しながら私が作った短歌。
ブチ猫は哀しからずや
白い猫黒い猫にも
入れずさまよう
やっぱりレベルが違うなあ(笑)
帰宅すると角川書店発行発行の雑誌「TOKYO Campus Walker 大学発見BOOK」ウオーカー」の見本が届いていました。
この雑誌の制作プロダクションに依頼されて書いた5行程度の原稿と私の本の宣伝が出ています。
もっと私の本が売れないかなあ!
と書き終えやっと一安心と思って送信しようとすると、背後から妻が叫びました。
「あんた、何やっているのよ。脱いだ靴下を屑箱に入れるなんて。
もう、ぼけているの」
「ほっとけ」
と言い返し得ずして
「すいません」
と謝る心の哀しさよ(笑)
7月1日(月) さようなら大五郎・ロナウド
朝、車で職場に向っていると、
驟雨で街が霞んでいました。
ああ、雨にけむるパリ・シャンゼリゼ・凱旋門
ならば、何か心の底に哀愁でもただようのでしょうが、
現実は渋滞した日本の国道17・18号
であります。
信号待ちの隣の車線のサラリーマン風のオッチャンが不機嫌な顔をして出勤しようとしています。
向こうも私と眼が合いました。
お互いに残念ながらベッカムとはかけ離れた顔をしたモンゴロイドです(笑)
1ヶ月の狂騒が終りました。
「宴の終わり」です。
日常が戻ってきます。
さようなら大五郎・ロナウド!
まったくサッカーを何も知らない私がこの1ヶ月間に感じたことはやはり世界が狭くなったことです。
「ブラジルVSドイツ戦」が終った瞬間に
ベルリンやリオデジャネイロのサポーターの姿が
茶の間にいて飛び込んでいきます。
これは何回経験しても不思議な光景に思えます。
はるか昔、私が高校1年生の頃でした。
死んだ父親と大阪にでかけていました。
どうして大阪に父と二人でいたのか思い出せません。
その時、私は大阪の環状線に乗っていました。
誰かがトランジスタラジオを聞いていました。
ニュースの時間なのか
アナウンサーの声
が聞こえてきました。
私はその聞こえてきた言葉をいまだに覚えています。
「・・・ラスク国務長官がハワイからワシントンに特別機で急遽引き返しまた・・・」
という言葉です。私は直観的に何かが起こったのかと思いました。
電車を降りてからこれがアメリカの
J・F・ケネディー大統領がダラスで暗殺された事件
だと知りました。これで
1963年の11月22日に私は間違いなく大阪の環状線に乗っていたことが確認できます(笑)
翌日の23日で
初の日米テレビ中継で
ケネディー暗殺事件が速報されたのです。
初の日米テレビ中継がケネディー暗殺事件の速報となるとは
ノストラダムスもハヌッセンもミスターマリックもゼンジー北京も
予測できなかったでしょう。
やたら長いイントロになってしまいましたが、それから49年が過ぎようとしています。
今は情報と映像のスピードは雲泥の差です。
今回のワールドカップをテレビで観戦しながら感じたことはこのことが一番です。
こういうイベントが日本であれば、日本も世界中に紹介されます。
私たちもまた世界と触れ合うことによって、
もっともっと日本は国際化するのではないでしょうか。
朝日新聞の社説がいいそうな私らしからぬ結論になってしまいました。
さて時は7月。
また夏がやってきます。
それにしても今年の梅雨は本格的です。
長いなー。
体調がよくありません。
それでもがんばります。
もっともっと読者の皆様に愉しんでいただける日記を書き続ける予定です。
今日は夜間部の授業があってこの「たそがれ日記」を書くのが遅くなりました。
6月の日記のタイトルに
「明日という字は明るい日とかくのね」
としましたがこれは間違いで
「明日という日は明るい日とかくのね」
だったか心配になりながら、結局何も調べもせずに6月が終ってしまいました。
明日もよろしくお願いいたします。