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第四部 上級編

37 哀愁

*一九四〇年 *アメリカ *マーヴィン・ルロイ監督

恋愛映画の白眉中の白眉とされている傑作。

私はこの映画が好きで何度も見ています。

第一次世界大戦下のロンドン。空襲のために地下鉄に避難した陸軍将校とバレーのダンサーが知り合い恋が芽生え結婚しようとします。

しかしそこに出動命令が出て男は戦場に向かいます。

そして取り残された女は仕事をサボったという理由でバレー団を解雇され、その上、出征した男が戦死したという新聞記事を読み悲嘆に暮れます。

生活ができなくなりバレー団の親友だった女性と二人で夜の女として生きていきます。

しかしそこに死んだと思っていた男が生きて現れます。再会して結婚しようという男に女は自分の昔を打ち明けることが出来ず最初に二人が出会ったウォルタールーブリッジでトラックに身を投げ自殺してしまいます。

古典的と言えば古典的な映画ですがこういう映画を見ておけば後々の恋愛映画がいかにこのバリエーションであるか子どもにもすぐわかるでしょう。

私の子どもたちはただ主演のビビアン・リーの美しさにうっとりしていただけかもしれませんが。

38 山に生きる子ら

*一九五八年 *制作小川伸介 *小川伸介監督

この本では記録映画は「砂漠は生きている」しかありませんのでもう一本紹介しておきます。

後に日本を代表する記録映画監督になった小川伸介が大学生時代に撮った映画です。舞台は長野県の山深い分教場。

 この映画だけは家のテレビで見たビデオではありません。

無料の映画会が駅前であるというので小学生の長男と次男と出かけて見た映画。です。

同時上映は「圧殺の森」「青年の海・・・通信教育学生の記録」という映画でした。子ども二人はこの映画三本を必死で眠るまいとしてみたのです。

「山の子ら」は遠い小学校の分教場に通う子どもたちを描いていました。普通、テレビでは見られないタッチの内容に次男はいたく感激した模様でこの映画を見た後、一年近く

「山の子らは何里も歩いて通って大変だなあ」

と言っていました。

長男は高崎経済大学の学園闘争を描いた「圧殺の森」でバリケードの中に篭城していた一人の学生が突然

「軽井沢に遊びに行くのだ」

と言い出して仲間と揉めるシーンが印象に残ったとのことでした。

子どもは面白いものでけっこうポイントはついた映画の見方をしているものです。

39 裸の島

*一九六〇年 *近代映画協会 *新藤兼人監督

モスクワ映画祭でグランプリに選べられた傑作。

出演者全員セリフがない珍しい映画です。

瀬戸内海の孤島に家族四人が住んでいます。

島は畑が耕されています。対岸の町から水を汲み取ってきて島の頂上にある家まで急な坂道を自分で運ばなくてはなりません。

その水を島の頂上近い住居まで運ぶ作業を延々と描いています。

労働の厳しさと大切さがわかります。しかも情緒的・感傷的ナレーション・せりふは一切なしです。このような毎日が実に淡々と続きます。

ある夏に長男が発病します。父親が対岸の町へ行き必死で医者をさがしますが、医者が孤島に到着した時には長男は亡くなっています。

舟でやってきた学校の先生と級友たちとが参加した寂しい葬儀が行われます。そして次の日からまた親子三人の淡々とした生活が続いていきます。

私たち家族はこの映画を見て黙り込んでしまいました。

林光の単調で叙情的な音楽が自然の美しさと厳しさを心にひしひしと訴えてきます。

何か人間が生きる原点を教えてくれるような映画だということが子どもにもわかったのでしょう。

40 赤西蛎太

*一九三六年 *知恵蔵プロ *伊丹万作監督

原作は志賀直哉。次男と一緒にビデオを観ました。

二人でモゾモゾ笑いました。モダンなのです。

伊達騒動の一エピソードなのですが、片岡千恵蔵が醜男の侍役と原田甲斐の二役を演じます。

醜男の名前が赤西蛎太。これが実は国元から派遣された密偵なのですが文字通り昼行灯のような男です。

この男に恋をする女性が出てきます。最後のシーンで二人が対面しながら片岡千恵像がボソボソ愛を告白する場面は絶品です。

見終わった後、次男と二人でボーとしながら幸せな気分になりました。

小学生の子どもにも早逝した伊丹万作の凄さはわかったのでしょう。

何か不思議に惚けた味のする映画でした。

41 心の旅路

*一九四二年 *アメリカ *マーヴィン・ルロイ監督

「哀愁」と並ぶ古典的恋愛映画の傑作。

家族でこの映画は二回見ました。

第一次世界大戦が終わる頃、イギリスの病院で記憶を失っていたスミスという一兵士が病院を脱走して町の踊り子のポーラに救われます。

二人は田舎にひきこもりますがスミスは健康にはなりますが記憶はよみがりません。

そうするうちにスミスは新聞に自分の原稿を送り物書きとして身を立てていこうとします。

しかし、新聞社に行く途中で交通事故に遭いそれまでポーラとすごした三年間の記憶を失い今度はそれ以前の記憶がよみがえってきます。

そして実家に帰り実業家であった親の跡を継ぎ国会議員にまでなります。

そこに秘書として登場するのがポーラです。

スミスはポーラを愛するようになりますが昔の記憶はよみがえりません。

そして最後に一緒に昔住んでいた田舎の家に立った時スミスの記憶はよみがえります。

家族全員でうっとりと感動。

霧がどうして「豆のスープ」と言われるのだとか議論したりしました。

ポーラがスミスを「スミッシー」「スミッシー」と呼ぶのを真似てお互いに「スミッシー」「スミッシー」と呼ぶのが我が家でも大流行しました。

42 市民ケーン

*一九四一年 *アメリカ *オーソン・ウエルズ監督

二十世紀の映画の中で名作は何かとなるといつも一位になる傑作。

映画のあらゆる技術・手法を駆使しています。

冒頭にニュース映画が登場しこの映画の主人公の前半生がスピーディーに語られます。

私の子どもたちも子の部分からもうこの映画にのめり込んでいきました。母一人と子一人の子どもが母が所有していた鉱山の権利を売ることによって莫大な資産を得ます。

母と別れて少年は銀行家に育てられますが、青年になって新聞社を買い取り大新聞に発展させていきます。

そしてアメリカの世論も動かす富豪になりながら妻にも友だちにも見捨てられ寂しく死んでいきます。

映画の最後に少年の頃母と別れる時のそりに書かれた「ばらのつぼみ」という言葉が映し出されます。

アメリカという国を理解するにも人間の幸せってなんだろうかと子どもに考えさせるのにもいい映画です。

43 天国と地獄

*一九六三年 *黒澤プロ=東宝 *黒澤明監督

誘拐映画の傑作。

シューズ製造会社の専務の息子と間違えられて専属運転手の息子が誘拐されます。犯人の身代金の要求に専務はどう答えるのか。

また特急「こだま」の洗面所の小さな窓口からから身代金の入ったカバンを投げ捨てるスリルとサスペンス。

犯人は間違えられて誘拐された子どもは解放され最後に結局犯人は逮捕されます。

これらのストーリーがドキュメンタリータッチで描かれています。犯人の正体を暗示するごみ焼却場の煙突から昇る煙の場面だけが突然パートカラーとなります。

子どもたちと一緒にこのビデオを見ましたが、犯人の電話をしてきたテープから電車の「チンチンチン」という微かに流れて来て、これが調査の結果江ノ電だと分かります。

それ以降、わが家では「チンチンチン」という音が流行し江ノ島電鉄は我が家で最も有名な私鉄会社となったのです。

44 飢餓海峡

*一九六四年 *東映東京 *内田吐夢監督

これもまた日本的犯罪映画の傑作。

北海道を台風が襲った時に町の質屋に強盗に入った三人が青函連絡船の遭難のドサクサに小さな漁船で台風の中本州に向います。

強盗犯の一人は船の上で仲間二人を殺して対岸の下北半島に上陸します。

それからその強奪した資金を元手に地方実業家として出世するのですが、ある日、慈善家としての彼を賞賛する記事が新聞に顔写真入りで出ます。

それを見た下北で犯人に金をもらって助けられた元娼婦が一言お礼を述べに訪ねていきます。

だが犯人である実業家はその元娼婦が自分を脅しにきたと誤解して殺害します。最後に実業家を刑事たちが護送して北海道に向うために青函連絡船に乗り込みます。

刑事が津軽海峡で読経を唱えると実業家も読経し始めます。そして犯人の実業家は罪の意識に責められたのか海に飛び込んで自殺してしまいます。

私の子どもたちもずっと暗い顔でこの映画を見ていましたがこの場面では「アッ」と驚いて声を上げました。

この映画を見て子どもが人間の罪と罰、人間の業というものについて少しでも考えることがあればそれでこの映画の役割は果たせたのでしょう。

45 泥の河

*一九八一年 *木村プロ *小栗康平監督

戦後の日本の貧しい一時期を叙情的に描いた傑作です。

昭和三十一年の大阪。川っぷちの食堂に貧しいけれど実直な夫婦とその子ども信男が生きています。その川沿いに舟が一隻浮んでいてそこに住んでいるのが母親と銀子と喜一。

母親は舟で娼婦をしています。信男の父はそんな環境の銀子と喜一を哀れに思い二人を夕食に呼んでもてなします。

信男の両親が銀子と喜一に古着をプレゼントしようとすると銀子は「私はいらない」と言います。

この場面を見ていた私の子どもたちは「シ――ン」となりました。

他人の哀れみを受け入れない銀子の強靭な姿に感動したのかもしれませんし、逆にどうして素直にもらっとかないのと思ったのかもしれません。

しかしその場面は子供たちの記憶に残ったことでしょう。

最後に銀子と喜一を乗せた舟が去っていく場面で信男が「きっちゃーん!」と叫びながら川沿いに追い続ける場面で家族はみんなウルウル状態になってしまいました。

46 東京物語 

*一九五三年 *松竹大船 *小津安二郎監督

小津安二郎監督の傑作と言われています。

尾道に住む二人の老夫婦が二十年ぶりに東京の子供たちを訪れます。

しかし医師の長男も美容院を経営する長女も大切にしてくれて保養にと熱海の温泉にまでいかせてくれるのだが二人ともどこか思いやりがないように心の底で思っています。

そこに戦死した次男の妻が登場します。

この義理の娘のやさしさに二人は心を動かされます。故郷の尾道に帰って妻が亡くなり老人は一人取り残されます。

現在の老人世代の生き方を先取りしたような映画でした。

私の子どもたちはこの映画をじっと見ながら何を考えていたのでありましょうか。

この映画を見た後、次男がこの笠智衆演じる老人がラストシーンで表を通りかかった近所のおばさんと「いい天気ですのう」「本当にいい天気ですのう」というセリフの真似を一生懸命していましたから何かは心に残ったのでしょう。

47 2001年宇宙の旅

*一九六八年 *アメリカ・イギリス *スタンリー・キューブリック監督

SF映画の傑作。

冒頭に原始時代の猿同士が争いを始め骨を武器にして戦います。その武器である骨が空に投げ上げられると同時に画面がパッと変わり宇宙に浮ぶ宇宙船が映ります。

かぶせるようにヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」の甘美なメロディーが流れてきて私の子どもたちはウットリとした表情でこの冒頭シーンを見ていました。

その俯瞰で撮った宇宙船を見ながら子供たちが一斉に「アッ、父さん、宇宙船の中で人が動いている!」と叫びました。

確かに宇宙船の中で人が動いています。一体どういう風に撮影してのだろうと言うのが私たち家族の不思議に思ったことでした。

後は月に謎の石碑が発見され原子力宇宙船ディスカバリー号宇宙船が木星に向う途中でコンピューターの「ハル」が叛乱を起こし乗組員や冬眠していた科学者が次々に死んでいきます。

最後に見知らぬ部屋に謎の老人が現れて映画は終わります。

その後、「父さん、意味が全然わからないけれど、最後の老人はどういう意味なの」

なんて訊かれて往生したのを覚えています。

その夜は子供たちは宇宙を飛んでいる夢でも見たのでありましょうか。

48 風と共に去りぬ

*一九三九年 *アメリカ *ビクター・フレミング監督

一八六〇年のアメリカの南北戦争を舞台に繰り広げられる情熱的な女性の一生を描いた傑作です。南部ジョージア州タラの大地主の娘スカーレット・オハラは幼馴染みであるアシュリーを愛しているが彼が従妹のメラニーと結婚してしまいます。

そして仕方なくスカーレットはアシュリーの兄のチャールズと結婚するがチャールズは南軍として戦争に参加し戦死してしまいます。そこに登場したのがレッド・バトラーであり二人は結婚しますが・・・・・。

映画を見終わって我が子供たちが気に入ったのは紳士的なアシュリーであり、

気立ての優しいメラニーでした。

見ている子どもの方も自分が好きな性格の人がわかるのかと思えてきます。それにしてもアトランタが炎上するシーンとかはスペクタクル映画の要素も持っていて子どもたちも何とかそういう場面を見ることで満足したのかとも思えます。

49 太陽がいっぱい

*一九六十年 *フランス *ルネ・クレマン監督

サスペンス映画の傑作。

貧しい青年がアメリカからヨーロッパに遊びに来ている放蕩青年の父親に頼まれ見張り役としてやってきます。

この男が放蕩青年に取り入りながらヨットの上で殺害し恋人を奪い放蕩青年になりすまします。

こういう話がニーノ・ロータの感傷的な音楽に乗って展開していきます。

私の子どもたちが何と言っても感動したのは主人公のアラン・ドロンが殺した放蕩青年の筆跡を真似するために映写機を持ち出してそのサインを拡大してその上から何度も模写していく場面です。

子どもたちが考えもしなかったことを主人公がやっていたのでしょう。

そして最後の場面で犯罪の発覚の仕方に子供たちは「アッ」と叫んで映画は終わりました。

50 トラ・トラ・トラ

*一九七十年 *アメリカ *リチャード・O・フライシャー他監督

最後に日米合作の戦争映画を一本。日本側は黒澤明が監督をすることになっていましたが結局舛田利雄と深作欣二になりました。

太平洋戦争を扱った映画としてはこれは大変客観的に日米双方を描いた映画です。「トラ・トラ・トラ」とは「我奇襲に成功せり」という日本海軍側の暗号電報。

子どもに歴史に興味を持たせるのはこういう映画がいいのかもしれません。

日本海軍の真珠湾攻撃を中心に日米の政治家・軍人の人間模様もきちんと描かれています。

こういうキチンと作られた映画を一度見ておくと他の映画がどの程度のものなのかがわかる指標というものが子どもの心の中に生まれてくるでしょう。

それは子どもがこれから映画やテレビを見ていく上においても実に重要なことだと思います。

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