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たそがれ日記

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講演会の思い出


ここに記します講演会は、私の職場から派遣されて行きました講演会ではなく私の個人としての講演会の思い出です。

全て、子育て・進学・受験・教育費に関する講演です。その時の気持ちを忠実に再現するようにしたつもりです。

1「グメスの会」講演会 2001329

「グメスの会」は略称で正式には「群馬県メディカルスタッフの会」という組織です。

主に糖尿病についての研究をしている医療集団です。

この世話役をなさっている医師が高崎市の清水内科の院長先生である安倍純先生です。

安倍先生は私のかかりつけの先生であります。

診察してもらうといつも「煙草をやめないと早死にするぜ」と辛辣なことを言われ私はいじめにあっておりました(笑)。

しかし、医者としての技術・腕・見識は確かな先生です。

私は以前に糖尿病になりかかった時にお世話になりました。

この先生からメールが来て講演をしてくれないかということになった次第です。

私は「グメスの会」を「グルメの会」と間違え、ナンノコッチャと思いました。

講演会の日は確か雨でした。

場所は前橋市群馬大学医学部刀水会館でした。

聴衆は看護婦・検査技師・薬剤師・医師などの100名前後の皆様でした。

個人的にこういう方の家庭は大変だと思っています。

仕事が仕事です。

患者さんと対応しなくてはなりません。

ストレスも高いでしょう。

家族に気をつかうよりも患者さんに気をつかう方が多いかもしれません。

そういう視点から話をしました。

私が子どもの教育につきまして最後に人間はわからないものです。


勉強ができなかった男が二浪して大学に進学し、一流企業に就職しました。

そして、退職して今はアメリカの大学院で勉強しています。

という話をしました。

その後、質疑応答がありました。

その時に年配の医師の方が立ち上がりました。

そして、私の最後の話に出てきた人物は「モラトリアム」の典型だと思わないかと尋ねました。

ウ――――ン。

私は壇上で絶句しました。

そうか、そういう考え方もあるのかと思いました。

この講演ではその質問が一番印象に残っています。

2 煥呼堂講演会 2001818 

煥呼堂は前橋に本店があります。

群馬県では老舗の書店です。

この講演は出版社と煥呼堂との間で私の本のセールスプロモ―ションとして企画されました。

入場料500円をとる有料の講演会です。

これには私もビビリました。

いったい何人集まるか全然わかりません。

宣伝といっても煥呼堂の店内にポスターを貼ることとチラシを書店の周辺で配ることだけです。

さらに悪いことには講演会の三日前に昔の卒業生からメールがありました。

その男性が煥呼堂に前売り券を買いにいきました。

前売り券に打ち込まれていた番号が3番だったそうです(笑)

それで、先生大丈夫ですかという私に気遣ってくれたメールです。

またまたビビリましたね。

おいおいおい、いったい何人が集まるのか。

もう生きた心地がしませんでした。

当日、会場の控え室で待ちながら焦りまくりです。

喋る内容よりもいったい聴衆が何人いるのか。

プロの落語家が聴衆3人の前で落語を演じる。

プロの歌手がたった1人の観客のために歌を歌う。

こういう時の恐怖が一瞬だけでもわかるような気がしました。

講演開始直前になって聴衆は80人程度だと聞いてホッとした次第です。

講演が始まりました。

壇上の私にスポットライトが当たっていますので、観客席の方は薄暗くなっています。

それでも薄い灯りの中でよく見ると昔教えた卒業生の方が沢山おいでになるのがわかりました。

皆さん、おっさん、おばさんになっております(笑)

それで一安心しました。

私が

「このように講演会を開いていただけたのもひとえに私の子どもたちが大学に合格してくれたお陰であります」

と言うと、会場からドッと笑いが起こりました。

後は同窓会のような気分でリラックスして話ができました。

よかった。よかった。

しかし、講演が始まる土壇場まですごく疲れた講演会でした。

講演会が終った後、煥呼堂の店長さんたち、出版社の方々と打ち上げがありました。

その席で煥呼堂の店長さんがこう言いました。

「いろんな講演会をやりましたけれど、子どもの学費が必要なので本を買ってくださいなんてアピールしたのは吉本さんが初めてです」

と言われておおいに笑いました。

3 長野積水ハイムセミナー講演会 20011014

この講演は長野市の企画会社から持ち込まれました。

ある日、私にメールが来ました。

その企画会社の経営者の方が知り合いの女性から私の「タダで大学を卒業させる法」を読んで感動したという話を聞いたそうです。

それで自分も読み講演を依頼しようということになったそうです。

住宅販売も金額が金額なので教育費との兼ね合いが大変です。

そういう視点から子育て、教育費について講演して欲しいという依頼でした。

講演会の場所は長野市駅前のホテルです。

私は妻とでかけました。

そして講演の前に善光寺にお参りできました。

妻と旅行するお金もあまりありませんのでこれは救いになりました。

ただ、講演会会場は150人は入ろうという結婚式場のようなところです。

聴衆の方はなんと30人程度でした。

私も予測していたとはいえ、広い会場で私は孤軍奮闘しました(笑)

企画会社にも申し訳ないし、積水ハイムの方にも申し訳ないし、ただ後は必死で喋るしか在りません。

これこそ無名の人間の辛さです。

私の辛い思いがどの程度、聴衆の皆さんに伝わったか分かりません(?)

私としてはもっとも主催者に申し訳ないと思った講演会でした。

4 長野エスピー協同組合講演会 2001128

ところが、それから2ヶ月もたたないうちに、同じ企画会社から講演依頼がまたありました。

今度は上田市にある上田創造館という場所での講演会です。

会場はこじんまりとした会議室でした。

聴衆は20名ほどでした。

冒頭に私が

「こういう人数ですので今日はひとつシミジミとした講演させていただきます」

と申しましたところ、狭い会議室に笑いが起こりました。

それで私も落ち着いて講演できました。

講演後、聴衆の皆様の中の2名の方が私の本を読んでいてこの講演があることをタウン誌で知って駆けつけてくれたと聞きました。

これには感動しました。

私は現在まで4冊本を出版しながら実感的に読者の方の反応がよくわかりませんでした。

時々、著書を読ませていただきましたという内容のメールをいただくくらいですので。

この講演が私としては一番よかったのではないかと思っています。

上田駅まで車で送っていただいた企画会社の方と別れました。

それから駅の反対側に出て「飲み屋」に入り少しお酒を飲みました。

ここの焼き鳥はやたらおいしかったのが印象に残っています。

5 草津図書館講演会 2002年3月26

この講演は突然、草津図書館の方からお葉書をいただき講演することになりました。

この日に私は前橋の校舎で午前中授業がありました。

その後、前橋駅前で妻と落ち合い一路車で草津を目指しました。

妻が運転をしてくれる話になっていました。

しかし、、山道もあるので結局妻の運転を不安に思い私が往復を運転しました。

妻と私のどちらかが運転が好きであるとか上手であるとかであればいいのですが。

こういう時に似た物夫婦は本当に困ります(笑)

しかし、草津は遠かった。

途中の大きなショッピングセンターの駐車場に車を止めました。

車内で妻が用意してくれたおにぎりをいただきました。

知らない土地の駐車場です。

車の中で妻がつくってくれたおにぎりをいただきました。

♪ 旅のつばくろ、さみしいかないか。

俺もさみしい、サーカス暮らし・・・・・

なにやら売れない旅芸人のような気分になりました。

会場は体育館の一角の会議室でした。

聴衆は30名ほどでした。

困ったことに最前列に中学の校長先生とかPTAの会長さんとか教育委員の方とかが並びました。

偉い方が最前列に座ると困ります。

話がしにくくて、しにくくて(笑)。

後から知ったのですが、この講演会は一応草津図書館と中学PTA、教育委員会の共催だったそうです。

聴衆の皆様は熱心に拙い話を聞いてくれましたことが救いでした。

帰りは山道を後ろから煽ってくるトラックにビビリながら必死で走りました。

6 不動岡高校PTA第8支部講演会 2002727

この講演会はこのPTA第8支部の会長さんからメールをいただきました。

こういう講演依頼が突然ありますと、本の威力についてつくづく考えてしまいます。

私は不動岡高校については名前をどこかで聞いたなあという程度の知識しかありませんでした。

会場は埼玉県大利根町の「童謡の里記念館」(?)というところでした。

高崎から平地ばかりが続くので妻が運転をしてくれました(笑)

会場まで2時間以上かかりました。

会場は田舎の畑の中にありました。

聴衆は120人ほどです。

高校生の子どもさんを持つご父兄の方ばかりです。

こういう講演は私としては目標がはっきりしていてやりやすいものです。

皆さんの子供さんたちが素晴らしい人生を歩まれんことを心より祈っておりますと言って講演会を終えました。

80分目一杯喋りぬきました。

その後の同じ場所での懇親会にも参加させていただきました。

帰りにお酒と名産の味噌までいただきました。

こういう現物支給は私のような貧乏人根性が抜けないものにはうれしいものです。

7立正大学橘父兄会講演会 2002年11月3日

この講演会は立正大学キャリアサポートセンター(旧就職課)の課長さんがある日書店で私の「アホな就

職で公開させない法」を読んで感動したとのことで講演を依頼されました。

立正大学大崎キャンパス内にある石橋湛山記念講堂で講演を行いました。

石橋湛山は昭和30年代に総理大臣にまりました。

しかし、病気のために総理大臣を辞めざるをえなかった人物です。

立正大学の学長も長くなさっていました。。

その記念講堂に300人近い父母の方が集まり「社会力アップ」というテーマで父母のための就職講座」が開かれたのです。

私の与えられたタイトルは「ぼんやりわが子に贈るサバイバル大作戦」。

この講演で一番思い出深かったのは講演しましたその日と次の日に父母の方から5通ほどのメールをいただ

いたことです。


皆さん、講演を聞いて親子の関係というものを今まで以上にお考えになったということで私も

お役にたてて本当によかったと思いました。

8 私立「八王子高校」PTA講演会 2003年1月25日

「私立八王子高校」から以来を受け講演に行きました。

国道17号から関越道高崎インターに乗りました。

それから鶴ヶ島インターへ、鶴ヶ島→県央道→国道20国道16号。

八王子高校到着まで2時間30分。

打ち合わせを兼ねて進路の先生とお話をしていました。

そこに一人の女性の先生が挨拶に入ってこられました。

「先生、ご無沙汰しています。昔、先生に教わりました」

と言う言葉に記憶があるようなないような(?)

どこかで見た顔のような気もしてまいります。

「何時頃の生徒さんですか」

と私が思わず尋ねると

「先生の娘さんが生まれた頃に予備校で教わりました」

とのことです。エッ、エッ、エッ。

22年前の生徒!22年前の生徒に初めて訪れた八王子で逢う。

こんなことが人生にあっていいのだろうか。

と思わず不思議に思いました。

ところが聞けばなんのことはありません。

この先生が私の本を偶然読み感じるところがあったそうです。

他の進路の先生に吉本先生に講演を頼んでみてはと推薦してくれたそうです。

その上、この方にお土産に八王子のお酒までいただきました。

感謝感激であります。

進路の先生のお言葉は

「うちの生徒は朗らかで明るいんですよ」

この言葉が一番印象に残りました、

やっぱり学校は楽しくなくてはいけません。

大学の進学率もいいそうです。

しかし生徒がみんな私立を志向するので国立にも力を入れているそうです。

運動の部活も盛んで新体操で全国一位になったりオリンピック選手も出ているそうです。

講演会の出席者は高校一年生の父母の皆さん
200名(?)です。

講演の途中で

「大学に行くにはお金がかかります。

その時にお金がかかるならかかるで子供の協力も必要です。

その時に親の収入をはっきりいいましょう。

親の収入が多いか少ないかは親の人格と何の関係もありません。

もし少なくてそれは子供に言えないなんて親がいたら

それは子供が通知表や偏差値を親に見せたくないという論理と同じです。

お互いにカッコをつけてどうするのか」

なんて偉そうに申しました。また講演の最後に

「皆さんの子供さんは高校一年生です。

まだまだ夢があります。

どうか三年後には地元の一橋大学と私立の慶応大学を合格し

先生どちらの大学に進学したらいいですかと相談にくるくらいになりましょう」

と申しますとご父母の皆さんも明るく笑っていただけました。

私にとって楽しい講演会でした。

9 立正大学橘父兄会定期総会講演会 2003年5月25日

昨年呼ばれました立正大学に再び呼ばれました。

題目は「大学生活と就職」

ご父兄の皆様は300名近くおいでになりましたが

一回生から四回生の皆様のご父兄と完全に

バラバラになっているので話に苦労しました。

しかし石橋湛山記念講堂は去年と同じように

実に講演しやすい場所だとつくづく感じました。

喋りつづけること80分。

さすがに終ると疲れでガックリ。

その後、勧められて立正大学の学長・学部長の皆様と

御父母の皆様の懇親会にも出席させていただきました。

立食形式のパーティーです。

私もビール・水割りをいただきましたが

いろいろな御父母の方から話し掛けられて

鮨をつまむ暇がありません。

もっと食べたかったなあ。

それよりも御父母の皆様から生の親の気持ちを

聞かされ本当に勉強になりました。

6時で慰労会は終りました。

その後、めったに上京しませんので

大崎駅の公衆電話から次男の携帯に

電話すると新宿でいるということなので

神田で逢うことにしました。

神田駅のホームで次男と逢い

久しぶりに一緒に酒を飲みました。

子どもが大きくなるにつれて親は年老いていく。

飲んだ後、次男が定期が御茶ノ水駅からだと言って

御茶ノ水駅まで歩いて帰るというので

私も仕方なくつきあいました。

こんな風に自分の子どもと一緒に

夜の東京を歩くなんて夢にも思いませんでした。

10 私立「八王子高校」PTA講演会 2004年1月24日

9時23分の新幹線「とき」に乗り大宮へ。

大宮10時ジャストの埼京線で新宿へ。新宿から快速で西八王子へ。

西八王子が終点高尾の一つ手前の駅だとは知りませんでした。

時間があるので「特別快速」に乗らなかったのが甘かった。


西八王子到着12時10分前。

駅から歩いて講演する私立八王子高校を確認。

去年は1月25日に車で講演に来ました。

間違いなく同じ高校だと校舎を見て一安心。

時間が早すぎるので近くをブラブラ。

懐かしの喫茶店スタイルの店があったので入りました。

講演の前ですから昼食はとる気はしないので

コーヒーをいただくつもりでした。

店に入ると客は昼だというのに誰もいず

出てきたのは一人のおばあちゃんでありました。

この店のオーナー(?)


コーヒーを注文して奥を見ると

奥のカウンターにおじさんが一人コーヒーを飲みながら

テレビを見ていました。

常連の客なのでありましょうか。

ある意味で懐かしい店の雰囲気であります。

思わずおばあちゃんに

「失礼ですが大正のお生まれですか」

て訊きますと

「昭和十年の生まれです」

とおっしゃったので

「失礼しました。本当に失礼しました」

とこめつきバッタのごとく平謝り。

てめえの年齢を忘れて人の年齢を昔の

基準で考えていたのでありました。


昭和十年生まれといえばもう68歳か69歳です。

当たり前だすね。

拙かったなあと思っているとおばあちゃんが

「お茶を飲みますか」

と日本茶を持ってきてくれました。

感動しました、感謝感激でありました。

コーヒー代500円。

メニューでは確か550円になっていたのに。

この喫茶店に寄って何かシミジミとしたものを感じました。

学校に向かい進路の先生方に挨拶。

今年は講堂での講演になりました。

一年生のご父母300人弱の方が出席していました。

1時間20分喋りまくりました。

ご父母の皆さんにおおいに笑っていただけたので

ホッと一安心。

去年の出席者の倍近い方が出席なさっていたと

いうことで教頭先生や進路の先生もうれしそうでお互い

よかった、よかったというところでしょうか。


11 山形県鶴岡中央高校PTA講演会 2004年2月21日

朝早く起きて6時59分の「新幹線とき」に乗りました

新潟駅で電車を乗り換え鶴岡まで特急「いなほ」。

10時23分に鶴岡に到着。

駅に降りると鶴岡中央高校の先生がお二人

「歓迎吉本康永先生」

というステッカーをお持ちになって立っていました。

顔から火が出るとはこのことであります。

恥かしくてそのステッカーを覆い隠すように

吉本ですと言って近づいていきました。


この先生方が拙著を読み講演に呼んでくれた次第です。

それから一人の先生が時間があるので

近くの致道館というところに案内してくれました。

鶴岡といえば私の知っているのは陸軍の石原莞爾の出身地。

右翼の大川周明もそうかと思っていたらこれは酒田の出身。

今は酒田・鶴岡は藤沢周平の小説「海坂藩」(?)の舞台と

して有名で観光客も多いそうです。

致道館は庄内藩の藩校でした。

庄内藩と言えば明治維新の時に会津藩

と一緒に賊軍となった藩であります。

同じ山形県でありながら山形市とは

賊軍・官軍の関係で全然文化も違い仲も

良くないそうです。


その後に博物館のようなところに寄りましたが

庄内藩は西郷隆盛が寛大な処置をしたので

西郷隆盛の遺徳をしのぶ人々が多かったそうですが

ありましたね、
「敬天愛人」という西郷の言葉を

庄内藩の酒井の殿様が書いた書が。

それに庄内藩といえば清河八郎の出身地。

それから★★学校に向かい校長先生にご挨拶。

進路の先生方とご一緒に昼食をいただきました。

これが
「麦切り」と庄内では呼ぶうどんのようなものでした。

要するに冷やしうどんの食べ方をするのですが

これは美味しいものでした。

もっと食べたかったのですが講演の前ではそうも行かず

残念なことをしました。

食事をしながら先生方がおっしゃいました。

「今日は春のように暖かいですね」

実際私もこの暖かさには拍子抜け。

もっと極寒の地だと思っていましたから(?)

「先生に雪吹雪がどれほど凄いか見せたかったですな」

とどなたかがおっしゃいましたか見たかねえよ(笑)

さていよいよ講演。

柔道場に200人以上の父母の皆さんが集まっております。

その上先生方が20人ほど。

畳に座っている上に頭の上の天井はコンクリの打ちっぱなしの

ようなアバンギャルドです。

思わず第一声。

「まるで宗教団体の集会ようですね」

と言いますとみんなで笑ってくれましたね。

言っている本人も笑いましたが。

それから1時間半喋りましたがもっと喋りたかったなあ(笑)

「子どもは無限の才能を持っているというのは嘘です。

これだ正しいとするとここにいる私も含めた200人以上の

大人はその夢の跡、残骸にしか過ぎなくなるではありませんか」


と言うとまたみんなでゲラゲラ大笑い。

私にとっても珍しく楽しい講演会でした。

最後の私に対する拍手も一段と

高く鳴り響いた感じがしましたが

これは明らかな幻聴(笑)

快速「きらきらうえつ」に乗り

新潟で「とき」と乗り継いで高崎に到着したのが8時過ぎでした。

長い一日でぐったりしました。

しかし楽しかったなあ
              


12 高崎東高校 PTA講演会 2005年2月2日

高崎市の音楽センターでの講演会。担当の先生が

私が大昔に予備校で教えた生徒でありました。

歳月が過ぎてお互いに太りに太っての再会でありました。

お互いの青春時代の顔がその後についた脂肪の肉に埋まっておりました(笑)。

聴衆は100名ほどでしたが、学校の外で講演会を開くのは

この学校では始めての試みだと聞かされまして私も全力投球。

90分喋ってグッタリとなりました。

地方公立高校もそれぞれ地域における生き残りをかけて大変であります。

14 私立「八王子高校」PTA講演会 2005年2月26日

これでこの高校は三年連続の講演。

去年までは一回の講演で済みましたが、今年はもっときめ細かいお話をと

午前中が一般コース、午後が文理コースと90分、2回の講演。

毎年、進路の実績が上げっているというので何やら

学校全体に活気がありました。

ただ、全国の学校で起こった侵入者による様々な不祥事のせいで

この学校も一年ごとに受け付け、警備体制は厳しくなっていることを痛感しました。


私も受付でネームプレートをいただき胸につけてやっと構内に入れました。


15 高崎商科大学付属高校講演会 2005年6月20日

体育館に生徒450人を集めての講演会。

生徒は椅子もなく体育館のフロアにベッタリ座っている中

全力を挙げて喋り抜きました。

少しでも言葉に気合を入れるのを忘れると

生徒の姿勢が崩れる、
うたた寝する、倒れる(笑)などと

いう最悪の状況下での講演でありました。

12 健康福祉大学付属高崎高校2年生 PTA講演会 2005年10月1日

体育館での保護者への講演会。二年生の保護者でしたので

入試そのものよりも充実した高校生活の過ごし方についての

話が中心になりました。

12 高崎北高校 教職員講演会 2005年10月13日

最近ではもっとも緊張してでかけた講演会。

教室に高校の先生方が40人ほどおいでになりその前での講演であります。

入試の状況、受験生気質の変化、保護者の考え、授業の方法、

など等90分様々に喋り、同じ教壇に立つ者として

大いに笑っていただきましたが、終わってみると

もう少し喋る内容を細かく検討しておけばよかったのではと

しみじみ後悔しました。

続く(?)

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