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第4章 高校生時代
1997年 〈平成9年〉
1月1日〈水〉
午前10時起床。麻季、旅男と新年のご挨拶。お年玉を渡す。午後、家族で進雄神社へ。昨年と比べ人出多く賽銭を投げ込む神殿まで20分近く並んでいなくてはならない。隆正は帰らず。東京の寮で勉強。昔、凧揚げをしていた頃が懐かしい。
1月2日(木)
起床10時。おせち料理いただく。午後、家族で高島屋へ行き、お芳、麻季と旅男のために福袋買おうとするも既に売り切れ。麻季、旅男ガックリ。
1月18日(土)
起床6時。センター試験、隆正は東京の会場で受験。
1月19日〈日〉
夜、隆正より電話。センター試験無事終わったとのこと。
1月20日〈月〉
隆正より電話。センター試験の得点、1000点満点で得点763点。傾斜配点するといっそう悪くなる。
1月22日〈水〉
朝、吹雪。夜遅く、麻季と一緒に河合塾の入試速報テレビで見る。隆正、危うし。
1月25日(土)
起床8時。麻季、金曜から、町田の祖母の家に遊びに行く。朝、旅男と散歩。夜、お芳、旅男と3人で食事。お芳、しきりに隆正の成績気にする。
1月27日〈月〉
旅男、高崎高校の推薦の試験にでかける。昼間、隆正、久し振りに帰ってくる。
1月28日(火)
朝早く、お芳が隆正を県庁へ送っていく。自治医大の一次試験。出勤。帰宅すると隆正もう帰ってきている。試験あまり出来なかった模様。隆正、麻季、旅男と一緒にお酒いただく。
1月29日〈水〉
県庁に自治医大の一次試験の発表を見に行った隆正より電話。不合格のこと。2浪は必至の情勢。夜、お芳、「隆正の合格、大丈夫かしら」というので、「医学部を受験すると決めたら多浪は覚悟しなければ」と言う。
1月30日(木)
職場から自宅に電話すると、旅男出て高崎高校の推薦試験駄目だったとのこと。帰宅。旅男、空元気を張っているのが痛々しい。昨日までの自信が一瞬にして消えたみたいである。虚ろにぼーとしている姿を見ると、遠い昔の幼い頃の旅男の姿が浮んでくる。
2月1日(土)
旅男、学校から帰ってくる。旅男まったく元気なし。よほど自分に恃むところがあったのか。本人にとってこういう試練はいいことかもしれない。夕食時、酒を飲みながら、お芳に「人生と言うのは本当に棺を覆うまでわからんよ。人生、万事塞翁が馬というのは本当かもな。」と酔ったふりをして、旅男に聞こえるように言う。
2月8日(土)
夜、家族で三日続けてレンタルビデオ屋から借りてきた「古畑任三郎」見る。家族で続けてビデオを真剣に見るのも珍しい。
2月9日〈日〉
起床9時。朝食。麻季、旅男と散歩。東京でのボブ・ディランの公演、結局、お芳と、旅男が別々に行く。8時ごろ、お芳、帰る。12時前、旅男、帰る。公演、満席だったとのこと。
2月10日〈月〉
夜、家族揃って「古畑任三郎」ビオオで観る。これでわが家に燎原の火のごとく拡がった「古畑任三郎」ブームも終焉か。
2月16日〈日〉
夕方、旅男と古本屋へ行き格闘技の中古ビデオ2本1000円で買う。深夜、旅男とウイスキーを飲みながらおしゃべり。旅男、塾の先生の精神論に疲れているとのこと。
2月20日(木)
朝、布団の中にいると、旅男が、埴谷雄高が亡くなったことを教えてくれる。朝日新聞の一面に出ているとのこと。起きてくるとテレビで中国のケ小平が亡くなったとことを報じている。大昔、吉祥寺の埴谷雄高の自宅で20分ほど話したことを思い出す。
2月26日〈水〉
隆正、前期で受けていた新潟大学医学部の試験終わる。新潟からそのまま東京に帰って後期の勉強をするとのこと。麻季中間試験終わる。夜、麻季と旅男と3人で酒を飲む。麻季も旅男も兄貴のことを気にしている。二浪するのではないかと思いつつ、妹、弟の前ではさすがに口に出来ない。
3月1日〈土〉
お芳の誕生日。子供たちと祝う。全員、隆正の合格か不合格かを気にしている。
3月2日〈日〉
午後、旅男と散歩。先日来、お芳に「あなたはいつもブツブツ言っているけど、父親の散歩に中学生や高校生の歳になってつきあうのはきっとめずらしいわよ。あなたは幸せなのよ。」と言われる。ほんまかいな。
3月6日(木)
深夜、帰宅すると、旅男まだ勉強している。
3月8日(土)
出勤。職場にお芳より電話。隆正、新潟大医学部不合格とのこと。「まだまだ、あきらめるな。補欠の可能性もあるよ。」とお芳を慰めておく。予備校で20年やってきて二浪も三浪も見慣れている自分とお芳の態度との決定的違いか。しかし、部屋の電話が鳴った時、お芳からの電話だとわかり、もしかすると、合格しているかもと胸が高鳴ったのも事実である。6時過ぎ、帰宅。お芳、ぼそぼそ、「自分たちの育て方が悪かったのかしら」と愚痴る。
3月10日〈月〉
旅男、公立高校受験日。夜、旅男と群馬テレビで公立高校の入試解答速報を見る。旅男が、「あっ、いけねえ、間違えた」と叫ぶたびにお芳の顔が曇るのが面白し。母なる者は純粋なのか。
3月13日〈木〉
旅男、佐野中学の卒業式。お芳が出席。夜、家族でお祝いの卒業祝いのパーティー。
3月15日(土)
起床6時30分。旅男の高崎高校入試発表の日。旅男は自転車で、自分とお芳は車で高崎高校に向う。自分は子供の受験の発表を見に行くのは初めてである。受験番号3311番。合格している。お芳の顔が喜色満面になる。先日の解答速報の時の顔つきとは別人。午後、東京より隆正帰る。久し振りの一族再会。後期、旭川医科大の合格可能性20パーセントとは本人の弁。
3月6日〈日〉
旅男、通信販売で買ったエレキギター届いて喜んでいる。
3月20日(木)
春分の日。起床7時。隆正と旅男の不要になった本を売りに古本屋へ。隆正1500円。旅男800円となる。
3月21日〈金〉
隆正、今日が旭川医大の発表の日だというのに河合塾の友だち連中と会うために福島まで出かけていく。帰宅。隆正、不合格との電子メール届いている。
3月22日(土)
朝、旅男とぶらぶら歩いて「珈琲館」まで行きコーヒー飲む。午後、隆正と旅男連れて玉村の社会体育館へ。バスケットを3人でする。へたくそ同士でそれなりに楽しむ。隆正帰ってきて何故か旅男明るそうである。
3月30日〈日〉
午前、麻季は高崎女子高校の定期演奏会を見学に行く。お芳、隆正、旅男の4人で観音山にドライブ。桜一分咲き。快晴。春のうららかな日。5時過ぎ、隆正、旅男と玉村の社会体育館へ。バスケット。
4月1日(火)
隆正、河合塾模試で大宮へ。二浪生活のスタート。結局、今年も父親の勤める予備校は勘弁して欲しいということで大宮の河合塾に通うことになる。
4月7日〈月〉
高崎高校の入学式。お芳が出席。旅男、入学式の前から宿題が多いとぶちぶち言っている。
4月13日〈日〉
11時過ぎ、。子供たちとひさしぶりに群馬の森へ。家族連れ多し。春のうららかな日である。風も気持ちよし。ジュース、アイスクリーム、芝生の上でいただく。帰宅、子供たちグースカ昼寝。自分はテレビでプロレス「橋本VS小川」戦観る。小川圧勝。なんのこっちゃっ。
4月14日(月)
隆正、河合塾大宮校へ朝6時半に出かける。麻季、旅男、それぞれの高校へ。二浪、高校3年生、高校1年生、本人たちより親にとって受験地獄が待っている。
4月20日〈日〉
起床10時。家族全員でのんびりと起きる。テレビ、フィリピンに滞在していた北朝鮮労働党書記黄長樺ソウルに無事到着の報道。隆正、旅男、図書館へ勉強に行く。午後4時家族全員で初めて玉村の社会体育館へ行き運動。
4月27日〈日〉
起床8時。自分たち夫婦が仲人をする卒業生の結納の日。藤岡と桐生にある両家を訪れ畏まっていたのでくたくたになる。帰宅して子供たちに結納の話をすると結納という儀式自体を知らない。
5月3日(土)
憲法記念日。起床10時。二日酔い気味。昨夜は遅くまで呑んで帰ってきて一人で大声で歌っていたので、今朝は家族の冷たい視線に晒される。
5月25日〈日〉
起床9時。快晴。子供たちと近くのお寺まで散歩。お寺の境内で明治の前に起こった百姓一揆の首魁として処刑された義民の記念碑を見る。何度も子供たちとみているのである。
5月31日(土)
麻季、高崎女子高校の文化祭でバザーの責任者をやっているというのでお芳見学に行く。
6月7日(土)
隆正いつも6時におきて大宮の河合塾に向う。授業終了後、自習室で勉強しているとかで帰宅はいつも10時近くになる。まるでサラリーマン生活の予行演習である。
6月8日〈日〉
旅男、高崎高校の文化祭で興奮している。文化祭に行ったお芳によると、旅男、新聞部に所属しているので新聞部の呼び込みをしていたとか。それがなかなか堂に入っていたと喜んでいる。
6月14日(土)
午後、旅男と散歩。旅男、高校の中間試験で24番だったと自分で報告。隆正のことを思い出す。お芳がいまだに隆正が1年生のとき、担任の先生が、おまえは凄く出来るからがんばって東大でも狙えと言われたことを話しに持ち出すのがおかしい。まるで箪笥の引き出しに置き忘れた古証文を持ち出すようにしてくる。
6月15日〈日〉
父の日。夜、20歳の長男、18歳の長女、16歳の次男から、父の日のお祝いだと言って、ありがたくも恐れ多くもキャラメル1箱のプレゼントをいただく。
7月5日(土)
起床7時。お芳の車で結婚式場へ。披露宴で仲人の挨拶をしながらやたらあがってしまいトチル。終了後、懐かしい卒業生達に逢い1時間ほど話す。帰宅、子供たちと赤飯をいただく。
7月6日〈日〉
午後、家族全員でマルセ太郎の講演会を観に行く。マルセ太郎、説教師のごとく、芸人にごとく、会場の人々を大いに笑わせ、また、しんみりとさせる。帰宅途中、アパートの裏のスポーツ店により麻季と旅男の新しい水着を買い吉井町のプールへ急いで飛んでいくも閉まる10分前でアウト。
7月7日〈月〉
帰宅。暑い日である。フェーン現象なのか。子供たち、誰一人七夕の用意はせず。しかし、七夕だから牽牛と織姫のためにビールでも飲んでお祝いするかというとすぐにパーティーの準備を始める。その超現実主義者的態度は3人とも筋金入り。
7月9日(火)
帰宅。隆正の第1回全国統一模試の結果戻ってくる。いい成績である。お芳、いつになく機嫌が麗しいのである。ここに超現実主義者の大ボスがいたのである。
7月13日〈日〉
曇天が続く。風邪治らず。1日アパートの中でうんうん唸っている。午後、旅男、前橋に演劇を観に行くと言い残して勝手に家を出て行く。
7月19日(土)
終業式。旅男帰宅。通知表、高崎高校で55番とのこと。
7月24日(木)
旅男、玉村の社会体育館へ一人で自転車で行き、自転車で道端の松の木に勝手に激突。怪我をする。何をやっているのか。
7月25日〈金〉
旅男、黒澤病院へ行き、昨日怪我した顎を5針も縫ったとのこと。夜、旅男と図書館から借りてきた東宝映画ビデオ「ハワイ・マレー沖海戦」見る。
7月27日〈日〉
午後4時、旅男と玉村の体育館へ。隆正、麻季、誘うも疲れるからと言って参加せず。旅男、ウエイトトレーニングの本をコピーしてきて参考にしながら運動している。旅男らしい。
8月7日(木)
午後、麻季、旅男と吉井のプールへ。泳いだ後、プールサイドにあるグラウンドのベンチに腰掛けてジュース飲む。麻季も来年は大学受験である。入道雲が美しい。子供の頃、四国の海で泳いだことを思い出す。
8月12日(火)
夜、旅男、帰ってきて映画館で「もののけ姫」を連続4回見たとのこと。わからぬ男である。旅男の小学生の頃の立ち読み連続3時間に続く最長不倒記録の金字塔?旅男、山陰に一人でヒッチハイクに行くのだと言って張り切っている。
8月22日〈金〉
旅男、島根県に民俗学(?)の旅に出る。JRの青春切符という奴で廻るとか。
8月24日〈日〉
夜、旅男より電話。駅のベンチで寝る予定とのこと。
8月25日〈月〉
夜、旅男より電話。相変わらず駅のベンチで寝る予定とのこと。声は元気そうである。
8月28日(木)
夕方、島根県に民俗学のフィルドーワーク(?)に行っていた旅男が帰宅。真っ黒に日焼けしている。グアムのジャングルの中から現れた横井庄一さんを思い出す。夕食後、家族の前で偉そうに体験談を喋っていたが、どう聴いてもホームレスの体験旅行に行ったようにしか思えないのである。
8月31日(日)
夜10時。吉本家恒例の夏休み打ち上げパーティー。2浪、高校3年生、高校1年生の巨体3人が食卓のテーブルを囲むと父親と母親は「壁の花」状態。3人で勝手にしゃべりまくる。自分も参加させていただく。「もののけ姫」から始まってコミックの話題から小説の話題となり今度は戻って映画の話題。隆正が観たワースト映画は「稲村ジェーン」。これは、もう映画以前、批評以前の問題で、観終わった瞬間に映画館で一人で「金返せ」と叫んだとか。自分と旅男が観た映画では日活創立50周年記念映画と銘打った「洛陽」。これは、真剣なアクション場面で自分と旅男はあまりに下手な演出のために笑ってしまったのだ。観ている方が薄ら寒くなると言う代物。逆に麻季とお芳が推薦した名画が中原俊監督の「桜の園」。かくして食卓の上にはポテチの空になった袋が山済みとなっていたのである。ダイアナ妃、パリで交通事故死。
9月5日〈金〉
今朝、旅男が上毛新聞の告知板に出したJRの「青春切符」を売るという案内に朝から電話が10本近くかかってきてうるさくて仕方がない。
9月6日(土)
午後、麻季、東京学芸大のキャンパスを見学に行くと言うので高崎駅まで車で送る。マザーテレサ死去。
9月14日〈日〉
3時半過ぎ、玉村の体育館へ。旅男、今日はどうしたのか、気合入りまくり。30キロのバーベルかついでスクワット連続200回。足腰だけはしっかりしているのか。こちらは子供たちに思い切り脛を齧られてボロボロ状態。帰宅すると、夕食は何とステーキ。「母さん、今日はステーキが安売りだったの」と麻季が言う。慧眼である。
9月16日(火)
旅男と2年生からの理系か文系かの進路の話となり、自分が理系にしろ、それも医学部を目指せと何度も言ってきたのに文系にするとのこと。困った男である。
9月28日(日)
隆正と話す。昨日、旅男が勉強していると兄さんがCDで音楽を聴くのでイライラして勉強できないとお芳に愚痴っていたことを話す。隆正はすぐにわかったと言う。最後に兄弟仲良くしろよと言って話は終わる。もともと狭いアパートである。麻季は日はあまり当たらないが一人部屋だが、隆正と旅男は6畳を2人で使っているのだから自然に起こる問題である。これも自分の事業の失敗のせいなのか。
10月1日〈水〉
夜、旅男、1年生の河合塾の模試で高校で15番。全国で500番になったとのこと。「そうか、それは素晴らしい」と誉めながらどこかでこれはいつか来た道、兄貴もそっくりだったんじゃないかと心の中で思う。
10月10日〈金〉
体育の日。旅男、中間試験の勉強。今度は一番をとるんだと言ってがんばっている。そう言った舌先の乾かないうちに勉強はいやだ、勉強はいやだと言い出すから訳がわからないのである。
10月11日(土)
夕方、旅男と散歩。旅男が「父さんは幸せなの?」と不意に聴く。一瞬躊躇するも、「父さんは幸せだよ。隆正も麻季ちゃんもおまえもいい子だからな」と答える。この男の精神世界もどこか不気味なところがあるなと考えると不安になる。
10月13日〈月〉
起床10時。旅男、中間試験で徹夜した模様。
10月18日(土)
夜、お芳と酒を飲む。今日は父と義父の命日。
10月26日〈日〉
昼間にリサイクルショップへ行き、引越しの時に間違って捨ててしまった将棋の盤と駒を買う。昼間、隆正と一局。一敗。夜、旅男と一局。一勝。
11月1日(土)
夜、レンタルビデオ屋で借りてきた角川春樹監督「天と地と」を見る。子供たち、居間に出入りしながら隆正、「父さん、この映画、本当に好きだね」麻季「父さん、何回見ているの?」旅男「おやじ、そろそろこのレベルは卒業したら」とそれぞれ偉そうに嫌味を言って消えていく。うるせえよ。上杉謙信と武田信玄が針葉樹の生い茂るカナダの川中島で戦ってるんだぞ。これほどスケールの大きいチャンバラ映画があるか。
11月9日〈日〉
夜、突然、旅男が冬休みに郵便配達のアルバイトをやらせて欲しいと言い出す。やぶからぼうに何の話かと思ったがさして反対する謂れもなく許可する。全然、勤労意欲などない男だと思っていたのだが。
11月13日〈木〉
夜、旅男「差別の民俗学」という本を読んでいる。この男の頭の中はどうなっているのか。
11月16日〈日〉
起床7時。お芳、人生でたった二つの楽しみである眠ることと宝塚の観劇のうち、今日は宝塚の観劇に東京にでかける。
11月22日(土)
夜、旅男の要望により旅男の誕生日26日であるが、その日が麻季、旅男、ともに期末試験のため、誕生パーティーを前倒しで今日実施して欲しいとの子供たちの要望。ケーキいただく。隆正、麻季、旅男、安ワインを水のように飲む。空恐ろしい気がしてくる。それにしてもあと2ヶ月で受験を向かえる子供が2人いる家庭には到底思えず。わが家は「パーティー天国」
12月14日〈日〉
隆正、予備校。麻季、学校。快晴。何もない日。昼間、四国の母から送ってもらった「どんべい」、お芳と旅男と三人でいただく。お芳、突然、旅男に「あんたも二浪しないように勉強するのよ」と言う。旅男、自分の方を見て、ニタッと笑う。自分もニタッと笑い返す。お芳の話にはいつも起承転結がない。恐るべき素っ頓狂さ。
12月20日(土)
夜、自分の誕生パーティー。50歳になるのである。ケーキいただく。子供たちの誕生プレゼント、レンタルビデオ屋から借りてきた3本の東映チャンバラ映画。
12月21日〈日〉
早朝授業。帰宅して昼食。お芳、隆正といただく。テレビ、伊丹十三監督の飛び込み自殺報じる。子供たちもこの監督の作品は「葬式」「タンポポ」あたりから皆見ていて好きだったのに。自分が最初に見たのは「北京の55日」で日本軍の将校を演じていた当時の俳優としての伊丹一三である。
12月24日〈水〉
夜、クリスマス・イブ。旅男、友だちの家に集まってパーティーをするのだと言って帰ってこない。家族4人でケーキいただく。
12月31日〈水〉
旅男、郵便局のアルバイトへ。隆正、麻季、家で勉強。
1998年(平成10年)
1月1日〈木〉
朝、子供たちと新年のご挨拶。お年玉渡す。おせち料理。四国と町田に家族全員で電話。午後、進雄神社へ家族揃ってお参りに。運勢籤は全員が小吉か末吉。帰りに古本屋へ寄る。
1月4日〈日〉
午後、家族全員で昨年12チャンネルで紹介されていた藤岡のラーメン屋「宮口軒」へ行くも到着すると既に今日は終りで片付けをしているのである。
1月6日(火)
旅男、今日で郵便局のアルバイト終わる。労働の厳しさをつくづく感じたようである。
1月8日〈水〉
夜、雪降り積む。午後7時ごろ、隆正より電話。高崎線、両毛線、不通になっているとのこと。午後11時ごろ再び隆正より電話。電車は動き出したが熊谷過ぎてから立ち往生しているとのこと。
1月9日(木)
隆正、午前7時ごろ、やっと帰ってくる。すぐ眠る。お芳と雪かき。午後9時、やっと雪止む。
1月17日(土)
起床7時。センター試験第1日目。お芳の車のチェーンはずそうとしてはずれず。焦ってしまう。最初はお芳が麻季を送り、自分が隆正を送る予定だったが、自分の車に隆正、麻季、お芳を乗せて出発。まず、隆正の試験会場の前橋工科大学に向う。隆正を降ろしてから玉村の県立女子大に向うも数珠つなぎになっていて車進まず。特に福島橋は大渋滞で自分はイライラする。もしもこれで遅刻するようなことがあれば麻季に申し訳なくてと考えるとなおさらイライラする。それでも9時25分に県女に到着したときには一安心。これほどの大仕事になろうとは考えもしなかった。
1月18日〈日〉
センター試験2日目。朝、県女に麻季を送る。お芳が隆正を送る。夕食、痺れを切らしたお芳が2人にどうだったと聞くも2人ともまあまあと答えるのみ。
1月22日(木)
夜、隆正、麻季、センター試験の判定持ち帰る。隆正、前期、新潟大学医学部C。後期、富山医科薬科大学A.。麻季、前期、東京学芸大D。後期茨議大学人文学部C。2人とも合格しそうでもあるし落ちそうでもある。実にサスペンスにあふれた判定。いやになってしまう。しかし、口では「よし2次試験でがんばれば合格間違いなしだ」と励ます。お芳は自分の言葉に半信半疑。
1月29日(木)
夜、帰宅すると、隆正、自治医大不合格とのこと。受からなくてもともとなんだからと励ます。隆正と一緒に酒を飲みながら艱難辛苦汝を玉にすを信じるのだと説教。
2月11日(水)
建国記念日。旅男の報告によれば日章旗掲揚していたのは街中で二、三件とか。夕食。冬季オリンピックのテレビ中継「清水金」「清水金」とアナウンサーが連呼しているので「どこのバアさんだ」と言うと、子供たち3人とも義理で笑う。こういう時に一番笑ってくれるのはお芳である。さすがは糟糠の妻。
2月15日(日)
11時。旅男と玉村の社会体育館へ。運動。夜、麻季と2人でレンタルビデオ屋から借りてきた「ユージュアルサスペクト」観る。面白い映画だがルール違反だ。
2月18日〈水〉
夜、出かけていた旅男より電話。高高の新聞部の連中と盛り上がり友達の家に泊めてもらうので帰らないとのこと。
2月19日(木)
旅男、帰ってくる。夜、衆議院議員新井将敬自殺の報道。死ぬほどのことではないだろうが。親の気持ちを考えると哀しい。
2月21日(土)
旅男、朝、高崎高校の修学旅行に出発。
2月24日(火)
朝、お芳が麻季を高崎駅まで送っていく。茨城大学の二次試験。11時。自分が隆正を高崎駅まで送っていく。新潟大学の二次試験。
2月25日〈水〉
旅男、京都の修学旅行から帰ってくる。麻季、茨城大学の二次試験から帰ってくる。
2月26日(木)
隆正、新潟大学の試験から帰ってくる。家族で酒飲む。旅男の修学旅行のお土産「八橋」皆でいただく。
3月1日(日)
夜、お芳の誕生日のパーティー。
3月2日〈月〉
麻季、高女の卒業式。お芳、盛装して出かける。
3月6日〈金〉
午後6時ごろ職場から自宅へ電話。麻季、茨城大学不合格とのこと。帰宅して麻季を励ます。後期、宮城教育大をがんばれと言う。
3月7日(土)
旅男とヤマダ電機へ行き、ビデオ装置3万円で買う。家のビデオは実に消耗が激しいとお芳が愚痴る。旅男が取り付けをすべてしてくれる。
3月8日〈日〉
午後2時過ぎ、新潟大学よりの電子メール隆正不合格。お芳ならずとも子供の育て方が間違っていたのかと思う反面、こんなことで育て方が間違っているなんて考えること自体がおかしいと思う。
3月12日(木)
隆正、山梨医科大、麻季、宮城教育大の後期試験から帰ってくる。子供たちとのんびりとビデオ「誘拐」観る。シナリオがどうしようもなし。
3月14日(土)
旅男、友だちの家に遊びに行き泊まると言う電話。隆正、東京に行き友達の家に泊まるという電話。
3月15日〈日〉
早朝5時半、麻季を高崎駅まで送っていく。麻季、JRの鈍行で京都まで行き、京都のお寺の宿坊に4泊するとのこと。隆正、旅男、帰ってくる。
3月19日(木)
起床10時。麻季を迎えに高崎駅に行く。少したくましくなったような気がする。試験のことを忘れてのんびりできたのか。
3月20日(金)
6時前帰宅。宮城教育大より電子メール届いているも麻季が外出して言るので待つ。麻季帰宅。電子メール見る。不合格。家の中が落ち着かない雰囲気になる。
3月21日(土)
家族揃っての夕食。そこはかとと元気なし。さすがに自分もギャグが出ず。そんな自分が情けない気がする。こういう時こそ自分がしっかり励ましてやらないとと思いながら職場のことでも頭痛く、どうも自信のある言葉が吐けない。
3月22日〈日〉
春分の日。家族全員で昼食におはぎいただく。
3月24日(火)
午前、山梨医科大の電子メール届く。不合格。隆正の三浪、麻季の一浪が確定。決まってみれば何かすっきりした気分にもなる。帰宅して隆正、麻季、お芳と話す。この一年は辛いだろうけれど死に物狂いでがんばれば、受験なんて必ず合格する、父さんはお前たちを信じているからと言うと、突然、感情が激したのかお芳が泣き出す。おい、おい、おい、親がこんな時に泣いてどうするのだよ。お芳は純粋なのかばかなのか。
3月25日〈水〉
朝から隆正、麻季と予備校選びで話し合い。隆正に2年間、金を使ったのでもう軍資金もあまりないという話を率直にし、自分が勤める予備校でがんばるように言う。隆正、麻季とも素直に納得する。しかし、兄には東京の寮まで入れながら妹には何の選択権も与えず少し麻季に悪い事をした気がする。隆正と麻季に、予備校においては、まず、「必ず授業には出席しなさい。それから、成績よりも予備校での態度で職員の人たちや浪人生から尊敬を勝ち取るようにしなさい。父さんとは校舎にいったん入ったら赤の他人のつもりでいなさい。」と指示しておく。
3月28日(土)
午後4時に帰宅。旅男と散歩。旅男の成績も下がり気味。内憂外患。散歩しながら吸っていた煙草を捨てると、旅男が「おやじ、煙草のぽい捨て止めろよ。地球が泣いているぜ」とおつなことを言う。「すいません」
3月29日〈日〉
日曜出勤。午後、帰宅。隆正、麻季、旅男と玉村の社会体育館へ運動へ。隆正、身長180センチ。体重72キロ。麻季身長164センチ。体重不明。旅男身長175センチ。体重67キロと体格だけは立派である。三浪しようと一浪しようと元気でさえあればと思ってしまう。
4月11〈土〉
旅男、友だちと自転車で軽井沢へ行く。夜、10時ごろやっと帰宅。自転車で碓氷峠を登ったとのこと。そのエネルギーだけには感服。
4月12日〈日〉
起床9時。午後、お芳、旅男と観音山へ桜の花見に行く。隆正、麻季は参加を辞退。無理強いはせず。茶屋でビール、おでん、ざるうどんいただく。旅男が「吉本家の春はいつくるのかなあ」と聞いたようなことを言う。「兄さんとあの狭い6畳の部屋で生きるのが大変なのは父さんもよくわかっている。しかし、兄さんも姉さんも精神的には大変なんだからおまえも多少のことは我慢しろ。」と言っておく。
4月25日(土)
大雨降る。夜、隆正、麻季、旅男、勉強終わってから一緒にお酒飲む。旅男、高高の新聞部の部長にならされそうとか。中学時代の柔道部の悪夢がよみがえる。
5月4日〈月〉
連休2日目。お芳、朝、町田に行く。子供たちと夕食。麻季がほとんど一人で準備をしてくれる。隆正と旅男は本当に手伝わない。しかし、4人で食事していると子供たちも母親がいないと何かが違う感じがしてくる。3人とも小さい頃はいつも母親に体を寄せて父親には聞こえないように何かいろいろなことを囁いていた姿を思い出す。
5月10日〈月〉
起床9時。隆正、図書館へ。旅男、新聞部の活動で学校へ。お芳と麻季,化粧のセミナーとかで桐生に出かける。全員帰ってきて、子供たち一人一人がお芳にプレゼント。今日は「母の日」である。四国の母から電話。母の日のプレゼントのお礼。これはお芳がかかさず忘れずにしてくれるので本当に助かる。お芳は偉大なり。テレビ、岸部四郎破産宣告を受けたとのこと。同情あるのみ。
5月16日(土)
連休。隆正、麻季、予備校へ勉強に。旅男、新聞部の高校総体が開かれている前橋のグリーンドームへ新聞部の取材のため自転車で行く。その体力だけは感心する。
5月20日〈水〉
お芳、この1週間、このアパートを出て一戸建てを購入するために熱心に走り回っている。双葉町の建売住宅を3100万円で購入するため10万円の内金を入れたいと言うのでやめろと言う。高すぎる。これもあまりに自分が住宅に興味がないからなのか。伊勢崎の家も自分はお芳に連れられて一度だけ見てそれに決めたのである。酒屋へ買い物へ行き800円のワイン2本買う。今日はお芳との結婚記念日。お芳は忘れている。子供たちとワインいただく。目黒のサレジオ教会で結婚式を挙げた時のお芳は本当に若くて美しかった。
5月23日(土)
お芳と話し合った結果、豊岡の建売を買うことになる。不動産屋に行き,話を聞く。お芳に連れられ物件を見る。それで決まり。全額ローン。いざとなれば自分の生命保険で支払いがなされる。
5月29日〈金〉
旅男、新聞部の部長になってから、急に忙しくなり,今日は学校の部室に泊り込むとのこと。何を考えているのか。
5月30日(土)
旅男、今夜も部室に泊まりこむとのこと。隆正と麻季の模擬試験の結果返ってきたが、成績悪くお芳機嫌悪し。
6月3日〈水〉
旅男、今日から学校の部室に泊り込み、学園祭の準備をするとのこと。
6月9日(火)
旅男、学園祭りの後始末も終りやっと帰宅。痩せたみたいである。
6月14日〈日〉
朝から雨模様。隆正、麻季、予備校へ勉強に行く。旅男、友だちと前橋女子高校の文化祭にでかける。
6月20日(土)
旅男、市役所にサッカー・ワールドカップのテレビ中継観に行くと出かけてそれから友達のところに泊まるという連絡。まったく勉強をしていない。
6月21日〈日〉
父の日。夜、隆正と麻季からベルト。旅男からショートケーキいただく。感謝の念が足りないようにも思える。ささやかなパーティー開かれる。
6月28日〈日〉
夕食の時、なにげなく隆正にお芳が「隆正、おまえ,太ったのではないの」と言うと、隆正が申し訳なさそうに「実は8キロちかく太ったのだよ」と返事する。全員仰天。よく考えてみると,去年は、朝、6時半に出て大宮へ行き、夜は10時ごろに帰ってくる生活を続けたのが、今年は、自転車で20分の近さなのだから太るのも当然か。
7月15日〈水〉
引越しの日。運送会社の人たちと家族全員手伝う。
7月18日(土)
片付けも終り、少し落ち着く。二階が三部屋あり、子供が一人ずつ、勉強部屋に使えるので、隆正と旅男も安心して勉強が出来るのが救い。
7月25日(土)
旅男、高校野球予選、高高の応援に行く。隆正、麻季と「セキチュウ」に行き砂利を買う。4回も往復する。庭に砂利を入れ、風で砂が舞わないようにする。半日がかりの仕事。
8月3日〈月〉
旅男、南牧村へ友だちとキャンプに出発。
8月4日(火)
旅男、南牧村のキャンプより日焼けして帰る。
8月15日(土)
雨のそぼ降る中、近くのお寺の境内を散歩。終戦記念日の日にお寺を散歩することも珍しい。菊の花。線香の匂い。お盆と敗戦記念日が同じ頃というのも不思議。夜、旅男と一緒に、BSで小林正樹監督「怪談」観ていたが、映像美だけでドラマツルギーがないので途中で止める。
8月16日〈日〉
夕方、お芳と2人で近所のお寺を二つ廻る。本当に田舎に引っ越してきた感じがする。お芳は人工的な町よりこういう町と田舎が混在したような緑の多いところの方が好きだと言う。明日、旅男がデートをするという情報をお芳より聞く。油断ならぬ奴。
8月24日(月)
夜、麻季にかき氷器でかき氷つくってもらいいただく。眠る前に家族全員で近所を散歩。夜はもう虫の鳴き声が聞こえ秋の気配がしている。
8月26日〈水〉
麻季の誕生日だというのに、旅男、去年と同じように一人で佐渡へヒッチハイクに行く。夜。麻季の誕生日パーティー。ケーキいただく。わが家の宴会部長である旅男がいないのでパーティー盛り上がらず。
8月29日(土)
旅男、佐渡より帰ってくる。佐渡の話出て家族盛り上がる。
8月30日〈日〉
朝、旅男とビデオ「ラジオの時間」見るも、ウエルメイドな作品なのだがどうして感動が薄いのだろう。
9月5日(土)
旅男、高崎高校と前橋高校の水泳定期戦応援のため出かけ今夜は帰らない。
9月7日〈月〉
家族全員で様々な映画を観た黒澤明死去。
9月20日〈日〉
お芳と「セキチュー」へ行き、バラの花や花の種などを買う。隆正、麻季も手伝い、庭に花を植える。潤いが少し出るか。旅男、今日も遅く帰ってくる。高崎高校と前橋高校の定期戦の実行委員になっているとか。
9月23日(水)
秋分の日。隆正、麻季、ひたすら勉強。予備校の校舎の中であってもお互いに挨拶もしないし、授業のときもまったく他人のような顔をして聞いている。これもお互いの人間性を鍛えるのにいいのか。
10月11日(日)
夜,隆正、麻季、旅男を連れて中華料理屋へ。コースを4人前恃む。ビール、老酒、餃子、シュウマイ、春巻き、マボードーフ。炒飯。満腹になる。1万円もする。しかし、店を出てから、隆正、旅男は「ラーメンを食べたかったなあ」と言う。アホンダラが。どこまで行っても貧乏人は貧乏人か。真のブルジョワになるのは父親の見果てぬ夢か。
10月31日(土)
旅男の話によると高崎高校新聞、上毛新聞主催の高校新聞コンクールで県知事賞受けるとのこと。旅男、午後、上毛新聞に新聞部の県知事賞を貰う為に部員と出かける。
11月7日(土)
夜、旅男と家に転がっていたビデオ内田吐夢監督「大菩薩峠第一部」を観る。机龍之介は片岡千恵蔵。島田龍之助役の大河内伝次郎が実に決まっているのである。隆正と麻季は一生懸命勉強していると言うのに旅男はまだ二年生の余裕か。
11月8日(日)
午前中、旅男と一緒に散歩。レンタルビデオ屋へ「大菩薩峠第二部」を借りてくる。夜、旅男と一緒に「第二部」を観る。この映画は一体どう考えたらいいのやら。
11月12日(木)
夜、旅男、お芳と「大菩薩峠完結編」を観る。カタルシスを語るのは難しい映画。
11月13日〈金〉
上毛新聞に高崎高校新聞部の部員達の表彰式の写真掲載される。旅男、ご機嫌がいい。夕食の時、「どうした旅男、耳に何かついているぞ」と注意すると、ニヤリとしながら「ピアスだよ」と言う。エッ、エッ、いつピアス着けたのという感じ。髪の長さに隠れて気がつかなかったのである。お芳、あまりいい顔をせず。「どうせやるなら鼻までつければ」と嫌味をいておく。
11月17日(火)
旅男、大流星群を観るために友だちのところに泊まると言い残して出て行く。夜、隆正、麻季、大流星群が観られると起きてきて一騒ぎ
11月23日〈月〉
勤労感謝の日。午前中、旅男と散歩。「兄さんと姉さんは来年は大丈夫なの?」という余裕の発言。「それよりおまえは勉強しているのかい?」と訊くとだんまり戦術。
11月26日(木)
帰宅。今日は旅男の17歳の誕生日なのである。しかし、隆正、麻季、旅男で三者協議の結果、誕生日パーティーは明日に延期するとのこと。わが家の支配者は三人組か。
11月27日〈金〉
帰宅9時半。旅男との誕生パーティー開かれる。今日はケーキ、ポテチにカクテルが登場。自分は旅男へのプレゼント忘れる。
11月28日(土)
旅男、友だちのロックライブを観に行き遅く帰ってくる。
12月2日〈水〉
帰宅。自分の机の上に隆正と麻季の模擬試験の結果が置かれている。隆正は合格ラインに乗ってきた感じがするが、麻季は厳しい。食事中、麻季にもっと集中して勉強するように珍しく意見する。隆正、自分の責任のごとくその場を動かず。一方、旅男は、さっさと食事を終え、二階の自分の部屋に逃げ込む。
12月7日〈月〉
隆正、麻季ともに昨日のプレテストはまあまあ出来た模様で一安心。
12月11日〈金〉
予備校での進路面接。センター試験に向けての勉強と進路の最終確認。隆正も生徒の一人として来る。もう三浪もしたのだから決めろということと、センターで高得点を取れ、と言っておく。父親らしいことは何も言わず。しかし、隆正もよく精神力が持っていると感心するし、また、クラスの一浪、二浪の生徒たちの相談相手になってやっているらしいのでそれだけは救われる。
12月13日〈日〉
起床8時。お芳、カラーコーディネートの資格試験に出かける。隆正、麻季、予備校へ自習に行く。旅男がパンを焼き、目玉焼きを作ってくれる。旅男と図書館へ。旅男が洋服のディスカウントショップに連れて行ってくれというので車で行く。お目当てのセーター、朝、新聞に入っていたチラシのイメージと違うと言うので買わず。この男はわが家には珍しくファッションにもうるさいのか。
12月20日〈日〉
夜、家に転がっていた以前にテレビから録画したビデオ、スタンリー・キューブリック監督「ストレンジ・ラブ博士の愛情」を旅男と観る。自分はこれで5回目か。ピーター・セラーズが一人二役で楽しく怪演している。いい映画である。今日は自分の誕生日。お芳、子供たちからプレゼントいただく。自分ももう51歳。
12月24日(木)
夜、クリスマス・イブのパーティー。隆正、麻季ともに少し大人になった感じがする。昔、みんなでもみの木にクリスマスツリーを飾り豆電球が点灯したときに「きれいだねえ」と言っていた頃が懐かしい。
12月26日(土)
旅男の通知表見る。完全に成績は下降気味。来年もし隆正と麻季が受験に失敗すると、隆正四浪、麻季二浪、旅男現役の三人が一度に受験という「浪人パラダイス」のような事態になってしまう。お芳の怒りがどのように爆発するか考えただけで鳥肌が立つ。
12月28日〈月〉
夜、家族で忘年会をしようと子供たちが企画。朝の新聞のチラシで見た「やまちゃん」というホルモン焼き屋に家族全員で出動。このホルモンがおいしくておいしくて。子供たち、ガンガン食べる。その上、濁り酒がおいしくておいしくて、子供たちもドンドン飲む。それでいてお勘定は1万円。実に充実した忘年会だったのである。わが家のグルメ評論家である子供たち3人もこのお店は「星三つ」とのこと。
12月29日(火)
夜、旅男とビリー・ワイルダー監督「情婦」を見る。役者がいいし、どんでん返しもいい。傑作。
1999年〈平成11年〉
1月1日〈金〉
起床午前7時。10時、子供たちと新年のご挨拶。お年玉渡す。四国と町田に新年のご挨拶の電話。お酒。おせち料理。12時より旅男とウォーキングに出発。観音山から少林山を抜けて帰宅するという約2時間のコース。観音山まで30分。そこから自然の道コースに行こうとするも染色博物館を過ぎたあたりで道に迷う。地図を持ちながら情けなし。どんどん歩いても少林山らしき場所には出ず。結局、高崎―金井線という道路に出る。山道を下り続ける。旅男がぶちぶち文句を言い出す。この山道が長い。日陰が多い上に日そのものが雲に覆われ山の中は肌寒い。その上寝不足。訳のわからぬままに高崎の市街に出てお芳に迎えにきてもらい帰宅。このウォーキングで自分の父としての権威は大暴落。暗い元旦となった次第。
1月2日(土)
起床7時。快晴が続く。10時。お芳、旅男と前橋競輪へ。グリーンドームはまあまあの人出。第1レース、自分。第2レースお芳。第3レース旅男が当たり車券となる。競輪収支。入場料300円。予想紙500円。コーヒー代600円。車券、康永6000円。お芳、1500円。旅男1500円。払い戻し。康永4000円。お芳4600円。旅男1650円。帰り、ロイヤルホテルで中華いただく。夜、家族全員で進雄神社にお参り。
1月3日(日)
昨日録画したNHKBS、小津安二郎監督「浮草物語」を旅男と観る。三井弘次が得な役を演じている。今の映画と比べるとレベルの高さが本当によくわかる。
1月4日〈月〉
起床8時。隆正、寝ぼけ眼で起きてきて今朝の5時まで麻季、旅男と酒を飲んで青春について語り合っていたとのこと。ばかなんじゃないか。
1月6日〈水〉
夜、寝ようとして旅男に誘われ、小津安二郎監督のリメイク以前の無声映画「浮草物語」を付き合いで観る。
1月9日(土)
朝、旅男、東京の古本屋へ一人で出かけ、午後8時ごろ帰ってくる。映画の本を10冊ぐらい買ってきている。旅男、深夜の散歩に出かける。
1月15日〈金〉
成人の日。テレビ、NHKが森谷司郎監督「八甲田山」を放映している。「成人の日」に「八甲田山」というのもNHKは凄い。恐るべき政治的配慮(?)。若者に気合を入れろということか。それとも番組の穴埋めに映画をブッ込んだだけなのか。旅男と一緒に思わず最後まで観てしまう。この映画は悲劇の遠因を作る役の三国連太郎がいい。結局これで3回観たことになるのか。夕食、お芳に言って、「勝つ」から「とんかつ」にする。明日はセンター試験である。自分もいよいよ教育パパに成り下がったのである。しかし、三年浪人するというのも当人の意識はともかく一瞬に過ぎ去る感じがする。明日は晴れていることを祈るのみ。
1月16日(土)
起床7時。センター試験当日。隆正を群馬大学荒牧キャンパスへ送っていく。麻季はお芳が県女に送って行く。午後5時、隆正を荒牧キャンパスに迎えに行く。迎えの父母の車でキャンパスは渋滞。帰宅の車中、試験の話はほとんどせず。夜、隆正、麻季、旅男、早く眠る。お芳一人が緊張してコタツの中でぼんやりしている。
1月17日〈日〉
センター試験2日目。昨日と同じく隆正を荒牧キャンパスまで送っていく。帰りは自分で電車で帰ってくる。
1月21日(木)
夜、食事をしていると、旅男が新聞部の人事の問題でぶつぶつ愚痴を言い始める。次期部長のなり手がないとか、一年生が熱心に部活をしないとかの他愛ない愚痴。まるで会社の中間管理職なのである。
1月23日(土)
隆正、麻季のセンター試験業者判定出る。隆正、志望大学に記入した医学部、新潟、信州、秋田などすべてA判定。麻季、茨城大学D判定。高崎経済大学B判定。茨城と高崎経済大学は科目の違いからこんなに違ってくるのか。これで、もう浪人の心配はないのか。夜、家族全員で「やまちゃん」へ向うも「急用で休ませていただく」の張り紙。ガッカリ。
1月24日(日)
隆正と話し合った結果、秋田大学と信州大学のどちらにするかということになり、結局、隆正自身が、信州の二次試験は小論文と面接、秋田は英語、数学、理科二科目なので、信州大学を選ぶことになる。後期も信州大学。麻季は茨城大学を前期として中期に高崎経済大学、後期に茨城大学にすることに決定。
1月29日〈金〉
お芳が国民生活金融公庫に行く。隆正、麻季、合格すれば学資ローン何とかなるとのこと。一安心。
1月31日〈日〉
隆正の風邪ひどく、日曜の当番医を新聞で見て連れて行く。点滴を打ってもらう。隆正、三年間の精神的疲労が溢れ出たのか。
2月3日(火)
節分。麻季と豆を巻く。隆正、歳の分だけ豆をいただく。
2月6日(土)
帰宅。隆正、センターで出願しておいた慶応大学法学部の一次試験合格の通知が来ている。センター得点800点満点で740点もあれば合格するということか。残るは二次試験の面接のみだから実質的には合格したと同じである。しかし、入学手続きを巡って一揉する。自分は「信州大学に合格するから支払う必要はない。もしだめでも四浪すればいい。父さんはおまえが何浪しようとそのこと自体を恥ずかしいこととは絶対に思わないから」と言う。お芳、「そんなことを言っても、もう隆正も精神的に限界なんじゃない。」隆正「俺ももう疲れたよ。受験勉強はもう勘弁して欲しい」ということで結局入学手続をすることとなる。ああ、34万円の金が飛び去っていく。
2月8日〈月〉
起床7時。隆正にネクタイの締め方、教えてやる。自分は34年前、大学の生協のパンフを参考にしてセミ・ウィンザー・ノットというネクタイの締め方を覚えたことを思い出す。隆正、東京の日吉に出発。
2月10日〈水〉
職場に隆正より電話あり、慶応大学法学部合格したとのこと。うれしいような金がもったいないような妙な気分。
2月11日(木)
建国記念日。起床10時。曇天。NHKテレビ「和敬塾の学生たち」というドキュメンタリー番組を流している。お芳,麻季,旅男と見る。お芳,旅男が東京の大学に合格したらこの寮に住むようにしようねといい加減なことを言う。
2月13日(土)
旅男,外泊して昼過ぎ帰宅。こんこんと眠りつづける。隆正,信州大学の一次試験合格通知くる。慶応大学法学部の案内読みながら学資ローン1千万円に目が釘付けになる。
2月14日〈日〉
午後,旅男と北野武監督「ハナビ」観る。殺人が多すぎる。
2月24日〈水〉
午前6時に起きる。隆正,信州大学医学部の二次試験に,麻季、茨城大学人文学部の二次試験に出発。旅男、深夜の散歩にでかける。このクソ寒い時に何をやっているのか。
2月27日(土)
起床9時。8時ごろより居間で隆正,麻季,旅男の話し声が聞こえる。お芳の誕生日のお祝いについて何か密談をしている。
2月28日〈日〉
明日はお芳の誕生日。夜、1日早いお祝いパーティーをする。麻季がケーキを作ってくれる。安ワインで乾杯。
3月1日〈月〉
旅男は卒業式の終わった高高の先輩と新聞部の部室に泊り込むという連絡。それでお芳の誕生日のお祝いを1日早めたのだ。やっと事態が飲み込めたのである。
3月2日(火)
夕方、旅男、帰ってきて、昨日、部室で酒を飲み、二日酔いで期末試験受けてきたとのこと。学校から処分されても文句も言えないぜ。
3月6日(土)
麻季の合格発表の日。不合格ではないかと思い自宅に電話もしなかったのだが、帰宅すると、家には誰もいない。みんな、不合格のときに備えて避難したのか。コタツの上に茨城大学からの電子メールが置かれている。麻季、茨城大学人文学部に合格している。判定Dからの逆転。自分は明後日の中期日程の高崎経済学部に合格してくれれば、家からも通えるし一緒に住めるし、それで十分だと思っていたのだが。お芳、隆正、麻季、旅男、帰ってくる。みんなでお祝い。お芳、心から喜んでいる。四国、町田に電話。
3月8日〈月〉
午後6時帰宅。7時10分ごろ、電子メール、隆正、信州大学医学部に合格。四国、町田に電話。旅男に携帯かけるも高校の部室で作業をしている。お芳、隆正、麻季と4人で駅前の「ケンタ」へ飲みに行く。酒を飲みながら、隆正が「二浪目が一番勉強した。三浪目は精神的にきつかったし、あまり勉強しなかった」という意外な話を聞かされる。麻季も「これでホッと一安心したわ」と言う。お芳が1オクターブ高い声で「2人とも精神的に楽に浪人できたのはお父さんのお陰よ。お父さんはねえ、お前たちに絶対プレッシャーなんてかけなかったでしょう。麻季のことでも本人が納得しないのなら二浪させてもいいと言っていたのだからね」結婚して以来、初めて誉められる。今日のお芳は不気味なほど調子がいい。帰宅すると、旅男、一人でコタツでビール飲んでいる。この男も不気味。
3月14日(日)
昨日、麻季、水戸へ茨城大学の手続きに行ってくる。学生寮は希望者多く入れるかどうかまだわからないとのこと。朝、隆正、東京の友だちに合うと言って東京に向う。旅男、前橋高校の新聞部の部員と会議があると言って学校に行く。
3月21日〈日〉
春分の日。風強く肌寒し。麻季と近くのお寺を散歩。お彼岸で新しい供物やお花がお墓に捧げられている。線香の匂いがあたりに漂う。麻季に「高崎経済大学合格した方がよかったのではないか」と聞くと「私、家を出て行きたかったの」と言う。予期せぬ発言に言葉を失う。昼食、おはぎいただく。
3月24日〈水〉
旅男、終業式。帰宅。通知表涙が出てくるほど下がっている。夜遅く、ちょっと散歩に行くからと行って旅男でかける。
3月27日(土)
夜、お芳、明日の水戸行きの準備。麻季、結局、学生寮には入れず、アパート生活になる。一緒に探してきたお芳の話によるともっとも安いアパートで大学にもっとも近いとのこと。しかし、明日、麻季を水戸まで送って行くのも心が重い。いよいよ、子供が去っていく時が来たのである。いい父親でもなかった者がこんな時だけいい父親ぶった感慨を持つのはおかしい。
3月28日(日)
午前5時、隆正、旅男に見送られ、お芳、麻季を乗せて水戸へ出発。国道50号をひた走る。水戸に8時過ぎに到着。茨城大学見学。大学前で記念写真。麻季のアパート本当に古い。風呂らしきものは室内にあるが、立ってシャワーを浴びることしかできない大きさ。トイレは共同で外にある。室内に備える、カーテンや炊飯器、布団などを買うためにデパートを3度往復。麻季、疲れすぎたのか吐く。夜、麻季をアパートに残し、水戸駅前のビジネスホテルに泊まる。
3月29日〈月〉
朝、麻季のアパートによる。麻季、少し元気になっている。お芳と偕楽園を散歩。もう一度、麻季のアパートに寄る。昨日買った電気冷蔵庫届いている。麻季と別れる。麻季が寂しそうに見える。5時間もかかって高崎に到着。夕食の時、家族4人で麻季の話に終始する。麻季は気持ちが純粋で幼すぎるのではと言うのが隆正と旅男の意見。昨日、今日と、麻季のことばかり考えている。
3月30日(火)
夜、麻季より電話。自転車を買ったとのこと。声が元気そうなので一安心。子供の自立心というものを自分は忘れているのかもしれない。
4月2日〈金〉
朝7時、旅男に見送られて、お芳、隆正と信州に出発。上信越高速道路で藤岡、更埴、長野経由で松本へ。松本に近づくと突然風強くなる。気温低し。信州大学へ行き、それから駒草寮へ。寮の委員の学生たちが隆正の荷物運んでくれる。二人部屋。建物は鉄筋なのだが予想した通り、小汚い部屋である。ドアがぶっこわれている。寮委員の学生の話だと部屋を見ただけで涙を浮かべてこんな部屋に子供を入れることは出来ないと言って去っていった母親もいたとのこと。日本がそれだけ豊かになったということか。荷物を入れた後、校内の生協で一緒に食事。信州大学前で記念写真。隆正と別れる。東京での寮の生活も経験があるし、三浪しているしそれほど心配はしていない。美鈴湖のホテルに一泊。
4月3日(土)
起床7時。快晴。朝食、おいしくいただく。上田に出て上田城見学。桜はまだ蕾。小諸、軽井沢を通って国道18号で帰路に着く。夜、お芳、旅男と3人で食事。急に家の中が静かになった感じがする。引っ越してきたこの家にも隆正も麻季も半年しか住まなかったことになる。後1年たって旅男が大学に現役で合格すると旅男も家を出て行くことになる。夜、遅く一人で居間で酒を飲み唄を歌う。
4月5日(月)
お芳より、昨夜、旅男が高崎女子高校の2年生より愛情を告白されたと聞かされる。父親として直感的に、話は逆で、旅男が相手に愛情を告白したのではないかとと思う。どちらにしても危うし旅男!その上、今日、その子と、碓氷川の堤で二人で花見をするとのこと。自分がフロッグメンとなって碓氷川の水底に隠れて見張っているとギャグを言うもお芳、フロッグメンを理解せず。隆正から電話。相方の入寮予定者が辞退してきたので一人で一部屋独占できるとのこと。
4月17日(土)
帰宅。夕食お芳と二人でとる。旅男遅くになって帰ってくる。新聞部の新聞作りに追われているとのこと。碓氷川のデートの件にはこちらから触れず。鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす。
4月24日(土)
夕方、お芳と散歩。夕食。旅男また新聞の仕事で遅くなる。12時過ぎ、居間のコタツで眠る旅男をそのままにして布団に入る。
4月25日〈日〉
昨日より雨降り続く。旅男出かけて8時ごろ帰ってくる。麻季より電話。携帯を買ったとのこと。隆正からも電話。二人に日本育英会の奨学金は1種の無利子は無理だから2種の有利子の5万円を申し込むように指示しておく。国民金融生活公庫の学資ローン200万を持たすだけ持たせないと。
5月1日(土)
午後、お芳とコジマ電器へ行き、麻季のためにワープロシャープの「書院」在庫処理を4万4千円で買う。
5月2日〈日〉
旅男、相変わらず新聞の発行のことで走り回っている。労働量だけは朝日新聞や読売新聞の記者並か。
5月3日〈月〉
憲法記念日。起床6時。曇り空。朝6時に高崎を出発。水戸に向けて国道50号をひた走る。佐野まで1時間半かかり、そこから大渋滞。水戸到着12時近くになる。麻季の下宿に行き、買ってきたワープロの説明。近くのラーメン屋で昼食。麻季と水戸駅前のデパートへ行き、まず美容室に連れて行き髪をカット。おしゃれな雰囲気になる。次に眼鏡屋に行き麻季に似合うアルマーニのフレームを買う。3万円なり。美しい娘でいて欲しい。
5月5日〈水〉
子供の日。夜、麻季に電話。眼鏡、レンズも換えて結局5万5千円したとのこと。引っくり返りそうになる。
5月7日〈金〉
帰宅すると、旅男は学園祭実行委員会の連中と学校に泊り込みで今日は帰らないとのこと。来年受験だぜ。
5月9日〈日〉
夕食。旅男9時ごろ帰ってくる。「母の日」。旅男、バラの花を買って来る。先刻まで「旅男は本当にちっとも勉強しないで部活ばかりして、浪人したらどうなるの」などと自分に愚痴っていたお芳、コロリと態度を変え、「ありがとう。やっぱり旅男は偉いわねえ。」君子豹変すの実地見本を見せられる。水戸の麻季より「母の日」のお祝いの電話。松本の隆正からは何の連絡もなし。お芳の中で隆正の株は大暴落。
5月16日〈日〉
旅男、前橋の高校総体取材から帰ってきてすぐに写植屋さんへ出かける。
5月20日〈木〉
帰宅、お芳に結婚記念日のお祝いのバラの花渡す。お芳きれいさっぱりと忘れていたのである。旅男、部活から帰ってこない。
5月22日(土)
午前1時近く旅男、やっと帰ってくる。新聞部の部活いつまで続くのか。
5月29日(土)
午後5時ごろ、お芳と車で高崎高校の翠爛祭を見学に行くも5時にて終りで入れないのである。護国神社を散歩。
6月5日(土)
夕方、お芳と碓氷川の土手を散歩。8時過ぎ、旅男、学園祭の実行委員や新聞部の仲間、15名ほど連れてきて二階の部屋で学園祭の打ち上げ会。自分たちで飲み物、つまみを買ってきて、玄関の靴はキチンと並べ、代表が自分に「お世話になります。ご迷惑を掛けてすいません」と自分に挨拶したりするところは本当に偉い。
6月15日(火)
夜、3人で食事。「今日は樺美智子が亡くなった日だなあ」と言うと旅男、歴史辞典で調べ始める。樺美智子が亡くなったのは1960年のことだから自分が中学1年生の時だったのか。今日の新聞には何も関連記事が出ていない。
6月18日〈金〉
旅男、学園祭が終わってやっと勉強を本格的に始めたようである。
6月27日〈日〉
昨夜から雨降り続く。タウン誌で観たうまいラーメン屋なるものに雨の中、お芳、旅男と出動。食べ終わって外に出て車に乗ったところで三人で異口同音に「何かが違う」と呟く。
7月4日(日)
起床7時半。旅男、いつの間にやら帰宅して二階で眠っている。昼食。家族3人で四国の母から送ってもらった小豆島のソーメンいただく。おいしい。座椅子にもたれて旅男と勉強のことについてブツブツ話している間に眠ってしまう。
7月9日〈金〉
帰宅。誰もいないのかと思って居間に入ると旅男が顎に包帯をしてテレビを見ている。学校の水泳の時間に、フェンスを越えてプールから出ようとして真下の側溝に落ち怪我をした。高高の先生が外科、歯科と連れて行ってくれて治療した。顎にひびが入り、歯を一本折ったとのこと。おっちょこちょいが。四国の港の堤防からは落っこちるし、自転車では自分で勝手に街路樹に激突するし、今度はプールのフェンスを越えようとして落っこちるとは!「身体髪膚これ父母の霊ならざらん。あえて毀傷せざるはこれ孝の始めなり」を知らねえのか。
7月10日〈土〉
起床8時。朝食。旅男、自業自得とはいえ痛々しい。お芳が病院へ連れて行く。全治3週間とのこと。旅男、疲れたのか昼寝。いまやあの張り切った宴会部長の面影なし。それでも夜、合宿だと言ってお芳が高高まで送っていく。
7月11日〈日〉
朝、旅男より電話。高高の正門前に迎えに行く。旅男、帰宅して眠りつづける。夕食、旅男、まだ顎が痛いので流動食。
7月17日(土)
夜、旅男、高高と前橋高校の定期戦の件で前橋の綱引きのプロの先生のところへレクチャーを受けに行ってきたとのこと。顎はほとんど痛みはなくなったと言う。しかし、今度は綱引きに入れ込むのか。受験は一体どうなるのだ。旅男の話になるとお芳の表情が曇る日々が続く。
7月22日(木)
出勤。職場にあった読売新聞で江藤淳が亡くなったことを知る。帰宅して朝日新聞の夕刊を読むと自殺と報じている。珍しく旅男と文学論。
7月29日(木)
朝、旅男とパソコン購入の話をする。二人でディスカウントの電気屋廻るもやはり通販のゲートウエーが一番安いのである。プリンター付きで11万円は安い。結局、ゲートウェーにすることにし、お芳が電話で申し込む。
8月3日(火)
隆正、初めて松本から帰省する。痩せたような気がする。隆正、遅くまで旅男と喋りまくる。知ったかぶり同士の舌戦には付き合えない。
8月4日〈水〉
夕食、焼肉。隆正と旅男、昨日は午前3時ごろまで布団の中で話していたとのこと。仲のいい兄弟であることを心から望む。隆正、アルバイト、食堂の皿洗いと家庭教師をしていて明日はアルバイトがあるのでもう松本に帰るとのこと。
8月7日(土)
夕食の後、お芳に誘われ高崎祭り花火大会を碓氷川の堤から見る。昔、四国の山の公園から港に打ち上げられた花火を幻想のように見た日々を思い出し、切ないような気持ちになる。大きな花火がが揚がるたびに堤から眺めている見物人から拍手が起こる。これから毎年お芳とこの花火大会を見に来る予感がする。旅男とガールフレンドがこの同じ花火を別な場所で見ていると考えると自分も年老いたとしみじみと思う。
8月17日(火)
ゲートウェーよりパソコンのハード届く。旅男に立ち上げを頼む。旅男熱心に始める。
8月20日(金)
麻季より電話。軽井沢の民宿で住み込みのアルバイトを始め、これから一ヶ月続けるとのこと。
8月22日〈日〉
旅男、模試から帰ってきてインターネット接続に取り組む。ゲートウェーサポートに電話し1時間ぐらい話をしてインターネット通じる。サポートの人は素晴らしい教え方の人だったと旅男絶賛。お芳、旅男とヤマダ電機へ行き、スピーカー、ソフトの「ワード」を買う。「ワード」は旅男の学生証のお陰で学生割引が効き1万7千円が6千円になる。
8月23日(月)
隆正より電話。日本育英会の奨学金駄目だったとのこと。信州大学に電話。折り返し日本育英会に電話。担当の人に自分の息子は1種ではなく2種を貰おうとしていたのだが2種も駄目だいうことはあるのですかと尋ねると1種はともかく有利子の2種も同時に落ちることはありえないと説明を受ける。現に麻季は2種の5万円の奨学金貰うことになっているのである。折り返し、信州大学に電話をかけ説明を求めると、結局、二次募集に応募すると必ず合格すると責任者の方がおっしゃるので一安心。
8月31日(火)
夜、旅男、夏休みの打ち上げパーティーをやろうとしても隆正も麻季もいず仕方なく付き合ってやる。「勉強しないと浪人するぞ」と言うと「わかっているよ、わかっているよ」と返事するのみ。
9月10日〈金〉
旅男、遅くまで帰らず。明日は模擬試験だというのに文化祭の仕事ばかりしているのである。
9月11日(土)
旅男、模試から帰ってくる。以前の模試の結果、見せられる。第一志望、東大文V判定D。高崎高校の文系で6位。これは合格可能性があるということか。しかし、どうして文科V類なのか。文科V類では意味がない感じがする。隆正に電話。アルバイトで忙しいとのこと。
9月17日〈金〉
旅男、午後11時ごろ、後輩を連れて帰宅。定期戦祭実行委員会の仕事で忙しいとのこと。
9月19日〈日〉
旅男、午前4時ごろ帰ってくる。10過ぎ、寝坊したと言ってあわててまた出かける。
9月23日(木)
秋分の日。快晴。旅男、高崎高校と前橋高校の定期戦のため昨日から帰らず。
9月24日〈金〉
午前1時30分頃、居間の電話が突然鳴り出す。何事かと思って出てみると旅男の友達から旅男が「パークレーン」というボーリング場の駐車場でダウンしているという連絡。寝ぼけたまま、お芳と車で駆けつける。10人ぐらいの友だちの真中で旅男、酒の飲み過ぎでノビテいる。情けない。友だちの皆さんに御礼を言って車に乗せて帰る。車のシートにも少し吐く。朝、旅男の部屋を覗くと旅男ぐっすり眠っている。夜、帰宅しても、旅男は自分には昨日のことは話したがらないが、お芳に訊くと、昨日の綱引き大会、前橋高校に負け、総団長だった旅男は責任を感じショックを受けてワンワン泣いたとのこと。それで、打ち上げに烏川の河原で飲んだ時、飲み過ぎたとのこと。アホンダラが。
9月25日(土)
夕食。久し振りに家族3人揃っていただく。旅男も定期戦が終り熱狂からは目が覚めたようである。後は受験勉強あるのみ。しかし、今日も深夜の散歩に出かける。
9月30日(木)
帰宅すると、お芳がのんびりと「東海村で放射能漏れが起こったって放送していたわよ」と言うのであわててテレビつける。テレビつけると、周囲10キロ以内の住民31万人に避難勧告出ているとのこと。避難勧告の出た地域の一部にテレビでは水戸が入っているように見える。のんびりしているお芳に「お前は何をのんびりしているのだ、放射能漏れだぞ」と怒鳴りながら急いで麻季の携帯に電話するも本人のんびりとしていて事故のことを知らず。テレビを持っていないので、ラジオを聞き、アパートから出ないように指示する。頭の中をソ連のチェルノブイリ原発の事故が横切る。政府の発表なんてこんな時当てにならない。半径350メートルに住む住民は町の集会所へ全員避難の指示あったとのこと。間違いない放射能漏れ。付近のJRは運行停止。国道も封鎖するとの報道。ノーマンズランドを作るということではないか。朝5時半までテレビを見る。一度は水戸まで車を飛ばして麻季を連れて帰ろうかとも考える。
10月1日〈金〉
起床7時半。2時間しか眠っていない。出勤して茨城大学に電話。のんびりとした声で水戸は全学部授業、日立の工学部は休校ですと教えられる。
10月3日〈日〉
起床8時半。雨模様の日。旅男、模擬試験で学校へ出かける。東海村の放射能漏れ事故も終息した模様。
10月9日(土)
旅男、模擬試験のために学校へ。夜、テレビを見ていると旅男二階から降りてきて夜食の準備始める。ラーメン。「どうした今日は勉強か?」と嫌味を言うと「日々是常在戦場」などと自民党代議士の如きことをのたまう。
10月10日〈日〉
旅男、1日中勉強。ようやくエンジンがかかってきたようである。夜、11時からのBSで「天安門事件のその後」を旅男と見る。以前レンタルビデオ屋から借りてきたビデオ「天安門」を観た時、うちの子供たちから泣いてばかりいると評判の悪かった女性指導者柴冷が、アメリカでコンピューター会社を経営しているのを知って自分も旅男も愕然としたのである。「なんじゃこれは」という心境。
10月14日(木)
帰宅。旅男、居間で必死で勉強している。やっと真人間に立ち返ったのか。
10月20日〈水〉
旅男、帰宅して全統模試の結果見せる。高高の文系で3番になっている。驚きである。学園祭、新聞部、定期戦とそれこそ青春ドラマのように走り回りながらいつ勉強していたのだろう。「旅男、どうしたんだ、今回は出来がいいじゃないか。問題を事前にでも手に入れていたのか」と嫌味を言うと「雑魚はうたい雑魚は踊る、しかし、誰か知ろう百尺下の水の深さを水の心を・・・」なんて、昔、自分が教えてやった吉川英治「宮本武蔵」の最後の完結場面のセリフを笑いながら言う。何を気取っているの。俺は雑魚なんか。
11月6日(土)
夜、旅男と久し振りに酒を飲む。学部選択の話になりやはり文Vでいいと言う。昔は医学部をどうだと勧めたものだが、ここまで来るともうどうしようもない。しかし、せめて法学部とか経済学部とか考えてしまうのも親のエゴなのか。
11月14日〈日〉
起床8時。旅男、模擬試験で出かける。その後デートとのこと。自分もお芳も止められない。
11月17日〈水〉
国民生活金融公庫より電話。旅男との来年合格した場合の学資ローンの確認。これで現役で合格さえしてくれれば一応安心である。麻季も奨学金5万円を貰っているし、来年、旅男も貰えれば何とか大学生活は凌げそうな気がする。それも合格した時の話だが。
11月20日(土)
夜、旅男とジンを飲む。今日は態度が借りてきた猫のようにしおらしいなあと思っていると、やおら、先日の模試の結果を取り出す。東大文V判定D。「お前なら絶対に合格する」と気合を入れてやりながら、何故かジンをがぶ飲み。
11月26日〈金〉
仕事から帰宅してお芳に今日は旅男の誕生日よと言われるまで完全に忘れていたのである。松本の隆正から「誕生日おめでとう」の電話。麻季ちゃんから「誕生日おめでとう」の電話既にあったとのこと。旅男18歳になる。隆正はもう22歳。麻季は20歳である。3人でケーキいただく。後は「お前が18年生きてきて一番偉大なことをしたのは高崎高校と高崎女子高校との新聞部が協力して合同新聞を作ったことだ。このことだけは誇りに思っていいぞ」と誉めておく。旅男、自分のボルテージの高さにきょとんとした顔をする。
11月21日(土)
夕方、旅男と散歩。「東大文Vは自分は無理かなあ」と自分で言い出す。もしかしたら一浪は覚悟しているのか。覚悟されても困るのだが。夜、週刊文春で読んだ取り寄せラーメンの中の一番安い青森ニンニクラーメン宅急便で届いたので3人でいただく。おいしいのである。旅男が昨夜、父さんと母さんが眠った後、一人で黒澤明の「生きる」を最後まで観た言い出す。思わずドッキリ。まだAVビデオを観ていたなら救いがあるが、18歳になった男が黒澤の「生きる」とは。志村喬の渡辺勘治。しがない市役所の課長が死ぬ前に何か一つ世の中の役に立つことをしようと思いブランコのある公園を作ると言うお話。傑作は傑作だが、おい、おい、18歳の門出に暗過ぎやせんかいな。隆正も暗い、麻季も暗い、旅男も暗いのかも。
12月4日(土)
夜、お芳、旅男と「李さん」というホルモン焼き屋に行く。旅男とビール飲む。帰って、旅男は居間のコタツで勉強。自分は居間の机のパソコンで「筆まめ」に取り組む。
12月9日〈木〉
夜、隆正より電話。奨学金2種の5万円貰えることになったとのこと。やったね。これで多少は安心か。
12月18日(土)
夜、居間のこたつで旅男が勉強。自分は「筆まめ」に相も変わらず悪戦苦闘。やっと300人近い年賀状の宛名書きが出来る。
12月20日〈月〉
9時過ぎ帰宅。お芳と旅男待ってくれている。今日は自分の52歳の誕生日。麻季より「お誕生日おめでとう」の電話。隆正より「お誕生日おめでとう」の電話。ケーキいただく。
12月24日〈金〉
帰宅。クリスマス・イブ。旅男のガールフレンドがプレゼントしたというケーキいただく。おいしかったと日記に書いておこう。
12月26日〈月〉
旅男、勉強のため学校に出かける。最近、必死で勉強している姿を見ると受験生としても自信が出てきたのではないかと言う感じがする。
12月30日(木)
夜、隆正、松本から帰ってくる。一緒に酒を飲む。大学生活を楽しんでいるのがよくわかるので安心する。長い人生から見れば3浪することも本人にはいいことかもしれない。
2000年〈平成12年〉
1月1日(土)
朝、お屠蘇いただく。夕方、麻季帰ってくる。水戸の魚市場で大晦日までアルバイトをしていたとのこと。麻季、魚市場の客の呼び込みと作業でかなり痩せいる。四国と町田に新年の挨拶の電話。夜、家族全員揃っておせち料理いただく。隆正、麻季、旅男が揃ったのも去年の3月以来である。隆正も旅男も麻季が変わったのに驚いている。
1月2日〈日〉
起床9時。家族全員で進雄神社への初詣。参拝者多し。御神籤、自分は中吉、あとは皆末吉。帰宅すると、ガスのつけっ放しで鯛が黒焦げとなっている。全員非難の眼がお芳に集中。危機一髪。午後、麻季と二人でドライブ。ロイヤルホテルでお茶をいただく。
1月3日〈月〉
起床9時。隆正と旅男の発案により家族5人で中央銀座のゲーセンへ行き、プリクラを撮る。麻季、魚市場のアルバイトのため頬がこけている。麻季、友だちとデート。隆正、12時19分発の「あさま」で松本に帰る。お芳、旅男とホームで見送る。隆正にガールフレンドがいることを旅男から聞く。
1月5日〈水〉
麻季、水戸に帰る。お芳と旅男見送る。
1月7日〈金〉
帰宅。旅男、居間で勉強している。自分がテレビを見ようが、食事をいただいていようが、集中して勉強出来るところが偉いのか。しかし、どうして自分の部屋で勉強しないのだろう。そしてまたまた深夜の散歩に出かける。青春の悩みは深いのか。
1月13日(木)
帰宅。旅男、勉強している。東大合格はどう考えても五分と五分。この男が浪人したとしてもあれだけ部活や学園祭の活動をやっていたのだから何も恥じるところはないし、単に受験勉強をしていたよりもよほど本人にはプラスになった筈だが、家の家計を考えると合格して欲しい。
1月14日(金)
明日はセンター試験。居間で旅男とゆっくりとビール飲む。「まあ、東大は一次のセンター試験と二次の記述試験が1対4の比率なんだからリラックスしてやればいいんだよ。」と言っておく。
1月15日(土)
起床6時半。旅男、センター試験の会場である前橋高校へ。自分もお芳も車で送っていくというのに自転車で高崎駅まで行き、友だちと一緒に行くからと言い残して出かける。玄関に立ったお芳は出征兵士を送る母のようである。夕方、旅男、帰宅。センター試験「まあまあ」だと言う。
1月16日〈日〉
起床7時。旅男、センター試験に出かける。お芳、落ち着かぬ様子。
1月21日(金)
夜、旅男、センター試験の業者判定持って帰る。得点は800点満点で681点。合否判定はC,またはD。お芳、一気に暗くなるので、センターの得点は圧縮されて110点、二次試験が440点。一次試験で例え100点の差があったとしてもそれは圧縮されるとたった20数点の差にしかならないから勝負は二次試験で決まる。自分は合格すると信じている。と説明する。
2月4日〈金〉
旅男、学校を休む。精神の緊張、または弛緩で風邪気味。
2月10日(木)
朝方、お芳が旅男の机の上にハイライトの空箱が在ったとの報告。深夜の散歩は煙草を吸いに行っていたのよと断言する。夜、旅男、帰宅して、今日、友だちと自転車を二人乗りしていて警察官に補導され、ポケットの煙草も発見され住所氏名を書かされたとのこと。人騒がせな男である。
「煙草が吸いたきゃ家の中で吸え」と説教する。「煙草なんかやめなさいよ。お父さんみたいに身につけているものが皆煙草臭くなっっちゃうわよ」おいおい、誰を責めているんだ、,お芳さん。
2月11日〈金〉
起床7時。旅男、試験会場の東大と宿泊先のビジネスホテルを下見に行く。
2月13日〈日〉
起床9時。朝食をいただいていると速達来る。旅男、東大文V一次試験は合格。
2月18日〈金〉
夜、旅男と一緒にレンタルビデオ屋から借りてきた「プライベート・ライアン」観る。金をかけた映画であるが、内容が分裂している。
2月24日(土)
起床9時。旅男、東大受験に出発。自転車で家を出る。お芳と一緒に見送る。
2月26日(土)
夜、旅男、東京から帰ってくる。二次試験「まあまあ」だったとか。旅男とコスタ・ガブラス監督「告白」を旅男と観る。自分は2回目。戦後のチェコ共産党のスターリン主義体制を告発した政治映画。それよりもイブ・モンタンはいつ観てもかっこいい。
2月29日(火)
夜、お芳の閏の誕生日。隆正、麻季より「誕生日おめでとう」の電話。旅男と三人でケーキいただく。
3月1日〈水〉
旅男の高崎高校卒業式。お芳が出席する。お芳、午後も続けて謝恩会に出る。夜、お芳が持ち帰った旅男の通知表を見て愕然。学年順位126番。これには驚かされる。旅男10人ほど友だちを連れてきて2階で卒業のお祝い会。遅くまでにぎやか。
3月3日〈金〉
夜、食事中、お芳が「今日は雛祭りねえ」と言う。不意に麻季が小さい頃、雛祭りの日には小さなお雛様を飾りながらそのお雛様のケースの底のオルゴールから「お内裏様にお雛様、二人並んですまし顔」というメロディーが流れてきたのを思い出す。隆正か旅男とがそれを聞きながら「お内裏様に、お雛様、二人並んで知らん顔」というどこで覚えたのか替え歌を歌っていたことまで思い出す。
3月4日(土)
昼間、帰宅すると、旅男と、ガールフレンドとお茶を飲んでいる。油断がならぬ男である。ガールフレンドが「もう帰ります」と言うので「また、あそびにいらっしゃい」と心にもない(?)ことを言う。しかし、いい子のようにも思える。夜、旅男、級友と担任の先生にご馳走になった後、家に友だちを連れてきて宴会。まるでわが家は梁山泊である。
3月5日〈日〉
起床9時半。旅男の友だち4名、お芳が車で送っていく。旅男と外の焼肉屋でランチ。それからぶらぶらと散歩。午後、お芳、パートにでかける。
3月9日(木)
帰宅午後8時。12時ごろ布団に入る。旅男、居間にいてぼんやりとしているので結局自分も起きてきて一緒に酒を飲む。
3月10日〈金〉
起床8時。出勤。午後2時、自宅に電話を入れる。旅男、出てきて東京大学文科V類合格のレタックス到着したとのこと。すぐ、四国と町田のおばあちゃんに電話するように言う。夜、お祝いの食事。お芳もパートから帰ってきて元気そうである。隆正、麻季から「合格おめでとう」の電話。旅男が二階に上がってからお芳とこたつで向き合い思わずお互いに「現役合格おめでとうございました」と言う。これでわが家の受験戦争はすべて終了である。
完
30数年前、私は東京でうだつのあがらぬサラリーマンをしていた。毎日、仕事が終わると、会社で前借りした金で神田や新宿の安酒場で同僚と酒を飲みながら管を巻いていた。この歳になって考えれば、それはそれで薔薇色のような人生だった。同僚と酒を飲み、酔った勢いで上司の悪口を言い、世間を批判していれば一日が終わる。考えようによってはこんな楽しいことはない。若くて体力もあり酒を飲むのにも気合が入っていた。しかし、人生それで済むわけではない。そんな生活に、心の底では何か満たされないものを感じていた私はある日、当時、私が尊敬していた一面識もない詩人に思い切って電話を掛けた。電話口にはご本人の詩人その人が出てきた。
「どうすれば詩人になれるのでしょうか。」
愛読者と名乗る若者の素っ頓狂な問い合わせにその詩人は嫌がる風もなく丁寧に答えてくれた。
「毎日、毎日、少しでもいいから詩を書くことです。十年も続ければどんな人でも詩人になれますよ。」
その言葉だけが私の耳の奥に今でも残っている。その後、私は詩を書くことはなかった。しかし、その詩人の言葉は私の後天的DNA(!)に刷り込まれたのか、それから十数年近く過ぎて、私は、突然、日記を書き始めた。いまだになぜ日記をつけ始めたのか自分でもよくわからない。その頃は私の平凡な人生にとっても小春日和の日が続いていた。そんな34歳のある日、ふと日記をつけなければ、と、思い立ち、それから今年で18年になる。日記帳は市販の原稿用紙日記である。もう20冊近くになる日記を1年に一回ほど、それこそランダムに眼を通したりする。そんな時、まず自分の悪筆にうんざりし、自分の筆跡でありながら自身判読不能な個所が多々ある。次に、長年変わらず驚くほど陳腐なことが記述されていることに自分自身であきれている次第だ。それでも、自分の三人の子供たちについての記述にはさすがに懐かしさが込み上げてくる。私が多くの恥をさらしながら日常的な出来事の記録を公開することにより読者の皆様に家族とは何かを考えていただき少しでもお役に立てればと心から願う次第である。