Copyrights of these sentences belong to the
author.
The reproduction of without permission reprint
is prohibited.
「チャン・イーモウの世界」
まえがき
この3日間(2005年12月5日から7日)にかけてNHKBSにおいて
中国の映画監督「チャン・イーモウ」の映画を立て続けに3本見ました。
それぞれ素晴らしい映画でしたのでこのサイトの「たそがれ日記」に
その印象を書きましが、これはその文章をわかりやすく抜粋したものです。
「活きる」
1994年 中国 監督 チャン・イーモウ 主演 グォ・ヨウ、コン・リー
内容を何も知らずに見始めました。
1940年代、富裕な階級のバカ息子がさいころ博打に狂い
家、土地などの全ての財産を失いながら影絵芝居で
ドサ廻りをしながら生きていきます。
そして内戦において最初、国民党に強制的な使役を受け
敗走する国民党に置き去ります。
新たに現れた人民解放軍に従って影絵芝居を軍内で
行いながら結局帰郷します。
妻と長女が故郷に待っていますが、
長女が病気で聾唖者になっています。
そして50年代、大躍進の時代に街の人々に湯を
配る生活をしながら生きていきます。
生まれてきた長男を今度は自動車事故で失います。
そして60年代の文化大革命、
知り合いが走資派として批判を受けます。
長女は脚の悪い工場労働者と結婚。
ところが出産の時に紅衛兵の支配する病院で
長女は子どもを無事に生みますが、
出産直後に大量出血で亡くなってしまいます。
夫婦は今度は亡くなった長男そっくりの孫と
生きていこうとします。
というような内容でありますが、最初、どういう映画かと
思いましたが、途中からやっと話の筋が見え始めました。
しかし、2時間10分近い映画の最後、私はこの夫婦は
走資派として文革派や紅衛兵の人民裁判を受け
自己批判を強制され「下放」されるのではと
ハラハラドキドキして見てしまいました。
日本流に言えば「ノンポリ」のええ加減な親父と
同じ「ノンポリ」ながらしっかりとした母親の夫婦愛を
前提にしてある意味中国共産党に対する愛憎二筋の監督の思いが
こちらによく伝わってくる映画でありました。
50年代の大躍進時代、工業化、台湾解放を急ぐあまり、
各街において鉄鋼を生産するために鍋とか釜の金属を供出し
街の中でそれらを溶かして鉄を作る場面があります。
私からみると本で読んだことしかなかったことが
映像を見ることによって実感的によくわかりました。
台詞にも体制や人間を皮肉るブラックユーモアがたっぷりあり
主演のコーン・リーという女優、母親役を好演。
政治体制と関係なく人民は生きて行くのだ、
「鼓腹撃壌」の世界を描いた傑作でありました。
「あの子をさがして」
1999年 中国「あの子をさがして」監督 チャン・イーモウ
主演 ウェイ・ミンジ、チャン・ホエクー、
チャン・ジェンダ、カオ・エンマン
昨日の「活きる」に続いて私がこの監督の映画を見るのは二作目。
中国の貧しい農村の小学校の老教師が母親が病気になり
帰省しなくてはならなくなり、その一ヶ月の間、
隣村から13歳の少女が代用教員として赴任します。
このまるで子どもの先生と子どもたちとの関係を描いた映画。
教える技術も知識もないこの少女がたった一人で
生徒たちを教えなくてはならない不安を見ながら
私は自分が予備校の教壇に立った頃を思い出しました。。
自分の経験からもこの先生が一日、一日、
先生らしくなっていくのが見ていてうれしくなりました。
またがんばれよと励ましたくなりました。
一人の生意気な子どもが親の借金のために学校に
来られなくなり町に出て働こうとします。
この生徒をさがしてこの先生がお金がないままに
町に出てこの生徒を探します。
図式的に言えば、現代中国の発展する都市と
経済的貧困に取り残された農村の対比が
鮮やかに描かれています。
しかし、監督はそういうことをあくまで背景においたまま
この幼い先生と子どもたちの明るい未来を描いています。
私はこの子どもたちを見ながら無着成恭「山びこ学校」や
小川伸介のドキュメンタリー映画「山の子ら」とかを思い出していました。
日本も昔は貧しかったという事実をみんな忘れすぎているのでは(?)。
「初恋のきた道」
2000年 中国、アメリカ「初恋のきた道」監督 チャン・イーモウ
主演 チャン・ツィイー、チャン・ハオ
都会から村の学校に青年教師が赴任してきます。
校舎のない村に村人が総出で学校を建設します。
そして授業が始まります。
その青年教師の声を聞いて村の娘が恋をします。
てな単純と言えば単純なお話ですが、
冒頭、モノクロシーンが続いた後、回想場面になり
そこからカラーになります。
貧しい村でありながら色彩豊かな美しい四季の中で
恋をする少女の思いを見事に描いていきます。
この少女を演じるチャン・ツィイーが
割安な『ちふれ化粧品』も使っていない筈なのに
美しくてどこかに気品があります。
男に対する「媚び」というものが意識化されていないからなのでしょうか、
今流行の日本のカタログ化された美少女とも違い、
北朝鮮の「美少女軍団」とも違う美しさと気品。
その上、恋愛映画で「好きだ」とか「愛している」とか
という台詞がこれほどない映画を私は見たことがありません。
「好きだ」とか「愛している」なんて言葉を乱発し
その甘い言葉で恋人や観客までもたぶらかそうとする
次元の低い魂胆がこの映画にはありません。
主人公の少女は世界の中心で愛を叫ぶわけでもないのに
その愛の声は私にさえ聞こえてきます。
いやー、素晴らしい恋愛映画でした。
私は従来、「心の旅路」「哀愁」「カサブランカ」
「君の名は」を世界恋愛四大名画だと思っていましたが、
このリストに「初恋のきた道」を加えなくてはなりません。
それにしても驚きはチャン・イーモウ監督。
私は『活きる』から「あの子をさがして」
と見てきたのでてっきりこの監督は
中国の社会矛盾を骨太に描く社会派監督だと
認識していましたが、あにはからんや
この監督がアジア的叙情作家であったとは(!)
エエ加減なことを書きますが、この映画、
どこか旧ソビエト映画「誓いの休暇」と
合い通じるアジア的叙情性を持っているのでは。
ただ、やはり「活きる」を見た印象からくる社会派監督の
片鱗はこの映画でも浮かんでまいります。
それは青年教師が都会に突然呼び戻される時、
村人たちが「先生は右派の疑いをかけられている」と言う
台詞と、青年教師が都会から帰るのをひたすら待っている
少女が日暦をめくると1958年12月27日だとわかる場面に
現れている気がしました。
ネットで調べると1957年には前年の毛沢東の指導による
「百花斉放・百家争鳴」路線が撤回され激しい反右派闘争に突入した年です。
1958年には中国共産党の最高幹部、劉少奇、周恩来、陳雲らが
自己批判を迫られ、毛沢東自ら個人崇拝を容認することを宣言した年であります。
この反右派闘争によって全国で50万人以上の中国共産党員や知識人、
労働者が批判され、投獄されたり失脚したといわれています。
この歴史的観点からこの映画を見ると
この映画の主題も違って見えてまいります。
最後の場面、青年教師が年老いて亡くなった時、
母親と息子とその他100名近い教え子たちが
遺体を収めた棺を担ぎ吹雪の中を都会から村へ
黙々と行進するモノクロームの場面が延々と続きます。
この長い長いシーンはもしかするともしかして
反右派闘争とか人民裁判とか文化大革命とか
中国人民の個人の尊厳を踏み躙ることは
もうこれからは絶対に許さないぞという
この監督の政治的・社会的メッセージ
だったのではないでしょうか。
ただただ素晴らしい映画でした。
トップページへ戻る