第一話 睦月

「侵略者のひみつ」

 

 

日の本は狙われている!

今………。

帝国主義の下、幾つもの列強から、

恐るべき、侵略の魔の手が…

 

慶応三年

睦月十一日、巴里万博出展のため幕府使節一行は横浜を出港した。

正史には徳川昭武が任に就いた。

 

 

幕府要人が次々と消えていった…。

倒幕勢力による「暗殺」か、第三勢力による「かどわかし」か…?

火付盗賊改方長官の山岡は、後者によるものと判断して、警備隊出動を命じた。

 

警備組番所。

集合した面々の前で、要人消失事件の説明を終わった山岡長官は、一息つく間もなく号令

をかけた。

「霧島隊長、我が火盗改の切り札ともいうべき警備組に担当してもらう。」

「御意。」

霧島隊長は、背筋を伸ばして復命すると、振り返る。

「よく聞け、敵はついに我々に挑戦状を叩きつけてきた。古鷹と利根は現場の調査、赤城

は遺留品の分析に当たれ。」

「はっ!」

丑寅警備隊出動である。

 

 

古鷹と利根は、現場へ向かって馬を走らせていた。

すると二人の前に、行く手をさえぎるように佇む男がいる。

黄色い着流し姿の青年だ。

「どう、どう。」

古鷹は、馬をなだめつつ停まり、言い放つ。

「こらぁ、どいた、どいた。」

しかし青年は動かない。利根も怒鳴りつける。

「道を空けろ!」

「仕方がない。利根、いっちょおみまいしてやれ。」

利根は、懐から煙幕玉を取り出し、青年へ向かって投げつけた。

煙幕玉は、青年の足元に落ちて破裂し、もうもうたる白煙を発する。

白煙が晴れた時、青年の姿はなかった。

「…フッハッハ、ざまぁみろ。利根、行くぞ!」

古鷹は、馬の腹を軽く蹴ろうと、片足を動かそうとした瞬間、足を何者かにつかまれた。

「…!」

「古鷹殿、後ろに…。」

青年はいつの間にか、古鷹の馬に乗っていたのだ。

「ハッハッハハ…」

勝ち誇ったように笑う青年に、古鷹と利根は怒り心頭。

「こいつぅ!」

「貴様、我々の邪魔をすると手打ちにいたすぞ!」

青年は、馬から降りると、静かに語る。

「邪魔するなんて、とんでもない。その逆ですよ、利根信之介殿。」

「なぜ、拙者の名を…。」

驚く利根。

青年は古鷹の方を向き、

「あなたが古鷹副長で、火盗改きっての怪力の持ち主だってことも知ってますよ。」

訝しそうな表情の二人を説得するように、青年の言葉は続く。

「今、丑寅警備隊が相手にしているのは、恐るべき異国人です。奴らは日の本を侵略する

のに数年前から実験用にかどわかしを続けていたのです。だが、今や、奴らは次の行動に

移ろうとしている。何故だと思いますか…、火付盗賊改方、いやあなたたち丑寅警備隊が

行動を始めたからです。どんな恐ろしい手段を使うかもしれない、気をつけてください。」

古鷹は混乱する頭を整理しようと、ごくりとつばを飲み、一言だけ返すのがやっとだった。

「お主、いったい何者だ。」

「ごらんの通りの風来坊です。」

「名は、名は何と申す。」

利根も一言がやっとだった。

いたずらっぽい微笑を浮かべた青年は、

「名前…、そう弾次郎とでもしておきましょう。」

(はずみじろう…、なにやら怪しい輩だが…)

古鷹は、少し考えて、

「利根、こやつを番所に連れて行こう。」

 

東本願寺の裏を沿うように新町通りが南北に走っている。

花屋町通りから上がった新町通りには、通りに沿った土塀が続いていた。

その傍らに、在所の豪農家のような冠木門がある。

 

僅かばかりの庭では、山鳥花月の趣を問いただすには苦しく、猫の額ほどの池のほとりに

異国の青い植生が植わっているだけだった。庭師である大村家の当主千吉は、酒に酔いつ

つも大事に異国の緑樹を育んでいた。その緑樹がもとで大きな悲劇が起こったのだが、今

回の話と直接な関わりがあるわけではないので、ここで多くは語らない。

 

さて、風来坊である。

弾を伴って番所に戻った古鷹は、門番の隊士に小声でささやいた。

「勝部、こやつを牢に…。」

古鷹の意を得た門番は、弾を羽交い絞めにする。

「何をするんです!」

「お前さんを牢に入れるんだよ。」

冷たく言い放つ利根。

古鷹と利根に連行される弾。

「古鷹殿、離して下さい!。あとでひどい目にあいますよ!」

「ええぃ、こいつはだいぶ重症だなぁ……」

弾は、牢に放り込まれてしまった。

 

番所の牢につながれた弾。

詰所へ戻った古鷹と利根は報告する。

「古鷹、利根、只今戻りました。」

霧島は、手許の煙管をポンと煙草盆に叩きながら、

「古鷹と利根か…、捜索の結果は?」

「はっ、西ノ京には異常は認められませんでしたが…。」

言葉の切れが悪い利根。

「が、とは、なんだ?」

霧島は訝しげに尋ねると古鷹が受ける。

「いや、異常はなかったのですが、謎の風来坊が…。」

「風来坊?」

「はぁ、何故か我々、警備隊の内情に通じていたので、しょっ引いて、牢に叩き込んでお

きました。」

霧島は、手許の煙管を掌でもて遊びながら、静かに言った。

「ふうむ、そうか。間者かもしれんな…。用心に越したことはない。」

その時、

「隊長、大変です。矢文です。」

赤城が、慌てて詰所へ飛び込んできた。

その手には、矢と書状が握られている。

「何ぃ、矢文…。下手人からか?」

赤城の報告を待たずに、霧島は悟った。

「はい、その通りです。」

「見せてみろ!」

赤城の手から書状を取り上げる古鷹。

「火盗改など、我々から見れば、虫けらみたいなものだ。だと、ふざけやがって!」

読みながら、古鷹は怒りに震えた。

「待てぃ、古鷹。冷静に作戦を練るんだ。」

霧島は古鷹をさえぎると、

「差出人は、あるか?」

と問うた。

我に返った古鷹が文に目を落とした。

「はっ、出羽の恨み果たす、とあります。」

「何ぃ。出羽の恨み、だと?」

やや考え込む霧島。

すると、赤城が何かを思いついた。

「隊長、もしかして…。」

「うむ…おそらく、そうであろう。」

「隊長、これは大変です。」

霧島と赤城だけが、状況把握したことに、古鷹と利根は不満そうだ。

利根が口を開いた。

「ちょっとぉ、待ってくださいよう。拙者と古鷹殿には何のことだか、さっぱり…。」

「待て待て。お主と一緒にするな。」

反抗する古鷹。

「えっ…、では、古鷹殿にもこの謎かけの意が…。」

「いや、問題はそこのとこだが…。拙者にも…皆目、見当がつかん。」

霧島は、二人のやり取りを見ながら苦笑いし、争いを諌めるように語る。

「まぁ、聞け。出羽の恨みとは、一昨年、昨年と続いた、出羽国冷村の飢饉のことであろ

う…。赤城、続きを。」

「はっ。飢饉で疲弊した冷村に一揆の動きがあるとの風聞で、御公儀隠密の探索方が米沢

藩とともに動いておりました。ところが、探索を進めるにつけ、一揆は見せ掛けで、裏で

手を引く露西亜国商人の姿が見えてきたのです。」

「ちょっと、待った。するってぇと、今回のかどわかしは…」

「はい、古鷹殿のご想像通り、露西亜の武器商人が、百姓一揆を画策し、御公儀への挑発

のため行った。と、推測して間違いないかと思われます。」

赤城の説明は、淡々と終わった。

 

(何てこったぁ〜、あの風来坊の言うとおりじゃねえか…)

 

古鷹と同じことを思った利根は、

「大変ですよ、隊長!」

「利根、どうした?」

「あの、その、風来坊も同じことを言ってました!」

「何ぃ!」

霧島は、急ぎ、番所内緊急警報板木を鳴らした。

 

「緊急警報指令、緊急警報指令」

伝令が番所の各所に走り出す。

「おい、古鷹、利根。その風来坊を連れて来い!」

その時、詰所の木戸が、すっと開いた。

そこには、緋色の長襦袢をまとった妙齢の女が、二升徳利を引きずって立っていた。

「その坊やなら、連れてきたわヨ」

女の傍らには、風来坊が突っ立ている。

「安寿…」

「いいこと、ダン。あなたの日の本がピンチなのよ。」

「おい、安寿、ダンって?」

吃驚の古鷹。

「ハズミじゃ呼びにくいでしょ。ダンとも読むじゃない。細かいことはいいっこなしヨ!」

「は、はぁ…」

驚愕の一同。

こうして、弾次郎、通称ダンは、丑寅警備隊「臨時雇い」の身となったのだ。

 

 

警備組番所には、平賀源内の遺した書物や書付を基に工夫された、最先端のカラクリ技術

がいたるところに施されていた。
番所の外観は、豪農家のような屋敷であったが、市中に

張り巡らされた見張り網からの狼煙連絡をエレキテルの理で解析する「れぁだぁ」が装備

され、古井戸を改修した大深度地下には、番所への動力供給源となる「揚水発電炉」が備

えられていた。

そのうえ特筆すべきは、超兵器である。新鋭戦闘車「矢印号」だ。

 

「矢印号」は、六名乗りの戦車(いくさぐるま)である。

主砲には「ガトリング砲」。

副砲には「ジャスタウェイ」迫撃砲が標準装備。

なお、追加装備として、車体脇に「ネオアームストロング砲」も搭載可能だ。

さらに、混戦時には三体に分離して行動できるという、当時のカラクリ技術の粋を集めた

最新鋭超兵器なのである。
ただ、唯一の弱点は、さまざまな機能を搭載した反面、忙しく

動いたときの消耗が激しく、時間にして3〜5分ほどで活動を停止する「砂時計号」に変

貌してしまうことだった。

 

 

「隊長、伏見桃山より火急の狼煙を確認!」

赤城の報告が詰所に響いた。

「何ぃ!」

間髪入れずに、霧島は下命する。

「よし、これより伏見へ向かう。矢印号発進準備。」

霧島の号令とともに、発進準備を示す緊急発令がなされた。

 

「四番扉開放。四番扉開放。」

「発進迄時少し。」

「急がれよ。」

「発進管引け。」

「不都合なしや?」

「発進!」

 

番所裏手の偽装発進口から「矢印号」が、けたたましく京の町へ出動した。

花屋町通りから烏丸通りへ入り、一気に南下する。

十条から勧進橋を渡り、深草の地に入った頃、再び狼煙を感知した。

 

暗号狼煙を解析した赤城が報告する。

「隊長、探索方より知らせ。下手人は伏見の酒蔵に潜伏中の模様。」

「よし、伏見の街路は狭い。分離して攻撃しよう。」

霧島は、すかさず決断した。

「これより本機は、分離活動へ移る。総員第一種戦闘配備。」

「はっ!」

零号機采配台から、壱号機へ古鷹、弐号機へ利根とダンが向かった。

「壱号機、分離準備良し。」

「弐号機、分離準備良し。」

「隊長、分離準備、最終局面へ移行します。」

分離のタイミングを計る赤城。

「各機とも同調工程問題なし。隊長、分離発進準備良し。」

「うむ、よかろう。予定通りだ。」

ここで、山岡長官から緊急狼煙が届いた。

「ホンサクセンハキミノテニユダネラレタ。セイコウヲイノル」

ふっと口元の緩む霧島。

「そのための警備隊です…」

「隊長、分離発進よろしいですね。」

赤城が指示を待つ。

「壱号機、弐号機、分離せよ!」

 

伏見は秀吉以来の城下町である。

道幅は狭く、要所に枡形を置く街路は見通しが悪い。

敵は、街中に陣地を設けて大筒を打ち込んできた。

 

弐号機を器用に操車し、弾着を避ける利根。

「どうだ、ダン。大筒の撃ち位置はわかるか?」

「しかし、こう闇雲に撃ち込まれては…」

大筒で攻撃を仕掛ける敵位置の特定は難しかった。

頻々と来襲する敵弾は、やがて、弐号機に着弾する。

瞬く間に炎に包まれた弐号機。

「利根殿、火がつきました。」

「しまった。ダン、何かに捕まれ。川に落として火を消すぞ。」

弐号機は、町を縦横に流れる運河に突っ込んだ。

 

零号機、赤城。

「隊長、弐号機被弾しました。」

「何ぃ!」

 

壱号機、古鷹。

「利根…、ちっくしょー!」

闇雲に発射点へ突っ込む壱号機。

 

運河に入り消火に成功した弐号機だが、微動だにしなかった。

それを確認した零号機の赤城は、

「隊長、弐号機は再起動不能。活動限界のようです。」

と霧島に報告する。

「うむ、手ごわい敵だ。」

 

弐号機内。

「利根隊員、しっかりして下さい。」

「う、う〜ん…」

ダンは、利根の無事を確認し、車外に飛び出る。

すると、目前の酒蔵から、異形な侍が立ち上がった。

 

それは、全身を白黒柄の具足を纏い、兜の角は回っていた。

「ついに正体を現したな。」

同時に、酒蔵の土塀上に鉄砲隊が現れた。

ダンへ向け一斉射撃だ。

ダンは、身軽に着弾を避ける。

「ダン、いったい何の騒ぎだ?」

銃声で我に返った利根が車外に出てきた。

困惑顔のダンは、一計をひらめき、利根を気絶させる。

「利根殿、すまん。」

 

そして、懐から丸薬を取り出して、高々と陽にかざした。

「これぞ、我が故郷、出羽七十八箇所修験道に伝わる秘薬。怪物、我が故郷の名を汚した

罪、万死に値する。」

 

「出羽〜」

 

丸薬を飲んだダンは、光の渦に包まれた。

そして光が止んだとき、銀色の頭巾に赤い着流し、赤い手袋、赤い長靴といういでたちの

侍が現れたのだ。

 

「超七郎、見参!」

 

慌てる鉄砲隊。

超七郎の動きは速かった。

一足飛びに白壁の土塀へ上がると、駆け抜けつつ火縄を切っていく。

 

白黒具足と銀頭赤色侍、異形同士の決闘である。

白黒具足が上段の構えから、

「我が名は、電撃王。雷の力をこの身に得た。」

と語った。

「何だと?」

「くらえ!」

電撃王は、そう云うが否や両手から鎖を飛ばす。

鎖は瞬く間に、超七郎をがんじがらめにした。

「ぬおお、電撃!」

ビリッビリッ…。

強力な電気が超七郎の身体を貫いた。

「うぬぬ…」

苦しむ超七郎。

 

するとふいに黄色い声がかかった。

「超七郎、がんばって!」

声の主は安寿だ。

何故か、酒蔵の中庭で二升徳利を傾けている。

「古鷹さぁ〜ん。鎖ヨ!」

「赤唐辛子!怪物は俺に任せとけ!」

毒舌とともに、壱号機の古鷹が、突っ込んで来る。

「ガトリング砲、発射!」

古鷹の射撃は、超七郎を縛る鎖を粉砕した。

 

鎖の切られた電撃王は、バランスを失ってよろめく。

超七郎は、その一瞬の隙を見逃さなかった。

「出羽!」

超七郎は、髷から仕込み刃を抜くと、電撃王へ向けて投げつけた。

しかし、あさっての方向である。

「ブハッハ…、どこを狙っておる。今度こそ、止め…」

ブーメランのように戻ってきた刃が、電撃王の喉元をかっ斬った。

手許に戻った髷刃。

「これぞ、出羽の秘奥義だ。」

 

「ちょっとセブゥン、異人は逃げたわヨ。早く追いなさい。」

「えっ、拙者は超七郎…」

「だから、七はセブンでしょ。早く終わらせて、次の店行くわヨ!」

 

超七郎は、伏見稲荷へと続く赤い鳥居が立ち並ぶ参道を駆けてゆく。

本殿境内で、黒幕の露西亜武器商人に追いついた。

「待て、もう逃げられないぞ。神妙にお縄につけ!」

「……」

武器商人は、マントを頭から被っていて、表情は分からない。

超七郎は、用心深く近づいて、マントを払う。

そこにいたのは、少女だった。

「…ぐす、変な異人が…、ぐす…」

「しまった、身代わりか。」

「お侍様、私怖い…」

少女は、超七郎に抱きついてくる。

「よしよし、もう怖くないぞ。それより異人は何処に行ったか、わかるかい?」

「…あっち。」

少女は、本殿裏手の林を指差した。

「ここでじっとしているんだ。すぐに助けが来るからね。」

「……」

少女を振りほどいて、本殿の方へ向いたその時、

少女の口元が醜く歪んだ。

「どの国の男も、可愛い娘には弱いってことね。」

隠し持った匕首が超七郎に襲いかかった。

(えっ?)

殺気を感じた超七郎が、振り返った時、

襲いかかるはずの少女は、静かに崩れ落ちていった…。

 

倒れた少女の後頭部には、二升徳利が飛び散っていた。

「その娘がピットよ。黒幕の露西亜商人ってわけ。」

おみくじ売りの脇から安寿が現れた。

「あ〜あ、まだ半分以上入ってたのヨ。ったくデレっとして!」

「……」

「さ、帰って祝勝会ヨ。もちろんアンタ持ちヨ!」

 

酒蔵に到着した霧島らは、「かどわかし」をされた人々を解放した。

事件は解決したのである。

 

 

警備隊番所。

一段落して詰所でくつろぐ一同。

「いやぁ、今度の事件になくてはならなかったのは、あの風来坊だったな…」

と古鷹。

「そういえば、奴はどこに?」

頭部に包帯を巻いた利根も周りを見渡す。

 

「ここヨ!」

木戸が勢いよく開いた。

ダンを伴った安寿が、新品の二升徳利を抱えて詰所に入ってきた。

「紹介するわ。新入りのダンよ!」

「何ぃ」

唖然とする一同。

「細かいことはいいっこなしヨ。さ、歓迎会行くわヨ!」

 

夕暮れの京。

ひとり佇むダン。

「そうだ、この京で最初に倒した敵のことを忘れないように、これからも、出羽という掛

け声にしよう。初心忘れべからず、というからな。」

超七郎は、日の本の平和を守る決心を固めたのであった。

 

 

 

慶応三年のウルトラセブン 第一話「侵略者のひみつ」

22/MAR/2007
初版発行

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