第二話 如月

「ダーク・マックス」

 

慶応三年

如月六日、徳川慶喜は、大坂城にて仏国公使ロッシュと会談した。

この際ロッシュは、薩摩長州と英国との策謀を慶喜公に警告したそうである。

 

 

早春のある日、東海道を京都に向かって早駕籠が駆け抜けた。

籠の中には、日の本の頭脳と呼ばれる林家筆頭、通称湯島大学頭が乗っていた。

 

番所。

古鷹とダンが、なにやら話し合っている。

「つまり、そのぉ、湯島様が視察のために京に滞在している間、拙者に身辺護衛をやれっ

ていう命令なんでござるよ…。」

困惑顔の古鷹は、言葉を続けた。

「しかし、そんなボデェガァドみたいな仕事、拙者にはちと重荷でのぅ…。」

「いや、古鷹殿。大学頭様に万一のことがあったら、この京の防衛力だってガタ落ちにな

ってしまう。大学頭様は視察に来るのではなく、本当の目的は別にあるとの話です。」

「なんと、その本当の目的というのは?」

「なんでも、昌平黌で開発した湯島大黄土なる土を使って、火に強い瓦を要所に取り付け

るそうです。」

 

大学頭が番所に到着した。

駕籠から降り立った大学頭の姿を見た安寿。

「あら、よぼよぼのじいさんかと思っていたら、若いのねェ。」

ダンが小声で話しかける。

「19歳にして、昌平橋学問所筆頭。天才です。」

「しかも林家の御曹司、すてきだわぁ。」

安寿の目の色は、明らかに変わっていた。

 

 

西国辺境の隠れ里、辺笠と五虎。

二つの里は、西海の小島にあり、島を分断する山塊で隔たれていた。かつて争った過去も

あったが、狭い島での争いは互いの発展を損ねるとして、友好的な関係が保たれていた。

しかし蜜月は長くは続かない。

ある時代、五虎の長に野望を持った輩が就いた。彼は謀略をもって辺笠の幹部を虐殺し、

かの里の侵略を計った。

五虎の意図を知った辺笠の民は、五虎侵攻の直前に里を捨て、小船に乗って海に出た。

以来、辺笠の民は、船上で共同生活を営む漂流の民となったのだ。

 

 

深夜、大学頭の寝所へ忍び込む人影があった。

「起きろ、大学頭。起きるのだ。」

「…な、何奴。」

女だった。体に張り付く忍装束姿である。

「静かにしろ、私は五虎のお竜。日の本征服のため、働いてもらうぞ。私の目を見ろ。」

お竜の忍術に落ち、無表情の大学頭。

「よろしい。大黄土の隠し場所を教えるのだ。」

無表情のまま、大学頭はうなずいた。

 

 

五虎は西海小島の地の利を活かし、大陸や半島と密交渉を持っていた。

そのうちに、陰陽道と錬金術を融合させた不可思議な術を身につけたのだ。

「五虎流妖術」である。

この術は秘法とされ、里長の一子相伝によってのみ伝えられた。

 

一方、辺笠の民は、小船での漂流生活を何世代も続けた。

他領への接近を避け、人目をかいくぐるように生きてきたのだ。

そのため、集団の団結は強かったが、他人への猜疑心も深かった。

しかし長年の漂流生活は、新たな技術を辺笠船団にもたらした。彼らは、西海の波の流れ

を家族の思いのように、知り尽くしていたのだ。巧みな集団操船により、どんな波風をも

乗り越えて、生き延びてきたのである。

 

 

寝所から出たお竜は、大黄土の保管場所に向かう。

迷路のような番所の廊下の角をいくつも曲がり、ある部屋に潜入した。

 

壁には、カラクリ仕掛けの梟時計が掛かっている。

(しまった…、ここは誰かの私室か?)

その時、部屋に誰かが入ってきた。

物陰に隠れるお竜。

 

入ってきたのはダンだった。

傍らの広口瓶から金平糖を取り出して頬張る。

その時、気配を感じた。

「誰だ?隠れているのは。」

お竜は、物陰から姿を現した。

「騒ぐな。」

「…君は。」

ダンは、高飛車な物言いに圧倒された。

「私は、五虎の里から来たものだ。」

ダンは、そのセクシー衣装にも圧倒された。

「…どうして、ここに。」

お竜は、術中に落とそうと、ダンと目をあわそうとする。

(なぜ、こんな破廉恥な装束を…)

しかし、出羽修験道出身で女に免疫のない純情青年は、まっすぐ見ることが出来ない。

目が合わなくては術は通じない。お竜は、態度を変えた。

「お願い、匿って!」

ダンに、すがりついた。

「怖い人たちに追われているの…。」

「な、何だって?」

「もう、あなたしかいないの。」

究極のツンデレ攻撃。

「何があったの。話してごらん。」

手練のくのいちが、ダンの隙を見逃すことはなかった。

お竜は、懐中から金属棒を取り出すや否や、ダンに襲いかかった。

眉間に直撃を受けたダンは倒れこむ。

「フッハッハッハ…」

お竜は、してやったりと出て行った。

 

救護部屋。

ダンの怪我を治療をする白衣の安寿。

「ねェ、何があったのヨ?」

「そいつは、ぼくも知りたいんだ。」

「だって、自分でやったことでしョ?」

「…うん…。」

女に殴られたことは、武士の恥。

歯切れの悪いダン。

「これでよしと。もう、絶対乱暴しちゃ、いやヨ!」

手当てが済んだ安寿は、優しく問いかけた。

「…う、うん…。」

「そうだワ、ダンにいいものあげる。」

そう言った安寿は、行李を開けた。

いいものを持ちあげて、ダンの目の前にかざした。

「クサヤよ!」

嬉しそうな安寿。

「これでどんな時でも大丈夫。二升は呑めるわヨ!」

得意げな安寿。

 

 

安寿の部屋。

なんかやたらと散らかっている。

寝台に横になった安寿は、寝台下の行李から何かを取り出した。

3体の指人形であった。

左手に3体の指人形を装着すると、一人語りを始めた。

 

「もう、ダンったら何ヨ、うわの空なんだから…。」

「ちがうよ、安寿。きっと照れてるだけさ。」(安寿裏声)

「そうだよ、安寿。きっとダンは喜んでいるよ。」(安寿裏声)

「ダンは、安寿のことが大好きさ!」(安寿裏声)

 

「そうかナ…。大雑把な女だと思われてないかしら…。」

「平気だよ、安寿。繊細な娘だとおもっているよ。」(安寿裏声)

「そうとも、安寿。君の心はわかっているよ。」(安寿裏声)

「ダンは、安寿のことが大好きさ!」(安寿裏声)

「そうかしら…、そうよネ!」

 

その時、何かの気配がした。

「誰!」

何も変わっていなかった。

(…良かったァ。お人形さんとお話しているなんてバレたら、えらいことだワ…)

しかし何かが変わっていた。

物陰からかすかに息音が聞こえてくる。

 

影から苦しそうな声で…、

「さ、騒がないで下さい…、私は、私は、苦しい…。」

「誰!誰なの?」

「私は、ある…遠い国から、来たものだ。」

声は行灯が届かない部屋隅の方から発せられていた。

「どうしたの?」

「事故を起こして…重傷を負っている。手当ては、済ませた。ハアハア…このまましばら

く、じっとしていれば傷は治る。それまでどうか…このままにしておいてくれ。誰も呼ば

ないでくれ!」

(まずい、お人形さんが見られた…。)

「どこにも行かないで、そこで静かにおやすみなさい。」

秘密を握られたと勘違いし、妙に優しい安寿。

 

しばらくして、容態の落ち着いた影男は、静かに語り始めた。

「安寿さん。幕府の方はもっと恐いものだと思っていた…。こうして、命をとり止めるこ

とができたのは、あなたのあたたかい思いやりのおかげだ。ありがとう…。」

「どこから来たの。教えて?」

(見てたかどうか、確かめなくっちャ…。)

「何も言えない、西国から来たとだけ云っておくよ。あ〜ノドが乾いた…。」

「西国だったら、焼酎はいけるわネ!」

安寿は、行李から酒瓶を取り出す。

「あら、杯がないワ。このままでいいわネ。」

影男は、受け取った酒瓶を貪るように空ける。

「まぁ、素敵な飲みっぷりネ…。でも瓶ごと飲んじゃ体に悪いわヨ。」

安寿は、疑問を口に出そうと、矢継ぎ早に質問をした。

「ねェ、あなたの里の話をして。お芝居は、音曲は、踊りは、仕事は、年収は、独身?」

「私の里は、他の町とはだいぶ違うんだ。もちろん芝居はあるさ、…想像もできない踊り

や音曲もね。そこでは誰でも踊るんだ。驚いちゃいけない、水も空気もだ。」

「空気も!」

「そう全て!その期間は踊り続けなくてはいけないんだ。どんなに乾こうが、腹が減ろう

がね…。」

「どういうことなの?」

「すべては五虎への怨念さ…、はっ!」

安寿のデレデレ攻撃にうっかり口を滑らせた影男。

「五虎…?」

 

意を決した影男。

「幕府の方に話すことなく、我々の手で決着をつけたかったのだが…。この体では致し方

ない…。」

影男は、光が届くところに出てきた。

その男は、妙に目が離れていた。

「我が故郷、辺笠の里は、先に記した経緯があって、漂流の民となりました。しかし五虎

への恨みを忘れた日は一日としてありません。いつの日か卑劣な奸族どもを討ち果たし、

先祖伝来の地に戻ることを悲願としているのです。この度、五虎の間者が京都守護職破壊

のために、この地へ向かったとの報せが入りました。私は、奴らの野望を中座させ、その

非人道な振る舞いを御公儀へ御申し上げ奉りたいとの一心から、里を代表して京へ出てき

たのです。」

話がよく飲み込めない安寿。

「…あの、話の腰を折って悪いんだけど、人形は見た?」

「?人形、何の話です…?」

「見てないのネ。」

「人形なんて知りません。それより五虎は京にいます。黒谷が危険です。」

秘密を握られていないことがわかった安寿。

「はい、終わりヨ!」

「えっ?」

「その手の話なら、広報班とやってネ。」

「いや、だから危ないって…。」

「いつまでここにいるつもりィ?」

一転したツンツン攻撃の安寿。

 

 

番所を後に、黒谷に向かったお竜。

二条通りを東進し、鴨川を渡ろうとしていた。

その時、古鷹が鴨川上の二条大橋を渡ってこちらにやって来た。

 

古鷹には妙な癖があった。

しばしば、軍事教練と称して、武器の点検をしながら京市中を徘徊するというものだ。

付近住民からの苦情もあるにはあったが、攘夷志士たちへの威圧ということで、捨て置か

れていた。

 

お竜は、物陰に潜んで古鷹の姿かたちを覚えこんだ。

古鷹が通り過ぎた後、

「五虎忍法 ニセニセの実。」

お竜は一瞬のうちに、古鷹に変化した。

 

 

黒谷に半鐘が鳴り響いた。

「第二種警戒警報、第二種警戒警報。」

「霧島隊長、何事か?」

二条城へ出向いた松平容保に代わり、黒谷を守備する山岡長官は状況確認を下命した。

「はっ、何者かが、武器庫に侵入した模様です。直ちに下手人捕縛へ向かいます。」

「松平公の留守中なれば、よきに計らえ。」

「はっ。勝部、警備隊集合の緊急狼煙上げ!」

 

黒谷へ警備隊が集結した。

「古鷹はどうした?」

利根が受ける。

「いや、それが先刻より鴨川辺りへ出張ったらしく…。」

「あれェ、古鷹さんヨ!」

安寿が指差した山門から古鷹がよろめきながら出てきた。

「いやぁ面目ござらん。怪しい輩を発見して追いかけたのでござるが、まんまと逃げられ

申した。」

「何ぃ、怪しい輩と。」

「はい、髭もじゃで耳のでかい男でした。」

「よし。総員、髭もじゃ耳でかを探せ!」

「はっ!」

 

ダンは違和感を覚えていた。

(おかしい、いつもの古鷹殿ではない…。)

ここでダンは、出羽修験道奥義「隠し眼」を使った。

ダンの「隠し眼」から見た古鷹は、まったくの別人だった。

各自捜索を始めた警備隊員たち。

ダンは、古鷹の後を追った。

 

古鷹は、迷うことなく根本道場へ向かって行く。

根本道場の仏像には、仕掛けがあり、それ自体が武器庫となっているのだ。

仏像に、なにやら細工を始めた古鷹。

物陰で行動を見張っていたダンが飛び出した。

「古鷹殿、何のつもりか!」

振り返った古鷹の目つきは明らかに尋常ではなかった。

 

仁王立ちになった古鷹は、声を張った。

「フッハッハッハ…」

あまりの高笑いにひるむダン。

「五虎忍法 アワアワの実。」

ダンの周囲に大きな泡が出来上がり、閉じ込められてしまった。

「しまった!」

「フッハッハッハ…」

高笑いとともに術を解く。

そこには、ダンを殴りつけた女の姿があった。

もちろんセクシー忍装束である。

「あ、お前は!」

「フッハッハッハ……、もうすべては終わりよ。ここは爆破されるわ。」

「何故だ?何故、逃げようとしないのだ?」

「それはもとより覚悟のうえ。京都守護職とともに滅びること、それがアタシに与えられ

た使命なのさ!フッハッハッハッハ……」

覚悟の女忍お竜。

 

番所を追い出された辺笠の男は、ふらふらと彷徨いながら、鴨川河畔で古鷹(本物)を発

見した。

「この装束は、丑寅警備隊…。まずい、もう間に合わないかもしれない。」

古鷹を介抱する辺笠の男。

「お侍さん、しっかりしてください。」

古鷹は、うなされたかのように呟いた。

「ウッ…ウウウ…」

「何ですか、何か言いたいのですか」

「…エム・ふた・エス・エイチ・み・ジ・ダブリュ・エフ・ビイ・ひと…」

「何だって!」

古鷹の意味不明な言語を解析した辺笠の男。

「こいつは、まずい。」

古鷹を放ると、すたこらさっさと黒谷へ向かった。

 

 

「ワッハッハッハ」

相も変わらず笑っている五虎お竜。

その時、ダンが閉じ込められたシャボン玉の下に、落ちているものに気がついた。

近寄り、拾うお竜。

それは、安寿がくれた「いいもの」であった。

あまりの臭いにお竜は、卒倒した。

と同時に、ダンへの術も解けた。

 

自由を取り戻したダンは、懐から丸薬を取り出して、天にかざした。

「出羽!」

ダンの周りを光が取り囲んだ。

 

「超七郎、見参!」

 

「ぐうう、何なの?」

逃げ出すお竜。

そして、その足は速かった。

「待て!」

お竜の行く手をさえぎった辺笠の男。

 

「辺笠里人を代表して、五虎のお竜。うぬの命貰い受ける!」

「これは、漂流の民、辺笠。何を血迷ってこの場に出てきた!」

追いついた超七郎。

警備隊の面々も集まってきた。

 

超七郎が霧島の方に振り返る。

「隊長、これを」

「超七郎、これは…?」

「五虎の爆薬です。早く水の中に。」

「委細承知。赤城!」

突然の指名でビビる赤城。

「大変だぁ、爆薬だ。爆発するぅぅ!」

 

超七郎は、お竜に発した。

「もう、逃げられんぞ。神妙にお縄につけ!」

「フッハッハ…。我が五虎には、追い詰められた時のために、先祖伝来のとっておきの法

が、伝授されている。」

「何ぃ?」

「フッハッハ、それは…」

「それは、逃げる。と言うのだろう。」

五虎の科白を先読みした辺笠は、羽交い絞めにしてその退路を断った。

「さぁ、超七郎とやら、私ごとこ奴を斬ってくれ」

躊躇する超七郎。

「さ、早く。私はいつまでも押さえきれない…。」

「ぬ、離せ。離さんか!」

「超七郎、頼む…、早く!」

意を決した超七郎。

 

「出羽ぁぁぁ!」

 

 

戦い終わって、夜の京。

ダンと安寿が夜間見廻り。

街角に見慣れない提灯が下がっている。

「あ?」

「ん?」

夜目にも目立つ、「暗黒酒場」の提灯。

目を合わせ、微笑みあうダンと安寿。

「ダン、寄ってくわヨ!」

 

 

 

慶応三年のウルトラセブン 第二話「ダーク・マックス」
23/MAR/2007
初版発行
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