第三話 弥生

「呪われた街」

 

 

慶応三年

弥生二十六日、蘭国建造船「開陽丸」が横浜に入港し、榎本釜次郎(武揚)ら留学生が帰

国した。

 

 

広大な南禅寺境内の外れに、数奇屋造りの庵があった。

遠州好みの庭が見渡せる縁側には、初老の男が座っている。

下男がかしこまって、火のついたばかりの煙管を持ってきた。

それを手に取り、煙を吸い込む大旦那。

異変は、その時起きた。

突然、縁側に倒れ込んだ大旦那。その息はすでに絶えていた。

 

京では、謎の人死にが続いた。

それも富豪や公家ばかりだ。

なかには、安寿の叔父も含まれていた。

 

安寿の乳、いや父、由良千歳には弟があった。

由良千歳の弟、由良千代田は幕府医薬方武田家の養嗣子となり、大坂に居を構えた。

ところが、将軍慶喜が二条城で政務を執っていることから京に転居したのだ。

この日、上京にある懇意とする公家屋敷に囲碁打ちに出かけ、難に遭ったのである。

 

上京、妙顕寺。

安寿叔父の葬儀会場である。

ダンは、弔問に訪れた人々の会話を聞くとはなしに耳に入れていた。

「惜しい人を無くしたものでござる。何しろ御公儀医薬方きっての切れ者との評判でござ

った…」

「まったくでござる。百三十人の配下も困惑しているような…」

「最近といっても、ここ十日ばかりの間、人死にがあったというと、必ず大商人かお公家

様が主役なんだからのぅ……」

「そういえば、この間の牛車衝突事故もお乗りならはったんは、商人はんとお公家様や。

きっと堺の油問屋爆発も……」

「私は、五摂家御用達の牛車元締めをやっている者ですが、事故が続いて商いを閉めてし

まいました…。とてもやっていけまへんわ……」

やはり何かが起きている。

 

葬儀の帰り道、ダンに近寄る青年がいた。

青年はダンへ向かって、

「あの、ゴホ、警備組の方でっしゃろ?」

「は、何か?」

青年は、名刺を差し出す。

坂本竜馬が使って以来、京では名刺が、流行っていた。

「羅宇屋北川商会手代 統助」

紙面を読んだダンは、

「で、何用ですか?」

「最近、謎めいて死にはった方。皆うちのお客はんなんです。」

統助は驚くべき事実を述べた。

 

羅宇(らう、らお)とは、当時の喫煙具「煙管」の煙管部分を呼ぶ。

刻みたばこを詰めて火をつける火皿が「雁口」、口元は「吸い口」だ。雁口と吸い口をつ

なぐ長い部分が「羅宇」である。
元来は竹製であったが、趣味性が高まると、装飾を施す

者、鉄であつらえる者などが現れるようになる。ファッションの向上に時代の開きはない。

北川商会の羅宇は、宋代の陶器を思わせる、古典的な細工に定評があった。

 

犠牲者は皆、北川商会の客だったのだ。

番所に戻ったダンは、その旨を報告する。

「何ぃ。よし、洗ってみよう。」

霧島隊長は、矢継ぎ早に指示を下した。

「赤城、情報屋に当たれ。他の者は北川商会へ急行。」

丑寅警備隊出動。

 

中京、新門前通り。

通りの中ほどに北川商会はある。

統助に案内されて、店主と会った霧島は、

「ご店主、しばらくは開店休業と願いたいものですな。」

「へい…。」

霧島の一言に口の歪む店主。

苦味走った店主へ向かい、統助が唐突に、

「旦那はん、僕実家に寄らせて貰いますわ。」

さらに口を歪める店主。

「事件のおかげで、商いはあがったりですわ。構わへんでっしゃろ。」

「勝手にせい!」

霧島すかさず、

「ご主人、しばらくは開店休業で、ご協力願いますわ。」

 

上京、叔父宅を訪ねた安寿。

「叔母さま、叔父上ご愛用の煙管を見せて頂けないかしら。」

「煙管…。旦那様はたばこが好きでしたね。」

「煙管は、どちらであつらえたのかしら。」

「還暦のお祝いに、北川商会でございます。」

叔母に代わって、煙管を持ってきた女中が答えた。

安寿の叔父も北川商会の顧客だった。

 

右京、情報屋を探す赤城。

子供たちが、足元をかけ抜けてゆく。

「うわ〜い。餅屋だ。」

子供たちの行き先に、手押し屋台と老人が認められた。

「さぁ、寄っといで。おいしい餅はいらんかえ。」

「うわ〜い。餅ちょうだい。」

「はいはい、並んでな。餅屋爺さんの餅は、ほっぺが落ちるぞい。」

爺さんに近寄る赤城。

「おっと、今日は品切れじゃわい…、またの。」

爺さんは、屋台を片付けながら、独りごちた。

「北川の羅宇をよぉく調べてみることじゃの。」

赤城は、餅代としては分不相応の銀を渡した。

 

番所。

市中からの伝令。

安寿が報告を受けた。

「隊長、古鷹、利根の両名は、三条通りから帰還中です。」

「三条通りといえば、あの鯵が旨かった店…」

「隊長、鯵のことはもう…」

「すまぬ、言わない約束だったな…」

 

番所。

北川商会の羅宇を調べる、古鷹と利根。

「のう利根。こやつはいかほどであろうかの。」

半ばボヤキの古鷹。

「皆目見当も…。尤も我ら百石程度の甲斐性では、とてもとても…。」

「左様、宮仕えの身代ではな…。」

だんだん空しくなってきた古鷹と利根。

 

「あっ!古鷹ど…」

「えっ!」

空しさかやるせなさか、古鷹は煙管を落としてしまった。

無残に飛び散る高級逸品。

「た、大変な失態を…」

破片を集めながら言葉を失う古鷹。

「…かくなるうえは、この腹かっさばいて…」

「古鷹殿、早まってはいけません!」

「何の騒ぎだ!」

障子が開いて、霧島が入ってきた。

その時、一筋の外光が、古鷹の手許に当たった。

「隊長、大変です。古鷹殿が腹を切ると…」

興奮のせいか、古鷹の顔は紅潮していた。

「何ぃ。古鷹、どうしたんだ。」

「…ブツブツ……」

「古鷹どの?」

古鷹の眼は黄色く濁りだしていた。

「…は、腹を切るのは、うぬらだ〜!」

暴れだす古鷹。

必死で止めに入る、勝部その他大勢の番所要員。

「利根隊員!気でも狂ったんですか?」

「利根は拙者だ。何故間違える?」

相手は、京都火盗改きっての怪力の持ち主である。

5人がかりでも止めらきれない。

「古鷹!止めないか!」

霧島隊長の鉄拳がうなった。

しかし、それでも古鷹は暴れ続ける。

「いいかげんになさい!」

安寿の一喝。

すると古鷹は、発条が切れた人形のように、気を失った。

「おかしな奴だな…。救護所へ連れて行け。」

ダンが古鷹を運んでいった。

 

霧島は利根に向かうと、

「利根、何があったんだ?」

古鷹の散らかした煙管の残骸を集めていた利根は、手を休まずに答えた。

「はぁ実は、こいつを割ってしまいまして、それで腹を切るとか申していたら、急に…」

「少し風を入れた方がいいワ。」

安寿が窓を開き、雨戸を開けた。

 

利根の手許に陽がさした。

顔が紅潮してくる利根。

異常を察した霧島。

「利根!」

そして、古鷹同様に暴れだした。

 

またしても、発条が切れた人形のように、気を失った。

「わからん…、これは一体どういうことなんだ?」

「隊長、古鷹殿も利根殿も、ここで煙管の破片を手にしていた時に…」

雲の切れ間から、また一筋の日光が破片に当たった。

「ううっ…」

「ダン、どうしたの?」

陽が翳った。

「今、この破片に日が当たった瞬間、何かどす黒い感覚が心を走った…」

ダンは、ひらめいた。

「これですよ!この煙管に原因があるんですよ。」

「よし。黒谷にまわそう…」

 

 

黒谷を発した、一騎の早駆けが番所に着いた。

伝令の勝部であった。

「隊長、漢方方、毒見方、ともに同様の見解です。」

煙管の破片を調べてみたところ、特に羅宇と思われる材質の内側部分に、熱や光に感知し

て猛毒を発する釉薬があることが判明したのだ。

「この粉は、古来錬金術が生み出した禁制の品。竜吐と呼ばれる劇薬との見解です。」

「ううむ、竜吐か。」

 

救護所に集まった警備組。

安寿は、古鷹と利根の看護に余念がない。

事件を語る霧島。

「…ということだ。北川の煙管を徹底的に洗うのだ。」

「そんなことも知らずに叔父上…」

安寿がつぶやく…。

赤城が残念そうに続けた。

「囲碁の合間に一服喫ってしまったんだ…」

「発作的な行動なのネ」

流れを無視し、脚本通りに科白を発する安寿は、古鷹の包帯を替える。

「い、痛っ…」

意識を取り戻す古鷹。

「古鷹さん、あなたより重傷が五人よ。怪力が何ヨ!」

仕事が増えて、おかんむりな安寿であった。

 

北川商会と犠牲者の関係がつながった。

統助の尾行を開始するダンと安寿。

統助は、東本願寺前から新町通りを北に向かう。

六条通りへ折れた角に、北川商会の娘「のむこ」が待っていた。

 

「何や、のむこはん。」

「助さん、あんたウチに何か隠してはる…。」

のむこを放って、歩みを止めない統助。

「お父はんとあんた、何があったん?」

統助をすがりつくように追うのむこ。

「ほな、僕と一緒に来ることや。そうすれば皆わかるさかいな。」

「何でもええ。ウチはあんたが好きなんや。」

のむこを連れ、父親の営む工房へ向かった統助。

 

東山、統助の実家。

「なんや統助、こんなところにお嬢様をお連れして…。」

「おとん、のむこはんは全てを知ってるさかいな…。」

意味もわからずに、会釈を返すのむこ。

「おとん、相変わらず、ええ出来や…。」

「ほう分かるか、統助。お前のなかなかの目利きになったのう…。」

息子の向上に目を細める父親。

「しかし、おとん。もういい加減、おとんの名で羅宇を出してもええ頃ではないんか…。

いつまで北川のオヤヂに、ええように使われても…」

「こら統助、お嬢様の前で、北川のオヤヂという者があるか!」

「せやけど、おとん…」

「何度も言わせるんやない、日野の家は何代も前から北川商会の世話になってきたんや。

その恩は忘れたらあかん。」

 

釈然としないのむこを茶店へ誘う統助。

後を追うダンと安寿は、二人を見張れる茶店に席をとった。

 

東山、茶店。

「どないなことなん?」

のむこは、先の親子の会話を問いただした。

「僕の家は、かつては日野を名乗っていたのや。そう、公家はんの日野家や。尤も分家や

がな。しかしある時、商人に騙されて改易させられたんや。」

のむこは息を飲む。

「…そうや、それがアンタんとこの北川商会や。僕のご先祖様が、アンタんとこのご先祖

様に、騙されたんや…。」

「……」

「僕も身体が丈夫だったら、ゴホ、北川のために羅宇作りを継ぐはずやった…。でも僕は

違う。日野の家を贋作屋に陥れた北川をぶっつぶしてやるんや。」

「…アンタ、そのためにウチを…」

「そうや、ノム。」

「助さん…。」

愛が空から落ちてきそうな、のむこ。

 

二人を見張るダンと安寿。

会話の内容までは聞き取れない。

「何を話しているのかしら?」

「…うん…」

張り込み120%のダン。

(もう、ダンったら、せっかく二人っきりなのに…)

 

「安寿、」

不意を衝かれた安寿。

(え、何…)

「ニキビ、多いな。」

(ダン、やめてぇ〜)

 

無言で張り込みを続けるダン。

沈黙に耐え切れない安寿。

(ダン、はなしてぇ〜)

「安寿、」

(え、何…)

「行くぞ。」

(え、もう…)

「安寿、何してる。二人はどこか行くぞ。」

 

動き出した、統助とのむこ。

茶店から出ると、駕籠を捕まえた。

ダンと安寿も駕籠で追う。

 

東山から、中京へ。

駕籠はひた走った。

当時、京には、二人乗りの駕籠があった、ことにしよう。

 

中京、西陣外れの貧乏長屋。

統助たちの駕籠が止まった。

駕籠から降りた統助は、のむこを連れて土蔵へ入っていった。

 

「安寿、君はここで待っていてくれ。」

「一人で大丈夫なの?」

「何かあったら、すぐに番所に連絡を…、いいね」

「はい…」

安寿を置いて、土蔵に侵入するダン。

 

夕陽の中の安寿。

周りでは、職工町らしい織機のリズムが溢れている。

不安そうな表情で、指人形を取り出した。

「あ〜あ、ニキビ見られちゃったわヨ。」

「仕方ないさ、実相院住職なんだから…」(安寿裏声)

「うん、安寿は悪くない…」(安寿裏声)

「だって、安寿は怖かったんだもんね。」(安寿裏声)

不安な安寿を夕陽が照らす。

傾いた陽の陰で、逆光に映えた安寿は可愛かった。

 

土蔵の二階。

統助は、所蔵している羅宇に黒い粉を塗りこんでいる。

「助さん、アンタ狂いはったん…」

「のむ、僕の道は、これしかないんや。」

統助の眼つきは、尋常の域を脱していた。

 

その時、階下から、

「北川商会、手代統助!」

ダンが、声をかけた。

「来よったな…ゴホ…」

「助さん、何をするん?」

統助は、のむこを振り切って、階段を下った。

 

「待ってましたん、超七郎はん。」

「何?」

「まぁ、立ち話もなんです。外の安寿はんも呼んだらよろし。娘はんは大切にせにゃ、あ

きまへんで。」

そう言いながら、土間横の小上がりに座り込んだ。

ダンもつられて、思わず膝まついた。

「統助、君の謀は暴露された。神妙にお縄につけ!」

「何を言いますんや。ゴホ…、本物を見る目も無い年寄りどもが、何ぼ死んでもええんや

ないですか…」

「人の命をなんとする。」

「人は時によって、ゴホ…、命より重いものもあるんのんや…」

「何だって?」

「ほなお見せしましょう…ゴホ。

統助は、仁王立ちに手許の壺を頭上に振りかぶった。

「これだけの竜吐が、街に舞ったらどう思ぃますのんや…」

ひるむダン。

その隙に、土蔵を後に走り去る統助。

ダンもすぐに追った。

 

安寿からの緊急狼煙によって、警備を固めた警備組。

西陣、北野天満宮横の町家通りで統助を発見した。

「待て!」

と言われて止まる逃亡者はいない。

竜吐の陽動にとらわれ、一歩後から統助を追いかける警備隊。

 

中京、妙顕寺。

境内に逃げ込んだ統助。

「ゴホ…、ワシは人間をやめるぞぉぉぉぉ。」

統助は、竜吐の黒粉を体にかけた。

「ゴホ、この寺が本物かどうか、ワシの道連れやで!」

咳とともに広がった黒い粉は、境内に散らばった。

あちらこちらで発火が始まった。

寺院はあっという間に炎に包まれた。

 

とっさに山門の外に避難する警備隊。

寺院は早くも焼け落ち始めている。

本堂の瓦屋根は、崩れはじめ、地獄の業火を連想させた。

 

火焔が、その全てをなめ尽くそうとしたとき、

その炎の中に立ちすくむ怪人の姿があった。

「URyyyyy…」

竜吐の持つ謎の力、誰も知らない変異が起きたのだ。

ダンはすかさず丸薬をかざした。

「出羽!」

超七郎、見参!

 

紅蓮の炎を背に対峙する二人。

間合いを詰める。

赤銅色の中、超七郎の髷刃が煌いた。

 

勝負は、一瞬で終わった。

 

「助さん…、助さん…、統助はん!」

のむこの悲痛な叫びだけが、夕暮れの京に、空しく響き渡った。

 

 

 

慶応三年のウルトラセブン 第三話「呪われた街」
23/MAR/2007
初版発行
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