「緑の長城」は一本の苗木から(小澤普照・月刊「致知」2002年3月号掲載)


いま、世界中で森林の破壊が進み、地球環境への悪影響が懸念されていますが、日本のお隣、中国では国土の砂漠化が深刻な問題になっています。
現在、中国の国土は、全体の約27パーセントが砂漠(移行地を含む)に覆われています。これ以上砂漠化が進行するのをなんとか食い止めようと、中国はいま、日本などの協力も得ながら大森林造成事業に取り組んでいます。現状では、森林が国土に占める割合は16.55パーセントですが、中国政府の長期計画は、これを30年間で8ポイント引き上げて24パーセントに、最終的には26パーセント以上にし、逆に砂漠を半分に減らそうという大目標を掲げています。
森林の比率を8ポイント引き上げるといえば、造作もないことのように聞こえますが、これは実に日本列島二つ分の面積に木を植えることを意味しますから、まったく想像を絶するスケールです。950万平方キロという広大な国土のなかでは、これくらいのことをやらなければ、拡大する砂漠を押し返す力にはならないのです。
いま、中国のなかでも特に砂漠化が深刻なのは、黄河、揚子江、メコン川などの大河の源流が集まるチベット高原などの、いわゆる西部地域で、例えば青海省の森林面積の比率はわずか3パーセント程度にすぎません。そこで構想されているのが、「三北」防護林プロジェクトです。
これは東北、華北、西北の各地域における大規模造林計岡を合わせた総称で、四川省、雲南省の森林とつながることで、砂漠の東進を阻止することが期待されています。
この緑の長城のプランを含め、中国は国土の緑化事業に、日本の助力を大いに期待しています。
実際、日本からは官民両方で多くの団体が中国の各地に出向いて、緑化活動に携わっています。
私はかつて日本の森林行政に携わり、林野庁長官を務めた後、現在は民間団体の立場で、熱帯林の保護や、海外での植林プロジェクトを支援する仕事をしています。
また一方、植林活動を主とするNP〇(非営利法人)「呼倫貝爾(ホロンバイル)地域緑化推進協力会」の技術的な顧問として、中国東北部・内蒙古自治区の海拉爾(ハイラル)市に3回ほど出向き、同市周辺の草原の緑化に取り組んでいます。
私がハイラルで植林活動に携わっていることには、ある因縁があります。私は戦時中、学校教師であった父親に連れられて、旧満州国領であったハイラルヘ行きました。しかし、それはすでに日本の敗色の明らかなころで、間もなく昭和20年8月9日、ソ連軍の攻撃を受け、燃え盛る火の中をハイラルから脱出し、札蘭屯(ジャラントン)で終戦を迎え、その後、斉斉恰爾に移動しました。
そのとき私は小学校五年生でした。幸い、チチハルは比較的平和な町で、私たちは約一年間そのままチチハルで過ごしました。しかし平和とはいえ、学校は閉鎖され、私たち子どもは行く場所もなく、ただ遊びと、食い扶持稼ぎのアルバイトに明け暮れる毎日でした。
そのうちに、私たちハイラル脱出組のなかから、子どもたちをぶらぶらさせておいてはいけない、帰国後に備えて子どもに勉強をさせようという人たちが現れ、私設の塾が開設されました。自分たちを庇護する政府もない、仕事にもつけないという異常な状況のなかで、子どもの将来のためにこういうことを考え、実行する人がいたのです。私は子ども心に、「日本人とは、なんと堅実で賢いのだろう。日本人は信頼するに足る民族だ」と誇らしく感じて、一所懸命勉強に励んだことを覚えています。
さて、昭和21年に満州から帰国した私たちは、その後はそれぞれの郷里などに戻り、それぞれの道を歩んで、長い間、互いにあうことはありませんでした。
ところが、昭和50年ごろのある日、私のところへ一本の電話が入りました。電話の主は、「あなたはハイラルの小学校にいた人ではないか」と言うのです。
「その通りです。あなたは?」と聞き返すと、それは当時の同級生でした。それから後は芋づる式に、多くのクラスメートの消息が判明し、ついに同窓会ができるまでになりました。そして、この同窓会を母体にして、思い出の地ハイラルに植林をしようという語が起こり、これがさらに、先ほどのNPO「呼倫貝爾地域緑化推進協力会」を組織する動きにつながっていったのです。
いま、このNPOでは、ハイラル郊外に一年間に35ヘクタールずつ、5年間で175ヘクタールに植林する計画を立てています。2000年秋からスタートし、今年(2002年)の春で70ヘクタールが終わります。
ところで、植林協定を結ぶ段階で、ハイラル市の市長さんが、私たちに言いました。「175ヘクタールに木を植える皆さ
さんの計画はとても素晴らしく、感謝しています。そこで、私たちはみなさんがさらに精一杯仕事ができるように、2千ヘクタールの土地を用意しました。どうぞ、存分にやってください……」と、何事もスケールの大きい中国ですが、それにしても175ヘクタールがいきなり2千ヘクタールにふくらんで、私たちは思わず天を仰ぎました。
「これは、死ぬまでやらなくちゃいけないな……」でも、そんなことを言いながら、メンバーは皆、ますます意気軒昂です。
国土砂漠化の自然の威力の前には、私たちの活動はまだ無力なものかもしれませんが、「緑の長城」もまずは一本の苗木から、という心意気で、これからも息長く木を植え続けていきたいと思っています。

(注、 若干の加筆を行っております。)


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