森林塾塾長 小澤普照氏に聞く
森林塾開塾までのプロセス
Q: 小澤さんは林野庁長官の時から森林塾を開塾されていたのですか?
A: いえ、退任してからです。
もともと林野庁は日本の中で森林の情報・林業の情報を一番持っているところです。
長官になる前からこの情報を国民に広く提供していかなくてはと考えていました。
丁度そのころから森林ボランティアなど森林に関心を持つ人が増えはじめ、
そういういう人たちにどう情報を発信していくか?
例えば「森林塾ネットワーク事業」というような国の仕事として情報提供ができないか?
と考えたわけです。
そういう発想は国民から歓迎されるであろうと思いまいました。
現に、今「森林塾」は受けているわけですから。
ところが、政府の中では、こういう名目では予算化することは認められにくいわけです。
で、国で出来ないなら自分でやるしかないな、と。
「言い出したからには実行する。」というのが私の主義なんです。笑)、
で、予算も場所もないので自宅でやろうか、ということで始めたわけです。
Q: どんな風に呼びかけを行って波及していったのですか?
A: まず周りの友人や知人に声をかけました。とにかく森林のことを勉強しませんかと。
集まってきた人たちは教育関係者・建築家・ジャーナリストなど様々でしたが、共通しているのは『森が好き』『林業が面白い』といったことです。
運営には明確な目的が必要なわけですが、これは人材育成とネットワークということに重点がありました。
人材育成というのは、要は自然と共生するコーディネーターの育成です。
森林というのは身近にありそうでなかなかないもので、いざ何かやろうとすると大変です。
まず所有者がいますし、誰かが仲介しないと森林に近づけもしないわけです。
そういう面の人材育成ですね。
で、ある程度塾に通っていると、『大分勉強したので自分で何かやりたい。』という人が出てくるわけです。
例えば御殿場で森林研究会をはじめた関田さんという方などは、「土に還る木・森づくりの会」という、今度(8月19日に)フォーラムを開催するんですが、風倒木を利用したポットに苗木などを植えて森づくりの運動を展開しています。
また岐阜県では、「森林塾」の趣旨に賛同されて、「森林塾夢工房」という名前で、一般の人に木工を広めたいということで、古い木造の民家を工房にして教室を開いたり、安く材料を供給したりしているネットワーク活動の事例もあります。
そんなこんなで8年が経過しましたが、でも、それだけでは足りないわけで、色々な人が住んでいるところ、つまり地域で、森林を核としてどうパートナーシップを形成して森林の持続経営を実現していくか?
これは世界共通の課題ですよ。
日本語的に“異業種交流”などといっても狭義の利害関係者の集まりですが、まあ、外国の事例を見ますと英語でいうところのSTAKE HOLDERですね。
非常に広い範囲の人達が『森林の持続』というテーマのもとに情報交換や交流を行うという動きがでてきています。
これは、「地球サミット」での合意の実現につながるものでもあります。
ちょうどその「地球サミット」に出席した後役所を辞めたわけですが、せっかく世界中の人たちとともに代表として集まり、『持続的森林の経営』というテーマを決定したので、役所の仕事を離れても、一民間人として国際交流も含め「持続」という哲学で行動をしていこうと。
そういうこともあります。整理をしてみればね。
Q: 林野庁長官のお仕事としてはどういうことがあったのでしょう?
A: 長官としての仕事は、膨大な量の仕事があるわけです。
国会にも毎日のように通います。予算も1兆から動かすわけですから。
それから国土の7割の森林をどう持続していくか。
林業の活性化、国有林経営の建て直し、木材産業。
さらに地球環境問題の一翼を担うということもあります。
それから教育問題です。私が長官に就いた時、郷里の新潟県高田農業高等学校の校長先生から電話をいただきまして。
何ですかといいましたら「長官、今林業高校は先生も生徒も皆悩んでます。
どうか我々に激励のメッセージをいただけませんか」ということなんです。
そんなことならお安い御用ですと了解したんですが、ことはそんな事では済まない。
そこで庁内に林業教育研究会というものを作り、文部省のOBの方にもメンバーに入っていただいて、もちろん高校の先生も呼んで話をしてみると、我々の気がつかなかった問題がたくさんわかってきたわけです。
林業教育を行っている高校は当時全国で80校くらい、学年定数でいうと3000人程度です。これはどういう事かというと、数が少ないので教科書はまず文部省の国定教科書、参考書などは儲からないから作ってくれる出版社なんてないわけです。
で、先生達が県庁や営林署に出向いて行って「何か資料ありませんか」なんて聞いてもらってくるわけです。
そんな状態なんだという事がわかってきました。
教える側も大学の林学科出た先生が一人もいない学校がけっこうあるとか、これは何とかしなきゃいけないんじゃないかと。
もっと高度な林業教育をしていかなくては、ということも(その後の)森林塾につながる一つの契機になってると思いますね。
一方、職業教育学校の先生が生徒といっしょに林野庁長官と懇談することも行われるようになりました。
とにかく、仕事は猛烈に忙しいけれどもそれだけじゃだめで、さらに何か新しい発想でやらなきゃ、というのがありますよね。夜の時間とか、土日もあるわけですから。
その頃スタートした森林インストラクターや樹木医の資格制度なども、とにかく一般の方が参加できるようなシステムを考えたわけです。
関心が高いにもかかわらず、専門外の人が入り込めないようなシステムではだめという事ですよね。それから住宅問題では木造住宅の普及ということについても、ログハウスとか、三階建て木造なんて夢があるんじゃないかということで力を入れるとか・・・。
あとは国際交流ですね。戦前はドイツの林学などを取り入れた教育もしていたんですが、戦後先進国との連携も米国中心というか、ヨーロッパとは縁遠くなっていまして、片やアジアの近隣諸国は課題山積で困っているし。
これではいけないので、国際社会の中で日本という国は何をすればいいのか?森林政策や林業面でどういう役割を果たすべきかということを考えたわけです。
それで、1991年にパリで開かれた森林関係の国際会議に参加した際、日本がお膳立てして、「みなさん集まってくれないか」と持ちかけたところ、アメリカ・フランス・中国・カナダ・マレーシアなど、主要国の人たちが、人数にして40名くらいは会議の間に時間を作って集まってくれましたね。
まあ、いきなりそんなこと持ちかけたって集まってくれるわけはないわけで、実はその前に「シニアフォレスター会議(森林専門家会議)」というのを日本で開催しました。
ITTO(国際熱帯木材機関)という日本唯一といってもよい国際機関が横浜にあり、そこは木材の生産国である途上国、消費国である先進国、両方がメンバーになっていまして、そこの当時の事務局長のマレーシア出身のフリーザイラー氏と意見交換し、御協力をいただいて、ITTO と林野庁の共同開催で国際会議をやりましょうということになったわけです。
大蔵省も大変理解がありまして、予算をつけてくれました。
亡くなった大来佐武郎先生という、外務大臣も勤められた方ですが、その方が関心を持って下さって後押ししてくれました。
そうして「シニアフォレスター会議」を開催したのがきっかけなんです。
それがあったのでその後の国際会議で、『日本が声をかければ集まるよ』と、皆さん言ってくれるようになったわけで。
これがユニークな国際交流になりまして、その翌年の「地球サミット」の時も日本が声を掛けまして数十人規模の会議を催すことができました。
この様なことから各国に知人もでき現在のおつきあいにつながっていると思っています。
長官などやっていますと色々なことがあるわけで、部下の提言ですとか、国際交流の中から生まれてくる仕事もあります。
また日本の森林は、戦中戦後どんどん伐って荒れちゃったわけですから。
それをどうやって復旧させようかというのが歴代の長官が取り組んできた問題です。
その中に間伐問題もあるわけですが、それをより円滑に進める為に国民の共感を得るということも大切な仕事であるといえます。
Q: 小澤先生ご自身のテーマというのはありますか?
A: 地球サミット以前から取り組んできたのが適正な資源循環を実現するという意味合いでの「復層林」の研究です。日本は昭和12年以降の戦時態勢に入ってから森林の伐採が急速に増加し、さらに戦後は復興に必要だということで森林の伐採が進められました。しかも、いっせいに伐って、いっせいに植えるという方式が採用されたわけです。
ところが昭和40年代からは山林の管理問題というのがだんだん深刻になってきまして、人口流出とかですね。で、いっせいに伐って植えるのはある時期に集中的に人手を必要とするわけです。こういう問題点を解消し、森林の内容も改善する方法として、皆伐を避けて、間伐や択抜を主体にした経営方法をとりいれてはどうかと。この方法なら森林も持続できるし、環境にも良いんじゃないかと考えたわけです。それで出てきたのが複層林型林業経営です。
この復層林型林業経営というテーマをライフワークにいたしまして、理論化しようということで役所を退職後、勉強をしに大学にも通いました。それで「高蓄積持続高循環森林」の研究をテーマとする学位論文に取組んだわけです。
一般的に、日本の林業経営は小規模経営です。土地が狭い上に、地形も、小さな山と谷が入り組んでいますから。これを高蓄積かつ高循環で経営するには長伐期かつ複層林方式が適しているということです。
木を切ることで森林の面積が減ってしまったら環境的に問題ですから、大切なことは先ず森林を減らさないようにしながら、蓄積量を増加させることによってカーボンシンク(緑の炭素貯蔵庫)としての森林の機能を高め、さらにこれを効率良く、循環させていくことで、自然素材としての「木」(エコマテリアル)も環境に悪影響を与えないで利用することができるというわけです。
このシステムが、最近はかなり認知されてきまして、これからは高蓄積高循環経営を大きな目標にしよう、というところまできたわけです。
昔は間伐材といえば形質の劣る木というイメージが大きかったように思いますが、高蓄積高循環システムの中では間伐木や択抜木は、森林の持続経営の中から安定的供給されるエコマテリアルということになります。
化石燃料を使えば使った分だけ二酸化炭素が大気中に増えますが、高蓄積高循環林のような適正循環林から供給される木はたくさん使っても炭酸ガスは増えません。
これはすばらしい循環のシステムということで、こういうことはかなり認知されてきたようですから、木を切って利用することは自然破壊じゃないんだということでどしどし進めたいところですが、そう簡単にはいかない。
なぜかというと、地球規模で見ると、森林は今でも毎年1千万ヘクタール以上減り続けているからです。先進国ではそういうことはないんですが、途上国では薪などの燃料採取や食料生産のために森林の減少はなかなか止まらないという問題があるからです。
一方でわが国のように、森林がどしどし生長しているにもかかわらず、地域材が使われないために、森林が過密状態を呈して、森林の内容が悪化しつつあるというケースも生じています。
こういう状況を考えると、適正な管理が行われている森林については木材利用の認証を与えて利用の促進を図り、適正管理の森林の拡大や植林面積を増やす必要もあります。 また、日本の森林のように過密森林を放っておくと、やがて枯れて腐ってしまい、宝の持ち腐れになります。これはやはり使っていくことを考えなければいけませんね。
Q: そういう木材の有効利用といったら、効率から考えてやはり建築資材なんでしょうか?
A: そういう簡単な答えではないですね。ここからが皆で知恵を出さなきゃいけないところです。そりゃ、例えばみんなが一人で2つくらい家を持って、田舎の広いところに大きな木造住宅を構えれば理想的ですが(笑)。むしろ、新築住宅は年間150万くらいから、だんだん減ってきています。ですから従来型の発想では立ち行かなくなるでしょう。木材利用は横巾を広げていく必要があります。確かに日本の森林は住宅資材として使うことを目的として作られてきたといえますが。例えば、エネルギー問題という観点から考えればバイオマスという手法がありまして、スウェーデンなどは国内エネルギー消費量の18%をバイオマス系エネルギーでまかなっています。
日本は1%以下です。薪も木炭も殆ど使わなくなってしまいましたからね。ただ、今まで杉やヒノキを育ててきた人にいきなりバイオマスエネルギーの話を持ちかけても、いや、そんなつもりで育ててきたんじゃありませんという答えが返ってきてしまう。ですから新しい利用方法については、皆で思いつく限りのことをやってみたほうがいいんじゃないかと思うんですが、そういうコンセンサスが得られれば、こういう需要もあるじゃないかということがたくさん出てきて、後はコストの問題だけということになります。そのコストの考え方ですが、化石燃料のほうが高いエネルギーが得られて、しかも安いといってるのは、目先のことしか考えていないからです。20年後、30年後のツケのことをぜんぜん考えていないわけですよ。そういうことにやっと気づいてこれは大変だということで、誰もが冷静な目で見れば確かに木材エネルギー(森林バイオマスエネルギー)利用のほうが理にかなっているということがわかってはいる。
ところが企業の論理や経済観念からそんなことは言ってられませんということになってしまっていたわけです。
日本は今や高収入・ハイコストの国になってしまいました。それが幸せかというと、ちっとも幸せと感じていない。かえっていろいろな問題が噴出しています。そういう問題の解決に、だから森林を核として考えていきましょうということをいいたいわけです。
実現するには、青写真みたいなものが必要なのですが。
森林を中心として、しかし森林関係の人間だけでなく、あらゆる分野の人間が関わったほうがいいので、様々な社会問題とバランスを取ることを考える、ということをやってみてはと思います。
国際交流の中から出てきた考えとして、モデル森林を運営しようというのがあります。森林を機能的に捉えて、地域運営で、地域交流や地域の核として捉えて様々な人が集まるものにしようと。それを登録制にして、各国でいくつか作りましょうというのをカナダが地球サミットの際に提唱しました。現在、カナダが11ヶ所、アメリカが3ヶ所です。日本は、一応四万十川流域や石狩川流域がカナダ発信のインターネットでモデル森林国際ネットワーク地図には載っているのですが、実態はカナダのモデル森林のような地域の関係グループが参画して森林の持続活動を展開するという状況には至っていないことについて残念に思っています。
実は日本の場合は独自に流域管理システムというのを導入していまして、このシステムは、モデル森林の運動論と似たところがあります。
だから、交通整理は必要なんですが。私は国際交流のモデル森林のほうは、人材育成とか情報交換などを中心として組み立て、数は少なくても良いと思いますが、地域コンセンサスがあるところで展開していけばよいと考えています。
全国158ヶ所の流域管理システムのほうは国際交流ということでなくとも良いわけですから、地域特性をいかして、循環森林の育成、都市との交流、地域材流通、森林ボランティアの活動拠点整備などやらなければならないことは沢山あるわけですから、やれることからやっていったらいいと思います。全ての森林を同じにする必要はないわけですから。
流域管理システムというのは悪い発想ではないんですよ。森林は川の上流にいる人が育てます。使う人というのはおおむね下流域に住んでいる人です。ですから、そういう上下流を一体とした管理システムづくりをしようと。ところが、観念的にはいいと思っても、実際に具体化しようとすると、簡単に足並みが揃わないということもあるでしょう。下流の人が森林の恩恵に預かっていることを本当に実感してもらっているでしょうか。ですから、水源林をそだててもらっているとか、カーボンシンクという機能を小学生のころから体験していくとか。またIT時代とか言いながらインターネット上の森林や木に関する情報はまだまだ少ないと思います。
この辺をキーにシステムを構築したらどうだろうかと思います。
Q: ありがとうございました。
(2000/7/31)