緑の国際戦略論
来年には、洞爺湖サミットを控えており、開催国であるわが国が地球環境、温暖化対策、森林持続問題などについて、如何に世界各国に存在感を示せるかどうかが注目されるところでもあるので、森林及び林業問題については、国内にも問題が山積しているが、敢えて国際課題に触れることにしたい。
先ず、政府開発援助(ODA)についてみると、わが国のODAは、縮小傾向にあるとともに国際比較でも、相対的に低下傾向となっている。経済協力開発機構(OECD)の発表では、2006年(暦年ベース)で、OECDの開発援助委員会加盟国(22ヵ国)の中で、24年ぶりに3位に後退した。これは、米、英に次ぐもので、後ろに仏、独が控えている。
対国民総所得比は米国の21位よりは上位の18位ではあるが、低位に止まっている。森林・林業支援についても同様で、近年縮小傾向にある。このことを国際戦略的見地から考察するため、対中国林業支援を例にとってみると興味深い事実がわかる。最近の中国経済の発展に伴う国民所得の向上の状況などを踏まえ、わが国の対中援助については終息の方向が示されている一方、中国を取り巻く諸外国の動きは、日本と異なり、むしろ増強の傾向にある。中国政府関係者の発表では、2004年時点で、森林・林業について対中二国間援助を実施している国は、日本のほか、ドイツ、オランダ、フィンランド、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、韓国、EUと多数にわたり、今後の日本の出方が注目される。
わが国が、自分の物差しのみで動くのではなく、国際感覚を鋭敏にした判断が求められる。方向としては、地球益に着目した、国際的な森林環境ファンドの創設などの具体化も必要と考えられる。
国益を言う場合でも長期的視点に立った国益論でなければならないことは自明の理である。
次に、人材育成策について触れてみたい。東南アジアの近隣国での体験であるが、日本は国際協力に大金を投入しているが、お金の使い方が下手だとの率直な意見を聞いたことがある。この真意は、日本は途上国の人材育成にもっと頭とお金を使うべきだと言うことであった。事実、例えばマレーシア、ベトナムなどで森林・林業関係の研究、行政等の機関で博士号取得者の人数を聞くと数年前の時点であるがおおよそ百名くらいと言う答えが返ってきた記憶がある。愕然とするのは、次の質問に対する答えである。 すなわち、日本での学位取得者数はと聞いた時で、精々数名程度しかいないということであった。
現在は、国際開発高等教育機構(FASID)による国際開発大学院共同プログラムにおいて、政策研究大学院大学との共同で、平成12年度以降、平成19年3月まで、171名の修士号取得者と博士課程進学者13名、博士号取得者は5名を輩出している。
ただ、海外からの留学生は、開発途上国の行財政政策担当者、研究機関、援助実施機関の職員が多い。日本人も政府や援助機関職員などで、ほぼ同数程度の学生が学んでいる。関係者の努力にもかかわらず、絶対数が少ないことに加えて、最近、地震・災害対策のコースはできたが、環境や森林などの分野まで手が回らない状況にある。したがって森林分野では、一般の大学やJICA実施の短期研修が頼りであるが相手国のニーズに十分応えているかどうかが危惧される。
今後の人材育成については、数とともに途上国のみならず、わが国の人材育成も含め、複眼的視野と知識を有する人材の育成が急務であり、抜本的改善策が必要であろう。
このことは、途上国の現場の要請からも明らかで、貧困解消にはコミュニティ開発の重要性が叫ばれているにもかかわらず、わが国の海外コンサルの実態は、専門コンサルが殆どを占めており、総合コンサルが弱体であることから、頼りになる国日本というイメージが低下する恐れもある。
問題解決の方向としては、森林や環境面で総合的な効果を狙うには、先進国・途上国を問わず世界各地に広がりつつある、モデルフォレスト運動のような、産官学民の地域協働運動の促進が効果的である。わが国でも京都モデルフォレスト運動が平成18年から本格的活動に入ったところであるが、国際ネットワークを活用した交流が、人材の育成及び活動の場としても有効であり、この際、資金不足に悩む途上国におけるモデルフォレスト運動への梃子入れも政策効果の大きい分野と考えられる。
ところで、温暖化防止には、バイオエネルギーの開発が化石燃料使用を抑制することから関心が高まっているが、一方、途上国におけるバイオ燃料開発の過熱も今後予測され、このことが新たな熱帯林等の破壊の危険に繋がらないよう、循環資源の持続を重視した資源政策の国際展開を図ることが、わが国にとっても重要な課題である。
最後に、付言したいことは、良質の水について供給力を有する数少ない国の一つである、わが国が、ヴァーチャルウォーター問題への対応も含め、吸収源対策としての国内森林資源の増強も併せ考え、しかも林業のゼロヱミッション運動とも連携可能な間伐材利用により木炭を大量に生産し、かつ土壌・水質改善のために活用することで、より良質の水を生み出し、清浄な水を求めている世界の各地に日本の水を供給することを国策として推進するならば、地球益・国益同時実現の知恵として内外から高く評価されるに違いない。
(林政総合調査研究所理事長 (財)森とむらの会賛助会員 小澤普照、2007年10月31日 記)