1977年(昭和52年)の秋のこと、私は英国が実施していた途上国援助の実態を調査するためロンドン郊外のオックスフォード大学熱帯産品研究所を訪れた。
そこでは、当時の日本では既に、炭やきは過去の話となり、殆ど顧みられない状況になっていた炭やき窯の改良研究が熱心に行われていた。
何のためにという質問に対し、担当者はアフリカの現地からの要請に基づいて行っているものだとの説明であったが、雨の中も厭わず熱心に説明する姿勢が強く印象に残った。
今でも完全に解決していない熱帯地方における非効率な薪かまどにかえて、熱効率を高めようとする努力が当時行われていたことと対比して、経済効率優先主義の日本の動きについて、果たしてそれで良いのだろうかとの思いが頭をよぎったことも事実であった。
それから30年近い年月が経過した今、わが国のみならず世界の各地で、炭やきが見直されている。
用途はいろいろであるが、環境重視の今日、炭や木酢液・竹酢液の持つ機能、さらには燻煙利用なども含め、炭やきの効用は往事に比較して格段に拡大していると考える。
わが国の森林の現状を見るに、折角育てた木を活かすという側面が極度に低下している。
間伐など森林の持続のための作業も進まず、たとえ実行されても循環的木質資源として活用されず森林内に放棄されるものが多い。
また最近竹林が増加し、森林や林業を圧迫するとの理由で、竹林を貴重な資源として活かすのではなく、逆に困った存在として認識する人が多いようである。
また松食い虫による被害を受けたマツもそのまま放置されているものも各地に見かける。
この際、提案したいことは、これらを先ず、炭にやいてみることではないだろうか。
そのことで少しでも化石エネルギーに代替し、その他多くの機能を発揮することはいうまでもない。
しかし、問題は誰が行うかということである。
わが国の森に人が近づかず、里山が荒れ、林業が衰退しているのもすべて、実行者がおらず傍観者が増えたということではないだろうか。
このようなことでは、温暖化防止も覚束ない。
一人一人が、何ができるかを考え行動する時代がきている。筆者も最近、郷里の竹林を利用した炭やきを志を同じくする人達と共に炭焼き活動を開始したところである。
いわゆる団塊の世代の人達の中には自然と共生しながら向社会的な活動をしようと考えるひとが大勢いると考える。このような人達と一緒に汗を流して見たいという思いもある。日本の炭やき活動、さらに世界の炭やき活動の進展につながれば幸いである。
と、ここまでが、日本一の炭焼きの大家、Sさんの依頼で、愛・地球博市民シンポジウム関連の刊行物の為に書いた原稿であるが、実はここからが問題点と思う。
実は、Sさんは世界中を走り回ってはいるものの、齢は既に八十歳、一体後継者は居るのか居ないのか。これだけ熱心に、少なくても年に数回は訪問して、炭焼きについて熱弁をふるう人は、ちょっと見当たらない。
もう一つ気になるのが、炭焼きの科学性についてである。
筆者の最近における、実体験として、スギの間伐材を焼いて見たところ、収炭率が低いという結果が出た。
焚き口の空気取り入れ口の問題ではないかと当たりをつけて、早速、大先生のSさんに質問したところ、同意見であった。ではどの位の断面積でと質問したところ、おおよそ「指一本の巾」が適切との経験則による回答であった。
材料の質や量との関係と空気取り入れ口との関係を導き出す法則を研究する必要があると感じた。
さらにもう一つ、煙の処理の問題がある。山奥ならばいざ知らず、団塊の世代や小学生も参加しての炭焼き活動となると、人家の近くでの活動が増加する。
煙の処理については、今のところ、可能だという情報もあるが、この問題については、もっと明確な情報が欲しいものである。
実行してみて、ほかにもいろいろな問題があることがわかった。
このように、炭焼き一つにしても、実際の炭焼き活動者のほか、科学者の参加や関連する機械や道具の開発が必要である。
しかも象牙の塔型ではなく、アマチュアリズムの発揮を基本として協働してくれる人材が増えることが、これからの炭焼き活動の発展を支えることになるのであろう。
(小澤普照 2005年8月10日記)