第40号 ドンマイ

「ドンマイドンマイ」
土手で野球少年を応援するママたちの声が聞こえて来た。
「ドンマイ」
私が大嫌いな言葉。
ベランダから、土手を見下ろしながら、
私はうらめしい過去を思い出した。


私はチビでいつも背の順は一番だった。
中学生のころ、朝会のときは小さいもの順に並ぶのに、
体育の時間は、なぜか大きい順になんでも決めた。
クラスに女子が何人いたのか忘れたが、
グループ分けすると、いつも、私はあぶれた。
9人制のバレーボールなんか大嫌いだった。
もともと運動神経は皆無に等しかった上に、
めったに入れてもらえないものだから、
たまにチームに入れてもらっても、全く楽しくなかった。


入れてもらえないのが慣れていたから、
一人だけあぶれてしまったときは、黙って見ていた。
応援なんかしなかった。
運良くもう一人あぶれてくれると、
二人でボールの投げっこなんかをして遊んで1時間を過ごした。
その子も相当運動オンチなチビだったからレベルが同じで楽しかった。
今、思えば、先生は何してたんだろう。
きっと、ドンくさいチビなんか嫌いだったんだ。
だから、なんにもしないで遊ばせていたんだ、きっと。

たまに親切な子が私をチームに入れてくれた。
仕方ないから、入った。
うまい子たちの強いボールが私の方に飛んできた。
でも、それが、私の前に落ちてくるのか、後ろに行ってしまうのか、
或いは、横の方に飛んでいくのか、
はたまた、自分のところに来たボールなんかではないのか、
私には判断できなかった。
だから、天高く上がっているボールを見つめてぼう然とした。
落ちてくるボールを一応打ち返す意思はあるぞ
というふりをするためにボールの方へ走っていったりはしたが、
気がつけばボールは大地に到着し、相手チームに1点が入ってしまうのだった。
すると、聞こえてくるんだ、同じチームの子たちの声が。
「ドンマイドンマイ」
あの言葉が、私には「へたくそへたくそ」と聞こえた。
特に、私を気にかけて一番多く「ドンマイ」と言ってくれる子がいた。
優しいいい子だった。
運動神経も頭もオマケに顔もよく元気で快活な少女マンガのヒロインみたいな子だった。
その子に「ドンマイ」と言ってもらうと、有り難いやら、悲しいやら、
返事に困って、作り笑いをしながら、「ごめんね」と言った。
悪気があって言ってるのでないことは百も承知だった。
それどころか、”下手なのを気にして落ちこんじゃかわいそうだ”と心から思ってくれていたんだろう。
だから、なおさら、その優しい言葉「ドンマイ」は私にとって辛い言葉だった。

英語の時間に”Never mind”という言葉を教わった。いい言葉だと思った。
日本語としては「ドンマイ」と間違った使われ方をしていると聞いた。
ドンマイの響きは最低だが、Never mindの響きは美しいとさえ思った。
まだ一度も、”Never mind”と言われたことはない。

運動嫌いといえば、私の夫も相当なものである。
「スポーツ」と名のつくものはなんでも憎い。
スポーツタオル・スポーツドリンク・スポーツバッグ・スポーツクラブ・スポーツカー・・・・
「スポーツほど体に悪いものはない。人間安静が一番。」と本気でいうから結構こわい。
休みの日などは、一日安静を心がけておられる。
できれば永眠したいほどだが、もったいないので人生の一番最後にとっておいてるらしい。

スポーツの世界は不思議だ。
「ドンマイドンマイ」って、なんだろう。
声援するってなんだろう。
それなりにうまい人たちは応援されると、
それにこたえようとがんばれるかもしれないが、
どう応援されても、うまくはやれないドンくさい人々は、
「ドンマイ」と言われてなんと答えればいいのだろう。


私は、ボール運動はからきしダメでしたが、器械体操は好きでした。
あれは、しくじろうが、できまいが、個人競技だから、誰にも謝らなくていいんです。
人から「ドンマイ」とも言われません。
クラスの誰もできなかった後転倒立ができたこと。
それは、私の体育の時間唯一の自慢です。
でも、器械体操の時間はめったになく、
年がら年中ボール運動をさせられていたような気がします。





TOPへ 会報一覧へ  前ページへ 次ページへ