第42号 第六感



その日は、キヨシローのライブへ行く日だった。
子どもは友人宅へ預けた。
八時過ぎに父親が引き取りに行くまで預かってもらうことにした。
うちの玄関には鍵が2つある。上の鍵と下の鍵。上の鍵は泥棒にも開けられない磁石式の鍵だ。
まず、下の鍵をかけた。
そして、上の鍵を鍵穴に入れる瞬間
家の中に入れない父子3人の姿がふっと浮かんだ。
「かけないほうがいいかも」心の声がして私の右手は重くなった。
が、「いつもかけている。あるわけないよね」とすぐに思って、
しっかり鍵をかけて、私は出かけた。

ライブもアンコールに入り、いよいよクライマックスに入った。
キヨシローが「バリバリのヒットソング!オレが流行らせたんだぜ。」と言って、
「君が代・パンクバージョン」のイントロが始まると、
後ろの人たちがいきなりドーーーッとなだれ込んできた。
みんなの飛びはね方も今まで以上に激しくなった。
私は、ポシェットを胸にしっかり抱え込んだ。
ブルルルル・・・私の胸でポシェットが震えている。
マナーモードの携帯が震えているのだ。
でも、今、電話に出られるはずがない。
出たところで、相手はキヨシローの君が代を聴くだけだ。
子どもの顔が脳裏に浮かんだ。なにかあったか?
そんなこと・・・友人と夫に頼んできた。大丈夫さ。
キヨシローは「キミガヨーーーー!!」「オレガヨーーーー!」と叫んでいた。


ライブが終わって自宅に電話をかけようとしたとき携帯が鳴った。
「お母さん、どこにいるの?」
娘の情けない声が聞こえた。
なんと、夫が鍵を忘れて家の中に入れないでいるんだという。
「いつ帰ってくるの?早く帰ってきて!」
エエエッーーーー!!
とにかく、急いで帰った。
下の子はすでに夫の腕の中で眠っていた。
上の子は不安そうに待っていた。


出掛けに鍵をかけようと思ったときの一瞬のためらい。
それに私は逆らった。
もしも、あのとき、私が自分の第六感を信じていたら、みんなは家に入れたのに。
下の鍵は、泥棒のマネごとをして夫が自力で開けていた。
が、上の鍵は開けられなかった。さすが、泥棒よけの鍵だ。

私は、夫が鍵を忘れていることは知らなかった。
知らない間に夫の鍵を部屋で見たのかしらとも思ったが、夫は「それは絶対ない」と言った。
忘れた鍵は夫が普段使わない鞄の底のほうに埋もれていた。
上の鍵をかけようとしたときのいやな予感は未来を予言する神の声だった。

私は、5年前のことを思い出した。
当時、3歳だった娘は中耳炎で2週間に一度病院へバスで通っていた。
あるとき、病院の近くの公園に寄って遊んで帰った。
2週間後、再び、病院へ行く日になった。
病院へ向かうバスに乗り込み、席について落ち着いたとき、
「今日も帰りにあの公園で遊んでいこうか」と、私は誘った。
すると「公園は工事をしてるから遊べないよ。」と娘は言った。
私は、「ええ?娘はなにを言っているのだろう」と思った。
が、娘の言葉が気になって私はずっとバスから窓の外を眺めていた。
バスの窓から公園が見えたとき、私の体から血の気が引いた。
公園には黄色と黒の大きなトタンが張り巡らされていて、
工事中であるのは明らかだった。
私は思わず、娘に「どうして公園が工事中だと知っていたの?」と尋ねた。
娘は落ち着き払って答えた。
「だって、見えたもん。」

ラカス(護身術)の講座を受けたとき、第六感を大切にしろと教わった。
「いやな予感、それが第六感だ。
夜道で”この道はこわい”と感じたら違う道から行け。
”自分のそばを歩いている人がこわい”と感じたら走って逃げろ。
本当は、その道でなにも起こらないかもしれない。
本当は、そばにいる人がこわい人じゃないかもしれない。
でも、そんなことは関係ない。
”こわい”と感じた自分を信じて、まずは逃げろ。
それが、護身術のはじまりである。」

工事をしている、そんな予感を娘は信じた。だって見えたんだもの。
鍵をかけようとしたとき「いやな予感」がした。が、私はそれを信じなかった。
これからは、そんな予感を信じて行動したい。
自分の身を守ることができるかもしれない。



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