第43号  厚底サンダル

厚底靴もあっという間に流行らなくなったが、
以前は、街なかで唐突にひっくり返る厚底靴の女性を見かけたものだ。
流行遅れの上、子持ちの私が、なぜか最近厚底サンダルをゲットした。

キヨシローの「マジカデ・ミル・スター・ツアー」のチケットが発売されたとき、
すぐに夫は私のためにチケットを1枚買ってきてくれた。
「キヨシローのライブでは厚底サンダルを履いて行ったほうがいい」
と夫はさかんに言ったが、私は聞き流していた。
が、そのうち、夫はネットのオークションで超厚底サンダルを500円で落札した。
現物は値段の割に上等だった。でも、とにかく疲れる代物だった。
「なんでこんなもんを履かなきゃならんのだ。」と私は思った。

夫は職業柄平日でも仕事が休みの日がある。
そんな日は、子どもたちが幼稚園や学校へ行っている間に夫婦でデートだ。
あるデートの日、車で近くの公園へ行こうということになった。
夫が「厚底サンダルを履いて行きなよ。」と言った。
エエエーーーーッと思ったが、「練習のため」というから、
「そうね」と言って、車に厚底サンダルを放り込んだ。

公園についてから、芝生の上をそのサンダルで歩いた。
履くにもどこかつかまっていないと履けないほどたっぱが高い。
歩くときは、大変重い。
よろよろ重たいサンダルを引きずりながら歩いていたが、
とうとうたまりかねて裸足になった。
芝生の芝が足の裏にささって痛かったが、
厚底サンダルの歩きにくさに比べたら、ずっとマシだった。
「こんなもん履いてよく渋谷を歩ける人がいるもんだ」
私はいっぺんでイヤになった。

ライブの日、仕事先から
「厚底サンダルを必ず持っていくんだよ」と夫は電話してきた。
必要性を充分感じぬまま、私はその重たい靴を持って出掛けた。

私が入場したのは、早い方だったが、もう、人がいっぱいだった。
ライブハウスは全員立ち見。
チビな私は人の谷間に埋もれてしまうことがすぐに明らかになった。
私はおもむろに厚底サンダルに履き替えた。
すごい。
踏み台の上に立ってるみたいだ。
しかも、これは移動式だ。
女の人を見下ろし、男の人の顔が近くに見えた。
これなら、キスするときに背伸びをしなくて大丈夫だ。
思わず、となりの男性の唇を見てしまった。



キヨシローが間近に見えた。
顔につけた星形のスパンコールみたいなシールだって一粒一粒しっかり見えた。
まさに「マジカデ・ミル(間近で見る)スターツアー」であった。
ライブ最初の曲はもちろん「マジカル・ミステリー・ツアー」だった。

キヨシローの顔が一瞬、人の頭で見えなくなっても、
ちょっと場所を変えれば、またすぐに見えた。
普段の私だったら、絶対無理だ。
私はライブのさなか
膝を曲げていつもの自分の背の高さになって、
キヨシローが見えるかどうか試してみた。
そしたら、案の定、人の背中に埋もれてキヨシローの顔はちっとも見えない。

「キヨシローのライブへ行く私のために厚底サンダルを
オークションで落札してくれる男は
後にも先にも世界に一人、夫しかいないぜ、絶対」

キヨシローのいつもの歌声と場内の熱気につつまれながら、
私は夫の愛を感じてしまった。

ああ、私は愛されてるぜ
愛してま〜〜〜す、夫さま

キヨシローだって言った。

愛し合ってるか〜〜〜い
夢をもってるか〜〜〜い


私はいい気分に酔いしれた。
鍵を忘れた夫が、子どもと家の外で、
イライラしながら待っていることなど
知る由もなかった。



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