第57号 クルマ

(1) クルマの中のいい女

まだ子どもがいなかった頃、友人夫妻とよく車で旅行をしたものだ。
あるとき、友人が仕事関係で、”カッコイイクルマ”を借りたから、今度の旅行はそれに乗ってくるという。
車には全く興味のない私でも、友人夫妻が乗ってきた車は確かにカッコイイと思った。
当時出たての”GTO”というクルマだ。

赤信号で並んだとき、あちらの夫妻と顔を見合わせた。
青に変わった瞬間、GTOは元気いっぱいに走り出した。
うちのクルマだって、元気いっぱいに発車させているつもりだが、
見ると、GTOははるか前方を意気揚々と走り抜けていく。
GTOが寄ってくると、どのクルマもさっと身を引く感がある。

一緒にガソリンスタンドに入った。
スタンドの人たちは、大きな声で挨拶したり、ニコニコしたり、バカに愛想がいい。
が、みんな、GTOのほうへかけつけ、丁重な態度で接している。
新しいGTO見たさであることは見え見えであった。
中古の大衆車に乗ってる私たちには、
露骨に横柄な態度で、ガソリンを入れてくれた。
お義理で窓くらい拭いてくれてもよさそうなもんだが、GTOにはかなわない。
なるほどクルマには上下関係があるんだと、そのとき知った。

その旅行中、何度かうちのクルマと交換して私たちもGTOを経験した。
地面をなめらかに突っ走ったのは、なかなかの気分だった。
私たちがGTOから降りて、うちのダサイクルマに戻るとき、
うちのダサイクルマから降りてきた友人の妻が私に言った。
「GTOの助手席に乗ってると、いい女になったような気分になるでしょ。
このクルマ(うちのクルマ)に乗ってたら、なんか惨めな気がしてきたわ〜〜〜」
う〜む確かに、私もGTOに乗ったときはいい女になったような気がしたかも・・・

(2) 運転できない私

私は、クルマの運転ができません。
そのため、私は助手席に座ったとき運転手の役に立たないということが多々あります。

運転しないと、道を全然覚えません。
なんとか街道とか、国道○号線とか言われても、ピンとこないのです。
歩いていけるからと言って、道案内ができるとは限りません。
突然「ここで曲がって」と言って「急に言わないでよ」と何度運転手に叱られたことか。
「ここは一通で曲がれない」と言われることもしばしばです。

はじめて「後ろからクルマが来てるかどうか見て」と言われたときなど
私ははっきり言って答えに窮しました。
振り返ってみれば、クルマはびゅんびゅんいっぱい走っています。
どのクルマを見て「後ろから来ている」と言うのか、分からなかったのです。

何を隠そう、私は地図の読めない女です。
夫と一緒に初めての場所にクルマで行くときなんか大変です。
夫は、初めての場所に行くときにあらかじめ地図を見て確認しておくようなタイプではありません。
走りながら、地図を見て、迷いながらも勘を頼りになんとか現地へ到着するタイプです。
クルマの運転をしながら彼が地図を見る分には全く構わないのですが、
私に地図案内をさせられると、私はとってもまいります。

いくら地図が読めないといっても、さすがに地図の中に目的地を見つけることくらいはできます。
が、今、自分がどこを走っているか・・・となると、何がなんだかわからなくなるのです。
クルマの向いてる方向に地図をひっくり返したり、指でおさえてみたり、
四苦八苦しても、クルマの速さと私の地図読解力が追いつかないのです。
すると、夫が怒り出します。
夫が怒ると私も怒り出します。
「だったら、私なんかに頼まないでよ」
「それより地図が読めるようになれよ」
「なれません」
「開き直る気か!」
「はい」
とか見苦しく言い合っているうちに、夫は私から地図を奪い、信号待ちをしてる間に地図を確認。
「前よく見てろよ」と、私に言います。
私はひたすら、信号を見ることに専念し、青に変わると「青」といいます。
これすら、うっかり忘れたりしたら・・・もう大変。
最近では、こういう場合、娘が私よりしっかり信号を見ていてくれるようになりました。
夫の土地勘というのは、たいしたものがあります。
道が混雑していたりすると、すぐ、細い道に入っていって、抜け道を探します。
混雑をじっと待つのが嫌いだからなのでしょうが、あの方向感覚の良さには感服します。
今ではカーナビという優れものがあるそうですが、どうも夫は買う気がないみたいです。

(3) ご親切な従兄弟

そう言えば、私は生まれてこの方一度だけクルマの運転をしたことがある。

私が高校を卒業したての春、久々に田舎に行ったときのことだ。
従兄弟のアッちゃん(男)が
買ったばかりの自分のクルマに私を乗せてくれた。
近所の道をぐるぐる走り回ったあと、
近くの河原にクルマを止めた。
「かずみちゃん、運転してみない?」
「アタシ、免許持ってないよ。無免許運転だよ」
「ダイジョブだよ。
ここなら、他のクルマなんか来ないもん。
運転してみたいでしょ、ネ、ネ」
確かに田んぼの脇を走っている河川の土手道だから他のクルマはめったに来ない。
全然運転したがっていない私に、アッちゃんはやたらと運転をすすめてくれた。
そんなに言うなら・・・と、とうとう私は運転席に座った。

ハンドルを握って、アクセルを踏んだ。
あとは、何がなんだか覚えていない。
私が運転する車はなぜか左右に震えながら走った。
ちょっと走ると、クルマは、私の意に反して土手を登り出した。
ワーーーーッ!!
「ハンドル切って、ハンドル切って」
と、言われても、その意味がわからない。
「あああーーー、死ぬかも!」
キキキーーーーッという恐ろしい音とともに、クルマは止まった。
土手の途中の、とっても中途半端な、
こんなところにクルマ止めてどうすんのよ〜〜〜
ってところに。よくぞひっくり返らなかったもんだ。

そのあとのことはよく覚えてない。
前からトラクターが来たことだけ覚えている。
その後、アッちゃんは、二度と私に無免許運転を勧めたりしなかった。
私も、あれ以来二度とハンドルを握っていない。



「クルマに乗ると人が変わる」という話を聞きますが、ある人が言いました。
「せっぱ詰まったとっさのときこそ、人間のホンネが出るもの。
クルマに乗ると人が変わるんじゃなくて、クルマに乗ると、その人の本質が出るのさ」


今回のテーマ「クルマ」は、
60000番ゲットのゆいちゃんさんからいただきました。
楽しいお題をありがとうございました。

TOPへ 会報一覧へ 前ページへ 次ページへ