第62号 訪問販売

リフォーム以来、うちには浄水器がない。
蛇口の形が変わっているので、普通の簡易浄水器が取り付けらないのだ。
それで近所のスーパーの自販機で1リットル10円で買っている。
それが結構おいしい。

夫の仕事が休みで家にいた日のことだ。
昼間の電話はたいてい私がとるが、そのとき、なぜか夫がとった。
そして、電話を切るなり「午後から浄水器屋がくるぞ」と夫が言った。
私は、ハテナ?と思った。
以前もうちには浄水器屋が来たことがある。
私は浄水器屋の口車にまんまと乗せられ「これは買うしかない」と思いつつも、
高いお金のからむ話なので、
「夫にもその話をそっくりしてやってください」
と言って、夫のいるとき、もう一度来てもらった。
が、夫は、ああ言えばこう言うで、さっさと浄水器屋を追い返してしまった。
その夫が自ら浄水器屋の訪問に応じるとは「これ、いかに?」と私は思った。
「だって、今、うちには浄水器がないでしょう。
 1週間お試し無料サービスだっていうから、一週間だけ試して返すんだ。」
と夫は言った。

まもなく浄水器屋はやってきた。
浄水器屋のおじさんは、おもむろにビデオを差し出し、私たちに今すぐそれを見るように言いつけた。
ビデオの背中には「アンビリーボー」といういかにも眉唾なタイトルが書いてあった。
私たちがビデオを見ているうちに、おじさんは浄水器を水道に取り付けた。
ビデオを見ると、それはTV番組「アンビリーバボー」の録画じゃないか。
だったら、ビデオの背中に「アンビリーバボー」って書いてよ。
番組の内容はこうだった。
おなかの痛い人がある泉の水を飲むと、すぐに治ってしまう。
万年体調の悪い人がその泉の水を飲んでいるうちに体調がよくなってしまう。
そのうち、その泉の水が評判になり、その水を求めてその村へやってくる人があとを立たず、
今では行列のできる泉となった。
その泉を科学的に解明してみると、あることがわかった。
つまり、その水こそ「アルカリイオン水」であったのであーーーる。
「アルカリイオン水」の効果は医者の間では知れ渡っており、
患者にそれを常用させている病院も多数あるとか・・・・
まさに「奇跡の水」なのだ。

さて、取り付けが終わった浄水器屋のおじさんは、「コップを2つください」と言ってきた。
「水質検査の液入れて黄色くなったら、
『これはとても飲めない水ですね〜〜』とか
『キッチンハイターを入れた水が飲めますか?』とかって言うんでしょ」
というと、そうではなくて、「お茶っぱをください」と言った。
それで、普通の水とアルカリイオン水にお茶っぱを入れ比べてみせた。
「どうですか。アルカリイオン水ですと、こんなにお茶の出がいいんです」と言った。
なるほど、水のままでもお茶が出る。
飲んでみると、当たり前だが、お茶の味もする。
それから、浄水器屋のおじさんは、
アルカリイオン水で洗ったワカメは大変体にいいとか、
アルカリイオン水を作るときに副産物として出てくる酸性水は
化粧水として大変いいので、これからは化粧品を買う必要がないとか、
アルカリイオン水の素晴らしさを語ってきかせた。
お恥ずかしい話だが、私はこういうバカな話に案外乗せられやすい。
教育教材だったら絶対買わない自信があるが、浄水器はダメだ。
「アンビリーボー」を眉唾に感じた初心を忘れ、なんだかだんだんその気になってきた。
ところで、その製品、そんじょそこらの浄水器とはワケが違う。
なんたって医療用だ。
おじさんは「市販品に医療用はない」とさかんに言った。
市販品と圧倒的に違うのは、電極が30年持つというのだ。
しかも殺菌用の紫外線ランプがついている。
よって、お値段がお高い。
「うーーーん、なかなかいい製品ではないか」
と、なぜか夫までが賞賛し出した。
しかし、値段が値段だけに迷っていると、
浄水器屋のおじさんは「ご飯でも炊いてみますか」と言い出した。
「そうですね〜〜〜。
ご飯じゃ時間がかかるから、コーヒーでも飲んでみましょうか」
ってんで、コーヒーを入れたのが運のつき。
アルカリイオンの水で涌かしたコーヒー。
これがめっちゃおいしかったんだな。
「買いましょう、買いましょう」って乗り気になってる私。
「まずは、一週間無料お試しってのをやってから考えよう」と言う夫。すると、
「もちろん、一週間お試しでもいいが、その場合は35万円です。 
今、契約したら、30万円にします!」
と浄水器屋が言い出した。
「30年もつ浄水器を30万円で買うのと、
3万円の浄水器を3年ごとに買い替えるのとどっちが得だと思う?
 買い換えたほうがいいと思わない?
30年たったら、30年前の古い代物だよ」
と、言いながらも、すっかり乗り気な私にあおられ、夫は契約書にサインした。

次の日、夫が出先から電話をかけてきた。
夫はいきなり「浄水器クーリングオフするから」と言った。
秋葉原の電気屋で浄水器を見たら、ほぼ同じ内容のものが2〜3万で買えるとわかったそうだ。
それに「医療用」というお墨付きだってあるし、作りは全く同じだと夫は言った。
浄水器屋と信販会社に電話をかけ、クーリングオフの手続きをとり、
仕上げに、夫は内容証明郵便用の原稿用紙を買ってきた。
ご親切に、内容証明用の原稿用紙には、クーリングオフのときの例文が載っていた。
それで私は悩むことなくそれに習って書いた。
郵便局へ内容証明を出してきた夫は
「いっぺん内容証明郵便を送ってみたかったんだ」
と言って、かなり面白がっていた。

2〜3日すると、例の浄水器屋のおじさんが取り付けて帰った浄水器を取り戻しに来た。
夫はいけしゃあしゃあと、
「とってもいい品物だったんですが、ボク、アルカリイオン水が合わないらしいんですよ。
 あれから、おなかが当たっちゃって、下痢が続いて・・・」
オイオイ・・・・と思っていると、浄水器屋さんが言う。
「そうですか。いらっしゃるんですよ、百人に一人くらい、アルカリイオン水が体に合わない人が!
 でもね〜〜、飲んでいるうちにだんだん慣れてくるんですよ」
とか言って、なかなか引き下がらなかったが、
「でも、まあ、今回は内容証明も送ってることだし、やめとくわ」
と、夫がいうと、しぶしぶ帰って行った。

訪問販売をしている人から聞いた話だが、訪問販売する品物は絶対市販はされていないそうだ。
つまり、市販されているものには絶対ついていないような特別な機能などの”特典”が必ずついているのだ。

たいていの場合、その特典はついてなくても一向に問題はない。
が、その特典ゆえ訪問販売商品の値段をつり上げることができるのである。


うちには、まだ浄水器がない。
夫はいつもうちに水があるか心配してくれる。
きょうも近所のスーパーで2リットルと4リットルの容器にたっぷりの水を買ってきてくれた。

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