第72号 夢の話

今朝は、実につまらない夢を見てしまった。
ネットオークションで台所の食塩を入れる容器を買ったのだ。
でも、別のオークションを見てみると、
ちょっと値段は上だが、もっといいのがあったのだ。
ああ、こっちのほうが良かったんじゃないかな・・・と思った瞬間、
いやまて、こんなもの、なにも送料かけてオークションで買うことないじゃないか、
私はなんてバカな買い物をしてしまったんだ。
と思っているうちに、もしかしてこれは夢かもしれないと思い始めた。
そのうち、これは夢だという確かな感覚を覚え、あわてて飛び起きた。
夢の続きを見て、後悔したり反省したりするのがいやだった。

実は、私はきのう塩の容器を99円で購入した。
今使っている塩入れのふたがどこかに行ってしまって、困っていたのだ。
それで新しい容器がほしかった。
スーパーの家庭用品コーナーをさんざん見てまわり、
結局、一番安いが案外便利そうなものを買い満足していた。
満足していたはずなのに、なぜ、ああいう夢を見たのだろう。
やっぱりホントは、580円のもうちょっと高級な感じの容器がほしかったのだろうか。


シュタイナーによると、
精神修行のよくできた人は、日常生活に密着してない夢を見るんだそうだ。
塩の入れ物で悩む夢なんぞ見ているようでは、まだまだ修行が足りない。

夢というのは面白い。
目覚めているときには想像もできないような体験や物語に出くわすことができる。
ドキドキしたりハラハラしたりすることもあるが、目が覚めれば、大丈夫。
なんだ夢か、あぁ良かった。ってなものだ。

告白するが、私は木村拓哉と手をつないで走ったことがある。
しかも、キムタクのほうから私に目で合図を送って私を振り向かせ、
私をさらうように手を握り、走り出したんだ。
もちろん、夢の話。
階段を何段も何度も登って、着いたところが旅館の便所。
見ると、うんこが山盛りになっていて、とても入る気になれない。
キムタクと私は顔を見合わせ「ダメだ、こりゃあ」って表情をする。
そこで目が覚めた。

豊川悦司に結婚を申し込まれたこともある。
外は雪。
二人は寿司屋のカウンターで寿司を食べている。
私は、トヨエツの横顔をはっきりと見た。
そのとき、とても色っぽい声でトヨエツに言われたんだ。
「結婚しよう」って。


私はよく飛ぶ夢を見る。
鳥のように大空を飛ぶわけではない。
地面をちょっと蹴ってジャンプし、地上2mくらいのところを飛ぶように移動する。
10mくらい移動すると、まだ地面をちょっと蹴って、また飛ぶ。

試験があるのに何にも勉強していなくてあせっている夢もよく見る。
いつも試験科目は英語で、1学期はなんとかなったが、
2学期はもうダメだとあせっている。
試験会場に到着し、席につくところで目が覚める。
自分の結婚式に遅刻しそうであせっている夢も何度か見た。

飛ぶ夢はこうだ、試験を受ける夢はああだ、と分析したり解釈したりする本がある。
そういう本は面白いが、夢の解釈はあんまり真に受けないほうがいい。
せっかく見たいい夢もつまらなくなってしまう。

たとえば、私が見たキムタクの夢など安岡秀快氏の解釈によればこうなる。
「階段の昇り降り」や「トイレに行く」のは「性行為」の象徴。
しかも、トイレはうんこ山盛りで使用不可能。
「トイレが使用できない」のは、「自分はその気なのに誰も相手をしてくれない」ことを意味している。

そんな解釈聞いたら、ただの情けない夢じゃないか。
だから、そんな解釈を聞いてがっかりするより、
「キムタクと手をつないで走っちゃった、ラッキー!」
それでいいじゃないかって思う。


忘れられない夢がある。
3歳か4歳くらいのころだった。
私は小さな洋ダンスのある部屋で寝ていた。
私は毎晩そのタンスを見ながら眠りについた。
タンスの上段に小さなガラス窓の扉があって、窓にカーテンがついていた。
私はそのガラス窓とカーテンに魅了された。
あるとき、私は、ガラス窓とカーテンの隙間に手をつっこんだり、
カーテンをひっぱって少し開けてみたりした。
が、不思議の国の入り口は見つからなかった。

そんなある日、私は夢を見た。
タンスのガラス扉の中から、私より少し大きな元気のいい女の子が飛び出してきたのだ。
私はその子に誘われ、ガラス扉の中に飛び込んだ。
扉の中には町があった。
見覚えのある商店街だった。
私は扉から飛び出してきた元気のいい女の子と商店街をぐるぐる歩いて回った。
とても楽しかった。
私はその女の子に強い憧れを覚えた。
扉から抜け出し、自分の布団に戻ったとき、私は目を覚ました。
私は、「ガラス窓の中には商店街があったんだ」と思った。
「もう一度、行きたい」
「もう一度、あの子に会いたい」
と思ったが、二度と彼女は現れなかった。

妊娠中、不思議な夢を繰り返し見た時期がある。
その妊娠は、子宮内胎児死亡のため、突然終わってしまった。
あの世のことなど信じたことのない私だが、あのときだけは、
亡くなった霊と夢の中で出会えた唯一の時だったのではないかと思う。

8月26日
私は上手に波乗りをしていた。
きょう覚えたばかりなのに、こんなにうまいと私は自慢していた。
波乗りしながら、私は海を渡った。
岸にたどりつくと、そこは、見覚えのある踏み切りだった。
踏み切りの向こう側に商店街があった。
たくさん雨が降ったあとのようで商店街は泥川になっていた。
そこに高校時代の友人が現れ、一緒に町を歩いていると、
乳母車に赤ん坊を乗せた実父が現れた。
私はびっくりして乳母車から赤ん坊を抱こうとして手を伸ばした。
すると、生まれたばかりの赤ん坊なのにクッと力を入れて起き上がろうとする。
「すごい」と思った。
赤ん坊はとても小さかった。
胸に抱くと、私はいきなり赤ん坊に胸をかまれた。
「親のくせに何日も顔を見せないで」と怒っているのがわかった。
父が短い言葉を言うと、それとそっくりの言葉を赤ん坊は言った。
次々と短い言葉を言った。
私は、その子を薄いおくるみにくるんで抱いて歩いた。
気がつくと、私は赤ん坊を乱暴に抱いていて、首が後ろにガクッと垂れている。
顔にガーゼが何枚も覆っているので、私は窒息すると思って、ガーゼをはがすのだが、
ガーゼは何枚もあって、なかなかはがせない。
ようやく顔が見えると、なんとか息をしていたので、ホッとする。
そのあと、私は鉄の扉の部屋を出る。
私は乳母車に乗っているはずの赤ん坊を探しに行くが、
トンネルのように暗く、扉は閉まって、アメリカの兵隊が私をそこに入れてくれない。
すぐそこに赤ん坊はいるのに、と思っている。

8月27日
こわいこわい夢を見た。
息をハアハアさせながら目を覚ました。
誰かのお葬式に参列すると、青いエンゼルがひとり座っている。
私は「しゅんちゃんだ。しゅんちゃん、死んじゃったんだ!」と思う。
だが、しゅんちゃんという子を私は知らない。
参列者の後ろの方をみると、小さなピンクのエンゼルが飛んでいる。
私は即座にゆみちゃんだと気づく。
ゆみちゃんに言わなければならないことがある。
今ならまだ引き戻せる。
そう思い、非常に興奮して、私は何か大騒ぎをはじめ、目を覚ました。

8月28日
きょうの出来事は夢ではなかった。
医師が超音波をおなかに当てて画面を見たとき、
何が起きているのか私には察しがつかなかった。
ありえない。
手や足が見えるはずだ。
頭はどこなんだ。
どれがどれか医者にもわからない。
「この人、よくわからないからエコーに連れてって」
と医師が冷たく言う。
エコーの台にのぼった。
ここでは見えると確信していた。
「どれが頭ですか」
「わからないですよ」
そんなバカな。
何が起こっているのか。
医師はあっさり「心臓が止まっています」と言った。
私には言葉の意味がわからなかった。
このエコー、壊れてるんじゃないの?
心臓が止まってるって何?
また動き出すはずよ!
診察室に戻ると、医師は
「5ヶ月半ばですから、埋葬です。」
「これからは病気だから、保険がきくよ」
と言った。
ごめんなさい。
産んであげられなくて。
私は気がついてさえあげなかった。
毎日、おなかに両手をあてて、動いてくれる日をずっと待っていたのに。
とうとうおなかは動かなくて

9月18日
8月26日の夢はおなかの赤ちゃんが私に訴えていたんだろう。
知らせに来てくれたんだ。
いや、会いに来てくれたんだ。
ありがとう。
私は、やわらかいあなたを抱いていたんだね。
そして、おっぱいさえあげていたんだ。
ありがとう。
私に会いにきてくれて、ありがとう。
本当にうれしいよ。

TOPヘ 会報一覧へ 前ページへ 次ページへ