第76号 5年生の主張

「5年生になってから、うちの子が突然変わってしまった」
と心配する親の声をよく耳にする。
そう、5年生になると子どもは変わるのだ。
理屈抜きで親の権威に従えた時期が過ぎ、
彼らは自分の頭でものを考え、自分なりの主張をしはじめる。
5年生の主張はすこぶるまっすぐである。
平気で大人を批判するし、
大人から見れば世の道理にかなっていない主張も多い。
だが、彼らは決してふざけてそんなことを言っているのではない。
とても真剣にそう思っている。
親は、それを”成長の証”と喜ばなくてはいけない。
でも、親だって、子どもに対して親としての主張をしたい。
そして、親が口を開いたとき、壮絶な親子喧嘩が始まる。
5年生とのつきあいは難しいのだ。

「あっ!」
長女と私は顔を見合わせた。
いつも使っている筆よりずっと太くて重たい書き初め用の筆に墨をたっぷり含ませ、
「さあ書こう」と紙の上に筆を運ぶなり、長女の手から筆が落ちた。
書き初め用の紙に大きな黒い点ができた。
もう清書用の紙はない。
書道塾でもらったのは、たったの2枚。
1枚目は、もうすでに失敗していた。
2枚目にして最後の1枚。
貴重な貴重な1枚だった。
うかつにも、長女はそこに筆を落としてしまったのだ。
これじゃあ、もう作品にならない。

「どうすんのよ!もう紙ないじゃん」
「だって、しょうがないじゃん」
「しょうがないってことはないでしょ〜〜〜。
不注意なんだよ、不注意!」
「注意してたもん。
注意してたのに、落としちゃったんだもん」
「何言ってんの。
これが不注意以外の何だって言うのよ」

この不注意事件だけでも充分びっくりしているというのに、
娘はさらに私をびっくりさせることを言い出した。

「お母さん、あした学校に書き初めの紙、持って行く」
「なにそれ、聞いてないよ、そんなこと。
書き初めの紙なんてないよ。学校でくれるんじゃないの?」
「明日もって来なさいって、先生が言った」
冬休み、書き初めの宿題が出た。
そのときは、学校から紙をもらえた。
だが、なぜか、明日の書き初め大会では、家から紙を持ってくるように言われたと言うのだ。
「だったら、もっと早く言ってよ。もう〜〜〜」
すでに午後9時を回っていた。
もう書き初めの紙を売ってる店なんか開いてない。
「明日、何人かの友達に頭を下げて紙をもらいなさい」
と提案すると、娘は「うん」と言わない。
「それじゃあ、家にある普通の半紙を糊で貼り合わせて作ろうか」
と提案すると、さらに、浮かぬ顔をする。
と、そのとき、私はいいことを思いついた。
さっき、娘が失敗したあの紙。
学校の紙より大きい。
冬休み学校でもらった紙と比べてみると、およそ4倍。
「おおおーーー、この紙を切れば3枚は持っていけるよ!!」
その話を聞いた父親が、たちまち、さっき失敗した紙を4等分にしてくれた。

「やれやれ、私たちはなんていい親だ」と自画自賛していると、
娘が突然、言い出した。

「お母さん、でも、私は不注意ではありません!
私はちゃんと注意していました!」

明日学校に持っていく紙を用意してくれた親へ感謝の意を表するどころか、
自分の不注意を反省もせず、
「私は不注意ではなかった」と主張する娘っていったい・・・

あるとき、父親と娘が言い合いをしていた。
父親から「妹をのけ者にしちゃダメじゃないか」と注意されたらしい。
娘が涙をぼたぼた落として泣きながら、父親に口答えしていた。
夫は娘と私が喧嘩していると、私のことを「大人げない」とか言って意見するが、
そのときは夫だって充分大人げない態度で娘とやりあっていた。
二人があんまり支離滅裂になっているので、私は娘の話を聞こうとそばへ行った。

娘は、数日前、5年生のAちゃんの家へ妹を連れていった。
が、行く前、長女は妹に「ついてくるな」と言い、妹を泣かせた。
それで、娘はそのことを叱られたのだ。
Aちゃん親子とは、長女が0歳のころからの友達で、特別仲良くしてもらっている。
長女がAちゃんちに行くときは、次女だっていつも一緒だった。
お互いお泊りなどもよくしていたが、そのときだって、次女も一緒に行かせてもらっていた。
それが、このごろ、長女が次女がついてくることをうっとうしく思うようになっていた。
(もちろん、Aちゃんち以外に妹がついて行くことはない)

ある日、道でAちゃん母子に出会った。
すると、Aちゃんのお母さんが
「これから、うちに遊びに来ない?
もちろん、Sちゃん(次女)も一緒にね」
と、うちの子たちを誘ってくれた。
そのとき、長女が「S(次女)はついてくるな」と言ったのだ。
次女は泣いた。
すると、Aちゃんのお母さんが
「Yちゃん(長女)の気持ちはよくわかるわ。
でも、きょうは、アタシがSちゃんを誘っちゃったの。
Sちゃんも一緒でいいかしら。」
と、長女を説得してくれた。
長女は「いいよ」と言い、
「でも、今度から絶対ついてこないでね!」と次女に釘をさした。
そんなことを言わても、次女は泣きながらついて行った。

数日後、そのときの話を私から聞いた夫が長女に注意したのだ。
長女は私に自分の思いを主張した。
「アタシは、AちゃんちにSが一緒に来るのが小さい頃からずっとイヤだったんだ。
でも、ずっと我慢していた。
それで、こないだ、初めて『ついて来るな』と言ったんだ。
今までずっと我慢してSを連れて行ってあげていたことを誉めてほしいくらいだ。
それなのに、たった一回、『ついて来るな』と言っただけでこんなに叱られるなんて。
しかも、私はSを連れて行ったのに。長女は損だ!」
オマケに長女は
「お父さんにあんなふうに叱られるんだったら、
アタシはこれから、自分の思ってることは一つも言わない!
強い人の言うなりになる!」
てなことまで言い出した。だから、私は、
今までYがAちゃんちにSを連れて行ってくれていたことを誉め、さらに、
「自分の主張をするのは勇気のいることだ。
今、Yちゃんの意見が聞けてお母さんはとても嬉しい。
これからも、お父さんには、どんどん反論しなさい。」
と励ました。
涙を拭いて落ち着くと、なぜか長女は、父親のところへ行き、
「お父さん、さっきは変なこと言って、ごめんなさい」
と言った。
私は予想外な娘の行動にびっくりした。
父親も「いやはや、私のほうこそ言い過ぎました」と娘を膝に乗せた。
それから、「Aちゃんちに妹を連れて行きたくないときは連れて行かなくていい」と私は長女に言った。
次女にも了解を得た。

それから数日たったある日、
また、Aちゃんちに遊びに行くことになった。
長女は妹に「一緒に行こう」と誘った。
以来、長女は妹に「ついて来るな」と一度も言わない。

親には、子どもの心の中まではわからない。
親として「よかれ」と思ってしたことでも、それがアダとなることだってある。
大事なことが一つあるとしたら、
家族が家族のことを見て見ぬふりをしないことだ。
子どもの怒りには耳を傾け、親としての不満は我慢せずに子どもに言う。
親子喧嘩を恐れて、親が子どもの言うなりになったり、
子どもに親の意見を押し付けたりするのが一番いけないと思う。

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