第79号 紛失!

倉庫の鍵を開けようとして、コートのポケットに手を入れた。
鍵がない!
もう一度、ポケットに手をつっこみ、あるもの全部出してみる。
自宅の鍵。
軍手。
それしかない。
「さっきは、あわてていたからな。
きっと家においてきたんだ」
と思い、自宅に戻った。

その日の朝は、実にあわただしかった。
PTAの古紙回収の当番の日だった。
集合時間は8時。
15分前に家を出れば十分間に合うはずだ。
午前7時45分、私は準備万端整え、倉庫へ向かった。
私の家はマンションだが、マンションとは別の棟に倉庫がある。
私は倉庫の鍵を開けた。
荷車を取りに来たのだ。
ところが、あると思っていた荷車がない!
私はあせった。
「荷車がないと仕事にならない」
と財務委員の方に言われていた。

あせる私の頭にいいことがひらめいた!
娘の自転車があったじゃないか!
あの、買ったばかりの新しい自転車!
自転車で行こう!
私は自転車置き場に向かって走りながら、
よろよろ自転車を押して町内を歩く自分の姿を想像した。
かなりカッコ悪い。
私は自転車に乗れないのだ。
娘の自転車の前まで来た。
あ、自転車の鍵がない!

トホホな気分で家に戻りながら、
私は、財務委員の方に
「少し遅れるけど、急いでいくから」
と携帯電話で連絡した。
電話を切った直後、以前倉庫の整理をしたとき、
荷車を倉庫にしまわず、家に持ち帰ったことを思い出した。
荷車が家にあることを一刻も早く確認したくて、今度は自宅に電話をかけた。
まだ、学校へ行く前の子どもたちがいるはずだ。
次女が出た。
「いくら探してもハンカチが見つからない〜〜〜」
次女は泣いている。
「お人形ちゃんで遊んだとき、みんなお布団にしちゃうからでしょ!」
こんな話をするために電話をかけたんじゃないぞ!
(安易にケータイを利用するなっつうの)
すぐに電話を切って、急いで自宅に戻る。
エレベーターに乗ろうとすると、黄色いランドセルの次女が涙目で降りてきた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ドアが閉まる。
エレベーターのドアが開いて、私が降りようとすると、今度は長女が乗りこんできた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
長女を見送り、自宅に入る。
玄関付近に荷車はない。
家の中を一回りし、結局、倉庫のような夫の部屋で荷車を見つけた。
部屋の中に荷車があるっていったい・・・・



とにかく、私はホッとし、荷車をかかえて再びエレベーターに乗り込んだ。
私は荷車を引っ張って歩くのが恥ずかしくて、かかえてマンションの敷地内を歩いた。
が、荷車はめっちゃ重かった。
2メートルも行かないうちにかかえて歩くのがバカバカしくなり、引いて歩き始めた。
大きな一枚の板に車輪が4つついている引越屋さんとかがよく使っていそうな荷車だ。
ガラガラガラガラ、実に近所迷惑はなはだしい音を立てながら、目的地へ向かった。
集合時間を少し過ぎて到着し、なんとか無事、任務を果たし、
また、町中に騒音を撒き散らしながら帰ってきた。
そして、私はそのまま倉庫へ向かった。
荷車をしまうつもりだった。
それなのに、ないのだ。
倉庫の鍵がないのだ!

私は小一時間鍵を探し回った。
家の中にはないとわかると、外に探しに出かけた。
でも、とうとう見つからなかった。
倉庫の鍵はなくなってしまった。

私はよくものをなくす。
とにかく、私はあわて者うっかり者で、どうもいけない。
電車の切符を一度もなくしたことのない人を私は尊敬する。
切符はもちろん、私は定期入れを3回なくしたことがある。
しかも、3回とも手元に戻ってきた。
学生時代、警察から実家に電話がかかってきた。
電話に出た父は「かずみさんという人はいますか」と聞かれて、
「かずみが学生運動をして捕まったんじゃないか」と思ったそうだ。
それは親切な警察官がたまたま最寄のバス停付近で私の定期入れを拾い、
定期入れの中の学生証を見て自宅に電話をかけてくれたのだった。

家の鍵は二度なくした。
一度目は、数日後、家のどこかから出てきた。
二度目は、半年くらいしてから、傘立ての傘の中から見つかった。
鍵をなくすたびに、夫がさっと新しい鍵を取り付けるもので、
うちのドアは鍵が3つになってしまった。
もうこれ以上家の鍵が増えたら困るので、
家の鍵については、さすがの私も用心深くしている。

夫が帰ってきてから、倉庫の鍵をなくしたことを打ち明けた。
ものすごい勢いでバカにされる覚悟だったが、
意外にも夫は「合鍵があるでしょ」と言って、すぐに合鍵を出してきた。
「でも、外に鍵を落としてきたかもしれない」
と心配しながら私が言うと、
「倉庫の鍵だもん、平気だよ」
と夫は平気な顔をしている。
まあ、実際、倉庫の中には持って行かれて困るようなものは何も入っていない。
持って行きたきゃ、どうぞご自由にってなもんだ。
それで、ともかく一件落着と相成った。

  
「ハンカチが見つからない」
と、泣いていた次女でしたが、
長女が自分のハンカチを持たせてくれていました。
  

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