第85号 ベランダのハト

今年になってから、うちのベランダにやたらとハトが来るようになった。
ハトがものすごく悪いことをするというわけではないが、困ることがある。

まず、イヤなのは、あの声だ。
こもった太い声で

お、お〜〜、お、お〜〜

と朝っぱらからやられると、うるさくてかなわない。
どう好意的に聞こうとしても、可愛いとか風流とは言いがたい。
ハトのせいで、私はすっかり早起きになってしまった。
そして、娘はハトの声帯模写がメッチャうまくなってしまった。

それから、迷惑なのがフン。
ハトのフンは、見た目汚い上、衛生的にもかなり悪いらしい。

さらに、腹が立つのはハトの遠慮のない態度。
あるときなどは、次女の育てている大事なヘチマの双葉の上に乗られ、茎を折られてしまった。

ベランダのハトは、今年になって急に増えたわけではない。
昔からハトのことでは困っていた。
結婚したばかりの頃のことだが、
夫がベランダのフェンスにボンドで楊枝を取り付けたことがある。
「なんのために?」と聞くと、「ハトへの嫌がらせ」と夫は答えた。
が、残念ながら効果は全くなかった。
ハトは、楊枝と楊枝の隙間を見事につま先歩きで歩いてのけた。
そのうち、楊枝は風に飛んでどこかへ行ってしまった。

マンションの理事会でもたびたびハトのことは問題になった。
一度、業者に頼んでハト退治をしてもらったことがある。
そのときは、すっかりハトが減って、「お見事!」という感じだったが、
そのうち、マンションの駐車場はカラスだらけになってしまった。
それでも、いつの間にか、また、ハトが来るようになって、カラスはそんなに気にならなくなった。

ベランダのハトと言えば、忘れられない話が二つある。

<その1>
数年前、足場を組んで大規模改修工事を行った。
そのとき、うちのベランダのすぐそばの足場にハトが卵を産んだのだ。
ハトの巣は、ロープを丸めて置いただけ。
オイオイ、それだけかよ!ってな感じの実にお粗末なものだった。
あんな巣に、よく卵を産むなと感心して、写真を撮ってしまったほどだ。
自分の家のベランダ付近にハトの巣など作られたくはないのだが、
実際、目の前に卵があると、やはり、そこは人情で、毎日、卵の無事を祈ってしまった。
しかし、ある日、卵はなくなっていた。
なんだか残念でかわいそうだった。




<その2>
ある朝、そのハトはうちのベランダにやってきた。
私はいつものようにシッ、シッ、と追い払った。
が、ハトはちっとも飛んでいかない。
「図々しいハトめ!」と思って、私はコップの水をひょいとかけてやった。
それでもハトは飛んでいかない。
しつこいハトだと思いながら、そのまま私は仕事へ出かけた。
夕方、家へ帰ってみると、まだ朝のハトがいた。
ハトはヨチヨチ歩いている。
飛べないのかな?
初めてそう思った。

次の日の夕方、ベランダからハトはいなくなっていた。
ようやく飛んで行ったか。
そう思って、ホッとした瞬間、なにかイヤな予感が走った。
私はベランダをくまなく調べた。
すると、アラッ?・・・・・・(汗)
ベランダの隅っこに頭をつっこむようにしてじっとしているハトを見つけてしまった。
しかも、動かない・・・。
もしかして、死んでる?
飛べなくなって弱っているハトに私は水をかけたのか?

夫が帰ってきて、私はすぐにそのことを話した。
夫は、ゲッ!とか言いながら、どう処分したらいいものか思案していた。
と、突然、「交番に届けよう!」と言い出した。
どうして「交番」という発想が出てくるのか、私には不明だが、夫に言わせると、
「落し物みたいなもんでしょ!」なのだそうだ。
私たちはハトの大きさにちょうどよさそうな靴の箱に、
ハト様のご遺体を収め、交番へ向かった。
道中、私たちがひそかに祈っていたことは、
尋ねたときに巡回中で交番が留守であることだった。
お留守中の交番の机の上にさりげなくこの箱を置いて逃げてくる。
以後の処分は、警察にお任せする。という寸法。
しかし、交番は留守ではなかった。

お巡りさんにハトのことを話すと、
こんなものを持ち込まれてもという感じで、とても困った様子。
こちらも困っているわけで、交番の中で3人、しばし、無言。
と、お巡りさん。おもむろに電話帳を取り出し
「ハトですね。ハト、ハト・・・・」とハ行のページを探し始めた。
「死んだハトを回収する業者でもいるのかしら」と半信半疑で待っていると、
やはりそんな業者などいるはずもなく
「載ってませんね〜〜〜(当たり前だろ)」と、また困っている。

そのうち、お巡りさんは、ハッと何かひらめき、
突然、箱からハトを取り出すと、足を調べはじめた。
「やっぱり。このハト、伝書鳩です。
私、伝書鳩飼ってたことあるから知ってるんです。
ここ(ハトの足)に輪がついてるでしょう。
この輪に数字が書いてあってね、それ、飼い主の電話番号なんです。」
そう言うと、さっそくその数字のところにお巡りさんは、電話をかけた。

飼い主は東北地方の人だった。
お巡りさんは飼い主にハトのことを話すと、
手に持っているハトをじっと見つめ、
「本官の目からは確かにハトは死んでおります」
と、言った。
その真面目な態度が映画みたいでおかしかった。

結局、ハトは私たちで処分してくれというので、
「だったら、このハト、土手(近くに一級河川が流れている)に埋めますけど、いいですか」
と聞くと「いい」と言うので、そうすることにした。

土手へ行く前、金物屋でスコップを買った。
1000円もした。
当時貧乏だった私たちにとって1000円の出費は痛かった。
私たちはそのスコップで土手に穴を掘った。
全くもって怪しい行動だった。
もし誰かに何か言われたら
「お巡りさんが死体遺棄してイイって言ったんだもん」
と言い返してやろうと思っていたが、
誰からも注意は受けなかった。
私たちはハトの冥福を祈って、厳かにハトを葬った。

さて、最近、うちのベランダにハトが来なくなった。
夫がハト撃退のための細工をしたからだ。
今回の撃退法は、楊枝なんかじゃない。
ハトをやさしく撃退する”とげピー”をフェンスに据え付けたのだ。
さらに、フェンスの下部には、針金をV字に巻きつけた。
このV字の針金がかなり効果的で、ハトはそこに絡まって、羽をバタバタさせて逃げていく。
始めは、フェンスの下部だけで効果があったが、
たちまち、ハトはフェンスの上部から来ることを学習してしまった。
それで、上部には、針金を一本ぴーーーんと張ってみた。
始め、私は「こんなもので効果があるのか」と思ったが、
なんとその針金一本のおかげで、
以後、ハトがベランダにくることはほとんどなくなった。
たまに、飛んできたハトが針金に足をかけ、バランスを失い、
びっくりして逃げて行くのを見かけることはある。
これで、うちのベランダで再びハトが死ぬこともないと思うと、一安心!

ところで、あのとき大枚1000円はたいて買ったスコップ。
今でも倉庫に眠っているが、あれ以来一度も使っていない。

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