第86号 ジェンダー・フリー

「ジェンダーの定義は人によって違い、混乱を招く未熟な言葉だ。
・・・(中略)・・・   こうした言葉は使うべきではない」
と、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」の
山谷えり子事務局長は話している。(朝日新聞2005年10月4日朝刊)

上の記事を読んだとき、
絶望的な日本の未来が浮かんできた。

ジェンダーという言葉を嫌う人たちは、ジェンダー感覚を恐れているように見える。
なぜ、あんなにジェンダーを恐れるのか。
ジェンダー意識によって、彼らは自分たちの存在意義を失ってしまうとでも思っているのだろうか。
それとも、世の中の人々がジェンダー意識に目覚めたら何かマズイことになるとでも思っているのだろうか。

ジェンダー意識は、過激でもアブナイ意見でもなんでもない。
ジェンダーの定義は人によって違ったりしないし、混乱を招く未熟な言葉でもない。
未熟で混乱しているのは、ジェンダーという言葉ではなく、
ジェンダーを嫌う人々の心のほうだ。



私が”ジェンダー”という言葉を始めて知ったのは、
十年くらい前、区主催の”女性学講座”に参加したときだ。
そこで、先生が
「ジェンダーとは”社会的性差”のことで、
単なる”性差”はセックスと言って区別する」

と、教えてくれた。
しかし、当時、私は、”ジェンダー”の意味がなかなか理解できなかった。
ジェンダーに縛られているのが普通のことで、
それで困ったこともなかったからかもしれない。



その講座に出て、ジェンダーに縛られない生き方(ジェンダー・フリー)が
進歩的でカッコイイに違いないと思った私は、
さっそく生活の場面で実践することにした。
私は、子どもの頃から赤やピンクが好きで、
それ以外の色の歯ブラシを使ったことがない。
しかし、ジェンダーを学習した私はこう思った。

「私がいつも赤やピンクの歯ブラシを使っているのは、
男色女色というジェンダーに縛られているからだ。
これからは、ジェンダーに縛られるのはやめて、

私が青を、夫が赤を使うことにしよう!」

その提案に夫もすぐ同意してくれたので、さっそく新しい歯ブラシを購入し、
夫が赤を、私が青を使うことにした。
ところが、私は、気がつくと、毎度のように赤い歯ブラシで歯を磨いている。

「アッ、アタシの歯ブラシ、青だった!」

と気づいたときの気分は
最低です。
それが、しょっちゅう、同じ間違いをしていて、ちっとも学習しないんです。
いい加減イヤになってきて、夫にそのことを話すと
なんと夫もしょっちゅう青い歯ブラシを使って

「ゲッ!間違えた!」

と、やっていたらしい。

私の実家の隣りのオバチャンに二人目の孫が産まれる前のこと。
最初の孫は女の子で、ピンクの乳母車を使っていた。
二人目の孫はまだおなかの中だったが、病院で「男の子」と予告された。
すると、オバチャンは、乳母車に青いペンキを塗った。
ところが、実際、産まれてみると、二人目の孫も女の子だった。
オバチャン、たまげたのなんの。
でも、懲りずに今度はピンクに塗り直したとか・・・

この話を聞いたとき、
私はオバチャンの男色女色へのこだわり方を笑ったが、
考えてみると、たぶん、私の歯ブラシの色感覚と大差ない。

思えば、私が子どもの頃の日本は今よりずっとジェンダーコリコリだった。

私の姉が小学校1年のとき、テストで
「女の人は車の運転をしてはいけない」○か×か、
という今では信じられないような問題が出た。
姉は、それを○にして、バツをもらってきた。
そのとき私は「でも、車を運転する女の人って見たことないなあ」と思ったのを記憶している。

当時、母は「女の人も車の運転をしていい」ことは知っていたが、
それでも、「女は男に劣る」と固く信じていた。
子どもの頃、家族で”職業の話”をしていたとき
母がこう言ったのを今でもよく覚えている。
「家でご飯を作るのはお母さん。洋服を縫うのもお母さん。
でも、コックさんになるのも、洋服屋さんになるのも、男でしょ。
結局、女はなにをやっても中途半端で、男にはかなわないのよ」
母は、私たち(三人姉妹)にあまり「勉強しろ」と言わなかった。
むしろ、「女がなまじ勉強すると、生意気になっていけない」と言っていた。
「女は自分の考えなど口にせず、素直に男の言うことをきいていればいいのだ」
と、思っていたのだ。
「男は外で働き、女は家を守る」
それが当たり前の日本だった。

昔に比べると、今は、随分、ジェンダー・フリーが浸透したものだと思う。
看護婦が看護士、保母が保育士という言葉に代わり、
男性も看護や保育の仕事につくことができるようになった。
それから、今では、女性のタクシー運転手や消防士もいる。
サッカーの女子チームも今では珍しくない。
学校では男女混合名簿が普通になり、技術家庭は男女一緒に学ぶ。
だから、男子も縫い物をするし、女子も本棚を作る。

とはいえ、まだまだ、”ジェンダーに縛られている”と感じる場面はたくさんある。

近所の児童館で”子ども祭り”が開かれたときのこと。
「宝つり」というゲームに参加した娘が不満そうに帰ってきた。
「宝つり」というのは、
本屋さんからもらってきた月遅れの子ども用月刊雑誌の付録を釣竿で釣るゲームだ。
宝はビニール袋に入れてあるだけなので中身が見える。
当時、デジモンというアニメのファンだった娘は宝の中にデジモンの付録を見つけた。
娘はそれがほしくて、それが釣れそうな場所で釣ろうとした。
すると、児童館の先生に、
「そっちは男子の釣り場です。女子はこっちで釣りなさい」
と、注意された。
「男子用の釣り場にあるものがほしいから、男子の釣り場で釣りたい」
と娘は主張したが、それは許されず、娘は女子用の付録をもらってきた。
紙で作るお化粧セットもどきだった。
娘にとって、その女子用の付録は”ただのゴミ”に過ぎなかった。

次の日、私は「なぜ釣り場を男女別にしたのか」児童館に聞きに行った。
児童館の先生の話では、
”男の子には男の子用の付録を、女の子には女の子用の付録を
間違いなく釣れるように配慮した”のだそうだ。
ウルトラマンは男の子で、リカちゃん人形は女の子というわけか。
それにしても、「男の子の釣り場で釣りたい」という申し出を
断固受け付けないとは、なんとも”お役所的”だ。



ジェンダー・フリーの意味がよくわかっていない人が、男女混合名簿の話を聞いたりすると、
「だったら、”男女共同便所”や”男女共同更衣室”を使用しろと言うのか!」
などといきり立ったって抗議してきたりするが、
ジェンダー・フリーとは、女が男に近づくこととか、男女が同じになることではない。
男と女が生まれながらにもつ性差は、そのまま大事にして、
「男とはこうあるべきだ」「女とはこうあるべきだ」
という固定観念から開放されて、
”もっと自由になろうよ”というのがジェンダー・フリーの発想だ。

私はズボンよりスカートが好きだし、人前に出るときは化粧をする。
それは”女ジェンダー”のせいかもしれないが、
そういう習慣から抜け出すのがジェンダー・フリーなのではない。
女らしい女として生きてきた人はそのまま女らしいポーズで生きていけばいい。
しかし、人に「女だから女らしくしろ」とか「あの人は女のくせに女らしくない」
とか言うのはやめてほしい。

男らしさのジェンダーに苦しんでいる男性は案外多い。
男らしさの呪縛から抜け出せないまま、
家族と会社の板ばさみの中で自殺していった中高年がたくさんいる。
高齢者養護施設には、
仲間を作れず、孤立している男性が多いそうだ。
それで人生を楽しんでいるなら、いざ知らず、
毎日、ゴキゲンななめな顔をしてイバッていられると、
介護している方だって、ほとほとイヤになってくる。
そういう男性の態度は、まさに「男らしさ」という悪しきジェンダーに縛られた結果である。

「ジェンダーなんて私には関係ない」と思う方に言いたい。
「ジェンダーなんて関係ない」と思っているだけなら、まあいい。
よろしくないのは、ジェンダーについて自分の頭で一度も考えたこともないのに、
”ジェンダー理論”を強く批判する人の意見をちょこっと耳に挟んで、
「そうよね〜〜」と安易に同調してしまうことだ。
もちろん、熟慮の末、ジェンダー批判をするのはよいことだ。
当然、意見の多様性というのは、あってしかるべきだし、
そもそも、その多様性を認めるのが、ジェンダー・フリーなのですから。



今年、中学生になった娘が運動会で応援団をやった。
娘の中学の応援団は伝統的に男女ともにガクランを着用する。
娘は近所の男子生徒からガクランを借りた。
親バカだが、娘のガクラン姿はすごくカッコ良くて似合っていた。

娘の中学校の制服は、
女子は昔ながらのブレザーとジャンパースカートで、男子はガクランだが、
応援団姿の娘を見て、つくづく思った。
今、娘の中学校の制服は男女区別があるけれど、
これからはこの区別をなくして、男女とも好きなほうの制服を選べるようにしたらどうかなあ。
ガクランを着たい女子はガクランを選び、
ジャンパースカートを着たい男子はスカートが選べる。
その提案を近所のママ友にしてみると、
「女子のガクランはともかく、男子のスカートはちょっとアブナイ」
と言われてしまった。

男子のスカートが、なぜアブナイのでしょうか。
それって、ジェンダーですよ。




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上野千鶴子曰く、
「男も主夫になればいい」だの「女も男を買えばいい」
といった項の入れ替え論は、ジェンダーという概念の無理解からくる。
ジェンダーなき社会とは、差異なき社会ではなく、
多様な差異が抑圧的な意味づけをともなわずに共存できるあり方のこと。
「AERA Mook ジェンダーがわかる」より